保管庫内検索
作品メニュー
作者別

スレ別

画像保管庫

キャラ別

編集練習用ページ

まだ必要なものあったら編集頼む
最近更新したページ
最新コメント
炎の山の金獅子 後編 by 名無し(ID:pZXome5LrA)
キャラ別 by 名無し(ID:5Lz/iDFVzA)
キャラ別 by 名無し(ID:cOMWEX4wOg)
キャラ別 by 物好きな狩人
キャラ別 by  
降りてこないリオレイア後編 by 名無し(ID:UKypyuipiw)
25-692 by 名無し(ID:PnVrvhiVSQ)
一角獣 by ケモナーかもしれない
誇り高き雌火竜 三 by ルフスキー
タグ
Wiki内検索
カテゴリー

孤独を知らない男・第十二話

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
12『孤独を知らない男』:第十二話男ハンター×擬人化ドスゲネポス・擬人化ディアブロス亜種孤独の人擬人化(ドスゲネポス、黒角竜)・否エロ233〜243

『孤独を知らない男』:第十二話


「…と、いうわけで飛竜種と鳥竜種の具体的な差異は以上の通り。
 分かったか? 分かったら返事。」
「はーい」
「うむ」
 
居間に即席の勉強机が用意されてあり、そこにディアとトネスが並んで座っている。
そして黒板の前で教鞭を振るうは、この家の主ことジェロス・ゴズだ。
黒板に書かれた要点を教鞭で指し示しつつ、二人に授業している。
 
「うむ、よろしい。
 まとめると、鳥竜種は飛竜種よりも飛行能力や機動能力に優れており、
 繁殖能力が高い反面、個々の戦闘能力は飛竜種よりも低い。
 つまり戦闘能力というよりは、種としての存続能力に長けている。
 戦闘に勝利することが、必ずしも種の繁栄には繋がらないということだろう。」
「はい。」
 
ディアが手を上げて「質問したいな」という意図を示す。
ジェロスは教鞭を畳みながら、「なんだ」、と訊ねた。
 
「戦いに勝たなければ生き残れないのではないか?」
 
少し不満げな口調であった。
──ディアがこの家に来てから、既に六日が経過していた。
一日目と二日目はあんまりこの家のことに関わろうとしなかったディアだったが、
ジェロスの毎日12時間にも及ぶ鍛練と、トネスに対する講義を何度も見る内に、
より強くなろうとする角竜の本能がうずうずと騒ぎ始めたらしい。
家事などはまだからっきしだし、それは本人もやろうとしないが、
いつの間にかディアはなし崩し的に鍛練や講義に参加するようになっていった。
もちろんそれを狙って、ジェロスはわざと鍛練や講義をディアの目の前でやった訳だが。
本人はこの現状に不満や疑問などはないようで、至って普通の様子でジェロス達との生活を過ごしていた。
 
「そうだ。確かに生物同士の戦いでは強い方が勝つ。
 しかし大自然の中で種を存続させるとなれば、事はそう単純なものではない。
 大自然でどのような変動があろうと、生き延びる事の出来る能力が肝心なのだ。
 例えば、角竜の身に降り掛かる災難は戦闘だけではないだろう?
 餌が少なかったり、旱魃が起きたり、病気が流行したりもする。
 そういった不測の事態をいかに乗り越えるか。そういった能力は戦いから得られるものではない。
 確かに飛竜種と鳥竜種が戦えば飛竜種が勝つだろうが、大自然が両者に襲い掛かった時、
 より多く生き残るのは恐らく鳥竜種の方だろう。
 繁殖力と適応力の高い彼らは『自然に対して強い』のだからな。」
 
ディアはきらきらと目を輝かせながら「なるほど」と頷いた。
講義をしていると、彼女はたまにこういう素直な反応を見せる。
その反応が、彼女の知能の高さをしっかりと証明しているようでとても面白い。
トネスの方も、感心したようにしきりに頷いていた。
どちらも素敵な反応をしてくれるな、と思いながらジェロスは講義を続ける。
 
「とは言え、ちょっとやそっとの変動じゃ飛竜達もびくともしない。
 なので近年に於いては、鳥竜種から飛竜種に変化する生物まで現れている。
 現状では鳥竜種でいる意味があまりないためだろうな。
 そういった例はゲリョス亜種やイャンガルルガに見られる。」
 
