最終更新:ID:3QY8f8BIVQ 2017年02月06日(月) 01:18:44履歴
登場キャラクター:カトリーヌ スッピーちゃん ソード・オブ・ケイシー チェシャ
「は?動作テスト?」
「別にいいが、ちょいと時期尚早じゃねえか?待った方だって?」
「あー、わかったわかった、適当なやつあてがえばいいんだろ」
「……本当はもうちょっとマシなやつをぶつけたかったんだがな。ったく、監視役も楽じゃねえや」
―――――
今日は特に何の予定もないはずの日だった。いつものように、スッピーちゃんとパトロールのつもりだった。
しかし、今日は少し予定が変わった。
彼女曰く、ご主人が買い忘れたものがあったから一緒に買いに行く、らしい。まあ最近は治安も少し悪いしボディーガード代わりに魔法少女がいれば、安全といえば安全か。
むしろ魔法少女と一緒にいる状態だからこそ危険度が跳ね上がるのでは、と邪推した私はかなりの捻くれ者なのかもしれない。
そんなわけで、私は猫の状態でスッピーちゃんの主と対面するハメになった。……会ってから変身すればいいやと思っていたばっかりに、こんなことって。
「この子がね!ボクと同じ魔法少女のケイトって言うんだ!」
ヘイ駄犬、何故バラす。
「へぇ、この猫ちゃんがスッピーちゃんのお友だちの魔法少女なんだ」
さすがに受け入れるの早いな、まだ変身もしていないのに。
端末を操作し、変身。これで人間三人、まあそのうち二人はコスプレ風でかなり浮いているが、傍から見れば極々普通の三人組になった。
「カトリーヌと言います、彼女からはケイトと呼ばれていますが」
「意外と紳士な猫ちゃんだった…こちらこそ初めまして、どっちで呼べば?」
「呼びやすい方で」
初対面の人間にはまず猫を被る。私の基本である。
それはそうと、買い物か。いや、がっつりショッピングというわけではないんだろうけども。
普段なら、ついでに物を強請るとかそういうことを私はやる。しかし、相手がスッピーちゃんの主となると、あまり気は進まない。
実際やるかどうかはまた別問題だが。
そんなわけで我々は近場のショッピングモールへ向かうこととなった。パトロールは多分その後になるだろう。
―――――
買い物自体は早々に終わった。
よく考えてみればそれも当然だった。スッピーちゃんのご主人はちょっとした買い忘れが原因で買い物に行くのだから。食料品、スッピーちゃんのものも含めてそこまで多くない荷物を、スッピーちゃんがガラガラとカートで運んでいる。
私はというと、コートを買った。別に高いやつでなくていい、安物の、とはいっても二千円くらいはするのだが、とにかく人間の姿をかたどった魔法少女として目立つのはあまりよろしくはない。それを隠すためだけに、なけなしの所持金を使って買ったのだ。
ご主人さんは、言えば買ってあげたのにと言ったが、そこまで世話になるわけにはいかない。
「じゃあせめて何か食べていかない?私が奢るよ、可愛いボディーガードさん」
そのくらいなら、まあ。
適当にフードコートを選び、三人席に着く。
こういう店がたくさんある場所は個人的に好奇心をそそられる。普段なら、絶対行かない場所だ。祭りで出店がたくさん並んでいるところを昔見たことがあったが、感覚としてはアレに近いのかもしれない。
適当にハンバーガーを三つほど頼む。セットメニューとかは私にはよくわからなかった。私がハンバーガーがいいと言うと、スッピーちゃんもボクもそれにすると言い、ご主人さんもじゃあ私も同じところで、と言って結局たくさんのハンバーガーをトレーに乗せて運ぶことになった。ちなみにお値段は三千円を超えた。そんな馬鹿な……。
「自分で言っといてなんですけど……本当申し訳ない……」
「いいのいいの!スッピーちゃんのお友だちなんだから私にとっても友だちみたいなもんだし!」
「ご主人とケイトもお友だち!」
「いやでもこれはちょっと頼みすぎでは…」
トレー一個に山盛りになったハンバーガー、これが三千円もするのかと思うとぞっとする。
「気にしないの!私は大人なんですから、小さな子供二人分を養うだけの稼ぎはあります!」
「……本当に?」
「…嘘、二人はちょっと難しいかも……でもでも!犬と猫の二匹分を飼うくらいでいいなら」
「お心遣い、ありがとうございます、でもスッピーちゃんのご主人さんを困らせるわけにはいかないので」
「?」
「ま、まあ勢いで言った冗談だし」
この人は楽しい人だ。
スッピーちゃんは恵まれている、いいご主人を持ったなあと、改めてそう思う。他人を思いやり、そして何よりスッピーちゃんを一人の家族として愛している。そしてそれに報いようと必死でご主人のために魔法少女として立派に活動しているスッピーちゃん。本人にどれくらい自覚があるのかはわからないが、それはとても大変なことで、つらいことなんだ。だから、二人のその関係がうらやましくもあった。
私は婆や爺に愛でられるだけの存在だった。と思う。おそらく。
当たり前のように愛され、当たり前のように大事に扱われる。私から愛を返してやったことなんて、そうそうなかったはず。
今なら。もし今の自分があの頃の自分に戻れたなら。
何かが変わったのだろうか。
ふと。
自分の頭上が影になっているのに気付いた。
「ケイト!」
その叫び声と焦った顔、それで自分の身に何が起こったのか、いや起こりかけているのかを悟った。
素早く身を伏せ、とっさに右に避ける。
重い音、振動、金属音。
地面が揺れる。
さっきまで自分のいた場所には、大きな剣が突き刺さっていた。
そしてそれを振り下ろしたと思われる、シルクハットの巨躯の女性がそこにいた。
―――――
清利仁井奈は退屈していた。
彼女がこの街で魔法少女を続けている限り勝負事には事欠かないと思っていたらしいが、それでも少々退屈さを感じていた。
それに一方的に暴力行為を振るっている自分自身に他の魔法少女が意図して避けているような節があるのは、何となく読み取れていた。
最も彼女自身、自分のスタンスを崩すつもりはない。ないが――。
