2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

 午後の温い空気が体に気だるくて、授業の内容がいまいち頭に入ってこない。
 教室の窓からは暮れ行く空と、赤く燃えるような街並みが覗けた。オレンジ色の光の粒が、水面のような窓に射し込んで、教室まですっかり赤に染まっている。
 春の初めの夕暮れは、日なたと影の分かれ目がくっきりとしていて、日なたの彼女と日陰の私とでは、まるで別世界に別れてしまっているみたいだった。
 ちょうどその光が、彼女の金色の髪の辺りで、綺麗な陽だまりになっているから、私はその神々しいまでの後姿に、うっそりと見惚れていた。
「では、これで終わり。次はHRだから、山中先生が来るまで、静かに待つように」
 気がつけば、彼女に見惚れていた分の時間だけが、ごっそりと体から抜け落ちている。これももう、いつものこと。
 目の前の彼女は先生の言葉を合図に、椅子から立ち上がると、窓側の、平沢さんの席の方へと真っ直ぐ向かっていく。平沢さんもそれに気がついて、すぐさま笑顔になった。二人して仲良く談笑したりしている。
 少ししてから、りっちゃんと秋山さんもその輪の中に加わっていく。
 その四人の様子に、どこか羨望の眼差しを向けている自分がいるのはわかっている。もう何日も前から、この感情には自分自身、気がついているから、何処か諦観していたりもするのだけれど。
「唯ちゃんがこっくりこっくり、寝そうになってるのを見てたの。面白かったわ」
 彼女の話し声が、耳に触れる。私は、そんな平沢さんを微笑みながら眺めている貴方の横顔を、後ろから眺めていました。どうも、すみません。
 軽音学部のみんなは、とても仲が良い。私も何か、ひとつくらい嗜んでいる楽器があったなら。そして、もうほんの少しの勇気があったなら、今頃彼女の隣で微笑んでいられるのは、私だったかもしれないのに。
(――今からでも、遅くないじゃない!)
 そんな友人のいつかの助言を、頭の中で反芻する。こんなどうにもならない悩みを相談しちゃって、格好悪いことしちゃったな。って、すぐに後悔したけれど。そんな友人は、割と真面目に相談に乗ってくれたものだから、何だか達観して、逆に関心してしまったり。
(ギターでもドラムでもさ……。初心者って言ったって、嫌な顔はされないでしょ)
 そんな友人は私に、今からでも軽音学部に入部することを推してくる。だけど、やっぱりそんな勇気は私には湧いてこなくて、ただひたすら、冗談みたいな話だから、って、首を横に振って、へらへら笑うことしかできない。
(なんなら直接、キーボード教えてください! って!)
 もう。馬鹿。人事だと思って、そんなふうに言って、愉しんでるんだ。
 やり場のない気持ちを胸に、ひとつだけ溜め息を吐き出す。
 こんな感情ごと全部、吐き出してしまえたらいいのに。
(人を好きになるって、素敵よね。私なんて久しく、味わってないわ)
 話を飛躍させすぎだってば。と、私は思わず言葉にして呟きそうになる。
 これって、好き、ってことなのかな? わかんないけど。
 恋なんて感情には、私だって、久しくお目に掛かってない。小学校の四年生、クラスの男の子にそんな似たような感情を抱いていたけれど、あれが恋だとするのなら、恋って意外と、青臭いものなんだなと思う。大人の恋愛はどうか、知らないけど。
 言うなれば、ただの独占欲? 幼少の頃、弟ばかり甘やかす母親に対して感じる気持ちにどこか似てるような。
 でも別に、母親と会って胸が高鳴ったりはしないから、もうちょっとだけ複雑な構造なんだろうけど。恋ってやつは。
(でも、わかるよ。琴吹さん、綺麗だし。キーボード弾いてるときは、格好良いしね)
 思わず、首を縦にぶんぶん振りながら、友人の手を取って、力強く同調してしまいそうだった。理性がそれを、何とか止めてくれたけれど。
 そんなの、私のキャラじゃないし。笑われそうだもん。
「はーい、席についてくださーい」
 そう言いながら教室の扉を開けて入ってくるさわ子先生は、軽音学部の顧問だ。もしも軽音学部に入部するということなら、あの人に入部届けを出さなければならない。
 私は最近、ここ何日も、さわ子先生に入部届けの紙を差し出す自分の姿を想像しては、その度に打ちひしがれて落ち込んでしまう。
 やっぱり私には、無理なんだ。そんなふうに、再認識させられる。
「じゃあまた、放課後ね」
 優しく耳朶に触れる、透き通ったその声色を聴いていると、彼女の方を振り向きたい気持ちを我慢するのも辛くなるのだ。これって、結構、重症かもしれない。
 彼女のボーカルも、聴いてみたい。
 それをりっちゃんに頼むくらいなら、私にも出来そう。だけど、私が彼女のファンだということが、彼女にバレてしまうかもしれない。
 気持ち悪がられたり、しないだろうか。いや、もちろん。そんな人ではないことは、知っているのだけれど。
 そうこうしている内に、彼女は私の前の席に戻ってきていた。
 艶やかな髪からは仄かに甘い匂いがしてきて、それを必死こいて嗅いでいるうちに、私は変態かと、自分に突っ込みたい気持ちになる。
「はい、どうぞ」
 知らぬ間に、前からプリントが手渡されてきていたらしくて、私は仰天して、後ろに倒れそうになる。
 だって急に、彼女の笑顔が目の前に飛び込んできたんだもの。
「あ、ありがと」
 きっと、耳まで赤いんだろうな。目も泳ぎまくって、一瞬で汗までかいちゃって。気味悪がられたりしてるんだろうな。
 ああ、そっか。――恋って確か、こんな感じだった。
 嫌になるくらいマイナス思考になっちゃう。私の場合は、なんだけど。
 






