*作者 睡蓮
本編
物心ついた時から私は料理が好きでした。
私が作った料理を食べて喜んでくれる人々の顔を見たくて、そのための調理に関するどんな難しい技能だろうと自分のものにしていきました。
しかし、ある時壁にぶつかりました。和洋中だけでなくあらゆる国の民族料理を修めたつもりで自信たっぷりだった私は、ある時お父さんの昇進祝いで高い料亭に連れていかれました。そこでスッポンの煮物を口に入れた時に気づいたのです。
私は所詮有名どころを広く浅く覚えただけの料理好き。一つの技能を血の滲む努力で長年研鑽し続けた本職の方々が作り上げた料理の前には足元にも及ばないのだと。こんな芸術の域に達するほどの美食は私には作れないと思い知らされました。
失意のどん底にいた時、私はテレビであるものの存在を知りました。
ずんだ虫料理です。
あの犬の糞かそれ以上に薄汚い虫けらが本当に美味しんだろうかと最初は半信半疑でしたが、近所で捕まえてみたのを食べてみて驚きました。これは無限の可能性があると。私はこの分野を極めたいとすぐに思いました。
『くちょぉぉぉぉ！！ぼくのかわいいおちび！！だいじなおちびをかえちぇぇぇ！！！』
ずんだ虫が私に浴びせるボキャブラリーがあまりにも貧弱な罵声。
『やめちぇつかまないで！ぼくのあたましゃんのかたちがかわっちゃうのだ！！』
私の腕の中で怯える子どものずんだ虫のモチモチとした抵抗の感触。
『おちびちゃん……ぼくは、さきにてんごくさんに……いくのだ……つよく、いき、てってちょっとまつのだせめておちびちゃんにさいごのことぱっ』
生きたまま三枚に下ろしたずんだ虫の新鮮な血の匂い。
生の実感に満ちたずんだ虫料理研究を続けていく中で、日々確信が深まりました。
『に、にんげんさん、どうしてこんなひどいことができるのだ……？ぼくただこーえんでヘコヘコをおとーちゃおかーちゃにみせてただけなのだ……』
私にはずんだ虫料理しかない。
『あぎゃ！！やめっあんよしゃんきらにゃいで！！せめてあたましゃんはねちぇ！！らくにころちてのだ！！』
ずんだ虫しか私を奮い立たせない。
『いぃぃやぁあああああああああああああああ！！！！！』
少し迷っていた時期はありましたが、ミコちゃんのおかげで闇を抜けることができました。私はまたずんだ虫を料理できる。まだまだずんだ虫を料理を開発できる。
そして今日のバザーによって焦土の瓦礫の山の中から再び謳歌味亭を蘇らせることができました！今後も謳歌味亭繁栄のためならどんな障害も打ち破って見せます！！
「と、優勝したらスピーチで言おうと思ってますミコちゃん」
「壇上でもずんだ虫殺すんだ」
***
「いほいよべふねミホひゃん」
「うん」
ついにバザーが始まった。会場は仮設住宅から目と鼻の先にある今は休校中の高校のグラウンドで、そこでは所狭しとたくさんの屋台が立ち並んでいる。体育館の方からクラシックの音色が聞こえる。慰問で東京の方から自衛隊楽団が来てるらしく、後で乃木坂も来ると聞いた。
こっちはこっちでこの高校の吹奏楽部が、半壊した校舎の前でセットを組んで紅蓮華を演奏していた。
「小夜ちゃんそんなハムスターみたいに食べたら喉に詰まるよ」
「ふぁい」
屋台は手作りの衣類や工芸品などを売っているお店と食べ物を売ってるお店が半々という感じで、早くもミコちゃんは回転焼きとたい焼きを一緒に口に詰め込んでいた。あんことあんこを食べ合わせる人を私は初めて見た。
お店はいつ開けても閉めても自由なので、私達は軽くバザーを見て回っている。バザーというけどこれ祭だね。ただこの空間にいるだけで気持ちが上がる。
まるで戦争なんかなかったみたいだ。周りの人々もみんな笑顔で、ここだけは以前の平和な東北に戻っていた。
「ミコちゃんも何か食べたらどうですか？たとえばほらアソコ、きりたんぽ屋さんとかありますよ」
「え？本当だ……あの女の子の頭に突き刺さってる包丁、本物かな？」
「まさか。きっと飾りが付いたカチューシャですよ」
「だよね」
私がきりたんぽ屋に向けて足を進めた時だった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛！！！」
「もうやめちぇ！！いやああああああ！！」
近くで、親の声より聞いたずんだ虫のあのうるせぇ絶叫が聞こえてきた。
