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孤独を知らない男・第十三話

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
12『孤独を知らない男』:第十三話男ハンター×擬人化ドスゲネポス・擬人化ディアブロス亜種孤独の人擬人化(ドスゲネポス、黒角竜)・否エロ273〜279

『孤独を知らない男』:第十三話


元は会食をするための部屋だったのか、異様に横長な部屋、それに見合うような大きな長いテーブル。
上には等間隔で燭台が置かれており、豪華絢爛な椅子が並んでいる。
しかし燭台に蝋燭は刺さっておらず、テーブルには食器も置かれていなければ、テーブルクロスもかけられていない。
壁に並んで取り付けられている大窓からは朧げな月光が差し込み、この部屋の闇を少しでも薄めようとしている。
部屋には豪華な意匠が施されており、光があれば実にきらびやかに輝き、見る者を楽しませるのだろうが、
この闇の中。それらは却って闇の内に潜む恐怖を思い起こさせ、不気味さを演出していた。
月光、闇、人面を象った豪華な意匠。それらは人の心を狂わせる。
人々は昔から、それらを避けて生きてきた。
 
では、窓に背を向けて椅子に座す、この一人の老人は何者なのか。
月の光が逆光になって顔の細かい造りは分からないが、刻まれた皺はくっきりと深く表れている。
年老いた白髪に艶はなく、まるで枯れ木のように荒れているが、
片方しかない瞳に宿る眼光は、老人でありながら、青年のように鋭かった。
老人は机の上で指を組むように手を組み合わせており、
まるで闇の中という状況を好むかのように、明かりをつけようとはしなかった。
だが、ただ闇を睨み付けているだけの眼光は、誰かに似ていた。
 
「来たか──」
 
前触れなく、鍵をかけた鉄扉のような唇が開いた。
老人の視線は相変わらず闇の中に向けられているが、重々しい言葉を向けられ、そこで何かが蠢く。
深淵より蠢き、姿を現したのは、闇を切り取ったような色だった。
闇によく溶け込むと言われる濃い赤茶色は、寧ろ黒よりも闇らしく、
広い帽子のつばに隠されていた眼光が表れるまで、それは人ならぬもののようにすら見えた。
 
「ゴズの当主、ジェロスよ。」
 
闇から現れたのは、ジェロスだった。
いつからこの部屋にいたのかは定かではない。
だが、彼の目の前にいる老人は、その存在には最初から気付いていたようだった。
ジェロスと老人は、そのまま暫し睨み合う。
互いを探り合うように。獣同士の威嚇のように。
そして、唐突にその静寂は破られた。ジェロスの言葉によって。
 
「驚いたぞ。まさかあんただったとはな。」
 
老人が鋭い目つきを維持したまま、ニヤリと笑んだのがわかった。
大胆で不敵な笑みであった。
 
「ギルドナイト・ドン・グランデ。
 ………道理で素性が掴めなかったわけだ。」
 
老人の名はドン・グランデ。
パーシェル、ゴーラスの祖父にして、周辺を管理しているギルドのナイト。
ゴーラスに半殺しの拷問を行って、ジェロスはそれを知ったのだ。
ドンがギルドナイトの一人であること、今回の暗殺の責任者であること、その全てを。
 
「やはり、あの程度のヒヨッコに御主を始末させるのは、ちと荷が重かったらしい…」
 
ドンも口を開く。
笑んだ表情から放たれた言葉にしては、妙に重く、低い声だった。
 
「当然だ。
 ……だが、不思議だ。
 今回の暗殺にギルドナイトが駆り出されてたんなら、何故あんたが来なかった?」

並の暗殺者を束ねて向けるのは無意味。
ギルドナイトを送るにも、貴重な人材を失うリスクが高過ぎる。
それを覚悟の上で、ギルドもナイトに暗殺を任せただろうに、無駄な犠牲を出されてしまっては堪ったもんじゃない。
しかもゴーラスによると、あの人質暗殺作戦はドンが命じたものではなく、
実行した暗殺者達が自分で考えだしたものだという。
つまりギルドから受けた暗殺命令を、ドンは傘下の者に丸投げしたのだ。暗殺の下請けである。
 
