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孤独を知らない男・第八話

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
12『孤独を知らない男』:第八話男ハンター×擬人化ドスゲネポス孤独の人擬人化(ドスゲネポス)・否エロ31〜38

『孤独を知らない男』:第八話


怒りを露に、黒い巨体は暴走したように突進した。
ジェロスは腰を落として身を屈め、太刀を掴む右手を後ろに引いた。
その構えは居合という技術に近いが、背に負う大荷物が動きを妨げるだろう。
なのでディアブロスの横をすり抜けつつ斬るといった芸当は出来ないし、
股を潜りつつ腹に刃を突き刺す手段も、力強い足の回転に大荷物が巻き込まれて危険である。
そのような理由から、真正面から迎え撃つようなこの姿勢は一見無謀であるようにも思えたが…
 
ドゴオオオオオオォォォォォォォンッ!!!
 
彼は、最初からディアブロスを真正面から迎え撃つ気はなかった。
巨大な角竜の突進を可能な限り引き付けてから、大きく横に跳んだのだ。
俊敏な角竜はそれを見て素早く横を向くか、地面を強く踏んでブレーキをかければ良かったのだが、
ジェロスとの距離、ひいては彼が背にしていた岩盤との距離が近過ぎた。
素早く身を横にかわしたジェロスを追う前に、止め切れない突進の勢いは、
岩盤に深く深く、自慢の双角を突き刺させてしまったのだ。
こうなっては黒角竜の馬鹿力を以ってしても中々引き抜けるものではない。
ただただ悲痛にうめきながら、全力で体を後ろに引っ張るだけである。
そしてその間に、ジェロスはトネスの下へと移動した。
 
「大丈夫か、トネス。」
「うん…なん、とか。」
 
ふらつきながらもトネスはしっかりと答えた。
初めてバインドボイスを喰らい、その相手がディアブロスだった割には良い具合だ。
そう判断したジェロスは、背負っていた大荷物を足下にドサリと落とした。
落とした拍子に少しだけ開いた袋の口からは、手甲の指先と、デスパライズの剣先が覗いていた。
トネスは一度視線をそれに落としてから、ジェロスを見た。
彼はずっと彼女をみつめており、二人は数秒の間、互いに見つめ合った。
 
「戦えるな?」
「うん!」
 
両者ともほぼ了解済みの意思を、改めて口に出して会話とする。
二人は短いコミュニケーションを終えると、各々が戦う準備を始めた。
トネスは急いで大荷物から装備を引き出して自身の体に装着し始め、
ジェロスは腰に差していた太刀を背負い直し、ポーチからビンを取り出して中身を矢筒の中に注ぎ、
それから矢の内の一本に右手を添えて走り出す。
トネスが装備の装着を終えるまで、ジェロスが角竜の相手をせねばならない。
彼は急いで角竜の背後に回り込み、小さな構えから角竜の尻尾の裏を射った。
ダメージを与えるための攻撃ではなく、挑発のための攻撃である。

「グガァァァァァァァァァァ!!」
 
その拍子に角竜の体に力がこもり、角が岩盤から引き抜けた。
挑発の効果は十分だったようで、怒り狂った角竜は無防備なトネスを無視し、
既に何本もの矢を急所に射っているにっくき敵の方を振り向いた。
 
しかし、角竜は知能が高い。
この怒りの時にあって、黒角竜はさっきと同じ失敗をしないよう注意した。
あの敵が岩盤を背にしていないことをまず確認し、次にアイテムポーチの存在を確認した。
そして、己が怒りで前後不覚に陥っているよう相手に思わせるため、
口から黒い煙を吹き出しながら威嚇するようにいななき、敵に向かって真直ぐ突っ込んだ。
 
