【定義】
永平寺30世として入り、『
永平大清規』の刊行を行ったことで知られる。号は光紹、名は智堂。
生没年:不明〜寛文10年(1670)
出身地:不明
俗 姓:不明
【略歴】
永平寺29世の鉄心
御洲の
法嗣となった光紹は、下総の
総寧寺?(22世)から、永平寺30世として
晋住した。寛文7年(1667)に、『
永平大清規』(寛文本)を編集刊行し、翌年には『恵林永明禅師代語』を上梓した。
寛文10年には
示寂したという。なお、当時はまだ
伽藍法が活きていた時代であったため、弟子には永平寺31世の
尊海?を出す。
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