チャプター 
『セラピーずん、現場の悲鳴 前編』
『セラピーずん、現場の悲鳴 後編』
『セラピーずん、ウソつきの最期』 ←本頁
『セラピーずん、お出かけ、演説』
『セラピーずん、契約解除と盲導ずんの失明』
こんにちは。けもです。
先日投稿いたしました『セラピーずん』シリーズに、沢山のコメントありがとうございます。すべて読ませていただいております。励みになります！
本作は、コメント欄にて多くの方からリクエストいただきました、「ずん次郎」の最期を描写した短編となっております。制裁パートとなっておりますので、本作単体でもお楽しみいただけるとは思いますが、もしまだ『セラピーずん』本編を読んでないよという方がいらっしゃいましたら、本編をご覧いただいてから本作を読んでいただけると、さらに楽しんでいただけると思います！
※この小説はフィクションであり、実在の人物･団体･事件とは一切関係ありません。また、特定の社会的立場の人々を揶揄する意図は一切ございません。
☆6.14追記： nuz様がR-18Gイラスト作品『ひきこもりの日記４』にて挿絵を投稿してくださいました！ ありがとうございます。
本編
とある高齢者施設の駐車場。
つまらなさそうに壁に寄りかかって、スマホをいじる女の姿があった。
「……長いなあ、まだ終わんないの」
何かが終わるのを、待っているようだった。
画面から顔をあげる彼女の視線の先には、内部でくぐもった音を響かせる車。
「ああああああああああああああああああああ！！ たすけて、たすけて！ たすけて、たすけて！！」
くぐもった音の正体は、パニック状態になった妖精の悲鳴。
「叫んだって無駄だ……誰も、助けに来ねえよ…………よっと」
狭い車内で動きづらそうにしている男が腕を伸ばし、狂ったように叫び続ける妖精をがっしりと掴んだ。
「ああああああああああ！！ うわっ！ うわっ！ うわああああああああああああああああああああ！！」
「セミ捕まえた時みたいだな………ほんっと、うるせえ！ ケンカ吹っ掛けてきた、さっきまでの威勢は、どうしたってんだよっ！！」
まるで赤子が「イヤイヤ」するように、首を振って必死に抵抗する妖精を、フロアマットに叩きつける男。
「げっ…………うわ、うわ、うわああああああああああああああああああああ！！」
「ちっ、吐きやがったコイツ…………まだローンが残ってんのに…………どうしてくれんだよっ！！」
ぎゅぎゅうっ！
「あああああああああああああああああああ！！ うわっがああああああああああああああああああ……」
衝撃で体液を吐き出した妖精を、さらに踏みつける男。悲痛な妖精の声は、だんだんと単調な「音」となる。
「さあ、このまま潰してやる……早く、ばーちゃんに会わねえとな……こんなことで時間をとられるとは思わなかった」
「うぐ……オーナーさん…………オーナーさん…………」
「あ？ 何だ？ まだ“セラピーずん”気取りかよ？ おめでたいアタマだなあ、マジでよ」
「ほ、ほんとうちゃ、ほんとうちゃ…………」
この死にかけの妖精は、かつて「ずん次郎」と呼ばれていた、「セラピーずん」であった。
とある理由で「セラピーずん」の証明であるゼッケンを剥奪され、今こうして、害獣扱いを受けているというわけである。
それでいて、まだ自分が「セラピーずん」であると、必死で訴える妖精。その命は、まだ生きることを諦めてはいない。
「お、オーナーさんに……オーナーさんに、あわせてほしいのだ！ そうすれば、きっとわかるのだ！ ぼくが“セラピーずん”だってこと……」
「倒置法うぜえ」
「の、のだ……」
「さっきからデタラメ言って、あの老人ホームに侵入したいだけだろ？」
「しんにゅう…………？ か、かえるだけちゃ………」
「あそこには食べ物もあるし、雨風もしのげる。何より、冷暖房があるからいつでも快適。お前ら害獣にとって、理想の環境だもんな」
「ち、ちがうちゃ……」
「お前らは飛べるから、いちど逃げちまえばそっちのもんだしな…………俺だって、害獣連れ込んだ責任をとりたくないんだよ」
妖精の言葉は、届かない。
「ち、ちがうちゃ……ちがうちゃ……ぼくは、がいじゅうじゃないちゃ…………“セラピーずん”なのだ……」
「なあ、もうやめようぜ？ そんなみっともないウソつくの」
「うそつきは……うそつきは、おまえのほうちゃ、く………にんげんしゃん！！」
「あ？」
「ぼくは、しょうじきに、いってるだけなのに！！ ほんとうのことを、いってるだけなのに！！」
怒る妖精は、辛うじて『人間を「くちょにんげん」と呼んではいけない』という「セラピーずん」の基本的なルールを思い出し、必死にこらえた。
