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孤独を知らない男・第六話

スレ番号タイトルカップリング作者名備考レス
11『孤独を知らない男』:第六話男ハンター×擬人化ドスゲネポス孤独の人擬人化(ドスゲネポス)・否エロ727〜737

『孤独を知らない男』:第六話

 
 
 
灼けるような太陽の下を自由に行動できる生物は少ない。
ましてや、熱を帯びやすい砂漠という地形ではそもそも生存可能な生物も少ない。
水分もなく、ただ茫然と見渡す以外にない広大な大地。
ここで生活できない生物は、この場所を地獄と呼ぶ。
しかし、僕らはここが天国だと思っている。
ここは僕らに与えられた土地であり、この土地は僕らが生きていく事を許してくれた。
まさしく砂漠に住まう者にとっては、この砂漠こそが寛大な神なのだ。
 
でも、稀にこの砂漠を嫌うものもいる。
僕の姉さんなんかは、たぶんそうだった。
姉さんは優秀なリーダーだったけど、いつもどこか上の空だった。
そしてその表情は、一体なにを考えているのか?と本人に訊ねるのを躊躇わせた。
訊ねたが最後、姉は今にも全てを捨ててこの土地を飛び出しそうに思ったのだ。
リーダーという責任と地位のある立場でいなければ、
もっと早くに彼女はここを飛び出していただろう。
 
ある日姉さんは、僕に一つの告白をした。
いつも僕らの狩りを手伝ってくれていた人間の事を好いてしまったというのだ。
僕はそれはそれは天地がひっくり返ったかと思ったほど驚いた。
やっと年頃となった姉との結婚をかけた、雄同士の戦いが始まる時期が迫っていたし、
なにより相手は、いくら親しくとも全く別種族の人間なのだ。
ダイミョウザザミの長老から人間になる方法を教えてもらったと言っていたが、そういうことは問題ではない。
僕は全力で、その恋慕を遂げることに反対した。
 
しかし、今思えばそれが良くなかったのかもしれない。
僕が反対したことによって、姉さんは吹っ切れてしまったのだと思う。
退路を断ち、自分を追い詰め、覚悟を決めてしまう。
姉自身が無意識の領域で行ったこととは言えど、僕はその計略にしっかり嵌ってしまったのだ。
彼女の恋を容認していれば、姉は罪悪感を認識して行動には起こさなかっただろう。
でも、僕はまだそういった事には疎い年齢だった。
僕は早熟で交尾の経験はあったけど、そういった感情をまだ知らなかった。
僕の反対を受けて彼女は俯き、聞こえるかどうかという小さな声で、群れを僕に託すことを告げた。
 
そして告白の日の夜、狩りを終えて後、姉さんは姿をくらました。
 
姉さんの失踪から一ヶ月。僕は砂漠を巡回している。
そりゃあ当然、群れに混乱はあった。
狩りの後、いきなりリーダーが何も言わずに姿を消したのだ。
しかし「リーダーがいなくなった」との報告を受けた瞬間に、僕は全てを理解した。
そうなっては、もう姉さんに関して僕ができることは何もない。
僕は、ただ僕にできる事をやるしかなかった。
直ぐさまリーダーに就任した僕は群れの混乱を抑え、
すっかり姉に対して欲情してしまっていた雄には、夫を戦いで失った寡婦の雌をあてがった。
そうして混乱は収束し、やがてリーダーとしての僕の働きも軌道に乗ってきた。
 
「ギァッ」
 
そんな時の巡回中に、聞き覚えのある声が僕の耳に届いた。
まさかと思って振り向くと、そこには人間の女性が立っていた。
濃い赤茶色で修道服のようなロングローブは、常にあの男が身に着けていたもので、
その声と、全体からにじみ出る雰囲気は、僕に一つの予感を呼び起こさせた。
 
『姉…さん…?』
『一ヶ月ぶりだね…』
 
女性は、力なく微笑んだ。
間違いない。これは姉さんが人の姿になったものだ。
あのダイミョウザザミの爺さんが言った通り、本当に人間になったのだ。
 
でも、僕はなんと声をかけていいか分からなかった。
姉さんの性格はよく知っている。
泣き虫で甘えん坊のくせに、一度決心したことは決して曲げようとしない。
そんな姉さんが敢えてここに戻ってきた理由を鑑みると、とてもこちらから話し掛ける気にならない。
それに姉さんの表情と雰囲気は、どこか悲しげだった。
 
