ある盲導ずんの一生 後編
最終更新：
zunzun_sigma 2024年05月16日(木) 21:33:05履歴
作者 Σずんずん 
ある盲導ずんの一生 前編
ある盲導ずんの一生 後編 ←イマココ
※注意※
前半からお読みください。
人間さんがちょっとでも可哀想な目に遭うのが苦手な方はご注意ください。
善良虐が苦手な方はご注意ください。
気持ち良さを求める方の意に沿える内容ではありません。
最鬱作品(※当社比)です。
本文を読んでどのような気分になっても当方は一切責任を負えません。今現在精神的に不安定な方は読まないことをお勧めします。
納得いただけた方は本文へどうぞ。
※編集歴
5/16 読み直して気になった箇所を修正
ある盲導ずんの一生 後編 ←イマココ
※注意※
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人間さんがちょっとでも可哀想な目に遭うのが苦手な方はご注意ください。
善良虐が苦手な方はご注意ください。
気持ち良さを求める方の意に沿える内容ではありません。
最鬱作品(※当社比)です。
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※編集歴
5/16 読み直して気になった箇所を修正
本文
あのあと、たまたまオーナーさんの事故現場にいた人間さん(看護師さんというらしいのだ)が、意識を失ってお外へ投げ捨てられそうになった僕を見つけてくれたのだ。
その人間さんが僕はモカちゃんの盲導ずんなのだって言ってくれたのだ。
盲導ずんを傷つける事は人間さんの法律にも違反する事だけど…、ハーネスさんをつけていなかった僕は、法律的にも野良妖精扱いになってしまうのだ。だから人間さんたちが勘違いしたのも無理はないのだ。
先にルールを破って病院さんに入ってしまったのも僕だったし…。
ありがたい事に、僕は解毒剤を打ってもらって、しばらくしたら目を覚ますことができたのだ。
それから！
なんといっても特別に病院さんに入ってオーナーさんに会える許可も貰ったのだ！
オーナーさんが目覚めるきっかけになるかもしれないからって…本当に感謝してもしきれないのだ。
僕はモカちゃんのお家でお母さんとお父さんと過ごしていくうちに段々と身体さんのお傷も治って、お耳さんも生えてきたのだ。
それでも、モカちゃんは目を醒まさない。
ベッドの上の青白いお顔さんを見ると、じわりと涙が滲んでしまうのだ。
「モカちゃん…。また、お話したいのだ……。また一緒にお散歩さん…行きたいのだ……」
そうこうしていると、あの事故の裁判が始まったのだ。
まずは、検事さんが僕の証言を読み上げてくれたのだ。僕たちは青信号を渡っていたのだ。
次に運転手の人間さんがお話する番になったけど…、それはは、僕たちが赤信号を飛び出してきたという、聞くに耐えないものだったのだ。
ぼくは思わず口を挟んでしまったのだ。
「そんなわけはないのだ！人間さん！嘘はよくないのだ！！」
「あ？今は俺の供述中だが…。裁判官さん。俺は信号通りに走ってました。そしたらそこの妖精に手を引かれて少女が飛び出してきて…避けきれませんでした」
「なんでそんな嘘をつくのだ！」
「妖精風情が口を挟むな。お前だけ助かるように逃げたんだろうが。盲目の主人を見捨ててな」
「なっ！？何を言うのだ！オーナーさんはぶつかる直前に、僕を突き飛ばしてくれたのだ！それは運転手さんだって見ているはずなのだ！」
実際に、あの時オーナーさんは、僕よりも先に気が付いてハーネスさんを放り投げてくれたのだ。
「目が見えねぇ飼い主がお前より先に察知できるわけねぇだろ！」
「オーナーさんの感覚は鋭いのだ！耳で、肌でトラックさんが来るのを感じ取ったに違いないのだ！」
「はぁ…。もしも、そんな事ができるんなら、どのみちお前の注意不足じゃねぇか？お前は目が見えてたのに、耳で聞こえてたのに、直前まで気付かなかったのか？ああ、気付いてたから主人をおいて逃げたのか。がははは」
「それは…、う、ううう…！なんで、なんで……！！」
僕は自分がヒートアップしていたことに気が付いたのだ。周りはシンと静まり返っていたのだ。
「妖精は静粛に。今妖精に発現する権利はありません」
「う…うううう……」
裁判員さんたちはなんだか困ったような顔で僕をとほかの裁判員さんたちと顔を見合わせていたのだ。
「次の証人、前へ」
「はい」
あっ！僕を訓練してくれた盲導ずんトレーナーさんなのだ！
トレーナーさんは本当にすごい人間さんなのだ。
厳しいけれど優しくて……、僕はトレーナーさんのおかげで盲導ずんになれたと言っても過言ではないのだ。感謝してもしきれない、大切な存在なのだ。
「確かにこの子は血統は良くない子でしたが、代わりに弛まない努力をして、盲導ずんとして充分な能力を持っていると私が保証します！」
「トレーナーさん……」
「この子は私が育てた立派な盲導ずんです！」
人間さんたちから疑われるばかりだったけど、初めて来てくれた味方だったせいか、おめめさんがジワッと熱くなって、ポロポロと泣いてしまったのだ。
裁判員さん(？)たちもその迫力にうんうんと頷いている。
しんみりと静まったところに、運転していた人間さんが声を上げた。
「いやいやいや！ 訓練がどうだったかは知らねえが、その虫が間違えたに決まってんだろ。その虫と、人間様の証言。どっちが有用なんだ？」
そのあとも、トレーナーさんは僕の無実を訴え続けてくれたのだ。運転手の人間さんはそのたびにぶつぶつと何かを言っていたけど、裁判官さんに発言を止められてからは大人しくなったのだ。
運転主さんか、僕……どちらかが嘘をついていることは明らかだったけど、裁判員さんたちはどうにもわからないみたいで、有耶無耶な雰囲気のまま、裁判は一旦終わったのだ。裁判さんはこれで終わりじゃなくって、また何回か証拠の提示や、証人さんのお話があるらしいのだ。
オーナーさんの無念を必ず晴らしてあげるのだ！
裁判所の入り口で、あの運転手さんとすれ違ったのだ。
僕は声をかけずにはいられなかったのだ。
「−−あの！！ 人間さん！！」
「あ？」
僕たち妖精と人間さん…暮らしや常識は違えど、同じ言葉を持っているのだ。
ちゃんとお話すればわかってくれるはずなのだ。
「人間さんっ！なんでそんな嘘ばっかりつくのだ！人間さんの社会では、嘘をついてはいけないって、誠実じゃなきゃいけないって、散々教えられたのだ！ それができなかった妖精は盲導ずん候補からすぐに外されたのだ！ なんでルールを決めたはずの人間さんがルールを破るような事をするのだ！？」
「害獣のクセに、御高説たれやがって…」
ぐい、と人間さんは僕に顔を近づけた。
「ひっ……！」
なんて…、なんて怖いお顔なのだ…。
「あのなぁ…。人間の世界では人間様が一番偉いし、人間様がルールなんだよ」
「しょんな…。僕はこれまで人間さんのために……。一度も人間さんのルールだってやぶったことなんて……」
「本当か？？」
人間さんは僕の瞳の奥を覗き込む。
ぼくは、一度だって…
「はっｰー！？」
「なんか心当たりがあるような顔をしているが」
僕はあのとき、病院さんに忍び込んでしまったのだ。
「そ…、それは……」
「な？ 間違いは誰にでもある。誰もお前が嘘つきだって言っているわけじゃねぇ。人間のルールも破る、知能の低い下等なゴミ虫のお前は信号の色を間違えたんだよな？」
「ゴミじゃないのだ…。虫じゃないのだ…。下等じゃないのだ…。僕は…、僕は！！ トレーナーさんに育ててもらった立派な盲導ずんなのだ！！」
「立派かどうかはお前が決めることじゃねぇよ。ゴミムシのクセに人間様の言葉をしゃべるんじゃねぇ。殺すぞ」
「しょんな…。」
