著者：３３３ 
こんなちっぽけな私でも趣味がある。
なかなか人には言えない趣味だ。
だが、それをすることで心に滑らかな清涼剤が染み渡るのだ。
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私が今晩食べたのは大盛りのラーメン。濃厚な味で、麺を頬張ると何とも言えない幸せに包まれる。勿論、見た目は明らかにカロリー爆弾だ。そこそこ中途半端に健康に気を使っていたり、使ってなかったりする私だが、たまにはこういうのも悪くないだろう。具材のもやしも堪らない。まぁ、本当は気を使わなくても良いのだが。
最後の最後まで、器に載った全てを箸と蓮華で掬い取っていく。しまいに水を流し込んで、「ごちそうさま。」嗚呼、美味しかった。胃のずっしりとした感触が、重い満足感を脳に伝えてくる。日を改めて、またここに来たい。確実にそう思わせてくれる。
鱈腹食って満足したら、店員を呼び、そそくさと会計を済ませてある場所に向かう。このラーメンが消化しきらないうちに事を済ませなければ、勿体ない。せっかくいつもより高いメニューを頼んだんだ。二度楽しませてくれたって良いだろう。なんせ、私を待ってくれている存在が居るのだから。
蛍光灯が煌びやかな繁華街を抜け、しばらくぶりにあの場所まで歩いていく。この閑静な住宅街では、電柱と窓の明かりが仄かにアスファルトを照らしている。「止まれ」の文字が青白い。喧騒や車の走行音が遠くから静かに響いてくるが、それ以外は自分の歩行音しか聞こえない。あとは庭かどっかにいる虫の鳴き声だろうか。
[あっ、おじさんなのだ！]
居た。午後10時にもなって大声を張り上げるもんだから、簡単な挨拶の後に、軽く注意をした。ずんだ虫のような下等生物は人間に不快さを与えてはならない。命にかかわるからね。生まれた時から下等というのはずんだ虫にとっては不服だろうが、この子は物分かりが良い。すぐに謝ってくれた、大きな声で。
「それじゃあ、早速始めようかな。」
[わくわくなのだ！今日は何が出てくるのだ？]
私はしゃがんで、おもむろに指を数本ほど喉の奥に突き立てる。あぁ、いや、ずんだ虫の喉ではなく、私の喉だ。触り心地の良い柔らかな部分をつんつんすると、反射的に胃がぎゅうと締まるのがよくわかる。一回目では吐き気を催しただけだった。加えて、口が虚無を吐き出すような仕草をした。つんつん。つんつん。二回三回と指で押していく。幸せを感じていた胃が驚愕したように震えている。ぎゅう…。ぎゅう…。ずんだ虫は丁度そばに居た家族を連れてきた模様だ。子ずんが大きな口を開けて、目に涙を浮かべながらその時を待っている。
ｸﾞﾌﾞｯ。大きな塊が食道に押し出された。瞬く間に筋肉が脈動し、内容物を上へ上へと運んでいく。指が汚れないようにすぐ引き抜いた、つもりだったが、間に合わなかった。口腔内に沸きあがってくるラーメンを反射的に唇でふさぎつつ、指先を眺めると、吐瀉物特有の滑らかな液体がまとわりついていた。その刹那、更なる脈動が追加の内容物を押し上げ、最後の堤防は決壊した。
ごぼっ。びちゃびちゃっ。
腹の奥底から熱い空気が鈍い音を立て、思わずむせてしまう。ピントが合わない目で下を見やると、胃酸の臭いを狂わせながら麺の破片がそこかしこに散らばっているのが朧げに分かる。あぁ、隣のこれはもやしか。案外そのままの形で残っている。次からはちゃんと噛まなければ。ぬらりと照る唇から顎に液体が伝い、ぽたぽたと滴下する。息は絶え絶えだ。
[おいち！おいち！]
元気な声だ。この声を待っていた。子ずん2匹がゲロを笑顔で啜っている。ちゅるちゅる。ぺろぺろ。口周りに中途半端に消化されたネギがついている。前足は完全に胃酸でぬらぬらだ。
[おちびちゃん。これは卵というのだ。黄色い所がとてもおいしいから、おちびちゃんは特別に食べていいのだ。]
咀嚼されてバラバラになったゆで卵を二匹が貪る。
嗚呼、なんて醜いんだ。なんて哀れなんだ。まんまるで可愛らしい体躯で一部では愛好家もいる。そんなずんだもん。なのに、吐瀉物を元気よく頬張っている。最も汚い物体の一つである吐瀉物を、「美味しい」と言っている。気味が良い。とても気味が良い。こんなもので満足している、ラインの低さ。もはや、ゲロを体中に塗りたくった親ずんが諸共黄色く輝いている。