「あの、りっちゃん」
 勇気を振り絞れたのは、お節介な友人の助けがあったから。
 殆ど無理矢理、私はりっちゃんに話しかけさせられたのだ。
「ん? どったの?」
 りっちゃんは振り向いて、私の顔を伺う。きっと、頬が赤くて、だらしない表情になっていると思う。何だか情けなくて、涙が出そうだった。
 まだ少し騒がしい廊下の端っこで、さらに声のトーンを落として、私はりっちゃんに詰め寄る。
「あの、さぁ。……琴吹さんって、いるじゃない?」
「うん。ムギがどうした?」
 私もその愛称で呼んでみたい。心の中では常に呼んでるけど。
 緊張して、切り出せない私の後ろで、お節介な友人は、更にお節介な言葉を発する。
「ごめんね、この子。琴吹さんの大ファンでさぁ」
 私は思わず、息を呑んだ。何を言ってくれてるんだこやつは。と思いもしなかったが、でもまぁ、事実なもんだからそれも仕方ないと思って、なんとか飲み込む。
「ほぉ〜、なるほどねぇ〜?」
 りっちゃんの悪戯っぽい笑顔が、やたら憎たらしい。ニヤニヤしちゃって、どうせ私のこと、笑ってるんだ。もう、何か、早く帰りたい。
「ムギもモテるもんだな〜、まああいつ、美人だしなぁ」
「そうね。でもこの子は、格好良いとか可愛いとか、私の隣で、色々うるさいのよ」
 顔から火が出そうだった。割と本気で。足の爪先から頭の天辺まで、火照りきってしまう。なんか、サウナにいるみたい。
「んで、そのムギファンが私に、何の頼み事?」
 頼み事とは一言も言ってないはずだが、恐らく私の様子から察したのだろう。
「ほら。ここからは、自分で言いなよ」
 肝心なところでバトンタッチされてしまい、前に差し出される。緊張で膝から下が震える。春の日差しが、私には遠い。四月の陽気の中で、こんなに寒いのって、きっと私だけだ。
「……秋山さんのボーカルも、平沢さんのボーカルも、格好良くて、好きなんだけど」
「ふむふむ」
 もう既に私が何を言いたいかを察したらしく、りっちゃんは更にニヤニヤして、俯いた私の顔を下から覗き込んでいた。
「こ……琴吹さんのボーカルが……凄く、聴いてみたい、です」
 緊張の余り、唾が飲み込めない。喉の辺りで強く拒絶されてしまう。何だか、吐き気まで催してきて、くらくらと頭も回る。
 気のせいだろうか。廊下全体がやたらと、静まり返っている。もう殆ど皆、帰ってしまったのだろうか。放課後、こうして残る理由なんて、部活や委員会くらいしかないもの。
 一瞬、背中の後ろで、人の気配を感じた。けれど、振り返ろうと思っても、体が震えて振り返れない。
「だってさ。ムギ。どう思う?」
 りっちゃんが、私の背中の方に、話しかける。
 その瞬間、とてつもなく、嫌な予感がした。私が築いてきたもの全てが、音を立てて崩壊していくような、そんな予感を。
「……何だか凄く、照れるわ」
 ――心臓が、口から飛び出るかと思った。 
 未だ振り返れないまま俯いてるけれど、すぐ後ろで、あの声がする。
 どこから、聞かれていたのだろう。もしかして全部、聞かれていたのだろうか。
 りっちゃんがやたらニヤニヤしていたのも、そのせい?
 気持ち悪いって、思ったり、しないんだろうか。いや、きっと、思ってるはずだ。だって私は女で、クラスメイトで、席が後ろで。そんな奴にファンになられたって、きっと、気分悪いだけなんだろうな。
「澪に続いて、ムギファンクラブも設立か?」
「もうりっちゃん、からかわないで」
 二人の会話が、私には何だか、遠くに聞こえる。
 揺らめく景色の中、友人の申し訳なさそうな表情を何とか認識出来た。私は、その目を強く、睨んでしまった。
「あんたこうでもしないと、一生気持ち伝えられないだろうから、さ」
 口笛を吹いて誤魔化している友人は、そのままそそくさと足早に、廊下を駆け抜けて、何処かへと行ってしまった。いや、ちょっと、待ってよ。この場に私ひとり残すって、そんな無責任なこと――
「さて。ここは空気読んで、私もとっとと退散しますかね」
 恐らく気を使ってくれたのだろうが、私にとってその気遣いは、崖際で背中を押されるようなものである。まだ私は死にたくない。
