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著者:別1-252氏


私はみんなと別れて小学生の頃通学路にしていた住宅地の中の狭い通りを、肩をいから
せ歩いていた。
唯はばかだ。初対面の時からどっか抜けてるやつだったけど、やっぱり正真正銘のばか
だった。私が澪のこと好きだなんて、そんなのあるわけない。だって女同士だし、勿体な
いとかそういう問題じゃないだろ。
曲がったガードレール、道に覆い被さるように育った夏蜜柑の木、公園のさび付いたブ
ランコ、何を見てもまるでかさぶたを剥がしたように思い出がじくじくと浸みだしてくる。
みんなの前で作文を読むのが嫌だって泣いていた澪、あの時引いた手はまだ私と同じく
らいだったのに今では手も背も胸も、どこをとっても敵わない。あげくに堂々と女に告白
したりするんだから、ほんとまいっちゃうな。
「……ばか、ばか、ばか……」
たまらなくいらいらして、無意識に悪態が口をついて出る。職質ものの怪しさだけど、
外面を取り繕ってるだけの余裕がない。
けど、私は一体誰に向かって文句を言ってるんだろう?いきなりキスしてきた澪?好き
勝手言ってくれた唯?私達におかしな発想を吹き込んだムギ?
……本当はわかってる。澪を誘ったのは私だ。ムギを驚かせてやろうなんてのは口実で、
赤くなって、恥ずかしがって、うろたえて、私の腕の中で窮屈そうに身もだえする澪が見
たかった。嫌って口では言いながら、結局は澪が私を受け入れてくれることを確かめたか
った。
私は何度もこんなことを繰り返してきた。文芸部に入りたがってた澪を、無理矢理軽音
部に連れてきたのもそう。入部届けを破いた時は、内心ちょっとやり過ぎたかなって思っ
たけど、それでも澪は私に付いてきてくれた。
……全然爽やかじゃない。やらしーな。
何気ない仕草の裏に罠を仕掛けて気持ちを測って。こんな友情ってあり?
家に着くと、家族と顔を合わせたくなくて急いで階段を駆け上がった。鍵を閉め、その
ままドアに身体を預けて床にへたりこむ。部屋に染みついた自分の匂いを胸一杯に吸い込
んでようやく一心地つくことができた。
ふと棚の上に座り込んだウサギのぬいぐるみと目が合う。澪の“お気に入りのウサちゃ
ん”ぬいぐるみなんてもういらないんだけど、澪が遊びに来るといっつも抱いているもの
だから、つい捨てそびれてしまった。クールぶってるくせになんでいつまでたってもこう
ファンシーなものが好きなんだろうね。
鞄の中に手を突っ込めば、そこにある携帯は澪とお揃いの機種。この部屋で、貰ってき
た沢山のパンフレットを床に広げて、二人であれこれ言いながら選んだ。お揃いにしたか
ったわけじゃないけど、たまたま値段とかスペックで他にいいのがなかったから。
「ラブ定額とかあったらいいのにねー」
「お揃いってだけであれなのに、そんなもんいるか」
「そう?寂しがりやの澪ちゃんはしょっちゅう電話掛けてきそうだけどな」
実際にはもっぱら私が掛けることの方が多かった。前に澪の携帯をこっそり覗いたら、
メールの受信BOXも着信履歴も半分以上私からのもので、なんだか澪を独り占めしてる
気分だった。まあ私の方も一番多いのはやっぱり澪なんだけど。
何を見ても、澪の顔がちらつく。自分の部屋にいてさえ、私は一人になれない。べった
りしすぎだよ、私達。



それから数日、さわ子先生の指導のもとで私達は練習を続けていたけれど、私と澪の間
にはほとんど会話らしい会話はなかった。澪は心配されていた弾き語りもそつなくこなし
た。不思議なことに、私達の演奏は今までにないくらいぴったりと合っていた。せめて演
奏中だけは、楽しい軽音部でいたいっていう気持ちが働いたのかな。言葉を交わしたら、
せっかくの一体感が崩れてしまうからみんな熱に浮かされたように練習した。


