859 ◆93FwBoL6s.様

 広海は忙しくなってしまった。
 仕送りだけではままならないため、生活費を稼ぐためのアルバイトを始めたからだ。だから、おのずとミチルは一人にされ、居間に置かれたビニールプールで丸まっていた。テレビを見ていてもつまらないし、水に濡れた手では本は読む以前の問題だし、家事をしようにも水から出られないと来ている。まるで役に立たない自分と社会に交わる広海を比較し、情けなさが苛立ちに変わったミチルは下半身を抱えていた。

「やっほー、ミッチー!」

 すると、明るい声が庭から掛けられた。ミチルが身を起こすと、二階の住人、秋野茜が顔を出した。

「あら、茜」

 ミチルは不機嫌さを隠して応対した。他の住人には慣れたが、茜にはまだ慣れなかった。馴れ馴れしいどころか、ミチルに妙な渾名を付けてきたからだ。ミチルとはあまり合わないタイプだが、悪い人間ではないので普通に接するようにしている。茜は広海の配慮で日中は鍵が開いている掃き出し窓を外から開けると、居間に上半身を入れてきた。

「おはよう、ミッチー。ヒロ君は?」
「今日からバイトよ」

 しかも広海に対しても馴れ馴れしい。思わずミチルが頬を引きつらせかけると、茜はにんまりした。

「今日はね、ミッチーにお客さんを連れてきたの。ちょっと待っててね」

 茜はアパートの外に出て、すぐに戻ってきた。茜に連れられてアパートの狭い庭に来たのは、茜よりも少し背が高い若い女性で、薄手のパーカーにジーンズ姿だった。人間にしては派手な青紫の長い髪をポニーテールに結んでおり、両側頭部には見慣れたヒレが生えていた。彼女は愛嬌のある紫色の瞳をミチルに定めると、笑った。

「ミチル、元気してたぁー?」
「…え」

 ミチルは限界まで目を見開き、硬直した。顔といい、態度といい、髪の色といい、記憶に間違いがなければ彼女は泡になって死んだはずの幼馴染み、アサミだった。なぜか、アサミの下半身は人間のような二本足に変わっていて、タイトなジーンズに包まれ、スニーカーまで履いていて、人間と同じように直立歩行をしている。ミチルが呆気に取られていると、アサミはスニーカーを脱いで居間に上がってきた。

「どう、陸の暮らしは?」

 昔となんら変わらない笑顔を振りまくアサミに、ミチルは混乱しすぎて後退った。

「え? え? ていうか、あんた、死んだんじゃなかったの? 泡になって海に溶けたんじゃ?」
「それについては聞くも涙語るも涙の話が、ってあるわけないじゃなーい!」

 アサミはミチルの肩をばしばしと叩いてから、脇に抱えていた紙袋を突き出した。

「これ、お土産! これでも食べながら、ゆっくり話してあげる!」
「ありがとう。それはそれとして、どうしてあなたと茜が知り合いなの?」

 ミチルが茜とアサミを見比べると、茜は気恥ずかしげに笑った。

「この前、山籠もりから帰ってきたヤンマと買い物デートしたんだけど、アサちゃんが御仕事していた水槽の前に買ったものを忘れちゃったんだよね。で、仕事から上がったアサちゃんがそれを届けてくれて」
「さくっと友達に!」

 アサミがぐっと親指を立てると、ミチルは二人の気兼ねのなさに少し気後れした。

「ああ、そう…」

 そういえば、アサミは昔からそんな性格だった。好奇心を抱くのは陸の世界だけでなく、これだと思った方向に突き進む性分だった。子供の頃から冒険と称して一万メートル級の海溝に突っ込んでみたり、海流に身を任せて無謀な旅をしてみたり、と、ミチルはそんなアサミに振り回されてばかりいた。考えてみれば、茜もアサミに通じる部分があるので、二人の気が合うのは自然の摂理なのだろう。

