最終更新:ID:EFed4ncmMQ 2022年06月09日(木) 22:44:24履歴
作者:せきつ生花
────────────────────
「それでは今日の手合わせを始めましょうか。拳僧くん」
「はい!お願いします!龍仙女さん!」
今日も二人だけの修行が始まる。
師匠が修行に出て一月が経とうとしていた。その間、天威流の道場は私と拳僧くんの二人で留守番をしている。
これまでもフラりとどこかへ放浪する悪癖はあった。それこそ目の前にいる拳僧くんもその折に師匠が連れ帰ってきたものだし。だけど今回の留守はあまりにも長い。これまでなら一週間以上空けたことはなかったのに……
「隙あり!」
「しまっ!?」
私が集中できていない隙を拳僧くんは逃さない。真っ直ぐに打ち込まれる拳僧くんの拳を避けようと身体を反らす。だが足が縺れた私はそのまま地面に倒れこみ、私に巻き込まれる形で拳僧くんも倒れこんだ。
「きゃっ!」
「……なっ!」
私の顔の間近に拳僧くんの顔があった。互いの鼻が擦れあうほどの至近距離。拳僧くんの力強い目が私を見つめる。私の目は拳僧くんの目に釘付けになった。
どれくらいの時間そうしていたのかわからない。確かなのは、互いの顔がどんどん赤く染まっていたこと、互いの吐息を交換しあうほど荒く乱れたこと、互いの心音が互いの耳に届くほど高鳴っていたこと。
少しだけ、この先の展開を期待している私がいた。このまま拳僧くんが顔を下ろせば、私たちの唇は重なりあう。そんな想像をすると胸の高鳴りがまた一つ大きくなるのを感じた。そう、胸が……
そこでようやく私は気づいた。拳僧くんの片手が私の胸を掴んでしまっていることに。
「い、いやぁ!」
「ぶべっ!?」
鉄扇が拳僧くんの顔面をとらえ、丸ごと吹き飛ばした。拳僧くんは地面をゴロゴロと転がっていき、茂みに突っ込んで停止した。
「む、胸!触って!最低!最低!最低!」
「わ、わざとじゃないです!でもすいませんでした!山を二往復してきます!」
鼻血を垂れ流しながら拳僧くんはその場から走り去っていった。その背をぼんやりと眺めながら私は少し物思いに耽る。
師匠がいなくなったこの一月の間、私は拳僧くんにドキリとさせられることが多くなった。手合わせの時、ご飯を食べる時、お風呂に入る時、眠る時……
いつの間にか拳僧くんのことばかりを考え、ドキドキとモヤモヤを繰り返し続ける。
私は拳僧くんの姉弟子だ。姉弟子として立派に振る舞いたいのに、このドキドキとモヤモヤはそれを邪魔する。
それはとても由々しき事態だった。
「どうしよう……触られた所がまだドキドキしてる……」
先ほど掴まれた胸に手を当てる。そこにじんわりと残る微かな熱。感触。
「服の上でこれなら、直に触られたらどうなっちゃうの……」
少し遅れて、思っていたことをそのまま口に出していた自分に気づく。恥ずかしさが胸を焦がし、とても居たたまれない気持ちになった。
「あ〜〜〜!なんでこうなっちゃったのよぉ〜〜〜!これも師匠が勝手にどっかに行っちゃうから!そうよ!そのせいだわ!」
責任を師匠に転嫁して悶々とし続ける。この際拳僧くんを見習って山へ走りに行こうと思った時、それは現れた。
「この気配は……師匠の!……でも何か……何かおかしいような……?」
ふと胸に浮かんだ疑念。だが師匠の姿を目にした途端、そんな疑念など忘れて走り寄っている私がいた。
「師匠!お戻りになられましたか!今までどこをほっつき歩いて……はぐッ!?」
それは一瞬のことだった。気づいた時には、私は師匠に首を掴まれ宙吊り状態にさせられていたのだ。
「し、師匠……苦しいです……放して……あぐッ!?」
私の言葉とは反対に、師匠は私の首を掴む力を更に強める。息が吸えない。思考が曖昧になる。視界がどんよりとしていく。
「ひひょぉ…はなひへくらはぃ…」
師匠はそれでも聞いてくれない。視界が歪む。口の端からぶくぶくと泡が吹き出てくる。薄れゆく意識の中で、私は確かにその声を耳にした。