ディアはジェロスが想像していた以上に純粋であるようだった。
純粋に強さを追い求め、純粋に様々なことに関心を持った。
時折、角竜独特のプライドの高さがそれを邪魔する時もあるようだが…
講義を受け、鍛練を積んでいる時のディアはとても一生懸命である。
たまにトネスを見下したような態度や発言をすることもあるが、
そういう時もジェロスにたしなめられると、しゅんと小さくなるようにして退いてしまう。
トネス本人は、最近ではそんな様子を寧ろ微笑ましく思っていた。
ここ数日、生活を共にして、ディアが無害であることを信じ始めているのだ。

「そのことを踏まえて、まずはイャンクック討伐について話す。
 イャンクックは鳥竜種の中でも大型に位置する上に、攻撃パターンが非常に飛竜に似ている。
 火球を吐き、翼で飛び、突進をし、尻尾を振るう。
 なので飛竜の前にイャンクックと戦っておくと非常にやりやすい。
 飛竜の動きをある程度予習できるためだ。
 イャンクック攻略は、即ち飛竜攻略の大本であると思え。」
「はーい」
「うむ」
 
と、これからが本番だと言う時に、玄関の方からノックが響いた。
重く響くその音は来客を報せるものだ。
ジェロスは教鞭を置き、腰のナイフをすぐ抜けるよう、柄に右手を添える。
一体何を仕掛けて来るか分からぬ暗殺者を警戒するためだ。
トネスも周囲をキョロキョロと見回しはじめるが、ディアはきょとんとしている。
ジェロスは警戒を怠らぬようにしながら、玄関の方へ歩いていった。
 
「…誰だ?」
 
前方のみならず、全方位に対して注意しながらジェロスは来客を確かめようとした。
一箇所に注意を集めさせておいてから、他の人員が別の場所から侵入し、
虚を突いて一気に制圧するのは暗殺の常套手段だからだ。
 
「手紙ニャー」
 
が、今回の来客者は暗殺者ではないようだった。
ドアの向こうから、この村の些事一般を任されているアイルーの声が響いてきた。
暗殺者は、アイルーやメラルーを直接暗殺に関わらせることはない。
彼らは口が軽いし、ギルドの権力が及ばない独自のネットワークを持っている。
なので猫族の間で一度流れた噂は止めることが出来ず、
悪い噂や陰のある噂などはあっという間に広まり、ギルドの権威に傷が付く。
権力組織としては、何があろうとそれは避けたいところだ。
 
「ああ、ご苦労さん。」
 
ジェロスは幾分か緊張を緩め、ドアを開いた。
その先にいたのは、手紙を掲げるように差し出す白いアイルー。
ジェロスはそれを受け取ると、懐から金貨を一枚弾き飛ばしてドアを閉めた。
手紙を届けてくれたネコはその金貨を追って何処かへと走っていく。
 
受け取った封筒を光りにかざして中身を確認するが、どうやら本当に手紙のようだ。
次に、差出人の名前を見る。
 
「………」
 
差出人の名前を見て、ジェロスはちらりと一瞬だけ居間の方に視線を移した。
睨むように顔をしかめ、暫しその名を見つめる。
差出人の欄にあった名前はゴーラス・グランデ──パーシェルの兄だった。

例の事件のあと、ジェロスは情報屋を使ってグランデ一族の事を少しだけ調べてみた。
ゴズ家と同じく、本家はこの村にあるが、ハンター家系ではない。
奇しくも現当主(パーシェルの父親だが)とその息子達は全員ハンターとなったが、
農夫、漁師、建築家、土木屋、ギルド職員など多様な職業の人間が親戚にいる。
その中でもパーシェルは一族の鼻つまみ者であり、親族の多くからは嫌われていた。
金は盗むわ、従兄弟に手は出すわ、叔父の妻に手を出したこともあった。
だから父親と同じ村にハンターとして縛り付け、自分達に殆ど迷惑がかからないようにした。
他の親族や兄弟達は殆どがドンドルマや他の村にいるのだ。
この村に本家がある、と言っても常駐しているのは当主だけなのだ。
そして、問題児パーシェルの兄ゴーラス。
ジェロスはグランデ一族の経歴も大体調べていた。
唯一祖父の経歴だけがまったく掴めなかったそうだが…
 