この黒角竜は、己の力に対して絶対の自信を持っていた。
既に黒角竜は何人ものハンターとの戦闘や、同種との縄張り争いを経験している。
それらの戦いで彼女は並々ならぬ力量を、他人と自分に証明し続けた。
自分は誰よりも強く、誰よりも賢いのだ、と自分自身に摺り込み続けた。
実際この砂漠で彼女に太刀打ちできる者は、古龍であっても難しく、
嵐を切り裂くような暴威と知恵は、彼女に絶対の勝利を約束していた。
 
だが、彼女は気付いていなかった。
目の前の相手は、自分が最も打ち倒すのが得意な『猛進』ではなく、
寧ろ全く逆の性質を持つ敵であることに。
 
迫り来る黒角竜の角を前に、ジェロスは弓を地面に突き立て、
なんとそれを足場にして大きく上方向に向かって跳躍。
一瞬だけ誕生した高い足場と、彼自身の鍛え上げられた跳躍力。
そしてディアブロスが突撃する際に必ずとる、姿勢を低くした突進態勢。
それらの条件が重なり、彼の体は一瞬で黒角竜の視界から外れた。
いきなり相手の姿が飛び上がって視界から消えたことに驚き、黒角竜は思わず上を見上げてしまう。
つまり、角を上に向かって突き上げるような形となった。
 
ガシュッ!!
 
ジェロスはその瞬間を狙い、太刀を抜いた。
そして己の腕力と落下の勢い、黒角竜が上を向く力を利用して、
片方の角を切断し、もう片方の角に切れ込みを入れた。
黒角竜がこの攻撃を避けられなかった理由は二つ。
一つは、上を向いた瞬間に訪れた攻撃で、反応する時間の余裕すらなかったこと。
一つは、ジェロスが太陽を背にしていたために一瞬だけ目が眩んだこと。
全てはジェロスの計画通りであり、この流れは一族に伝えられる戦闘術の一つだった。
 
「グカッ…!」
 
短いうめきをあげて黒角竜が頭を下げる。
その間にジェロスは鼻先に着地し、体を回転させて、切り込みを入れた角も切断した。
この電光石火の攻撃速度に、黒角竜は怒りよりも寧ろ焦りを憶えた。
早いとここいつを体から離さなければ。既に自慢の角を両方とも折られている。
 
「グガアアアアアアアアアアァァァァァッ!!」
 
咆哮と同時に黒角竜は頭を思いっきり振り上げた。
それはジェロスにとって予想外のことでもあった。
このまま、まだ怯んでいるディアブロスの首筋も斬り裂く事が一族の教えだったからだ。
つまり一族の教えでは、ディアブロスはまだ混乱している最中であるはずなのだ。
ジェロスの体は怪力によって空高くまで放り上げられる。
通常なら、地面は砂なのであるからちゃんと受け身をとれば平気だ。
しかしいま地上では、ここぞとばかりに黒角竜が尻尾をしならせて待機している。
しっかりと引き絞った尻尾を振るい、落ちてくるジェロスを空中で叩き潰すつもりだ。

「…なるほど、確かに強い。」
 
落ちてくる所を角で突き上げたり、口でキャッチしようとするならまだ対応出来る。
しかし尻尾を振るってくるとなると難しい。
落下物に正確に尻尾を当てるのも難しいが、こいつならやってのけるだろう。
でなければ、ここまで自信満々の構えをとったりはしない。
ジェロスはそう考え、素早く太刀の鞘を抜いてしっかりと握り、空中で態勢を整えた。
 
そして黒角竜の尻尾が唸りをあげてジェロスを叩いた。
だが本来なら岩をも砕く一撃を受けて、彼は無事だった。
自分の体が叩き付けられる寸前に、尻尾に鞘を突き立てたのである。
これによって尻尾の直撃を防ぎ、吹っ飛ばされる鞘にしがみつくような形で、
ジェロスは地面に強く叩き付けられた。
とはいえその衝撃は凄まじく、流石の彼も咳き込みながら悶絶した。
激痛を堪え、脱臼した左肩を無理矢理入れて立ち上がったところで発見する。
自分の腰からたたき落とされたアイテムポーチを、黒角竜がパックリと呑み込んでしまった所を。
 
