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【定義】

/深造坐禅の意義を示したもの。「箴」とは処方のことである。宏智正覚が撰述したものや、道元禅師が撰述したものが知られる。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では27巻、75巻本では12巻。仁治3年(1242)3月18日に、宇治興聖寺で記された後、仁治4年11月に越前吉峰寺学人に示された。,乏催する『坐禅箴』について、宏智のものも道元禅師のものも収録している。
F辰豊△房録されたる道元禅師の『坐禅箴』のこと。卍山本『永平広録』、『永平略録』には法語の1つとして収録されている。
坐禅箴 宏智禅師坐禅の箴を慕て此の箴を作る。 卍山本『永平広録』巻8、『永平略録

【内容】

道元禅師は、真実の坐禅のありようを、中国禅宗五家に分裂する以前の状況に求めており、特に薬山惟儼禅師の公案である「薬山非思量話」を元に、坐禅への提言を始めている。
薬山かくのごとく単伝すること、すでに釈迦牟尼仏より直下三十六代なり。薬山より向上をたづぬるに、三十六代に釈迦牟尼仏あり。かくのごとく正伝せる、すでに思量箇不思量底あり。

そこで、この公案を取り上げた後に、道元禅師が中国に渡った当時、当地で流行していた「胸襟無事禅」「行住坐臥禅」「還源返本」「息慮凝寂」が坐禅の本旨だという見解に対して否定的な指摘を行っている。
しかあるに近年おろかなる杜撰いはく、功夫坐禅、得胸襟無事了、便是平穏地也。この見解なほ小乗の学者におよばず、人天乗よりも劣なり、いかでか学仏法の漢といはん。

そして、とにかく坐禅修行を専一に行うべきであることを、南嶽懐譲―馬祖道一の師資に於ける「南嶽磨甎話」を取り上げて強調された。さらにこれまでにさまざまな坐禅に関する著作が書かれているにもかかわらず、それらが取るに足らないものであると指摘している。
このゆえに古来より近代にいたるまで、坐禅銘を記せる老宿一両位あり。坐禅儀を撰せる老宿一両位あり。坐禅箴を記せる老宿一両位あるなかに、坐禅銘ともにとるべきところなし。坐禅儀いまだその行履にくらし、坐禅をしらず。坐禅を単伝せざるともがらの記せるところなり。景徳伝灯録にある、坐禅箴、および嘉泰普灯録にあるところの坐禅銘等なり。

このように様々な著作などを批判した道元禅師は、中国曹洞宗の宏智正覚禅師の『坐禅箴』だけは素晴らしいものであるとして、その全文に対しての提唱を行っている。

大宋国慶元府大白名山天童景徳寺宏智禅師正覚和尚の撰せるのみ、仏祖なり、坐禅箴なり、道得是なり。ひとり法界の表裏に光明なり、古今の仏祖仏祖なり。前仏後仏、この箴に箴せられもてゆき、今祖古祖、この箴より現成するなり。かの坐禅箴はすなはちこれなり。
  坐禅箴 勅諡宏智禅師正覚撰
 仏仏要機、祖祖機要。
 不触事而知、不対縁而照。
 不触事而知、其知自微。不対縁而照、其照自妙。
 其知自微、曾無分別之思。其照自妙、曾無毫忽之兆。
 曾無分別之思、其知無偶而奇。曾無毫忽之兆、其照無取而了。
 水清徹底兮魚行遅遅、空闊莫涯兮鳥飛杳杳。

F燦義技佞蓮宏智『坐禅箴』を受けて自らの『坐禅箴』を撰述されるのだが、それはこの宏智の内容に問題があったからではなくて、ちょうど上記一文にあるように「今祖古祖、この箴より現成するなり」というように、「現成」の機構を明らかにするためである。

いま宏智禅師よりのち、八十余年なり。かの坐禅箴をみて、この坐禅箴を撰す、いま仁治三年壬寅三月十八日なり。今年より紹興二十七年十月八日にいたるまで、前後を算数するに、わづかに八十五年なり。いま撰する坐禅箴これなり。
  坐禅箴
 仏仏要機、祖祖機要。
 不思量而現、不回互而成。
 不思量而現、其現自親。不回互而成、其成自証。
 其現自親、曾無染汚。其成自証、曾無正偏。
 曾無染汚之親、其親無委而脱落。曾無正偏之証、其証無図而功夫。
 水清徹地兮魚行似魚、空闊透天兮鳥飛如鳥。
宏智禅師の坐禅箴、それ道未是にあらざれども、さらにかくのごとく道取すべきなり。おほよそ仏祖の児孫、かならず坐禅を一大事なりと参学すべし。これ単伝の正印なり。

特に後半に下線部を引いた一文からは、まさに宏智の内容に問題がないにもかかわらず、更に一文を追加しようとする表現的・思想的位相の差異を見るべきである。この道元禅師の『坐禅箴』によって、宗教的に高められた「現成」と坐禅とが直結し、日本曹洞宗の教義として成立していくことは知られておいて良い。

なお、この『正法眼蔵』として示されていることは、まさに仏祖正伝の坐禅とは、悟りを得るための待悟的なものではなく、ただ本証の信を持って日々に行じていくことを示した内容だといえる。

【註釈書】

損翁宗益『永平正法眼蔵坐禅箴損翁和尚弁話』
通称、『坐禅箴弁話』と呼ばれるものであるが、『正法眼蔵』「坐禅箴」巻に関する註釈をしている著作である。『続曹洞宗全書』「注解二」に収録されている。
指月慧印坐禅箴不能語
不能語」は指月の註釈書に付される名前だが、同著は道元禅師の『坐禅箴』に対する註釈書である。
瞎道本光『正法眼蔵坐禅箴抽解経行参』
『正法眼蔵』「坐禅箴」巻全体に対する註釈書。なお、瞎道は本来真字仮字交じり文である『正法眼蔵』本文を、漢文にしてから註釈している。
面山瑞方『坐禅箴聞解?
普勧坐禅儀聞解』に合冊されて、世に広まった。『道元禅師坐禅箴』に対する提唱
・雲欞泰禅『永平高祖坐禅箴』
『道元禅師坐禅箴』に対する提唱。冒頭に「坐禅箴」という語自体への解釈も載せ、末尾には詩偈として「坐禅箴」を見た場合の韻についても指摘する。永久岳水編『正法眼蔵註解新集』(代々木書院・1931年)に収録。

このページへのコメント

> Miyukiさん

御指摘ありがとうございます。
早速に修正いたしました。
今後とも、もし、誤記等ございましたら御指摘いただけましたら幸いです。

0
Posted by tenjin95 2017年03月03日(金) 05:22:37 返信

失礼いたします。


曾無染汗之親

→曾無染汚之親 (※汗→汚)

と思います。

0
Posted by Miyuki 2017年03月01日(水) 08:39:42 返信

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