43
最終更新：
hayashidada 2024年06月30日(日) 23:20:36履歴
妖精保護法案というものが、かつてこの国にはありました。
今はもうありません。
なぜなくなったのかと言うと、これに反対する人たちが沢山現れて、いっぱい抗議の声を上げて、それでも聞かれず、差別主義者と言われ続けたので怒ってしまったからです。
その人達の怒りは物凄いもので、法案を提出した議員に始まり、ＮＰＯ法人、関連企業、その賛同者に至るまでボッコボコにしてしまったのです。
この事件は世界でも稀に見るテロ事件として世界で問題視され、様々な国がこの国に介入してきました。その結果、その色んな国の色んな偉い人たちが沢山死んじゃったというお話です。
現在ではこの事件を革命と呼んでいるそうです。
妖精の通称を借りて「ずんだ虫革命」あるいは「43革命」と言うそうです。酷い話ですよね。
彼らは自らを43と自称していた。その由来については誰も知らなかった。最初のメンバーが43人だったからだとも4月3日に結成されたからだとも言われている。
事実はどうあれ、彼らは43として認識された。外国で一番有名なこの国にまつわる数字だとも言われている。
彼らが認識されるようになった事件は今でも語り草だ。とある参議院議員が街宣を行っていた時、花束を持った白いワンピースの少女が目映い笑顔を浮かべながら彼に花束を渡してきた。
政治家は大変喜び、それを受け取ったが花束から変な音がするので調べてみるとその中には白目を剥き、ダイナマイトを咥えたずんだ虫が隠されていた。
この爆発に巻き込まれて政治家は死亡。花束を持ってきた少女も全身火傷で病院に運び込まれ半年後亡くなった。
何故こんなことをしたのか？ 世間は少女に問いかけた。
「私の父親は車を運転中、事故で死んだ。ずんだ虫がブレーキの下に潜り込んでいてブレーキを踏み込むことが出来ず下校する小学生の列に突っ込んで死んだ。世間から父は非難され、妖精愛護団体からも人でなしとあげつらわれた。妖精も人間も絶対に何もかも許さないと誓った」
犠牲になった参議院議員は妖精保護法案の草案を提出した一人であった。
憎しみに満ちた少女の遺言は「43」という謎の数字だった。
この件で少女に対し同情の声も上がったが、マスコミによる情報操作によって少女の悪性ばかりがとりただされた。漫画やゲームの見過ぎやり過ぎで現実を見失い倫理観も無くしてしまった愚かな女の子と吹聴された。
次第に世論も少女を悪者として考えるようになった。
その傾向が続いた三日後。キー局の重鎮が事故を起こして死んだ。ブレーキの下にずんだ虫がいたせいだった。
偶然の一致、とその時は誰もが思った。あるいは何者かによる事件ではないかと言われてもいたが、それは陰謀論と考えられていた。
その件を取り上げた新聞社の一つが妖精愛護の観点から人間の不始末を嘆く社説を書いた。その社説を書いた記者が誘拐され、遺体となって発見された。匿名による投書で発見されたのは行方不明から４３日後のことであった。
記者の遺体は無残なものだった。
口から胃にかけて無理矢理詰め込まれた無数のずんだ虫によって窒息死させられ、ずんだ虫の腸をつないで作ったロープで宙吊りにされていた。
かろうじて生きていたずんだ虫もおり「ひどいめにあったのだ！ おかーちゃのおしりさんをかじっていきのびたのだ！ ずんだもちよこすのだ！」とテレビ放送で騒いで大変顰蹙をかったという。
ちなみにこのずんだ虫に犯人について聞いたところ「そんなのしらないのだ！ ずんだもちよこすのだ！」と喚くばかりで何の情報も得られなかった。
その後、このずんだ虫はとあるＮＰＯ法人に預けられたのだが、ビデオレターと共に死体となって警察に送り届けられた。
その内容はこうだ。