「じゃ、これ食べて。おいしいよ!」

 アサミは紙袋を探り、タイ焼きをミチルに手渡し、茜にも手渡した。

「わーい、いただきまーす」

 アサミの隣に座った茜は、タイ焼きに齧り付いた。アサミもタイ焼きにかぶりつき、尖った歯で噛み砕いた。ミチルは見知らぬ食べ物を観察したが、物は試しと食べてみた。表面は歯応えがあり、香ばしく焼けているが、噛み千切ると柔らかく、中にはカスタードクリームが詰まっていた。広海が買ってきてくれたお菓子を食べてみたことはあったが、カスタードクリームは大抵は冷たかったので、暖かく香ばしい皮に包まれているものは初めてだった。魚の形だが魚ではないこともまた面白く、ミチルは一心にタイ焼きを囓った。

「んで、話は戻るけど」

 二つめのタイ焼きを取り出したアサミは、粒あんの詰まったキツネ色の魚を頬張った。

「結論から言うと、見ての通り私は死んでなかったのだ。死んだって言われたのは、親から勘当されたからだね。まあ、別にそれはどうでもいいんだけど」
「どうでもよくない気もするけど。じゃあ、アサミが死んだ海に散らばっていた泡とウロコは?」
「泡はあれだよ、中途半端に覚えた空間超越魔法のせいで空気が大量に転送されちゃったのだな。ウロコも空間超越する時に空間の裂け目に尻尾が引っ掛かっちゃって、剥がれちゃったのさ」
「魔法? じゃあ、その足も魔法で?」
「そりゃそうだよーん。まさか整形手術ってわけにもいかないし? でも、おかげで陸の世界を自由に動き回れるようになったし、働き口も見つけられたし、良いこと尽くめだね。当てがあったわけじゃないけど、思い切って陸の世界に出てみて良かったよ。まあ、ちょっといいなーって思っていた男の人は妻子持ちだったから、初恋は完膚無きまでに玉砕して海の藻屑と消え去ったけどね。で、今はその後に出会った人と付き合ってるのさ」
「そうだったの…」

 ミチルは安堵したが、ちょっと腹が立った。アサミが死んだと聞かされてから、どれほど悲しんだことか。

「んで、ミチル。あんたの方はどうなのさ? 男の子んとこに転がり込んでるみたいだけど、進展してないみたいだし」

 アサミはタイ焼きの尻尾を咀嚼し、飲み下した。赤面したミチルはタイ焼きを握り締めてしまい、クリームが零れた。

「なっ、アサミには関係ないでしょ! 私のことなんだから!」
「あー、もしかしてさぁ、告白したら泡になるーとか信じちゃってるの?」

 アサミに詰め寄られ、ミチルはぎくりとした。

「だって、あれは」
「あーれーはーぁ、大昔に陸に上がったお姫様が使った魔法が不完全だったからであってぇ、今は魔法も発達したから、魔法を使って足を生やしたって声も潰れないし痛みもないし泡にもならないの。だから、迷信!」
「…えぇ」

 それでは、今まで悩みに悩んだ意味は。ミチルが脱力して肩を落とすと、アサミはにやにやした。

「だから、もう告っちゃいなよ! そこまで好きなら、やることは一つだけでしょ!」
「大丈夫だって、ミッチーとヒロ君なら!」
 茜もにやけていて、ミチルに詰め寄ってきた。ミチルは二人と距離を取ろうとしたが、ビニールプールに阻まれた。

「でも、広海は私のことなんて」
「好きじゃなかったら、一緒に住んだりしないって」

 茜は自分のことも思い出し、照れ笑いした。

「私もね、ヤンマが上京する時に無理言って連れてきてもらったの。だから、大丈夫だよ。ヒロ君、優しいし」
「そんなの、茜に言われなくても知ってるわよ」

 ミチルは語気の弱まりを誤魔化すため、半分のタイ焼きを頬張った。広海が優しいのは今に始まったことではない。無理矢理契約しても怒らなかったし、素っ気ない態度を取っても嫌う素振りは見せないし、細々とミチルの世話を焼いてくれる。だが、それが好意に直結しているとは思わない。けれど、少しでも希望があるのなら。
 ミチルは二つめのタイ焼きを食べ、アサミと茜と取り留めのない話をしつつ、頭の片隅でどうやって広海に好意を伝えようかと考えていた。だが、二人との会話はひたすらに明るく、楽しかったので、今までに溜まった憂さを晴らすかのように笑い転げてしまった。そうしていると、泡になることを恐れすぎて頑なだった自分が馬鹿らしく思えたが、泡と化すことを恐れるのを言い訳に広海に本心を見せることから逃げていた自分にも気付き、素直になろうと誓った。
 出来る範囲で、だが。