当日の朝、私はいつもより二時間近く早くに家を出た。鞄にはノートや教科書の代わり
に、ハサミや、糊、ガムテープやらの工作道具が詰め込まれている。お化け屋敷の内装は
ほとんど完成していて実際やることはないんだけど、普通に出て澪と鉢合わせしまうのは
避けたかった。
開けっぱなしのジャケットと身体の間に乾いた風が入り込む。見上げた空は高く澄み渡
った秋空で、肌が透けて見えるようなブラウス一枚で澪と抱き合ったあの日が、遠い過去
だったように錯覚してしまいそうになる。
学校には思っていたよりも人の気配があった。廊下を歩いていると幾つかの教室から演
劇の稽古らしき声が聞こえてくる。通りすがりにちらっと目をやると、高めに結ったポニ
ーテールに袴姿が凛々しい女の子が安っぽく光る模造刀を構えていた。本番ではさぞかし
黄色い歓声が飛ぶだろうな。
演劇の主役、ミスコンの優勝者、ジャズ研のサックスプレーヤー、学園祭では毎年アイ
ドルが生まれる。けれどそういうのに夢中になっている子達のほとんどは、本気で恋して
いるわけじゃない。男のいない環境だから、ちょっと格好良い先輩とか先生がその代わり
として選ばれるんであって、大抵の人は女同士の恋愛なんて想像もしないで卒業していく。
私はその数少ない例外になってしまった。
私の教室の前に人影はなかった。とりあえず中に荷物を置かせてもらおうとドアのくぼ
みに手をかけると、いきなりするっと滑るように開いて、目の前に真っ白い着物を着た女
が表れた。
「うわあぁっ!」
「あら、律ちゃん。随分早いのね」
「……ムギか、あんまびっくりさせないでくれよ、心臓止まるかと思った、しかし随分早
いんだな、他はまだ誰も来てないだろ?」
「うん、私一人。明け方に起きたらなんだか寝付けなくなっちゃって」
ムギが寝付けなかったのは多分私と澪のいざこざが原因なんだろう。二人の問題にみん
なを巻き込んでしまった負い目を感じる。
ムギはメイク道具と、それにお岩さんのマスク手にトイレに向かった。特にやることも
ないから後に付いていく。マスクは一緒にドンキに買いに行ったものだ。変な所で凝り性
のムギはその完成度に満足しなかったようで、演劇用品の専門店まで行って色々と買い込
んできた。
ムギは鏡の前に立って下地のファンデーションを塗り始めた。ムギのにきび跡一つない
透き通るような肌が、茶とも緑ともつかないくすんだ色に覆われていく。終わったらすぐ
に落とすんだけど、一瞬でもあの綺麗な肌を汚すのはもったいなぁと思わずにいられない。
「ムギは肌超きれいだよなー、どうやったらそんな風になれるんだ?」
「特別な事は何もしてないけど……そうね、夜は早く寝るようにしてるかしら」
「それできないんだよな、ラジオ聞いたり雑誌読んだり……」
澪と長電話したり。


「……色々してるとすぐ二時くらいになる」
「2時はちょっと身体に悪いじゃないかしら、成長ホルモンが出るのは十時から二時の間
なんだって」
「そうなの?ま、いいけどね。そんな酷いわけじゃないし、それにムギみたいには絶対な
れないだろうから」
「私は律ちゃんの身体が羨ましいけどな、細くてすっきりしてて。私、すぐ太っちゃうか
ら」
すっかり土気色になった顔のムギが言った。身体って、言い方がエロいよムギ。
「気にしすぎだって。私はあんまり痩せない方がいいと思うけどな、ムギはちょっと柔ら
かそうな所が可愛いんじゃん」
太ってない、とか言っても無駄だって事は澪で良くわかってる。私から言わせて貰えば
体重の悩みなんて身長に比べれば軽いもんだと思うけど、まあどこまでいっても平行線だ
ろうな。
「律ちゃん、そういう事は……ううん、なんでもない」
「何だよ、気になるじゃんかよ」
鏡越しで、しかもマスクとファンデーションに隠されたムギの表情は良く分からなかっ
た。
下地作りが終わり、今度はその上に血糊を重ねていく。顔の左半分、髪の生え際から着
物の襟元まで真っ赤に染めていく。ゲル状のそれはまるでたった今傷口から浸みだしたよ
うですごく気持ち悪い。とても元が二千円のパーティグッズとは思えない、凄まじい出来
映えだ。
……澪が見たら卒倒するだろうな。
「澪ちゃんに見せてあげたいわね」
なんでだろう、マスクの下でムギがウィンクしていたような気がした。