もう少し自分の内を曝け出したい。それは己がここにいると言う存在証明なのか、彼女にはそれはわからなかった。
気づけば、彼女はショッピングモールにいた。
理由は特にない、本当に何となくでここまで来てしまった。まるで何かに引き寄せられるように。
そして彼女は見てしまった。
フードコートに魔法少女らしき者が二人、そして一緒にいる普通の服を着ている、多分一般人が一人。
なぜあのような場所に、変身している魔法少女がいるかはわからない。が、相手が魔法少女である以上、彼女が自分を抑える理由はなかった。
静かに二人に向かっていく。
そして魔法少女に変身する。明らかに人前だが、まるで気にしていなかった。
一人の魔法少女、ソード・オブ・ケイシーとして、今目の前にいる魔法少女を散らす。一匹は必要経費だ。そして怒り狂うであろうもう一匹と一対一の戦闘を行う。こちらは正面から叩き潰す。頭の中でおおよその流れを立てて、ケイシーは歩を進める。
左手に握った剣を振り上げる。相手はまだ気づいていない、が目の前にいるもう一匹の方はもう気づいている、当然と言えば当然だが。
そして、全力で振り下ろす。それが戦闘開始の合図となった。
―――――
ケイシーの当ては外れた。不意打ち、というには確かにお粗末なものだったが、それでも致命傷は与えられる算段だった。
自分の方を一瞥もせず避けられるとは思わなかった。
素早く追撃の体勢を取り、初撃を避けたカトリーヌに向けて剣を薙ぐ。
身を伏せてそれを避けるカトリーヌ、そして両手両足を地につけ、四足動物が獲物に襲い掛かるようにケイシーに向かって跳んだ。
「おっと」
速い、が追い付けないほどのスピードではない。両方の大剣をクロスさせて爪での攻撃を防御する。重い一撃だった。巨体は宙に浮き、体勢こそ崩れはしなかったもののそれでも大きく後方に吹き飛ばされていた。
カトリーヌからすれば、かなり力の籠った一撃だった。にもかかわらず、ガードもして未だ膝すらつかせられていない。
「スッピーちゃん、避難を任せますわ」
ちらと後ろを向いて言った。周囲はパニック状態になっている。自分が囮となって敵と対峙するから代わりに一般市民の避難誘導を頼む、言葉にはそう込められていた。
「でも!」
「頼む」
二人がかりなら、あるいは倒せる見込みはあったのかもしれない。しかし、スッピーちゃんには主人がいた。今この場にいること自体、かなり危うい状態だ。
避難を任せるというのは、二人を今この場から立ち去らせるための口実だった。実のところ、カトリーヌは一般人よりもそっちを優先してほしいと願っていた。
「わかった……後で迎えに行くから!待ってて!」
自らのご主人を抱えて、スッピーちゃんがショッピングモールの外へ急ぐ。
「さあ!他の人も早く逃げてください!ここにいたら巻き込まれます!」
見た目こそ小さな子供だったが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
買い物客が散り散りになって外へ駆けていく。
「……さて、もういいかな?」
吹き飛ばされた方向からケイシーが歩を進めてくる。最低限、一般人を巻き込まぬ努力はした、だからもういいだろう、そう言いたげな表情をしていた。
「一人……でいいのかな」
「……ええ、一人で十分です」
二人の体格差はあまりに大きい。それでも、今ここで引いたらどれだけの一般客を巻き込むことになるか、それを考えるとカトリーヌはここで引くわけにはいかなかった。
交わす言葉も、そう多くはない。
ケイシーは歓びと興奮を隠しきれない様子で目を爛々と輝かせている。
カトリーヌはいつものように表情硬く猫を被るように意を消していた。
先手を取ったのはケイシーだった。
全力疾走の勢いのまま突進してくる。左脚に力を籠め、右手の剣でカトリーヌの首を刎ね飛ばすように薙いだ。
それを上体を反らし躱す。そしてその勢いのままくるりと宙を一回転した。
追うケイシーはならばと剣を縦に振りおろす。着地の瞬間を刈った一撃のはずだった。
振り下ろされる剣、それに合わせてカトリーヌが懐へ突っ込んできた。刃を擦り抜けるように、攻撃を喰らう前に両手の剣が届かない隙間へと潜り込んでくる。
「ちッ」
内側に入られては剣での攻撃は届かない、ケイシーはとっさに膝蹴りを入れようとしたが遅かった。
カトリーヌの掌がケイシーの腹にめり込んでいる。打撃や斬撃ではない、強く押されたのだ。再び後方に吹き飛ばされる。
先ほどと違うのはカトリーヌがそれを追って行ったことだった。そして、後ろに回り込みタイミングを合わせて背中に蹴りを入れた。大きく前後に揺さぶられる。
ケイシーも黙って攻撃を入れられているわけではなかった。空中で無理やり体を捻らせ、左手に持っていた剣を全力で放り投げる。その突然の行動にカトリーヌは対処が遅れた。
左腕が宙を舞った。
直撃は避けられたものの、無傷というわけにはいかなかった。
悲鳴はあげなかった。痛みを意識して押し殺し再び戦っている相手を見据える。しかし、一瞬目を離したその間にケイシーは上に跳んでいた。右手に握った大剣を全力で振り下ろしてくる。
心の中で押さえつけていた本能が警笛を鳴らしている。それは死への恐怖なのか、彼女にはわからなかった。ただただ全力で逃げた。地を蹴り、壁を蹴り、吹き抜けから上へ上へと逃げて行った。物陰に隠れ呼吸を整える。
「何故逃げる、というより逃げられるとでも?」
放り投げた剣を拾い直し、ケイシーが軽快に階と階の間を跳んでくる。
比較的ゆっくりと、しかし確実にカトリーヌの隠れている場所へと向かってきていた。
血が止まらない、寒気がする、呼吸も荒い、視界も朦朧としていた。
思えば何故ケイシーには魔法が作動しなかったのか。意識がふわりとしたような頭で、カトリーヌは疑問を抱いた。
相手が普通の人間なら、いや生命体であれば魔法は作動し、最初の一撃も剣の投擲も躱せていたはずだ。
……相手は人間ではないのか?