『グググ……中々に上質な牝ぞ……依り代にするもよし、贄にするもよし、腹の足しにするもよし、孕み袋にするのも棄てがたし……』
師匠の身体から邪悪な龍が表出するのが見えた。
天威流には龍脈の気を司る五体の龍が伝承として伝わっている。
地を司るアーダラ、水を司るシュターナ、火を司るマニラ、風を司るナハタ、そして空を司るアシュナ。
だが師匠の身体から表出したのはそれらとは似て非なる邪龍だった。
「ぁ…ぁ…」
抵抗する力も、思考する頭もなくなり、ぐったりと四肢を垂れる。消えゆく意識の端で、私は彼の声を聞いた。
「龍仙女さんを放せえええ!」
一心不乱に繰り出された拳僧くんの拳は師匠の頬を捉えた。だが師匠は微動だにしない。拳僧くんは目を見開く。
『不愉快な小僧め。先にこちらを片付けるとしよう』
師匠は私を乱雑に放り投げ、拳僧くんの方へと向いた。
「げほっ!げほっ!…けほっ!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
地面に横たわりながら、私は必死に肺に空気を取り込んだ。薄れかけてた意識が戻っていくと同時に激しい嘔吐感が胸から込み上げてくる。
「うぷっ……!」
口の中が酸っぱい味で満たされた。ボタボタと口から吐き出されたものが落ちていく。こんなに情けない姿を晒す自分に嫌悪する。だけど視線は目の前で起ころうとしている戦いに釘付けだった。
「師匠!どうしてしまったんですか!」
「……」
「師匠!返事をしてください!」
『グググ……話しかけても無駄ぞ。こやつは既に貴様らの師匠なんぞではない。こやつの名は鬼神。儂の忠実な操り人形ぞ』
「なっ!?そんなわけがあるか!師匠はお前なんかに負けない!大体お前は何者なんだ!名乗れ!」
『グググ……儂はヴィシュダ。貴様らが恐れ伝承から抹殺した天威最強の龍なり……!』
「ヴィシュダ……」
私はその名を呟く。天威流の伝承には無かった6体目の龍。それに師匠は飲み込まれた……!?
『グググ……そろそろ話も終いだ。さあ、かかってくるがよい』
「望むところだ!てえぇぇぇいッ!」
「ダメっ!拳僧くん!貴方じゃ相手にならない!」
私の叫びも虚しく、拳僧くんは鬼神に向かって突貫していく。
『捻り潰せ』
「仰せのままに」
「ぐああッ!?」
それは一瞬のことだった。鬼神は拳僧くんの拳を片手で易々と受け止め、もう片方の手で拳僧くんの腕をへし折った。
「くっ!せやあああっ!」
拳僧くんは闘志を絶やさず、鬼神の頭めがけて蹴りを放つ。蹴りは見事頭に命中し、ズシンと重い音が辺りに響いた。
「その程度か」
「なっ!?」
鬼神はびくりともしない。淡々とその足を掴むと、まるで荷袋でも扱うかのように拳僧くんを持ち上げ、振り回し、叩きつける。
「ぐあッ!」「あぐッ!」「がふッ!」「ぎゃッ!」「めぎョッ!」「あがッ!」「あ゛あ゛ッ!」
拳僧くんが地面に叩きつけられる度、辺りに轟音が鳴り響く。
「や、やめて……拳僧くんが死んじゃう……」
私は拳僧くんが鬼神に滅茶苦茶にされていくのを震えて見ていることしかできなかった。鬼神は拳僧くんを脇へと放り棄てる。何度も地面に叩きつけられ血塗れの状態の拳僧くんは、辛うじて息だけはあるようだった。
『グググ……この小娘、小水を漏らしておるわ。どれ、儂らが躾をしてやろう』
「嫌……こないで……」
『抵抗しても無駄ぞ。どれ、少し味見してみるか』
鬼神の身体から邪龍の写し身が表出する。私の腕ほどの太さのそれは、私に向かって真っ直ぐ飛んでいき、腹部から背中を通り抜けた。
「ぃ……ぁ…ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
それは世にもおぞましい体験だった。邪龍の写し身が身体を通り抜けた瞬間、全身が総毛立ち、恐怖と激痛と苦痛とが私の身体を満たした。気づけば全身を掻き毟り、陸に上げられた魚の如く地面をのたうち回る。
衝動が収まった頃には、顔は涙と涎で汚れ、股からは小水を垂れ流しながらぐったりと横たわっている私がいた。