当日の私の担当は朝一の受付だった。
お化け屋敷だけあってお客の中にはカップルも多い。中には彼氏の腕を引っ張ってやっ
てくる桜高の子もいて、へえこういうのと付き合ってるんだ、と妙な感慨を持って私は彼
女達の顔を眺めていた。受付として座っている間、人波の中から不意に澪がやってくるん
じゃないかとびくびくしていたけれど、終わってみれば何事もなかった。多分、一人で音
楽室にでも籠もっているんだろう。
担当の時間を終えて私とムギが音楽室に向かうと。扉に張り付くようにして唯が立って
いた。
「何してんだ?」
「澪ちゃんが一人で練習してるんだけど……ちょっと入りづらくって」
ひょいっと中を覗きこむと澪が一人で歌の練習をしていた。その横顔は真剣そのもので
大きく開いた口と睨み付けるように吊り上がった眉は、歌っているというより何かを訴え
かけているようだ。脇の下がぞわぞわして冷や汗が出ているのがわかる。それでも覚悟を
決めてドアノブに力を込めた。
「あ、律」
「ん、おはよ」
名前を呼ばれたのは三日ぶりだった。集中しているところに突然入ってこられたせいで
反射的に返事をしてしまったんだろう、すぐに目を逸らされた。


「澪ちゃんずっと練習してたの?」
「うん……練習してないと落ち着かなくって」
「そんなんで、みんなの前で歌えるのか?」
その割に澪はあまり緊張していないように見えた。それが面白くなくて、私はまたつい
口を挟んでしまう。
「私はできるよ。だから、ちゃんと見ててね、律」
「そんな急には変われるわけないじゃん」
「私は律に甘えてただけ。やろうと思えばできるよ」
「……わかったよ。もう、何も言わない」
違う、こんな事を言いたいんじゃない。けど私の足は澪から逃げようとして勝手に動き
出し、ドラムの壁の向こうに私を運んでいってしまった。
澪も唯も、ムギも私を見ている。まるでブレーキの壊れた自転車で坂道を転がり落ちて
いるようだ。止まることができないならいつか坂が終わってくれる事を願いながら駆け抜
けるしかない。仕方なしにスティックを構える。
澪はまた上手になっていた。作詞者だからか、あのポエミーな歌詞も澪が歌うと意外と
自然に聞こえる。演奏も完璧だ。普段真面目にやれって言ってたくせに、澪も何だかんだ
手抜いてたんじゃないのかと勘ぐりたくなる。
唯も唯で演奏というよりギターと格闘しているような必死な顔をしている。いつもと違
って好きなフレーズで先走ったり、運指が甘くて音がぶれたりすることもない。良いこと
づくめなはずなんだけど、唯が必死になっているとどうも調子が狂う。遅れたままにして
おいた時計を正しく直されてしまったみたいな。
「あなたたち、そろそろ時間だから、機材を運びはじめてね」
黙々と練習していると真鍋さんがやって来た。ミニスカポリス?と突っ込みたくなるよ
うな制帽を被っている。生徒会のしるしか何かなんだろうか。
音楽室と講堂は結構離れていてなかなかの重労働だ。だからこっちが階段でまごついて
る間に涼しい顔してまた機材を取りに戻っていくムギには驚いた。お嬢様育ちのはずなの
になんでそんな逞しいんだ。
機材を運び終わった部室はやたらに広く見えた。チェックを終えると一人ソファに寝転
がって瞼を閉じる。澪の事で頭がぐるぐるして、ライブの前だっていうのに緊張すること
すらできやしない。
「あら。律ちゃん一人?みんなは?」
「講堂、多分もうすぐ戻ってくるけど……ってか先生、その服は何?」
束の間の安らぎを壊したのはさわちゃんだった。腕にはふりふりの飾りが一杯ついた衣
装を提げている。まさかあれを着ろっていうのか?
「みんなの衣装に決まってるじゃない。あ、寸法はちゃんと合わせてあるから心配しなく
てもいいわよ」
「そんなんいつ計った!?ってかそんな恥ずかしい衣装着れないって」
「そう?唯ちゃんとかムギちゃんは喜んでくれると思うんだけどな」
「う、でもあの二人はともかく澪は絶対着ないよ」
「絶対、なんて律ちゃんに言い切れるの?」
挑発的に笑うさわちゃんに私は何も言い返せなかった。悔しくて、思わずきつい視線を
向けてしまう。
「ごめんね、冗談よ。だからそんな怖い顔しないで」
「やめてよ、今はそんな余裕ないんだから」


