最終更新:ID:2sjJREuAjA 2010年05月05日(水) 00:43:13履歴
最終話 Escape 『advance』
それは学生のころ。とは言っても今もまだその肩書きを捨ててはいないため、高校生であったころの話だ。
私たちは毎日バンドという名のティータイムにあけくれ、そして半ば強制的にではあったが勉学にも勤しむこととなった。
友情に勉強。学生の本分。
それは青春時代にはつきものなことで、私たちはとりわけ前者について、多分人並み以上にはそれを謳歌していたように思える。
ただ、そんな私たちにも足りないものはあった。
いや、もしかしたらそれが足りないのは私だけであって、他のメンバーは各々でそれに勤しんでいたのかもしれないが。
そう。つまるところ、少なくとも私には、甘酸っぱい恋の話が訪れることはなかった。
正確には気付かなかったと言ったほうがいいのかもしれない。
まぁ早い話、その頃の私には色恋沙汰なんてのは、誰かのを楽しむものであって、決して自分がするものではなかったのだ。
私が「それ」に気付いたのは、卒業を間近に控え、春の匂いが香り始めたころ。
「彼女」と離れることを、ようやっと現実として感じるようになったぐらいのときだった。
私の親友は小学生のころから変わらずに澪だったけれど、高校生活を通して誰と一番一緒にいたかといえば、それは唯だったかもしれない。
私と唯はまるで姉妹のように気が合って、色々なことに二人で飛び込んだ。
練習から抜け出してアイスを食べにいって、澪に叱られた。
合宿ではついて早々に海に飛び込んで梓に呆れられた。
澪や梓へのイタズラには、よくムギを巻き込んで、とびっきりのを画策した。
唯とはバカなことばかりしていたように思える。
一緒にふざけて。一緒にはしゃいで。一緒に笑って。
唯といれば退屈なことも輝いてみえたし、不安なことすら吹き飛んでしまった。
そして唯は、本当にたまにだけど、びっくりするぐらい大人びた表情で笑うんだ。
それはいつものふにゃりとした可愛らしいものとは似つかない、背筋が震えるような艶やかさで私を惹きつけた。
そんな唯が私の中で、オーブンに入れたカップケーキのように膨らんでいって、そして私はある日唐突に「それ」に気付いたのだ。
遅すぎた。もっと早く気付いていれば。何度だってそう悔やんだ。
今だから分かるけれど、私は現実が目の前に立ちふさがらなければ、今でも「それ」に気が付くことはなかっただろう。
別れ道は鼻の先にまで迫っていた。それがどんなにか悲しくて、もっと頑張れなかった自分に嫌気がさした。
離れ離れ。もう今までのように四六時中共にいることなどできない。
その事実が重く私の肩にのしかかって、心臓がきゅうと音をたてた。
想いを伝えよう。そう心に決めたのは卒業式の前日。
それを言葉にしたのは、卒業式の終わったあと。そしてそれは、澪の「選択」を知る少し前のことだった。
---------
「してなかったよね…返事。私はりっちゃんが好きだよ…。」
「いらないって言ったじゃん。そんなこと言われたって困る…そう言ったはずだろ。」
「りっちゃんは勝手だよ!!いきなり告白してきて、それで返事は嫌がるなんてさぁ!!」
唯は顔をくしゃくしゃにして、声を張り上げる。
私の腕を掴んだ唯の手は、細かく震えていた。
胸の奥で固まってしまったみたいに、私の口から言葉はでなくなった。
「りっちゃんは、さぁ、わたっ、私のことき…らいになっちゃったの…?」
唯の言葉に嗚咽が混じる。頭の中で見えないなにかが暴れるような痛みが走る。
嫌いになったはずがない。嫌いになれるはずがない。
私が好きなのは…。恋をしたのは唯だけで、そしてそれは今も変わらない。
でも…
「私じゃ…ダメなんだよ。」