「あ、私達以外にもずんだ虫料理出してる店あったんだ」
別に驚くようなことじゃない。ずんだ虫料理は私達の専売特許じゃないし。でも何作ってるんだろう。やはりずんだ餅か丸焼き、いわゆるずんだんご辺りだろうか。被ってたらちょっぴり困るな。
「見に行きましょうかミコちゃん」
「お、敵情視察？いいねぇ」
＊＊＊
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろぁぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛！！！」ｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘ
「おねがいちまちゅ！おにゃかのおちびちゃんにはてをだちゃにゃいで！！かんべんちてくだちゃい！！ぉ゛ぉ゛ッ゛ア゛」ｸﾞﾁｮｸﾞﾁｮﾌﾞﾁｮ
私達が悲鳴が聞こえる方の屋台に向かうと、そこでは手足を切り落とされたメスずんが逆さにされて、上からあにゃるにハンドミキサーをぶち込まれて苦痛に喘いで泣き叫んでいた。
何？これは……？
「屋台、莢房……聞いたことありますね」
小夜ちゃんがそう言った。私も聞き覚えがある。確か謳歌味亭からは離れてるけど、無謀にも同じ仙台市内でコソコソずんだ虫料理を出していた店だ。そうか。あそこも被害にあったのか。
「お兄さん、これどういう、いや料理なんですか？」
私はフードを目深く被って一応バレないように作ってる若いお兄さんに話しかけた。お兄さんは汗を拭って水を飲むと答えてくれた。
「ずんだムースだよ！抵抗できなくしたずんだ虫、1週間くらい前にヘコヘコさせ、赤ずんが生まれる寸前のメスずんを使うんだ」
「おいはなちぇ！くしょにんげん！ちねぇー！！」
そう言って、お兄さんはクーラーボックスから1匹メスずんを取り出した。実演してくれるらしい。
「まず、手足と飛行器官を切り落とす」ｻﾞｸｯ
「はあああああああ！！いちゃいちゃいちゃいちゃい！！いちゃいのだぁーーッ！！」
「そしたらよく絞ってずんちを出す。赤ずんを出さないように慎重に」
「おべぉ！？ぐっ、ぇ゛！！ごごごごご！！おちびちゃんがでるゅっふじゃけんな！！もしたりないがでてきたらころちてや……ああああああああ！！」ﾌﾞﾘｯﾌﾞﾘｯ
「そしたら逆さにして、あにゃるをまず広げる。リポビタンDの空き瓶あたりが頃合いのサイズだからそれをブチ込む」
「くちょ、くちょ……ずんちをひとまえでもらちゃれたのはゆるちゅのだ……でも、こんなからだじゃおちびちゃんのせいちょーみられないっちおお゛ン♡あにゃるしゃん♡クソきもてィィィーーーーッ！！！///」ﾋﾟｸﾋﾟｸ
「で、拡張されたあにゃるにハチミツと少しだけ枝豆ミルクを入れて、そこにハンドミキサーを投入して、スイッチON！！」
「ん？くんくん？ハチミツしゃんのあまいにおいちゃ！おいくちょにんげん！なに、したのおくちにいれてんのだ！？ぼくのおくちにいれ……え？このおと、それにこのかんかく、ま、まちゃか！？おちびちゃんが！！や、やめりょぉぉ！！おちびぃぃぃ！！ダメェェェェ！！」ｷｭｨｨｨｨﾝｺﾞﾁｬｸﾞﾁｮｸﾞﾁｭｷﾞﾁｭ
「ｱｱｱｱｵｶｰﾁｬﾅﾝﾃｺﾄｼｭﾙﾆｮﾀﾞｱｱｱｱｱｱ‼︎」
「しょんな、おちびちゃ……あはっはは……うそ、なのだ……こん、な……あくむ、ゆめ、ちゃ……」ﾁｰﾝ
「ほら、あにゃるから生きたままドロドロにされてる赤ずんの断末魔が聞こえてくるだろ？このドロドロにしたムースだけをあにゃるにスプーン差し込んで食べるって寸法さ！手足を切り落としたのは抵抗できないようにするためだけど、コイツはショック死したな」
なるほど。中々フォトジェニックな料理だ。新鮮な赤ずんの味だけを純粋に楽しめるし、これなら歯が弱い老人も食べれる。
「せっかく作ってくれたのでお一ついただきましょう。店長さんいくらですか？」
「60円」
めちゃくちゃ安い……。野良ずんなら原価0円とはいえ儲けあるのかな。
「ふむふむ……」
小夜ちゃんはプラスチックスプーンをあにゃるに挿入し、子宮にたまっている赤ずんの成れの果てのムースをすくって口に運ぶと、かわいい唇をムニムニ動かしてよく味わった。
「マッズ！！」ﾌﾞﾌﾞﾌﾞｩｯ!!
