多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り


記述

ダメ巫女と言理の迷子

祖国』、鋸山脈(別名ヴーアミタドレス山脈?
竜神信仰最果社(そとやしろ)
創世竜とは別に信仰を集める高位の紀竜達を祭る神宮から脇道にはなれた場所にその社は有る。
ドマイナー……もとい知名度がそれほど高くない紀達を祭る社である。
その社は小さく、すすけた様な木の柱に瓦は何枚か皹割れている。
よく言えば素朴な社、悪く言えば地味。
比較してしまえば絢爛な九頭竜院や竜奉院とは比べ物にならないみすぼらしさである。
する仕事といったら全く知られていないような紀竜の像の錆落としと境内の掃除である。
そのためだけではないが最果社の巫女、瞑(めい)はやる気がない。
元々此処の社の管理は創世竜の巫女の選別とは違い世襲制で
神主や巫女で代々受け持っていて、よほど何かやらかさない限り役目を解かれる事も無い。

ダメ巫女と言理の迷子2

「めんどい……」
瞑がどういう巫女か説明しよう。
ショートへヤーに蓮っ葉な言葉遣い。
それでもってやる気は一位の巫女の胸よりも薄い。
ひたすら仕事を良くサボる。
何故なら彼女の信仰心は限りなく薄く竜神の教えに懐疑的だからである。
他にやるべき事も無いからただなんとなく、家の仕事を継いだのみ。
それを口に出したりはしないが。
そんなやる気のない彼女も…、流石に一位、二位の巫女が見回りに来る直前や竜零祭直前くらいは働く。
事件は彼女が社の真ん中に据えられた像に付いた錆を乱暴に落としている時に起こった。
隻眼の黒竜を象った像だった。名前も由来もちゃんと合ったはずだがやる気のない瞑が覚えているわけがない。
「くっそー。なかなか此処の汚れがとれねーな」
思いっきり乱暴な手付きで竜像の目をゴシゴシとこする。

――ガシャン
小気味良い破砕音が辺りに響いた。
それに混じってかすかにささやきが聞こえる。

―のろいはたしかにはじまった

ダメ巫女と言理の迷子3

紅い波璃で作られた竜の眼が外れ、床に落下して割れていた。
「……やべ、こわしちゃった……納豆でくっつかねーかな?」
「……ダメ竜を祭るのに相応しいダメ巫女だな」
何処からか、瞑を揶揄する声が。
「あ、いや。これはその!不幸な事故っす!」
一位の巫女や竜導師が来たかと思い慌てふためき、割れた竜の眼を隠そうと、祭壇の下に無理矢理押し込む。
辺りには誰も居ない。
「あ、あれ?」
キョロキョロと再度確認するがやっぱり誰も居ない。
「も、もしかして全く信じてないけどマジで竜神様がいたの…?わーん仕事サボってごめんなさいいぃぃ」
「阿呆、この竜の像の由来を知らないのか。
この竜…魔眼竜?は自分が崇められようが貶されようが興味の欠片も示さん。
食うことにしか興味がないんだよ」
「竜神様じゃない?……隠れてないで出て来なさいよ!」
「隠れるも何も俺は既に此処に居る」
「意味が分からないわ。あんた誰なのよ!」
「人に名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗ったらどうだ?」
しばし沈黙が社に落ちた後、瞑は口を開いた。
「……私は瞑(めい)最果社(そとやしろ)の巫女よ」
「俺様はウィアド・ヴィジランディエ。言理の迷児(メイジ)」
「???」
「かつては言理戦争?に参加した深飛鳥の128人の言理魔術師?の一人だ」
「言ってる意味が良く分からない…て言うか良い加減に姿を見せなさいよ!」