ゴーラスは、ドンドルマで活動している現役ハンター。
歳は25。妻子や恋人は無し。品行方正で勤勉であり、パーシェルとは真逆のタイプ。
優しくて誰からも好かれるような男だったからこそ、パーシェルとの繋がりも他の連中に比べて深かった。
 
「どうしたの?」
 
トネスが心配して居間の方からやってきた。
ジェロスは素早く、且つ不自然な動きに見えないように、手紙をポケットに押し込んだ。
態度には一切表さないが、あの事件はまだ辛い記憶として残っているはずである。
彼はそれを考え、可能な限りグランデ一族の事は黙っていることにした。
 
「…講義の続きは明日だ。ディアの稽古の相手をしてやれ。」
 
だが、彼は戦闘以外の場面に於いての人間の心理を殆ど知らなかった。
うまい言い訳やはぐらかしもせず、幾分か突き放すようにそう告げると、
彼はさっさと寝室に向かって行ってしまった。
トネスが何か言いたげだったが、そんな暇すら与えられなかったし、
有無を言わさぬ彼の性格は、また彼女自身が一番よく知っていた。
 
「………」
 
トネスは心配そうにジェロスの後ろ姿を見送るしかなかった。
彼女を気遣ったはずのジェロスの行動は、逆に大きな心配を彼女に与えることにしかならなかった。
明らかに不審な彼の行動に、彼女の悪い想像力ばかりが掻き立てられる。
ディアは不思議そうに、ぱちくりとジェロスとトネスに交互に視線を送るだけだ。
ディアはまだ、この家の複雑な事情を知らない。
 
「…ばか…」
 
トネスは俯いてそう呟くと、身を翻して外に出て行った。
その時の彼女の表情はとても悲しげであった。
ジェロスが彼女に心配をかけたくないと思ったのと同じように、
彼女もまた、蚊屋の外で心配ばかりはしたくないと思っていた。
 
哀れなディアが更に目を丸くし、取り敢えずジェロスの方を追うことにした。



この度、パーシェル・グランデの兄として貴殿への御連絡が遅れたこと、真に申し訳なく思っております。
ハンターという職業柄、文の一つも綴る暇のない生活が続いたため、
これほどまでに連絡が遅れてしまいました。
その由、一先ず御理解を賜りたく存じます。
パーシェルの犯した罪については、父の文より聞き及びました。
人々を守ることを生業とするハンターが人道を踏み外し、人々を害する罪は赦し難く、
それが実弟の手により行われたとなれば、慙愧に耐えません。
そして被害に遇われた方と関係者の方々が負った心の傷の事を考えると、
大きな罪悪感と、本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいになります。
弟の犯した罪を赦せなどとは、もとより申すつもりはございません。
弟はこのような死に方をして当然の人物でしたし、被害者の存在を思えば、ただただ謝罪するしかございません。
本当に申し訳ございませんでした。
最早私に残された道は、この事件の事を、弟を止められなかった私の責任として、
その罪を一挙に背負うしかないと考えております。
それは一生を賭して購い続けるべき罪であるでしょう。
 
そこで是非とも、貴殿に直接お詫びを申し述べたいと思います。
この文が到着する頃には、私はこの村のはずれ──ギルドの貸小屋──に到着していると思いますので、
今夜、どうか貸小屋へとご足労を願います。
傲慢であり偽善であると罵られることを覚悟の上で、慎んでお願い申し上げます。
 
彼に送った手紙に、私はそう書いた。
そして今、私は貸小屋の中を彷徨っている。
日は既にとっぷりと暮れており、明かりと言えば壁にある燭台の火のみ。
その頼り無い火の下で、私は右に左にうろついている。
心中の不安を掻き消すように。精神の彷徨だ。
 