そしてキレた。吐くな。
「よくも謳歌亭の料理人である私にこんなゲテモン食わせましたね？」
「え！？自分から食べに来ておいて！？」
「来るさよ。ずんだ虫料理の真髄を教えてあげます」
一転して料理人の顔付きになった小夜ちゃんは、鼻息を荒くお尻の尻尾を振り回して莢房の屋台の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと……お嬢ちゃん！」
「ずんだの妖精とはいえ所詮は生き物。ずんちを絞ったところで体内には残った排泄物や老廃物が残っています。寄生虫だっていないとは言い切れません。まずこれを出す必要があります。お湯を沸かすさよ」
「ちょっと、お嬢ちゃん！」
店長さんが止めに入るけど小夜ちゃんの耳には届いてない。こうなった小夜ちゃんは中々扱いが難しい。
「フレッシュな赤ずんをクリーム状にするアイデアは良いさよ。しかし、だからこそ強烈に甘いハチミツを投入したのは論外です。これならプーさんみたいにハチミツ単体舐めてた方がマシです。いくつもの調味料を試した上で、ずんだ虫とのマリアージュにハチミツを選んだんですか？」
「ぐ、む……」
痛いところを突かれたのか店長が口籠る。
「ミコちゃん。悪いですがダッシュで屋台から蒸し器と鰹節を持ってきてください。急いで！」
「う、うん！」
小夜ちゃんが珍しく大声を出すので私は慌てて自分達の屋台に向かった。大丈夫かなコレ。やってること立派な営業妨害だけど。いつか謳歌味亭も莢房も復活したら金落としに行ってあげよう……。
私はそう思いながら猛ダッシュした。
「ん？あっ！あの女の子は謳歌味亭の……」
＊＊＊
「持ってきたよ！」
「ありがとうございます。まず沸騰したお湯に鰹節を入れて出汁をとり、ボウルに移したものを少し冷ましてからずんだ虫の口に流し入れます」
「はう……なくなっちゃのだ……ても、あしも……」
ザルを張って削り節を濾した出し汁を、小夜ちゃんは私が行ってる間に手足を切り落としたメスずんの口に流し込んだ。
「え？な、なにをしゅるのだくじょあ゛ぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛！！！あぢゅいあぢぃあぢゃぁぁ！！からだしゃんやげる゛ゅぅ！あ、でも゛おいぢ！！カツオしゃんおいぢぃぃぃ！！」ｺﾞｸｯｺﾞｸｯ
すごい。熱湯に苦しみながら鰹出汁を堪能してる。生き汚すぎる。
「ｲﾔｱｱｱｱｱﾀﾁｭｹﾃｱﾂｲｱﾂｲｱﾂｲﾖｫｫｫ」
熱湯は赤ずんまで行っていて、あにゃるからまた怨嗟の悲鳴が漏れていた。これに関して親ずんは悪くないんだけど、体内で起きたことは全ての親の責任だ。でも、赤ずんがどうなってるか想像したくないな。
「あ、あぢゅい……もう、でるちゃ……のだち……！」ﾁｰﾁｰ
たっぷり出汁を飲まされてほんのり赤くなった親ずんが放尿する。確かにさっきのではずんちは出したけど小便はそのままだった。
「親ずんがちーちーを出したら、お腹を頭の方に向けて絞ってたまった出汁を吐き出させます。こうすることで体内に火が通り、胃の中を洗浄できる上に軽くカツオの下味がつきます。ふん！！」
「おっ……おっおっおっ……おえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛！！！む、むりやり、はかちぇにゃいでおろろろろろろろ！！！」ｹﾞﾛｫ
血の混じった吐瀉物を枝豆耳を真っ青にして何度も吐き出すメスずん。そろそろ死を懇願する頃合いだ。しかしまだ終わらない。
「これでやっと下拵えが終わりました。では、あにゃるさんを拡張して中のおちびちゃんに旅立ってもらいましょう」
小夜ちゃんは左手に空き瓶、右手にさっきのハンドミキサーを持って微笑んだ。
「はぁ……はぁ……どうしてこんなことするのだ？あたちはただおちびをパパずんとそだてたかっFOOOOOOO！！！！あにゃるさんきもちいいのだもっとするのだあ゛ぇ゛ぇ゛ぁ゛あ゛あ゛！！さっさとぬくのだくちょにっ……あ゛あ゛あ゛！！おちび！おちびがグチャグチャに！！やめちぇやめちぇあたちをころちてくだちゃい！おちびだけはたちゅけぇぇぇぇ！！！」ｸﾞﾁｬｸﾞﾁｮｸﾞﾁｮ
ｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱ‼︎(おかーちゃ……こんなめにあうなら……いのちしゃんにゃんか……いらにゃかっちゃ……)ﾁｰﾝ
イッたり痛がったり命乞いしたり忙しいヤツだな。メスずんのあにゃるから、あの世に旅立つおちびの幻影が見えた気がした。
「しょんな……おちびちゃんが……トロトロになっちゃったの……だ。てんごくさんでも、トロトロになってたらもう、みつけられないちゃ……ごめんね……せっかくかみしゃまのところから、あたちのおにゃかにきてくれたのに……」
「さて、ここを店長さんはそのまま提供してましたが、まだ足りない。店長さんは捨てたこの手足をみじん切りにして一緒にあにゃるに詰め、竹串で貫いてあにゃるを閉じて蒸します。ん？柚子があるじゃないですか？これ借りますよ」
小夜ちゃんはダンボールに入っていた柚子を擦って皮をあにゃるの中に散らすと、竹串を5本メスずんのおちりに突き刺してあにゃるを塞いだ。
「あ゛にゃるしゃんがあああああああああ！！！」ﾄﾞｽｯ
「さ、おちびちゃんの元にいってらっしゃい♪おちびは笑顔で待ってる♡」
小夜ちゃんは鼻歌を歌いながら蒸し器にメスずんを放り込むのではなく慎重にそっと置き、火にかけた。途端にダルマにされてるメスずんが中で叫んで激しく暴れ出した。同時に、メスずんの悲痛な呻き声が滲み出てきた。
「むおおぉーーッ！！あぢゅいあぢゅいあぢゅいあちゅい！！！だちて！だちて！たちゅけて……ころちて、もうしなちぇて……パパ……ん、おちび……だいちゅき……〜〜……」ﾁｰﾝ
「……ワァッ」
店長さん引いてる。ずんだ虫料理人がずんだ虫に同情するの滅多にないぞ。
「よし、事切れた直後がベストです。取り出して数分休ませたら……はい。完成です！ずん茶碗蒸しさよ！さぁ串を抜いて召し上がれ！！」
「う、うん……」
言われた通り少し待ち、器と化した死体が手で持てる温度まで下がってから店長さんが串を抜くと、くぱぁと開いたあにゃるからずんだと鰹節と柚子のえもいわれぬ美味そうな香りが辺りに広がった。メスずんはすげぇ苦しみ抜いたツラをしている。
店長さんが震える手でスプーンを取り、湯気が立ち昇るあにゃるの中の白い手足が浮かぶ黄緑色のずん茶碗蒸しをすくって口に入れた。
「いい匂いだ……それに火が通った赤ずんムースは柔らかいがしっかりした弾力がある……だが味は……う、うまい……とろりとした舌触りだが手足を噛むために顎が自然と動き、旨みが広がっていく……鰹節と柚子だけでこんなにうまいなんて……コレに比べたら俺の料理は……ただずんだ虫を無為に辱めただけのもの……負けた……！」
店長さんが膝から崩れ落ちた。謳歌味亭の味を理解らせられたか……。小夜ちゃんが店長さんを見下ろして言った。
「いいですか？ずんだ虫料理はただずんだ虫を痛めつけて殺せばいいってもんじゃないのです。適切な調理法とそれに合った素材を駆使することで、真の美味なるずんだ虫料理が完成するさよ……！」
「完成するさよ……！って料理ってそういうもんじゃない？」
今小夜ちゃん当たり前のことしか言わなかったよ。
「でも、お客様の前で調理を演出として披露するのは良かったです。いいセンスさよ」
オセロット？
小夜ちゃんはそれだけ言うと、屋台から出てきた。
「さ、ミコちゃん行きますか。そろそろ店を開けましょう」
「う、うん。大丈夫かな？小夜ちゃんあの店長さんに恨まれないかな」
「大丈夫です。あのずん茶碗蒸しのレシピを書いたメモを置いてきました。あのレシピ今秒で思いついたヤツですが、あの人に提供しましたのでこれでチャラです。ほら早速茶碗蒸しの注文が。ま、それでももし恨んでくるようだったら……」
小夜ちゃんが私の肩を叩いてニッと笑った。
「絶品のずんだ虫料理で黙らせてあげます」
すごい……。小夜ちゃんはこの一度の挫折を乗り越えて一回り大きくなった。今の小夜ちゃんはずんだ虫料理の申し子。ずんだ虫に愛された存在だ。いや、憎悪の対象か。
とにかく今の小夜ちゃんならこのバザーは大成功間違いなし。私も謳歌味亭の人間として恥じぬ働きをするよ！
続く
本編 
物心ついた時から私は料理が好きでした。