 まともな労働は、学業とは違った意味で疲れた。
 広海は重たい体を引き摺るように歩き、アパートを目指していた。初日でこれでは明日の仕事が不安になったが、採用してもらえたのだから働くしかない。慣れないことばかりで神経がすり減っているのに、この上でミチルから冷たくされたらさすがに辛い。今日ぐらいは優しいと良いな、と心の隅で願いながら、広海はアパートもえぎのに到着して自室のドアを開けた。

「ただいま」
「お帰り」

 返事が返ってきたことに驚いて広海が顔を上げると、居間ではミチルがやりにくそうな顔をしていた。

「あ、うん」

 広海はドアを閉めて鍵を掛けてから、悩んだ。こんなにあっさり願いが叶うとは、ミチルに何かあったのだろうか。でなければ、広海の機嫌を取って何かを要求するつもりなのか。だとしても、嬉しいことには変わりないので、広海は靴を脱いで上がった。ビニールプールに身を収めているミチルは、着替えがなければ困るだろうと思って新たにもう一枚プレゼントした水色のタンクトップビキニを着ていた。肌が隠れているのがちょっと勿体ないな、とつい思ってしまったが、それが陸の世界では正しいのだ。下世話な自分に辟易しつつ、広海は居間に戻った。

「ちょっと待ってて、すぐに夕飯にするから」

 ミチルは台所に向かう広海の背に声を掛けようとしたが、言葉に出来ず、飲み込んだ。素直になると決めてから、言いたいことをまとめていたのに、いざ広海が帰ってくると上手く言葉に出来なくなった。アサミと茜が帰った後に一人で練習してみた時は上手くいっていたのに、本番となると照れてしまって喉が詰まる。台所で忙しく働く広海の背を横目でちらちらと見ながら、ミチルは声を掛けるタイミングを計ったが、とうとう話し掛けられないまま夕食が始まった。ビニールプールに横付けされたテーブルで二人揃って食べながら、広海は初めてのアルバイトの話や外での出来事を話してくれたが、ミチルには内容がさっぱり解らなかった。返事らしいものはしたが、記憶にない。
 そうこうしている間に夕食が終わり、広海が風呂に入る時間になった。広海はミチルの様子が変だと感じているらしく、しきりにこちらを気にしてくれるので逆にやりづらかった。風呂が溜まり、広海が腰を上げたので、ミチルは慌てた。着替えを出すために寝室に向かおうとする広海のジーンズの裾を掴み、ミチルは声を上げた。

「ちょっと!」
「何?」

 ジーンズの裾を力一杯握られた広海は、期待と戸惑いを交えてミチルに振り向いた。
「…あの、ね」

 照れが極まったミチルが俯くと、広海は答えを待った。

「ミチル、僕に話すことでもあるの? 焦らなくてもいいし、僕も逃げないから」
「ちょ、ちょっと待って!」

 ミチルは高ぶりすぎて痛む胸を押さえ、肺とエラの双方を使って深呼吸してから、広海を見上げた。

「お風呂!」
「もしかしてとは思うけど、一緒に?」

 広海が目を丸めると、ミチルは無言で頷いた。それ以上はとても言えず、裾を握り締める手も震えていた。これだけのことを言うだけなのに、嵐の海を泳ぎ切るよりも疲れてしまった。ミチルは広海の顔を直視出来ず、裾から手を離して熱した頬を押さえた。広海はミチルの顔を見たくてたまらなかったが、下手に見てしまっては怒らせてしまうと思い、まずは彼女の要求を叶えることにした。

