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孤独を知らない男・第七話

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
12『孤独を知らない男』:第七話男ハンター×擬人化ドスゲネポス孤独の人擬人化(ドスゲネポス)・否エロ8〜16

『孤独を知らない男』:第七話


月も出ない暗い夜。風も吹かない静かな夜。虫も蠢かぬ孤独な夜。
闇の中にいれば心まで吸い込まれそうな暗黒の中、
小さな少年が、僅かに開いたドアの隙間から室内を覗き見ている。
少年は一歩も動かず、室内のある一点をただじっと見ていた。
心が抜けたように一点に視線を釘付けにしている少年。
これは俺だ。俺の幼かった頃の記憶。たぶん5歳くらいだろう。
 
少年…いや、幼子と呼んでもいいかもしれない。
その幼子の視線の先にあるのは、中年の男。
椅子に座り、机の上の蝋燭の火をじっと凝視している。
この男は俺の親父だ。幼子は親父の姿を、斜め後ろ方向から見上げていた。
 
親父は幼子に気付いている様子はなく、ただ睨むように蝋燭の火を見ていた。
空気の微かな動きに反応して左右に揺らめくだけの炎の先を見る親父の視線は、
蝋燭の火に縫い付けられているようで、全く別のものを見ているようだった。
目を剥いて蝋燭の火を食い入るように睨む表情は、どこか鬼気迫っていて、
触れたらその瞬間に、親父は親父じゃない別の何かに変わってしまうような気がした。
蝋燭の灯りによって闇からぼんやりと浮かび上がる親父の顔は、
この世のものならぬ、異世界に住む魔獣のようにも見えたのだ。
そして、まるで眼力のみで蝋燭の火を消さんとしているような親父の、刺すような目。
それを向けられているわけでもないのに、幼子はその場から全く動くことが出来ず、
ただ黙って立ち尽くし、殆ど呆然と親父を見続けるしかなかった。
 
我が一族の掟に、変わった項目が一つある。
『当主が子を成した際、子が齢五を数える頃には、配偶者は当家より絶縁すべし。』
何故、この掟があるのかは分からない。いつ頃生まれた掟なのかも分からない。
だが掟になっているからには、絶対に従わなくてはならず、俺の両親とて例外ではなかった。
俺はよく憶えてないんだが、おふくろと親父はとても仲が良く、
結婚する際も、おふくろはこの掟を承諾した上で嫁入りしたそうだ。
だから結婚当初は19同士だったのに、俺が生まれたのは遅くだった。
確か両親が32の時だったな。俺が生まれたのは。
 
親父は、蝋燭の火を睨む。
この暗闇を唯一照らす小さな光。
それを押し潰すように、そしてどこか縋るように視線を固定させている。
永久と思うほどの時間が流れる中、その空間の時間は止まっていた。
瞬きすらせず、身じろぎ一つせず親父は火を見続けていた。
殺気にも似た雰囲気を纏ったその姿は明らかに異常と呼べるものであったが、
幼子はそんな親父から目がはなせなかった。
そうなると幼子と親父はまるで金縛りに遇ったかのように、全く動く事がなかった。
いつか幼子が恐怖を覚え始めてベッドに飛び込むまで、ずっと。
 
蝋燭の火以外の明るさが一切ない暗い夜。
ふくろうやこうもりや虫の羽音さえない静かな夜。
意思をもって動くものなど何もない孤独な夜。
蝋燭の火は、ただただ親父の姿だけを闇の中に映し出していた。
 
この夜は、おふくろが絶縁されて家を出ていった日の夜だった。
 

「………またか。」
 
揺られる馬車の中で目を醒ました俺は、最初にそう呟いた。
近頃は親父の夢ばかり見る。いったい何故だろうか?
 