「お前こそ、どうやって侵入した?」
「ゴーラスに暗殺者のねぐらをゲロさせた。
 そこを探してみたら、あったよ。ギルドからの命令書が。」
 
ジェロスは懐から書簡を取り出し、テーブルの上に投げ出した。
ギルドが特殊任務を職員に命じる際に発行する命令書。そして暗殺は常時、特殊任務に該当する。
特に暗殺の命令書には、まるでフリーパスのような効果がある。
暗殺者は職業柄、身分証明書などを持っていないので、その代わりが命令書となるわけだ。
おかげでジェロスは身分をドンの部下と偽り、ドンに報告がある、と嘘を言って内部に侵入することができた。
 
「そうか…今度からはもっとよい制度を考えておかねばな。」
「その時はもっといい侵入をするさ。」
 
ドンは口を閉じ、鼻でため息をついた。
目の前にいるこの男なら、それを成功させるだろうな、と思ったからだ。
だからこそ、自分もこの部屋で待っていたのだが…
 
「そろそろ、俺の質問に答えてくれ。」
 
「…ゴズ家の当主がどれ程のものか、試してみたかったのだ。」
「俺を試す?」
「ああ。」
「…呆れたジジイだな。」
「それは今に始まったことじゃあるまい。」
「で、何故だ?」
 
ジェロスは本当に、少しばかり呆れていた。
この老人は、全く私的な理由でむざむざ2人の部下を見殺しにし、
予測はしていなかったろうが、己の孫まで危険に晒したというのだ。
ジェロスもあまり人の事は言えないが、非情なヤツだな、と思った。
一般人が彼に対してそう思うように、である。
 
「……ハンターの質は、めっきり落ちた。」
 
ドンは数秒ためると、体を横に向けて語り始めた。
窓の奥で輝く満月を見上げ、どこか懐かしそうに。
 
「昔は良かった。技術も装備も施設も知識も殆どない中で、みんな死に物狂いだった。
 溢れんばかりのエネルギーと情熱を、誰もが心に宿していたし、
 ハンターという仕事は活気に満ち、数多くの英雄が生まれた。」
 
ジェロスから老人の表情は見えないが、ドンは遠い目で月を見上げていた。
無防備な状態。攻撃するなら今が絶好のチャンスだったが、
ジェロスは、彼自身も度し難い感情によって一歩も動けなかった。

「……今は見る陰もない。道具や技術が発達し、ハンターにとって暮らしやすい世の中になると、
 徐々に情熱は冷め、ハンターたちの魂は澱み、荒み始めていった。
 モンスターと真剣に向き合うことをしなくなったハンターたちは、まさしく狂人と化していった…
 命を奪うことの重みも知らずに、やれどれだけ早く殺しただの、やれ邪魔なだけだから殺すだの…」
 
ドンは月から目を背けるように視線を外し、再びジェロスの方を向く。
 
「…そんな時代を生きた者として、儂は御主に共感を覚える。
 儂と御主は、案外似た者同士なのかと思ってな…」

「………望まぬ運命を押し付けられた、という点もか?」
 
ジェロスの言葉に、老人は微かに眉を寄せた。
近頃夢の中に度々現れるようになった自身の父親。
彼が何を考えていたのかが、ジェロスにも段々分かりかけてきていた。
そして、ドンがギルドナイトという地位を疎ましく思っていることにも、気付いていた。
 
「確信した…やはり儂と御主は似ている。」
 
ドンはため息を吐きつつ椅子から立ち上がった。
 
「…だが、やるせなきかな主従の理…やはり主命には従わねばならん。
 言い遺す言葉を考えておけ、ジェロス。」
 
そして真正面からジェロスの目を見据えた。
それは静かな水面のような表情だが、激しい闘志が見え隠れしており、
冷たい眼差しの奥で、滾るような炎が燃えているように感じた。
 
──刹那
 
2人は飛び上がり、テーブルの上で火花を散らせた。
右の逆手で握ったナイフが空中で衝突し、互いを弾き合う。
ジェロスは直ぐさま相手の懐に右手を滑り込ませるようにして次撃を放つが、
体を傾けつつ、受け流すように左手を添えられて外してしまった。
同時にドンのナイフが首筋に迫るが、それは腰を落として回避。
姿勢を低くした状態から、逆手のナイフを、腰に突き刺す裏拳のように繰り出す。
だが右肘と左手首に阻まれ、紙一重の所で先端は皮膚まで届かなかった。
 