何を言ってもこの人間さんには通じないのだ…。言葉は分かるのに、何を言っているのか、僕にはわからないのだ…。
人間さんは僕を横目に、鼻歌でも歌いながら、素知らぬ顔で煙草に火をつけたのだ。
「なーー、オーナーさんに怪我させておきながら、その態度はなんなのだ…。それに、ここでは煙草は吸ってはいけないはずなのだ…。くしょ…くしょ…。こんな…こんなヤツに…。オーナーさんは…オーナーさんは…。全身傷だらけになって、今も目を覚まさないのだ……。」
「お前の飼い主も馬鹿だよなぁ。お前なんか助けないで、ちょっとでも躱してればこんな大事にならなくて済んだかもしれねぇのに……。ったく、迷惑な話だぜ。」
「なっ！？ オーナーさんを馬鹿にするな！！オーナーさんは僕を助けてくれたのだ！！お前なんかがオーナーさんを語るな！！」
「まぁ、念入りに轢いてやったから、もう死んじまったみたいなもんだし、目撃者は俺だけだ。がはははは！」
「なっ！？おまえ…？ おまえ…！！まさかわかってて…！？オーナーさんを助けないで、ひどいことをしたのだ！？！？ お前だけは絶対に許さないのだ！！ それに、オーナーさんは眠っているだけなのだ！！死んじゃってなんかいないのだ！！ あやまれ！！オーナーさんに謝るのだ！！」
盗人猛々しい、あまりにもあんまりな物言い。
僕は思わず飛びかかっていたのだ。
「うおおお！！お前だけは絶対に許さないのだ！！オーナーさんを侮辱するなぁああ！！」
ドライバーがニヤリと笑ったのにも、その理由にも、その時の僕は気付けなかったのだ。
「うおっーー！？いっってぇええ！！なんだコイツ！いきなり飛びかかって来やがった！！誰か！誰か助けてくれ！！」
くしょ人間は大げさに地面に倒れ込んだのだ。
ぞろぞろと野次馬の輪ができる。
それでも僕の怒りは収まらず、腕を振り回して、ポコポコとドライバーを殴り続けたのだ。
「あやまれー！！オーナーさんにあやまれー！！お前だけは絶対に許さないのだ！！くちょにんげん！！お前みたいな人間はくちょなのだ！！くらえ！くらえ！！これでもくらえ！！卑怯者！オーナーさんの無念を知るのだ！！」
次第に集まってきた警備員さん。
僕はくしょ人間から強引に引き剥がされ、地面に抑えつけられたのだ。
「フーッ！フーッ！！はなせ！はなすのだ！！アイツは！アイツだけは！！絶対に許せないのだ！！」
「暴れるな」
ピシャリと言う警備員さん。
「フーッ！フーッ！！」
僕は身体さんを押さえつけられて、動くことはできなくても、必死にくしょ人間を睨みつけたのだ。
「離せ！離すのだ！！」
僕は警備員の指に噛みついたのだった。
「痛って！！」
堪らず手を緩めた警備員さんのスキをついて、僕はくしょ人間にまて飛びかかったのだ。
「うおおお！！謝れー！！お前だけは！ お前だけは絶対にーー！！」
でも僕の渾身のぐるぐるパンチはくしょ人間に届くことはなかったのだ。
「−−ぎゃっ！？！？！」
気が付いたら僕は地面に叩きつけられていたのだ。別の警備員さんが警棒で叩き落としたからだったのだ…。
「おうっ！？ がっーー！？」
僕は、その勢いでべちゃりと地面に叩き落されたのだ。
突然の衝撃から、少し遅れてすごい痛みが僕を襲ったのだ。痛くて声も出せなかったのだ。
「かひゅー…、かひゅー……」
いちゃい、いちゃいよぉ…。
「おいおい、こんなやつがいたんじゃ、危なくてオチオチ外も歩けねぇぜ。捕まえといてくれよ。裁判で図星突かれたからって襲ってくるなんて。やっぱり害獣は害獣だな」
違うのだ！ソイツはソイツはー！！
言おうとしたけど、僕の口からはかすれるような声しか出ていなかったのだ。
「かひゅー…かひゅー……、」
いちゃいよぉ…。
僕たちの周りには輪のように集まった人間さん。
あたりは静まり返っていたのだ。
どうやら僕の耳が聞こえなくなっちゃったわけじゃないみたいで、僕は何とか頭を上げたのだ。
あっ…トレーナーさん…！？
トレーナーさんが僕とくしょ人間の間に入ってきてくれたのだ。
トレーナーさんは厳しいけど、いつも僕のためを思って訓練してくれたのだ。
トレーナーさんならきっとわかってくれるのだ。
トレーナーさんが口を開く。
「…私が間違っていました。」
え…？
「この妖精の盲導ずん免許は私が責任を持って剥奪いたします」
なん…、？え…？
トレーナーさん…？
なん…で……？
僕を育ててくれたトレーナーさんが、見たこともないような怖い顔で僕を睨みつけていたのだ。
「しょんな……、ぼく……」
「そうだろそうだろ！人間様に手を上げるなんてどうかしてやがるぜ！どんな訓練してやがるのかって話だ！盲導ずんに襲われましたってSNSでバラまいたら……、もう誰も盲導ずんを使おうなんて思わなくなるだろうよ！」
「…その通りです」
「拡散されたくなかったら、今ここでコイツが盲導ずんなんかじゃないって証明しろ！」
「…わかりました」
トレーナーさんが僕向かって歩いてきたのだ。
「ずん介…」
「ちがうのだ！これは、そこのくしょ人間が！！」
「ずん介！！」
「ーー！？！？」
トレーナーさんの口からは聞いたこともないような、鋭い声だったのだ。
「何があっても人間には暴力を振るわない。くしょ人間なんて呼ばない…。そんな初歩の初歩のことすら守れない妖精には、盲導ずんの資格はありません」
「しょんな…、ぼくは…、ほんとうに……」
トレーナーさんは僕を諭すように言った。
「私はずん介が嘘をついているとは少しも思っていませんでした」
「だったらーー、やめて！僕のハーネスさん取らないで！！これはトレーナーさんと一生懸命努力した証なのだ！モカちゃんと僕を繋いでくれる大切なものなのだ！！」
このハーネスは盲導ずんの証…。厳しい訓練を耐え抜いた盲導ずんにとって何よりの誇りなのだ。
「暴れないで。でも、そんな暴力をふるうような妖精の証言が疑わしい、と言われてしまったら。なにも言い返せないでしょう？」
「あ……」
「それにね。さっきの…、豹変して、あの人に飛び掛かったずん介の怖い顔……。それを見たら、私にも分からなくなっちゃった。−−ごめんね。ちゃんとした盲導ずんに育ててあげられなくて…」
そうか…。そうだったのだ。
裁判では終始僕を庇ってくれたトレーナーさん。
そんなトレーナーさんの信頼を、僕は…、僕は……。
「そんな…、ぼくは…ぼくは……」
立ち尽くすぼくの背中のハーネスさん。そしてそれは、それをつけてくれた訓練士さんによって外されたのだ…。
「しょんな…。ぼくの…、ぼくの努力……。トレーナーさんとの訓練……」
じぇんぶ…、じぇんぶ無駄に……。
「これまでお疲れ様……。ずん介……」
トレーナーさんは僕にそう言うと、1枚の賞状みたいな紙を取り出したのだ。
「ト…トレーナーさん…それは……」
「私の盲導ずん訓練士の資格証です。私は彼を信じ、盲導ずんに相応しいと確信して免許を与えました。しかし、その確信は間違っていたようです。それは私のミスであり、訓練士に相応しくない。訓練士資格はここに返上します」
「そ…そんな……。悪いのは僕なのだ……。トレーナーさんは悪くないのだ…」
トレーナーさんはビリビリとを破いて床にばらまいたのだ。
「さようなら…ずん介……」
訓練士さんはそのまま、フラフラとした足取りで裁判所から出ていってしまったのだ…。
僕はその背中に声をかけることもできなかったのだ。
ごめんなさい。
トレーナーさんごめんなさいなのだ。
僕が…僕が人間さんに暴力をふるってしまったばっかりに…。
トレーナーさんは厳しくても優しく僕たちを訓練してくれていたのに…。
トレーナさんがこれから送り出す筈だったたくさんの盲導ずんはきっと、これまた沢山の目の不自由な人間さんを支えていたに違いないのだ。
それを…。
僕のせいなのだ……。