「走馬灯かな…」
 
太刀を抱えたまま続けて呟く。
この馬車を借りる時、厩舎の管理人から情報が入った。
本来なら、ギルドに楯つく者がハンターとして馬車を借りる事は許されない。
しかし俺は金払いがいい。厩舎の管理人は表立った協力はしてくれないが、
こっそり馬車を手配してくれたり、情報を俺に渡してくれたりする。
つまり厩舎の管理人は、俺にとっては大事な情報屋の一人にもなるわけだ。
そして先ほど入った情報の一つは、俺に対するギルドの動きに変化があったこと。
どうも秘密裏に俺の事を嗅ぎ回っているらしい。恐らく近々暗殺者が放たれるだろう。
 
原因は…たぶんパーシェルのことだ。
通常なら向こうに非があるのだからあれっきりは何も起こらんが、俺の場合は少し勝手が違う。
ギルドは俺を殺したがっているのだから、その大義名分が欲しいはずだ。
そこでパーシェルの事件を持ち出し、俺を民衆に実害を加える者として吊るし上げるつもりだろう。
そこに、事件の罪がどこに準拠しているのかは関係ない。
重要なのは、『俺が』一般民衆を殺害したということだ。
実際に殺したのはトネスだが、間違いなく奴らは俺の仕業に仕立て上げるだろう。
ま、それはともかく、だ。俺にとって大事なのは暗殺者への対応。これだけだ。
我が一族には対人用の戦闘術や体術も存在するから、並の暗殺者なら軽くいなせる。
問題はギルドナイツが動いた場合だ。真正面からの戦いなら引けをとらんと思うが、
暗殺となれば、ちょっとヤバいかもしれない。
奴らの技量で四六時中狙われたんじゃ、流石の俺でも倒せるかどうか分からん。
まあ、歴代最強と謳われた俺の曾祖父なんかはギルドナイト二人を同時に相手して殺したというから、
ギルドとしても危険を犯してまで、発見し難い貴重な人材に暗殺を命ずる事は少ないだろう。
相手が相手だしな。
 
しかし俺が考えた所でギルドの意向が変わるわけでもなし。
ギルドナイトが来ないことを祈って、暗殺者への対応を練っておくぐらいだな。
幸い、暗殺者への対応術も20ぐらいは方法があるし、
それらを組み合わせ、戦闘術や体術の応用も利かせれば対応は200通り以上はある。
そうそうやられるような事はあるまい。

「旦那ァ、そろそろ着きやスぜ。」
 
御者のその声で、俺は瞑想していた目を開き、壁に預けていた背を起こした。
取り敢えずは、トネスだ。
馬車の中でも色々考えたが、答えらしい答えは出なかった。
だから考えてる途中でつい眠ってしまったのだ。
しかし、まずは会ってみようと思う。
トネスの姿を見た瞬間に自分がどうするのかは分からないが…
じんわりと、心の中に空気の塊のようなものが作り上げられていく。
不思議と重さは感じない塊だ。
 
俺はその空気の塊を吐き出すようにため息をついた。
酒はとっくに抜けているから、この気持ちは酔いのせいではないだろう。
美しいと感じた心が、それを愛するという事に直結するのなら、
或いはこの気持ちは今まで俺が一度も経験して来なかったものかもしれない。
もしそうだとしたら、俺はとんでもない間抜けだ。
全く、本当にこの歳になって自分の心を制御し切れていなかったとはな。
まだまだ俺も未熟ってことか。
 
「止めてくれ。ここでいい。」
 
太刀を腰に差しながら、俺は御者に声をかけた。
太刀を腰に差したのは、隣にある巨大な荷物を背負うためである。
荷物を太刀の上から背負っては、咄嗟に武器を抜く事が出来なくなるからな。
大きな荷物の中身は…まあ今の所は秘密だ。
腰に装着するのは太刀のみではなく、矢筒も、という事だけ言っておこう。
 
「へ? 本当にここでよろしいんで?」
「お前灼熱の砂漠まで行きたいのか?」
「……ここでよござんすね。」
「ああ、ここでいい。5日後の同時刻にここに来てくれ。」
 
そう言うと、俺は荷物を背負って馬車から降り、街道を進みはじめる。
御者の横をすり抜ける時には、「ご苦労さん」と言って金貨を親指で弾き飛ばして渡し、
ここまで馬車を引っ張ってくれたアプトノスの横を通り過ぎる時には、横っ腹をぱしっと叩いてやる。
アプトノスにとっちゃこのぐらいは撫でるようなもんだ。
俺は背中で、御者の「まいど」と言う声と、アプトノスの気持ち良さそうないななきを聞きながら、
砂漠を目指して歩いていった。