──互いのナイフには毒が塗ってある。少しでも相手に傷をつけられれば、その時点で勝利はほぼ決定する。
 
ドンは左手にひねりを加えてジェロスの右手を掴もうとするが、全力で右手を引いてなんとか回避。
右手を引いた力を利用して回転しつつ伸び上がり、左肘を顎に向けて振るう。
この至近距離なら当てれることは当てれるが、それほど相手は鈍くない。素早く後ろに退いて難無く避け切った。
それを追うように、ジェロスは深く踏み込んで右手を振るう。
ドンはこれ以上退けばテーブルから落ちてしまうので、左手で受けるしかない。
そこでジェロスは右手首を捻り、ドンの左手に傷を与えようとしたが、その前にドンの左手ががっちりとナイフの握り手を掴んだ。
予想外の速さにジェロスは驚いたが、そんな暇もない。今度はドンのナイフが迫ってきたのだ。
ジェロスはそれを左手で受け、素早く相手のナイフの握り手を掴んだ。ドンがそうしたように。
 
「くっ…!」
 
この流れはマズい。そう思ったジェロスは金的蹴りを振るが、それもドンは足を上げて素早くガード。
その上、ガードした足を素早くジェロスの蹴りに絡ませ、互いの足が外れないようにした。
直後、ドンは飛び上がるように踏み込む。

ドカァァンッ!
 
やばい。ジェロスがそう思った瞬間には、もう押し倒されていた。
支えが足一本しかない状態で飛び込まれたら、当然倒れてしまう。
ドンの思った通りに、ジェロスは仰向けに押し倒された。
しかもその時の衝撃で、ジェロスの絡んだ足の関節が軋み、激痛を訴え始める。
そうなるように、ドンは足を絡ませたのだ。これでガードポジションをとることは出来ない。
 
ぐっ、とドンは上体を大きく反らした。
この態勢から頭突きを繰り出されれば、ジェロスに逃れる術はない。
上半身全体を強靱な射出器にし、頑強な額を脆い顔面に叩き付ける。その攻撃は一撃で相手を失神させることさえある。
 
どぐッ!
 
振り下ろされた額は、鉄球を落としたような音と共にジェロスの顔を潰した。
ジェロスの帽子が外れ、ついでに意識まで肉体から外れそうになる。
このままでは、マズい。こんなものを何度も喰らえば確実に死ぬ。
相手が再び上体を大きく振り上げた所で、ジェロスの肉体は咄嗟に動いた。
右手の指は殆どが拘束されているが、親指だけは自由。そしてナイフは逆手で握っている。
ジェロスは全身の力をその親指に込め、爆弾のスイッチを押すように、ナイフの柄頭を強く押し出した。
鍛え上げられた指の力によって射出されたナイフは、そのままドンの左腕に傷をつけた。
 
二度目の頭突きをジェロスに喰らわせた所で、ドンははっとしたように己の左腕を見る。
そこには、何も持たぬ右手を無意味に掴む自分の左手。傍に落ちているナイフ。
そして数cmほどの切れ込みから、どす黒い血を流す己の二の腕があった。
 
こうなると、後は時間との戦いだった。
ドンの全身に毒が回るのが先か。
ジェロスの意識が頭突きに潰されるのが先か。
額を振り下ろすドンの動き、断続的に響く音の間隔が速くなり、
その度にジェロスの全身がびくりと痙攣する。
ドンは歯を食いしばり、額に血管を浮かせ、顔面を真っ赤にしながら額を振り下ろし続ける。
ジェロスは気を失いそうになりながらも、最後の糸の一本を放すまい放すまいとして、自然と両手に力がこもる。
骨は軋み、肉は潰れ、一撃一撃に皮と血飛沫が無惨に飛び散ろうとも。
 