『……なんなのだ、おまえらは！？ ぼくはずんだもちをたべてねむっていたはずなのだ！ ここはどこなのだ！？』
騒ぐずんだ虫を撮影者の男が無言で蹴り上げる。
『げっ』
口から胃液と共に吐瀉物を撒き散らすずんだ虫が持ち上げられると頭をペンチで挟まれた。
『ご……ぎぇ……が……ご……ごんなごどじで……いいど……おもっでるのだ……？』
撮影者は何も答えない。
『よーぜいば……じゃがいがら……まもられでいるのだ……こんなごどじたら……おまえば……じげいなのだ……』
撮影者は何も答えない。
『やめ……やめで……いぢゃ……いぢゃ……じ……じぬ……』
撮影者は何も答えない。
『どーじで……ぼぐ……なにも……わるいごど……じでないの……に……』
妖精の頭が潰れて飛び散った。
ぽとりと大した重さも感じさせない音と共に頭を失った妖精の体が地面に落ちる。
撮影者はそれを拾いあげ、錆びた釘で腹に数字を刻んだ。
43。
警察署に届いたずんだ虫も同様にその数字が刻まれていた。
この数字を刻まれたのはずんだ虫だけではない。ようやくこの時、世間にもこの数字が刻まれたのだ。
それからの展開は壮絶なものとなった。
妖精愛護団体が実態のない活動を利用した政治献金や企業からの寄付金という形でマネーロンダリングに関わり、反社会的勢力にも深いつながりがある事が示され、様々な法案がそのために作られたことが明るみになっていった。
与野党を問わず多くの政治家や官僚がこれに関係し、政党の境目がない利権関係として誰も彼もが首までつかっていることが明らかとなっていった。
勿論、誰もそれを認めない。これを明らかにしていったのは勿論43の面々だったが、政治家たちは彼らをテロリストとして糾弾し全てが捏造だと言い切った。
この期に及んで彼らは理解していなかった。
43は本当にテロリストであり、狂気を孕んだ怒りの具現者である、ということを。
手始めとばかりに見せしめになったのは例のずんだ虫を預かった愛護団体の代表である。
「妖精は我々と同じ知性を持った生き物です！ 人権が与えられて然るべきです！」
それが彼の主張だった。
43は彼を攫い、窓のない部屋に閉じ込めてこう言った。
『この部屋にはずんだ虫がいる。１ヶ月間こいつらと生活しろ』
『こ、殺さないのか？』
『俺たちは殺さない。ただし、生かしもしない』
『ど……どういう意味だ？』
『食事は用意しない』
『な……』
『なんとか一月生き延びれば解放してやる』
こうして愛護団体の男は１ヶ月間ずんだ虫と共に生活することになった。
どうしていいものか男がオロオロとしていると、何匹かのずんだ虫が男に近づいてきた。
『やい！ くしょにんげん！ ずんだもちをよこすのだ！』
居丈高に一匹のずんだ虫が要求してきたが、男は何も持っていない。着の身着のまま放り込まれたのだ。
『わ、私は何も持っていない』
『じゃあはやくもってくるのだ！』
『そうなのだ！ つかえねーのだ！』
ずんだ虫はそう言って男に暴言を浴びせかけてくる。男は嫌になって手を振りずんだ虫を払って部屋の隅にうずくまった。
『なにやってるのだ！ はやくずんだもちもってくるのだ！』
『もりのけんじゃのめいれいなのだ！ さっさとするのだ、くしょにんげん！』
『ほんとーにつかえないくしょにんげんなのだ！ いきててはずかちーのだ！』
男の周りを飛び回り、時には蹴りつけて、時にはぐるぐると腕を振り回し、男をなぶり続けた。
そのあまりのうるささと、鬱陶しさに男はずんだ虫を睨みつけた。
『妖精ごときがうるさいぞ……！ 私を怒らせるな！』
凄んで見せてもずんだ虫には通じない。
『くしょにんげんがなんかいってるのだ！』
『まけいぬのとおぼえなのだ！ みじめなのだ！』
『しょせんくしょにんげんなのだ！ かとうなのだ！』
負け犬、その言葉に男は反応した。思わず手を伸ばし、その言葉を口にしたずんだ虫を捕まえて握りしめる。
