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前作

きっかけはなんだったのか。この気持ちの行き着く先に私は何を感じ、何を得たのだろう。

何かに誰かによって隔たれたとしても、愛しい人は、必ずそこにいてくれる、なんて。
どうせ、こちらからは踏み出すことなどできないし、
踏み出したところで、結局、自分の掘った逃げ穴に隠れるだけ。そこで、沈んだり上がったりしているのだ。

それでも、つま先はいつもあなたを向いていた。眩しくて、逞しくて
、愛しい声で名前を呼んでくれる彼女に、吸い寄せられる虫のように。
私は、あなたを欲していて、そして、欲しているだけ。

高校の講習も終わり、私と真ちゃんはよく行くファミレスに来ていた。

真ちゃんとプロデューサーが和解してから、二人の距離は前より縮まったように思えた。
それもそのはずで、真ちゃんは彼のことが好きだし、
プロデューサはアイドルを我が子のように大切に思っている。

彼女からしたら、プロデューサーのそういう所が好きなんだろう。
でも、そういう所が嫌だとも言っている。
自分だけを見て欲しいけれど、周りもしっかり見てあげて欲しい。真ちゃんはそういう子だ。
私はまるで少女漫画のヒロインの紹介をするみたいに、彼女の恋を語れるような気がした。

ヒロインの相談相手は、決まって私だったから。

「この前はごめんね、雪歩。周りが見えなくなってたよ」
「ううん、もう気にしないで、真ちゃん。プロデューサーと仲直りできて本当に良かったね」
「うん! でも、前より恥しいんだよね……律子がお互い隠し事しない!
とかって、変なルール作るから、プロデューサーがホントはスカートも見たいとか似合ってるとか、
何着ても可愛いとか本当に歯の浮くような台詞吐くんだよ……しかもみんなの前でだよ!?」
「あはは、そうなんだ」
「勘弁して欲しいよ」

真ちゃんが口元を緩めている。嬉しいのだと、言わなくてもわかった。
ファミレスの一角で、彼女の注文したストロベリーパフェがみるみるうちになくなっていく。
人目を気にしてサングラスをかけているためか、
お洒落な男の子にしか見えないので、その絵面はちょっと可笑しい。
当の彼女はパフェに夢中で、近隣のテーブルからの視線には気づいていないようだったが。

けれど、その仕草やサングラスの下に隠れた表情は普通の恋する女の子。

「そういえばさー、雪歩は誰か好きな人いないの?」
「え?」
「いっつも聞いてもらってばかりで悪いし、いるなら相談乗るのに」

私の手からスプーンが滑り落る。からん、と金属音。テーブルで跳ねたのを慌てて拾う。

「わわ、大丈夫? まさか、図星だったのかい?」

ナプキンを渡しつつ、真ちゃんが言った。その顔には興味津々と書いている。

「ううん、いないよ。……男の人すごく苦手だし、真ちゃんが雲の上の人みたいで、ちょっと聞き入ってたの」

と私は笑って返した。

「そう? でもさ、できたら教えてよ」
「うん……でも、絶対できないよ。今は真ちゃんのお話を聞いているだけで十分かな……」
「えー、もったいない。ボクが男だったら絶対雪歩のこと放っておかないから」

真剣な目付きで言われ、どきりとする。彼女は簡単に、誰かを女の子扱いできてしまう人だった。

「そんなことないよ。真ちゃんの方が女の子だよ」
「いやー、そんな、えへへ、そう?」
「うん。恋する女の子」
「雪歩に言われると、なんか、自信出るんだよなー」

私は、真ちゃんがどうしたら喜んでくれるのか知っていた。
それは、長い付き合いとか、そういう友達として積み重ねてきたものもあったけど。
笑顔が見たくて選んだ言葉は、彼女が普通の女の子なんだと私に刻みつけるには調度良いナイフだった。

「雪歩と春香に言われるとさ、何でもないことなのに心に響くんだよね」

しみじみと言って、真ちゃんがスプーンを持った方の手を胸に当てた。

「そんな大げさだよ。でも、確かに春香ちゃんに言われると妙に納得しちゃうことあるよね」
「だよね」

ふと、思い出がよみがえる。友達の応募で偶然受かって、
心身ともにダメな私を、二人は嫌な顔一つせずに受け入れてくれた。
その会話をしたのもちょうどこのテーブルだったと思う。
春香ちゃんがあの時言ってくれた言葉が、私がこの世界を歩き出すきっかけになった。