「こら、教師に向かってその口の効き方はないでしょ」
さわちゃんは私の頭にぽんと手を乗せた。子供扱いされてるみたいでむかつくけど、頭
に感じる手の重さは心地よかった。
「……先生にはわかんないよ。こんなの普通じゃないし」
「何となくわかるわよ、私は女子校通い長いからね。それにバンドやってる時は、そりゃ
もう女の子にモテたんだから。こんなのね、男とか女とか関係ないの。最後は自分がどう
したいかなのよ。相手の事ばっかり考えてたら気が詰まっちゃうわ」
「私がしたいこと?」
視線を下げると、重なり合った衣装の中に埴輪のような得体の知れない仮面があった。
少し色褪せたそれは多分、先生が好きだった男のためと信じてへヴィメタに走ってた頃の
衣装だろう。あなたの色に染まります、だなんてさわちゃんは乙女だったんだなと思う。
結果的には大失敗だったとしても。
「お、律ちゃんこれに興味あるんだ。着てみる?」
「いえ、結構です」
じゃあ私は、って、乙女なんて柄じゃないよな。


何だろうね、私がしたいことって。澪の歩く度にふわふわと揺れるスカートを目で追い
ながら、私はずっと考えていた。例えば、例えばだけど、あの中を見たりしたい?……そ
れはないか、体育の着替えでちょくちょく見てるしな。あ、でもスカートめくられて慌て
て抑える澪は絶対萌える。
「田井中さん、もう開演だけど……大丈夫なの?」
真鍋さんが心配するのも最もだ。澪はマイクの前で棒立ちになっているし、唯とムギは
舞台袖から客席を覗いてはしゃいでいる。全くまとまりがない。
「大丈夫だよ。練習は完璧だから」
「ならいいけど……この間唯の様子がちょっと変だったから、軽音部で何かあったんじゃ
ないかって」
穏やかな声の裏に、わずかに責めるような響きがあった。唯の家で初めて会った時、唯
との思い出を語った真鍋さんのしっとりした声が耳に蘇る。ほんと、真鍋さんは唯が大好
きなんだな。わかるよ、その気持ち。
「ちょっと色々ね。だけど唯に恥かかせるような真似はしないよ」
「信じるからね、今の言葉忘れないでよ」
真鍋さんはそれだけ言って、生徒会の上級生らしき人の所へ戻っていった。
「こりゃ責任重大だな」
なあ澪、澄ましてるけどずっと私達の会話に聞き耳立ててだろ?これから喋ることは独
り言だから、振り返らなくていいよ。ただそのまま聞いていて。
「さっきはごめん……澪はちゃんと歌えるよ。あれだけできて恥ずかしいことなんてない。
だから……すごい勝手な言い分だけどさ、もし私への意地で歌う気になってるのなら、今
はそんなの忘れちゃえよ。せっかくの初ステージ、勿体ないよ」
澪は振り返らなかった。襞が波のように折り重なった緞帳をじっと見つめている。
「次は、軽音楽部によるバンド演奏です」
頭上のスピーカーから開幕を告げるアナウンスが流れて、唯と紬もあわただしく持ち場
についた。


「よーしっ、みんな行くぞーっ!」
「「おーっ!」」
ぐだぐたな事になってごめんとか、私が部長面してていいのかな、とか色々思うことは
あるけど。ここまで来たら後は気合い入れてやるしかない。
照明がつき緞帳が上がっていく。ここからでは暗い客席の様子は良く見えないけど、沢
山の人の息遣いを感じる。
ようやく心臓が強く打ち出し始めた。いける、これくらいがベストコンディションだ。
唯と紬と目配せを交わす。
澪、私精一杯やるから。澪が歌いやすいようにリズムも絶対崩さないから。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
振り上げた腕が軽い。いいかもね、ノースリーブ。
音楽室と違って講堂は広い。音が客席に吸い込まれていくみたい。もっと、もっと大き
く打たなくちゃ。
唯のリフが入ってから、ベース、キーボードも加わる。イントロが終わる。

