ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

著者:名無しさん(2-415)


「私もさ、檸檬ちゃんと同じだったんだ。私も同室の子のことが好きだったけど
 その子が好きな人は、私なんかじゃ絶対勝てない強敵でさ……」
夜々は遠くのオレンジに染まった空を見つめると
さっきまで笑顔だったのがつらくて泣き出しそうな表情になっていった。
空はきれいな夕焼けだけど、それが彼女の悲しい顔をいっそう引き立たせていた。
「夜々さんも……」
「ごめんね。私じゃ全然アドバイスになんないね、ハハハ……」
「い、いえ、そんなこと…。夜々さんも自分と同じだと思うと、何だか不思議とすこしだけ気が楽になりました。」
「でもね、失恋したときは、こんなつらい恋だったらしなきゃよかった、なんて思ってたけど
 今はさ、強がりかもしれないけど、あの子のことが好きになってよかった、て思えるようになってきたの。」
夜々はすこしだけ穏やかな顔になって、檸檬ちゃんにむける。
檸檬ちゃんはそれをみてうるうると目に涙を浮かべた。
「う、ううう……わ、わたし、絆奈のこと、す、好きになっていいんですね……ヒック、ヒック。」
檸檬ちゃんは泣き出してしまったけど、笑っているようだった。
「いいのよ…大丈夫よ…もしつらいことがあったら、私や蕾に相談してね……一人で悩んじゃダメよ…」
夜々は、うつむいて眼鏡をぬらす檸檬ちゃんのあたまをやさしくなでた。
――――――――――――――――――――
「この前、自分の部屋と間違ってドアを開けたら、剣城さんと桃実さんがベットのうえで
 温暖化しちゃってて、二人のが丸見えでさあ、もう私、泡食っちゃって……あはははははは…」
「まったく、あの二人には困りますよね、うふふふふふ……」
以前のように二人だけの夜のお茶会。今日は夜々先輩のほうから話をしてきた。
テーブルの上のライトだけの明かりで、あたりは暗かったから
蕾はすぐそばにいる夜々先輩の、何の曇りもない明るい笑顔だけを眺めている。
身振り手振りを交えた話し方と目まぐるしく変わる表情は見ていて飽きない。

最近の蕾は気が付くと夜々先輩のことばかり見ている。
聖歌隊の練習中はもちろん、夜々先輩が体育の授業で校庭で走り回ってる姿を、教室からじっと見つめていて
先生に怒られたりもした。
「ねえ、聞いてる、蕾?」
「は、はい?何でしたっけ?」
夜々先輩は話を続けていたのに、蕾は彼女の顔に見とれボーっとしていて途中から聞いていなかった。
「どうかしたの、蕾?あんたも何か悩みがあるの。」
「え?!いいえ、別に悩んでませんけど…」
「檸檬ちゃんの恋が上手くいくといいわね…」
檸檬さんの話をしているようだが、夜々先輩の顔はすこし曇っていた。
「え!?檸檬さん、好きな人がいるんですか?」
「へ、あんた気が付かなかったの、檸檬ちゃんが絆奈ちゃんのことが好きなの?」
「え、ええええええええ!!き、絆奈さんのことがぁ!!?」
蕾はびっくりした。檸檬さんとは夜々先輩よりずっと付き合いが長いのに、自分はそれに気づかなかった。
「だけど、絆奈ちゃんは千華留さんのことが好きなんだよね。」
夜々先輩は暗黙の了解のように、そう蕾に言うのだけど
「……な、なんでしってるんですか、夜々先輩!!?……私なんか全然そんなこと……」
「はぁ〜〜。あんたって鈍いわね〜〜このくらいすぐ分かるでしょう?
 まあ私のラブ・センサーは高性能だからね!」
夜々先輩は恋愛の話になると敏感すぎる。


「に、鈍いだなんて、失礼な……。それに、何がラブ・センサーですか、まったく……
 じゃあ、私の好きな人は?夜々先輩には絶対わかりませんよ!」
蕾には彼女の高感度センサーをすり抜ける自信があった。
というより、自分には特に好きな人はいないから分かるわけもないと思っている。
「そんなの簡単よ。蕾はねぇ〜…千代ちゃん!」
「は、はぁ〜?ぜんっぜんっ違いますよぉ!」
「あれ?外れた……おっかしいなぁ……あ、わかった!玉青さんだ!」
「あの人はちょっと……美人ですけど……」
「ふふふふ……今度は外さないわよぉ〜……渚砂さんだ!」
「勘弁してくださいよぉ〜」
「えーーーー違うのぉ〜〜?……はっ!も、もしかして……あなたって……」
夜々先輩はテーブルに身を乗り出し蕾に近づき、内緒話をするように右手を口元にやって蕾の耳元に
ごにょごにょとしゃべった。
「…エ、エトワール様?」
…………………………
「夜々先輩……夜風に当たってきたほうがいいじゃないですか?」
蕾はあきれ返った。
「これもちがうの?」
夜々先輩は腕を組んでしかめっ面になって考え込んでしまった。
「誰だろう……うーーーん……千華留さんかな?いや、六条さんかな?まさか籠女ちゃんだったりして…」
「はいはい、ウチの会長でもないですよ〜〜」
蕾は両手でほお杖をついて目をつむり、つまらなそうに彼女の推理を否定している。
「私だったりして」