「クァックァッ」
 
頭の上から響いて来た仲間の声で、私は目を醒ました。
上半身を起こし、目をこすりながら上を見上げると、
仲間の一人が私を見下ろしていた。
目をこすっていた手を下ろして私が小さく「クー」と鳴くと、
その仲間は自分の巣に向かって走り去っていく。
 
「ふぁ〜ぁ……ん…んん〜〜〜〜ッ…!」
 
私はそれを見送ってから、あくびをしつつ大きく伸びをする。
あれから私は、一般の居住区画にあるスペースの一つを分けてもらい、
そこに乾燥した草で巣を作って、住まわせてもらっている。
私は事の詳細を既に自分でみんなに伝えてある。もちろん謝罪もした。
だからこそ、みんなは私のこのスペースを与えてくれたのだと思う。
人間になった事で、私には人間特有の思考や感情が生まれていたけど、
仲間達の機微を感じ取る力は衰えていないようだ。
 
「クー」
 
あくびと伸びを終えた後、軽く鳴いてみた。
周囲の仲間たちは、まだ寝ている者もいたが、大体はもう起きていた。
起床している者の内の数人は入口周辺に集まっており、
残りの仲間は、各々自分のスペースにある巣の傍で蹲っていた。
今は産卵の時期。卵を産んだ者の番は卵を守り、産んだ本人は積極的に狩りに出る。
自然界では子守りの仕事は主に男性が引き受けるのだ、とジェロスから習っていたし、
そういった光景は何度も見たので、別段違和感はない。
違和感があるとすれば、入口に集まっている仲間達の数が非常に多いことぐらいだ。
入口に集まるのは、狩りに出る者が全員揃うまでそこで待っているため。
つまり女性はこれから集まって狩りに出るのであるが、
通常ならもうとっくに出発しているはずである人数が、入口には屯していた。
 
「…慣例が変わったのかな?」
 
私は独り言を呟きながら立ち上がった。
とっくに出発しているはずの人数がまだ入口にいるという事は、
更なる狩りの人員の集結を待っているという事であり、
いつもよりも大人数で狩りに出かける事を意味している。
 
『どうしたの? 私がいた時より人数が多いけど…』
 
私は入口で屯している仲間達の一人に話し掛けた。
話し掛けた相手は、元未亡人ながらも今回めでたく再婚した女性で、
卵を産んだばかりの人なはずだから、狩りには並々ならぬ意気込みを持っているはずだ。

『あら、そう言えばあなたは知らなかったわね。
 最近とても凶暴な雌の角竜が出ててね、際限なく縄張りを広げてるから危険なのよ。』
 
角竜ディアブロス。その存在は何度も見た事があるし、
人間になった時、より詳しい生態をジェロスから教わった。
ディアブロスの雌は繁殖期になると異様に凶暴化し、縄張りを広げまくる。
そうして広げた縄張りに複数の雄を招き入れ、互いに争わせて勝ち残った一匹と番になるのだという。
縄張りを広げるのは大量の雄を招き入れるためと、大事な時期に食糧を確実に確保するため。
その激しい生態から、この時期の角竜の雌は、
リオレイアとは違った意味で女王と呼ばれる事もあると聞いた。
縄張りを確実に広げるためなら他の生物の縄張りであろうと、
全く容赦なく侵略していく姿は、まさしく女傑であるそうだ。
 
『そんなに凄いの…?』
 
でも、大抵は角竜の雌同士で牽制し合うので、
ゲネポスの群れが安全に狩猟をするだけの縄張りスペースは残される。
少なくとも私がいた頃はずっとそうだった。
そしてそれが自然のバランスだとジェロスは言っていた。
 
『そりゃ凄いわよー。
 もう四匹もライバルの雌を殺してるらしいし、
 体格も今まで見たことないぐらい大きかったわー。』
 
でも、稀にそういったバランスを崩す個体が現れることがあって、
そういった個体は進化した種類である可能性がある、と言っていた。
そして進化した個体は、既にそこにある生物を淘汰して栄える、ということも。
 