パーシェルは、兄という立場から見ても最低の人間だった。
高慢で、喧嘩っ早く、いつも他人を見下し、美人と見れば見境なく誘惑して、時には強姦まで強行していた。
一族から絶縁同然の処分を受けたのも、その色情のためだ。
あろうことか、結婚寸前の従妹を強姦して妊娠までさせてしまったのだ。
もちろん従妹の結婚は破談となり、そのショックと、孕んだ子への恐怖と嫌悪から彼女はノイローゼに陥り、
ある日、非合法の堕胎薬を大量に飲んで二度と子が産めない体となってしまった。
従妹の肉親を始めとした親戚一同は、当たり前のように烈火のごとく怒り狂い、
パーシェルの死をなんら憚ることなく私達に求めた。
それを私達兄弟と父が必死の説得を繰り返し、二度と親戚の者に近付かせないという条件で、
なんとか、パーシェルの命を助けてもらい、この村に隔離するような形で押し込んだ。
それでも弟の素行は一切改善しなかったが、それに関して、私達はもう諦めていた。
犯罪さえ犯させぬように監視していれば、それでいい。そう思っていた。
 
だが、そんな認識だからこそあの事件が起きたのだろう。
その報せを父の文で知った時、私は深い失望と衝撃のため暫く動けなかった。
己の命が危機に瀕するところまでいったのに、何故学ばないのか。何故懲りないのか。
失望の内容はだいたいそんなところ。
衝撃の方は、パーシェルが死んだことに対するものだった。
 
確かに、パーシェルは最低の人間だった。
でも死ぬことはなかった。
だからこそ私達は、顔に泥を塗りながらも弟の命を救ったと言うのに、
腐っても私の弟であった人間が、殺されてしまったのだ。
自業自得だし、いつかこんな死に方をするだろうとは、心の片隅で思っていたことだったが、
だからと言って感情が完全に割り切れるわけではなかった。
兄弟を失った衝撃はそのまま、私の中で深い悲しみとなったのだ。
 
だから、私は手紙を書いたのだ。
ゴズ家のことは知っていたが、私なりの決着をきっちりつけるために。

貸小屋の扉が少し乱暴にノックされた。
私は足を止め、思わず息を飲んで扉の方を見つめる。
いよいよだ。
 
「どうぞ。」
 
抑えようとはしたが、私の声は幾分か震えていた。
扉が開き、その先から黒い人影がぬっと現れる。
黒い闇の中から睨み付けるように光る二つの眼は、まるでモンスターのようだった。
限り無く黒に近い赤茶色のローブは暗闇に溶け込み、その眼光も相まって、暗殺者のような雰囲気を演出している。
これが──ゴズ家の現当主、ゼロス・ゴズ。
 
「ゴーラス・グランデだな?」
 
重々しい言葉が闇に響いた。
低く重いその声には、私より3つ歳上なだけの人間とは思えないほどの風格があり、
これまでの彼の人生の凄まじさを物語っているようだった。
私は高鳴る心臓の鼓動を抑え、動揺を表さないように、彼に対して頭を下げた。
そうせねば、私の表情だけでバレてしまいそうな気がしたのだ。
 
「今更謝罪とは、どういうわけだ?」
 
頭を下げている間に、必死に顔を取り繕う。
ハンターとしての集中力を発揮させ、冷静さを完全に取り戻した頃に、
私はゆっくりと頭を上げて彼の眼を真直ぐ見据えた。
 
「遅れたことに関しても、ここで謝罪いたします。
 多忙であったとはいえ、これほどまでに遅くなってしまったのは私の不徳のなすところ。
 事件の責任とともに、深く陳謝致します。」
 
彼がゆっくりと近付いてくる。
燭台の火が揺らめくと共に彼の影まで揺らめき、
非常に大きな動作で近付いてくるような錯覚を覚えた。
まるで、接近してくる、死という概念そのものを見ているようだ。
緊張の度合いが更に増してくる。最早少しの息苦しさすら感じた。
 
「お前は誠実な男のはずだろう。」
 
手を伸ばせば届くような至近距離で、彼は足を止めた。
鋭く光る眼には、こちらの心を見透かしているような力強さがあり、
私はもう、気後れしないようにするだけで精一杯だった。