『誰が負け犬だ……！ 私は学費も出さない毒親にも負けず、一所懸命勉強し社会に出て人脈を作り組織を立ち上げ年収も三千万以上稼いでいる！ 私のどこが負け犬だ！ 言ってみろ！』
男の顔は真っ赤に染まっていた。負け犬という言葉は彼にとって地雷だったのだろう。そうとも知らずずんだ虫はその言葉を口にして首から下を力いっぱい握りしめられ目玉と舌を飛び出している。
『うぎゅえ……え……え……』
『や、やめるのだ！ どれーのくせになまいきなのだ！』
『そうなのだ！ はなすのだ、どれー！』
奴隷。その言葉の意味をずんだ虫がどれだけ理解しているかはともかくとして、その言葉もまた男にとっては大きな意味を持った言葉であった。
フラッシュバックする過去に目がチカチカとする。何者でもなかった男は、頭を下げてばかりで、人間扱いされずにこき使われてばかりいた頃のことを思い出し、手に力が入ってしまった。
『ぐぺ』
手の中で嫌な感触がする。袋の中で、水の入った袋が潰れるような感覚。びしゃびしゃと音を立ててずんだ虫の総排泄腔から緑色の液体が流れ出る。
完全に死んでいた。
『う、うわ』
死んだ命が気持ち悪くて壁に向かって投げ捨てると脆い体が弾けて、完全に死体と化した。これを生き物であると捉えるものはないだろう。
『きょ、きょーだい！ よくもきょーだいを！ おいちおいち！』
『ゆるさないのだ！ くしょにんげん！ おいちおいち！』
推定家族を殺害されて怒りの声を上げながら、ずんだ虫はその死骸に群がり食べ始める。その二匹だけではなくて、他のずんだ虫たちも死骸に群がり、血肉をすすり始めた。
その、あまりにもおぞましい光景に男は小さく悲鳴をあげて反対方向の角へ逃げ出した。
『おいちおいち！ ぜんぶぼくのなのだ！ おまえらはきえるのだ！』
『うるせーのだ！ おまえがきえるのだ！』
仲間の死体を争って殴り合うずんだ虫の姿に男は吐き気を覚える。体を縮めるように擦り合わせた手に張り付いたずんだ虫の緑色の体液が気持ち悪くて仕方なかった。
それから２日経った。男は何も飲まず食わずだったので限界が近付いていた。
食っていないのはまだ問題ない。喉の渇きは耐え難い。渇いた唇が切れてヒリヒリと痛む。
『のだのだのだ……』
妖精は呑気に空を飛んでいる。意味もなく殺し合ったり、交尾をしたり、糞尿を垂れ流していてまるで品性というものが感じられない。
男は思う。
何故こんな下等生物どもが元気いっぱいに活動していて、自分は死にかけているのかと。
これは不条理だ……。
理由は分かっている。こいつらは食べていて、自分は食べていない。
それだけの話である。
43は男に一切の食事を与えなかった。水分も同様である。それは男に限らず妖精たちにも食事は与えなかった。
しかし、妖精は同族食いをしていたから餓えることはなかった。こいつらは何故か食べた分以上に増やす事ができる。産んでは食べ、産んでは食べの繰り返しである。
それでいて数は一向に減らない。むしろ二日前に比べて増えている。明らかに異常な生態だが、だからこそ妖精などと呼ばれているのかもしれない。
妖精。
贅沢な名前だった。
ブンブンと空を飛び交う汚らしいそれは虫で十分だった。
虚ろな目で虫どもの様子を眺めていると、一匹の虫が尻を振りながらやってきた。
『くしょにんげん！ やせこけててかわいそーだからぼくのこーきなるあにゃるさんをみせてやるのだ！ ついでにずんちでもたべるのだ！』
そういって男の前に緑色の糞を排泄するずんだ虫。
のだのだのだと虫が嗤う。
遠くでそれを眺めている仲間の虫も嘲るように声を上げていた。
男は大きく口を開いていた。
かぷり、とそれに齧り付くと、しっかり歯をたてて噛み切った。
何を？ よもやまさか、糞を？
もちろん違う。
男が噛み切ったのは、ずんだ虫の臀部だった。