ダメ巫女と言理の迷子4

「俺は自らの肉体を持たない。数千年前に自らの肉体を言理と情報に変換して半永久の命を得たからだ」
「言ってる事の半分も分からないけどよーするに…幽霊ってこと?」
「まあそういうことだ」
「その幽霊が何でこんな所に?」
「俺は肉体を持たない代わりに他者の観測が有れば存在でき情報量がポテンシャルに反映する。
つまり俺様を知る人間が居る限り俺は存在できる…しかし有るとき中枢情報核…つまり魂、だな。
だが、魔眼竜の傍にあった食物の構成情報を喰らったのが不味かった。
キレた魔眼竜の眼光を受けた為紅い石にされてしまってな。
石化の解除を行おうとしたが力の根源の周辺情報が経年劣化により散逸して…
ようするに俺を知ってる人間が時代の流れとともに皆死んじまったからな。
力が弱まって自力では封印を解けなくなった……で、魔眼竜に纏わる物品として
赤い石は此処に飾られた訳だ」
「よくわからない」
「分かりやすく言うと……お前が魔眼竜赤い石を割って俺の封印を解いたのさ」
「ふうん…まあ、封印された幽霊ならこわかないや。一位様には敵わないだろうし」
「……俺様は弱いが殺すのは無理だな。『ウィアド』は魂と記憶に感染する言理にて情報。
知った時点で呪いは確かに始まったのだ。
『ウィアド』を知った物の頭の中に、紀憶のなかに住んでいる。
俺を抹殺しようとするのなら、『俺の事を知らずに』俺を知った人間を皆殺しにして露出した中央情報核が他者に憑依する前に破壊するしかない。
具体的な手段としてはセラティスの槍などによる領域ごとの殲滅などが上げられる。もしくは魔眼竜の凶視による封印や天眼竜の聖眼による滅殺だな」
「……私ってひょっとして魔眼竜が封じたとんでもないやばい物の封印を開放しちゃったのかしら?」

ダメ巫女と言理の迷子5


「…ま、それはともかく」
「?」
「お前の恐れる『一位様』とやらがお前の仕事振りをチェックするついでに竜神信仰の知識を問いに来るみたいだぞ」
「うわああああああやべえええええ!!!目の前の変な幽霊よりこっちの方が百倍やばああああいい!!」
ジタバタと床を転がる瞑。
「今度こそサボってるのがばれたら殺されるー!
竜像を壊したのがばれたら殺されるー!
お仕置きはいやああー!一位様に殺されるー!死にたくないー!」
「……その情報なら教えてやれるぞ」
「マジで!…そういえばなんであんた一位様が来る事が分かったの?」
「ほう、妙な所で察しが良いな。俺様は『言理』であり『情報』だ。依代の周囲の情報を吸い上げる事など造作もない」
「とにかく、この周辺で起こったことは知ってるのね」
「理解が早いな。こちらとしてもお前と情報をやり取りする事は存在の強化に繋がるので教えるのはやぶさかではない」
「でもこの壊れた像ときったない境内どうしよう」
「そのくらいなら幻覚で誤魔化せるさ…周囲の構成言理情報に干渉してな」
境内にはくもの巣は張っていない。落ち葉もゴミも落ちていない。
壁も柱も賽銭箱もちゃんと掃除がしてある。
新品同様といかないが竜像は丁寧に磨かれ、オンボロの薄汚れたやしろは小さいが落ち着いた佇まいの清潔感のある社となった。
「すっ…ごーい!!!便利便利!」
「あくまでも重要度の低い情報に対する誤魔化しに過ぎん…
さあ、今度はお前に見せてやろう。竜神信仰の情報を。
知らなければ成らない情報、知ってはいけない情報。人の会話、言理の妖精の囁き、場所の紀憶……色んな物をな」
「ほむー、よろしく頼むわ」

ダメ巫女と言理の迷子6

ウィアドは瞑に語り始めた。
「まず『竜神信仰』とは何か。
竜を神と考え、崇め奉る信仰で有り宗教だ。
界竜ファーゾナーを主神とし、調停竜エルアフィリス?守護竜クルエクローキ威力竜オルゴーの三柱がその下に付く。
ちなみに界竜ファーゾナーなる竜は現在確認されておらず、信者達の想像上の竜だとする説が有力である。
まあ、ファーゾナーは存在している。ただ人間に認識されていないだけでな」
「そうなんだ」
「ファーゾナーを見つけるには竜かの協力が必要不可欠だ」
「ほむう」
「次に【竜環教】の説明だ。
竜神信仰の一派で、界竜ファーゾナーを円環竜と呼び、頭と尾が融合した巨竜であると信じる。
ファーゾナーの体によって全宇宙が支えているとされ、ファーゾナーの姿が見られず
信じられていないのは、あまりにも巨大で人の想像を絶した存在であるから、とする。
この説は半分当たっている。ファーゾナーは巨大すぎて地上から存在確認する事はほぼ不可能だからな……」
「ねむい・・・・・・」
「竜神信教で『創世竜』と呼ばれる残りの八頭の竜はファーゾナーの仔であり、
円環となったために牙を失ったファーゾナーを守護するとされる
竜環教は、竜神信仰系宗教の中でも輪廻転生を説き、これを強く打ち出していることで知られる。
この宗教の影響は一時期ヘレゼクシュにも届いていた。その地でリーグス?アルセス教
結びついてできたのが、リーグシル派と並ぶアルセス教系カルトの雄『ギランディアン派』である。
この宗派では前世が重視され、今生での不幸は前世での本人の悪や不信心のためとする。
不治の病や重病等のシャレにならない事柄ですら過去生での不法の罰であると本気で説いてしまう」