「言え。暗殺者どもは何を狙っている。」
 
くわっと私の目が大きく開いたのが、自分で分かった。
頭を下げていた時から左手を添えていたナイフを抜き、彼に突きかかる。
その直後、私は後悔することになる。何故私は彼と戦おうと思ったのだろう?
対人戦術を知らない私が、暗殺者との戦いを連綿と続けて来たゴズ一族に勝てるはずがないのに。
私の繰り出した左腕に、彼の両腕が蛇の如く巻き付いたと思った瞬間、
私は既にうつ伏せで床に押し付けられていた。
 
「がッ…!」
 
左肩に激痛が走る。関節を抜かれたらしい。
額に脂汗が滲み出るのと同時に、私は顔をしかめた。
 
「ヤツらがお前を利用することを思い付いたとして…目的はなんだ。
 なんのために、俺をこんなところに呼び出した。」
 
流石だ。
私は咄嗟にそう思った。
私は決着をつけるため、とあるコネを使って暗殺者に接近した。
そこで暗殺者が一計を案じ、それに従って手紙をゼロスに書き送ったわけだが。
やっぱり、あまりにも不自然な点が多過ぎたか。
 
「…ゴズ家の人間は、冷徹にして非情…
 現当主のゼロス・ゴズは特に………人間を見下している所すらある…」
 
苦し気に私は言葉を紡いでいく。
途切れ途切れに声を吐くのは、半分本気で半分嘘だ。
私の役目は時間を稼ぐこと。
あんまり露骨にやると、業を煮やされて手酷い拷問を受けるから、加減しないといけないが。
 
「……しかし…人質は効く…」
 
彼の表情は見えないが、背中越しに息を呑んだのが分かる。
目を見開き、驚いていることだろう。流石に拘束を緩めるほど甘くはないが。
 
「………クズどもが…
 いつからギルドの暗殺者は矜持を捨てた。」
 
忌々しげな彼の言葉を聞いた瞬間、私は後頭部に鈍い痛みを感じて気を失った。
核心を言うのが、少し早過ぎたか。



ゴーラスに当て身を喰らわせてから、俺はとにかく走った。
素早く流れる風景に既視感を覚えるが、それを気にする余裕もない。
燃え滾るような怒りが溶岩のように湧いてくる。
お前達は考えることは同じか。所詮人間か。
お前達はどこまで堕落したというのだ。
いつから誇りも意地も捨て去った。
憎い。恥知らずめ。人間め。そんなに俺の命が大事か。そんなに主命が大事か。
まさしく憤怒。もう噴火寸前だ。
 
だが、無事でいてほしい──そんな想いが、まるで清水のように俺の怒りをギリギリで押さえ付けていた。
もう、俺ははっきりと自覚していた。
トネスを失いたくない。あいつが悲しめば俺も悲しい。
まるで子供だが、それ故に純粋な想いだった。
どうか無事でいてくれ。
怒りとはまた違った熱さが、足を更に速めさせる。
 
我が家に到着すると、壊れんばかりの勢いで戸を蹴り開けた。
ドアノブを掴み、捻る。その動作の時間すら今は惜しかった。
真直ぐ居間に向かって駆けるが、既に家中の明かりが消えている。
居間に入ってざっと周囲を見回しても、人影はなく、家主の帰りを迎える声もなかった。
──遅かったか。
 
「止まれ。」
 
俺が凝視しなかった闇の中から、聞いたことのない男の声が響いた。
同時に部屋の明かりがつき、その姿が露になる。
 
「…トネス。」
 
思わず、呆然としたように呟いた。
柱にトネスが縛り付けられている。
殴られたのか。右目の辺りを腫らし、潤んだ瞳で俺を見つめる。
半分意識がないような、濁った目であった。
そして、トネスの直ぐ傍には男が立っていた。
見覚えのないその男は抜刀していて、刃をトネスの首に向けていた。
 
「ぅ、あ…」
 
トネスが何かを言おうとするが、言葉になっていない。
混乱のためか、恐怖のためか。胸を締め付けるような光景だった。
俺の中で紅い炎が燃え上がるのを感じた。
 
「ゼロス・ゴズだな?
 動くなよ……我々の目的はお前の命のみ。
 従えばこいつに危害は加えない。」
 
トネスの傍に立つ暗殺者が、刃を更に彼女の首に近付けつつ告げた。
真直ぐ俺を睨んでいるのは緊張のためか用心のためか分からないが、従う他にない。
俺と暗殺者との距離は3mほど。遠過ぎる距離だ。
勝機もなく暴れれば、トネスの命はない。