『…ね、私も参加していいかな?』
 
私はちょっと恩返しをしたくなった。
以前ほどの牙や爪はもうないし武器も持って来ていないけど、
ちょっとしたアイテムなら持って来てるし、調合術も教わっている。
もし角竜に襲われた時、仲間を守るくらいの事はしたいと思ったのだ。
 
『まあ、狩りは人数と年齢さえ満たせれば自由参加だからいいけど…
 あなたの場合はちょっとどうかしら…』
『大丈夫。狩りの足は引っ張らないよ。
 ね、お願い。私もみんなの役に立ちたいの。』
 
通常の狩りではリーダーは出て来ない。
代わりに狩りグループの中で一時的に定める指揮者が、主に狩りグループの指揮をする。
狩りにリーダーが出るのは特別な状況での狩りだけだ。
だから、弟には秘密にしておく。私が狩りに出たがっても確実に難色を示すからだ。
 
『う〜ん…爪と牙の代わりになるものがあれば良いわよ。』
 
そして私と話している女性が、恐らく狩りグループの指揮者だろう。
彼女は少し考えるような素振りを見せたけど、やはり直感的に決定を下した。
弟をだますような形になるのは少し気が引けるけど、
いつまでも守られっぱなしでは気が済まない。
私は指揮者の女性にお礼を言うと、自分の寝場所の傍に置いたアイテムを取りに行き、
人数が揃うのを待ってから、仲間達と共に狩りに出かけた。

「ギャアアッ!」
「グワァッ!」
 
突撃隊の数人がアプケロスの群れに突っ込んだ。
アプケロスは非常に攻撃的な動物で、真正面から群れに挑めばとても危険だ。
しかし攻撃的であるからこそ、狩るための方法もある。
まず数人の突撃隊が大声で騒ぎ立てながら群れに突っ込む。
攻撃的なアプケロスは一致団結して突撃隊に対応する。
突撃隊は攻撃する姿勢を見せつつも決して深追いせず、逆にじりじりと下がっていく。
そうして全てのアプケロスが突撃隊に視線を奪われ、注意を向けた瞬間を狙い──
 
「クオオォォーーン!!」
 
──群れの最後尾にいる個体を、後ろから他の全員で攻撃する。
突撃隊が注意を引き付けている間に、群れの後ろからできるだけ獲物に接近し、
最後尾にいる一匹に不意打ちを喰らわせるのだ。言わば本命の攻撃隊である。
私達は一斉に飛び掛かってアプケロスの体にしがみついた。
アプケロスは悲痛な叫びをあげながら尻尾を振り回そうとするが、
こうなればこのアプケロスの命はもうなくなったも同然。問題は時間だけだ。
獲物をしとめる際、攻撃隊の中でも役割がちゃんと定められている。
獲物の動きを制限する係、上から覆い被さって動揺を誘う係。
そして一番重要なのが、獲物にとどめを刺す係。
 
「カァァァァァァァァッ!」
ドズゥゥッ!
 
私は素早くアプケロスの首に腕を絡ませ、砥石で研いだ鉄鉱石を頭に突き刺した。
人数が揃うのを待っている間に素早く作った即席簡易ナイフだけど、
アプケロスの頭蓋骨は分厚いので、こんなもので貫けるとは思わない。
大事なのは頭蓋骨に衝撃を加え、脳にダメージを与えること。
すかさず私は鉄鉱石ナイフを引き抜いて、今度は喉に突き刺した。
脳へのダメージと呼吸器へのダメージでアプケロスはドサリと倒れ込む。
 
大事なのは、素早く行うこと。
とどめにもたついてしまえば他のアプケロス達が加勢してくる。
その前に獲物を行動不能にしておき、素早く他のアプケロスが襲って来ないように牽制するのだ。
その全てを一瞬で行わねば狩りは失敗。今度は一転してこちらが逃げる番となる。
でも今回は成功だ。加勢が入る前に獲物を倒せた。
直ぐさま仲間が他のアプケロスを牽制し、私はその間に完全に息の根を止める。
 