この子たちは何も知らないんだろうな。都会のコンクリートジャングルに激しくもまれ、地を這いずり飛び回る。目の前で人間が贅沢をしているのに、そんなことすら気づく余地もない。彼らが得るのは人間社会が不意にこぼした取り留めもない余剰でしかない。誰かが忘れた缶コーヒーの中身。ビニール袋の奥にある生ごみの残渣。手元を狂わせて地面に落としてしまったクレープ。無くした人間は損した気分にはなってしまうだろうが、それで生活が狂うことは無い。不幸な日だったと片付けるだけだ。
しかし街のずんだ虫は、ジュースを注いだコップの表面から現れる水の一滴を求めて、あちこち飛び回る。そんな彼らに、親切な私がジュースをほんの少しくれてやるのだ。ほぼ水しか飲んでいないずんだ虫は大層喜ぶ。私も勿論喜ぶ。win-winじゃないか。
そこで思った。彼らはこれを飲み干した後、また闇夜に餌を探しに出かけ大きな苦労をするだろう。時には危険な目に遭うかもしれない。ならば、今この瞬間に彼らを殺せば、ずんだ虫にとっても喜ばしいことなんじゃないのか。彼らは今幸せの極地に居る。なんせ、咀嚼しているのは名店のラーメンの残渣だからね。このままずん生を終えられたら、ずんだ虫が今まで紡いできた苦しく辛い物語はハッピーエンドで幕を閉じることになる。
私はゆっくりと立ち上がった。ずんだ虫一家はアスファルトに広がったゲル状の物体の中で、口を動かしながらぐるぐる泳いでいる。
[おじさん、ありがとうなのだ！]
実に汚らわしい。
[またおじさんのをたべたいのﾁﾞｬｯ！]
ぐりぐり。ぐりぐり。靴で親ずんを押し付ける。周りでゲルが足の形を残しつつ流動する。ぐにゅうっと緑の内臓が横からあふれ出している。嗚呼、汚い。藻掻く手足は力なく私の親指の辺りを叩いている。少し力をそこに加えたら、白目をむいて痙攣しはじめた。その影響だろうか。口からゴブッと輪郭が曖昧になっている麺が噴出した。このずんだ虫はもう長くないだろう。直に自分の吐き出したもので窒息死するはずだ。
[ママずん！いまいくのだ！ぼくはママずんをたすけるのだ！]
[くちょにんげん！はなちぇええええ！]
[やじゃあああああ！]
吐瀉物が鳴いている。近所迷惑になるとさっき言っただろう？
すかさずパパずんの喉元をかかとで潰す。ゲェと断末魔をあげたっきり動かなくなってしまった。腹部を押し込むと、破裂した喉から緑色に塗れたもやしの一部が少し漏れ出た。
子ずん2匹のうち1匹は吐瀉物から這い出し、よたよたと歩きながらアスファルトにぬったりとした跡をつけていた。高い粘度のせいか、手足がもたついている。
[ぼくをうらぎったくちょおやから、さっさとにげるのだ！]
私と親が共謀して子ずんを怖がらせようとしてると考えているのか？裏切るも何も親は既に死んでいるのに、おめでたい頭だ。親ずんを潰したのと同じ足で、子ずんを地面のゴツゴツに擦り込む。ずりずり。ずりずり。何か叫んだ気がするが、別に聞く気はない。
で、もう一匹の方だが…どこに行った？まさか飛んで逃げていったというのは無いだろうな？
お、いたいた。ラーメンの中で溺れて動かなくなっていた。緑色がゲロ色に染まってて分からなかったよ。
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一息ついて辺りを見回す。新鮮な空気だ。今まで酸っぱい臭いが鼻孔に充満していたのすら気づかなかった。それに、不覚にもズボンの裾に汁がついてしまっている。ちゃんと洗濯しなければ。この古い靴はさすがにもう使えないし、捨てることにしよう。このずんだもんの死骸を改めて眺めると、吐き気を催してきた。胃袋は空なのに。
そういえば、前線が迫っていて明日は豪雨らしい。体が綺麗になるといいね、哀れなずんだ虫さん。
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このページへのコメント
せっかく食べたばかりのラーメンをわざわざ戻す主人公、吐瀉物を美味しそうに啜るずんだ虫の両者の醜悪さを存分に感じられました。
クセというか毒々しさが強くて、とても刺激的な内容でした。
こういう淡々とした生態観察系もいいですよね。
それにしても夜中のテンションで話してた内容をすぐに書けるフットワークは流石です。
自分のゲ□踏みつけるとか勇気ありますね・・・
こんな風に最高の幸せを堪能してから死ねたら幸せよなあ…としみじみ思ってしまった
イケボの方にボイスドラマとして朗読していただきたいほど詩的な文章でした……
妖精たちにとっての「ゲロ」はピジョンミルク的なノリなのかな？栄養が取れれば何でもいいというのは、かなりタフな生態ですね！！