『戻って…来ちゃった…』
 
弱々しいその声に、僕はハッと我に返った。
疑う余地はない。姉さんとあの人間との間になにかがあったことは明白だ。
姉さんを巣に連れて行こう。姉さんは僕達に対して罪悪感を抱いているだろうし、
彼女はもう群れの仲間でもなく、同じ種類の生物ですらない。
でもどうなろうと、姉と僕は同じ家族であったのだ。
群れとしての家族意識が強い僕らなのだから、こんな時こそ助けてやらねばならない。
 
『取り敢えず、巣へ行こう。
 みんな姉さんのこと心配してたから。』
『………うん…』
 
僕の提案に姉さんは少し躊躇したようだったけど、やがてゆっくりと頷いた。
そして僕と姉さんは歩き出す。僕が彼女を先導しつつも、離れ過ぎてしまわないように。
 
 
 
巣の最奥。群れのリーダー専用のスペース。
僕はそこに姉さんを案内し、座り込むように蹲った。
姉さんは既にへたり込むようにして座っているので、
僕の方から、姉さんと相対するように座ったのだ。
 
『……………』
 
姉さんは座ったまま、やや視線を落として自分を抱き締めるように腕を組んでいた。
その体が小刻みに震えているように見えるのは、決して気のせいではない。
原因は、ここに来るまでにいた仲間たちの視線だ。
巣の最奥に来るまでには、ほぼ全ての仲間たちの横を通り過ぎなければならない。
そして僕らの種族はとても勘が良く、みんな一目で彼女が前リーダーであった事を見抜いただろう。
しかし、見抜いたとは言えその事情は全く知らないのだ。
失踪した前リーダーが、現リーダーに連れられて巣に戻ってくる。それもすっかり変わり果てた姿となって。
そしてその驚愕の視線は、もちろん姉さんそのものに注がれる。
そこに悪意はないだろうけど、それだけでも姉さんの罪悪感を刺激するには十分だった。
いたたまれなかったことだろう。みんなの視線が苦しかっただろう。
自分は群れを捨てたのだ、という事実が彼女の上に重くのしかかった事だろう。
仲間達はそれよりも、姉さんが人間になっている驚きの方が遥かに勝っているのに。
 
『…大丈夫かい?姉さん。』
『…ッ!』
 
姉さんの体がビクリと震えた。
みんなの視線の下に晒してまでも、僕が姉さんをここに連れてきた理由は二つ。
一つは、とある事情で巣以外の場所がとても危険であること。
一つは、この最奥のスペースにはリーダーである僕の許可なくしては誰も入れないこと。
みんなが姉さんに詰め寄って、彼女の精神を追い込まないようにしようと思ったのだ。
 
『ごめんね…』
 
俯いたまま、彼女は震えた声で僕に向けて謝った。
一体一でもこれなのだ。大多数に詰め寄られてしまえば巣を飛び出しかねない。
泣き虫で甘えん坊のくせに、へんに責任感が強いところもあるのだ。
だから、姉さんは優秀なリーダーだったのに…
 
『いいよ。みんな上手くやってるし、とても幸せだ。
 産卵の時期も近い…今年再婚した女性たちは、みんな新しい子供を身籠って嬉しそうだよ。
 姉さんにぞっこんだったあいつも、ようやく相手を見つけて喜んでた。
 ………上手くいってる。だから心配しなくていい。』
 
目を細め、優しく語りかけるように僕は言った。
 
そしてとうとう、姉さんは泣き出して僕に縋り付いてしまった。
蹲る僕の体に抱きつくように縋る姉さんはまるで赤子のようだった。
本当に泣き虫なんだから……
 
『大丈夫…大丈夫だよ姉さん…
 だから、いったい何があったのか話してほしい。
 僕らは家族だ。悩みがあるなら相談してほしいな。』
 
僕は彼女を引き剥がすことはせず、抱きつかれるに任せた。
すっかり立派になったトサカを揺らして姉さんの頭に鼻をすり寄せ、
安心させるように細く小さく鳴いてやる。
姉さんがどうしてここに来たのかは分からないけど、
僕らには想像もつかない事が起こったから、あの姉さんが今ここにいるのだろう。
なら僕は弟として、そして群れのリーダーとして彼女を受け止めてやるべきだ。
 