僕がこの人間さんの挑発に乗ってしまったせいで……。
でも、僕は許せなかったのだ…。
オーナーさんを傷つけたこのくちょ人間だけは…。
「う…うう…、くちょ…くちょ人間……」
「あ？何睨みつけてんだ？？よし、盲導ずんじゃなくなったお前は…。ただのずんだ妖精だな。妖精を飼う場合は去勢か飛行器官の破壊、またはその両方が課されているな」
「むぎゅぅうっ！！」
僕は、あのくしょ人間にわしづかみで持ち上げられたのだ。
「飼いやすくしてやらないと…、な！！」
くしょ人間は小さなカッターナイフを取り出すと、僕の首筋に刃を当てたのだ。
「やめてやめてやめて！そら豆さん取らないで！ああああああああああああ！！！いちゃいいいいい！！！」
「飛行器官はっと、ここかな？どこだ？」
「やめてやめて！そら豆さん潰さないで！！ぐりぐりやめて！そこは大事なところなのだ！！
「おっ、ここかな」
「やめちぇぇえええ！！あ゛っーー！？！？」
僕の中で、ぶちん、と何かがはじけたのだ。
「これでよし、と」
僕は地面に投げ捨てられたのだ。
いつもはふわりと浮かべるはずなのに、僕は重力に逆らえずにべチャリと地面にぶつかったのだ。
「しょんな…ぼく…。ぼくのそら豆さん…。飛べなくなっちゃったのだ…。ぼく、飛べなくなっちゃったのだ……」
「妖精を飼う時は本来飛行器官を潰さなきゃいけないからな。お前は盲導ずんとして、去勢も飛行器官の破壊も免除されてたかもしれないが、その特権ももうない筈だ」
「しょんな…、僕の…僕のそら豆さんが…。もう飛べないちゃ…。オーナーさんを助けてあげられないちゃ……、盲導ずんで、いられないちゃ……」
「けっ、なにいっちょ前に盲導ずん面してんだ。盲導ずん免許剥奪されたお前はただの害獣だろうが。…あっ。妖精なら去勢しなきゃいけないが…生憎、道具がねぇな…」
「そうだ、裁判官さん。そのハンマー貸してくれよ」
男はたまたま隣りにいた裁判官さんから半ばひったくるようにハンマーさんを奪ったのだ。
「ちょっとーー」
「な、何をするつもりなのだ！？」
「何ってこうするんだよ！」
くちょ人間はハンマーを大きく振りかぶっているのた。その狙いの先は……。
「やめてやめてやめてやめて！ずんぽは！ずんぽだけは！！ずんぽだけはやめて！やめて！やめて、やめ…、あああああああああ！！」
凄まじい衝撃。
僕は頭が真っ白になって、自分が何を行っているかもわからなかったのだ。
「いちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！！やめちぇー！ずんぽとずんたまだけはやめちぇ！！いちゃぃいいい！！」
「おらっ！おらっ！！くらえっ！！」
「おうっ！？いちゃいぃいあ！やめっ…叩くのやめて！！おうっ！？いちゃい！ずんっ…おうっ！？ずんぽ！！じゅんぽ！！じゅんぽがぁああああ！！！おうっ！？いちゃいいいいっ！！取れちゃうぅううう！！」
「てか、こいつらって、何されても悲鳴上げないように訓練してるんじゃねえのかよ。やっぱりクソ虫はダメだな」
今はお仕事中じゃないから、発言を我慢する必要もなかったんだけど、このくしょ人間にだけは絶対に負けられないのだ。
「むぐっ…、むぐぐぐぐぐ……」
「おお、頑張ってんじゃん。これでもくらえ！！」
「っ――！？！？！？ む――！？！？！」
僕は両のお手々さんで口を押えて何度も何度も振り下ろされるハンマーに耐える。
「おら！！！おら！！」
「ーーいぎぃいいいいいっ！！！」
くしょ人間は一際大きくハンマーを振りかぶったのだ。
「ひぃっ−−だめちゃ！ ゆるしてちゃ！！！」
「がははは！！ ウッソだろお前、全然ユル決意じゃん！！ お仕置きだ！くらえ！！おらっおらっ！！」
「もうやめちゃーー！！ じゅんぽが！！ じゅんぽぉおおおおおお！！！ やめちゃ！！！ ずんぽとれちゃ！！ こわれちゃ！！」
何度も何度もたたかれるうちに、痛みは完全に麻痺していて、ドカっ、ドカっ、と鈍い振動だけが僕の身体に伝わってきていたのだ。
「あがっ……、あががが………」
「ふぅ、やっとぶっ潰れたか…」
「はう…はう……、はぅ…はぅ……」
僕は下を見るのが怖かったけど、恐る恐るそこを見たのだ。
「しょんな…ぼくの…ぼくのじゅん…ぽ……。じゅん…ぽが……。じゅんたまが……。ないのだ…。ぼくのじゅんぽさんが……。」
無惨に叩き潰された僕の大切なところ。
オーナーさんのもとでいっぱい働いて……。いつかは優しいママずんと夫婦になりたかったのだ。
僕は捨て妖精だから…。
家族っていうものに憧れていたのだ…。
優しいオーナーさんのもとで…、温かいお部屋でママずんと美味しいご飯さんを食べて…。いずれはおちびちゃんを沢山作って…。
もしかしたら…、『おとーちゃのお仕事はすごいのだ！偉いのだ！』なんて言ってくれて……。
幸せな家庭を築いていけると思っていたのだ……。
そして、全然そうじゃなくてもいいんだけど、高望みかもしれないけど、おちびちゃんも盲導ずんを目指してくれたらいいなぁ…、なんて……、そんな未来を…、そんなずん生を……夢見ていたのだ。
とうして…？どうしてこんなことに……？
「じゅん…ぽ……。ぼくの……ぼくのじゅんぽ……かえして……、かえして……？」
「まったく…。何が盲導ずんだよ。ずんぽずんぽって、やっぱり交尾しか頭にねぇ害獣じゃねえか。てか、そもそもずんぽとかずんたまってなんだよ。気色悪ぃな」
人間さんは、お手々が酷いめにあったら、『手がっ！？』って言っちゃわないのだ？
ずんぽが酷いめにはあったら、『ずんぽがっ！？』って言っちゃだめなのだ…？
酷いのだ…。酷すぎるのだ……。
「ぼくの…ぼくの未来のママずん…、未来のおちびちゃん…、ぼくのずん生……、ぼくの未来…、ぼくのお仕事…、ぼくのオーナーさん…。かえし…て……」
「あーあ、いきなり襲いかかられた被害届を出してやってもいいんだが…。まぁこんな害獣を相手取るのも面倒だ。二度と法廷に連れて来なければ許してやるぜ。裁判員も、こんな害獣の証言はアテにならないってわかっただろうしな」
「ぼくの…、か、ぞく……。」
「わかったら出ていけ。二度と裁判所に入るな」
「ぎゃっ――！」
僕は裁判所から蹴り出されて、集まっていた人間さんもそそくさとどこかへ行ってしまった。
盲導ずんの証であるハーネスさんを失い、そら豆さんを失い、大切な未来を喪い…。
信頼してくれていた訓練士さんも……。
僕は何もかも失ったのだ…。
僕に残っているのはもうオーナーさんだけなのだ。。
僕は病院へ歩き出すしかなかったのだ。
オーナーさん…。
ぽろぽろと涙が溢れちゃったのだ。
なんで…？
どうして……？
きびしい訓練に耐えて、やっと人間さんの役にたてると思ったのに…。電車や街中で酷いことをされても声一つ挙げずに我慢してきたのだ…。子供に枝豆さんをちぎられても、笑って許してきたのだ…。
どうして…？ どうして僕達はこんなに愛されないの…？
オーナーさん。オーナーさんに会いたいのだ。
がんばったねって、ほめてほしいのだ。
抱きしめてほしいのだ。
なでなでして欲しいのだ。
オーナーさん。オーナーさん。
モカちゃんーー。
気が付くとそこは見慣れた場所で。
「もう……、病院なのだ…」
自動扉に触れても自動ドアはビクともしないのだ。いつもは高く飛んでセンサーさんを反応させるんだけど…。
入っていく人間さんのすぐ後ろについて、僕は病院さんのなかに入ったのだ。
病室の中はいつもと変わらず、ピッピッって言う電子音だけがなっている。
「モカちゃん…」
オーナーさんは返事をしない。
「オーナーさんは、自分が轢かれちゃうっていう時に、僕を助けてくれたのだ…。オーナーさん…。目を覚まして…。淋しいのだ…。つらいのだ…。」
がらりと扉が開いたのだ。