『ああああああああああああああああ！？ いぢゃああああああああああああああ！？』
口の中に虫の肉と、臭みのある血の味が広がる。
果実を頬張るように喉を潤す緑色の血液は涙が出るほど美味かった。
男がゆらりと立ち上がる。
下半身を失い、泣き叫ぶ虫を拾い上げると舌の上に乗せる。
『やめ……やめ、た、たべにゃ』
上の歯と下の歯が接触すると虫の動きが止まった。
柔らかい頭蓋を噛み砕き、脳漿が口の中に満ちる。
美味すぎる。牛よりも豚よりも鶏よりも馬よりも羊よりも鯨よりも何よりも！
餓えた男の目が虫を見る。その目は既にずんだ虫を食い物としか見ていなかった。
『ひ……ひぃいぃいいぃいぃぃぃぃいぃぃいいあああ！？』
その様子を見ていた虫どもが恐慌を起こし逃げ惑う。
男に、それを捕まえるつもりはなかった。その必要もない。
ここは密室で、ずんだ虫はいくらでもいて、無限に増え続ける。
男は心底ホッとした。
……それからその密室はずんだ虫の地獄と化した。
男は気まぐれに、果実をもぐような気安さでずんだ虫を無作為に食べた。
老若男女に関わらず食べ続けた。
元気が出てくるとずんだ虫を使って暇つぶしをすることを覚えた。ボールとして扱い、投げたり蹴ったりした。両手両足をもいでたりないにしてみたり、二匹を争わせて生き残った方を助けてやると約束して二匹とも食べる遊びをしたこともある。
とても楽しそうに笑っていた。
そうして一ヶ月が経った頃、男の前に43のメンバーが現れた。
『どうする？』
その問いに、男は頷いた。それにどういう意味があったのか。
ただ、その日から裏で妖精保護法案を利用して金を稼いでいた連中の不審死が相次いだ。
こうなってくると外国も口を出してくる。
日本で起きているテロリズムは許されない。必ずこれを根絶すると宣言した某国の大使はその翌日に行方不明となった。
これを受けて大統領が専用機に乗って飛び立ったが墜落した。
未曾有の事態に国連会議が開かれたが参加者全員が吹き飛んだ。
これに対し、43はこう声明を出した。
『43はどこにでもあり、どこにでもいて、どこにおいても行われる』
以来、43の活動は妨害されることはなかった。
妖精保護法案は廃案となり、妖精は特別指定外来生物として排除の対象となっている。
そして、43を名乗っていた人々は姿を消しました。
彼らがどうなったのかを知る人はいません。
今では妖精を見ることはめっきり少なくなりました。
だから、彼らもいなくなってしまったのかもしれません。
でも、もしも、再び妖精が人里に姿を現すようになったのなら、彼らもまた現れるのかもしれません。
536437564。
彼らが43である限り、彼らはどこにでもあり、どこにでもいて、どこにおいても行われるのだから。
今はもうありません。
なぜなくなったのかと言うと、これに反対する人たちが沢山現れて、いっぱい抗議の声を上げて、それでも聞かれず、差別主義者と言われ続けたので怒ってしまったからです。
その人達の怒りは物凄いもので、法案を提出した議員に始まり、ＮＰＯ法人、関連企業、その賛同者に至るまでボッコボコにしてしまったのです。
この事件は世界でも稀に見るテロ事件として世界で問題視され、様々な国がこの国に介入してきました。その結果、その色んな国の色んな偉い人たちが沢山死んじゃったというお話です。
現在ではこの事件を革命と呼んでいるそうです。
妖精の通称を借りて「ずんだ虫革命」あるいは「43革命」と言うそうです。酷い話ですよね。
彼らは自らを43と自称していた。その由来については誰も知らなかった。最初のメンバーが43人だったからだとも4月3日に結成されたからだとも言われている。
事実はどうあれ、彼らは43として認識された。外国で一番有名なこの国にまつわる数字だとも言われている。