ケイシーの歩みが止まる。
目の前には、壁に寄りかかったカトリーヌの姿があった。
「……散々逃げてそんな恥を晒すのか、お前は」
私はここで死ぬのだろうか、彼女の脳裏にそんな考えが浮かんだ。
それを頭の中で打ち消し、彼女は一つの決断を下した。
今まで魔法少女として、理性的に生きてきた。それらが何もかも無駄になる、そんな決断だった。
―――――
「後処理?……知るかよ、お前が動作テストしたいって言ったんじゃねえか。だから、こうやって適当な奴をあてがってアレと対峙させた、オレは何か間違ったことをしたか?」
「知るかバカ、こっちだって当てるならもっと大物の方が良かったと思ってるんだ。たかだか畜生二匹、アレの相手になるかよ」
「まず、制限を解除するところにすら行かない、もうこれだけでダメだろ」
「無理やり引き起こしてもいいが……意味ねえだろ、なんで蚊一匹退治するために火炎放射器持ってこなきゃならねえんだ」
「あーわかったわかった、最後まで見てるよ仕事だしな」
―――――
今、私は相手の魔法少女を追い詰めている。
とっさの機転で剣を投げ飛ばして、相手の左腕を切り落としたまではよかった。
まさか、逃げるだなんて思いもしなかった。
さっき入れられた腹の一撃が妙に響く。
不覚だ。しかも、蓋を開けてみればあれほどの臆病者だったとは。
そんな者に一撃入れられた自分の不甲斐なさに腹が立つ。
早々に首を切り落として、もう一人の方を追おう。
その時だった。
少女が立ち上がってきた。
まだ続けるのか、しかし立ち向かう勇敢さのないものを一方的に甚振るよりかは立ち上がってきてくれた方がいいだろう。
「成程、反撃の意志が整ったと……そう見て――」
視界から相手が消える。そして同時に首筋に痛みが走った。
首元を抑えると、ねっとりとした感触があった。
まさか。
後ろを振り返ると、そこにはさっきまで戦っていた少女の姿があった。口元は血塗れになっている。
――食われたのか。
フゥーッという荒い唸り声が聞こえる。警戒心丸出しの猫とかがやるアレだ。
先程までの平々凡々として落ち着き払った表情はもうそこにはなかった。
理性のない生き物がそこにいた。
四足歩行、いや、三足歩行か。右手の爪ががっしりと地面を掴んでいる。
また、少女の姿が消える。
とっさにガードするが、それでも相手の動きが見えない。
響く金属音と腕に残る重み。気づけば剣が柄を残して先がなくなっている。
「ハハハハ、面白い!それがお前の本性というわけか!」
まるで手負いの獣を相手にしているような感じ、決して嫌いではないこのひりつく様な空気、さっきまでとはまるで別人だ!
この高揚感が私がここにいることを実感させてくれる。
少女がまた体を沈め、獣の体勢に移る。
攻撃パターンがわかっていれば、恐れることはない。注視していれば、見切れないはずはないのだから。
目に全神経を集中させる。
地につけた右手の爪が、床にひびを入れる。
跳ぶ。今!
一直線に突っ込んでくる攻撃を躱し、その上で脚を捉えた!
計算通り!完璧だった――
はずだった。
脚を軸に身体を空中で捻り始めたところまでは見えた。
そして、握った手がいつの間にか消えている。
気づいたら視界も奪われていた。目の奥が熱い、抉られたのか。
壁中を跳び回っている音が聞こえる。四方から追い詰められているのだ。まるで狩りをするかのように。
腕に力を込め、いるであろう方向にぶん回す。しかし、当たっている感触がない。
というより私の腕はついているのだろうか。目が見えない今では確かめようがない。ただ体のあちこちが熱かった。
風を切る音と、それに混じり液体が飛び散る音がする。後者は、もしかしたら私の体が引き裂かれている音なのか。
――唐突に。
ぶつん、と私の意識は闇へ落ちて行った。
何が起こったか、私にもわからなかった。
―――――
「……思った以上に食い下がるな奴は」
ビルの屋上から、小さな一匹の猫がその様子を見ていた。
不気味な黒と紫の混じった色をして、口角を限界まで釣り上げたような三日月状の口をした猫だった。
「あぁ、動作テストな、思いの外上手くいくかもしれねえな」
今回、ソード・オブ・ケイシーに無意識下にショッピングモールに向かわせたのも彼が行ったことであり、その先に魔法少女二人がいることも計算づくでのことだった。
普段、魔法少女が目にしているケイシー、彼女には一つ秘密があった。
それは、彼女は純粋な人間ではない、人工魔法少女であるということだ。
個体名称、MLG-T-002、呼称名、ソード・オブ・キャノーシマ。それが彼女本来の名称である。
「よくまああんなゴミが、ここまで粘るものかよ……まぁ動作テストはここからだ」
そう言い、彼は不敵な笑みを浮かべた。
ケイシーの魔法は単純な肉体操作、と思われていた。あらゆる部位を強化し、その勢いのまま相手に襲いかかる。それが彼女の常套手段であり、必勝パターンでもあった。しかし、その本質は大きく異なる。
彼女の本来の魔法は、端的に言えば肉体の増殖である。腕や脚などの体の部位だけでなく、各種器官を含むありとあらゆるものを再生、増殖が可能である。
最も、この魔法はリミッターがかけられており普段はその一部しか使用することができない。
しかし、そのリミッターはもう解かれている。
「ま、期待はしてねえや、相応に頑張れよ、ええと……カトリーヌ?だったか」
―――――
両目を抉り取られ、両腕を引きちぎられているケイシー。
しかし、まだ死んでいない。
地面に膝こそついているものの、戦意自体が消えていないのをカトリーヌは本能で察知していた。
起き上がってくる。
同時に腕を生やし、目を再生させながら。