姉さんは、少し落ち着き始めた頃にぽつりぽつりと話をし始めた。
 


 
どうして私は里帰りなんてしたんだろう。
ここに到着して弟の言葉を聞くまではとても心が苦しかった。
一人だけでここに来るのはとても不安で、なにより怖かった。
でも…私は少し自暴自棄になっていたのかもしれない。
群れのみんなに拒絶されて喰い殺されても、
或いは角竜に遭遇して突き殺されても別にいいやと思ったのかもしれない。
それは、彼のためだけであった自分の体が穢されたこともあるだろう。
でもそれ以外の事実も、私にこの自殺願望にも似た感情を発生させたんだと思う。
 
それは──彼が私を愛していないこと。
 
彼はいつも私から一定の距離を置いて接していた。
今まで彼とは3度繋がったことがあったけど、どれも私から仕掛けたもの。
日常生活では、それは私を気遣ってくれてたけど…何故か愛情は感じなかった。
それよりも、寧ろ敬意や宗教じみた信仰や忠義心に近かった。
しかも私のことを「美しい」とは言ってくれたけど、「愛してる」と言ったことは一度もない。
でも、それは最初から押し掛けみたいに私が仕掛けてきたことだから無理ないかと思ったし、
私が彼を愛している事実と、いつか彼を本気で振り向かせるという決心があれば十分だと思っていた。
 
でも、あんな事があって………
その時でさえも、彼は私を「美しい」としか言わなかった。
「美しい」とは客観的な物言いで、その言葉は私個人よりも、
私の背負っている背景に向けて言っているように感じた。
もちろん、私が彼を愛している事実や感情に嘘偽りはない。心から彼を愛している…
 
だけど、彼の「美しい」という言葉を聞いた瞬間、私はとても恐ろしくなった。
もしかしたら、私と彼の関係はいつまでもここから先に踏み込む事はないんじゃないか。
彼は私の事を一生真剣に愛する事はないんじゃないか。
もしそうなれば…私のこの恋心もいつかはすり減ってしまうんじゃないか。
私はとても怖かった。同時にそんな事を怖がる自分を呪った。
やがて彼への愛が薄れていってしまう可能性を考えて怖がるなんて、私はなんという卑怯者だろう。
自分から好いて迫っておいて、彼が与えてくれないとなったら急に怖がり出す。
私はなんて弱虫で意地汚い女なんだろう。そう思った。
 
だから、私は逃げてきたのだ。
彼への愛が薄れない内に死にたかったのかもしれない。
それとも…彼が追ってくる事を期待していたのかもしれない。
どちらにせよ、私はほとほと自分が嫌になっていた。
 
でも、弟はそんな私を前のように受け入れてくれたのだ。
姿を変え、群れを捨て、自分の感情だけで男の下へ走った私を許し、慰めてくれるのだ。
こんなにありがたいことはない。
私は弟に縋り付き、泣いてしまった。
本当に、自分でも泣き虫だな、と思う。
 
そして泣き止み始めた頃、私は弟に全てを話した。
私と彼とのこと、生活のこと、起きた事件のこと、全て話した。
弟は私を受け入れてくれたのだ。私もそれに応えなければならない。
途中で泣き出さないよう、しっかりと意識して言葉を紡いでいく。
パーシェルとのことは…あんまり心配させないようにほんのちょっとだけしか話さなかったけど、
それだけで弟の表情が大きく歪んだのが見てとれた。
そして私は…自分の思っていることについても話した。
 