これが私のいた群れの狩りの仕方だ。
 
「ギャウッ!」
「ガウゥッ!」
 
アプケロスの群れを追い払ったあと、突撃隊も無事合流して来て、
私達は仕留めた獲物の解体に取りかかっていた。
腹を開き、腐りやすい内臓はまず最初に食べてしまう。
私は人間になったので生の状態では食べられないから、肉を少し貰う程度だ。
後の肉は持ち帰り、番の男性に与えたり備蓄にしておいたりする。
生まれてくる子供達に備えて、食糧を蓄えておくことは重要だ。
砂漠には腐敗菌が少ないので長い期間蓄えておけることを、私達は本能的に知っている。

『結局、角竜出なかったね。』
 
私は狩りグループの指揮者に話し掛けた。
彼女はもう、自分の分の肉をしっかりと剥ぎ取って口にくわえていた。
 
『いいじゃないか、出ないなら出ないで。』
 
彼女の言葉に、私は思わず微笑んだ。
狩りを無事に終えた安堵感と、みんなの役に立てたことが嬉しかったからだ。
やがてアプケロスは私達みんなの空腹を満たすに足る肉をすっかり供出し、
残るは骨と甲羅と一部の肉などの残骸となっていた。
 
『じゃ、帰ろうか。』
 
全員がしっかり持ち帰り用の肉を持ったことを確認し、指揮者はみんなに促した。
でも、私はやるべき事がある。そしてそれはみんなには関係のない事だ。
私個人のことでみんなを煩わせてはいけない。家族が巣で待っているのだから。
 
『あ、ごめん。ちょっと先に帰っててもらえる?
 後から直ぐに追い付くからさ…』
『? 別にいいけど…なんで?』
『ちょっとやる事があるだけ。心配いらないよ。』
『ふーん…』
 
指揮者である彼女は少し訝しげだったようだが、群れの不利益になるとは考えなかったようで、
自分自身も、やっと巡り合えた再婚相手に早く尽くしたいという気持ちがあったのだろう。
私の頼みを深く追及するでもなく認めてくれた。
そして彼女が号令すると、狩りグループは一斉に巣に向かって帰り始めた。
 
「さて、と…」
 
私は帰っていく仲間達の背を見送ると、早速アプケロスの方に向き直り、
目を閉じて心を鎮め、ジェロスから教わった祈りと感謝を述べる。
こうしている間は時間がとてもゆっくりに流れているような気がして、
えもいわれぬ心地良さというものを感じる。
だから私は、この祈りと感謝を欠かさないようにしようと思っている。
そして祈りと感謝も終わり、最後はドキドキノコを添えるだけなのだけれど、今は持ち合わせがない。
 
「代わりにこれで…」
 
仕方なく、代わりにアオキノコを供えた。
回復薬調合のために持って来たものだけど…しょうがないよね。
どうか成仏してください…
私はもう一度アプケロスに祈りを捧げると、
仲間のみんなに追い付くために、巣への道の方を振り向いた。
 
ドガァァァァァアアアアアアアン!!
 
その直後だった。
爆発のような音が響き、少し離れた場所の地面が実際に爆裂した。
そしてそこから飛び出た大きな黒い影。
老山龍も一突きで殺せそうな、太く逞しい一対の角。
刺々しいハンマーのついた長い尻尾は一振りで岩をも砕く。
ギラリと睨むような眼光に、凶悪な面を一層際立たせる漆黒の体表。
そこに刻まれた、歴戦の激しさを思わせる数々の古傷。
 
それは、今まで見た事も聞いた事もないほどの巨大な黒いディアブロスだった。

私は思わず息を呑んだ。
角竜の全身から立ち上る凶悪な雰囲気に圧倒されたのかもしれない。
ただ、不思議と恐怖は感じなかった。あまりに唐突だったので一瞬麻痺したのだろう。
アプケロスの残骸の傍で、私はただその巨体を唖然と見上げる他なかった。
一方、黒ディアブロスの方は最初から私の存在に気付いていたようだ。
あのディアブロスにとっては、たとえそこがどこであろうと、
砂漠の上に存在する生物は全て己の縄張りを侵す不届きものなのだろう。
ここは私達の縄張りの一角だというのに、その角竜は怒りの形相すら浮かべて私の方を振り向いたのだ。
 