「あら、ずん介…」
「あ、ママさんもお見舞いさんに来たのだ？ 僕ね…！」
僕はママさんへいつものように話しかけようとしたけど、、、
「−−申し訳ないんだけど、外へ出ていてくれる？」
「え？どうして……？いつも一緒にお見舞いさんに来ていたのに……」
「ごめんね。……ちょっと、今は貴方を見るのもつらいの」
くしゃりと力なくほほ笑むママさん。
僕たちはちゃんと青信号さんを渡ってたのだ…。
でもオーナーさんが僕を助けなければ、こんなことにはなってなかったかもしれないのだ…。逃げられていたかもしれないのだ…。そう思うと、僕のせいかもしれないのだ…。
「こんな僕を今まで育ててくれてありがとうございましたなのだ…。オーナーさんと、ママさんには感謝してもしきれないのだ…」
何も言わないママさん。
「うっ、ううっ……。お世話になりましたのだ…」
僕はとぼとぼと病院を後にしたのだ
背の高い高い病院さんの前。
無邪気に遊んでいる小さな人間さんが一人、野良妖精を追いかけて遊んでいたのだ。
「まてまてー！」
「僕はくちょ人間なんかに捕まらないのだ！！」
あっ…あれは……。
よく見たらあの事故の前に僕の枝耳を虐めた人間さんのおちびのうちの一人なのだ。
あの後、モカちゃんはここの横断歩道さんで…。
元はと言えば、あの子たちが僕の枝耳をいじめなければあんなことには…。
ううん、そんな考えはよくないのだ。
オーナーさんは必ず目覚めるのだ。
これからも毎日お見舞いに行って、オーナーさんに話しかけるのだ！
ぼくも前向きに頑張るのだ！
小さな人間さんをなんとなく見ていた僕だったけど、人間さんは妖精を追いかけて赤信号に飛び出したのだ。
その少し先、すごいスピードで走っている車さんは止まれそうにないのだ。
「危ない…！」
僕は思わず飛び出していたのだ。
小さな人間さんの背中の黒い鞄を突き飛ばすように。
「のっだぁああああーー！！」
小さな人間さんはバランスを崩して前に。
そして、僕が見たのは迫ってくる、白いバンパー。
聞いたのは響くブレーキ音と、何かがつぶれるような音。
感じたのは衝撃。
そのあと、ゴロゴロとアスファルトの上を転がったのだ。
「いちゃ…、いちゃ……。」
緑に染まってゆく視界。
(オーナーさんもこんないちゃい想いをしたのだ…？)
(ああ…さっきの小さな人間さんは無事なのだ…？)
見渡すと尻もちをついた人間さんが、こちらを見てビックリしてたのだ。
「ひっーー、あっ…あっ…、うわあっ…！！」
小さな人間さんは悲鳴をあげると、走ってどこかへ行ってしまったのだ。
(よかったのだ…今度は、助けられたのだ…。オーナーさん…。やったよ…。ぼく…。オーナーさんはほめてくれるかなーのだ？)
(ハーネスさんを失っても、僕は…、僕はちゃんと最期まで盲導ずんでいられたのだ…？)
(神様、見ていたらおねがいしますのだ。僕を助けてくれたオーナーさんと、僕のせいで失ってしまったトレーナーさんの名誉は助けてほしいのだ)
(お願いなのだ)
(あ、ああ…、もう…眼が……かすんで……)
(痛くないちゃ…。何も見えないちゃ…。オーナーさんと同じなのだ…。ちょっとだけ嬉しいのだ…。)
夕暮れ。
雲の隙間から光が漏れた。
俗に天使の梯子と呼ばれるそれが、病院の窓ごしに、主人の顔を照らした。
光の眩しさからだろうか。主人の瞳からは一雫の涙がこぼれ、その瞼がかすかに動いた。
それはちょうど小学生の下校時刻であった。
男の子2人が横断歩道を渡っていた。
べしょ、と足の裏に不快な感触。
「うわっ、なんか踏んだんだけど！」
足元には緑色の何かか広がっていた。
「ええ？なにあれ。妖精？？」
「きったね。臓物ぶちまけてやがる。誰だか知らねぇが、轢いたら轢いたでちゃんと片付けとけよな」
「おおかた、交通ルールも知らねぇで道路に飛び出して来たんだろ。マジで害獣だな…」
「くそ、靴が汚れたぜ…。ってこの妖精、なんか唸ってない？？」
「あ゛ー…あ゛ー……。あ゛ー…あ゛ーー…」
「気色悪ぃ声。なんだこれ？」
「妖精も脳をやられるとああなるらしいよ。頭潰れて変形してるし、それにしても、まだ息があるのか…。すげぇ生命力だな…」
「あ゛ー、あ゛ー……？あ゛ー、あ゛ーーー……」
「偉大な植物パワーだな…。身体破裂して、ほとんど生首だけなのに、唸ってるのは流石に気持ち悪いな…」
「あー…あー……」
「気色悪いんだよ！！ おら、おら！！潰れろ！潰れろ！！ しね！はやくしねよクソ害獣！！」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！」
「火つけてやろうぜ！火葬だ火葬！」
子供がライターで火をつけると、妖精は反応するようにびくりと身体を震わせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！あ゛ぢゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！」
「うっわ豆くさっ！」
「声も動きもうぜぇのに、匂いまで俺を苛つかせるのか…」
ざしざしと靴とアスファルトの間で念入りに妖精の身体をすりつぶす子供。
「あ゛がっ…、あごごご……」
「うわ、ゆーちゃん、グロ！！」
「おら！しね！！はやくしね！！！」
最初は意味のない悲鳴を上げながらイヤイヤとするように首を弱く振っていた妖精だったが、なんども踏みつけられるうちに次第に反応しなくなった。
「……」
「何も言わなくなっちゃった」
「さすがに死んだんじゃね？」
「なんだよ。つまんねーの。それじゃ、最後の一発くれてやるよオラァ！！」
小学生は一際強く妖精の残骸を蹴り上げた。
それは高く高く舞い上がり、、
そして、ぼちゃりと水っぽい音をたててアスファルトの上に落ちた。
「あー、すっきりした。」
「ゆーちゃんやばすぎでしょ！」
子供たちはたかく笑いながら、もとの帰路を歩き始めた
アスファルトの上に残されたぐちゃぐちゃの緑色の残骸。
もう何も映すことのなくなった濁った瞳に、一匹の蝿がたかっていた。
終。
その人間さんが僕はモカちゃんの盲導ずんなのだって言ってくれたのだ。
盲導ずんを傷つける事は人間さんの法律にも違反する事だけど…、ハーネスさんをつけていなかった僕は、法律的にも野良妖精扱いになってしまうのだ。だから人間さんたちが勘違いしたのも無理はないのだ。
先にルールを破って病院さんに入ってしまったのも僕だったし…。
ありがたい事に、僕は解毒剤を打ってもらって、しばらくしたら目を覚ますことができたのだ。
それから！
なんといっても特別に病院さんに入ってオーナーさんに会える許可も貰ったのだ！
オーナーさんが目覚めるきっかけになるかもしれないからって…本当に感謝してもしきれないのだ。
僕はモカちゃんのお家でお母さんとお父さんと過ごしていくうちに段々と身体さんのお傷も治って、お耳さんも生えてきたのだ。
それでも、モカちゃんは目を醒まさない。
ベッドの上の青白いお顔さんを見ると、じわりと涙が滲んでしまうのだ。
「モカちゃん…。また、お話したいのだ……。また一緒にお散歩さん…行きたいのだ……」
そうこうしていると、あの事故の裁判が始まったのだ。
まずは、検事さんが僕の証言を読み上げてくれたのだ。僕たちは青信号を渡っていたのだ。
次に運転手の人間さんがお話する番になったけど…、それはは、僕たちが赤信号を飛び出してきたという、聞くに耐えないものだったのだ。
ぼくは思わず口を挟んでしまったのだ。
「そんなわけはないのだ！人間さん！嘘はよくないのだ！！」
「あ？今は俺の供述中だが…。裁判官さん。俺は信号通りに走ってました。そしたらそこの妖精に手を引かれて少女が飛び出してきて…避けきれませんでした」