彼らが認識されるようになった事件は今でも語り草だ。とある参議院議員が街宣を行っていた時、花束を持った白いワンピースの少女が目映い笑顔を浮かべながら彼に花束を渡してきた。
政治家は大変喜び、それを受け取ったが花束から変な音がするので調べてみるとその中には白目を剥き、ダイナマイトを咥えたずんだ虫が隠されていた。
この爆発に巻き込まれて政治家は死亡。花束を持ってきた少女も全身火傷で病院に運び込まれ半年後亡くなった。
何故こんなことをしたのか？ 世間は少女に問いかけた。
「私の父親は車を運転中、事故で死んだ。ずんだ虫がブレーキの下に潜り込んでいてブレーキを踏み込むことが出来ず下校する小学生の列に突っ込んで死んだ。世間から父は非難され、妖精愛護団体からも人でなしとあげつらわれた。妖精も人間も絶対に何もかも許さないと誓った」
犠牲になった参議院議員は妖精保護法案の草案を提出した一人であった。
憎しみに満ちた少女の遺言は「43」という謎の数字だった。
この件で少女に対し同情の声も上がったが、マスコミによる情報操作によって少女の悪性ばかりがとりただされた。漫画やゲームの見過ぎやり過ぎで現実を見失い倫理観も無くしてしまった愚かな女の子と吹聴された。
次第に世論も少女を悪者として考えるようになった。
その傾向が続いた三日後。キー局の重鎮が事故を起こして死んだ。ブレーキの下にずんだ虫がいたせいだった。
偶然の一致、とその時は誰もが思った。あるいは何者かによる事件ではないかと言われてもいたが、それは陰謀論と考えられていた。
その件を取り上げた新聞社の一つが妖精愛護の観点から人間の不始末を嘆く社説を書いた。その社説を書いた記者が誘拐され、遺体となって発見された。匿名による投書で発見されたのは行方不明から４３日後のことであった。
記者の遺体は無残なものだった。
口から胃にかけて無理矢理詰め込まれた無数のずんだ虫によって窒息死させられ、ずんだ虫の腸をつないで作ったロープで宙吊りにされていた。
かろうじて生きていたずんだ虫もおり「ひどいめにあったのだ！ おかーちゃのおしりさんをかじっていきのびたのだ！ ずんだもちよこすのだ！」とテレビ放送で騒いで大変顰蹙をかったという。
ちなみにこのずんだ虫に犯人について聞いたところ「そんなのしらないのだ！ ずんだもちよこすのだ！」と喚くばかりで何の情報も得られなかった。
その後、このずんだ虫はとあるＮＰＯ法人に預けられたのだが、ビデオレターと共に死体となって警察に送り届けられた。
その内容はこうだ。
『……なんなのだ、おまえらは！？ ぼくはずんだもちをたべてねむっていたはずなのだ！ ここはどこなのだ！？』
騒ぐずんだ虫を撮影者の男が無言で蹴り上げる。
『げっ』
口から胃液と共に吐瀉物を撒き散らすずんだ虫が持ち上げられると頭をペンチで挟まれた。
『ご……ぎぇ……が……ご……ごんなごどじで……いいど……おもっでるのだ……？』
撮影者は何も答えない。
『よーぜいば……じゃがいがら……まもられでいるのだ……こんなごどじたら……おまえば……じげいなのだ……』
撮影者は何も答えない。
『やめ……やめで……いぢゃ……いぢゃ……じ……じぬ……』
撮影者は何も答えない。
『どーじで……ぼぐ……なにも……わるいごど……じでないの……に……』
妖精の頭が潰れて飛び散った。
ぽとりと大した重さも感じさせない音と共に頭を失った妖精の体が地面に落ちる。
撮影者はそれを拾いあげ、錆びた釘で腹に数字を刻んだ。
43。
警察署に届いたずんだ虫も同様にその数字が刻まれていた。
この数字を刻まれたのはずんだ虫だけではない。ようやくこの時、世間にもこの数字が刻まれたのだ。
それからの展開は壮絶なものとなった。
妖精愛護団体が実態のない活動を利用した政治献金や企業からの寄付金という形でマネーロンダリングに関わり、反社会的勢力にも深いつながりがある事が示され、様々な法案がそのために作られたことが明るみになっていった。