私が作った料理を食べて喜んでくれる人々の顔を見たくて、そのための調理に関するどんな難しい技能だろうと自分のものにしていきました。
しかし、ある時壁にぶつかりました。和洋中だけでなくあらゆる国の民族料理を修めたつもりで自信たっぷりだった私は、ある時お父さんの昇進祝いで高い料亭に連れていかれました。そこでスッポンの煮物を口に入れた時に気づいたのです。
私は所詮有名どころを広く浅く覚えただけの料理好き。一つの技能を血の滲む努力で長年研鑽し続けた本職の方々が作り上げた料理の前には足元にも及ばないのだと。こんな芸術の域に達するほどの美食は私には作れないと思い知らされました。
失意のどん底にいた時、私はテレビであるものの存在を知りました。
ずんだ虫料理です。
あの犬の糞かそれ以上に薄汚い虫けらが本当に美味しんだろうかと最初は半信半疑でしたが、近所で捕まえてみたのを食べてみて驚きました。これは無限の可能性があると。私はこの分野を極めたいとすぐに思いました。
『くちょぉぉぉぉ！！ぼくのかわいいおちび！！だいじなおちびをかえちぇぇぇ！！！』
ずんだ虫が私に浴びせるボキャブラリーがあまりにも貧弱な罵声。
『やめちぇつかまないで！ぼくのあたましゃんのかたちがかわっちゃうのだ！！』
私の腕の中で怯える子どものずんだ虫のモチモチとした抵抗の感触。
『おちびちゃん……ぼくは、さきにてんごくさんに……いくのだ……つよく、いき、てってちょっとまつのだせめておちびちゃんにさいごのことぱっ』
生きたまま三枚に下ろしたずんだ虫の新鮮な血の匂い。
生の実感に満ちたずんだ虫料理研究を続けていく中で、日々確信が深まりました。
『に、にんげんさん、どうしてこんなひどいことができるのだ……？ぼくただこーえんでヘコヘコをおとーちゃおかーちゃにみせてただけなのだ……』
私にはずんだ虫料理しかない。
『あぎゃ！！やめっあんよしゃんきらにゃいで！！せめてあたましゃんはねちぇ！！らくにころちてのだ！！』
ずんだ虫しか私を奮い立たせない。
『いぃぃやぁあああああああああああああああ！！！！！』
少し迷っていた時期はありましたが、ミコちゃんのおかげで闇を抜けることができました。私はまたずんだ虫を料理できる。まだまだずんだ虫を料理を開発できる。
そして今日のバザーによって焦土の瓦礫の山の中から再び謳歌味亭を蘇らせることができました！今後も謳歌味亭繁栄のためならどんな障害も打ち破って見せます！！
「と、優勝したらスピーチで言おうと思ってますミコちゃん」
「壇上でもずんだ虫殺すんだ」
***
「いほいよべふねミホひゃん」
「うん」
ついにバザーが始まった。会場は仮設住宅から目と鼻の先にある今は休校中の高校のグラウンドで、そこでは所狭しとたくさんの屋台が立ち並んでいる。体育館の方からクラシックの音色が聞こえる。慰問で東京の方から自衛隊楽団が来てるらしく、後で乃木坂も来ると聞いた。
こっちはこっちでこの高校の吹奏楽部が、半壊した校舎の前でセットを組んで紅蓮華を演奏していた。
「小夜ちゃんそんなハムスターみたいに食べたら喉に詰まるよ」
「ふぁい」
屋台は手作りの衣類や工芸品などを売っているお店と食べ物を売ってるお店が半々という感じで、早くもミコちゃんは回転焼きとたい焼きを一緒に口に詰め込んでいた。あんことあんこを食べ合わせる人を私は初めて見た。
お店はいつ開けても閉めても自由なので、私達は軽くバザーを見て回っている。バザーというけどこれ祭だね。ただこの空間にいるだけで気持ちが上がる。
まるで戦争なんかなかったみたいだ。周りの人々もみんな笑顔で、ここだけは以前の平和な東北に戻っていた。
「ミコちゃんも何か食べたらどうですか？たとえばほらアソコ、きりたんぽ屋さんとかありますよ」
「え？本当だ……あの女の子の頭に突き刺さってる包丁、本物かな？」
「まさか。きっと飾りが付いたカチューシャですよ」
「だよね」
私がきりたんぽ屋に向けて足を進めた時だった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛！！！」
「もうやめちぇ！！いやああああああ！！」
近くで、親の声より聞いたずんだ虫のあのうるせぇ絶叫が聞こえてきた。
「あ、私達以外にもずんだ虫料理出してる店あったんだ」