ダメ巫女と言理の迷子7

「突き(憑き)抜け具合から「西のリーグシル派、東のギランディアン派」と呼ばれる。

竜環教の教団はヌアランダーラの『株』をかくまい、彼らとのつながりを持つようになった。
しかしこのことでナルマミンガ(ヌアランダーラと同類の生物)の『株』によって
甚だしい害を受けていた大神院キュトスの姉妹から敵視されていた時期がある。
ヌアランダーラやその『株』と接触をもった以降の伝承文書には
メビウスゼロウロボロス?など聞き慣れない単語が現れるようになる。
猫の国の言葉でメビウスゼロ。或いは、ウロボロス。
その中には未だ意味が判然としないものも少なくない。
「zzz」
竜環教の教団はかつてヌアランダーラらとつながりを持ったものの、
信者がみな手放しに良い感情を抱いているわけではない。ヌアランダーラが語ったという
『天地に比類なき力をもつがゆえに退屈に苛まれ、心の底で自分の破滅を望む超越神』
(一説には、これがメビウスゼロだという)の神観の影響を受けた異端宗派が生まれたからである。
またヌアランダーラとの関わりがきっかけで大神院やキュトスの姉妹との対立が
起こったという事と合わせて、ヌアランダーラと『株』を疫病神のように考えるむきもある。
その異端が生まれたのは、終末思想の流行する乱世だった。
破滅を試練に、世界の死を楽園という形での再生に結びつけるその宗派は、
ヌアランダーラの語った神観の影響がなくても生まれていたかもしれない。
「あ、ごめん寝てた」
「……次いくぞ」

ダメ巫女と言理の迷子8

「じゃあ次は【アザミ機関?】と【巫女】そして【竜覚?】について説明しようか」
「うい、お願い」
【アザミ機関】【浅見?】とも呼ばれる東亜大陸に存在する九頭竜の巫女候補生育成組織だ。
アザミ機関はかつては竜神信教とは別個の組織であったが、
竜神信教に取り込まれる(あるいは入り込む)ことでその一部となった。
各地の施設で才覚を持つ巫女候補生達が数々の試験を経て総本山に送られる。
基本的に巫女候補生は番号で呼ばれる。
「ほむー」
「ほんとやる気ないなお前」
「アザミ機関本来の目的を話す前に【竜覚】について説明せねばな」
「あ、それは知ってる。確か創世竜と意思を交わすのに必要な素質でしょ」
「そうだ。巫女。即ち、神子。
それはつまり、神を降ろす為の器。
この宗教における神とは何か?それは竜だ。
彼女たちは、竜を降ろす為の器なのだ。
「竜が降りる」という事は「竜の戦闘力」を身につく事ではなく、ましてや「竜に変身する」でもない
彼女達の「ドラゴニックトランス」、俗に言う「竜覚」とは即ち「竜の性をその身に宿す」という事なのである。
【竜覚】(ドラゴニックトランス)とはそのための素質だ。
これによって巫女は創世竜からの託宣を受けるわけだな。
「ふうん…そういえば、創世竜の巫女様の名前がなくなるのはどうして?」
「九頭竜の巫女着任の儀式によって「竜覚」した巫女は、創生竜の紀に触れる事によってその身に内在する
『人』性を『竜』性へと上書きされる、その際に世界に記されていた彼女達の人としての「名」も失われる事となるからだ。
人間の名はすべからく紀元槍に記され死ぬと削除される。……紀元槍に名前のない奴もいるがな」
「どゆこと?」