「え。ちょっと! りっちゃん、お願い! ここにいて!」
「え? なんでだよ。ムギと二人の方がいいだろ、ここは」
 そりゃあ漫画や映画のストーリーの中でなら、ここは絶対私と彼女を二人きりにさせるべきなんだろうけど、でも現実でそんなことされてしまったら、私はもう緊張で、二本の足だけじゃ立っていられなくなるだろう。
「いいからお願い! 二人きりになんてなったら、死んじゃうから!」
「え。な、なんで? どうして死……え?」
 何が何だかさっぱりわかっていない様子だったけれど、それでも私はりっちゃんの腕を掴んで離さなかった。私が極端に緊張しやすい性格なのももちろんそうだけど、そうじゃなくても、彼女のあの美貌を、間近に、それも二人きりで、対峙して見つめるなんて。それは虫眼鏡で太陽を見るのと同じくらいの暴挙であるのだ。私にとっては。
「りっちゃん。いいから、先に部室に行ってて」
「おいムギ、見てわかんないのか? 行きたくても行けねーんだぁ!」
 りっちゃんの細い二の腕を、これでもかというくらいの渾身の力で掴んで離さない。離す気など毛頭ない。
「ねぇ、あなた」
 それなのに、私はその命綱を、自ら手放さざるを得なくなってしまうのだ。
 だって、後ろの彼女の優しい言葉が、真っ赤な耳にまたも、羽毛のようにくすぐったく触れてきたから。
「私と二人で、お話しましょう」
 普段から慕っていた柔らかなその物腰を、いつものように遠くからではなく、今は間近で目の当たりにしている。誰にも、真似出来そうにない。それは正真正銘の淑女だけにしか生まれない空気感。それに少し酔ってしまうと、頭がくらくらと回った。
 仰天して、そのまま後ろに倒れそうになるのを、彼女はぎりぎりで私の手を取って、支えてくれる。意外なことに、彼女の力は強かった。
「大丈夫、かしら」
 人間ってのは、心底驚いてしまうと、本当に、声も出てこないものなのだ。
 ようやく言葉を紡げたのは、恐らく、何十秒も後のこと。廊下を走って何処かへ行ってしまうりっちゃんの足音が遠くで聞こえた。
「だ、だいじょぶ……」
「そう? 良かった」
 気がつくと、顔がやたら近い。一生諦めていた、この距離感の中に、私は今、ずかずかと土足で進入中。なんてこったい。
 睫が恐ろしく長い。大きな眸の中のブルーは、空や海のそれと何ら劣らないほど鮮明で、思わず目を奪われる。目もあやな彼女の容貌に、耽美というのは彼女のための言葉なのであると、大袈裟でなくそう思う。
「ごめんなさい。私、語彙が貧困というか。だから、こんなときに何て言って良いか、わからないのだけれど」
 彼女は、静々と語り始める。その時私は不意に、彼女も私と同じくらい、この状況に困惑しているのだということに、今更ながら気がついたのだった。
 私はまるで紙芝居の次のページを待つ子供みたいに、次の紙が捲れるその瞬間を、静かに息を呑んで待っていた。やがて彼女は、二の句を継げ始める。
「……好いてくれているという、話なの、ね?」
 彼女の頬に、林檎みたいな赤味が差し始めるのを認める。少なからずそれは、私の緊張を和らげるのに手伝った。
「……はい」
 ここはもう、流れに身を任せるしかない。半分自暴自棄になりながら、私は頷いた。
「こ、困ったな……。私、こういうのには、本当に慣れていないの。だから、何か間違っていたら、教えてほしいのだけど」
「わかりました」
 彼女の視線は、私の体のあちらこちらに泳いで、それからたまに目と目が合うと、すぐに彼女の方から、視線を逸らしてしまう。
 案外、人見知りする性格なのかもしれない。そう思うと、彼女には失礼だけれど、少しだけ、子供みたいで可愛いなと思えて笑えてしまう。自然と頬がにやついてきてしまった。
 これって、紛れもなく、恋なんじゃないか。
 改めて、そう認めてしまえるのが嬉しかった。この胸の高鳴りとか、彼女の色んな表情をひとつ、またひとつと知る度に、その都度感じる、包まれるような幸福感とか。
 もっと、ずっと話していたい。
 焦らず、欲張らず、ゆっくりと彼女のことを知っていきたい。