別に驚くようなことじゃない。ずんだ虫料理は私達の専売特許じゃないし。でも何作ってるんだろう。やはりずんだ餅か丸焼き、いわゆるずんだんご辺りだろうか。被ってたらちょっぴり困るな。
「見に行きましょうかミコちゃん」
「お、敵情視察？いいねぇ」
＊＊＊
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろぁぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛！！！」ｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘｺﾞﾘ
「おねがいちまちゅ！おにゃかのおちびちゃんにはてをだちゃにゃいで！！かんべんちてくだちゃい！！ぉ゛ぉ゛ッ゛ア゛」ｸﾞﾁｮｸﾞﾁｮﾌﾞﾁｮ
私達が悲鳴が聞こえる方の屋台に向かうと、そこでは手足を切り落とされたメスずんが逆さにされて、上からあにゃるにハンドミキサーをぶち込まれて苦痛に喘いで泣き叫んでいた。
何？これは……？
「屋台、莢房……聞いたことありますね」
小夜ちゃんがそう言った。私も聞き覚えがある。確か謳歌味亭からは離れてるけど、無謀にも同じ仙台市内でコソコソずんだ虫料理を出していた店だ。そうか。あそこも被害にあったのか。
「お兄さん、これどういう、いや料理なんですか？」
私はフードを目深く被って一応バレないように作ってる若いお兄さんに話しかけた。お兄さんは汗を拭って水を飲むと答えてくれた。
「ずんだムースだよ！抵抗できなくしたずんだ虫、1週間くらい前にヘコヘコさせ、赤ずんが生まれる寸前のメスずんを使うんだ」
「おいはなちぇ！くしょにんげん！ちねぇー！！」
そう言って、お兄さんはクーラーボックスから1匹メスずんを取り出した。実演してくれるらしい。
「まず、手足と飛行器官を切り落とす」ｻﾞｸｯ
「はあああああああ！！いちゃいちゃいちゃいちゃい！！いちゃいのだぁーーッ！！」
「そしたらよく絞ってずんちを出す。赤ずんを出さないように慎重に」
「おべぉ！？ぐっ、ぇ゛！！ごごごごご！！おちびちゃんがでるゅっふじゃけんな！！もしたりないがでてきたらころちてや……ああああああああ！！」ﾌﾞﾘｯﾌﾞﾘｯ
「そしたら逆さにして、あにゃるをまず広げる。リポビタンDの空き瓶あたりが頃合いのサイズだからそれをブチ込む」
「くちょ、くちょ……ずんちをひとまえでもらちゃれたのはゆるちゅのだ……でも、こんなからだじゃおちびちゃんのせいちょーみられないっちおお゛ン♡あにゃるしゃん♡クソきもてィィィーーーーッ！！！///」ﾋﾟｸﾋﾟｸ
「で、拡張されたあにゃるにハチミツと少しだけ枝豆ミルクを入れて、そこにハンドミキサーを投入して、スイッチON！！」
「ん？くんくん？ハチミツしゃんのあまいにおいちゃ！おいくちょにんげん！なに、したのおくちにいれてんのだ！？ぼくのおくちにいれ……え？このおと、それにこのかんかく、ま、まちゃか！？おちびちゃんが！！や、やめりょぉぉ！！おちびぃぃぃ！！ダメェェェェ！！」ｷｭｨｨｨｨﾝｺﾞﾁｬｸﾞﾁｮｸﾞﾁｭｷﾞﾁｭ
「ｱｱｱｱｵｶｰﾁｬﾅﾝﾃｺﾄｼｭﾙﾆｮﾀﾞｱｱｱｱｱｱ‼︎」
「しょんな、おちびちゃ……あはっはは……うそ、なのだ……こん、な……あくむ、ゆめ、ちゃ……」ﾁｰﾝ
「ほら、あにゃるから生きたままドロドロにされてる赤ずんの断末魔が聞こえてくるだろ？このドロドロにしたムースだけをあにゃるにスプーン差し込んで食べるって寸法さ！手足を切り落としたのは抵抗できないようにするためだけど、コイツはショック死したな」
なるほど。中々フォトジェニックな料理だ。新鮮な赤ずんの味だけを純粋に楽しめるし、これなら歯が弱い老人も食べれる。
「せっかく作ってくれたのでお一ついただきましょう。店長さんいくらですか？」
「60円」
めちゃくちゃ安い……。野良ずんなら原価0円とはいえ儲けあるのかな。
「ふむふむ……」
小夜ちゃんはプラスチックスプーンをあにゃるに挿入し、子宮にたまっている赤ずんの成れの果てのムースをすくって口に運ぶと、かわいい唇をムニムニ動かしてよく味わった。
「マッズ！！」ﾌﾞﾌﾞﾌﾞｩｯ!!