フシャアと威嚇するカトリーヌに対抗し、ケイシーも負けじと唸りだす。
「…GRRR■■RRR■RAAA■■■■AAAAAAAAAAA■■■■AAAAA!!!」
大地が震える。
壁も崩れ始めていた。
理性の欠片も残っていない二頭が対峙していた。
―――――
街の人たちの避難がやっと終わった。今はご主人と一緒にいる。
中から剣を振り回してる危ない人がいる、ってことで警察の人も中に入れないみたい。
その近くにいる人たちは、他の魔法少女の人たちと協力しながら安全な場所に避難させた。
多分、みんな無事なはず。
でも、ケイトがまだ中にいる。
さっきの大きな声……。
周りの人たちにも聞こえてたみたいで、みんな怖がってた。
それに……ボクだって怖い。
でも、後で迎えに行くって約束したんだ。
……でもでもご主人をここに置いて行っちゃ、
「大丈夫、私のことは心配しないでいいから」
ケイトはボクと、ご主人を真っ先に逃がしてくれたんだ。
ケイトの言うことをちゃんと聞くなら、今は一緒にご主人と家に帰った方がいい。でも……。
「スッピーちゃんの、魔法少女のお友だちなんでしょ?だったら!助けに行ってあげないと!」
ご主人はそう言ってボクをぎゅっとしてくれた。
そうだ。ボクは魔法少女なんだ。ケイトだってきっと助けられる。
今行くから……それまで無事でいて……!
―――――
閑散としたショッピングモール、その中で二体の獣が攻撃を打ちあっていた。
スペースを埋め尽くす勢いでケイシーの腕が伸びていく。歪に増殖するケイシーの肉体、本来生えるべき部位ではないところからも腕や骨が、逃げ回るカトリーヌを追っていた。さらに体の至る所に目が生え、高速で跳び回るカトリーヌの姿を追っていた。その姿は異常成長する大樹の枝のようにも見えた。
カトリーヌは逃げ回りながらも少しずつケイシーの肉体を削っていた。爪で肉を抉り骨を砕く。
彼女の体を蝕腕が覆う、そしてそれを体を高速回転させて、肉も骨も何もかも散らしていく。そして、空いた隙間から逃げていく。
それが延々と続いていた。
カトリーヌの魔法は、大きく変化していた。
彼女は、誰が誰に対してどういった感情を持っているか何となく察知できる、という魔法であった。戦闘においては、相手が感情を持って攻撃してくる場合には攻撃予知の真似事のようなことが可能だった。しかし、現在では相手が感情を持っているかどうかは関係なく、攻撃そのものに属性付をして攻撃の予知を行っていた。こと一対一の戦いにおいては、この魔法は非常に有用であった。延々と増殖し続けるケイシーの攻撃を避け続けていられたのは、この魔法のおかげである。
しかし、それだけである。
高い身体能力を持っていることは事実だが、所詮は肉弾戦でしか頼りがない。
ほぼ無限に増殖しつづけるケイシーを止めることはほぼ不可能だった。
現にカトリーヌはケイシーの攻撃を防ぐことしかできていない。明らかに削り取る量より、増えている量の方が多いのだ。
何かが右脚を貫いた。ケイシーが自らの血液を凝縮させて光線のように射出したのだ。
右脚の膝から下が完全に消滅していた。
ケイシーと比較して、カトリーヌは一撃喰らえば致命傷である。
細い細い綱渡りをして何とか五分といったところだ。
次の瞬間には、ケイシーの血液光線がカトリーヌの右目を貫いていた。
―――――
意識がわずかに戻ってくる。
捨てたと思っていたわずかな理性が戻ってきた。
そうなると、途端に死にたくないと思いだしてくる。
スッピーちゃんとも約束した。
後でまた会わねばならない。彼女を、悲しませてはいけない。
だったら、ここで勝てない戦いを前にする必要はないのだ。逃げなければ。
素早く体勢を立て直し、相手の懐と思しき部分に入り込み、全力のドロップキックで相手をショッピングモールの外へ押し出す勢いで蹴り飛ばした。全ては自分が逃げるための時間を稼ぐためである。
そして、出来る限り早く逃げた。とにかく遠くへ、遠くへと逃げた。それしかできなかった。
―――――
「ああ……まあ期待してない割には楽しめた方だな、終わり方があまりに無様で残念だったがな」
チェシャはにたりとした張り付いた笑みを崩さぬまま、話を続ける。
「これで終いでいいだろ?さすがにこれ以上は後片付けが面倒だ」
被害状況のこともあった。明らかに色々と巻き込みすぎていた。
それにこれだけ大きな騒ぎになってしまえば、他の魔法少女がやってくる可能性だってあった。その前に撤収作業は済ませておくべきだと判断したのだった。
結果的には、キャノーシマは性能の半分も引き出せていなかった。しかし、所詮はテストである。まあ、この程度だろう。そう思いチェシャは闇へと消えていった。
―――――
……かなり状態は良くない。
疲弊しきっている。
目もろくに見えていない。脚を動かしている感覚はあるが、果たして自分は本当に歩けているのだろうか。
自分がどこにいるのかもわからない。魔法少女の状態かどうかすらわからない。
とにかく、今はどこか遠くへ行きたかった。
ただただ逃げるように、どこか遠くへ――
ドン
キキッ
ブロロロ…
気づけば、私は空を見ていた。
仰向けになって地面に寝転んでいる。
体が浮いているような感覚があった。
ふと。
誰かが私の名前を呼んでいるような、そんな気がした。
「は?動作テスト?」
「別にいいが、ちょいと時期尚早じゃねえか?待った方だって?」
「あー、わかったわかった、適当なやつあてがえばいいんだろ」
「……本当はもうちょっとマシなやつをぶつけたかったんだがな。ったく、監視役も楽じゃねえや」
―――――
今日は特に何の予定もないはずの日だった。いつものように、スッピーちゃんとパトロールのつもりだった。