『私たちは変わっていける成長できる。自分が様になった時なんて、あるわけないんだもん。
萩原さんはそれを分ってる。それを、素直に私たちに感じさせてくれる。だから凄いんです』

今思えば、あの時から、私とは正反対な気質の二人に惹かれていた。

「そういえばここ、前は三人でよく来てたよね。事務所に入った当時は不安なこととか話し合ってたっけ」
「うん、覚えてる覚えてる。ボク最初、春香のこと同い年だと思ってたんだけどさ、
敬語で喋るから何でか聞いたら、一つ下だったんだよね」
「そうそう、今思うと新鮮だったね。春香ちゃんの敬語」
「今使われたら、鳥肌ものだけどさ」

私と真ちゃんは笑い合う。みんな少しずつ変わっていった。それを、望んでいたから。

「そういや、千早が敬語じゃなくなったのって春香の影響だよね」

そう言われて、また、過去に思考をめぐらす。
触れたら折れてしまいそうな繊細さと、針のような鋭い意志を持っていた。
それが、千早ちゃんの印象だった。そんな彼女も、変わらずにはいられない理由に出会ってしまったのだろう。

「私も、そう思う。……春香ちゃんがまっすぐに千早ちゃんにぶつかったから、私たちにも心を開いてくれたのかなって」

それからだったっけ。三人でいる機会が少なくなったのは。

「ボクらのこと名前で呼んでくれてさ、嬉しかったなあ」

千早ちゃんが嫌いなわけじゃない、と思う。事務所に溶け込めたことは自分のことのように嬉しかった。
けれど、少しずつ私から離れていく春香ちゃんを見ていて、私は自分のどこか一部分が欠けていくとさえ感じたのだ。

「何だか、春香ってお母さんみたいだよね」

あれが、765プロに来て始めて感じた寂しさだった。

「雪歩?」
「……あ、ごめんなさいっ 何かな?」
「春香って何か母性本能全開だよねっていう」
「あ、分かるよ。一番早く、お母さんになりそうなタイプだなって思ってたな」
「ぽいなー。それじゃあ、さしずめ千早がお父さんか」
「あはは、じゃあ私たちは小姑になっちゃうのかな」

今日は、いつもより感傷的な気分。なんでもない会話に、胸を締め付けられるような孤独感。
笑うことで不安が消えるならいくらでも笑うのに。

「あー、そういや、今晩雨かもって天気予報で言ってたからさ、そろそろ出よっか」

そう言って、真ちゃんが伝票を持って立ち上がる。私は慌てて椅子から立ち上がった。

「今日は話聞いてもらったし、支払っとくよ」
「そんな、申し訳ないよ」
「いいって」

彼女はそう言って、支払いをさっさとすませてしまった。

「ごめんね」
「いーんだって」

ファミレスから出ると、冷ややかな風が頬を撫でた。

「ちょっと、冷えてきたみたいだね」
「ほんとだ。何か温かいもの食べればよかったや」

私は上着の襟を詰める。

「雪歩寒い?」
「ううん、大丈夫だよ」

どうしていつも、私の愛しいと思う人は、私に優しくしてくれるのだろう。
優しさが持つ痛みさえも、彼女にもたらされているのだということには変わりなく、それは、私を甘やかしている気がした。

私は悲劇のヒロインを演じながら、居心地の良い場所を求めている。
それが、時を経れば、誰かのお姫様になってしまうヒーローだとしても。

一瞬でさえ抱きしめてくれる人がいれば、誰だっていいのだろうか。

「雪歩が早く、素敵な男性に出会えるよう願ってるからね」

真ちゃんが頭を撫でる。

「……あ、ありがとう」

単純で馬鹿な心臓が高鳴っているのがばれてしまわないだろうか。
ばれたとして、彼女にわかるはずもないのだけれど。


「あ、ゆきぴょーん!……と、まこちーん」

陽気な声が、前方から聞こえた。
見ると、サイドポニーを揺らしながら、真美ちゃんが手を降っていた。
見られていたのだろうか、だとしたら恥ずかしい。

「奇遇だねえー!」
「おいおい、とってなんだよ、なんか冷たいぞ」
「そんなことないっしょー」

笑いつつ真美ちゃんが言う。

「二人とも今帰り、だよね」
「うん」
「じゃあ、えっと、あの、ちょうどいい所にいたゆきぴょん、ちょっと買い物に付き合ってくれると嬉しいなあ……」
「え、私? それは、構わないけど」
「ほほう、ボクはお邪魔虫かいそうなのかい」
「そうじゃないよーなそのよーな」