『……つまりあの男は、姉さんのことをなんとも思ってないのかい?』
 
弟の声に静かな怒気が篭り始めた。
パーシェルとの事件の流れから、彼が私を愛していないんじゃないかという主観を述べたのがまずかったのか。
 
『ち、違うよ。私のことは大事にしてくれる…
 私のわがままにも付き合ってくれるし、私をあの時受け入れてくれただけでも感謝してるよ。
 でも…何か足りないなぁって…私がもっとわがままに思ってるだけだよ。』
 
誤解を解こうと、つい饒舌になってしまう。
ここで弟が誤解して彼に襲い掛かってしまったら、とても悲しい。
どちらも私にとっては大事な存在なのだ。傷付け合う事はしてほしくない。
 
『姉さんは甘過ぎるよ…もっと相手から求めてもいいと思うな。』
 
弟は若干呆れているようだった。
でも、なんとなく弟と会って少しは気持ちの整理がついた。
群れを捨てたことに対する罪悪感はまだチクチクと胸を刺すけど、
彼に対する私のありかたについては、話すだけ話したら少しスッキリした。
 
『いや、いいよ…彼に対する気持ちが将来薄れちゃうとしても、
 私、やれるところまでやってみるよ。精一杯に彼を愛してみる。』
『…う〜ん…』
 
弟は釈然としないようだけど、私は思い出したのだ。
どうして私が群れを捨て、当人の意思を無視してまであの人に迫ったのか。
それはあの人に対する気持ちを、一生で一度だけでいいから聞いてほしかったからなのだ。
ここ一ヶ月の間、彼と一緒に生活してきて少し欲張りになりすぎてた。
確かに、愛してもらいたくないのか?と問われれば愛してほしいと答えると思う。
でも、そもそも私のわがままから全ては始まったのだから、彼と一緒に生活できるだけで良しとしよう。
私が彼を愛し、彼と共に生活できるというだけでも十分に幸運で幸福なんだ。
気持ちを偽るのではなく、割り切って考えよう。
まずは直ぐに家に帰り、自分の思いを全て伝えた上で彼に謝るのだ。
彼はきっと「そうか」と言って私の頭を撫でるだろう。それでいいのだ。
 
『そうだ!』
 
と、私が決心したのに、弟は急にとんでもない事を思い付いたのだ。
 
『姉さん暫くここで生活してみたらどうだい!?』
『…え?』
 
そんなことは、私は考えてもみなかった。
群れを捨てた私が群れの中に一日たりとて滞在していいはずがないし、
それは私の命とかよりも、群れの統制に関わることだ。
みんなは私を憎んだだろうし、事情を知れば怒り出すかもしれない。
現リーダーである弟に不満を述べて、私を殺せとせっつくかもしれない。
それでも弟は私を庇うだろう。そうなれば群れの中で内乱が起こる。
この砂漠という厳しい環境で私達の種類が生き残るには、群れの統制がよくとれている事がとても重要だ。
もし私のせいで反乱分子が誕生し、群れの中に不穏な空気が漂えば、
それはそれだけで群れが滅ぶ要因になってしまいかねないのだ。
そりゃあ、滞在できるならそうしたい。群れのみんなと会話をし、懐かしき生活を思い出してみたい。
あの人にはあとから連絡すればいいのだし、みんなに対してしっかり謝りたくもあった。
 
『だ、駄目だようそんなこと!』
 
でも、絶対に駄目だ。群れを分裂の危機に晒すわけにはいかない。
しかし弟は『いいからいいから。取り敢えずみんなと話し合ってくる』と告げて立ち上がると、
一般の仲間達が居住している空間に向かってトットットットッと走って行ってしまった。
人間の体で、武器も携帯していない私がドスゲネポスである弟を止められるはずもなく、
私はただ『クアアアアア…』と情けない声をあげながら、去り行く弟の尻尾を見送るしかなかった。
 