そしてキレた。吐くな。
「よくも謳歌亭の料理人である私にこんなゲテモン食わせましたね？」
「え！？自分から食べに来ておいて！？」
「来るさよ。ずんだ虫料理の真髄を教えてあげます」
一転して料理人の顔付きになった小夜ちゃんは、鼻息を荒くお尻の尻尾を振り回して莢房の屋台の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと……お嬢ちゃん！」
「ずんだの妖精とはいえ所詮は生き物。ずんちを絞ったところで体内には残った排泄物や老廃物が残っています。寄生虫だっていないとは言い切れません。まずこれを出す必要があります。お湯を沸かすさよ」
「ちょっと、お嬢ちゃん！」
店長さんが止めに入るけど小夜ちゃんの耳には届いてない。こうなった小夜ちゃんは中々扱いが難しい。
「フレッシュな赤ずんをクリーム状にするアイデアは良いさよ。しかし、だからこそ強烈に甘いハチミツを投入したのは論外です。これならプーさんみたいにハチミツ単体舐めてた方がマシです。いくつもの調味料を試した上で、ずんだ虫とのマリアージュにハチミツを選んだんですか？」
「ぐ、む……」
痛いところを突かれたのか店長が口籠る。
「ミコちゃん。悪いですがダッシュで屋台から蒸し器と鰹節を持ってきてください。急いで！」
「う、うん！」
小夜ちゃんが珍しく大声を出すので私は慌てて自分達の屋台に向かった。大丈夫かなコレ。やってること立派な営業妨害だけど。いつか謳歌味亭も莢房も復活したら金落としに行ってあげよう……。
私はそう思いながら猛ダッシュした。
「ん？あっ！あの女の子は謳歌味亭の……」
＊＊＊
「持ってきたよ！」
「ありがとうございます。まず沸騰したお湯に鰹節を入れて出汁をとり、ボウルに移したものを少し冷ましてからずんだ虫の口に流し入れます」
「はう……なくなっちゃのだ……ても、あしも……」
ザルを張って削り節を濾した出し汁を、小夜ちゃんは私が行ってる間に手足を切り落としたメスずんの口に流し込んだ。
「え？な、なにをしゅるのだくじょあ゛ぎゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛！！！あぢゅいあぢぃあぢゃぁぁ！！からだしゃんやげる゛ゅぅ！あ、でも゛おいぢ！！カツオしゃんおいぢぃぃぃ！！」ｺﾞｸｯｺﾞｸｯ
すごい。熱湯に苦しみながら鰹出汁を堪能してる。生き汚すぎる。
「ｲﾔｱｱｱｱｱﾀﾁｭｹﾃｱﾂｲｱﾂｲｱﾂｲﾖｫｫｫ」
熱湯は赤ずんまで行っていて、あにゃるからまた怨嗟の悲鳴が漏れていた。これに関して親ずんは悪くないんだけど、体内で起きたことは全ての親の責任だ。でも、赤ずんがどうなってるか想像したくないな。
「あ、あぢゅい……もう、でるちゃ……のだち……！」ﾁｰﾁｰ
たっぷり出汁を飲まされてほんのり赤くなった親ずんが放尿する。確かにさっきのではずんちは出したけど小便はそのままだった。
「親ずんがちーちーを出したら、お腹を頭の方に向けて絞ってたまった出汁を吐き出させます。こうすることで体内に火が通り、胃の中を洗浄できる上に軽くカツオの下味がつきます。ふん！！」
「おっ……おっおっおっ……おえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛！！！む、むりやり、はかちぇにゃいでおろろろろろろろ！！！」ｹﾞﾛｫ
血の混じった吐瀉物を枝豆耳を真っ青にして何度も吐き出すメスずん。そろそろ死を懇願する頃合いだ。しかしまだ終わらない。
「これでやっと下拵えが終わりました。では、あにゃるさんを拡張して中のおちびちゃんに旅立ってもらいましょう」
小夜ちゃんは左手に空き瓶、右手にさっきのハンドミキサーを持って微笑んだ。
「はぁ……はぁ……どうしてこんなことするのだ？あたちはただおちびをパパずんとそだてたかっFOOOOOOO！！！！あにゃるさんきもちいいのだもっとするのだあ゛ぇ゛ぇ゛ぁ゛あ゛あ゛！！さっさとぬくのだくちょにっ……あ゛あ゛あ゛！！おちび！おちびがグチャグチャに！！やめちぇやめちぇあたちをころちてくだちゃい！おちびだけはたちゅけぇぇぇぇ！！！」ｸﾞﾁｬｸﾞﾁｮｸﾞﾁｮ
ｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱｱ‼︎(おかーちゃ……こんなめにあうなら……いのちしゃんにゃんか……いらにゃかっちゃ……)ﾁｰﾝ
イッたり痛がったり命乞いしたり忙しいヤツだな。メスずんのあにゃるから、あの世に旅立つおちびの幻影が見えた気がした。