そして、そんな状態がなんと2分間も続いたが──
 
「ぐっ…がふっ!」
 
──勝ったのは、ジェロスであった。
上半身をぶんぶん振っていたため、その分毒の廻りも早かったのだろう。
ドンは口から血を吐き、後ろに倒れ込んだ。
その体が、先程までのジェロスのように痙攣し始める。

だが、ジェロスも敗北一歩手前であった。
彼は帽子を拾うと、よろよろ立ち上がりながらそれを被り、自分も瀕死である事を隠そうとする。
実に厳しい戦いだった。これ程の苦戦を強いられたのは、彼のこれまでの経験からも初めての事だった。
恐らく、毒の廻りがあと五秒遅かったら負けていただろう。
周囲のテーブルは、ジェロスの血ですっかり赤く染まってしまっている。
 
「さ…流石…だッ…」
 
ドンが苦しそうに言葉を紡ぐ。胸部が激しく上下しており、吐く息も荒い。
肌色は青白く、苦しげな表情にもどことなく力がない。
 
「……お前こそ…今までで、最強の相手だった…」
 
ドンを見下ろしながら、ジェロスは素直な見解を述べた。
これまで戦ったどの暗殺者、どのモンスターよりも強かった。
「流石はギルドナイト。」
ジェロスはそう続けて言おうとしたが、口にたまった大量の血を吐き出すと、それを言う気力も勿体無く思った。
それほどまでに、彼も消耗していた。
 
「…とどめを、刺せ…」
 
敗北は死。それが互いの流儀であった。
ドンは苦しそうに、介錯を望む。
 
「だが断る。」
 
ジェロスは可能な限り冷たく、その頼みを断った。
憐憫などかけては、この素晴らしい敵に対して失礼となるからだ。
 
「仁義の、ねぇ…手前ェの部下に…暗殺を任せ、トネスを怯えさせた…
 その罰だ…たっぷり、苦しめ……」
 
ドンがジェロスに対して共感を覚えたなら、その逆も然り。
短い間だったが、ジェロスもドンに対して共感していた。
ただし、それは同情の色合いの方が濃い。
ジェロスには、ドンがまるで自分の昔の姿であるように思ったのだ。
トネスと出会う以前の自分にそっくりであるように、感じたのだ。
あの頃、ジェロスはある意味で世の中に対して絶望していた。
世界は腐ったと物知り顔で威張り散らし、同時に閉じこもってもいたあの時期。
目の前で今にも死にそうに苦しんでいる老人が、まさにそれであると思ったのだ。
 
「……情けを、かけるつもりか…?」
 
もちろん、ドンは不服そうである。
ジェロスはそれに応えずに、懐から音爆弾を取り出してドンの傍に置くと、ふらふらになりながらも窓へと向かう。
老人は首だけを動かして、その動きを追っていった。
テーブルから下り、椅子を掻き分け、窓を開く様を。
 
「………そう、捨てたもんじゃないぞ…」
 
ジェロスは窓に背を向けて、老人にそう告げた。
背中から風を浴び、ローブが旗のように揺れる。
その目は穏やかなもので、老人が、その目は自分にはないものだ、と気付いた瞬間に、
ジェロスは颯爽と窓から飛び出し、月明かりの中へと消えてしまった。



朝になると、あいつは家の前に倒れていた。
凄まじい打撃を顔面に喰らったようで、頭は血塗れで、鼻は折れ、眉間の辺りがパックリ割れていた。
私はあいつに縋り付いてパニックに陥ったトネスをなんとかなだめると、回復薬で治療した。
ただの回復薬では心許ないので、グレートの方を使って。
それほど酷い怪我だった。トネスはずっと泣き叫び、何度もあいつの名を呼んだ。
幸い、命は助かったが…三日間、眠ったまま。
一体何があったのかも分かりゃしない。
 
眠っているあいつの横顔を眺めながら、軽くため息をつく。
私の横ではトネスがソファに倒れて眠っていた。
三日間、寝ずにジェロスの面倒を看ていたためだ。
こいつは私よりも下等だが、そういう一途な所には敬意を表する。
真直ぐで純粋な想いは、何に向けたものであれ私にとっては非常に好ましいものだ。
とは言え、所詮下等は下等。あいつが重傷を負った理由には気付いていないようだった。
だが、私には大体想像がつく。この間家を襲った連中に関係する事だ。
ジェロスは何かをし、生還したが、この家の前で力尽きたのだ。
 