「なんでそんな嘘をつくのだ！」
「妖精風情が口を挟むな。お前だけ助かるように逃げたんだろうが。盲目の主人を見捨ててな」
「なっ！？何を言うのだ！オーナーさんはぶつかる直前に、僕を突き飛ばしてくれたのだ！それは運転手さんだって見ているはずなのだ！」
実際に、あの時オーナーさんは、僕よりも先に気が付いてハーネスさんを放り投げてくれたのだ。
「目が見えねぇ飼い主がお前より先に察知できるわけねぇだろ！」
「オーナーさんの感覚は鋭いのだ！耳で、肌でトラックさんが来るのを感じ取ったに違いないのだ！」
「はぁ…。もしも、そんな事ができるんなら、どのみちお前の注意不足じゃねぇか？お前は目が見えてたのに、耳で聞こえてたのに、直前まで気付かなかったのか？ああ、気付いてたから主人をおいて逃げたのか。がははは」
「それは…、う、ううう…！なんで、なんで……！！」
僕は自分がヒートアップしていたことに気が付いたのだ。周りはシンと静まり返っていたのだ。
「妖精は静粛に。今妖精に発現する権利はありません」
「う…うううう……」
裁判員さんたちはなんだか困ったような顔で僕をとほかの裁判員さんたちと顔を見合わせていたのだ。
「次の証人、前へ」
「はい」
あっ！僕を訓練してくれた盲導ずんトレーナーさんなのだ！
トレーナーさんは本当にすごい人間さんなのだ。
厳しいけれど優しくて……、僕はトレーナーさんのおかげで盲導ずんになれたと言っても過言ではないのだ。感謝してもしきれない、大切な存在なのだ。
「確かにこの子は血統は良くない子でしたが、代わりに弛まない努力をして、盲導ずんとして充分な能力を持っていると私が保証します！」
「トレーナーさん……」
「この子は私が育てた立派な盲導ずんです！」
人間さんたちから疑われるばかりだったけど、初めて来てくれた味方だったせいか、おめめさんがジワッと熱くなって、ポロポロと泣いてしまったのだ。
裁判員さん(？)たちもその迫力にうんうんと頷いている。
しんみりと静まったところに、運転していた人間さんが声を上げた。
「いやいやいや！ 訓練がどうだったかは知らねえが、その虫が間違えたに決まってんだろ。その虫と、人間様の証言。どっちが有用なんだ？」
そのあとも、トレーナーさんは僕の無実を訴え続けてくれたのだ。運転手の人間さんはそのたびにぶつぶつと何かを言っていたけど、裁判官さんに発言を止められてからは大人しくなったのだ。
運転主さんか、僕……どちらかが嘘をついていることは明らかだったけど、裁判員さんたちはどうにもわからないみたいで、有耶無耶な雰囲気のまま、裁判は一旦終わったのだ。裁判さんはこれで終わりじゃなくって、また何回か証拠の提示や、証人さんのお話があるらしいのだ。
オーナーさんの無念を必ず晴らしてあげるのだ！
裁判所の入り口で、あの運転手さんとすれ違ったのだ。
僕は声をかけずにはいられなかったのだ。
「−−あの！！ 人間さん！！」
「あ？」
僕たち妖精と人間さん…暮らしや常識は違えど、同じ言葉を持っているのだ。
ちゃんとお話すればわかってくれるはずなのだ。
「人間さんっ！なんでそんな嘘ばっかりつくのだ！人間さんの社会では、嘘をついてはいけないって、誠実じゃなきゃいけないって、散々教えられたのだ！ それができなかった妖精は盲導ずん候補からすぐに外されたのだ！ なんでルールを決めたはずの人間さんがルールを破るような事をするのだ！？」
「害獣のクセに、御高説たれやがって…」
ぐい、と人間さんは僕に顔を近づけた。
「ひっ……！」
なんて…、なんて怖いお顔なのだ…。
「あのなぁ…。人間の世界では人間様が一番偉いし、人間様がルールなんだよ」
「しょんな…。僕はこれまで人間さんのために……。一度も人間さんのルールだってやぶったことなんて……」
「本当か？？」
人間さんは僕の瞳の奥を覗き込む。
ぼくは、一度だって…
「はっｰー！？」
「なんか心当たりがあるような顔をしているが」
僕はあのとき、病院さんに忍び込んでしまったのだ。
「そ…、それは……」
「な？ 間違いは誰にでもある。誰もお前が嘘つきだって言っているわけじゃねぇ。人間のルールも破る、知能の低い下等なゴミ虫のお前は信号の色を間違えたんだよな？」
「ゴミじゃないのだ…。虫じゃないのだ…。下等じゃないのだ…。僕は…、僕は！！ トレーナーさんに育ててもらった立派な盲導ずんなのだ！！」
「立派かどうかはお前が決めることじゃねぇよ。ゴミムシのクセに人間様の言葉をしゃべるんじゃねぇ。殺すぞ」
「しょんな…。」
何を言ってもこの人間さんには通じないのだ…。言葉は分かるのに、何を言っているのか、僕にはわからないのだ…。
人間さんは僕を横目に、鼻歌でも歌いながら、素知らぬ顔で煙草に火をつけたのだ。
「なーー、オーナーさんに怪我させておきながら、その態度はなんなのだ…。それに、ここでは煙草は吸ってはいけないはずなのだ…。くしょ…くしょ…。こんな…こんなヤツに…。オーナーさんは…オーナーさんは…。全身傷だらけになって、今も目を覚まさないのだ……。」
「お前の飼い主も馬鹿だよなぁ。お前なんか助けないで、ちょっとでも躱してればこんな大事にならなくて済んだかもしれねぇのに……。ったく、迷惑な話だぜ。」
「なっ！？ オーナーさんを馬鹿にするな！！オーナーさんは僕を助けてくれたのだ！！お前なんかがオーナーさんを語るな！！」
「まぁ、念入りに轢いてやったから、もう死んじまったみたいなもんだし、目撃者は俺だけだ。がはははは！」
「なっ！？おまえ…？ おまえ…！！まさかわかってて…！？オーナーさんを助けないで、ひどいことをしたのだ！？！？ お前だけは絶対に許さないのだ！！ それに、オーナーさんは眠っているだけなのだ！！死んじゃってなんかいないのだ！！ あやまれ！！オーナーさんに謝るのだ！！」
盗人猛々しい、あまりにもあんまりな物言い。
僕は思わず飛びかかっていたのだ。
「うおおお！！お前だけは絶対に許さないのだ！！オーナーさんを侮辱するなぁああ！！」
ドライバーがニヤリと笑ったのにも、その理由にも、その時の僕は気付けなかったのだ。
「うおっーー！？いっってぇええ！！なんだコイツ！いきなり飛びかかって来やがった！！誰か！誰か助けてくれ！！」
くしょ人間は大げさに地面に倒れ込んだのだ。
ぞろぞろと野次馬の輪ができる。
それでも僕の怒りは収まらず、腕を振り回して、ポコポコとドライバーを殴り続けたのだ。
「あやまれー！！オーナーさんにあやまれー！！お前だけは絶対に許さないのだ！！くちょにんげん！！お前みたいな人間はくちょなのだ！！くらえ！くらえ！！これでもくらえ！！卑怯者！オーナーさんの無念を知るのだ！！」
次第に集まってきた警備員さん。
僕はくしょ人間から強引に引き剥がされ、地面に抑えつけられたのだ。
「フーッ！フーッ！！はなせ！はなすのだ！！アイツは！アイツだけは！！絶対に許せないのだ！！」
「暴れるな」
ピシャリと言う警備員さん。
「フーッ！フーッ！！」
僕は身体さんを押さえつけられて、動くことはできなくても、必死にくしょ人間を睨みつけたのだ。
「離せ！離すのだ！！」
僕は警備員の指に噛みついたのだった。
「痛って！！」
堪らず手を緩めた警備員さんのスキをついて、僕はくしょ人間にまて飛びかかったのだ。
「うおおお！！謝れー！！お前だけは！ お前だけは絶対にーー！！」
でも僕の渾身のぐるぐるパンチはくしょ人間に届くことはなかったのだ。
「−−ぎゃっ！？！？！」
気が付いたら僕は地面に叩きつけられていたのだ。別の警備員さんが警棒で叩き落としたからだったのだ…。
「おうっ！？ がっーー！？」
僕は、その勢いでべちゃりと地面に叩き落されたのだ。
突然の衝撃から、少し遅れてすごい痛みが僕を襲ったのだ。痛くて声も出せなかったのだ。