ダメ巫女と言理の迷子9

「……迷子?どもには名前がないのさ。迷子は紀元槍ではなく紀元錘に名前が記されているからな」
「迷子?」
「脱線するが構わないか…それにお前もいずれは知っておくべき事だ」
「……どうぞ」
「迷子ってのは九人の【人間】だ。九匹の創世竜創生猫…九姉?でも紀神でも紀人でもない……
紀元錘の「稀」性を帯びた人間……端的に言えば『魔人』ちょっぴり竜神にも関係が有る」
「どんな?」
「迷子は紀性を帯びた物の反存在だ。迷空、迷語、迷時、迷威、迷精、迷歪、迷夢、迷熱、迷機」
「………それぞれの創世竜が持つ紀性?」
「迷子たちは……それぞれの創世竜が持つ、世界を支える主要な九つの属性、論理、概念、秩序を破壊改変する事で力を振るう。
創世竜、創生猫、そして紀神と紀元槍がしいた世界を支える秩序に従わぬ。
当然だな……紀元槍ではなく紀元錘から力を得るエアル?を目指すものなのだから。
迷威メクセトはやりすぎて自らの破滅を招いたがね…
高みを目指す魂の衝動と定められた人間の限界を破壊し何処までも成長するのがその力だった……
アルセスの策謀も彼の死の一因だが、な。だが紀元錘に触れていればあの戦いの結末はどうなっていたか分からん」
「………」
「己が迷子と知る奴も知らない奴もいる。迷子は代替わりする奴もしない奴もいる。
迷空、迷語、迷時はその反紀性により永遠を生きるが……他の六人の迷子はわりと早死にする。
反紀性である「稀」性は魔人の如き強大な力と引き換えに、紀によって創造された物質である肉体をも蝕むのよ。
減る寿命は宿る反紀性の強さによっても違うがな。
これを回避するには他の迷子を押しのけ錘に触れて、世界変革のときをむかえるしかない」
「………いいの?そんなこと私に喋って」
「かまわん。お前も既に言理の迷子だ…ようこそ歴史に語られぬ迷子達の世界へ。
ウィアドの依代、225番目の言理の迷子の代行『瞑』よ」
「まじっすか。キャンセルできない?」
「言っただろ?のろいはたしかにはじまった。とな」

ダメ巫女と言理の迷子10

「てゆーか私も早死にするの?」
「いや、単に永遠の歴史の語り部になるだけさ…迷空、迷語、迷時は不老であって不死ではない。
死ねば他の人間に転移するのみ」
「ふーん、ま、とりあえず死なないなら良いや」
「軽いなーお前」
「さ、続き話してよ」
「こほん……続きは竜覚の話だったな。
儀式を迎えた巫女の名が消えるのはこれはむしろ、
創生竜の竜性のコピー、巫女の『器』というファイルに紀されていた『人性』
というデータに上書き保存する為の『竜性』という名のバックアップデータなのかもしれない。
あるいは竜覚を持つ、他とは違う生命に『竜』性が原初的な興味を覚えたのか、
それとも竜覚自体に『竜』性を引き寄せる性質があるのか。不明な点は多い。
「ほむ」
「ならば竜覚が強いものを選び出し、人為交配を重ねれば、やがては創世竜をも従えられる者が出るかもしれないな。

竜覚を創世竜の恩寵とし宗教的に尊いものとする竜神信教
竜覚を人が持つ潜在能力の一つとし研究の対象とするアザミ機関
竜神信教は竜が人の上に立つというケールリング的思想?
アザミ機関は人が竜を従えるというヨンダライト的思想?
これには、本大陸東部全体に蔓延る人間種の苦境と、東亜大陸における人間の繁栄とが関係している。
竜覚探求の意義、それは竜神信教の一部となる前からあった、アザミ機関本来の目的にも合致している。
「なーんか立場的にヤバイ話聞いちゃったなあ……浅見の目的が竜の隷属なんて話したら殺されるよ」

ダメ巫女と言理の迷子11

「次いくぞー。重要度の低い情報なので読み飛ばしても構わんぞ」
「ういー」

ラギル・ナ・ケブーヌ?
『祖国』に移住し、竜神信教に改宗したボーステンタクス人?を祖先に持つ男。
竜神信教の総本山にいる兄は2枚目だが、彼自身は2,5枚目くらいでやや老け顔。少し狐っぽい。
アザミ機関の一員として東亜大陸で九頭竜の巫女の候補者を探している。
候補者を指導する任もおっているため、指導に必要な知識と武術を中心とした技術も修めている。
仕事柄、多くの夢に敗れた候補者たちを見てきた。創生竜を受け入れるために必要な『竜覚』を
持たないために夢に挑むことすらできないことを彼女たちに告げてきた。