「しょんな……おちびちゃんが……トロトロになっちゃったの……だ。てんごくさんでも、トロトロになってたらもう、みつけられないちゃ……ごめんね……せっかくかみしゃまのところから、あたちのおにゃかにきてくれたのに……」
「さて、ここを店長さんはそのまま提供してましたが、まだ足りない。店長さんは捨てたこの手足をみじん切りにして一緒にあにゃるに詰め、竹串で貫いてあにゃるを閉じて蒸します。ん？柚子があるじゃないですか？これ借りますよ」
小夜ちゃんはダンボールに入っていた柚子を擦って皮をあにゃるの中に散らすと、竹串を5本メスずんのおちりに突き刺してあにゃるを塞いだ。
「あ゛にゃるしゃんがあああああああああ！！！」ﾄﾞｽｯ
「さ、おちびちゃんの元にいってらっしゃい♪おちびは笑顔で待ってる♡」
小夜ちゃんは鼻歌を歌いながら蒸し器にメスずんを放り込むのではなく慎重にそっと置き、火にかけた。途端にダルマにされてるメスずんが中で叫んで激しく暴れ出した。同時に、メスずんの悲痛な呻き声が滲み出てきた。
「むおおぉーーッ！！あぢゅいあぢゅいあぢゅいあちゅい！！！だちて！だちて！たちゅけて……ころちて、もうしなちぇて……パパ……ん、おちび……だいちゅき……〜〜……」ﾁｰﾝ
「……ワァッ」
店長さん引いてる。ずんだ虫料理人がずんだ虫に同情するの滅多にないぞ。
「よし、事切れた直後がベストです。取り出して数分休ませたら……はい。完成です！ずん茶碗蒸しさよ！さぁ串を抜いて召し上がれ！！」
「う、うん……」
言われた通り少し待ち、器と化した死体が手で持てる温度まで下がってから店長さんが串を抜くと、くぱぁと開いたあにゃるからずんだと鰹節と柚子のえもいわれぬ美味そうな香りが辺りに広がった。メスずんはすげぇ苦しみ抜いたツラをしている。
店長さんが震える手でスプーンを取り、湯気が立ち昇るあにゃるの中の白い手足が浮かぶ黄緑色のずん茶碗蒸しをすくって口に入れた。
「いい匂いだ……それに火が通った赤ずんムースは柔らかいがしっかりした弾力がある……だが味は……う、うまい……とろりとした舌触りだが手足を噛むために顎が自然と動き、旨みが広がっていく……鰹節と柚子だけでこんなにうまいなんて……コレに比べたら俺の料理は……ただずんだ虫を無為に辱めただけのもの……負けた……！」
店長さんが膝から崩れ落ちた。謳歌味亭の味を理解らせられたか……。小夜ちゃんが店長さんを見下ろして言った。
「いいですか？ずんだ虫料理はただずんだ虫を痛めつけて殺せばいいってもんじゃないのです。適切な調理法とそれに合った素材を駆使することで、真の美味なるずんだ虫料理が完成するさよ……！」
「完成するさよ……！って料理ってそういうもんじゃない？」
今小夜ちゃん当たり前のことしか言わなかったよ。
「でも、お客様の前で調理を演出として披露するのは良かったです。いいセンスさよ」
オセロット？
小夜ちゃんはそれだけ言うと、屋台から出てきた。
「さ、ミコちゃん行きますか。そろそろ店を開けましょう」
「う、うん。大丈夫かな？小夜ちゃんあの店長さんに恨まれないかな」
「大丈夫です。あのずん茶碗蒸しのレシピを書いたメモを置いてきました。あのレシピ今秒で思いついたヤツですが、あの人に提供しましたのでこれでチャラです。ほら早速茶碗蒸しの注文が。ま、それでももし恨んでくるようだったら……」
小夜ちゃんが私の肩を叩いてニッと笑った。
「絶品のずんだ虫料理で黙らせてあげます」
すごい……。小夜ちゃんはこの一度の挫折を乗り越えて一回り大きくなった。今の小夜ちゃんはずんだ虫料理の申し子。ずんだ虫に愛された存在だ。いや、憎悪の対象か。
とにかく今の小夜ちゃんならこのバザーは大成功間違いなし。私も謳歌味亭の人間として恥じぬ働きをするよ！
続く
このページへのコメント
これに比べたらずんだ虫を辱めただけのものってずんだ虫料理ってそういうもんじゃない？
小夜ちゃんのずんだ虫料理に比べたら
他の有象無象のずんだ虫料理は
豚の餌ァァァァァァァァ！！(カブトネタ)
ずんだ虫料理の新たな世界が・・・！
これから両店ともに更に上のずんだ虫料理を築き上げていくのですね・・・
料理人としてのプライド、良いですね……食材が何であれ、美味しく調理しようという気概を感じます！
睡蓮さんの作品群は、「あにゃるさん」を刺激されていちいちハイテンションになる妖精の描写が特に面白いです！
小夜ちゃん、ずんだ虫料理の神には愛されてるけどずんだ虫からは蛇蝎のように嫌われてて草が生えます。ずんだ虫からしたら地獄そのものみたいな女の子だからね。