『あぁぁ……どうしよう……』
 
私はなんてことをしてしまったのだろう。
やはり群れに戻ってくるべきじゃなかったのかもしれない。
一度群れを捨てて人間になった元リーダーを、暫く巣に滞在させてはどうか?
そんな提案を出せば、それだけで仲間達は弟に対して不信感を抱く。
そうなれば、その不信感はやがて群れの内部に亀裂を生むだろう。
やってしまった。私の意思が弱いばっかりに、とてつもない迷惑をかけてしまった。
私の中には後悔と謝罪の念がぐるぐると渦巻いた。こんなつもりじゃなかったのに。
いっその事こっそり抜け出してしまえばいいかもしれない、とも考えたけど、
この巣は袋小路になっていて、ここから出ようとするなら仲間達の居住空間を通って行かなければならない。
つまり、巣の最奥であるここから脱出するには、絶対に仲間達の視線に身を晒さねばならないのだ。
と、いうことは………結局私には待つこと以外の選択肢がないじゃないか!
うわぁぁぁー!なんでこんな事になっちゃったのー!
っていうかなんでそんな事考え付いたのー!
 
『お待たせ。』
 
私が一人悶々としていると、弟がひょっこりと戻ってきた。
出て行ってから10分ほどしか経っていない。
私達は主に直感でものを考えるから、会議は短いのだ。
しかし弟を見た瞬間、私は死刑執行を待つ脱獄囚のような気持ちになった。
なんという申し訳なさ……そこに転がってる石で頭を打って死ねばよかった……
そんな事すら私は思っていた。
 
『話し合いは終わったよ。みんな姉さんのこと歓迎するってさ!』
『………へ…?』
 
でも、弟の嬉しそうな言葉に、私はつい間抜けな声を出してしまった。
歓…迎…するって……え?歓迎っていう名前の処刑方法でもあるの?
 
『だから姉さんの杞憂だってば。
 みんな姉さんのことは心配してたんだよ?』
 
目を丸くしている私の傍に寄り添うように弟は蹲った。
そして私はたっぷり十数秒かけて、歓迎という意思の意味を理解した。
 
『え…えぇぇ〜〜〜〜!?
 あんたちゃんと私のこと全部伝えたの!?
 私が人間になった理由とかも全部話した!?』
 
私が考えたのは、よもや弟が事実を隠蔽してみんなを騙したんじゃなかろうか、ということだった。
信頼し、愛すべき肉親をそのように疑うほどに、弟の言葉は私にとって驚愕すべきものだったのだ。
 
『全部話したよ。姉さんから聞いたことは間違いなく全部伝えた。』
 
弟がそう言うと、私は自分の全身から力が抜けていくのが分かった。
完全に予想外だった事実に、精神が放心してしまったのだ。
でも…まさか…まさか仲間達もみんな私を受け入れてくれるとは思わなかった。
不埒で、分別がなくて、責任を放り出す私を許してくれるなんて…
みんな、みんな私のせいで物凄い迷惑を被ったはずなのに…
 
『姉さん…みんな姉さんには感謝してるんだよ?
 姉さんがあの男を好きになってくれたおかげで、みんな凄く豊かに暮らせたんだから。
 いつだって食糧には困らなかったし、狩りで仲間が死ぬことも殆どなかった。
 寒冷期の餓死者が0だった時期なんて姉さんがリーダーをやってた時だけだったんだよ?
 あの男はみんなに豊かさをもたらし、そしてあの男をみんなにもたらしたのは姉さんなんだ。
 そんな姉さんが困ってる時に『追い出せ』なんて事を言う了見の狭い奴なんて、ここにはいないよ。』
 
弟がそう優しく語りかける言葉を聞いて、私は涙が出そうになった。
私は、自分のことを情けないリーダーだと思っていた。
狩りは人間に頼りっきりで、私自身はその人間と呼吸を合わせて指示を出すだけ。
モノブロスの狩猟で囮を命じ、ドスガレオスの狩猟で猟犬のような真似を仲間にさせた。
そのような屈辱的なことを仲間に命令する度に、私は心の中で何度謝っただろう。
でもそんな私のことを、みんながそんな風に思っていたなんて…
私は感謝と感動がごちゃ混ぜになりながらも、胸の中いっぱいに暖かく広がって行くのを感じた。
 
気付けば、私はすっと立ち上がり、他の仲間達の方へ向かっていた。
リーダー専用のスペースと居住区画のギリギリの境目には、多くの仲間が既に詰め掛けていた。
みんなじっとこっちを見て、何人かは時たまクーと小さく鳴いている。
誰も言葉らしい言葉は出さないけど、その目は私を暖かく認めてくれているような気がした。
 