「かひゅー…、かひゅー……」
いちゃい、いちゃいよぉ…。
「おいおい、こんなやつがいたんじゃ、危なくてオチオチ外も歩けねぇぜ。捕まえといてくれよ。裁判で図星突かれたからって襲ってくるなんて。やっぱり害獣は害獣だな」
違うのだ！ソイツはソイツはー！！
言おうとしたけど、僕の口からはかすれるような声しか出ていなかったのだ。
「かひゅー…かひゅー……、」
いちゃいよぉ…。
僕たちの周りには輪のように集まった人間さん。
あたりは静まり返っていたのだ。
どうやら僕の耳が聞こえなくなっちゃったわけじゃないみたいで、僕は何とか頭を上げたのだ。
あっ…トレーナーさん…！？
トレーナーさんが僕とくしょ人間の間に入ってきてくれたのだ。
トレーナーさんは厳しいけど、いつも僕のためを思って訓練してくれたのだ。
トレーナーさんならきっとわかってくれるのだ。
トレーナーさんが口を開く。
「…私が間違っていました。」
え…？
「この妖精の盲導ずん免許は私が責任を持って剥奪いたします」
なん…、？え…？
トレーナーさん…？
なん…で……？
僕を育ててくれたトレーナーさんが、見たこともないような怖い顔で僕を睨みつけていたのだ。
「しょんな……、ぼく……」
「そうだろそうだろ！人間様に手を上げるなんてどうかしてやがるぜ！どんな訓練してやがるのかって話だ！盲導ずんに襲われましたってSNSでバラまいたら……、もう誰も盲導ずんを使おうなんて思わなくなるだろうよ！」
「…その通りです」
「拡散されたくなかったら、今ここでコイツが盲導ずんなんかじゃないって証明しろ！」
「…わかりました」
トレーナーさんが僕向かって歩いてきたのだ。
「ずん介…」
「ちがうのだ！これは、そこのくしょ人間が！！」
「ずん介！！」
「ーー！？！？」
トレーナーさんの口からは聞いたこともないような、鋭い声だったのだ。
「何があっても人間には暴力を振るわない。くしょ人間なんて呼ばない…。そんな初歩の初歩のことすら守れない妖精には、盲導ずんの資格はありません」
「しょんな…、ぼくは…、ほんとうに……」
トレーナーさんは僕を諭すように言った。
「私はずん介が嘘をついているとは少しも思っていませんでした」
「だったらーー、やめて！僕のハーネスさん取らないで！！これはトレーナーさんと一生懸命努力した証なのだ！モカちゃんと僕を繋いでくれる大切なものなのだ！！」
このハーネスは盲導ずんの証…。厳しい訓練を耐え抜いた盲導ずんにとって何よりの誇りなのだ。
「暴れないで。でも、そんな暴力をふるうような妖精の証言が疑わしい、と言われてしまったら。なにも言い返せないでしょう？」
「あ……」
「それにね。さっきの…、豹変して、あの人に飛び掛かったずん介の怖い顔……。それを見たら、私にも分からなくなっちゃった。−−ごめんね。ちゃんとした盲導ずんに育ててあげられなくて…」
そうか…。そうだったのだ。
裁判では終始僕を庇ってくれたトレーナーさん。
そんなトレーナーさんの信頼を、僕は…、僕は……。
「そんな…、ぼくは…ぼくは……」
立ち尽くすぼくの背中のハーネスさん。そしてそれは、それをつけてくれた訓練士さんによって外されたのだ…。
「しょんな…。ぼくの…、ぼくの努力……。トレーナーさんとの訓練……」
じぇんぶ…、じぇんぶ無駄に……。
「これまでお疲れ様……。ずん介……」
トレーナーさんは僕にそう言うと、1枚の賞状みたいな紙を取り出したのだ。
「ト…トレーナーさん…それは……」
「私の盲導ずん訓練士の資格証です。私は彼を信じ、盲導ずんに相応しいと確信して免許を与えました。しかし、その確信は間違っていたようです。それは私のミスであり、訓練士に相応しくない。訓練士資格はここに返上します」
「そ…そんな……。悪いのは僕なのだ……。トレーナーさんは悪くないのだ…」
トレーナーさんはビリビリとを破いて床にばらまいたのだ。
「さようなら…ずん介……」
訓練士さんはそのまま、フラフラとした足取りで裁判所から出ていってしまったのだ…。
僕はその背中に声をかけることもできなかったのだ。
ごめんなさい。
トレーナーさんごめんなさいなのだ。
僕が…僕が人間さんに暴力をふるってしまったばっかりに…。
トレーナーさんは厳しくても優しく僕たちを訓練してくれていたのに…。
トレーナさんがこれから送り出す筈だったたくさんの盲導ずんはきっと、これまた沢山の目の不自由な人間さんを支えていたに違いないのだ。
それを…。
僕のせいなのだ……。
僕がこの人間さんの挑発に乗ってしまったせいで……。
でも、僕は許せなかったのだ…。
オーナーさんを傷つけたこのくちょ人間だけは…。
「う…うう…、くちょ…くちょ人間……」
「あ？何睨みつけてんだ？？よし、盲導ずんじゃなくなったお前は…。ただのずんだ妖精だな。妖精を飼う場合は去勢か飛行器官の破壊、またはその両方が課されているな」
「むぎゅぅうっ！！」
僕は、あのくしょ人間にわしづかみで持ち上げられたのだ。
「飼いやすくしてやらないと…、な！！」
くしょ人間は小さなカッターナイフを取り出すと、僕の首筋に刃を当てたのだ。
「やめてやめてやめて！そら豆さん取らないで！ああああああああああああ！！！いちゃいいいいい！！！」
「飛行器官はっと、ここかな？どこだ？」
「やめてやめて！そら豆さん潰さないで！！ぐりぐりやめて！そこは大事なところなのだ！！
「おっ、ここかな」
「やめちぇぇえええ！！あ゛っーー！？！？」
僕の中で、ぶちん、と何かがはじけたのだ。
「これでよし、と」
僕は地面に投げ捨てられたのだ。
いつもはふわりと浮かべるはずなのに、僕は重力に逆らえずにべチャリと地面にぶつかったのだ。
「しょんな…ぼく…。ぼくのそら豆さん…。飛べなくなっちゃったのだ…。ぼく、飛べなくなっちゃったのだ……」
「妖精を飼う時は本来飛行器官を潰さなきゃいけないからな。お前は盲導ずんとして、去勢も飛行器官の破壊も免除されてたかもしれないが、その特権ももうない筈だ」
「しょんな…、僕の…僕のそら豆さんが…。もう飛べないちゃ…。オーナーさんを助けてあげられないちゃ……、盲導ずんで、いられないちゃ……」
「けっ、なにいっちょ前に盲導ずん面してんだ。盲導ずん免許剥奪されたお前はただの害獣だろうが。…あっ。妖精なら去勢しなきゃいけないが…生憎、道具がねぇな…」
「そうだ、裁判官さん。そのハンマー貸してくれよ」
男はたまたま隣りにいた裁判官さんから半ばひったくるようにハンマーさんを奪ったのだ。
「ちょっとーー」
「な、何をするつもりなのだ！？」
「何ってこうするんだよ！」
くちょ人間はハンマーを大きく振りかぶっているのた。その狙いの先は……。
「やめてやめてやめてやめて！ずんぽは！ずんぽだけは！！ずんぽだけはやめて！やめて！やめて、やめ…、あああああああああ！！」
凄まじい衝撃。
僕は頭が真っ白になって、自分が何を行っているかもわからなかったのだ。
「いちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！！やめちぇー！ずんぽとずんたまだけはやめちぇ！！いちゃぃいいい！！」
「おらっ！おらっ！！くらえっ！！」
「おうっ！？いちゃいぃいあ！やめっ…叩くのやめて！！おうっ！？いちゃい！ずんっ…おうっ！？ずんぽ！！じゅんぽ！！じゅんぽがぁああああ！！！おうっ！？いちゃいいいいっ！！取れちゃうぅううう！！」
「てか、こいつらって、何されても悲鳴上げないように訓練してるんじゃねえのかよ。やっぱりクソ虫はダメだな」
今はお仕事中じゃないから、発言を我慢する必要もなかったんだけど、このくしょ人間にだけは絶対に負けられないのだ。
「むぐっ…、むぐぐぐぐぐ……」