二人がやや軽口を言い合う。どうも、真美ちゃんが押され始めたので、

「そ、それで、あの、どこへ行くのかな?」

私は口を挟んだ。真美ちゃんが考える素振りを見せて、
それからにっこり可愛らしい笑顔で、近場の雑貨屋さんの名前を口にした。

「まあ、帰るところでしたし? 虫はさっさと退散しますよ。
真美、あんまり雪歩に迷惑かけるなよ。てゆーか、今晩雨だからね」

意地の悪そうな顔でからかいつつ、真ちゃんが言った。

「わかってるから、もう!」
「はいはい。じゃあ、二人ともまたね」

彼女の背中を見送りながら、ほっとしていた自分に気づく。
緊張のせいだったのだろうか。歩きながら、真美ちゃんは買い物の目的を教えてくれた。

「実はさ、真美の知り合いにゆきぴょんに似てる子がいてさ、
最近、その子にお世話になって、お返ししなきゃって思って、でも、何あげようか迷ってるの。
そこで、ぜひぜひ、ゆきぴょんのアドバイスを頂戴したくて……」

彼女が、やや早口でまくし立てる。私に似ている。
どのあたりが似ているのだろうか。私みたいな子は、私だけでいいと自分でも思う。

「うん、私なんかでよければ……」
「ノンノン、ゆきぴょんじゃなきゃやだよ」

人差し指を左右に降って、それから、私の右手を掴んだ。

「さささ、エスコートしますぞー」

誰のものまねだろう。少し、笑ってしまう。
真美ちゃんと目が合う。いつの間にか、変な口ひげをつけている。けらけらと笑い合う。

「あのね、ゆきぴょんはさ、もらうとしたら実用的なものがいい? アクセサリー? 小物?」
「ええっと、そうだね……頂けるものならなんでも」
「なんでもー? ふぬう、なんでもはだ・め」

真美ちゃんが可愛らしい頬っぺたを小さく膨らませる。

「じゃあ、そう……だね、あたたかいものとか」

言い終えて、脈絡のない抽象的な解答になってしまったと気づく。それも、自虐的だ。
                           
「もう、秋になるからねー」

普通に季節のことだと思ってくれたようだ。

「今の、止めてもいいかな……えっと、そうだな。私、何をもらっても嬉しいかも」
「それじゃあ、ゆきぴょんに聞いた意味があばば……」

いつまでつけているのか、見るたびに笑ってしまうのをこらえているのだけれど。ひげの少女は大きく咳払いした。

「もっと、欲望、さらけだしちゃいなよ、YOU」
「そんな、ラップ口調で言われても……」
「最近、欲しいものとかないのー?」

言われて、欲しいものがぱっと浮かばない。
無欲、とかそういうんじゃないんだろうと思う。自然とそういう癖が身についている。
けれど、私の欲しいもので本当にいいのだろうか。私は、仕方なく、目についていいなと感じた淡いベージュの手帳を指さした。

「あの、あれがいいかな」

パステルカラーの花びらが風に吹かれたように、うっすら印刷されてある。

「わ、可愛いね! 知的素敵! 他には他には?」
「本当に参考程度にね……。あっちのペンケースもいいかなって思うよ。
だいたい、白を基調とした文具ものに目を惹かれるかな」
「ふむふむ。なるほどね」

自分の秘密を話しているような恥ずかしさがあった。

「……こういうのは形とか使い勝手とかより、気持ちが大事なのかも」
「気持ち?」
「お世話になった恩返しなんかより、友達が一生懸命考えてくれたその時間が、一番嬉しいんじゃないかなって思うよ」

少し、さしでがましいかもしれない。そう思ったが、

「ゆきぴょんも嬉しい?」
「うん、嬉しいよ」

私の言葉に真美ちゃんは優しく微笑んだ。
普段のハツラツとしたものより、少し大人っぽくて、やや驚く。こんな表情も出来たんだ。
それから、考え事をするように首をひねる。これで、自分の意見も大事にしてくれればいいのだけれど。

