【定義】
永平寺13世として入り、法嗣で後の同寺14世の建撕禅師に、道元禅師の伝記を編集するよう依頼したことでも知られる。
生没年:応永20年(1413・一説には応永19年生)〜文明元年(1469)
出身地:不明
俗 姓:不明
【略歴】
宝慶寺慧林の後を継いで同寺14世として住した建綱禅師は、後に永平寺12世の了鑑禅師の法嗣となって康正3年(1457)に45歳(一説には56歳とも)で永平寺13世として出世した。応仁2年には、法嗣である建撕に寺を譲り、文明元年11月26日に世寿57歳で遷化した。
建綱は、永平寺に住していた頃に、『宝慶寺由緒記』をまとめ、宝慶寺成立の状況などを後世に伝えている。記録が少ない寂円禅師の行状も同著から知られる。
永平寺13世として入り、法嗣で後の同寺14世の建撕禅師に、道元禅師の伝記を編集するよう依頼したことでも知られる。
生没年:応永20年(1413・一説には応永19年生)〜文明元年(1469)
出身地:不明
俗 姓:不明
【略歴】
宝慶寺慧林の後を継いで同寺14世として住した建綱禅師は、後に永平寺12世の了鑑禅師の法嗣となって康正3年(1457)に45歳(一説には56歳とも)で永平寺13世として出世した。応仁2年には、法嗣である建撕に寺を譲り、文明元年11月26日に世寿57歳で遷化した。
建綱は、永平寺に住していた頃に、『宝慶寺由緒記』をまとめ、宝慶寺成立の状況などを後世に伝えている。記録が少ない寂円禅師の行状も同著から知られる。
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