「りっちゃん…じゃなきゃ、ダメなんだっ…もん。」
「私は唯の好きになってくれた『私』じゃないよ。」
私は変わった。
そしてそれは多分良い変わりかたではないはずだ。
自堕落で無気力で、そして臆病に…。
私には唯に「それ」を伝える勇気も資格もないのだ。
「りっちゃんの嘘吐き。」
唯がポツリと言葉を漏らした。
それは唯らしくない儚さを伴って、そしてどこまでも深く私を侵した。
神経を通る伝達信号が壊れてしまって、頭の中でチカチカと明滅を繰り返しているような気分の悪さが私を襲う。
喉の奥でねばねばしたなにかが気道を塞いでいて、ひどい息苦しさに苛まされた。
「嘘なんて…ついてないよ。」
たった一言を吐き出すだけで全身の酸素を根こそぎ手放したような気分だ。
そのまま倒れてしまえればなんと楽なことだろうか。
けれど、溢れ出す雫に濡れた唯の瞳が私を引き止めていた。
「やっぱりっちゃんは嘘吐きだよ。私にも澪ちゃんにも…それにりっちゃんにも嘘吐いてるもん。」
「なにがだよ!!私は嘘なんて吐いてないっ!!それに…」
無理矢理に絞り出した言葉はそれ以上続かず、私は黙り込むしかなかった。
夏だというのに身体がガタガタと震える。
私には沈黙の方がまだいくらか心地よかったが、唯はそれに付き合う気はさらさらなさそうで、視線が強く私を捉えていた。
「りっちゃんはほんとは分かってるんだよ。自分のことも、澪ちゃんのことも…。」
嫌だ。聞きたくない。
私は反射的に顔をそらすが、唯が私の頭を捕まえて、ギュッと胸に押さえつける。
唯の言葉が耳元で響く。肌に感じる唯の体温はいやに高くて、頬が熱を吹いた。
「逃げないで…。もっと私を頼ってよぅ。」
唯の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。
漏れだした言葉に混じる悲しみの色が、私の胸をキリキリと締め付けた。
「もういいんだよりっちゃん。私は…それに澪ちゃんもいなくならない。りっちゃんを嫌いになったりなんてしないよ。」
唯が私の背中をまるで子供でもあやすように撫でる。
泣いてるくせに。そんなこと忘れてしまったかのように、唯は私を抱きしめてくれる。
身体の震えはいつの間にか止まっていた。
「だから…りっちゃんは素直にならなきゃダメだよ。」
唯…お前はバカだよ。私なんてほっとけばいいのにさ…。
知らず知らずのうちに頬を涙がつたっている。
私は子供のように唯の腕の中でむせび泣いていた。
--------
それは私が最も不安定なころだった。
卒業式を無事に終え、高校生という身分を失い、それでいてまだ大学生でもない。
ふわふわと浮かび、漂っているように浮き足立って、そしてやはり拭いきれない不安に苛まされる。
同級生の多くが感じているそんな感覚に同じように身をさらしながら、私は別の不安にも挟まれていた。
卒業式を終え、軽音部での別れのパーティーも済ませた。
けれど私にはやり残したことがあって、唯を呼び出したのだ。
冷え込む夜。街灯の下。やっと気がついた私の気持ちを唯に伝えたのが昨日の話だった。
私はベッドの中で枕をぎゅうと抱きしめる。
そうでもしなければ熱を抑えられそうにない。
部屋を冷たい空気が満たしていたが、布団からだした顔はやけに火照っていて、それが心地よいぐらいだった。
唯からの返事は結局のところは保留。
すぐには答えられないから返事はまた次に会ったときに、と約束をして私たちは別れた。
時間だけは両手からこぼれそうなぐらいに持て余していたから、それはそう遠くないことだろう。
私が言葉を突き刺した唯からは常である緩んだ表情は消え、妙に大人びたそれを見せた。
それを頭の中で描くだけで私の心臓は妙に早い鼓動を刻んだ。