刺された脇腹の傷がちくりと痛んだ。
傷口そのものは消えているのだが、まだ痛みが残っている。
本当に弱い肉体だ……だが、それ故に敏感だ。
竜であった頃には感じなかった事が、近頃感じ取れるようになった。
例えば、今目の前で眠っている一人の男に対する感情…
それは日に日に、はっきりとしていく暖かさだった。
 
ジェロスは、恐らく戦いに行ったのだ。
私の横で眠っている女を、助けるために。
私のためじゃあない。
自分が愛し、自分を愛する女を守るために。
私のためじゃあない。
だが、嫉妬という感情は芽生えて来ない。
恋愛感情とか、そういうものではないのだ。
 
「…いつまで、この女の相手をさせるつもりだ…」
 
返事が返って来ないと知りつつも、私は話し掛けた。
 
「せっかく心配してやってるんだぞ…さっさと目醒ませー…」
 
我ながら、よくこんな力のない声が出るものだ。呆れてしまう。
角を折られた上に、こいつには牙まで抜かれてしまうのか。
御免被る。そんなのは御免被るぞ。私は強くなりたいというのに。
 
トネスの静かな寝息だけが聞こえてくる。
あいつの鼓動も呼吸も、聞こえてこない。
私はまだ、あいつから何も教わっていない。
イャンクックの倒し方も、ランスの使い方も、火の扱い、調合のレシピやコツも。
冗談じゃない、私は強くなるためにここに来たのに。
このままでいてなるものか。必ず起こしてやる。
 
「……おい」
 
私は立ち上がり、ふらふらと彷徨うようにあいつの傍まで行った。

「おい!」
 
力強く、あいつの襟首を掴んで引き上げる。
すっかり元の形に戻った顔は、本当に安らかに眠っており、今にも起き出しそうだった。
この野郎…気持ち良さそうに三日も眠りやがって。
どれだけ心配かけやがる、さっさと起きないか。バカ、ばかめ、ばかやろう。
 
「おいッ…起きろ!起きろジェロス!」
 
襟首は右手で掴み、左手で張り手を頬に喰らわせる。
ばかやろう。早く起きろ。泣き出しちまうじゃないか。
私に黙って、お前がこんなになる程強いヤツと戦いに行くなんて。
話が違うぞ。約束はちゃんと守るんだろうが。
起きろ、今直ぐ起きろ。さっさと起きろ。
ばかめ、ばかだ。ばかやろう。
 
「ちょっ…ディア!やめて!」
 
私の怒声にトネスが起きたようだ。
後ろから私に抱きつき、無理矢理あいつから引き剥がす。
 
「ぐッ…うぅ…」
 
それで正気に戻った。
全身から力が抜け、だらりと床に倒れる。
 
──やってはならぬ事をしてしまった。
トネスに対して、申し訳ない気持ちが沸き上がる。
 
「……ごめん…」
 
迂闊にも、私は下等生物に対して謝ってしまった。
トネスは黙って首を横に振ると、私を解放してジェロスの傍へ向かう。
だが、私はもう動く事が出来なかった。
手足を投げ出すように床に倒れ、ぼんやりと天井を見つめるしかなかった。
 
あいつには、トネスがいる。
あいつを起こしていいのは彼女だけだ。
私があいつを起こしてはいけない。
 
本当に…人間は敏感過ぎる。
角竜の頃に感じなかったことが多過ぎるのだ。
実に弱い生き物だな…こんな事なら砂漠にいれば良かった。
人を憎み、繁殖期には種付け用のハンターでも拉致して、気侭な生活を送る。
砂に抱かれて眠り、アプケロスを狩り、たまに角竜と喧嘩し、ゲネポスを追い散らして縄張りを拡げる。
人間の姿で、以前とほぼ変わらぬ角竜としての生き方をするのだ。
 
 
嗚呼──
 
 
それはなんとも、今になっては悪い冗談だ。

<続く>
2010年08月21日(土) 10:46:51 Modified by gubaguba




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