『風の歌を聴け』
村上春樹/著
講談社/刊
1979年7月25日 発行
概要 
体裁：四六判/厚紙装/カバー/帯
装画：佐々木マキ
定価：690円
村上春樹のデビュー作。第22回群像新人文学賞受賞作品。
装幀について
装画に佐々木マキにとリクエストしたのは村上春樹自身である。
佐々木は依頼受けたものに、イメージが湧かず、
いわゆる〈絵〉にならない。（中略）電話で編集者に描けないと断った。
という。しかし、
すると編集者がやって来て「村上さんは〈神戸でアメリカン・グラフィティ〉を書きたかったそうです」と言うじゃないか。（中略）私は〈神戸でアメリカン・グラフィティ〉というのが、すっかり気に入った。それなら私も自分なりの〈神戸でアメリカン・グラフィティ〉を描いてみよう。そう決まるとあとは簡単だった。二日で仕上げた。手法は一種のモノタイプ（一点だけの版画）である。」
−−引用：「ユリイカ臨時増刊号 村上春樹の世界」（1989年）より
こういった経緯で装画は完成された。
村上春樹自身は以下のように回想している。
（中略）だから僕が『風の歌を聴け』という最初の小説を書いて、それが単行本になると決まったとき、その表紙はどうしても佐々木マキさんの絵ではならなかった。本ができあがって、書店に並んだとき、とても幸福だった。
−−佐々木マキ『うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81』（2011年）帯文より抜粋
佐々木マキはこの後も、『１９７３年のピンボール』『羊をめぐる冒険』等の装画を手がけることになる。
帯について:村上春樹と吉行淳之介
帯に記された文章をクローズアップしてみると新たな発見があったりして面白い。誰が書いたかわからない帯文もあれば、記名のある帯文もある。
『風の歌を聴け』の帯文を書いたのは吉行淳之介である。本作品が受賞した群像新人文学賞の選考委員の一人であったためである。
そのこともあって、村上は吉行の印象についてわずか2ページほどの小文であるが、エッセイで触れいる。
吉行淳之介という人物は我々若手・下ッ端の作家にとってはかなり畏れおおい人である。しかしなぜ吉行さんが畏れおおいかというと、これが上手く説明できないのである。他にも有名な作家や立派な作家は星の数のごとく（……でもないか）いるのだけれど、とくに吉行さんに限って畏れおおいという感じがあってこれは不思議だ。
ーー「僕の出会った有名人⑶吉行淳之介氏」
村上が（当時）生きている日本人の作家について書いている文章はとても珍しい。それも、作品でなく、人物の人となりともなると稀有ではなかろうか。これは村上が日本の小説家（文壇）と、あまり交流がないからだ。
吉行淳之介の作品についても、後年触れることになる。村上は当初、日本文学に「馴染めないものを感じ」たといい、（『若い読者のための短編小説案内』）自分の文体を確立したのち、日本の近代文学を読み始めたものの、自然主義や私小説、太宰・三島は駄目で、逆に心惹かれたのは「第三の新人」世代の作家であったと語っている。（『若い読者のための短編小説案内』では吉行淳之介、小島信夫、安岡章太郎、庄野潤三、丸谷才一、長谷川四郎を扱っている。）
その吉行が、村上の帯文を書いたというのに、なんとも不思議な縁を感じられる帯である。
村上朝日堂より（絵:安西水丸）
作者の言及
僕は処女作である「風の歌を聴け」の中で家族というものを一切出してこなかった。そういうものが出てくると、僕の描きたい世界が阻害されて損なわれしまうような気がしたからです。僕は具体的な「外なる現実」を極力省いて、その後の部分だけを使って小説を書こうと思ったのです。その方が自分にとってより切実なものが書けそうな気がした。
−−『若い読者のための短編小説案内』文春文庫版112頁
（土俗性を徹底的に排除しているという指摘に対して）
僕の場合、そういうのまったくなしで小説を書いてやろうと、初めから決意していたんです。もともとの僕の生活にはそういう土俗的な要素はほとんど含まれていなかったですし。
ーー『若い読者のための短編小説案内』文春文庫版197頁
そしてある日、僕は小説を書こうと思いました。どうしてそんなことを思いついたのかうまく思い出せません。でも、とにかく書いてみようと思ったのです。それで文房具屋に行って万年筆と原稿用紙を買ってきました（そのときは、万年筆も持っていなかった）。夜遅く仕事が終わってから、一人で台所のテーブルに座って小説（のようなもの）を書きました。一人で、馴れない手つきで、その僕自身の「部屋」を少しずつこしらえていったわけです。僕はそのとき、偉大な小説を書くつもりはありませんでしたし（書ける見込みもなかった）、人を感心させるようなものを書こうとも思いませんでした。ただ自分にとって落ちつける、居心地のよい場所をそこに作り上げたかったのです。自分を救うために。そしてそれがほかの人々にとっても落ちつける、居心地の良い場所になればいいと思いました。そのようにして僕は『風の歌を聴け』という短い小説を書きました。そして小説家になりました。
−−「遠くまで旅する部屋」2001年8月（村上春樹『雑文集』所収）
ノート��:物語構造
この小説を文章の通りにひたすら読むと、何がいいたいのか、よくわからない。語り手の「僕」が、いろんなことへおもいを巡らせ、友人の鼠や女の子といろんな話をしたり、昔を思い出したりしながら、夏休みの毎日がゆっくり流れていく。そこには一見脈略がない。しかし、どこか青春の匂いというのか、清々しい気持ちにさせる文章。
しかし、事象の間に挟まれる挿話や考え事が一つの表象の役割を果たしていることに気づくと、関係のないエピソードが一本の糸として繋がる仕組みになっている。物語がある出来事の表象になっている。直接的に語っていないが、その表象、比喩、暗喩が間接的に物語を語る。表面的に謎だらけの物語だし、真相は一切語られないが、読み込むと、何があったかが、浮かび上がる構造。或いはひょっとすると「僕」は全てを知っている（見ていた）のかもしれない。知らんふりを決め込み、人の話を受動的に聞きながら、返事をする。決して詮索はせず、聞かれたことだけに答え、時にその出来事の真相を聞かれ時のみ、ウソをつく。
物語そのものが出来事の表象の役割を果たす、このタイプの文学はのちに高橋源一郎がより、過激な『ジョン・レノン対火星人』や『さようならギャングたち』といった形で創作していく。
参考文献
村上春樹『村上朝日堂』新潮文庫（昭和62年2月25日）
村上春樹『若い読者のための短編小説案内』文春文庫（2004/10/10）
ちひろ美術館監修『村上春樹とイラストレーター』ナナロク社（2016/07/25）
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