しかし、今日は少し予定が変わった。
彼女曰く、ご主人が買い忘れたものがあったから一緒に買いに行く、らしい。まあ最近は治安も少し悪いしボディーガード代わりに魔法少女がいれば、安全といえば安全か。
むしろ魔法少女と一緒にいる状態だからこそ危険度が跳ね上がるのでは、と邪推した私はかなりの捻くれ者なのかもしれない。
そんなわけで、私は猫の状態でスッピーちゃんの主と対面するハメになった。……会ってから変身すればいいやと思っていたばっかりに、こんなことって。
「この子がね!ボクと同じ魔法少女のケイトって言うんだ!」
ヘイ駄犬、何故バラす。
「へぇ、この猫ちゃんがスッピーちゃんのお友だちの魔法少女なんだ」
さすがに受け入れるの早いな、まだ変身もしていないのに。
端末を操作し、変身。これで人間三人、まあそのうち二人はコスプレ風でかなり浮いているが、傍から見れば極々普通の三人組になった。
「カトリーヌと言います、彼女からはケイトと呼ばれていますが」
「意外と紳士な猫ちゃんだった…こちらこそ初めまして、どっちで呼べば?」
「呼びやすい方で」
初対面の人間にはまず猫を被る。私の基本である。
それはそうと、買い物か。いや、がっつりショッピングというわけではないんだろうけども。
普段なら、ついでに物を強請るとかそういうことを私はやる。しかし、相手がスッピーちゃんの主となると、あまり気は進まない。
実際やるかどうかはまた別問題だが。
そんなわけで我々は近場のショッピングモールへ向かうこととなった。パトロールは多分その後になるだろう。
―――――
買い物自体は早々に終わった。
よく考えてみればそれも当然だった。スッピーちゃんのご主人はちょっとした買い忘れが原因で買い物に行くのだから。食料品、スッピーちゃんのものも含めてそこまで多くない荷物を、スッピーちゃんがガラガラとカートで運んでいる。
私はというと、コートを買った。別に高いやつでなくていい、安物の、とはいっても二千円くらいはするのだが、とにかく人間の姿をかたどった魔法少女として目立つのはあまりよろしくはない。それを隠すためだけに、なけなしの所持金を使って買ったのだ。
ご主人さんは、言えば買ってあげたのにと言ったが、そこまで世話になるわけにはいかない。
「じゃあせめて何か食べていかない?私が奢るよ、可愛いボディーガードさん」
そのくらいなら、まあ。
適当にフードコートを選び、三人席に着く。
こういう店がたくさんある場所は個人的に好奇心をそそられる。普段なら、絶対行かない場所だ。祭りで出店がたくさん並んでいるところを昔見たことがあったが、感覚としてはアレに近いのかもしれない。
適当にハンバーガーを三つほど頼む。セットメニューとかは私にはよくわからなかった。私がハンバーガーがいいと言うと、スッピーちゃんもボクもそれにすると言い、ご主人さんもじゃあ私も同じところで、と言って結局たくさんのハンバーガーをトレーに乗せて運ぶことになった。ちなみにお値段は三千円を超えた。そんな馬鹿な……。
「自分で言っといてなんですけど……本当申し訳ない……」
「いいのいいの!スッピーちゃんのお友だちなんだから私にとっても友だちみたいなもんだし!」
「ご主人とケイトもお友だち!」
「いやでもこれはちょっと頼みすぎでは…」
トレー一個に山盛りになったハンバーガー、これが三千円もするのかと思うとぞっとする。
「気にしないの!私は大人なんですから、小さな子供二人分を養うだけの稼ぎはあります!」
「……本当に?」
「…嘘、二人はちょっと難しいかも……でもでも!犬と猫の二匹分を飼うくらいでいいなら」
「お心遣い、ありがとうございます、でもスッピーちゃんのご主人さんを困らせるわけにはいかないので」
「?」
「ま、まあ勢いで言った冗談だし」
この人は楽しい人だ。
スッピーちゃんは恵まれている、いいご主人を持ったなあと、改めてそう思う。他人を思いやり、そして何よりスッピーちゃんを一人の家族として愛している。そしてそれに報いようと必死でご主人のために魔法少女として立派に活動しているスッピーちゃん。本人にどれくらい自覚があるのかはわからないが、それはとても大変なことで、つらいことなんだ。だから、二人のその関係がうらやましくもあった。
私は婆や爺に愛でられるだけの存在だった。と思う。おそらく。
当たり前のように愛され、当たり前のように大事に扱われる。私から愛を返してやったことなんて、そうそうなかったはず。
今なら。もし今の自分があの頃の自分に戻れたなら。
何かが変わったのだろうか。
ふと。
自分の頭上が影になっているのに気付いた。
「ケイト!」
その叫び声と焦った顔、それで自分の身に何が起こったのか、いや起こりかけているのかを悟った。
素早く身を伏せ、とっさに右に避ける。
重い音、振動、金属音。
地面が揺れる。
さっきまで自分のいた場所には、大きな剣が突き刺さっていた。
そしてそれを振り下ろしたと思われる、シルクハットの巨躯の女性がそこにいた。
―――――
清利仁井奈は退屈していた。
彼女がこの街で魔法少女を続けている限り勝負事には事欠かないと思っていたらしいが、それでも少々退屈さを感じていた。
それに一方的に暴力行為を振るっている自分自身に他の魔法少女が意図して避けているような節があるのは、何となく読み取れていた。
最も彼女自身、自分のスタンスを崩すつもりはない。ないが――。
もう少し自分の内を曝け出したい。それは己がここにいると言う存在証明なのか、彼女にはそれはわからなかった。
気づけば、彼女はショッピングモールにいた。
理由は特にない、本当に何となくでここまで来てしまった。まるで何かに引き寄せられるように。