だが、妖精の言葉は、届かない。届くはずもない。
…………彼の訴えが本当だったとして、誰がそれを証明出来ようか？
「どうして、どうして、うそつきばかりなのだ…………？ どうして、みんな、ぼくのいうことを、しんじてくれないちゃ……？」
「話にならねえ…………誰が、傲慢な害獣の言うことを信じるかよ…………潰してやる」
「のだっ！！」 びゅっ！
「あっ、しまっ………」
男が足を振り上げた瞬間を逃さず、妖精が靴の下から脱出した。
「のだ、のだ。にんげんしゃん、にんげんしゃん…………」
そして、よじ登った後部座席の上で目をうるませて、上目づかいになる。
「みゅうぅん、みゅうううううん…………」
首を傾げ、媚びるような、甘えるような声を発する妖精。
「ふんみゅううううううううぅん…………」
次に妖精は、お尻を高く持ち上げ、ゆっくりと振る動きを見せ始める。
これは、「セラピーずん」が習得している、人間を癒すためのひとつの基礎テクニックである。
こうすれば、目の前の男が自分を「セラピーずん」だと信じてくれると、確信しての行動だった。
「…………プハッハッハッハッハッハッハッ！」
妖精の思惑通り、男は笑顔になって、大声で笑い始めた。
しめたとばかりに、妖精の表情が緩む。
「みゅっ、みゅっ、みゅううっ！ のだ、のだ。にんげんしゃん、にんげんしゃん！！ もっと、わらってほしいのだ！ もっと、いやされてほしいのだ！」
「プハッハッハッハッハッハッハッ…………死ねえええええええええええええええっ！！」
ますます甲高い声を響かせる妖精に、突如として襲い掛かる男。
自身のテクニックが通用したと思い込んだ妖精は、逃げる暇もなく、あっけなく掴み上げられた。
「えっ………あああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
「ムカつくんだよ……何だそのキモい声と動き…………“セラピーずん”が聞いてあきれる！！」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
「そんなんで俺を騙せると思ったか！？ バカにしやがって！！ 人間を舐めるのもいい加減にしろよおおおおおおおおっ！！」
またしても、恐怖で叫び始める妖精。怒りが爆発した男は、その体を、ぎりぎりと絞め上げる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
「……おいおい、どうしたよ？ “セラピーずん”なら、こんなことで悲鳴をあげちゃいけないんじゃないのかよ！？」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
「耳がおかしくなりそうだ……やっぱりお前、ただの害獣じゃねえかよおおおおおっ！！」
がんっ！ がんっ！ がんっ！ がんっ！
車の窓ガラスに、掴んだままの妖精を、繰り返し叩きつける男。
「お前、さっき、俺をウソつきだとかなんだとか、偉そうなこと言ってたよなあああああ！？」
「ぜっ…………いちゃい！ ぜっけんさん、さえ…………いちゃい！！ あればああああああああああっ！！」
「誰が本物の“ウソつき”か、教えてやるよ…………お前だよっ！ ウソつきは、最初から、お前だったんだよおおおおおおおっ！！」
「げっ、げっ、げぇっ！ ああああぁげっ！ げぷぉ！！」
大量に飛び散った妖精の体液が窓ガラスに付着し、この命の終わりが近いことを告げる。
「“セラピーずん”名乗るなら、せめてゼッケンとか盗んでこいや…………そうすれば、多少は信じてやったかもしれないのによ」
「ぜっ、けん……さん……の…………だ……のだ…………ぁ…………」
「…………とっとと死ね、た だ の 害 獣 」
「たす…………け……………………おー……………………な…………さ、ん…………」
最期に、窓ガラスを弱々しく引っ掻いて、妖精は動かなくなった。
「…………うわめっちゃ汚れちゃった、クルマ……これ全部、俺がやったのかよ」
荒い息を整える男は、窓ガラスに飛び散る妖精の体液を見て、青ざめた。
「ヤバ。怒った俺ヤバ…………ばーちゃん許してくれ、俺はホントはこんなことしない、心優しいやつなんだよ……」
べちゃ！！
車のドアを開けてフラフラと降りた男は、手にした妖精の死骸をアスファルトに叩きつけ、自分を待つ女のところへと歩く。
「ジュン、何やってたの？ 時間かけすぎなんだけど」
「ごめんて」
「入る前に手ぇ洗って消毒してね」
「わかってるよ…………マジで汚かったわあの害獣」