私は、仲間の一人の顔をそっと抱きかかえながら、別の仲間の鼻先を撫でた。
その途端、みんなは目を細めて私に向かって鼻先を突き出し、私の体を優しく撫でてくれた。
これは、人間でいうなれば抱擁だ。
みんなが私を抱擁し、その度に「おかえり」と小さく呟いてくれているのだ。
私は両手と自身の鼻を使ってそれに応える。みんなの優しさに応えたかったのだ。
私はとても幸せな気分になった。
私の心の中にあった苦しいものが、これでまた一つなくなった気がした。
 
『ただいま………ありが…とう…』
 
私は微笑みながら、目を瞑って仲間達の抱擁に応え続けた。
そして私は………暫くの間この巣に滞在することになった。
 

 
俺は珍しく、大量の酒をかっくらっていた。
集会所に来るや否や、ホビ酒を瓶で五本も頼み、
テーブルでぐいぐいそれを飲んでいた。
周囲の飲み客たちは、そんな俺の方を気にしながらも、声をかけてくる様子はない。
俺のただならぬ雰囲気に気付いていて、それを警戒しているのだろう。
要するに触らぬ神に祟りなし、といったところか。
 
トネスが家を出たことに、俺は少なからず罪悪感を覚えていた。
俺の認識が甘かったのか。あいつは予想以上の傷を負っていたというのか。
誓いを果たせなかったこと、あいつの苦しみを分かってやれなかったこと、
この時はそれらが俺の上にのしかかったから、俺は酒を飲まずにはいられなかったのだろうと思った。
まあ今にして思えば、こいつは女房に逃げられた男がヤケ酒してるだけだな。
俺は遂に四本目のホビ酒を開けて、ビンから直接飲み始めた。
しかしさっぱり酔えない。こいつは少ない量でも酔っ払える庶民の味方じゃなかったのか。
それとも、俺自身がこの酒で酔おうとしていないのか…
 
「随分荒れてるじゃない。」
 
と、俺の対面に一人の女が座った。
機嫌の悪いこの俺の対面に座るとは、どんな度胸のある物好きだ。
そう思って、瓶に落としていた視線を上げてみると──
 
「…なんだ、お前か…」
 
──そいつは見覚えのある顔だった。
まったく、なんでこんな所に来てるんだ。
そいつはこの集会所で真っ当なハンターの依頼斡旋を窓口で行う受付嬢だった。
 
「つれないわねぇ。何度か肌を重ね合った仲じゃないの。
 お前、じゃなくてちゃんと名前で呼んでほしいな。」
「………ちゃんと仕事しろ。」
 
3年前、俺はこいつを何度か抱いたことがある。
見た目もいいし体の具合も良かったんで、
こいつはハンターの男連中からかなりの人望を得ていたようだが、
本人曰く、その中でも体を預けた相手は俺だけだそうだ。
まーかなり眉唾ものな話ではあるが、それが少しだけ気分よくて何度も抱いた。
今はもう、そんな仲じゃあないがな。
 
「ジェロスもちゃんと仕事しなさいよ。
 今は稼ぎ時だからね…この村のハンターはもう全員出発したか、
 或いは依頼を終えて帰って来てるかしちゃってるのよ。だから今日の仕事はこれでお終い!」
 
彼女はそう言うと、ホビ酒の瓶を一本かっぱらって栓を開けた。
 
「ふん…」
 
俺は文句を言うこともなく、手持ちの酒をあおる。
そして深いため息を一つついた。
そのため息は、特にそのつもりはなかったが、対面の女に聞き取られてしまったようだった。
酒を一口飲んだ女は、急に深刻そうな顔をして俺の顔を覗き込んだ。
 