「……それが狙いだったか…」
 
痛みを気にしつつもジェロスは呟いた。
尻尾の一撃は彼を殺すためではなく、アイテムポーチを弾き飛ばし、
落ちてくるそれを口でキャッチして呑み込んでしまうためであった。
黒角竜はこれまでの経験から、ハンターの装備で最も厄介なのはあの袋であると知っていたのだ。
 
「………なるほど、確かに強い…」
 
先程と同じ呟きを彼は再度漏らした。
しかし、今回は少し切実な言葉である。
本来ならここから閃光玉を使って一気に押し切るのだが、閃光玉はアイテムポーチと一緒に喰われた。
残るは矢束の詰まった矢筒に、一振りの太刀だけだ。
ジェロスの額に一筋の冷や汗が流れた。
もう閃光玉はない。だが彼にとっては30秒もの時間は要らない。
必要なのはほんの一瞬の隙だ。それさえあれば一瞬で倒せる。
しかしアイテムポーチがなくては閃光玉も音爆弾も使えないし、
あれ程の能力を持った黒角竜が、正面切った戦いでそうおいそれと隙を見せるとは思えない。
尻尾で弾き飛ばされたせいで太陽も背にしていないし、
同じような手は二度も喰わないような相手と見受ける。
果たして、必要な隙を見出させてくれるだろうか…
 
「やあーーーーーーーーーっ!」
すぱこーーーーーん!
 
ジェロスが必死に考えを巡らせていると、緊迫した場になんとも似つかわしくない可愛らしい声が響き、
横合いから、黒角竜の尻尾の裏目掛けて兜が投げ付けられた。
いきなりの事に反応できず黒角竜はそれを喰らってしまい、
既に何度も攻撃を受けている急所へのダメージに、思わず仰け反った。
 
「ト…トネス?」
 
視線を兜の飛んで来た方を向けたジェロスは、己の目を疑った。
そちらから、殆どインナーのままのトネスが走って黒角竜に向かっていたからだ。
グリーブはなんとか装着したようだが、フォールドは片方の留め金が外れたまま、
ブラブラとだらしなくトネスの腰の横で揺れており、鎧などは後方の地面に放置されている。
流石にデスパライズは持っているようだが、盾を着け忘れているし、
手甲も右手にしか着けていない(しかも剣を左手に持ってる)。
急いでいたのは分かるが、なんともまあ着崩したパジャマを着ている子供のようである。
しかもその状態で、勇敢にも剣を高く掲げてぶんぶん振り回しながら黒角竜に挑みかかっていく。

バカな──とジェロスは絶句した。
そしてそれは黒角竜も同じだった。
殆どパジャマ姿同然の女が子供のように武器を振り回しながら向かってくる。
そんな存在を黒角竜は見たことがなかったし、
そんなヤツがそれこそ、真剣に自分に挑みかかってくることが信じられなかった。
まるで死にに来ているようなものだ、と黒角竜は唖然としたのだ。
猛々しいというか、愚かしいというか、とにかくアンビリーバボーな世界だったのである。
 
「たあーーーーーーーっ!」
ドスゥッ!
 
そしてそれが黒角竜に一瞬の隙を生んだ。ついでにジェロスの隙も生んだ。
トネスは一気に黒角竜に走り寄ってその巨体に飛び掛かり、尻尾の根元に飛びついて剣を振るったのだ。
格好こそ間抜けなものだが、その剣は見事に甲殻の隙間に入り込み、
トネス自身の掛け声と格好からは想像もつかない程深く、黒角竜の肉を抉った。
トネスの勘とジェロスの指導の賜物である一撃だが、これは黒角竜も予想外の痛みであった。
ほぼ完全に油断していた所での強烈な一撃は非常に大きなリアクションを生み、
黒角竜はやっと、トネスを振り落とそうと体を揺らし始めた。
 