そして彼女は見てしまった。
フードコートに魔法少女らしき者が二人、そして一緒にいる普通の服を着ている、多分一般人が一人。
なぜあのような場所に、変身している魔法少女がいるかはわからない。が、相手が魔法少女である以上、彼女が自分を抑える理由はなかった。
静かに二人に向かっていく。
そして魔法少女に変身する。明らかに人前だが、まるで気にしていなかった。
一人の魔法少女、ソード・オブ・ケイシーとして、今目の前にいる魔法少女を散らす。一匹は必要経費だ。そして怒り狂うであろうもう一匹と一対一の戦闘を行う。こちらは正面から叩き潰す。頭の中でおおよその流れを立てて、ケイシーは歩を進める。
左手に握った剣を振り上げる。相手はまだ気づいていない、が目の前にいるもう一匹の方はもう気づいている、当然と言えば当然だが。
そして、全力で振り下ろす。それが戦闘開始の合図となった。
―――――
ケイシーの当ては外れた。不意打ち、というには確かにお粗末なものだったが、それでも致命傷は与えられる算段だった。
自分の方を一瞥もせず避けられるとは思わなかった。
素早く追撃の体勢を取り、初撃を避けたカトリーヌに向けて剣を薙ぐ。
身を伏せてそれを避けるカトリーヌ、そして両手両足を地につけ、四足動物が獲物に襲い掛かるようにケイシーに向かって跳んだ。
「おっと」
速い、が追い付けないほどのスピードではない。両方の大剣をクロスさせて爪での攻撃を防御する。重い一撃だった。巨体は宙に浮き、体勢こそ崩れはしなかったもののそれでも大きく後方に吹き飛ばされていた。
カトリーヌからすれば、かなり力の籠った一撃だった。にもかかわらず、ガードもして未だ膝すらつかせられていない。
「スッピーちゃん、避難を任せますわ」
ちらと後ろを向いて言った。周囲はパニック状態になっている。自分が囮となって敵と対峙するから代わりに一般市民の避難誘導を頼む、言葉にはそう込められていた。
「でも!」
「頼む」
二人がかりなら、あるいは倒せる見込みはあったのかもしれない。しかし、スッピーちゃんには主人がいた。今この場にいること自体、かなり危うい状態だ。
避難を任せるというのは、二人を今この場から立ち去らせるための口実だった。実のところ、カトリーヌは一般人よりもそっちを優先してほしいと願っていた。
「わかった……後で迎えに行くから!待ってて!」
自らのご主人を抱えて、スッピーちゃんがショッピングモールの外へ急ぐ。
「さあ!他の人も早く逃げてください!ここにいたら巻き込まれます!」
見た目こそ小さな子供だったが、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
買い物客が散り散りになって外へ駆けていく。
「……さて、もういいかな?」
吹き飛ばされた方向からケイシーが歩を進めてくる。最低限、一般人を巻き込まぬ努力はした、だからもういいだろう、そう言いたげな表情をしていた。
「一人……でいいのかな」
「……ええ、一人で十分です」
二人の体格差はあまりに大きい。それでも、今ここで引いたらどれだけの一般客を巻き込むことになるか、それを考えるとカトリーヌはここで引くわけにはいかなかった。
交わす言葉も、そう多くはない。
ケイシーは歓びと興奮を隠しきれない様子で目を爛々と輝かせている。
カトリーヌはいつものように表情硬く猫を被るように意を消していた。
先手を取ったのはケイシーだった。
全力疾走の勢いのまま突進してくる。左脚に力を籠め、右手の剣でカトリーヌの首を刎ね飛ばすように薙いだ。
それを上体を反らし躱す。そしてその勢いのままくるりと宙を一回転した。
追うケイシーはならばと剣を縦に振りおろす。着地の瞬間を刈った一撃のはずだった。
振り下ろされる剣、それに合わせてカトリーヌが懐へ突っ込んできた。刃を擦り抜けるように、攻撃を喰らう前に両手の剣が届かない隙間へと潜り込んでくる。
「ちッ」
内側に入られては剣での攻撃は届かない、ケイシーはとっさに膝蹴りを入れようとしたが遅かった。
カトリーヌの掌がケイシーの腹にめり込んでいる。打撃や斬撃ではない、強く押されたのだ。再び後方に吹き飛ばされる。
先ほどと違うのはカトリーヌがそれを追って行ったことだった。そして、後ろに回り込みタイミングを合わせて背中に蹴りを入れた。大きく前後に揺さぶられる。
ケイシーも黙って攻撃を入れられているわけではなかった。空中で無理やり体を捻らせ、左手に持っていた剣を全力で放り投げる。その突然の行動にカトリーヌは対処が遅れた。
左腕が宙を舞った。
直撃は避けられたものの、無傷というわけにはいかなかった。
悲鳴はあげなかった。痛みを意識して押し殺し再び戦っている相手を見据える。しかし、一瞬目を離したその間にケイシーは上に跳んでいた。右手に握った大剣を全力で振り下ろしてくる。
心の中で押さえつけていた本能が警笛を鳴らしている。それは死への恐怖なのか、彼女にはわからなかった。ただただ全力で逃げた。地を蹴り、壁を蹴り、吹き抜けから上へ上へと逃げて行った。物陰に隠れ呼吸を整える。
「何故逃げる、というより逃げられるとでも?」
放り投げた剣を拾い直し、ケイシーが軽快に階と階の間を跳んでくる。
比較的ゆっくりと、しかし確実にカトリーヌの隠れている場所へと向かってきていた。
血が止まらない、寒気がする、呼吸も荒い、視界も朦朧としていた。
思えば何故ケイシーには魔法が作動しなかったのか。意識がふわりとしたような頭で、カトリーヌは疑問を抱いた。
相手が普通の人間なら、いや生命体であれば魔法は作動し、最初の一撃も剣の投擲も躱せていたはずだ。
……相手は人間ではないのか?