「その人、詩集も書いててね、だから、好きなことをこれからもずっと続けていって欲しいなって思ったの」
「……うん」
「えとね、だから、手帳がいいかなって。さっきのベージュの手帳。
それでね、ありがとうってことと、いつも応援してること伝えたいの」
「真美ちゃんが良いと思うなら」
「えへへ」

ラッピングされた手帳を受け取り、真美ちゃんと私は店から出た。
真ちゃん以外とプライベートで話すのは久しぶりだったから、すごく新鮮だった。
真美ちゃんが包みを大事そうに持っているのを見て、自然と笑みがもれた。

「買えて良かったね」
「うん! でね、ゆきぴょん。はい、これどうぞ」

手渡されたのは、先ほど買った手帳の入った包み。

「え?」

私は思わず立ち止まる。それに合わせて真美ちゃんも歩を止めた。

「本当は、ゆきぴょんが凄く欲しいものをあげたかったんだけど。でも、真美の気持ちも大切なんだよね」
「ど、どういうこと……?」
「えー、忘れちゃった? 海に行った時だよー。覚えてなーい? 風邪の看病してくれたじゃんか。そのお礼だよーん」

覚えてる。覚えているが、しかし、これはこれでそれはそれで。という問題ではなかったのか。

「はい、受け取らないなら家まで持って行っちゃうかんね」

少女が意地悪く笑った。私へのプレゼントとおぼしき、いや、もう確定的なのだけれど。実感なくそれを受け取る。

「あ、ありがとう」
「こちらこそ、だよ!」

素直なのか、素直じゃないのかよくわからない真美ちゃんのサプライズに驚かされる。
それでは、店内で言っていたのは全部私のことではないか。

「私、自分のプレゼント選んでたんだ……」
「そうだねえ」

プレゼントは気持ちだなんて言ったけど、先程の会話が思い出されて、

「や、やだな……恥ずかしいな……」

顔が熱くなる。

「えへへ、早く早くって思ってたんだけど、
こういう時のお礼、結局よくわからなくて……友達にアドバイスもらったりもして」
「そんな、お礼をもらうようなことじゃ……」
「そんなことないよ! 真美にはすっごくすっごく嬉しかった。
ゆきぴょんと同じところでアイドルできてよかったって思った……」

強い口調で、しかし、やや下を向きながら、真美ちゃんが言った。
口元にはやっぱり、ひげがちょこんと出ていて、可笑しくて。

「真美ちゃん、本当にありがとう……あたたかいものもらったよ」
「ふえ?」

本当に可笑しかったし、本当に嬉しかった。

「わわわ、ゆ、ゆきぴょん?」
「ん、ごめん、ね……」

喉がきゅって絞られて、我慢しようとしたのだけれど。

「違う……んだよ……嬉しい…っ……の」

涙が出てきてしまった。頬に何度も流れていくのがわかった。
ぼやけた視界の中の真美ちゃんが、あたふたと困惑している。

「ほらほら、ゆきぴょん、おひげダンスだよー……」

変なことまで言い始めて、
私は笑いを堪えるために今度は顔を両手で抑えながら、唇を小さく噛まなければならなかった。
私は、小刻みに震えていただろう。それを、状況悪化ととったのか、真美ちゃんがおどけるのを止めて、そして、

「泣かない泣かない」

両腕を伸ばして私を包む。背中を軽く叩かれる。
路上で、4歳年下の子にあやされている私はひどく滑稽だったろう。

「ゆきぴょんってば、おっきな子どもだよ」

ふと、手を顔から離す。声が上から降ってきていたことに気がついた。
真美ちゃんの視線は私より少し高い。そう、真ちゃんと同じくらい。
海へ行ったときは、まだ同じくらいではなかったか。彼女はいつの間にか、私よりも背が高くなっていた。

「……じゃあ、真美ちゃんは、ちっちゃなお姉ちゃんかな」

甘えてしまうわけにはいかない。今日の不安を押し付けることだけはしたくないのに。
顔を覆う役目を終えた私の腕が、知らず真美ちゃんを抱きしめ返していた。

私は、愛に飢えた子ども。お腹が空いたら与えられたご飯を食べて、
眠くなったら、暖かいベッドの上で寝るの。
寂しくなったら抱きしめられて、さっきまでのことを無かったことにしょうとするの。

そこに理由はなく、その先で何を得たいのか考えることもしない。
飢えをしのげれた? 私に聞いてもわからない。

続く

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