ある若いマウサネシア人の一日��
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kosyoubaru 2022年06月15日(水) 19:48:17履歴
『こんにちゃわ。わたしょはマァウスァネシアからきたハルネー・レセットれす』
私はマウサナ人訛りのデニエスタ語で一行に話しかけた。
マウサネシア連邦共和国
ラピタ王国
前作：ある若いマウサネシア人の一日��
主人公：ハルネー・レセット。前作より続投、種族はマウサネシア人(マウサナ人)
※補足：イラストではメタ的な事情でマウサナ人の肌の色は白いのだが、実際はこんな感じの肌の色をしている。
聖暦1992年7月初旬
ラピタ王国 タアロア
午前8時前
空港建設のためにこの国に派遣されてから、各種政務をこなしつつ2週間ほど経ち、この国にもだいぶ慣れてきたころ。
「それで、今日でしたっけ」
「何寝ぼけてるんですか、早く準備して行きますよ」
朝起きて少しぼーっとしてたら、ラピタ王国にはおそらく数個しかないインターホンが鳴ったので出てみると、ンヮツネ・厶ルジバ氏が来ていた。
別に彼とは親しい友人というわけでもなく、単なる同僚なのだが、マウサナではこれが普通でお互いに世話を焼いたりするのだ。
「そうだった、準備しなきゃ」
「ハハハ、やはりこの島にいるとのんびりしてしまいますよね」
やらかしてしまった。待ち合わせ時間があるのに、これでは遅れてしまうだろう。
今日は朝の8時30分に、タアロア港で技術者団と落ち合い、9時30分に乗合馬車で候補地へ向かうことになっている。
「国王陛下に次いで貴きお方がお見えになる」、という説明を受けていたので、正装しなくてはならない。
正装とは言っても、ドレスのようなそこまで豪華なものは持ち合わせていないので、会社の制服とさほど変わらないのだが。
厶ルジバ氏は既に正装なのだが、こんな島で寒いカーリストの正装をしても暑苦しいだけなので、彼は濃い灰色の半ズボンとワイシャツ姿だ。
一方の私は、服装で悩んでいた。
「うーむ、やっぱりニーソはやめた方がいいですかね……」
「藪の中にも入るかもしれませんし、タイツにしておいた方がいいですよ」
「それに、カーリストの人たちは、フォーマルな場で脚を露出させるのを嫌うらしいからね。正直理解はできませんが。」
マウサナ人は脚が長くてスラッとしているので、ニーソを履くとよく映えるのだが、カーリスト人の価値観では望ましくないのだ。
「色は黒の方がいいと思いますよ。フォーマルな場ですし。」
「うーんでも、黒だと照り返しが暑いですし、白にしましょう。」
ラピタ王国の人々は寛容なのでぶっちゃけ何を着てもいいのだが、カーリスト人が居る場所ではそういう訳にもいかない。
だから厶ルジバ氏と相談しつつある程度は無難な服装をすることにしたのだ。
「どうしてカーリスト系はああも堅苦しいんですかね」
私はもっと自由な服装がしたかったので、頬を不満で満たしつつ言っても仕方の無い文句を言った。
「寒いからでしょうね。向こうにはアリとキリギリスという逸話があるくらいですし。」
「あの、遊んで暮らしてると駄目ですよ的なやつ？マウサナ人としてはキリギリスの方が気楽で人生楽しんでると思いますが」
「冬が来るような地域ではそうもいかないんですよ」
奥の部屋で半袖のワイシャツとタイツ、紺の短いスカートを履いてベルト(マウサナのスカートなのでベルト付き)とネクタイを締めると、正装が完成した。
暑いので日除け布付きの笠もかぶって行くことにした。笠は通気性に優れ、日差しや雨から守ってくれるのだ。
笠はラタニアの木の葉の繊維から作る円錐形の帽子であり、カラフルな刺繍がされている。
そしてその下に市女笠にあるような半透明の薄い日除け布がついており、これは虫除けにもなる。
「結局、随分と浮きそうな格好になってしまいましたね」
「スカートと笠は譲れないわ。…まあ覚悟の上だから大丈夫ですよ」
別に私はカーリスト人ではないし、そもそもここはラピタ王国なのだから、妥協するだけで十分だと思う。
結局、ほとんど笠のせいで、現代国家の代表としてはあまりにも奇妙な格好になってしまったが、気にしないことにしよう。