「残念ですが……あなたに巫女着任の儀式に参加させるわけにはいきません。」
「そんな……私は、これまで儀式のために文武の鍛錬に励んできました。
自分で言うとおこがましい感じがすると思いますけど、剣術なら他の候補者にも負けません!」
「でも最も重要な部分が欠けている。
       ドラゴニック・トランス
われわれが『竜 覚』と呼ぶ、創生竜と意志を交わすための才が……
あなた自身も薄々気付いていたはずです。もし貴女がそれでも儀を受け、
創生竜をその身に降ろそうとするなら、間違いなく『壊れ』ますよ。
あなたは別の意味で『器ではなかった』のです。」
「そんな……私はいったい何のために……どうすればいいの!?」
「辛い役回りをさせてしまいましたな、西のお方。それで、もう行ってしまうのですか。
今夜ぐらい泊まって行けばよろしいのに。」
「ええ。それが我らの規則ですから。それに、彼女と顔を合わせるのも辛いんです。
九頭竜の巫女になるという彼女の目的を潰してしまったのは間違いないのですから。
それでは、お祖父さん、失礼します。どうかお達者で……」
「そちらこそ元気で。西のお方。」

ダメ巫女と言理の迷子12

「何か…その時の光景が頭に流れ込んできたー」
「こんな風に一気に詰め込んでいくぞ!次、八位、焔竜の巫女について」
「ほむ……竜神信仰の結構陰惨な事件だね……」
『九頭竜の巫女』となった者はそれまで持っていた名前を失う。
竜神信教やアザミ機関の膝元で生まれ、生まれながらに強い『竜覚』がみられた場合は
最初から名前をつけられることすら無い。
九頭竜の儀式を行った際、その巫女のもつ器の容量が少しでも、宿される
『竜』性の大きさを下回った場合、文字通りその巫女は『壊れる』事となる。
竜神信教の歴史において一度だけ巫女が『壊れる』という事件が起こった、
本来ならば厳選に厳選を重ね、竜覚の才が特に強いものに儀式を施すはずが
ある貴族の一人が自らの名声の為に、当時の竜導師と癒着し自身の娘を九頭
竜の巫女に仕立て上げようとしたのである。
だが、娘に宿された『竜』性は、その器に収まりきらず溢れ出すと娘の身体はその場で四散。
世に放たれた剥き身の『竜』性は、周辺の人、物を問わず破壊し続け三日三
晩暴れ廻った後、とある分娩間近であった胎児の娘の中へと納る事となった、
しかし、創生竜を源にする『竜』性に母体が耐え切れる筈も無く、その結果、
母親はその場で肉片と化し、ただ一人生まれたばかりの娘だけがその場に残される事となったのである。
その竜性の凶暴さに耐え切った胎児は、しかし精神の一部が壊れてしまった。
強引な受け入れに胎児の未熟な精神は傷を負ったのだ。
そうしてその巫女は感情のある一部分を欠損して生まれる事になった。
竜神信教”第八位”焔竜の巫女には欠落している感情がある
それは「幸福感」、喜怒哀楽でいうところの喜と楽が存在しないのである。
この障害によって彼女には一生『幸せ』にはなる事は出来ない筈だった。
「わたしゃー創世竜の巫女だけには成りたくないわねー」
「…安心しろ。お前に竜覚は無い…有るとすれば魔眼竜や天眼竜との相性や適性はあるだろうな」
「それって役に立つの?」
「…………」

ダメ巫女と言理の迷子13

「続き、いくぞ」
「――またこれか」
瞑は頭を抑えてうずくまった。
誰かの心が見える。誰かが心の中で喋っている言葉が聞こえる。

幸福の定義だ。
愛は要らない。安らぎも要らない。
幸福感など、所詮は常識に縛られただけのもの。
彼女の怒りは他者へ発散する事で安堵となっていった。
彼女の悲しみは被虐的な快感を彼女に与えるようになった。彼女は、与えられるように自分自身に適応した。
【幸せの定義】を、彼女は自ら捻じ曲げた。
そして、異なる幸せの価値観で生きるニンゲンが、誕生した。

(これは、八位様の記憶なのね)