「武器を捨てろとは言わん…手を上げろ。武器を咄嗟に抜けないようにするんだ。」
 
だが、3mという距離は相手からしても微妙な距離だ。
狭い室内だからそれ以上距離を取れば、もし格闘となった時に壁が邪魔になる。
だから武器には絶対に触れさせないつもりだ。
武器を捨てるフリをして投擲でもされたら、反応し切れない。
達人の手による、3mという近距離でのナイフ投げは、正面からであっても目視はほぼ不可能。
だから相手としては、俺が武器に少しでも触れるようなことがあってはならない。
そしてその警戒の心理を知っているから、俺も従わざるを得ない。
ゆっくりと両手を高く上げていく……

背後で、僅かに揺らめく人の気配。
思った通り、暗殺者は2人か。
前回は1人を送って失敗したから、今度は2人。
なんともヤツらが考えそうなことだ。
 
「………」
 
トネスの首に刃を押しあてている刺客が、俺の背後に目配せをした。
どうやら俺の背後にいるヤツが止めを刺してくれるらしい。
俺の両手はもうすっかり上がってしまっている。暗器も持ち合わせていない。
腰にナイフは差しているが、抜けないのでは丸腰同然だ。
 
「──アイテムボックスの中は調べたのか?」
 
手を上げたまま、正面にいる刺客を睨み付けながら俺はそう始めた。
怪訝そうな、それでも目一杯警戒するような顔色を刺客が浮かべる。
いくら戦闘の技術や知識が豊富でも、これはどうかな?
 
「調べてないのか?」
「……なんのことだ?」
 
刺客は刃を更にトネスの首に押し付ける。
切っ先が僅かに彼女の首の皮膚を裂き、赤い珠のような血が滴る。
その光景に言いようのない怒りを覚えたが、ぐっと堪えなければならない。
勝機はすぐそこまで近付いているのだから。
 
「そうか…それはマズいな。
 実は暗殺者対策としての罠がこの家には張り巡らされていてな。
 居間の床に一定以上の重量が加わると、全体がほんの少しだけ沈み込むように出来ている。
 今、四人いるよな、この部屋に…確実に一定以上だ。」
 
背後から殺気が立ちこめる。煙という形で見えそうなほど、濃い殺気だった。
 
「その沈み込みを合図にしてな…
 アイテムボックスの上げ底に隠した、大タル爆弾Gが起爆する仕組みになっている。
 火竜のブレスよりも強力なヤツだ…早く止めないと家全体が吹っ飛ぶ。」
 
刺客の目が少しだけ開いたのが分かった。
ちゃきっと強調するように剣の角度を変えて、「でたらめだ」と怒鳴った。
アイテムボックスはヤツの右側4mの所にある。
この距離で上げ底に隠されているのなら、導火線の音も聞こえるはずはあるまい。

「俺にとっちゃあ、でたらめかどうかなんてのはどうでもいい事だ。
 どうせお前達に殺されるんだからな…何百年も手こずったゴズの当主を討てるんだ。凄い手柄だな。」
 
そうだ。だからこそこいつらは生きて帰りたい。
俺に対して警戒を払うような素振りは見せていても、こいつらは勝利を確信している。
完全に俺の上を行ったと思っている。だから生きて帰りたい。
何百年も持ち越しにされて来た手柄を自分達のものにできるのだ。
ずっと影で生きて来た者にとって、それは空前絶後の巨大な魅力だ。
俺よりも、寧ろこいつらの方が今は死を恐れている。
それを再認識させて動揺が生まれれば有利だから、俺はこんな事を言ったのだ。
 
「死は怖いだろう?
 影の中で死ぬのは恐ろしいだろう?
 さあ、もう時間がないぞ…」
 
立場は逆転した。
刺客はちらちらとアイテムボックスの方に目が泳ぎ始め、
背後から漂う殺気にも、動揺の色が現れ始めた。
手負いで丸腰の状態でも、俺は2分程度なら確実に戦える自信がある。
ヤツらもそれを分かっているから、俺には迂闊に手が出せなくなった。
生きて帰りたい──ヤツらのその本能が俺を優勢へと押し上げる。
 
やがて、目の前の刺客が首をアイテムボックスの方に向けた。
その瞬間、全ては動き出す。
 
「今だ」
 
ドゴンッ!!
 