「村長さんから聞いたよジェロス。
 その…グランデさんとのこと。」
「………そうか。」
 
2年間一度も口利かなかった奴がいきなり話し掛けて来たのは、そういうことか。
あの狸村長め。この女を使って俺を慰めるつもりか。
 
「…ジェロスと同棲してるトネスってひと、今どうしてる?」
「実家に帰った。」
 
実家に帰った。その言葉を聞いて女は妙に納得したような顔をした。
そう、あいつは里帰りすると文面に書き残して消えてしまったのだ。
今の砂漠はあいつにとって危険地帯でしかない。
気の立った角竜はうろうろしているし、ゲネポスの群れだっている。
あいつが元々リーダーをしていた群れも、今やあいつにとっては安全ではないだろう。
そこまであいつを追い込んでしまったのは、一体なんだったのか…
 
「追いかけないの?」
「追いかけてどうする。」
 
狙った獲物をハンターとして追いかけるのとは訳が違う。
獲物を追う時、俺はそれを仕留められる確信を得なければならない。
確信なくして行動すれば、時には命取りとなる。これも我が家の家訓だが。
トネスを追いかけたところで、どうすればいいのか分からない。
どうすればいいのか分からないから追わない。いや、追えない。
あいつはまだ自然そのものだ。無茶して追って引き止めるより…このままの方がいいのかもな。
 
「じゃあなんでこんな所でクダ巻いてんのよ。」
 
そう、そこが問題だ。俺の心はあいつを追わず、自然に任せることを決めているはずなのだ。
つまり諦めがついている筈なのだが…どうしてこんなに酒が飲みたくなってるんだ?
誓いを果たせなかった事か? 確かにショックなことだが、微妙に違う気がする。
才能ある弟子を失ったからか? 意味分からんぞ。何故それで酒飲む必要がある。
そもそもこの酒には酔えていないのに、どうして更に飲みたくなっているのだ。
トネスは自然のものだから、いつか自然に還るのは至極当然だ。
自然の摂理としてのゲネポスの帰巣本能が働いたのかもしれないしな。
だからと言ってこのタイミング…ええいもう俺の心はどうなっているのだ。
 
「…それが分かりゃクダは巻かん。」
 
なんとも情けない答えではないか。
いや、そもそも答えになっているかどうかすら疑問である。
俺がくいっと酒瓶を傾けると、女は呆れたようにため息をついた。
 
「ジェロス。あんたは縛られすぎなのよ。
 自由をたてにギルドに逆らってるあんたが掟に縛られてどうすんの。」
「…掟は重要な概念だ。ただ、その内容に問題があるだけだ。
 俺達の一族が否定しているのはギルドそのものではなく、ギルドの中身だ。」
 
もっともらしいことを言って、俺は酒瓶をテーブルの上に倒す。
もう中身がカラになってしまった。しかしまだ酔えない。
 
「どっちも同じじゃないの。
いい、ジェロス。掟っていうのは守るためにも、破るためにもあるんじゃないのよ。
掟っていうのは人間の精神を導くために存在するの。」
 
と、俺はその言葉を聞いて一つの可能性に思い当たった。
俺は目を鋭くさせ、体を少し丸めて女をジロリと見る。
 
「お前…トネスの正体を知ってるな?」
 
女は目を少し開き、息を詰まらせた。
間違いない。こいつはトネスの正体を知っている。
でなければ、トネスと我が家の掟についてここまで執着はしない。
前言撤回だ。どうやら今回のことは、村長は関係ないらしいな。
こいつは自分自身の意思と情報のみで、俺に話し掛けて来たのだ。
 
「……トネスさんが村長の家に保護された時、私が彼女の相手をしたのよ…
 彼女は泣きながら全てを話してくれたわ。
 とても驚くような話だったけど、彼女が純粋にあなたを愛してる事はとてもよく分かった。」
「お節介焼きめ…」
 
なんだってこいつは俺に捨てられたくせにこんなお節介を焼くのだ。
俺の事を憎んでもよかろうものなのに。
俺は割と本気で、女に対して悪態をついた。
でも、実際はちょっと拗ねてたのだと思う。
 
「ジェロス…あんた本当はトネスさんを愛してるんじゃない?」
「……………」
 
とうとう核心を突きやがった。
俺がわざと押し潰していたものをあっさりと暴いてくれる。
女は少し苛立っているようだった。俺も少し苛立っている。
ただし俺の場合は女にではなく自分に、である。
 