君を見てるといつもハートどきどき

聞こえる、私もどきどきだったけど、聞こえてるよ、澪。
今まで私は澪をフォローしてるつもりだったけど、やっぱりお節介だったのかな。

揺れる思いはマシュマロみたいにふーわふわ

前から気になってたんだけど、澪の歌詞って自分がモデルだったりするのかな。澪なら
そういうそういう恥ずかしいこと平気でやりそう。でも、この間のキスはちょっと重かっ
た、マシュマロとは似てもにつかない。

いつも頑張る、君の横顔、ずっと見てても気付かないよね

これは私のほうだ。さっきから澪のことを見つめて不安になっている。もう澪は私に愛
想をつかしたんじゃないのか、これが終わったら澪はまた私の方を向いてくれるのか。澪
がいない毎日なんて想像がつかない。

夢の中なら、二人の距離、縮められるのにな

澪は私に何を求めてるのかな、少なくともキスはしたかったんだよな。エッチはどうだ
ろ。澪はむっつりだからその辺も考えてそうだけど、こういう事言ったらデリカシーがな
いって怒られそうだな。
私は……多分できちゃうだろうな。拍子抜けするくらいにすんなり澪としてる所想像で
きる。罪悪感とか嫌悪感とかも湧いてこない。これは、私も澪が好きって事なのか?

ねえ、神様お願い、二人だけの、ドリームタイム下さい

違うかな、いや好きだけどさ。私にとって澪は好きだから一緒にいるとか、嫌いになっ
たら別れるとか、そういう存在じゃない。


お気に入りのうさちゃん抱いて、今夜もおやすみ

ふわふわ時間

ふわふわ時間


あれ、もう終わり?
観客席から、割れんばかり、とは行かないけれど私を物思いから覚ますには充分な拍手
がわき起こった。
頭は寝惚けていたけれど、身体の方はしっかり汗をかいていて、奥の方ではまだドラム
の振動が残っているみたいだった。唯と紬も、まるで今目覚めたかのような顔をしている。
そして見事に歌いきった澪はというと、歓声に応えることもせず控えめに一礼して、脇
に引っ込もうとしていた。
「あ、澪」
踏んづけてたるんだコードが、足を引っ掛けるのにちょうどいい輪っかになっている。
咄嗟に声をかけたけれど澪は止まらない。
次の瞬間、澪は転んだ。まるで糸の切れた人形のように無防備な転び方だった。
「澪っ!」
四つんばいになったまま立ち上がる気配のない澪の横に駆け寄る。顎を伝って床に汗が
だらだらと落ちている。私もかなり汗をかいていたけれど、それでも比べものにならない
量だ。全身が小刻みに揺れて何かの発作みたいだ。
「ああ、律……見てたよな。ほら、私、できただろ?もう一人でも、大丈夫」
「澪ができるのはわかったよ、でもこんな無理してどうすんだよ……ばか」
「無理じゃない……ただちょっと疲れただけ」
「手貸すからとりあえず立てよ、この体勢、パンツ見えてるって」
さっきから客席がきゃーきゃーうるさい。しましまー、とか言われてるぞ。よりによっ
てこんな時になんて物履いてるんだ。
「……いい。律の手は借りない」
「はあっ!?パンツ見えてるんだぞ、ってかそれよりその汗、早く保健室行かないと」
「もう律の助けなんて必要ないもん」
ばか、ばか、ばかっ!何でこう変な所で意地っぱりなんだ、丸見えなんだぞ今。
客席でフラッシュが光った。一つ光ったのきっかけに、二つ、三つと続く。
その白い光が私の理性を焼き切った。
「澪はあたしんだっ!お前ら勝手に見るんじゃねー!」
フラッシュが止んだ。
……あれ、ひょっとして今、私すごい事言ってなかった?
ほとんど悲鳴みたいな歓声が講堂にこだました。のっぺりした塊だった客席が嵐の海の
ようにうごめいている。
「こんな所で何言ってんのよ、ばか律ー!」
足元で本物の悲鳴が聞こえた。
「ええと、つい、ごめん。ああもう、逃げるぞ!唯、ムギ、こっち持って!」
二人に腕を支えてもらって澪を背中におぶった。足をばたばたさせて逃れようとする澪
を必死で押さえつける。ますます燃料を投下しているような気もするけど仕方ない。


