2-111様

【 1 】

「この手でそいつを引き裂かんことには収まりがつかん」
 数時間にわたる話し合いの終わりを、かつての街(ロマネ)の子孫と名乗る男はそう締めくくった。
 場所はロマネ湖の畔、そこに残った街の残骸の一室である。
「それでは意味がありません。彼女はみなさんのお役に立つことで――『生きる』ことでこの身を正そうとしてるんですッ」
 それに対して話し合いに参加していたテスはらしくもなく声を荒げた。
「それじゃ何か? そこのメス竜が死んだ奴らを蘇られせてくれるってのか?」
 そんなテスの見幕に失笑すると、男はその背後に立つバスティアへと視線を送った。
 見上げるその身の丈は4メートルほど。夜明けの地平のよう深く透明な紫紺の流鱗と金のたてがみを背なへ走らせた雌竜こそが彼女バスティアであった。
 そんなバスティアは向けられる男の視線に耐えかねて顔を伏せる。
 かねてより贖罪の旅を続けていたバスティアとテスは、過去に彼女が破壊したこの街跡に人が住んでいると聞きつけ、その謝罪にここへと訪れたのである。
 しかしながらそこに待っていたものは野盗と思しき数人の男達と獣人――どうみても、元街の人間とは思えない。
事実、彼らは盗みを働きながら各地を転々としているごろつきに他ならなかった。
 そのことをテスもまた、一見にして感知した。そして彼らとは話し合いの必要すら無いと判断したテスであったが……誰でもない彼女バスティアが、そんなテスを引きとめた。
 もしかしたら、この者達も自分の犯した過ちで被害を被った人間達であるのかもしれない――何か自分に出来ることがあるのならば、彼らの役に立ちたい―――と、バスティアは彼らとの話し合いをテスへ懇願したのである。
 昔の暴君であった頃の彼女からは信じられないその柔順な態度と、そして純真なまでの誠意をテスも無碍には出来なかった。
 惚れた弱みというものもある。彼女のことを愛するが故に、そんな想いを否定することがその時のテスには出来なかったのだ。
 そんなバスティアの誠意に背を押され、望まぬままに彼らの代表なる男との話し合いに応じたテス達ではあったが――その結果は今を以て知る通りである。
 こともあろうに男達は、バスティアの身を捧げろと要求してきたのだ。
 その目的は他ならない彼女から得られる『素材』にある。
 こと竜の鱗や牙、毛皮と言うものは、日常品や武具の材料として重宝されるものである。さらには見目麗しく煌めく鱗などは、一級の装飾品としても価値がある。まさに男達にとってバスティアは、宝の山に見えたのだ。
「目には目を、って言葉があるだろ。そこの竜には俺の家族と同じ目にあってもらわにゃ、つり合いが取れねェってなもんだ。なぁ?」
「おうよ。俺のじーさんもこの街でコイツに焼かれましたぜ」
 下卑たジョークを背後の犬獣人に語りかけて笑い合うその姿に、テスは怒りを感じて握り拳を堅くさせる。
 そして胸(うち)で抑えていた感情を爆発させようとしたその瞬間、
『……良い。テス、その者達の望むようにしてくりゃれ』
 バスティアはそっとテスの横顔へ頬を寄せると、呟くよう言い放った。
「ス、ステア! こんな人達のこと真面目に聞くことなんてないよ!」
 それに対してテスも感情的に彼女に応える。
 しかし、
『いいのじゃ。好きなようにさせてほしい』
 瞳を伏せて物憂げに頷くバスティアにテスは続く言葉を飲みこんだ。
 見つめる彼女の瞳には、今までに見たこともないほどの悲しみが涙の衣となってそこを潤ませている。
 目の前の男達が、元あったこの街の生き残りなどではないことはバスティアとて重々に承知している。それでも罪の意識に苛まれている彼女は、どんな形であれその償いが出来ることを望んでいるのだ。
 それを知るからこそ、そんな今に苦しむ彼女を前にテスは何も言えなくなってしまった。
「ステア……きっと君はこれから、死ぬよりも辛い目に会うことになっちゃう。それでもいいの? 僕は嫌だ」
『承知しておる。でも心配するな。こやつらでは、妾(わらわ)を殺めることは叶わんよ』
 バスティアの言葉に話し合いの席に居た野盗達がざわめき立つ。
「そんなこと僕だって判ってるよ。僕が言いたいのは――」
 そしてさらに言葉を続けようするテスの唇を、バスティアは口づけにて塞いだ。
 突然の行動に目を丸くして言葉を飲むテスにバスティアの寂しげに微笑む。
『今宵ばかりは好きにさせてくれ。お願いじゃ、テス』
 そうして改めて懇願され、ついにはテスも何も言い返せなくなってしまった。
 そんな二人のやり取りを見届け、
「それじゃあ始めさせてもらおうか。オラ、ガキは外行けよ」
 テーブルの男は立ちあがると同時、背後の獣人二人に顎で合図を送る。それを受けて二人はテスの両腕を左右から挟んで掴みあげると、軽々彼を持ち上げ部屋を後にするのであった。
「ならばステア! しっかりと考えるんだ、今の自分の行動を!」
 そうして引きずり出されんとするその瞬間、テスはバスティアへと想いを投げかける。
「こんなのは解決じゃない! 今以上に、君を苦しめるだけなんだよ!?」
 叩きつけるようにドアが閉められると、そんなテスの言葉の余韻もそこで打ち消される。
 室内にはバスティアと、そして先の男と犬獣人だけが残される。
「外の二人が帰ってきたら始まりだ。覚悟しろよ、ステアちゃん?」
 男の声にその仲間内から下卑た笑い声が上がる。
 それを前に瞳を伏せて頭を垂れるバスティア。
――こんなのは解決じゃない………
 その頭の中には、退室間際に放たれたテスの言葉がいつまでも廻り続けているのであった。


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