「本当にあんたは融通が利かないんだから。
 その性格がいったいどれだけの人間を泣かせてきたと思ってるのよ。」
「…自然に対しては敬意を払う事にしている。
 掟にもあるし、それが俺の信条でもあるから今日までやってこれたと思っている。」
「だから彼女は出ていったんじゃないの!」
 
とうとう女は声を荒げた。その刺々しさに周囲の喧噪が一瞬止むが、
また直ぐに何もなかったかのように騒音は復活する。
 
「あなたねぇ…女性は愛されてほしいのよ。
 それにあなただって、愛される事を本当は望んでいるはずよ。
 でも、あなたは掟に縛られてどんな一線も越えられない。
 彼女はそれが分かって絶望したから、出て行ったんじゃないの。」
「…縛られてるとは思わない…」
「ええ、そうね。縛られてる自覚があったらこんな所で飲んでないものね。」
 
こんな所で飲んでない、か…
女の皮肉めいた言葉と口調に俺は反撃しない。いや、出来ない。
反撃できるだけの確信がないのだ。
最早俺の心は俺にも分からない。
 
「そうかもな…やっぱり好きなのかもしれんな。」
 
本気で女性を好きになった経験はなかった。
俺の目は常に雄大な自然に向いていて、人間に向ける分の目の余りがなかったのだ。
刹那的な快楽さえ満たされればいいと思っていたし、相手もそう思っていただろう。
この女もそうだった筈だ。だからこいつは俺を憎んでいないのだろう。
しかし、トネスは違う。トネスは自然そのものだ。
素直に美しいと思ったし、並々ならぬ好意を寄せてきている事にも気付いていた。
そしてそれに応えようと思う気持ちも、責任云々ではなく恐らくあったのだろう。
あいつにあそこまでさせてしまった責任をとるために、俺はあいつを家に置いたのではない。
だから、彼女が穢された時の怒りは凄まじいものだった。
美しいものを穢された怒りは、己の信じる神を否定されたに等しかった。
 
「掟、か…」
「人間の精神を導く、ね。」
 
俺の呟きを女が補足した。
トネスを美しいと思いながらも、愛する事がなかった。
俺の心に深く根ざした一族の掟と信条。それが躊躇わせたのかもしれないな。
なにせ28年間ずっと刷り込まれてきた教えだ。俺の無意識の部分にも作用していただろう。
そしてそれが、トネスにとっては自分の愛を否定された事に感じたんだろうか。
掟は人間の精神を導くもの…
なら、守る必要も破る必要もない。
 
「トネスさん──彼女はどんな事になろうとも、あなたを愛し続けるわ。
 それはとっても『自然な』想いだと思うけど?」
「ああ…その通りだ。」
 
『自然な』を強調して言った女のわざとらしさを責めるでもなく、
俺は立ち上がり、倒した瓶を起き上がらせた。
そして女にはもう何も言わず視線も送らず、集会所から去る。
その姿を周囲は奇異の視線で見ていたが、もちろん俺は一向に気にしない。
しかしやっぱり、我が家の家訓は正しかったな。
『自然の中にあっては、己も同じく自然であれ』。
自然じゃなかったのは、俺一人だけだった。
自然に生まれた気持ちを自然に現すことが出来なかったのは俺だったか。
 
馬車用厩舎の管理者に握らせておいてある金はまだ効力を持ってるはずだ。期間契約だからな。
俺は家に帰ると急いで狩りの支度を整え、濃い赤茶色のロングローブを羽織り、つばの広い帽子を深く冠る。
狩り場で寝泊まりする事の多い俺には欠かせない装備だ。
ローブは睡眠時の毛布にもなり、身に着ければ寒さと日照から身を守る。
帽子は日照や雨や雪、ガブラスの毒からも体を守り、土埃や砂嵐から目を守る。
どれも鎧の上から着けるには若干重いのが難点だが…慣れれば苦にはならない。
 
「無事でいるといいが…」
 
俺は一人でそう呟くと、全ての支度を整え終わったことを確認し、家を出た。
ようやく、酔いが心地良く回って来始めた。

<続く>
2010年08月18日(水) 08:57:39 Modified by gubaguba




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