生誕地はモスクワであり,外地に移住した富裕な両親(ユダヤ人ではないか?とされているが定かではない)に,キューバに連れてこられた。移住後すぐに士官学校を目指したが,それは公務員の扱いで学費が要らないからという単純な理由である。電子化や自動化が進む昨今の理系の技術を学びつつも,古典の重要性に回帰し,技術開発とともに,ゲリラ戦法や奇襲作戦、撤退戦を幅広く学んだ。彼の家の書斎には,ローマ帝国時代のカンナエの戦いから,元寇,ナポレオン戦術と古今東西の戦術書が立ち並んでいる。
ただ,彼は軍務大臣として,戦争を始めると同時に,どうやって戦争を終わらせるかを必ず部下や自身に考えさせる。どれほど訓練を重ね,戦闘が強くても,グランドストラテジーがないと結果的に大敗するという例(とある国)を反面教師にしたようだ。
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