img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター:BBスウィンガー てるる ミュウ


毎晩10時、音無深悠はベッドを抜け出して魔法少女ミュウへと変身する。
親の言いつけ通りに就寝しないことへ一抹の罪悪感を抱きながらも、自身に課せられた役目を全うすべくミュウはこっそりと夜の喧騒へと飛び出すのだ。
家を出る際の「いってきます」は魔法を使うまでもなく、誰にも届かずに自身の胸の中で今日も呟かれる。


軽快に屋根の上を渡り歩きながら、ミュウは今夜の善行について考える。
繁華街、線路沿い、方々の道路工事……夜を賑わす騒音はいくらでもあって、全部の静けさを取り戻すには流石に時間が足りなかった。
魔法少女も大切ではあるけれど、実生活に響いてはお母さんに怒られてしまう。
まだ9歳ではあるものの、その辺りの分別はきちんとついているのである。
「…………」
様々な選択肢を思い浮かべ、今夜は雑踏に向かおうかとミュウが決めたその時、

ズヒュッ、

と、鋭い音が遠くから彼女の鼓膜を震せた。
空気を裂くような異音。不思議なことに、それは二重三重になって聴覚を責め立てる。
まさに不協和音。音が鳴り止む様子はなく、次第に音量を増しつつさえある。
立派な騒音には違いない。しかし、ミュウの年端もいかない経験則からは、それが何から発せられるものなのか見当もつかなかった。
「…………(それでも)」
「…………(まほうしょうじょだから)」
無視する訳にはいかない。
小さくとも確かな責任感がミュウの足を突き動かす。


向かう先の町工場、その屋上にそれはいた。
「うらーっ!」
野球のユニフォームに身を包み、楽しげに素振りをする少女――BBスウィンガー。
ちっとも魔法少女らしくはないが、事前にアバターを見知っていたためにミュウは事態を把握する。
「…………」
相手はろくに話したこともない年上で、物怖じしなかったと言えば嘘になるけれど、ミュウは意を決してBBスウィンガーに近づいた。
「おらーっ! てやーっ! ……うわっ」
自身とは打って変わって華やかな、おとぎ話めいたロリータドレスの姿に気づくとBBスウィンガーは素振りを中断する。
「ああ、えーっと、ミュウちゃん……でしたっけ」
「…………」
「駄目じゃないですかー、子供がこんな夜中に出歩いちゃ。あはは、なんてね」
「…………!」
「それで、私に何かご用? それとも偶然見かけただけ?」
「…………!!」
「だったら、ちょっとお姉さんの素振りを見ていきませんかー? フォームが段々サマになってきたと思うんですよ、ねっ」
「…………!!11!」
素振りをやめて――他の魔法少女であれば機敏に察するミュウの無言の訴えも、
鈍感なBBスウィンガーには空しくも届かず、彼女は再びバットを振り出してしまう。
途端に再開される、ズヒュッ、という例の音。
耳鳴りが上乗せされ、ごうごうと内耳神経が軋む。
タフな魔法少女でさえ顔をしかめるその残響が、近隣住民に与える被害は測り知れない。
「……、……っ」
言って分からないのなら(言ってはないのだが)、ミュウとしても同じく魔法を行使しなくてはいけないだろう。
――当然の有効距離内、躊躇はしない。
――ミュウは音を奪い、静寂を与える。
「およ?」
素振りの音は掻き消え、それどころか周囲のざわめきの一切が沈黙していた。
辛うじて聞こえるのは互いの心音、それのみ。
「あのー、これって」
ミュウは頷く。
「まあ、ミュウちゃんの能力ですよねー。耳が遠くなるにはまだ若いですし、私」
それで、とBBスウィンガーはバットを下ろし、ミュウへと向き直る。
「一体これは――何のつもりなんです?」
二人の間の空気がひりつく。
聞く耳を持たないから音を取り上げた。
それは年下がするにはあまりに出過ぎた真似だったかもしれない――じわりと後悔し始めるミュウ。
実際のところ彼女の行為は全会一致で正しいのだが、教師や親が叱るのと同じ口調がミュウを理不尽に萎縮させた。

「ああ、そういうこと」

敵対行為と見なされただろうか、とミュウは不安からぎゅっと目をつむるが――
「なーんだ、言ってくださいよっ! お姉さんに構って欲しかったんですねー?」
BBスウィンガーはミュウの懸念に反してあっけらかんと言った。
「ただ素振りを見てるだけなんて退屈、ですよねですよねー。それはそうです! じゃあ、何をしましょうかー、駆けっこをしましょうか?」
「…………」
ち、ちがう。みゆう、そんなつもりじゃ……。
無論、ミュウの意志はBBスウィンガーに伝わらず、彼女は魔法少女の身体能力をもってして隣の屋根へ飛び移った。
「ほらほらー、お姉さんはこっちですよー? ヘイヘーイ」
飛び移った先でもBBスウィンガーは煽るように素振りをし、その度に耳鳴りが湧き起こる。
即ミュート。ここに来て、ようやく温厚なミュウにも苛立ちが募り始めた。
あの人、ちょっとうざい。


追跡劇はそれから6時間以上にも及ぶ。
BBスウィンガーは逃げ、バットを振り、騒音をまき散らし、
ミュウは追い、取り逃がし、後始末として無音を生み出し続けた。
東の空が白む。
夜の時間はとっくに終わっている。
蓄積した耳鳴りは平衡感覚を蝕み、ミュウに必要以上の徒労感を与えていた。
「…………」
最終的にミュウはBBスウィンガーを追うのもやめ、その場に立ち止まるのだが、8歳年上の高校生はそれすらも許さない。
「おーっと、そういう作戦ですか? 油断したところをガブッていく、そういう作戦なんですよねーっ?」
そろそろと近づいてはミュウの後ろ髪に触れたり、バットの先で小突く等のちょっかいをかけるBBスウィンガー。
もう、相手にするには気力の限界だった。

「…………(かえります)」

9歳の年相応につるつるとした眉間にしわを寄せ、ミュウは不機嫌そうに歩き出す。
BBスウィンガーの呼びかけには最早応えず、ただ帰路に着いた。
どっと押し寄せる疲れと三半規管の異常が歩みを滞らせる。
でも、もう解放されたのだ。
そう安堵した矢先――
コツン、と後頭部に当たるものがあって――
いいかげんにして、BBスウィンガー。
ミュウは切れた。
突然興奮する患者のように。
背後に迫る気配。それがBBスウィンガーであるか否かの確認もせずに、振り向きざまに一発。さらにもう一発。
「ぐえー!」
それは、BBスウィンガーとは全く無関係の、明日の晴れを祈願して「明日天気になあれ」と魔法少女てるるが飛ばした草履であって、
当のてるるも非礼を詫びながらミュウへと近づいていたのだが、重度の耳鳴りから謝罪の声も識別できず、
ミュウはそのまま初対面のてるるを殴り倒してしまうのだった。


面識もない魔法少女への腹パンを気に病み、また、夜通し走り回ったための寝不足と未だかすかに持続する耳鳴りから、
ミュウがその日の授業に少しだって集中できなかったのは――言うまでもない。


ファーストコンタクト/インパクト 了

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