「……あ…!」
 
その角竜と目が合い、ようやく恐怖の感覚が呼び起こされた。
あんな大きく凶暴そうなディアブロスは見た事がない。
あれが、仲間の言っていた巨大ディアブロスだろう。
そして巨大な角竜が突進を始めたのと、私が懐に右手を入れたのとは殆ど同時だった。
 
瞬間、まばゆい光が周囲を覆った。
持って来ていた閃光玉を投げ付けたのだ。
私は直ぐさま目を瞑ったけど、突進中の角竜はそうもいかない。
黒いディアブロスは突進を中断して仰け反り、数歩後ろに引いた。
 
でも今の私じゃ、勝てない。
目を開くのと同時に私は駆け出した。
角竜に閃光玉を使った場合、その効果は30秒ほどもつと聞いた。
その間に遠くへ逃げなくてはならない。
30秒あれば、私の足なら逃げられる。
必死で足を動かし、必死で逃げる。
 
「──────────!!!」
 
しかし天地を揺るがすような咆哮で私の足は止まった。
そうだ、これもジェロスから教わってた……
飛竜種や牙獣種が行う巨大な咆哮、バインドボイス。
その中でも角竜の独特な咆哮は非常に遠くまで響く強力な声だ、と。
私の耳は全くの無防備状態からそれを喰らってしまった。
耳への衝撃は脳へと伝わり、私は耳を塞ぐ事も出来ずに転倒してしまった。
脳を直接揺さぶられるような咆哮も、今まで聞いた事がないほどの強い響きだった。
 
なんとか立ち上がろうとする。
でも頭の中でまだ響いているあの声がそれを阻む。
吐き気にも似た不快感に脱力感。体に上手く力が入らない。
この体になってからバインドボイスを聞いたのは初めてだったのも災いした。
どうしよう、どうしよう、このままじゃ逃げ切れない。
そう考えると精神の動揺も増して、焦りから来る動悸で呼吸も乱れる。
集中力が乱れていくのが分かる。でもそれを再び集束させる程の余裕はなかった。
そうしている間に黒いディアブロスの視界は元に戻ってしまったようで、
再び私に向かって突進を開始しようとしていた。
私の方もだんだん感覚復帰はしていっているものの、間に合わない。
 
角竜が突進を開始した。
私は動けない。
黒い巻き角が迫る。
立ち上がらないと。
でも動けない。
もしあんな角に刺さったら。
立たないと。
ああ──
 
──ジェロス──

「グオオォォーーーゥゥ!!」
 
と、私が生きるのを諦めかけた瞬間、視界の横から三本の黒い線が走った。
黒い線は真直ぐディアブロスに向かって進み、肉質の薄い尻尾の裏を正確に貫いた。
突如横合いから急所を貫かれた驚きと痛みにディアブロスは怯み、
突進を中断して、黒い線が飛んで来た方向を振り向き、
私も少し遅れてそっちを向いた。
 
「……こいつは驚いたな。」
 
二つの視線を辿った少し先の方に、濃い赤茶色の人影があった。
左手で弓を構え、大荷物を背負い、腰に太刀を差した人影。
死にたくない、と死ぬ寸前の私に思わせた原因の人…!
 
「ジェロス!」
「YES I am! …は、ともかくとして、だ。
 厩舎の管理人から聞いてたからもしやとは思ったが…
 まさかここまでのものとはな。」
 
そろそろ私の感覚が元に戻って来た。
復帰した聴覚が、彼の声をはっきりと伝えてくれる。
閃光の余韻が消えた視覚が、はっきりと彼の顔を捉えてくれた。
夢でも人違いでもない。彼はこの砂漠まで確かにやって来たのだ。
 
「ともかく、気の利いた台詞は後だ。こいつを倒すぞ。」
 
ディアブロスは怒りの声をあげながら、体ごと彼の方を振り向いた。
岩壁を背にした彼は弓を下ろし、右の逆手で太刀の柄を握り、
怒りに身を任せる角竜とは対照的な鋭い睨みで、
規格外の巨体の憤怒を真正面から受け止めた。
私はよろけながらも立ち上がり、口の中でもう一度愛しの彼の名を呟いてみた。

<続く>
2010年08月19日(木) 11:37:10 Modified by gubaguba




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