「結局ほぼ妥協出来てないじゃないですか…」
そして今度はムルジバが文句を言うのであった。
「マウサナでは許されますが、カーリスト人も居るんですよ！急ぎましょう！」
朝食を適当に食べて家を出た頃にはもう30分。間違いなく遅刻なのだがこの心配は杞憂だったことが後に判明する。
「みんな来てる？」
「いや、どうやら主役がまだ居ないようです。」
結局20分近く遅れて到着したのだが、肝心の『国王陛下に次いで貴きお方』はまだ来てないらしい。
「とりあえず挨拶しましょうか」
『こんにちゃわ。わたしょはマァウスァネシアからきたハルネー・レセットれす』
私はマウサナ人訛りのデニエスタ語で一行に話しかけた。
マウサナ人は人間ほど滑舌が良くないので、半端な練習ではデニエスタ語のような突っかかりの多い言語では舌足らずの発音になってしまうのだ。
ムルジバ氏も挨拶するが、彼のほうがデニエスタ語の発音は上手い。
「ハルネー・レセットさんとンヮツネ・厶ルジバさん、宜しくお願いします。まだ例のお方は来てないですよ。」
レヴァン・セイドベコフという、ソビエト出身の痩身の男は流暢なマウサネシア語で回答した。
「マウサネシア語上手ですね。」
「まあ、多少は話せます」
「例の偉い人は来ましたか？」
「例のお方も数分すれば来ると思いますよ。」
皆ズボンにワイシャツ姿であり、中には背広を着ている者も居る中で、スカートに笠という姿なのでやはり浮いてしまう。
しかしながら、30度の気温と照りつける日差しの中ではそのような服装もどこか涼しげに見える。
「その帽子、涼しそうで良いですね」
「この笠は、私が繊維を使って、伝統的な方法で作ったものなんです」
「なるほど、よく出来てますね。」
「まあ最近は専用のパーツがありますし、わりと簡単に作れますよ」
しかしながら、『例のお方』は20分経っても現れない。
「…遅い！！」
その間は色々談笑していたのだが、ついに誰かが我慢出来なくなった。
「それにしたって遅すぎますよ！約束の時間からもう40分も過ぎています！」
レセットは不満だったが、それは礼儀の無さへの怒りというよりは、長いこと待たされて退屈している、と表現したほうが正しい。
そして、たしかにこの国は気楽で良いのだが、こんな調子で期日に帰れるのだろうか、という不安感も感じていた。
そして結局『例のお方』は9時30分頃に現れた。
「あの方が？」
「そうですね。しかし白人の方々よりも白いとは驚きましたね。」
結局、白いチュニックと深紅のマントと白い髪と肌を持ったリリィ王女が1番浮くこととなった。
白人、黄人、黒人、亜人。恐らく傍から見ればものすごく奇妙な集団に映るだろう。
リリィ王女は言語に堪能であり、それぞれの母国語で順に挨拶していき、レセットの番になった。
「ハルネー・レセットです。はじめまして。よろしくです。」
「こちらこそはじめまして。よろしくです。」
「変な笠被ってるかもしれないですが、これは日除けなので……」
「別に大丈夫ですよ。それを言ったら私の格好だって変になりますし。」
彼らは、自身のラピタ語能力や第二第三外国語の能力を振り返って多少ばつの悪い感情を抱いた。
レセットはレセットで、リリィ王女の優秀さに、素直に感心していた。
何しろレセットはラピタ語を満足に解せないので通訳が要るし、デニエスタ語がある程度話せる他には、ソビエトの言語が多少話せるくらいである。
例えばデニエスタ語に関しては学校で学んでいるため文章も読めるが、所詮はその程度であり、文法や発音は完全ではなく、言い回しやことわざ、口語表現はほとんど理解できない。
理由として、マウサネシアでは小学校から大学まで全ての授業をマウサネシア語で行う。なのでデニエスタ語はそこまで重要ではない。
比較的優秀な彼女ですらその程度であることからも、マウサナ人はデニエスタ語の能力が全体的に低いことが分かるだろう。
リリィがデニエスタ語で発言している時も、レセットはいちいち記憶の引き出しから「○○はなんて意味だっけ、▲▲はたしかこうゆう意味で」と意味を引っ張り出して来なければならないのだ。