私はもう一度ぎゅうと枕を胸で潰すと、冷気を吸い込む。
血管を冷気が走り抜け心地良い。ふぅと身体中を巡り熱を奪ったそれを吐き出す。
その時、玄関のチャイムの音が私の耳を捕まえた。
そしてそれは、私の運命を大きく変えるものであった。
--------
私はベッドから抜け出し、窓を開け放す。
そこから玄関を覗き込むと、よく知った黒髪が揺れている。
私は妙に嬉しくなって、開いてるはずだから上がってきちゃって、と言葉を渡す
。
私たちだけで通じる了解のサインが澪から返ってくる。
ちらりと見えた澪の表情は見たことのないもので、私は思わず息をのみこんだ。
心臓がだしたことのない音をだして、私を駆り立てる。
その時は分からなかったが、それは私の本能がだす危険信号だった。
澪の足音が私を捉え始める。ガチャリと音をたてドアが開く。
私はいつも通りに澪をベッドに座らせると、そのまま顔を見やった。
「今日はどしたの?」
なにか言いづらいのか、澪の表情がくるくると天気のように変わる。
澪は持て余し気味に指同士を絡めあって、そして一呼吸おいてから言葉を紡いだ
。
「お前はまた昼まで寝てたのか…髪ボサボサだぞ?」
澪は言いづらいことがあるといつもそうするようにお茶を濁す。
しばらく相手をしてやると結局は自分から言えるようになるから、私は適当に言葉を返すこととした。
「寝起きのりっちゃんは相変わらずセクシーだろん?」
「バカ言ってるな!!ちゃんと髪乾かしてから寝たのか?」
澪の表情が段々と柔らかくなる。
そういえば昨夜はベッドでゴロゴロしてる間に寝入ってしまったのだった。
頭を撫でてみると、髪の毛がツンツンと飛び跳ねているのがよく分かる。
澪の方は相変わらず癖一つない黒髪をたなびかせている。
そしてそれとおんなじ色の瞳が私をジッと見つめていた。
「そんな見つめられると私…恥ずかしいよぅ。」
「なに言ってるんだバカっ!!」
茶化した私に、ゴツリといつもの拳骨がとんでくる。
「痛いよぅ…。」
私が大袈裟に拳の当たったところを撫でると、澪の表情が僅かに暗くなった。
「ごめん…。」
「いや、冗談だから。別に平気平気!!」
なぜだか拳骨をくらった私が、澪の頭を撫でることとなる。
なんとなく様子がおかしく思えて、私は澪の瞳を見つめた。
「どうかした?」
私の問い掛けに澪が息をのむのが分かった。
艶やかに光る瞳が大きく見開くと、覚悟を決めたように私へと向き直る。
「あのさ、言ってなかったことがあるんだ。」
「辛気くさいなぁ。ちゃっちゃと言っちゃえよ〜。」
澪はそれでも踏ん切りがつかないのか、口をパクパクさせている。
それを何回か続けたころ、ようやく覚悟が決まりきったのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「あのね私…N女子行かない。」
「はっ?」
澪の言葉が上手く理解できない。
「だからN女子大行かないの。」
「なんで?」
言葉の意味が私には理解できなくて、頭の中を疑問符が埋める。
なに言ってんだよ澪…お前すげー行きたがってたじゃん。
なのに行かないってどういうことだよ…。
「なんでもいいだろ。」
「私のせい…?」
私にはそれしか思いつかなかった。
「違うっ!!」
澪が凄い剣幕で私に言葉を放つ。
それならなんでだよ。なんで私になにも言ってくれないんだよ…。
それ以上問い詰めても、結局澪の口から言葉が零れることはなかった。
澪が帰って一人になった部屋で、私はベッドに仰向けになり、ただただ天井を見つめる。
どうして。どうして。どうして。
なんでなにも言ってくれないの?私に気を使ってるの?
あぁそうか。私が浮かれてたからか。
ねぇ。だからなにも言ってくれないの?