施設の外にある水道の蛇口をひねり、流れる水を手で受ける男。祖母に会う前に、精神を落ち着かせる必要があった。
「……結局、あれは“セラピーずん”だったの？」
「なわけ。妄想に憑りつかれた、ヤバいやつだったよ…………挙句の果てに、俺をウソつき呼ばわりするしな…………ウソつきはどっちだよって話さ」
「ヤバすぎ。妖精の“社会貢献”とか言ってると、調子に乗っちゃう害獣が増えるからさあ」
「そうだよな…………害獣との“共存”だなんて、俺はまっぴらごめんだぜ」
ハンカチで手を拭き、重々しくため息をつく男。
「そうだ、ジュン…………これ見てよ」
「ん……？ ネットニュース？」
ふいに、女がスマホの画面を男の前にかざす。
そこに映っているのは、涙を流す美しい少女の顔。
「ジュンを待ってる間ケータイ見てたら、これが流れてきたの」
「…………“モカちゃん、とうとうずん介と決別”…………？ “モカちゃん”って誰だっけ」
「知らない？ 前にニュースに出てた、“盲導ずん”の飼い主」
「ああ、トラックにはねられた女の子か…………じゃあ、回復したんだ」
「奇跡的にね。“ずん介”って名前の“盲導ずん”は死んだんだけど」
「え…………じゃあ、どうして今になって？」
「わかんない。最初、“ずん介”がこの娘を見捨てたと思われてたのは知ってる？」
「ああ。俺も、何となく妖精が悪いんだと思ってたよ」
「でもホントは違ったみたいで…………だから、“ずん介”を忘れないようにって、いろんな団体が、マスコミと連携して動いてるんだって」
「…………何か、イヤな感じだな」
「……で、この記事。周りが勝手に盛り上がってただけで、“モカちゃん”本人には全然その気がなかったらしいよ」
「そ、そりゃそうだろ？ だって、こんなアップで泣き顔撮られて…………本人のプライバシー、ガン無視じゃんか」
男は、深い悲しみをたたえた少女の写真から目を背け、顔をしかめるのだった。
「人の不幸を利用しようとする、害獣みたいなヤツがウヨウヨいるんだな」
「ウチはイヤだよ…………害獣みたいな人間ばっかりな世界なんて」
「俺もだよ………………行こう」
……………………………
「ミチヨさん…………ミチヨさん！ お孫さんですよ……お孫さんがいらっしゃいましたよ」
「あらまあ……ジュンちゃん？ ジュンちゃんかい！？」
「ばーちゃん………なかなか、来れなくてゴメンな…………久しぶり」
「ジュンちゃん！！ あらあら……こんなに、立派になって……」
数分後。施設の中に、喜びの声が響き渡る。
「ばーちゃん！ 紹介するよ、俺の彼女だ」
「よ、よろしくお願いします……」
「あらあら、こんな麗しいお嬢さん……ジュンちゃんを、どうかよろしくね……うふふ、この歳になると、涙もろくて……」
世代を超えた、団欒の光景。この社会に本当に必要なのは、妖精ではなく、人間の「温もり」なのかもしれないと、施設職員は思うのだった。
男は、感極まって涙を流す祖母を抱きしめながら、あたりを見回す。
施設の中に妖精の姿はなく、アザラシ型のペットロボットしかいない。
……………………実際には、イマイズミという名の男性職員が、施設内の「セラピーずん」をすべて、自分の元に集めていたからなのだが……それを、外部の人間である彼が知る由もない。
妖精たちは閉ざされた部屋で、恐ろしい悲鳴をあげていたのだが………彼の耳には、届かない。
「“セラピーずん”なんていないじゃんか……………あの妖精はどこまでもウソつきだったな」
その「ウソつき」といえば。
駐車場のアスファルトにこびりついた、「ウソつき」の死骸。
人間の誰からも見向きもされなくなったその体に、アリがたかっていた。
アリたちは、死骸の肉を小さく切り分けて、巣へと運んでいく。
アリは、真社会性生物の代表だ。
エサとして、そのコロニーの発展に寄与するという意味では、彼の死は…………
真の「社会貢献」なのかもしれない。
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。「セラピーずん」たちの「お出かけ」に関しては、もう少しお待ちください！！
けも
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このページへのコメント
ゼッケンを失った､ずん次郎は哀しいかなセラピーずんでなく害獣に堕ちたので男に捕まった時点で命が無くて当然ですが死の間際に見せたセラピーずんテクニックは癒しを求めている人には効果がありますが害獣を嫌悪する人にとっては火に油を注ぐ逆効果なのでこの程度の事が理解できなければ男に捕まらなくても死を迎えたり森に帰っても仲間外れにされると思うので棄てられた時点で詰みだと思います。