「ちょっと、ごめん」

 広海は袖をまくり、ミチルの浸るビニールプールに手を差し入れて彼女の体を抱えた。

「ひぃあっ!?」

 前触れなく持ち上げられてミチルがぎょっとすると、広海はミチルを横抱きにしながら苦笑した。

「ミチルは先に運んでおかないと、一緒に入れないだろ」
「…うん」

 ミチルは精一杯体を縮め、広海から顔を背けた。暴れ回る心臓の音が聞こえやしないかと不安になると、更に鼓動は早くなって息苦しくなった。居間から浴室までのほんの数メートルがやたらに長く感じられたが、程なくして浴室に運ばれた。手狭な風呂場に収まっている浴槽には人間の入浴に相応しい温度の湯が溜まっていて、昇る湯気が立ち込めており、人魚にはそれだけでも熱かった。広海はミチルをまずは脱衣所に座らせてから、浴室のドアを開けて既に溜まっている湯に水を足していった。

「こうしないと、熱いだろうから」
「…うん」

 先程と同じことしか言えず、ミチルは泣き出したくなった。気のないふりをする文句なら、いくらでも言えるのに。

「じゃ、先に入ってて」

 広海は再びミチルを持ち上げると、いくらか温くなった湯船に入れてくれた。

「僕はほら、脱がなきゃならないから」

 と、言い残してからドアを閉めた広海は、服を脱ごうとして躊躇った。この流れだともしかして、とは思ったが、いやでもミチルだし、だけどここまで来て、と考え込んだ。自分から好きだとも言っていないし、ミチルからも好きだとも言われていない。それなのに、一緒に風呂に入りたいとは。ただ構って欲しいだけなら、ミチルの方から広海にちょっかいを出してくるはずだ。甘えたいにしても、なんだかミチルらしくない。かといって、抱かれたいわけがない。
 広海は、自分でも情けなくなるほど男らしさがない。顔付きも子供っぽく、体格も同世代に比べれば一回りは小さく、骨格自体が細かった。ミチルを抱き上げられるのはミチルが自分よりも小柄で体重が軽いからであって、ついでに言えば多少の魔法で手助けしているからだ。性的魅力に欠けるどころか、コンプレックスの固まりだ。だから、ミチルに欲情されるわけがない。それもあるから、なかなか好意を示せなかった。しかし、この流れで何もしないのは却って男らしくないのでは、と広海は散々悩んでから、ようやく服を脱いだ。 
 広海が風呂場に入ると、ミチルはぬるま湯に浸っていた。水を多く足したせいで浴槽からは溢れ出していて、浴槽に入りきらなかった尾ビレの先から水滴が落ちている。部屋の蛍光灯とは異なる淡いオレンジ色の電球に照らされた肢体は、恥じらいが滲み出た表情と相まって悩ましかった。風呂場にはしっくり来ない水着に包まれた乳房がぬるま湯の中で浮いているらしく、胸元の膨らみ方がいつもより増していた。
「早く来たら」
「あ、うん」

 広海はメガネを外すべきか迷ったが、外さないことにした。乱視混じりのド近眼なので、外してしまうとミチルの顔はおろかどこに何があるのかも解らなくなるからだ。広海は風呂場のドアを閉め、シャワーを出して体を流したが、ミチルが気になって落ち着かなかった。意識すればその時点で下半身が反応する、だからなるべく考えるな、と自分を制しようとしたが、その努力も空しく血液が集中した。

「ねえ」

 ミチルは背を向けて前屈みになった広海を見やり、首を傾げた。

「ええと…とりあえず、ごめん」

 情けなくなってきた広海が項垂れると、ミチルは浴槽から身を乗り出してきた。

「あのね」

 ミチルは広海の背に近付き、爪を立てないようにしながら手を触れた。暖かく柔らかな、人の肌だ。

「謝るのは私の方なの」

 腰を浮かせたミチルは、広海の背に寄り掛かった。

「何を?」

 背中に感じる彼女の重みと冷たい体温に、広海は反り返るほど強張ったが辛うじて平静を保った。

「人魚は人間に思いを伝えたら泡になるってずっと信じていたけど、本当はそうじゃなかったの。先に陸に上がった幼馴染みから教えてもらったんだけど、大昔の人魚のお姫様が泡になって死んだのは、足を生やす魔法が不完全だったからだって。だけど、私はそれが本当のことだって信じていて、だから、本当のことを言えなくて」