私に残ったのはからっぽのなにかだけで、喉の奥がいがいがするような感覚ばかりが私を責め立てていた。
枕元に置いた携帯がメロディーを奏で始める。誰でも知っているような恋の歌。
着信画面では唯がとろけてしまいそうな笑顔を見せている。胸が急に切なくなる。
電話にでる気にはなれなかった。
メロディーが途切れた携帯を私はのろのろといじる。
無機質な言葉が構築されていき、私はそれを電子の海へと流し込む。
『やっぱ返事いらないや。』
私は作るのも失うのも嫌だった。
--------
「私は、さぁ…けっ、きょく逃げ、たんだ。」
唯に包まれながら私は鍵をかけ続けた扉を開いた。
唯が私の頭をゆっくりと撫でる。唯の体温が私へと伝わる。
ただそれだけのことがやけに心地良い。
「私は怖かったんだ。私の知らない澪が怖かった。」
だってアイツはいつも、些細なことだって私に隠さなかった。
それが急に。そう、突然にアレだ。
私にはそれは世界の理が一晩で変わってしまったかのようにすら思えたのだ。
「私はどうしようもないほど子供だった。私だけの澪が壊れてしまったように思ったんだ。」
「それって惚気?」
「私は澪が好きだよ。けど唯への好きとは別物だ。」
自分でも恥ずかしいことを言っている自覚はある。
耳がじりじりと焼け焦げたように熱い。
「けど、どちらが大切かは私には分からなかった。」
だからどちらからも逃げた…。
それは当たり前のことだったのに。
並べて語れることではないことは分かりきっていたのに。
「今なら分かる?」
「分からないことが分かったよ。」
「りっちゃんのバカ。」
唯がじとりとした視線を私に絡みつかせる。
「答えがでた方がよかった?」
「気付くのが遅いって怒ってるの!!」
私を抱きしめる唯の腕が、強く私の頭を圧迫する。
こういうふうに唯に怒られるのは考えてみれば初めてかもしれなかった。
そして裏を返せば、それは私がどれだけ情けなかったかを示していた。
私が唯の顔を見つめると、唯の表情が少しだけ固くなって、真っ直ぐな光を宿した瞳が私を捉える。
「ねぇりっちゃん。私ね、りっちゃんのこと好きだよ。でもね…」
唯が私を真っ直ぐに見つめている。
私は息をのみこむと、それに視線を交錯させた。
「優しいことばっかは言えないよ…。私はりっちゃんに言わなきゃいけないことがたくさんある。それに…それは多分りっちゃんが聞かなきゃいけないことだよ。」
唯はゆっくりと、けれど力強く言葉を刻んだ。
ヒリヒリと喉が焼けるような気分だ。酸素が肺から消えていく。
いやに乾燥した空気が喉を撫でた。
「りっちゃんは卑怯だよ。りっちゃんは被害者じゃない…だから逃げたもの全てに向き合わなきゃだめだ。」
槍の形をした唯の言葉が私の身体を突き刺した。
目頭が熱を持つのが分かる。私は唇を噛むことでそれをなんとか抑え込んだ。
泣いたってなにも解決しない。逃げることには釘をさされたばかりだ。
「それと一番ダメなのはね…りっちゃんは気付いてる?」
私は唯の言葉に首を横に振る。
唯が少しだけ不機嫌そうに私を見ていた。
「りっちゃんさ、一度も笑ってないよ…昨日から一度もだよ。」
心臓が口からでてしまうのじゃないかと思うぐらいに暴れる。
雷にうたれたような感覚が私を走り抜けた。
私…いつから笑ってないんだ?
記憶を探るが、貼り付けたみたいな愛想笑いしか見つからない。
「私は『りっちゃん』が好きだよ。けど、今のりっちゃんは好きじゃない。」
唯のライトブラウンの瞳に鈍色の光が混じっている。
唯にこんな表情をさせたのは私だ。握った拳にじわりと汗が浮かんで気持ちが悪かった。
「私はりっちゃんの笑顔が好きなの。一緒にいるだけで幸せになれるから。ねぇ、前みたいに一緒に笑お…」
「私が嫌いなら私なんて忘れちゃえばいい…。」
「じゃありっちゃんは今の自分のこと好き…?好きなら私はなにも言わないよ。」
寂しそうな唯の声がやけに耳に響いた。
そしてそれはしきりに私の心臓を叩くのだ。
私は私が嫌いだった。私が高校生の頃に思い描いた自分は、決してこんな姿ではなかった。
一緒にいれば楽しくて。一緒にいれば笑顔になれる。
私とはまるで正反対。『私』の方がよっぽど上手くそう振る舞えていた。
「私は…。私は私が好きじゃない…。『私』は私が好きじゃない。」
胸の中のネバネバした塊を一つ言葉にしたら、堰をきったように言葉が溢れ出した。