「おお、頑張ってんじゃん。これでもくらえ！！」
「っ――！？！？！？ む――！？！？！」
僕は両のお手々さんで口を押えて何度も何度も振り下ろされるハンマーに耐える。
「おら！！！おら！！」
「ーーいぎぃいいいいいっ！！！」
くしょ人間は一際大きくハンマーを振りかぶったのだ。
「ひぃっ−−だめちゃ！ ゆるしてちゃ！！！」
「がははは！！ ウッソだろお前、全然ユル決意じゃん！！ お仕置きだ！くらえ！！おらっおらっ！！」
「もうやめちゃーー！！ じゅんぽが！！ じゅんぽぉおおおおおお！！！ やめちゃ！！！ ずんぽとれちゃ！！ こわれちゃ！！」
何度も何度もたたかれるうちに、痛みは完全に麻痺していて、ドカっ、ドカっ、と鈍い振動だけが僕の身体に伝わってきていたのだ。
「あがっ……、あががが………」
「ふぅ、やっとぶっ潰れたか…」
「はう…はう……、はぅ…はぅ……」
僕は下を見るのが怖かったけど、恐る恐るそこを見たのだ。
「しょんな…ぼくの…ぼくのじゅん…ぽ……。じゅん…ぽが……。じゅんたまが……。ないのだ…。ぼくのじゅんぽさんが……。」
無惨に叩き潰された僕の大切なところ。
オーナーさんのもとでいっぱい働いて……。いつかは優しいママずんと夫婦になりたかったのだ。
僕は捨て妖精だから…。
家族っていうものに憧れていたのだ…。
優しいオーナーさんのもとで…、温かいお部屋でママずんと美味しいご飯さんを食べて…。いずれはおちびちゃんを沢山作って…。
もしかしたら…、『おとーちゃのお仕事はすごいのだ！偉いのだ！』なんて言ってくれて……。
幸せな家庭を築いていけると思っていたのだ……。
そして、全然そうじゃなくてもいいんだけど、高望みかもしれないけど、おちびちゃんも盲導ずんを目指してくれたらいいなぁ…、なんて……、そんな未来を…、そんなずん生を……夢見ていたのだ。
とうして…？どうしてこんなことに……？
「じゅん…ぽ……。ぼくの……ぼくのじゅんぽ……かえして……、かえして……？」
「まったく…。何が盲導ずんだよ。ずんぽずんぽって、やっぱり交尾しか頭にねぇ害獣じゃねえか。てか、そもそもずんぽとかずんたまってなんだよ。気色悪ぃな」
人間さんは、お手々が酷いめにあったら、『手がっ！？』って言っちゃわないのだ？
ずんぽが酷いめにはあったら、『ずんぽがっ！？』って言っちゃだめなのだ…？
酷いのだ…。酷すぎるのだ……。
「ぼくの…ぼくの未来のママずん…、未来のおちびちゃん…、ぼくのずん生……、ぼくの未来…、ぼくのお仕事…、ぼくのオーナーさん…。かえし…て……」
「あーあ、いきなり襲いかかられた被害届を出してやってもいいんだが…。まぁこんな害獣を相手取るのも面倒だ。二度と法廷に連れて来なければ許してやるぜ。裁判員も、こんな害獣の証言はアテにならないってわかっただろうしな」
「ぼくの…、か、ぞく……。」
「わかったら出ていけ。二度と裁判所に入るな」
「ぎゃっ――！」
僕は裁判所から蹴り出されて、集まっていた人間さんもそそくさとどこかへ行ってしまった。
盲導ずんの証であるハーネスさんを失い、そら豆さんを失い、大切な未来を喪い…。
信頼してくれていた訓練士さんも……。
僕は何もかも失ったのだ…。
僕に残っているのはもうオーナーさんだけなのだ。。
僕は病院へ歩き出すしかなかったのだ。
オーナーさん…。
ぽろぽろと涙が溢れちゃったのだ。
なんで…？
どうして……？
きびしい訓練に耐えて、やっと人間さんの役にたてると思ったのに…。電車や街中で酷いことをされても声一つ挙げずに我慢してきたのだ…。子供に枝豆さんをちぎられても、笑って許してきたのだ…。
どうして…？ どうして僕達はこんなに愛されないの…？
オーナーさん。オーナーさんに会いたいのだ。
がんばったねって、ほめてほしいのだ。
抱きしめてほしいのだ。
なでなでして欲しいのだ。
オーナーさん。オーナーさん。
モカちゃんーー。
気が付くとそこは見慣れた場所で。
「もう……、病院なのだ…」
自動扉に触れても自動ドアはビクともしないのだ。いつもは高く飛んでセンサーさんを反応させるんだけど…。
入っていく人間さんのすぐ後ろについて、僕は病院さんのなかに入ったのだ。
病室の中はいつもと変わらず、ピッピッって言う電子音だけがなっている。
「モカちゃん…」
オーナーさんは返事をしない。
「オーナーさんは、自分が轢かれちゃうっていう時に、僕を助けてくれたのだ…。オーナーさん…。目を覚まして…。淋しいのだ…。つらいのだ…。」
がらりと扉が開いたのだ。
「あら、ずん介…」
「あ、ママさんもお見舞いさんに来たのだ？ 僕ね…！」
僕はママさんへいつものように話しかけようとしたけど、、、
「−−申し訳ないんだけど、外へ出ていてくれる？」
「え？どうして……？いつも一緒にお見舞いさんに来ていたのに……」
「ごめんね。……ちょっと、今は貴方を見るのもつらいの」
くしゃりと力なくほほ笑むママさん。
僕たちはちゃんと青信号さんを渡ってたのだ…。
でもオーナーさんが僕を助けなければ、こんなことにはなってなかったかもしれないのだ…。逃げられていたかもしれないのだ…。そう思うと、僕のせいかもしれないのだ…。
「こんな僕を今まで育ててくれてありがとうございましたなのだ…。オーナーさんと、ママさんには感謝してもしきれないのだ…」
何も言わないママさん。
「うっ、ううっ……。お世話になりましたのだ…」
僕はとぼとぼと病院を後にしたのだ
背の高い高い病院さんの前。
無邪気に遊んでいる小さな人間さんが一人、野良妖精を追いかけて遊んでいたのだ。
「まてまてー！」
「僕はくちょ人間なんかに捕まらないのだ！！」
あっ…あれは……。
よく見たらあの事故の前に僕の枝耳を虐めた人間さんのおちびのうちの一人なのだ。
あの後、モカちゃんはここの横断歩道さんで…。
元はと言えば、あの子たちが僕の枝耳をいじめなければあんなことには…。
ううん、そんな考えはよくないのだ。
オーナーさんは必ず目覚めるのだ。
これからも毎日お見舞いに行って、オーナーさんに話しかけるのだ！
ぼくも前向きに頑張るのだ！
小さな人間さんをなんとなく見ていた僕だったけど、人間さんは妖精を追いかけて赤信号に飛び出したのだ。
その少し先、すごいスピードで走っている車さんは止まれそうにないのだ。
「危ない…！」
僕は思わず飛び出していたのだ。
小さな人間さんの背中の黒い鞄を突き飛ばすように。
「のっだぁああああーー！！」
小さな人間さんはバランスを崩して前に。
そして、僕が見たのは迫ってくる、白いバンパー。
聞いたのは響くブレーキ音と、何かがつぶれるような音。
感じたのは衝撃。
そのあと、ゴロゴロとアスファルトの上を転がったのだ。
「いちゃ…、いちゃ……。」
緑に染まってゆく視界。
(オーナーさんもこんないちゃい想いをしたのだ…？)
(ああ…さっきの小さな人間さんは無事なのだ…？)
見渡すと尻もちをついた人間さんが、こちらを見てビックリしてたのだ。
「ひっーー、あっ…あっ…、うわあっ…！！」
小さな人間さんは悲鳴をあげると、走ってどこかへ行ってしまったのだ。
(よかったのだ…今度は、助けられたのだ…。オーナーさん…。やったよ…。ぼく…。オーナーさんはほめてくれるかなーのだ？)
(ハーネスさんを失っても、僕は…、僕はちゃんと最期まで盲導ずんでいられたのだ…？)
(神様、見ていたらおねがいしますのだ。僕を助けてくれたオーナーさんと、僕のせいで失ってしまったトレーナーさんの名誉は助けてほしいのだ)
(お願いなのだ)
(あ、ああ…、もう…眼が……かすんで……)
(痛くないちゃ…。何も見えないちゃ…。オーナーさんと同じなのだ…。ちょっとだけ嬉しいのだ…。)
夕暮れ。
雲の隙間から光が漏れた。