 ミチルは広海の腰に手を回し、目を伏せた。

「陸に上がりたかったのも、一緒にいたかったから。きついことばっかり言っていたのも、泡になりたくなかったから。だから、広海は私のことなんて好きじゃないだろうけど、私、ずっと前から」
「勢い余って君を押し倒した僕が、君を嫌いだと思う?」
「あ、あれは、物の勢いだとばっかり…」
「でも、良かった。嫌われてないみたいで」

 広海は安堵し、しがみついてくるミチルに振り返った。ミチルは今まで以上に赤面して広海から離れると、顔を両手で覆って浴槽の隅に逃げようとしたが、浴槽自体が狭いので意味はなかった。広海が向き直ってきたので、おのずと彼の体の中心でいきり立つ性器も目に付き、ミチルは固まった。

「広海、それって、アレ?」
「うん。僕としてはこのまま、って思うんだけど、ミチルが嫌なら今日のところは」
「そんなことない。でも、ちょっと怖い」

 ミチルが水掻きの付いた指の間から広海を窺うと、広海は浴槽に入ってきた。

「それは僕も同じだよ。したことないし」
「私だってしたことないもの。だから、何をどうしたらいいのか…」
「でも、その前にちゃんと言わせてくれるかな。でないと、悪い気がするから」

 広海はミチルと向き合い、濡れた髪を撫でてから言った。

「最初に会った時から、僕は君が好きだった」
「うん…」

 ミチルは頬を包む広海の手に触れ、硬さに感じ入った。外見は男らしくないかもしれないが、彼は確かに男だ。広海はミチルの下半身を両足で挟むように腰を下ろし、溢れ出すほど溜まったぬるま湯に身を浸してミチルの体に腕を回してきた。ミチルは広海に縋るように抱き付くが、爪を立てないように気を付けた。

「あっ」

 抱き合うと下腹部に熱を持って膨張した性器が接し、ミチルは戸惑ったが、広海の手が背中から下半身に下がってきたので今度はそれに戸惑った。

「そこも触るの?」
「触るよ。だって、今まで触るに触れなかったから」

 広海の両手が、人間に似た皮膚と魚らしいウロコの境目を確かめるように撫でてから、脂肪の付いた臀部に向かった。腰骨と股関節に似た骨格があるために人間と同じように肉が付いた部分をなぞり、広海はミチルの長い髪に隠れた首筋にも顔を埋めてきた。音を立てて水気の多い肌を吸われ、ミチルは小さく声を漏らした。

「…っあ」

 広海の背に回した腕に力を込め、ミチルは甘い痺れを堪えた。滑らかなウロコに覆われた下半身を探っていた手が上がると、水着の上から乳房を掴んできた。最初は乳房の柔らかさを確かめるように握っていたが、次第に強くなり、尖ってきた乳首を潰してくるようになった。

「なんか、やらしい」

 ミチルが広海の肩に顔を埋めると、広海はミチルの水着を捲り上げて丸い乳房を露わにした。

「そりゃあね。我慢してたから」
「私に触るのを?」
「それ以外に何があるっていうのさ」
「でも、そんなの…」
「嫌?」

 広海がミチルを覗き込むと、ミチルは首を横に振った。

「そうじゃない。嬉しいけど、嬉しいんだけど、困るっていうか。私、そんなに良い体じゃないし、魚だし」

 ミチルが顔を逸らそうとすると、広海は肌が赤らんだ乳房を握った。

「どこを見てそう思うんだか」
「だって、ぇ…」

 広海に乳首を吸われ、ミチルは浴槽の縁を掴んだ。恥ずかしすぎて頭が煮えてしまいそうで、不慣れな感覚に尾ビレがばたばたと暴れたが、広海はミチルの抵抗も気にせずに責め続けた。人間とは色素の種類が違うので血管が透けそうなほど白い肌には、広海に吸われたために赤い痕が散り、特に強く吸われた乳首は赤らんでいた。