与野党を問わず多くの政治家や官僚がこれに関係し、政党の境目がない利権関係として誰も彼もが首までつかっていることが明らかとなっていった。
勿論、誰もそれを認めない。これを明らかにしていったのは勿論43の面々だったが、政治家たちは彼らをテロリストとして糾弾し全てが捏造だと言い切った。
この期に及んで彼らは理解していなかった。
43は本当にテロリストであり、狂気を孕んだ怒りの具現者である、ということを。
手始めとばかりに見せしめになったのは例のずんだ虫を預かった愛護団体の代表である。
「妖精は我々と同じ知性を持った生き物です！ 人権が与えられて然るべきです！」
それが彼の主張だった。
43は彼を攫い、窓のない部屋に閉じ込めてこう言った。
『この部屋にはずんだ虫がいる。１ヶ月間こいつらと生活しろ』
『こ、殺さないのか？』
『俺たちは殺さない。ただし、生かしもしない』
『ど……どういう意味だ？』
『食事は用意しない』
『な……』
『なんとか一月生き延びれば解放してやる』
こうして愛護団体の男は１ヶ月間ずんだ虫と共に生活することになった。
どうしていいものか男がオロオロとしていると、何匹かのずんだ虫が男に近づいてきた。
『やい！ くしょにんげん！ ずんだもちをよこすのだ！』
居丈高に一匹のずんだ虫が要求してきたが、男は何も持っていない。着の身着のまま放り込まれたのだ。
『わ、私は何も持っていない』
『じゃあはやくもってくるのだ！』
『そうなのだ！ つかえねーのだ！』
ずんだ虫はそう言って男に暴言を浴びせかけてくる。男は嫌になって手を振りずんだ虫を払って部屋の隅にうずくまった。
『なにやってるのだ！ はやくずんだもちもってくるのだ！』
『もりのけんじゃのめいれいなのだ！ さっさとするのだ、くしょにんげん！』
『ほんとーにつかえないくしょにんげんなのだ！ いきててはずかちーのだ！』
男の周りを飛び回り、時には蹴りつけて、時にはぐるぐると腕を振り回し、男をなぶり続けた。
そのあまりのうるささと、鬱陶しさに男はずんだ虫を睨みつけた。
『妖精ごときがうるさいぞ……！ 私を怒らせるな！』
凄んで見せてもずんだ虫には通じない。
『くしょにんげんがなんかいってるのだ！』
『まけいぬのとおぼえなのだ！ みじめなのだ！』
『しょせんくしょにんげんなのだ！ かとうなのだ！』
負け犬、その言葉に男は反応した。思わず手を伸ばし、その言葉を口にしたずんだ虫を捕まえて握りしめる。
『誰が負け犬だ……！ 私は学費も出さない毒親にも負けず、一所懸命勉強し社会に出て人脈を作り組織を立ち上げ年収も三千万以上稼いでいる！ 私のどこが負け犬だ！ 言ってみろ！』
男の顔は真っ赤に染まっていた。負け犬という言葉は彼にとって地雷だったのだろう。そうとも知らずずんだ虫はその言葉を口にして首から下を力いっぱい握りしめられ目玉と舌を飛び出している。
『うぎゅえ……え……え……』
『や、やめるのだ！ どれーのくせになまいきなのだ！』
『そうなのだ！ はなすのだ、どれー！』
奴隷。その言葉の意味をずんだ虫がどれだけ理解しているかはともかくとして、その言葉もまた男にとっては大きな意味を持った言葉であった。
フラッシュバックする過去に目がチカチカとする。何者でもなかった男は、頭を下げてばかりで、人間扱いされずにこき使われてばかりいた頃のことを思い出し、手に力が入ってしまった。
『ぐぺ』
手の中で嫌な感触がする。袋の中で、水の入った袋が潰れるような感覚。びしゃびしゃと音を立ててずんだ虫の総排泄腔から緑色の液体が流れ出る。
完全に死んでいた。
『う、うわ』
死んだ命が気持ち悪くて壁に向かって投げ捨てると脆い体が弾けて、完全に死体と化した。これを生き物であると捉えるものはないだろう。