 
「――お友達に、なってくれませんか」
 ああでもない、こうでもないと、すっかり混乱している彼女を見ていられなくなって、気がつくと私は、彼女に詰め寄って、そんなことを言っていた。
 味気ないと感じることの方が遥かに多かった、学校生活も今や終盤を過ぎようとしている。でも今は、もう、聞きたくない。終わりを知らせる鐘の音なんて、聞きたくない。
 あとどれくらい、このままの気持ちでいれるのだろうか。
 溜め息を、飲み込む。既に私のそれより赤くなっている彼女の頬を一瞬盗み見て、笑いそうになるのを堪えながら。
「大好きなんです。貴方のこと」
 今まで、誰かをこんなに好きになったことがない私に、教えてくれたのだ。その柔らかな微笑みの中に、赤子のような赤心をふと見つけてしまったあの日から。もちろんその微笑は、私に向けられたものではなかったけれど――
 すっかり暮れてしまった空の下の暗がりで、彼女の頬は赤く燈っている。まるで、街灯のようだ。仄暗く沈む街を静かに照らす、街の灯りのよう。
 あわあわと、口を開けたり閉めたりして、すっかり困惑してしまっている彼女が可哀想に思えてきたので、私はもう何も言わず、ひとつ頭を下げてから、その場から立ち去る。
 振り返ろうかと、何度思ったことだろう。けれども私は、一度も彼女の方を振り向くことはなかった。
 長い廊下の暗がりの中を、跳ね回るように駆けていく。
 乱暴なくらい五月蝿く廊下中に響き渡る私の足音が、彼女の耳にも、届いているんだろうか。なんて、そんなことを、考えながら。



おしまい

*あとがき*

キタ子とムギちゃんの話でした。
後半、唐突に話が終わっちゃう感じになりましたが決して手抜きではありません。

このページへのコメント

素晴らしい…!

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Posted by 七氏 2010年05月03日(月) 03:12:32 返信

とても素晴らしかったです。
続き待ってます

0
Posted by 名無し 2010年04月21日(水) 19:19:00 返信

ありがとう…ありがとう…ムギもモブ子もかわいいかわいい

0
Posted by あわわわ 2010年04月21日(水) 13:10:19 返信


主人公の名前をださずにここまで書けるとは…!

すごく面白かったです、続き期待してまってます!!

0
Posted by りん 2010年04月21日(水) 04:42:05 返信

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