ダメ巫女と言理の迷子14


場面がまた、変わる。
今度は竜神信仰の総本山で行われた会議の様子だ。
(お偉いさんたちが喋っているみたい……)
「失くしてしまったのなら取り戻せばいい。そうでなくとも、他のところから代わりを
探してくれば良い。違いますかな?」紳士のような、山師のようなあの男が祖国に現れた。
異端の疑惑により総本山への出頭を命じられた、竜神信教の聖職者であった。
そして彼は『きっかけ』を彼女に与えた。このことにより、彼の異端疑惑は取り下げられることになる。
全ては裏で行われ、表に出ることは無かった。
「幸せは心が死なないためにある。死に屈することを防げれば、最低限の定義は満たせていると言えましょう」
このとき件の男『竜参属・大潤』が施したと言う『西方の秘術』
これが一体何であったのか、詳しいところはよくわかっていない。
英盛人である彼は、まもなく祖国の山中にて消息を立った。
遭難したと記録は伝えるが、秘密漏洩を防ぐため、総本山の手の者によって殺されたという説もある。
そしてもう一つの説、これは彼が再び西方に向かい、竜環教のある異端宗派の発祥に関わったというものである。
「六歩進んで五歩下がる。感情を確かめるためとはいえ、今のままでは
このような状態です。成長に従い、下がる歩みのほうも増えてきています。
当然ですね。ここでいう下がる歩みとは良心や他者への配慮でもあるのですから。
ですが、このままではじきに人生の前進が止まるということにもなりましょう。
最終的には自己の感情を確かめるために自分の心を押しつぶすことになるのです」
「だから彼女の心のある部分をそぎ落としてしまうと?それでは彼女が……」
「巫女は聖女でなくてもいい、と仰ったのは貴方がたではありませんか。
ご存知の通り九頭竜の巫女はそう易々と替えのきく存在ではありません。これでも
潰れるよりはましですし、何よりも彼女が心から幸せを噛み締める事ができます。
そして、これ以外に彼女が生きる方法はありません。」
「うむ。焔竜の巫女の生存と幸福と……世界の安寧のため、大潤殿の方策を認めるとしよう」
「……殿、そして皆様の賛同に感謝します。私も必死です。全身全霊でやらせていただきますよ」

―場面がまた転換する。

ダメ巫女と言理の迷子15


日が暮れ始めた。小高い丘に立ち、地平線近くに見える人家の煙を見つめて居るところに
「竜参属・大潤さまですね?」
後ろから声がかかった。強くはっきりとしたものであったが、紛れも無く老婆の声であった。
「ええ、そうです。聖職者として九柱の創生竜さまに仕えさせて頂いている竜参属・大潤ですが、どうして私の名前を?」
「八位様に伺いました。焔竜の巫女様の話では貴方様は巫女様の命の恩人だそうで……巫女様は
四日ほど前にお目覚めになられたのですが、大潤さまが西に向かわれたと聞いて残念がられておりました。
せめて褒美だけでも受け取ってもらいたいと、こうしてこの私めをおつかわしになられたのです」
二週間も早く出発した壮年の男の足に、四日前に出発した一人きりの老婆が追いつく?
身なりも汚く、馬やその他の足を借りる金があるようにも見えない。
それ以前に九頭竜の巫女はたとえ一般人でなくともそう簡単に会える存在ではない。
それとも正体は老婦の姿をした妖怪・ズーズヤサ?(山婆)だとでもいうのか。
ズーズヤサ、あるいはズージャス、個体数はさほど多く無いものの、その生息地は広く、
西方や東亜大陸でも目撃証言がある。その正体は零落した山の女神とも、
心がねじくれた悪魔に永遠の命を与えられた魔女だとも言われている。
女神や魔女に関連付けられることからもわかるように強大な魔力を持つが、
その何よりの特徴は、駿馬をも凌ぐ健脚。目の前の老婆がズーズヤサだとすれば、
自分に追いついたのにも説明がつく。それとも地元の老婆が気まぐれと暇潰しにからかっているのか。
あたりは暗く、彼女の衣も黒ずんでいる。ささくれた髪の毛に隠れて表情もよく見えない。
だがその手に持った袋には逆に光があった。これが褒美のつもりなのだろうが、貨幣や貴金属にしてはやけに赤い。
人か妖かを見極めるため、大潤は相手の出方を待った。
「ではこの袋の中身を受け取ってくれますね?」
老婆があけた袋の口を思わず覗き込むと、そこにあったのは燃え上がり、もがき苦しむ蛇か百足にも似た真っ赤な炎。
なぜか袋自体を焼くことは無いそれには、ヒルかミミズのようなぬめりがあるように見えた。
「これはいったい、なんですか」と聞くと、
「『幸福』だと聞」
老婆が言い終わる前に逃げだした。
(これは……まさか『ツカバネ』!そして大潤のその後!?)
(赤い炎、逃げ出した老婆………続き、考えたくないわ、多分、八位様にはあんまりにも気の毒な結末に成った気がするわ)

ダメ巫女と言理の迷子 その16〜30に続く
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