目の前の刺客の背後にある床が突如突き破られ、そこからランスを構えたディアが飛び出した。
暗殺者の気配を感じたのと同時に、床下に隠れたのだろう。
居間で姿が見えなかったのでもしやとは思ったが、流石は元角竜だ。
高速の突進は見事に刺客の背中を貫き、脇腹から先端を突き出させた。
まるで脇腹からタケノコが生えているようだな。
 
剣が振り下ろされる気配を後ろで感じるのと同時に、素早く振り向きつつ両手を高く掲げる。
その手で、振り下ろされる剣の握り手を暗殺者の両手ごと覆うように掴むと、
回転の勢いを利用して左手前側に引き込み、前につんのめったような姿勢にさせる。
そこから、伸び上がるような右膝を暗殺者の顎に叩き込んだ。
確実に顎の骨は粉砕したが、まだ終わらせない。
左手前側に引き込んだヤツの両腕を今度は捻り上げつつ、
体を更に回転させて、ヤツの両腕を自分の体に巻き付けるようにする。
その状態から右膝を少しだけ下ろしてヤツの両肘に添えると、逆方向に関節をへし折った。
ぼぎり、という関節の壊れる音が、確かな手応えを実感させてくれて、
痛みのあまり気絶したそいつを、俺は床に引き倒した。
 
「……ハッタリは、暗殺者養成のカリキュラムには入っていないようだな。」
 
泡を吹いて気絶している暗殺者の横顔を、屈み込んで見下ろす。
少し考えれば分かりそうなもんだがな。
同居人がいるのに、そんな危ない仕掛けをしておくはずがないだろう。
床が僅かに沈み込むのは、ただ単に古い家だからだ。
 
「大丈夫か?」
 
暗殺者の落とした剣を拾って首に突き刺し、止めを刺すと、俺は後ろを振り向いた。
そこには、柱に縛り付けられたトネス。
脇腹に大穴を空けられ、更に首があらぬ方向へ曲がっている刺客。
そして、その傍で倒れ伏しているディアの姿があった。

「!」
 
俺はナイフをトネスの方へ投げながら、ディアの方へ向かった。
ナイフは正確にトネスのロープの結び目を切り、彼女を自由にする。
だが、今はディアの方が緊急性が高い。急いでディアの下に駆け寄ると、
俺はランスを握る小さな体を少し乱暴に抱き起こした。
 
「う、ぐ…くそ、なんて脆いんだ…」
 
ディアは苦悶の表情を浮かべていた。
左脇腹には指一本分ほどの穴が空いている。刺客もただでは殺されなかったようだ。
不意打ちとは言え、まだ対人戦を学ばせていないディアがギルドの暗殺者を倒すのは荷がかち過ぎたか。
最初のランスの一撃を当てた直後に、剣を突き刺されてしまったのだろう。
だから、倒れている刺客の首は異様な角度で曲がっているのだ。
剣を刺された直後、ディアはランスを持っていない手を使って、刺客の首をへし折ったのだろう。
 
「こ、んなに…痛い…初めてだ…いたい…すご、く…いたい…」
「傷は浅いぞ、ディア。だが喋るな。
 トネス、回復薬を出してくれ。」
 
俺がトネスの方を振り向くと、彼女は解けたロープの上に座り込んで呆然としていた。
呼吸が荒く、全身からは汗が吹き出ている。
大きく見開かれた目は何を見ているのか分からない。何も見ていないのかもしれない。
トネスは俺の言葉に応えず、ただただ絶句するように座り込んでいた。
 
「トネス」
 
今度ははっきりと、そして力強くその名を呼ぶ。彼女の意識を呼び戻すように。
トネスは肩をびくりと跳ねさせ、ゆっくりと俺の方を向いた。
だが、未だ殆ど放心しているような状態だった。
 