「ギャルルルルルル!!」
 
しかしトネスも元ドスゲネポス。
食らい付いた獲物は決して放さず、がっしりと尻尾の根元にしがみついている。
こうなってしまっては、黒角竜が彼女を攻撃することは出来なくなってしまった。
黒角竜は次第に焦りを覚え始め、更に体を激しく揺らし始める。
 
「…変わったチャンスの訪れ方もあったもんだ。」
 
一瞬後、黒角竜は己の不覚に気付いてジェロスにも注意を向けるだろう。
しかしその一瞬が経過するまでは、黒角竜は完全にもう一人の敵の存在を忘れているのである。
そしてそれを見過ごす程、ジェロスはハンターとして未熟ではなかった。
彼は素早く踏まれないように黒角竜の真下に潜り込むと、
矢筒からごっそり矢束を一気に引き抜き、柔らかい黒角竜の腹部に突き立てたのだ。
腹部を襲った痛みに黒角竜は一瞬だけ詰まったようなうめき声をあげたが、
急激に意識が遠くなり、体から力が抜けていく。
 
ドォォォォォォーーーーーーーンン……
 
そして黒角竜はヨロヨロと地面に倒れ伏した。
その際の衝撃でトネスが吹き飛ばされて地面を転がる。
ジェロスの方は、こうなることを予想して既に黒角竜の下から抜け出していた。
地面に倒れ伏した黒角竜はゆっくりと目を閉じていき、
荒い息もだんだんと弱くなっていって…

「……倒した、の?」
「いや、眠らせただけだ。」
 
…眠りに落ちた。
 
「グラビモスの睡眠袋から作った睡眠ビンだ。
 流石に暫く目を醒ますまい。」
 
矢筒に流し込んだビンの中身の正体は、睡眠薬だった。
角竜には睡眠薬が効きやすいことをジェロスは知っていて、
厩舎の管理人から黒角竜の話を聞いて持って来たものが役に立った。
 
「…どうして?」
 
トネスは不思議そうである。
ジェロスの力量ならば、あそこで首を斬り落とすことも出来ただろう。
しかし、彼は敢えて眠らせる手段を選んだ。
というよりも、彼は最初からそのつもりだったのだ。
 
「一度の狩りで殺すのは一匹だけだ。
 …たとえ、二人での狩りでもな。」
 
ジェロスはそう言って、ある一点に視線を向けた。
その方向には、トネスが狩ったアプケロスの死体があった。
あのまま殺しては、トネスが一度の狩りで必要以上に殺したことになる。
彼はそれを一途に心苦しく思っての、この行動だった。
そしてトネスは、その言葉を聞いてなんだか無性に嬉しくなった。
一方のジェロスの方は、アプケロスの死体の様子を見て全てを理解していた。
 
「…行こうかトネス。仲間が待ってるんだろう?」
 
トネスの方を見ずに彼はそう言った。
その言葉に彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、
それもだんだんと柔らかな笑みへと変わっていった。
ジェロスはやっぱり、今のトネスの顔を直視できない。
戦闘中、という極限状態だったからこそまともに彼女の顔が見れたのだ。
 
「うん……行こっか。」
 
彼女は地面に放置したままの鎧などを取りに行き、彼は同じく弓を拾いに行った。
そして荷物を全て整えると、黒角竜の荒い寝息に背を向けて去っていった。
その間も、どうもジェロスはトネスの顔を見ることが出来なかった。


ゲネポスの巣のトネスが分けてもらったスペース。
俺はトネスと一緒にそこにいた。
既に群れのリーダーへの挨拶は済み、その際に暫くはここに滞在しろ、と言われたのだ。
まあ、俺はゲネポスの言葉は分からんのでトネスに通訳してもらったんだが…
 