『きょ、きょーだい！ よくもきょーだいを！ おいちおいち！』
『ゆるさないのだ！ くしょにんげん！ おいちおいち！』
推定家族を殺害されて怒りの声を上げながら、ずんだ虫はその死骸に群がり食べ始める。その二匹だけではなくて、他のずんだ虫たちも死骸に群がり、血肉をすすり始めた。
その、あまりにもおぞましい光景に男は小さく悲鳴をあげて反対方向の角へ逃げ出した。
『おいちおいち！ ぜんぶぼくのなのだ！ おまえらはきえるのだ！』
『うるせーのだ！ おまえがきえるのだ！』
仲間の死体を争って殴り合うずんだ虫の姿に男は吐き気を覚える。体を縮めるように擦り合わせた手に張り付いたずんだ虫の緑色の体液が気持ち悪くて仕方なかった。
それから２日経った。男は何も飲まず食わずだったので限界が近付いていた。
食っていないのはまだ問題ない。喉の渇きは耐え難い。渇いた唇が切れてヒリヒリと痛む。
『のだのだのだ……』
妖精は呑気に空を飛んでいる。意味もなく殺し合ったり、交尾をしたり、糞尿を垂れ流していてまるで品性というものが感じられない。
男は思う。
何故こんな下等生物どもが元気いっぱいに活動していて、自分は死にかけているのかと。
これは不条理だ……。
理由は分かっている。こいつらは食べていて、自分は食べていない。
それだけの話である。
43は男に一切の食事を与えなかった。水分も同様である。それは男に限らず妖精たちにも食事は与えなかった。
しかし、妖精は同族食いをしていたから餓えることはなかった。こいつらは何故か食べた分以上に増やす事ができる。産んでは食べ、産んでは食べの繰り返しである。
それでいて数は一向に減らない。むしろ二日前に比べて増えている。明らかに異常な生態だが、だからこそ妖精などと呼ばれているのかもしれない。
妖精。
贅沢な名前だった。
ブンブンと空を飛び交う汚らしいそれは虫で十分だった。
虚ろな目で虫どもの様子を眺めていると、一匹の虫が尻を振りながらやってきた。
『くしょにんげん！ やせこけててかわいそーだからぼくのこーきなるあにゃるさんをみせてやるのだ！ ついでにずんちでもたべるのだ！』
そういって男の前に緑色の糞を排泄するずんだ虫。
のだのだのだと虫が嗤う。
遠くでそれを眺めている仲間の虫も嘲るように声を上げていた。
男は大きく口を開いていた。
かぷり、とそれに齧り付くと、しっかり歯をたてて噛み切った。
何を？ よもやまさか、糞を？
もちろん違う。
男が噛み切ったのは、ずんだ虫の臀部だった。
『ああああああああああああああああ！？ いぢゃああああああああああああああ！？』
口の中に虫の肉と、臭みのある血の味が広がる。
果実を頬張るように喉を潤す緑色の血液は涙が出るほど美味かった。
男がゆらりと立ち上がる。
下半身を失い、泣き叫ぶ虫を拾い上げると舌の上に乗せる。
『やめ……やめ、た、たべにゃ』
上の歯と下の歯が接触すると虫の動きが止まった。
柔らかい頭蓋を噛み砕き、脳漿が口の中に満ちる。
美味すぎる。牛よりも豚よりも鶏よりも馬よりも羊よりも鯨よりも何よりも！
餓えた男の目が虫を見る。その目は既にずんだ虫を食い物としか見ていなかった。
『ひ……ひぃいぃいいぃいぃぃぃぃいぃぃいいあああ！？』
その様子を見ていた虫どもが恐慌を起こし逃げ惑う。
男に、それを捕まえるつもりはなかった。その必要もない。
ここは密室で、ずんだ虫はいくらでもいて、無限に増え続ける。
男は心底ホッとした。
……それからその密室はずんだ虫の地獄と化した。
男は気まぐれに、果実をもぐような気安さでずんだ虫を無作為に食べた。
老若男女に関わらず食べ続けた。
元気が出てくるとずんだ虫を使って暇つぶしをすることを覚えた。ボールとして扱い、投げたり蹴ったりした。両手両足をもいでたりないにしてみたり、二匹を争わせて生き残った方を助けてやると約束して二匹とも食べる遊びをしたこともある。