無理もない。本気で人間同士が殺し合うのを見るのは初めてなのだ。
自分と同じような形をしたものが、なんの躊躇もなく同種の手によって眼前で壊れていく。
それを己の手で行使したことのあるディアはまだしも、彼女は人間を殺した事がない。
多くの場合、それの初体験は非常に衝撃的なものだ。
トネスは人間化してから、精神や思考も人間に似てきている。
優しいこいつが、人間の惰弱な精神力でその衝撃に耐えられるのだろうか。
 
「回復薬を、取ってきてくれ。ディアの治療をせねばならん。」
 
しかし、それを気遣うよりも、まずはディアの治療を優先せねばならない。
トネスを愛する者としては辛いところだが、見事俺の窮地を救ったディアの命だ。報いてやりたい。
はっきりと、明瞭に俺はトネスに指示を出す。
 
「う、うぅ……」
 
うんと頷いたようだったが、舌はもつれ、頭の動きも殆どなかった。
だが指示を与えられた事によって、少しだけ正気を取り戻したようだ。
ふらりと立ち上がり、彷徨う亡霊のようにアイテムボックスの方へ歩いていく。
恋人の痛々しい姿に、ゴーラスと会った時以上に俺は表情を曇らせた。
 
「う、ぐ…やはり…貴様は強いな…」
 
だが、ディアが再び何かを喋ろうとしたので、視線を褐色の少女の顔に向ける。
先程よりは多少苦痛の色が抜けた顔だったが、眉は力強く中央に寄せられていた。
出血が酷いが、回復薬をかけてからでなくては止血もままならない。
痛むだろうが、今できる事は手でしっかりと押さえてやるだけだ。

「一人殺すのが…精、一杯だ…とても、貴様のようには…」
「喋るなと言っているだろう。これは助かる傷だぞ、死にたいのか。」
「ふん…本、当に…軟弱な…体だ…よく、こんな体で…私を、倒した…」
 
もしや俺の声が聞こえていないのか?
勢いに任せるように、ディアはどんどん言葉を紡いでいってしまう。
これは死ぬ事はない傷で、それはこいつも分かっていように。
まるで死を覚悟しているような物言いだ。
 
「強く、なりたいぞ…貴様のよう、に………正式に、頼むよ…
 教えて、くれ。強く、なる、方法…うぐッ…」
「ああ、教えてやるとも。もとよりそのつもりだ。
 技術を殆ど教えてない割には立派な突きだったぞ。お前はいいハンターになれる。」
「そう、か…」
 
やっとこ正気の殆どを取り戻したトネスが、慌てて走り寄ってきた。
そして震える手で俺に回復薬のビンを渡すと、患部周辺の衣服を鋭い爪で裂いた。
 
「ねぇ…治る…?」
「大丈夫。やはり軽い傷だ。
 内臓を深く抉ることを考えるほどの時間はなかったようだな。」
 
心配そうに訊ねてきたトネスにそう答えながら、回復薬を傷口にかけた。
どくどくと溢れるどす黒い血が緑色の透明な液体で洗われ、泡が傷口を覆った。
生命力の強い角竜なら、人間化していてもこの程度なら大丈夫だ。
トネスが一緒に持ってきていた針と糸で傷口を丁寧に、素早く縫い合わせ、その上から包帯を巻いて保護。
残った回復薬はディアに飲ませ、体力をつけさせる。
 
「……にがいぞ」
「良薬は口に苦しという。苦くてよかったな。」
 
処置を施したディアを抱え上げ、寝室へと連れていく。
トネスは先行して、寝床を整えに行ったようだ。
だが、その体は未だにふるふると小刻みに震えていた。
ディアを寝かせ、死体を片付けたら、一緒に寝てやろう。
しっかりと抱き締め、危機は去ったと安心させてやりたい。
 
そしてその後は………決して許さない事にしよう。
彼女とこの家を血で穢した罪は重いぞ。
ギルドの連中め。
この怒りは一滴も漏らす事なく、全て吐き出してやる。
決して許す事はないだろう。
少なくとも半殺しだ。
この世に生まれてきた事を後悔させてやる。
 
先行するトネスが、俺の名を呼んだ。
だが、俺は心中に渦巻く怒りのため、それに気付かなかった。
孤独な月が雲に隠れていく。
それによって俺の表情が闇に隠れたのは、良いことだった。

<続く>
2010年08月21日(土) 10:45:39 Modified by gubaguba




スマートフォン版で見る