「………」
「………」
 
食事と俺の治療も完全に済み、
今は、互いに沈黙している。
非常に気まずい雰囲気だ。
俺も彼女も、なんて切り出せばいいのかが分からない。
互いに伝えたいことは同じなはずなのに、どうにも糸口がない。
重い沈黙だ。
気の利いた台詞などは全く浮かんで来ない。
そして柄にもなく、俺はその沈黙に焦りを覚え始めていた。
この沈黙のせいで、またトネスがどこかへするりと行ってしまうような気がしたからだ。
まったく、つくづく本当に不器用な男だよ…
 
「…あの、ね、ジェロス。」
 
挙げ句の果てに、先を越されてしまった。
おずおずと、トネスは腫物に触るかのように語り始める。
これでも彼女は、精一杯の勇気と決意を振り絞っているのだろう。
その声は、俺に告白をした時と同じような声だったからだ。
 
「あの…いきなり出ていっちゃって…その、ごめんね。」
 
ちらり、と上目遣いで俺を見る視線は、おいたをした子供が親にお伺いを立てているようだった。
この世の中にある何よりも可愛らしく、美しく、儚げだった。
胸が少しだけ締め付けられるようなこの感覚。
やはり…今まで感じたことのない感情が俺の中に生まれている。
 
「わたし…怖かったの。
ジェロスのことは、だいすきで、とても幸せな生活だったけど…
…いつか自分の気持ちが、薄れて消えちゃいそうな気がして…
いつか、ジェロスを自分で愛せなくなっちゃうような気がして……」
 
トネスの表情に少しだけ陰りが差した。
でも彼女は、それを振り払うように再び柔和な笑みを作り出す。
それが一層深く俺の心を苛んだ。
目の前にいる可憐な彼女にそうさせてしまう己の無力を呪った。
しかし、全ては俺自身が招いたこと。
俺には彼女の言葉をしっかりと聞く義務があった。
 
「それで…気がついたら、家を飛び出してた。
馬鹿だよね、わたし…ジェロスがだいすきなのに、そんな事するなんて…」
 
どうしてこいつはこれ程までに美しく生まれてしまったのだ。
醜く、不純であれば、ここまでの苦しみが俺の心にもたらされる事はなかったろう。
ここまで俺が俺自身を責めることはなかっただろう。
俺が、ただ俺が自分に正直じゃなかった。それだけのことなのに。
どうしてこいつはこれ程までに純粋に俺を想い続けるのだろうか。
自分を愛さない男など、罵り、怒鳴り、捨てればいいのに。
悪いのは全て俺なのに、何故こいつはこんなに哀しい事をしてくれるのだ。
ああ、くそ、もう格好つけてる場合じゃあない。
早くこいつの悲しみを取り去ってやりたい。
早くこの苦痛から解放されたい。

「でも、もうしないよ。
 決心した。どうなってもいいから、わたしはジェロスの傍にいたい。
 だから──」
 
トネスの言葉が全て紡がれる事はなかった。
俺は衝動的に、彼女を抱き締めていた。
彼女の暖かい体温がローブ越しに伝わってくる。
その途端、体が震え始めた。
感情がドッと堰を切ったように溢れて体を満たし、
その想いはとうとう、俺の口からこぼれた。
 
「愛している。トネス。」
 
俺の声は震えていたかもしれない。
俺の目は涙を流していたかもしれない。
──とうとう、言ってしまった。
 
「お前を愛している…」
 
更に強く彼女を抱き締め、噛み締めるように呟いた。
トネスの顔は見えないが、とても驚いた表情をしている事だろう。
しかし俺にはもう、それを気遣うだけの余裕はなかった。
怒濤のように押し寄せる津波のような感情だけが、俺を支配していた。
間違いない。俺はトネスを愛している。
俺はすっかり彼女の純真さの虜になってしまっていたのだ。
 