俗に天使の梯子と呼ばれるそれが、病院の窓ごしに、主人の顔を照らした。
光の眩しさからだろうか。主人の瞳からは一雫の涙がこぼれ、その瞼がかすかに動いた。
それはちょうど小学生の下校時刻であった。
男の子2人が横断歩道を渡っていた。
べしょ、と足の裏に不快な感触。
「うわっ、なんか踏んだんだけど！」
足元には緑色の何かか広がっていた。
「ええ？なにあれ。妖精？？」
「きったね。臓物ぶちまけてやがる。誰だか知らねぇが、轢いたら轢いたでちゃんと片付けとけよな」
「おおかた、交通ルールも知らねぇで道路に飛び出して来たんだろ。マジで害獣だな…」
「くそ、靴が汚れたぜ…。ってこの妖精、なんか唸ってない？？」
「あ゛ー…あ゛ー……。あ゛ー…あ゛ーー…」
「気色悪ぃ声。なんだこれ？」
「妖精も脳をやられるとああなるらしいよ。頭潰れて変形してるし、それにしても、まだ息があるのか…。すげぇ生命力だな…」
「あ゛ー、あ゛ー……？あ゛ー、あ゛ーーー……」
「偉大な植物パワーだな…。身体破裂して、ほとんど生首だけなのに、唸ってるのは流石に気持ち悪いな…」
「あー…あー……」
「気色悪いんだよ！！ おら、おら！！潰れろ！潰れろ！！ しね！はやくしねよクソ害獣！！」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！」
「火つけてやろうぜ！火葬だ火葬！」
子供がライターで火をつけると、妖精は反応するようにびくりと身体を震わせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！あ゛ぢゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー！！」
「うっわ豆くさっ！」
「声も動きもうぜぇのに、匂いまで俺を苛つかせるのか…」
ざしざしと靴とアスファルトの間で念入りに妖精の身体をすりつぶす子供。
「あ゛がっ…、あごごご……」
「うわ、ゆーちゃん、グロ！！」
「おら！しね！！はやくしね！！！」
最初は意味のない悲鳴を上げながらイヤイヤとするように首を弱く振っていた妖精だったが、なんども踏みつけられるうちに次第に反応しなくなった。
「……」
「何も言わなくなっちゃった」
「さすがに死んだんじゃね？」
「なんだよ。つまんねーの。それじゃ、最後の一発くれてやるよオラァ！！」
小学生は一際強く妖精の残骸を蹴り上げた。
それは高く高く舞い上がり、、
そして、ぼちゃりと水っぽい音をたててアスファルトの上に落ちた。
「あー、すっきりした。」
「ゆーちゃんやばすぎでしょ！」
子供たちはたかく笑いながら、もとの帰路を歩き始めた
アスファルトの上に残されたぐちゃぐちゃの緑色の残骸。
もう何も映すことのなくなった濁った瞳に、一匹の蝿がたかっていた。
終。
あとがき
ごめんね…、司法知識ガバガバでごめんね…
同一作者の作品
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このページへのコメント
後半のずん介の全てを奪う怒涛の追い討ち素晴らしかったです
世相が…世相が厳しすぎる世界なのでもしもずん介がうまく立ち回れたとしても他の盲導ずんもいずれこんな目に遭うと想像できて悲しい…
自己主張する非同胞に人間さんは厳しいですよね。非どの中には妖精だけじゃなく、色々含まれてくるんでしょうが。名付けるとしたら、思想としての不気味の谷なのかなぁって思ったり。
ずん介のせいで炎上こそすれ、安くて便利な妖精さんは、これからも都合の良い奴隷兼、何かあったときのスケープゴートとしてコキ使われ続けるでしょう。。。
感想ありがとうございました
完膚無きまで潰しましたね
もうぐうの音も出ないって感じ
可哀想かもだけど、介助ずんなのに簡単に人の挑発に乗っちゃって駄目でしょう
おまけに暴力…こりゃ自業自得な結末と取られても仕方ないですね
この妖精のせいで、今頑張ってる介助ずん達が職を失うかも知れませんからね
とっても面白かったです
また次のお話を期待しています
おっと介助ずんじゃなくて、盲導ずんだったね
間違ってすまん！
人間よりはるかに高い道徳性を要求される妖精さん、かわいそうでかわいいね…。
介助ずんと聞いて、そういえば盲導犬より、視覚補助犬って言うようになったんだっけ？、もしかして、ワイって…老人…？と思ってドキッとして調べましたが、調べると盲導犬って言葉も生き残ってそうですね。盲の字の見栄えは確かにあまり良くないので名称変更は妥当とは思いますが…。
感想ありがとうございました。
なんてすばらしい作品なのだ！
終始救いの無い展開が心地よかったです。
>「うおっーー！？いっってぇええ！！なんだコイツ！いきなり飛びかかって来やがった！！誰か！誰か助けてくれ！！」（中略）それでも僕の怒りは収まらず、腕を振り回して、ポコポコとドライバーを殴り続けたのだ。
の部分が地味にお気に入りです。
kanagawaニキの動画のぐるぐるパンチで脳内再生されて、間抜けで必死なずん介が鬼威惨に嵌められてる様子がありありと浮かぶのだ。
「ウッソだろお前、全然ゆるケツ意じゃん！！」は大草原。
まさしく、ぐるパンですね…。
ケツ掴まれてるのにぐるぐる手だけ回してるのは滑稽極まりない…
考えてた情景を共有できたようで何よりです。
隙あらば語録入れたいと思って、思いついたので、気付いてくれてうれち、うれち！
感想感想なのだ
知性がなければ、論理的に加害者を悪と認めることはなかった
喜怒哀楽を持たなければ、悪を懲らしめたいと思うことはなかった
他の動物より知能が高く言葉がわかる事が仇になり、自ら人間を傷つけに向かってしまうのが皮肉が効いてていいですね
そして子供は妖精を虫扱い、加害者に去勢される時も周りにいた大人は一人も止めようとしない、同情すら…
たとえ社会的に役割を認められ、誇りを持って人間を助けようとする妖精とてその命の価値は虫程度のものだったんですね
最後に命を以って子供を助けたその誇りすら、誰の心も動かしはしなかった。人のためにしたどんな良い事も、冷め、白んだ目で見られるこの仲間はずれ感、趣味の悪いこと甚だしいが、心地良いと言わざるを得ない
そして妖精の大事なものを奪う時の悲鳴は何ら罪のない善良ずんであるほど格別に嗜虐心を満たしてくれますね
もう完璧なレビューでしょこれ…
完璧な読解力と文章力…俺でなきゃ見逃しちゃうね…
できたら何らかの形で作品を拝見したいくらいです
僕の意図を完全に理解されてしまったので完敗です。
とても嬉しい感想ありがとうございました。
またよろしくお願いします。
見る前のワイ
お！新しい小説あるやんけ！善良虐？まあ最近できた動画の善良虐も耐えきれたしいけるか！
前編見たワイ
おうふ、結構きたな。でもまあ所詮この程度か！これなら俺のメンタルが勝つな！やっぱり動画のは結構重めだったのか！
後編見たワイ
ギブです…
感想
私はどうしても善良虐には馴染めきれないのだなって思ってしまいました。しかし文章構成が素晴らしく作者さんは現代文の点数高かったのかなって思いました。今まででトップクラスにダメージはありましたがそれ以上にどっぷり引き込まれる文章で最後まで見ちゃいました！今は流石にお腹いっぱいですがまたいつか新しい作品ができるのを待ってます。小説制作お疲れ様でした。
コイツは読者さんにはダメージで半日くらい寝込んで欲しいってくらいに鬱に書いたつもりなので、伝わってくれたのは、ある意味一番嬉しいかもです(ホントすみません…)
苦手なジャンルなのに読んでくれるの優しいが過ぎる…
制裁系は書くの苦手なので、意に沿えるかはわかりませんが、また読んでくれると嬉しいです
感想ありがとうございました。