コメントありがとうございます。自分がまだ「セラピーずん」であるというプライドを捨てられなかったがゆえの行動でしたが、相手が悪かったのですね……
結局のところ、人による価値観の違いを考慮せず、「こうすれば人間を癒せる」とパターン思考に陥っていたのも、彼の死の原因かもしれません！
続編ありがとうございます
のだのだみゅううんのシーンの殴りたさ、半端ないですね！是非動画やボイボで見たい表現です。
コメントありがとうございます。こちらこそ、リクエストありがとうございました！
文章だけで色々な感情を抱えて下さり、感無量です！ nuz様が『ひきこもりの日記4』にて挿絵を作成してくださいました！
（実は私自身もVOICEVOXで試験的にセリフを出力したりなどしています……何らかの形で投稿出来るかはわかりませんが……）
最期までセラピーずんであろうとして死んだ害獣の末路、沁みますねぇ！
ずんだ虫がどれだけ訴えても人間にはこれっぽっちも響かない描写、大好きです。
最後の手段として、「みゅうううん」とか言いながら芸を見せたのが、滑稽で笑えました。
かわいそうなぞうだと心が痛くなるのに、ずんだ虫だと笑いが出ますね…。
「倒置法うぜえ」も、個人的にお気に入りです。
「同じ言葉を繰り返すな」とかも言ってやりたい。
コメントありがとうございます。最期まで人間のために「社会貢献」する模範的な妖精であろうとして、中途半端すぎて失敗した哀れな害獣です……
『かわいそうな ぞう』はホントに悲しいお話ですよね……絵本の表紙を見るだけで涙ぐむくらいには読みました！
妖精独特の言語表現について、いろいろと興味深いですよね！繰り返しの技法も、人々をイラつかせる大きなポイントですね！
「ずん介」との決定的な違いとして表現したのは、死後に何らかの形で再評価されたか（救済があったか、なかったか）です！
「ずん介」は名誉を回復しましたが、「ずん次郎」はこれからも、ただの害獣として…………
>「ぼくは、しょうじきに、いってるだけなのに！！ ほんとうのことを、いってるだけなのに！！」
>「どうして、どうして、うそつきばかりなのだ…………？ どうして、みんな、ぼくのいうことを、しんじてくれないちゃ……？」
信用するポイントがまるで無いのと神の目視点では一番の噓つきはお前じゃボケ
こ奴は特に邪悪な存在だと思います
セラピーずんなら人間よりも上位に立てると無意識に考えてるんじゃなかろうかと
>「みゅっ、みゅっ、みゅううっ！ のだ、のだ。にんげんしゃん、にんげんしゃん！！ もっと、わらってほしいのだ！ もっと、いやされてほしいのだ！」
ぜったいにゆるさんぞ虫けらども！じわじわとなぶり殺しにしてくれる！
イマイズミ氏に以下のレシピを教えてあげたい
１．虫けらどもを逃げないようにタングステン製の収容ケースへぎゅうぎゅうに押し込みます
２．アルミニウムの粉と酸化鉄をよく混ぜます
３．虫けらの共の上に混合物を満遍なく敷き詰めます
４．混合物に火をつけます
以上の工程を行うと現場の人たちへのセラピーになる音楽が聞こえてきます
ファラリスの害獣草、豆臭っ！
テルミット反応好きな層って一定数いるよね
テルミットで合金化しないかなぁと
干〇・莫〇とか獣の〇とかサイコ〇レームみたいな
呪いで妖精が飛べなくなるような「ノダーノダー」とか「ア”ア”ア”ア”ア”」とか妖精にしか聞こえない妖精避けになる不思議金属ぽい何か
8h247gY9Mw様
コメントありがとうございます。『一番の噓つきはお前じゃボケ』いただきました！一番言いたかったのは、これです！ありがとうございます。
「人間を介護している」という現実に、独特な優越感を覚えていても不思議ではないでしょうね…………フリーザ様が……
1dPz7XllCw様
コメントありがとうございます。動画作品映えしそうなアイデアですね……くぐもって悲鳴が聞こえて、じんわりニオイが漏れ出て来る感じ……
I87ntfI+bA様
コメントありがとうございます。おにゐさんが化学に詳しければ詳しいほど、制裁の手段も多岐にわたるのかもしれないと考えております……
みゅうんとか言いながらケツ上げられても癒やされる介護者はいるのだろうか…
なによりこれをモノ一番の指導してるやつが一番ヤバいという実態
コメントありがとうございます。確かに、ジュンの反応から見るに万人受けはしなさそうですが……もるんもるんとした独特の動きを、かわいいと思う人は多いのかもしれませんね？
こうすれば人間は喜ぶよ、等とワンパターンで学習させるのは危険だということがよくわかる例ですね……