とても楽しそうに笑っていた。
そうして一ヶ月が経った頃、男の前に43のメンバーが現れた。
『どうする？』
その問いに、男は頷いた。それにどういう意味があったのか。
ただ、その日から裏で妖精保護法案を利用して金を稼いでいた連中の不審死が相次いだ。
こうなってくると外国も口を出してくる。
日本で起きているテロリズムは許されない。必ずこれを根絶すると宣言した某国の大使はその翌日に行方不明となった。
これを受けて大統領が専用機に乗って飛び立ったが墜落した。
未曾有の事態に国連会議が開かれたが参加者全員が吹き飛んだ。
これに対し、43はこう声明を出した。
『43はどこにでもあり、どこにでもいて、どこにおいても行われる』
以来、43の活動は妨害されることはなかった。
妖精保護法案は廃案となり、妖精は特別指定外来生物として排除の対象となっている。
そして、43を名乗っていた人々は姿を消しました。
彼らがどうなったのかを知る人はいません。
今では妖精を見ることはめっきり少なくなりました。
だから、彼らもいなくなってしまったのかもしれません。
でも、もしも、再び妖精が人里に姿を現すようになったのなら、彼らもまた現れるのかもしれません。
536437564。
彼らが43である限り、彼らはどこにでもあり、どこにでもいて、どこにおいても行われるのだから。
このページへのコメント
『ブレーキの下にずんだ虫』……イタズラだとしたら悪質すぎますし、ネコばんばんのように点検の必要がありそうなリアリティですね！
『ご……ぎぇ……が……ご……ごんなごどじで……いいど……おもっでるのだ……？』
よーぜいば……じゃがいがら……まもられでいるのだ……こんなごどじたら……おまえば……じげいなのだ……』
「何があっても、自分たちは守られるべき存在」であるとうぬぼれているからこそ、このセリフが沁みますね！
愛護団体の男を、彼自身が「愛護」の目を向けていたものと同居させることによって、『43』は妖精の「本質」を見せようとしていたのかもしれませんね！彼らにはお似合いの結末だったのでしょうか……いずれにせよ、ドロドロとした世界になっているのは間違いなさそうですね！
今後の自身の創作の参考にさせていただきたくなるような、素晴らしい内容でした！ すてきな作品をありがとうございます！
人類内ですら民族間で仁義なき戦い、肌の色で差別とかあるのに異種族に無償で権利なんか与えてなにも起こらないと思って。。。るんだろうなぁ
現在進行形で同じようなことが国内で起こってるし
のさばる悪をなんとする
天の裁きは待ってはおれぬ
この世の正義もあてにはならぬ
こんな世の中になってしまうとはなんともはや
＞「妖精は我々と同じ知性を持った生き物です！ 人権が与えられて然るべきです！」
こう主張していた奴が
＞何故こんな下等生物どもが元気いっぱいに〜〜
これは草ですわ
お前らのせいで文字通り最期まで妖精を○せずにﾀﾋんだ人々が居るのにその御大層な理念（）を押し付けていらっしゃる当のご本人様自身は自らの手で妖精様を殺害して食べたり玩具にしたり・・・
へ〜〜〜
こんな害獣を保護する団体の正気を疑うが色々な利権が絡んで欲に眩んだ人間も害獣並に醜いな
おはよう43
今回のターゲットは最近この付近を荒らし回っている妖精の一団よ
彼らは愛くるしい外見と裏腹に吐き出される言葉は人に対する憎悪と愉悦に塗れていてとても聞くに耐えないわ
勿論、彼らの住処を奪い生息域を侵した人間にも非はあるわ
種の繁栄のために別種同士で憎しみ合う関係なんて、なんだかやるせないわね
でも人のためには仕方のない事と割り切って
彼らの一団を殲滅し、この地域に人のための平和を取り戻すのよ
準備は一任するわ