「………………!」
夜々先輩のその解答に蕾は心臓を貫かれたような感覚に陥った。
「なーーんちゃって!そんなわけないよね、あはははははははは」
夜々先輩は大笑いをして、あぐらをかいている自分の足をバンバン叩いている。
蕾の顔色が変わっていったのだが、小さなライトの光ではそれがわからなかった。
「あ、あの……。私、もう寝ますね……」
蕾はすっと立ち上がり、すたすたとドアの前に行き、先輩に背を向けたまま
「おやすみなさい、夜々先輩」
とあいさつをして、ドアを開けて外へ出てしまった。
いつもと違ってさばさばしている彼女を見て、夜々はきょとんとしている。
「蕾…………………………剣城さんはやめとけ……」
夜々先輩は恋愛の話になると敏感すぎる?


カキーン!…パシィ!
今日の夜々先輩の体育の授業はソフトボール。スポーツに力を入れているスピカのグラウンドはとても広い。
ボールを打つ音、捕る音、大きな掛け声が蕾の教室まで聞こえてくる。
「よっしゃあーー!ピッチャーこいやぁーー!」
2アウト満塁のチャンスで打席には4番・二塁手の夜々先輩。気合十分。
バットのグリップの位置は胸の高さで、ヘッドを体の前方へ少し傾けている。
ブンブン振り回しそうな彼女にしては、意外とおとなしそうな構えだ。
マウンド上の投手はソフト部のエース。大きく回した腕を腰にチップさせて威力のあるファストボールを投じる。
コースは内角高め。夜々先輩はその球を上手く前のほうで捕らえ、レフト方向へ打ち返す。
バッコーーーーーン!
バットの真芯に当たった乾いた音が響き、打球は大きく弧を描きながらフェンスへ向かっていく。
そのフェンスの手前に、高く張り巡らされたネットが待ち構えている。
それは去年のスピカの校内球技会で、天音様が何本もスコンスコンと場外へホームランを放ったため
急遽設置するようにしたもの。通称アマネット。
しかしその障害物を夜々先輩の打球は超え、フェンスで区切られたテニスコートへ吸い込まれていった。
満塁ホームラン。
ぽこ〜〜ん!
「うぎゃあああああ!!」
「きゃあああ!要がぁ〜〜!!」
同じく体育の授業でテニスをしている剣城さんに打球が当たって、桃実さんが悲鳴を上げた。
夜々先輩は両チームの生徒から大歓声を浴びるけど、ダイアモンドを一周する彼女はガッツポーズなどはしないで
打って当然という素振りで黙々と駆けている。
「腰の回転がものすごく速い。それにボールをバットに乗せるような打ち方…
 遠くへ飛ばす技術は、おそらくあの天音様より上。特別体が大きいわけじゃないのに…胸は無駄にでかいけど…
 でも、あの腕を畳んだお手本のような内角打ちには惚れ惚れしちゃうなぁ。」
蕾が解説をしているあいだに、先輩はホームベースを踏んで、校舎を見上げていた。
そして両手の指先を唇につけてから大きく腕を広げ、その動作を何度も繰り返した。
ベースランニングでは表現しなかった、その大きな喜びを向けた先は
「…え…?!わ、私?!」
彼女と目線が合い、蕾の顔はかーっと熱くなる。蕾が特別席で観戦していたのを気づいていたようだ。
投げキッスはいつもの夜々先輩の冗談なのはわかっているけど、それでも蕾は意識してしまう。
「や、や、夜々先輩ったら……」
「奥若さん、次の英文を訳しなさい。」
ドキドキしてうつむいていると、突然英語の先生に指された。
「は、は、は、はい!え、えーーーと……」
慌てながらも教科書を持ち上げてすぐに立ち上がり答えようとする。
He left the baseball club seven times in his high school days.
「えーと…『彼は高校時代、野球部を7回退部しました。』……です。」
「…よろしい…座っていいですよ。では、次……」
ソフトボールの試合を見ていて、『left』を夜々先輩が打った方向の『レフト』と間違えそうになったけど
答えることができて少しほっとした。
「もお〜〜夜々先輩ったら……」
でも胸の高鳴りは未だに抑えられないでいる。
―――――――――――つづく


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  5. 夜々先輩(5)

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