ケイシーの歩みが止まる。
目の前には、壁に寄りかかったカトリーヌの姿があった。
「……散々逃げてそんな恥を晒すのか、お前は」
私はここで死ぬのだろうか、彼女の脳裏にそんな考えが浮かんだ。
それを頭の中で打ち消し、彼女は一つの決断を下した。
今まで魔法少女として、理性的に生きてきた。それらが何もかも無駄になる、そんな決断だった。
―――――
「後処理?……知るかよ、お前が動作テストしたいって言ったんじゃねえか。だから、こうやって適当な奴をあてがってアレと対峙させた、オレは何か間違ったことをしたか?」
「知るかバカ、こっちだって当てるならもっと大物の方が良かったと思ってるんだ。たかだか畜生二匹、アレの相手になるかよ」
「まず、制限を解除するところにすら行かない、もうこれだけでダメだろ」
「無理やり引き起こしてもいいが……意味ねえだろ、なんで蚊一匹退治するために火炎放射器持ってこなきゃならねえんだ」
「あーわかったわかった、最後まで見てるよ仕事だしな」
―――――
今、私は相手の魔法少女を追い詰めている。
とっさの機転で剣を投げ飛ばして、相手の左腕を切り落としたまではよかった。
まさか、逃げるだなんて思いもしなかった。
さっき入れられた腹の一撃が妙に響く。
不覚だ。しかも、蓋を開けてみればあれほどの臆病者だったとは。
そんな者に一撃入れられた自分の不甲斐なさに腹が立つ。
早々に首を切り落として、もう一人の方を追おう。
その時だった。
少女が立ち上がってきた。
まだ続けるのか、しかし立ち向かう勇敢さのないものを一方的に甚振るよりかは立ち上がってきてくれた方がいいだろう。
「成程、反撃の意志が整ったと……そう見て――」
視界から相手が消える。そして同時に首筋に痛みが走った。
首元を抑えると、ねっとりとした感触があった。
まさか。
後ろを振り返ると、そこにはさっきまで戦っていた少女の姿があった。口元は血塗れになっている。
――食われたのか。
フゥーッという荒い唸り声が聞こえる。警戒心丸出しの猫とかがやるアレだ。
先程までの平々凡々として落ち着き払った表情はもうそこにはなかった。
理性のない生き物がそこにいた。
四足歩行、いや、三足歩行か。右手の爪ががっしりと地面を掴んでいる。
また、少女の姿が消える。
とっさにガードするが、それでも相手の動きが見えない。
響く金属音と腕に残る重み。気づけば剣が柄を残して先がなくなっている。
「ハハハハ、面白い!それがお前の本性というわけか!」
まるで手負いの獣を相手にしているような感じ、決して嫌いではないこのひりつく様な空気、さっきまでとはまるで別人だ!
この高揚感が私がここにいることを実感させてくれる。
少女がまた体を沈め、獣の体勢に移る。
攻撃パターンがわかっていれば、恐れることはない。注視していれば、見切れないはずはないのだから。
目に全神経を集中させる。
地につけた右手の爪が、床にひびを入れる。
跳ぶ。今!
一直線に突っ込んでくる攻撃を躱し、その上で脚を捉えた!
計算通り!完璧だった――
はずだった。
脚を軸に身体を空中で捻り始めたところまでは見えた。
そして、握った手がいつの間にか消えている。
気づいたら視界も奪われていた。目の奥が熱い、抉られたのか。
壁中を跳び回っている音が聞こえる。四方から追い詰められているのだ。まるで狩りをするかのように。
腕に力を込め、いるであろう方向にぶん回す。しかし、当たっている感触がない。
というより私の腕はついているのだろうか。目が見えない今では確かめようがない。ただ体のあちこちが熱かった。
風を切る音と、それに混じり液体が飛び散る音がする。後者は、もしかしたら私の体が引き裂かれている音なのか。
――唐突に。
ぶつん、と私の意識は闇へ落ちて行った。
何が起こったか、私にもわからなかった。
―――――
「……思った以上に食い下がるな奴は」
ビルの屋上から、小さな一匹の猫がその様子を見ていた。
不気味な黒と紫の混じった色をして、口角を限界まで釣り上げたような三日月状の口をした猫だった。
「あぁ、動作テストな、思いの外上手くいくかもしれねえな」
今回、ソード・オブ・ケイシーに無意識下にショッピングモールに向かわせたのも彼が行ったことであり、その先に魔法少女二人がいることも計算づくでのことだった。
普段、魔法少女が目にしているケイシー、彼女には一つ秘密があった。
それは、彼女は純粋な人間ではない、人工魔法少女であるということだ。
個体名称、MLG-T-002、呼称名、ソード・オブ・キャノーシマ。それが彼女本来の名称である。
「よくまああんなゴミが、ここまで粘るものかよ……まぁ動作テストはここからだ」
そう言い、彼は不敵な笑みを浮かべた。
ケイシーの魔法は単純な肉体操作、と思われていた。あらゆる部位を強化し、その勢いのまま相手に襲いかかる。それが彼女の常套手段であり、必勝パターンでもあった。しかし、その本質は大きく異なる。
彼女の本来の魔法は、端的に言えば肉体の増殖である。腕や脚などの体の部位だけでなく、各種器官を含むありとあらゆるものを再生、増殖が可能である。
最も、この魔法はリミッターがかけられており普段はその一部しか使用することができない。
しかし、そのリミッターはもう解かれている。
「ま、期待はしてねえや、相応に頑張れよ、ええと……カトリーヌ?だったか」
―――――
両目を抉り取られ、両腕を引きちぎられているケイシー。
しかし、まだ死んでいない。
地面に膝こそついているものの、戦意自体が消えていないのをカトリーヌは本能で察知していた。