「おろしてっ、私歩けるから、一人でも大丈夫だから!」
「澪はよくても、私がダメなんだ!」
衝動にまかせて叫んだ。どうせ歓声にかき消されて他のやつらには聞こえやしない。例
え周りにどれだけの人がいたって、今私達は二人きりだ。恥ずかしいこと、全部言ってや
る。だからさ、可愛い顔見せてよ、澪。
「……だったらあんな捻くれないでよ、遅いよ、ばか律!」
首に澪の腕がきつく巻き付けられる。背中に顔をくっつけて澪はすすり泣いていた。裸
の肩は私の汗と、澪の涙や鼻水でべとべとだ。
なんでこんなことが嬉しいんだろう、瞼が熱い。
濡れた瞳の上で照明がぎらぎらと夏の太陽にように瞬いた。


衣擦れの音を聞きつけてベットのカーテンを引くと、布団から身体を起こした澪の顔が
こちらを向いた。
「ん……あれ、ここ?」
「保健室だよ、倒れたの覚えてないか?」
私がおぶっている間に澪は気を失いかけていた。保健の先生によれば睡眠不足とストレ
ス、それにステージでの演奏による緊張が原因らしい。体育祭や文化祭でこんな風になる
生徒は結構いるらしく、処置は汗を拭き取ってポカリスエットを口に含ませるだけの簡単
なもので後はベッドで寝ていればいいということだった。
「そっか……私、舞台で……って!律!お前あんな所でなんて事言ってんだよ!」
「そんな気にすんなよ、あれはパフォーマンスの一種って事にしといたからさ」
本当は嘘。まあどうせすぐに分かることだし、今は少しでも心穏やかでいてもらいたい
から。
あの後教室に戻った私は興奮したクラスメイトに取り囲まれた。
「二人って付き合ってたんだー!」
「幼馴染みなんでしょ?いつからそういう関係になったの?」
「ねえどこまで行ってるの?」
「律ちゃんかっこよかったよー」
ライブの最中よりよっぽどうるさかった。一応パフォーマンスだとは言ってみたけど誰
もそんなこと信じやしなくって、私達はすっかり公認カップルにされてしまった。みんな
身近な恋バナに飢えていて、それが女同士とか割とどうでもいいみたいだった。
澪は信じたのか信じていないのか、掛け布団を握りしめて下を向いていた。