「私はまだ引きずってるんだ…受験に失敗したこと。私だけが取り残されたように思えた。」
それは止まらない。
零れ落ちる涙以上に言葉が流れ出して、私にも止められない。
唯の細い指先が私の髪の毛を滑るように撫でた。
「私は縋りつきたくて。なのに澪は離れていって。それで唯たちまでいなくなってしまうように思ったんだ。」
だからその前に私から離れた。そうすれば私は耐えられると思った。
私はバカだったのだ。それもどうしようもなく。
目を背けても解決はしやしないのに、自らの臆病と向かい合うことができず、今の今までそれを続けている。
私を捕まえて放さないのは醜いコンプレックスの塊だ。
情けなさがまたべたりと私の身体へと貼りついた。
「りっちゃんはさ、どうしたいのさ?」
私。私は…
「昔に戻りたいよ…。」
「りっちゃん…それは無理だよ。」
唯の声はいつもよりオクターブ分飛び降りて、いやに静かに私の耳に響いた。
「私たちはもう2年以上も別々に歩いてきたんだもん。」
そりゃそうだ。そんな夢物語がないことなんてとっくに分かっている。
けどそれでも、分かっていてなお、私は戻りたかったのだ。
「だから…」
唯が私の方を見やる。
私をドキリとさせる視線が私の肌を撫でた。
「これからは一緒に歩こう。」
身体中の血管が膨張するような熱に襲われる。
私の胸を鷲掴みにしたのは、唯のあの大人びた笑みだった。
「元には戻らないけど、新しくやり直すことはできるもん。」
唯の笑みがいつもの無邪気なものにもどる。
きゅうと私を抱きしめる腕が、優しく私の背中を撫でる。
温かい…。太陽の匂いがする。それがやけに懐かしくて、そして嬉しい。
「でも、唯…ごめん。私はまだやり直せないよ。」
唯の瞳に薄暗いベールがかかる。
ぴくりと私に触れている腕が震えていた。
「なんで…?」
咎めるような視線が私を射抜いて、心臓が鈍い音を響かせた。
だってほら。私は…
「まずは澪に謝ってからじゃないとな。」
私がニヤリとした笑みを送ると、唯が肩をぷるぷると震わせる。
指先が文句でもありげに私の脇腹をつねる。それが少し痛い。
「りっちゃんのバカ!!」
ありゃ、拗ねちまったか。
あまりシリアスなのも「私」の柄じゃなかったかなと思ってのことだったが、唯はお気に召さなかったようで唇を尖らせていた。
ごめんよ、と耳元で囁いて、私は唯の頭をなでた。
「それが終わったら真っ直ぐ私のとこに来てくれなきゃ許さないもん!!」
へそを曲げてしまったお姫様は、頬を薄紅色に染めている。
「今度は逃げちゃやだよ!!」
唯がじとりした瞳で私を睨んで、念を押すようにそう言い放つ。
私が苦笑いを返すと、唯は得意そうな笑みを見せた。
「そのときはお返事いただけますか?」
私が茶化すように畏まった言葉を使うと、唯は私の瞳をジッと見つめてニヤリと笑う。
10センチ先の唯の瞳に、鮮やかな光が宿るのがやけにはっきりと見えた。
「りっちゃん。もちろん用意しとくよ…」
先払いでね、と唯の言葉が私の耳に響いて、それとほぼ同時に柔らかい感触が唇を包んだ。
唯の腕がいつの間にか腰に回っていて逃げられない。逃げる気もなかったが…
ぷはっ、と唯が息をつぐ音が聞こえた。
お互いにくすくすと笑って、はかったように視線を合わせた。
「じゃあ澪に会ってくるよ。」
「浮気はダメだよりっちゃん。」
「もう逃げるようなことはしないよ。」
人差し指で唯のおでこをつつく。
唯がおでこをさすっている。
私は自分が自然に笑っていることに気づいた。それがやけに心地良かった。
Fin.
タグ
このページへのコメント
GJです!!
欲を言えば澪に謝るところも書いて欲しいです
こんなにも高校生と大学生と曖昧な時期の外側と内側時間の流れ、感情と信念と内心の揺れに身体の表現、この作品の律自身の臆病さと自己犠牲と後悔と恐怖と逃げたい気持ち対に向き合いたい気持ち、唯ムギ澪の優しさ強さ仲間への想い、全てが全て最高で胸に残る作品でした。こんなにも心打つ描写が出来るなんてすごいです。何度も読んでしまいます。この感動は文字には出来ません。
この作品のけいおん!のみんなが幸せになれて良かったです。良い作品をありがとうございます。読めて本当に良かったです。
律唯最高!GJ!
律唯マジぱねぇ・・・
乙です!
感動した… GJです