「ここ、だよね?」

 ミチルの下半身の前面を這っていた広海の手が止まり、ウロコの間に隠れた産卵管に触れた。

「指、入れるけど、いいよね」
「うん。頑張る」
 ミチルは呼吸を整え、力を抜いた。ぬるま湯よりも粘り気のある体液が滲む細い入り口を、広海の指が掻き分け、ぬるりと浸入した。自分の指よりも太く硬い異物はぬるま湯を注ぎ込むように動き回るので、ミチルは堪え切れずに切なく喘いだ。広海の指が上下するたびに気泡が浮かび、分泌される体液は増え、背筋を昇る刺激は鋭くなった。

「あぁ、あ、あう」

 ミチルは広海にしがみつき、腰をくねらせた。

「ミチル、気持ちいい?」
「うん、うんっ」

 広海に問われ、ミチルは熱に浮かされて頷いた。顔を上げて広海の唇を塞ぐと、広海もミチルに舌を伸ばした。舌を絡め合うと、互いの唇の端から溜まった唾液が溢れて顎を伝った。これまでまともに触れ合えなかった分を補うため、ようやく交わった思いを注ぎ合うため、夢中でキスをした。

「するの? 私、広海とするの?」

 じゅぶりと産卵管から指を抜かれ、ミチルは潤んだ瞳で広海を見つめると、広海はミチルの腰を抱えた。

「たぶん、中で出ちゃうだろうけど、後で怒らないでね」
「そんなことない、ないよぉっ」

 ミチルの産卵管に添えられた硬い生殖器が、ず、ず、と押し入ってきた。指よりも遙かに硬く、熱く、重たい彼の男根が奥へと迫り、ミチルは身震いした。さすがに初めてなのできついのか、狭い入り口にぴりっとした痛みはあったが、中に収まってしまうとそんなものは消え失せた。

「はぁ…」

 ミチルは熱い吐息を零し、広海の腰に手を回した。

「凄い、ちゃんと入ったぁ…」

 人魚の内はきつく、冷たかった。処女膜こそないが、全体的に筋肉が緊張していた。だから、挿入を終えただけで広海は搾り取られるような感覚に陥ったが、すぐに果ててしまうのは勿体ない。ミチル自身の緊張が解れるように、じゃれるようにキスを交わした。唇や首筋だけでなく、鼓膜を覆う側頭部のヒレの付け根や髪の生え際に唇を当て、華奢な腰を抱き寄せてやり、ミチルも広海に触れてきた。そのうちにミチルの産卵管の締め付けが落ち着いたので、広海は出来るだけ慎重に腰を動かし、ミチルを責め立てた。

「辛かったら言ってね」
「大丈夫、痛いことなんてないもんっ…」

 赤く上気した頬に水気混じりの汗を浮かばせたミチルは、広海の邪魔をしないように、風呂場の壁や浴槽の縁に頭をぶつけないように気を付けながら、彼の欲望を受け止めた。硬く勃起した男根に産卵管の内壁を力強く擦られ、ミチルの粘膜と広海の体液が混じり合い、ぬるま湯に溶けた。浴槽の中は波打ち、二人も入ったことで限界近くまで昇っていた水位が破られ、広海が動くたびに溢れ出していた。
 忙しない水音と、肌が擦れ合う音と、互いの荒い息が風呂場に反響した。言葉にするよりも即物的だが確実で、二人は長らく同じ水の中で交わった。ミチルは何度も達し、広海も何度も彼女の内に放ったが、二人は離れなかった。これまでの近付きすぎていたが故に遠かった距離を狭めるために、存分に満たした後もきつく抱き合っていた。
 泡と化して消えたのは、不安と躊躇いだけだった。


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