「……律、あれは……告白ととってもいいのか?」
「いいよ」
「友達だった頃と同じようにはできないよ?」
「そんなの、私もだよ……みお」
そして私は澪にキスした。不意打ちされた澪は口をぱくぱくさせている。そうそう、こ
のくらいは驚いてもらわないとね、この間のおかえし。
「りつっ……!」
澪に強く抱き寄せられた。胸の谷間から立ち上るお酒のような甘い匂いで頭がくらくら
する。身体拭いてないけどひょっとして私もこんな匂いしてるんだろうか。
「澪だけにずっと悩ましてごめん、私も好き。他の友達と一緒なんて嫌だ、ずっと私が澪
の一番でいたい」
安いラブソングみたいな台詞だけど、澪みたいな才能のない私にはこれが精一杯。だか
らあとは身体で感じて。
腕と胸の間から頭を出すとそのまま上に覆い被さった。こんな事で本気が示せるかわか
らないけど、私の貧相な身体なんかに興味なんかないかもしれないけど、私の全部、欲し
がってくれたらすっげえ嬉しい。
今日二回目のキス。今度はお返しなんかじゃない、目と目を合わせて真っ正面から。キ
スというよりまるで骨付き肉にかぶり付くみたいに口を開いて舌を擦り合わせた。下腹部
が経験したことのないくらいに熱くなって、内臓が浮き上がってきそうなくらいはっきり
と意識できる。女同士でもこういう本能ってちゃんと働くってことに安心する。
今保健室には誰もいない。とはいっても先生だってそう長いこと席を外しているわけじ
ゃない、きっとすぐに戻ってくる。けど澪も、澪の瞳の中の私も蕩けきった顔をしていて、
その合わせ鏡の中を行ったり来たりしてる内にますます欲望はエスカレートしていく。
「ひゃっ!」
澪の冷たい指が脇腹に触れてそこからもぞもぞとスカートに割り込んできた。ももの内
側をゆっくりと上下に撫でられて、たったそれだけで感電したみたいに全身に快感が広が
る。息をする度に服が敏感になった肌に擦れて生殺しにされてるみたいだ。
「……さわっても、いい?」
澪は二人の唾液にまみれた唇を舌で拭いとって言った。ためらってだけなのか、焦らし
プレイかと思ったよ。
「いい……ってか早く来て」
もう場所とかどうでもいい。今、澪が欲しい。澪の手をそこに導くように腰を浮かせる。
下着越しに指が触れた。
「!!!」
ドカッ!っと真横の壁から何か重たい物がぶつかる音がして、私達は反射的に身体を離
した。
壁越しに、後ろしっかり見ててよねー、等という声が聞こえる。展示に使った大きな机
でも片付けているらしい。良いところで邪魔しやがってと思ったけれど、そんなことして
いる間に先生も帰ってきて、私は慌てて服の乱れを確認するとベッドの横に腰掛け、今ま
でおしゃべりでもしていたかのように装った。
疲れてるんだから無理させちゃダメよ、という先生の注意をはーいと素直な返事で流し
てほっと一息つく。


「残念だったなー……いい所だったのに」
「……あれ、最後ちょっとだけ触ってたよな?」
「うん……あれだけで軽くイっちゃいそうだった」
先生に隠れてひそひそ声で囁き合う。耳に掛かる吐息に背筋がぞくぞくするけれど今は
我慢。
「律……あのね……うち、夕方までは誰もいないと思うんだけど来る?」
澪しゃんえっちですね。もちろん二つ返事でイエスなんだけど。
舞台裏から持ち帰ってきた制服を渡すと澪はカーテンを閉めて着替えはじめた。どうせ
すぐ裸になるっていうのに、ベタな少女漫画みたいなことをする奴だ。
お世話になりましたっ、手短に挨拶すると私達は保健室を飛び出した。
廊下はまさに祭りの後といった雰囲気で、びりびりに剥がされた飾り付けの下からは黒
ずんだ木目が顔を出していた。澪はさっきまで寝込んでいたのが嘘みたいに軽い足取りで
散乱するダンボーや模造紙を避けて歩いている。
「でもこんなんでいいのかなぁ」
「何が?」
「欲望に正直すぎるっていうか、その順序っていうか」
私から好きって言ったのはついさっきなわけで、それで保健室のベッド、しかもコスプ
レみたいな衣装のまま始めちゃうって冷静になってみるとかなりあれだ。エロマンガかっ
つうの。
そんな常識人な私に対して澪はこともなげだった。
「いいんじゃない、私達は昨日今日の付き合いじゃないだろ?」
十年近くも一緒にいるんだから……まあそう言われればそうかもしれないけどさ。
私が首を傾げている間にも澪はずんずん先に進んでいく。
待って、待ってよ澪。
足の長い澪に合わせて私は自然と駆け足になる。振り回しているようで、いつも振り回
されてる付点のような私。

昔からずっと変わらない、私達のリズム。

このページへのコメント

こんなIFステキです☆

0
Posted by っj 2011年12月13日(火) 13:03:31 返信

なんだ…ただの神か…

0
Posted by ドヤえもん 2010年08月26日(木) 01:09:58 返信

やはりこの二人が1番です

0
Posted by 名無し。 2010年04月23日(金) 15:56:35 返信

マーベラス!!!!!
続き待ってます。

0
Posted by 名無し 2010年03月13日(土) 02:18:42 返信

続きずっと待ってました!
次は唯と和もかいてほしいです!

0
Posted by りん 2009年08月30日(日) 07:48:05 返信

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