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「それでは今日の手合わせを始めましょうか。拳僧くん」
「はい!お願いします!龍仙女さん!」
今日も二人だけの修行が始まる。
師匠が修行に出て一月が経とうとしていた。その間、天威流の道場は私と拳僧くんの二人で留守番をしている。
これまでもフラりとどこかへ放浪する悪癖はあった。それこそ目の前にいる拳僧くんもその折に師匠が連れ帰ってきたものだし。だけど今回の留守はあまりにも長い。これまでなら一週間以上空けたことはなかったのに……
「隙あり!」
「しまっ!?」
私が集中できていない隙を拳僧くんは逃さない。真っ直ぐに打ち込まれる拳僧くんの拳を避けようと身体を反らす。だが足が縺れた私はそのまま地面に倒れこみ、私に巻き込まれる形で拳僧くんも倒れこんだ。
「きゃっ!」
「……なっ!」
私の顔の間近に拳僧くんの顔があった。互いの鼻が擦れあうほどの至近距離。拳僧くんの力強い目が私を見つめる。私の目は拳僧くんの目に釘付けになった。
どれくらいの時間そうしていたのかわからない。確かなのは、互いの顔がどんどん赤く染まっていたこと、互いの吐息を交換しあうほど荒く乱れたこと、互いの心音が互いの耳に届くほど高鳴っていたこと。
少しだけ、この先の展開を期待している私がいた。このまま拳僧くんが顔を下ろせば、私たちの唇は重なりあう。そんな想像をすると胸の高鳴りがまた一つ大きくなるのを感じた。そう、胸が……
そこでようやく私は気づいた。拳僧くんの片手が私の胸を掴んでしまっていることに。
「い、いやぁ!」
「ぶべっ!?」
鉄扇が拳僧くんの顔面をとらえ、丸ごと吹き飛ばした。拳僧くんは地面をゴロゴロと転がっていき、茂みに突っ込んで停止した。
「む、胸!触って!最低!最低!最低!」
「わ、わざとじゃないです!でもすいませんでした!山を二往復してきます!」
鼻血を垂れ流しながら拳僧くんはその場から走り去っていった。その背をぼんやりと眺めながら私は少し物思いに耽る。
師匠がいなくなったこの一月の間、私は拳僧くんにドキリとさせられることが多くなった。手合わせの時、ご飯を食べる時、お風呂に入る時、眠る時……
いつの間にか拳僧くんのことばかりを考え、ドキドキとモヤモヤを繰り返し続ける。
私は拳僧くんの姉弟子だ。姉弟子として立派に振る舞いたいのに、このドキドキとモヤモヤはそれを邪魔する。
それはとても由々しき事態だった。
「どうしよう……触られた所がまだドキドキしてる……」
先ほど掴まれた胸に手を当てる。そこにじんわりと残る微かな熱。感触。
「服の上でこれなら、直に触られたらどうなっちゃうの……」
少し遅れて、思っていたことをそのまま口に出していた自分に気づく。恥ずかしさが胸を焦がし、とても居たたまれない気持ちになった。
「あ〜〜〜!なんでこうなっちゃったのよぉ〜〜〜!これも師匠が勝手にどっかに行っちゃうから!そうよ!そのせいだわ!」
責任を師匠に転嫁して悶々とし続ける。この際拳僧くんを見習って山へ走りに行こうと思った時、それは現れた。
「この気配は……師匠の!……でも何か……何かおかしいような……?」
ふと胸に浮かんだ疑念。だが師匠の姿を目にした途端、そんな疑念など忘れて走り寄っている私がいた。
「師匠!お戻りになられましたか!今までどこをほっつき歩いて……はぐッ!?」
それは一瞬のことだった。気づいた時には、私は師匠に首を掴まれ宙吊り状態にさせられていたのだ。
「し、師匠……苦しいです……放して……あぐッ!?」
私の言葉とは反対に、師匠は私の首を掴む力を更に強める。息が吸えない。思考が曖昧になる。視界がどんよりとしていく。
「ひひょぉ…はなひへくらはぃ…」
師匠はそれでも聞いてくれない。視界が歪む。口の端からぶくぶくと泡が吹き出てくる。薄れゆく意識の中で、私は確かにその声を耳にした。
『グググ……中々に上質な牝ぞ……依り代にするもよし、贄にするもよし、腹の足しにするもよし、孕み袋にするのも棄てがたし……』