「え…?あ…ジ、ジェロ…ス…?」
 
俺は一旦体を離し、トネスの肩を掴んで顔を寄せていく。
彼女は非常に困惑していたようだったが、抵抗はしなかった。
そして俺はゆっくりと、唇を重ねていった。
冠っていた帽子が持ち上がり、暖かな感触が唇に与えられる。
最初は驚きと戸惑いの様子を見せていたトネスも、同じような感触を唇に感じ続けるにつれ、
とろんと目尻が垂れ、緊張が解けていくようだった。
そして俺の口付けに応じるように、彼女は見上げるような形で目を細めていった。
潤いを帯びたその目と表情はいやに艶っぽく、俺の心中に生じた感情を昇華させていく。
俺は彼女の肩を掴んでいた手を徐々に背中の方に回し、再び彼女を抱き寄せた。
更に深く、更に大きくトネスと繋がるために。
 
「ん…ふぅっ!」
 
彼女は完全に目を閉じて俺を抱き返し、同時に俺の服をぎゅっと掴んだ。
俺がいきなり彼女の口の中に舌を押し込んだからである。
今まで経験した事のない異質な感触に驚き、小さく声をあげたのだ。
俺にはその声と初々しい反応が妙に可愛らしく感じて仕方がなく、
こうなると、相手を求めているのは完全に俺の方だった。
差し込んだ舌でねぶるように彼女の口内を蹂躙する。
愛撫するように犬歯の根元を撫で、くすぐるように口壁を擦り、犯すように舌を絡めとった。
我ながらはしたないとは思いながらも、もう止める事が出来なかった。
既に時刻は夜になろうとしている。
ゲネポスたちはみんな、食事を終えて眠ってしまっているし、
トネスの唾液にも麻痺毒は含まれていないようだった。

「んっ…んぅっ…んっ、んっ!」
 
未知の快感におののいているのか、それとも感じているのか、
彼女は時折背筋をピンと仰け反るように張りつつ、喘いでいた。
目尻に涙を溜め、頬を上気させながら鳴く彼女が愛おしい。
俺はもはや躊躇することもなく彼女を犯していった。
その激しさに最初は受けるだけだった彼女も、徐々に積極的になっていく。
恍惚とした表情を浮かべた彼女は、舌同士を絡め合わせるように動き始めたのだ。
俺も右手を彼女の後頭部に移してもっと深く舌同士を繋げる。
 
「ん…ふぁ、はぅ…ジェ、ロス…ひゅごぃぃ…」
 
彼女が漏らす、陶然とした淫らな声も俺を昂らせる。
トネスを構成する全ての要素が、今や俺の全てを捕えて離さなかった。
もちろん、既に離れるつもりもない。
互いに舌を絡め、蕩けるような快楽に身を捧げるのみだ。
 
「ぷはっ…はぁ…はぁ…」
 
どれほどの間そうしていただろうか。
どちらからという事もなく、二人はなるべくして自然と口をはなした。
二人を繋ぐ銀色のアーチが重力に従って垂れ下がっていく。
トネスは荒い息をつきながらも、名残惜しそうにそれを少し啜り上げながら袖で拭き取った。
そして何気なく、俺の顔をふっと見上げた。
ほんのり朱が差した頬。涙を溜めたくりっとした目。滑らかで柔らかそうな肌に、なびく砂漠色の短髪。
こんなものを見てしまって、他に俺にどうする事が出来ただろう。
気付くと、俺は乾燥した草で出来た簡易ベッドにトネスを押し倒していた。
彼女はまた少し驚いたように「わ」と小さな声をあげた。
 
「…簡単なことだった…」
 
トネスを押し倒した状態のまま俺は呟いた。
それを聞いた彼女は初めキョトンとしていたが、
やがて言葉の意味を察したのか、ニコリと優しく微笑み、一声鳴いた。
 
「キュゥ」
 
ああ、もうだめだ。
俺は全体を包むように、トネスに覆い被さった。
まったく、本当に年甲斐もなく……

<続く>
2010年08月19日(木) 12:25:42 Modified by gubaguba




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