起き上がってくる。
同時に腕を生やし、目を再生させながら。
フシャアと威嚇するカトリーヌに対抗し、ケイシーも負けじと唸りだす。
「…GRRR■■RRR■RAAA■■■■AAAAAAAAAAA■■■■AAAAA!!!」
大地が震える。
壁も崩れ始めていた。
理性の欠片も残っていない二頭が対峙していた。
―――――
街の人たちの避難がやっと終わった。今はご主人と一緒にいる。
中から剣を振り回してる危ない人がいる、ってことで警察の人も中に入れないみたい。
その近くにいる人たちは、他の魔法少女の人たちと協力しながら安全な場所に避難させた。
多分、みんな無事なはず。
でも、ケイトがまだ中にいる。
さっきの大きな声……。
周りの人たちにも聞こえてたみたいで、みんな怖がってた。
それに……ボクだって怖い。
でも、後で迎えに行くって約束したんだ。
……でもでもご主人をここに置いて行っちゃ、
「大丈夫、私のことは心配しないでいいから」
ケイトはボクと、ご主人を真っ先に逃がしてくれたんだ。
ケイトの言うことをちゃんと聞くなら、今は一緒にご主人と家に帰った方がいい。でも……。
「スッピーちゃんの、魔法少女のお友だちなんでしょ?だったら!助けに行ってあげないと!」
ご主人はそう言ってボクをぎゅっとしてくれた。
そうだ。ボクは魔法少女なんだ。ケイトだってきっと助けられる。
今行くから……それまで無事でいて……!
―――――
閑散としたショッピングモール、その中で二体の獣が攻撃を打ちあっていた。
スペースを埋め尽くす勢いでケイシーの腕が伸びていく。歪に増殖するケイシーの肉体、本来生えるべき部位ではないところからも腕や骨が、逃げ回るカトリーヌを追っていた。さらに体の至る所に目が生え、高速で跳び回るカトリーヌの姿を追っていた。その姿は異常成長する大樹の枝のようにも見えた。
カトリーヌは逃げ回りながらも少しずつケイシーの肉体を削っていた。爪で肉を抉り骨を砕く。
彼女の体を蝕腕が覆う、そしてそれを体を高速回転させて、肉も骨も何もかも散らしていく。そして、空いた隙間から逃げていく。
それが延々と続いていた。
カトリーヌの魔法は、大きく変化していた。
彼女は、誰が誰に対してどういった感情を持っているか何となく察知できる、という魔法であった。戦闘においては、相手が感情を持って攻撃してくる場合には攻撃予知の真似事のようなことが可能だった。しかし、現在では相手が感情を持っているかどうかは関係なく、攻撃そのものに属性付をして攻撃の予知を行っていた。こと一対一の戦いにおいては、この魔法は非常に有用であった。延々と増殖し続けるケイシーの攻撃を避け続けていられたのは、この魔法のおかげである。
しかし、それだけである。
高い身体能力を持っていることは事実だが、所詮は肉弾戦でしか頼りがない。
ほぼ無限に増殖しつづけるケイシーを止めることはほぼ不可能だった。
現にカトリーヌはケイシーの攻撃を防ぐことしかできていない。明らかに削り取る量より、増えている量の方が多いのだ。
何かが右脚を貫いた。ケイシーが自らの血液を凝縮させて光線のように射出したのだ。
右脚の膝から下が完全に消滅していた。
ケイシーと比較して、カトリーヌは一撃喰らえば致命傷である。
細い細い綱渡りをして何とか五分といったところだ。
次の瞬間には、ケイシーの血液光線がカトリーヌの右目を貫いていた。
―――――
意識がわずかに戻ってくる。
捨てたと思っていたわずかな理性が戻ってきた。
そうなると、途端に死にたくないと思いだしてくる。
スッピーちゃんとも約束した。
後でまた会わねばならない。彼女を、悲しませてはいけない。
だったら、ここで勝てない戦いを前にする必要はないのだ。逃げなければ。
素早く体勢を立て直し、相手の懐と思しき部分に入り込み、全力のドロップキックで相手をショッピングモールの外へ押し出す勢いで蹴り飛ばした。全ては自分が逃げるための時間を稼ぐためである。
そして、出来る限り早く逃げた。とにかく遠くへ、遠くへと逃げた。それしかできなかった。
―――――
「ああ……まあ期待してない割には楽しめた方だな、終わり方があまりに無様で残念だったがな」
チェシャはにたりとした張り付いた笑みを崩さぬまま、話を続ける。
「これで終いでいいだろ?さすがにこれ以上は後片付けが面倒だ」
被害状況のこともあった。明らかに色々と巻き込みすぎていた。
それにこれだけ大きな騒ぎになってしまえば、他の魔法少女がやってくる可能性だってあった。その前に撤収作業は済ませておくべきだと判断したのだった。
結果的には、キャノーシマは性能の半分も引き出せていなかった。しかし、所詮はテストである。まあ、この程度だろう。そう思いチェシャは闇へと消えていった。
―――――
……かなり状態は良くない。
疲弊しきっている。
目もろくに見えていない。脚を動かしている感覚はあるが、果たして自分は本当に歩けているのだろうか。
自分がどこにいるのかもわからない。魔法少女の状態かどうかすらわからない。
とにかく、今はどこか遠くへ行きたかった。
ただただ逃げるように、どこか遠くへ――
ドン
キキッ
ブロロロ…
気づけば、私は空を見ていた。
仰向けになって地面に寝転んでいる。
体が浮いているような感覚があった。
ふと。
誰かが私の名前を呼んでいるような、そんな気がした。
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