師匠の身体から邪悪な龍が表出するのが見えた。
天威流には龍脈の気を司る五体の龍が伝承として伝わっている。
地を司るアーダラ、水を司るシュターナ、火を司るマニラ、風を司るナハタ、そして空を司るアシュナ。
だが師匠の身体から表出したのはそれらとは似て非なる邪龍だった。
「ぁ…ぁ…」
抵抗する力も、思考する頭もなくなり、ぐったりと四肢を垂れる。消えゆく意識の端で、私は彼の声を聞いた。
「龍仙女さんを放せえええ!」
一心不乱に繰り出された拳僧くんの拳は師匠の頬を捉えた。だが師匠は微動だにしない。拳僧くんは目を見開く。
『不愉快な小僧め。先にこちらを片付けるとしよう』
師匠は私を乱雑に放り投げ、拳僧くんの方へと向いた。
「げほっ!げほっ!…けほっ!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
地面に横たわりながら、私は必死に肺に空気を取り込んだ。薄れかけてた意識が戻っていくと同時に激しい嘔吐感が胸から込み上げてくる。
「うぷっ……!」
口の中が酸っぱい味で満たされた。ボタボタと口から吐き出されたものが落ちていく。こんなに情けない姿を晒す自分に嫌悪する。だけど視線は目の前で起ころうとしている戦いに釘付けだった。
「師匠!どうしてしまったんですか!」
「……」
「師匠!返事をしてください!」
『グググ……話しかけても無駄ぞ。こやつは既に貴様らの師匠なんぞではない。こやつの名は鬼神。儂の忠実な操り人形ぞ』
「なっ!?そんなわけがあるか!師匠はお前なんかに負けない!大体お前は何者なんだ!名乗れ!」
『グググ……儂はヴィシュダ。貴様らが恐れ伝承から抹殺した天威最強の龍なり……!』
「ヴィシュダ……」
私はその名を呟く。天威流の伝承には無かった6体目の龍。それに師匠は飲み込まれた……!?
『グググ……そろそろ話も終いだ。さあ、かかってくるがよい』
「望むところだ!てえぇぇぇいッ!」
「ダメっ!拳僧くん!貴方じゃ相手にならない!」
私の叫びも虚しく、拳僧くんは鬼神に向かって突貫していく。
『捻り潰せ』
「仰せのままに」
「ぐああッ!?」
それは一瞬のことだった。鬼神は拳僧くんの拳を片手で易々と受け止め、もう片方の手で拳僧くんの腕をへし折った。
「くっ!せやあああっ!」
拳僧くんは闘志を絶やさず、鬼神の頭めがけて蹴りを放つ。蹴りは見事頭に命中し、ズシンと重い音が辺りに響いた。
「その程度か」
「なっ!?」
鬼神はびくりともしない。淡々とその足を掴むと、まるで荷袋でも扱うかのように拳僧くんを持ち上げ、振り回し、叩きつける。
「ぐあッ!」「あぐッ!」「がふッ!」「ぎゃッ!」「めぎョッ!」「あがッ!」「あ゛あ゛ッ!」
拳僧くんが地面に叩きつけられる度、辺りに轟音が鳴り響く。
「や、やめて……拳僧くんが死んじゃう……」
私は拳僧くんが鬼神に滅茶苦茶にされていくのを震えて見ていることしかできなかった。鬼神は拳僧くんを脇へと放り棄てる。何度も地面に叩きつけられ血塗れの状態の拳僧くんは、辛うじて息だけはあるようだった。
『グググ……この小娘、小水を漏らしておるわ。どれ、儂らが躾をしてやろう』
「嫌……こないで……」
『抵抗しても無駄ぞ。どれ、少し味見してみるか』
鬼神の身体から邪龍の写し身が表出する。私の腕ほどの太さのそれは、私に向かって真っ直ぐ飛んでいき、腹部から背中を通り抜けた。
「ぃ……ぁ…ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
それは世にもおぞましい体験だった。邪龍の写し身が身体を通り抜けた瞬間、全身が総毛立ち、恐怖と激痛と苦痛とが私の身体を満たした。気づけば全身を掻き毟り、陸に上げられた魚の如く地面をのたうち回る。
衝動が収まった頃には、顔は涙と涎で汚れ、股からは小水を垂れ流しながらぐったりと横たわっている私がいた。
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