これが外務省の役人ならば、もっと満足に話せるのだが、そもそも彼女の所属は建設省である。通訳は必要なのだ。
「ごめんレセットさん！遅れましたー」
このケルチットと言う名前のマウサナ人通訳は、ラピタ語を満足に解さないレセットとムルジバにとっては必要な存在だ。
「さすがに遅れすぎじゃない？」
「わはは、寝てました」
頭をかきつつ可愛らしく笑ったが、レセットは既婚者なのでそんな感情は抱かないように心掛けている。
「ええ…」
「仕方ないじゃないですか、数年ここで暮らせばみんなこうなりますよ」
「まあまあ、全員揃ったことですし」
こうして一行は馬車に乗りこむと、候補地へと向かった。
道中、小さく古びてはいるが壮麗で趣深い王宮の建物を見ると、この国の格差を実感した。
国民たちは未だに野蛮な生活をさせられて苦しんでいるのに、貴族たちは一体何をしているのか。
そもそも古来より能力主義の官僚国家だったマウサナにとって、貴族の存在自体が理解に苦しむものだった。
王族も王族だ。どうせ酒池肉林の暮らしをして、国民のことをろくに考えてない奴もいるのだろう。
クシャール帝国の大王ですら国民とさほど変わらない質素な暮らしをして、国民と寄り添っていたというのに。
古都に残る木造の王宮と、ラピタの石作りの王宮が脳内で自然と対比された。
ただしクシャール帝国は、太陽神の偉大さを示すために、国民に労役を強いて高さ164mの超巨大な純白のピラミッドを建造させたり、大きな神殿を作り、職人に無数のレリーフを彫らせるなどしているため、一概に擁護できる訳ではないが。
「…可哀想な人々…」
「しっ！ダメです、レセットさん！」
そんなことを考えていると、自然と口からぼそっと漏れてしまうのだ。
ケルチットが制止してくれたので、幸いにも大事には至らなかったようだ。
そのような事件はありつつも、馬車そのものは何事もなく、さほど広くはない都を出たのであった。
まず馬車は都を出ると、外国の時間にして約30分ほどのろのろと歩き、とある街道沿いのキャンプに辿り着いた。
「ここは？」
「ここが候補地�，任后Ｅ圓罰稿擦膨�近く、平野が辺りに広がる良い場所ですよ。但し、異様に水捌けが悪いんですね。ここ」
「地形の影響だろうか…」
「土が悪いのかも」
「その辺りキャンプの人に説明してもらいましょうか」
リリィがキャンプの者に話しかけて、数人連れてきた。
「ここを空港にするには、やはり費用がかかりますね……」
「技術的には、可能なの？」
リリィ王女が技術者に質問する。
「ええ…例えば、そこにいるマウサナ人のお嬢さんの祖国では、水田を潰して空港を作ることも珍しくないんです」
「たしかに、陸上の空港はだいたい水田地帯にあるね」
「しかし、コストも技術も、いかんせんこの国で行う事業としては、いささか過剰かと……」
「…下手に作ると、飛行機が滑って爆発してしまいますな」
「なるほど……」
ふと労働の風景に目をやると、特殊な刺青とみすぼらしい服装をした労働者が、ラピタ語の厳しい口調であれこれ命令されている。
その風景の異質さに真っ先に気付いたのは、経験豊富で根っからの共産主義官僚である、セイドベコフであった。
「あれは、何でしょうか」
「あれは、奴隷よ……」
「奴隷……そうか」
この国には、奴隷が居るのだ。レセットは奴隷というものを生まれて初めて目撃したのである。
「ああ…なんと……」
「可哀想に❗」
『やっぱり、奴隷せいはよぐねはんで廃止するべぎだど思うんだ。あいだば奴隷かわいそうだよ。(以下シャラ語)』
『奴隷制はてえよーの下でもっどもひさんな悪のひどづだはんでね。心もってへば、だぃでもそったひさんな奴隷制さだいすてはんだいするはずなのに。』
『きっと、王族どもには心がねじゃよ。リリィ王女がどうかんがえでらがはおべねばって、ほんにしんよーできるのがな。』
『そもそも、あらゆるけんりはびょーどーであるべぎだす、うまぃだどきがら将来けっでーするのはやっぱりおがすいじゃ。』
2人のマウサナ人は、マウサネシア語ではなく、シャラ語によって奴隷制を批判した。
メロスは激怒した。
必ず、かの外国人とつるむ売国奴の王女を除かなければならぬと決意した。
メロスには政治がわからぬ。メロスは、山岳の住民である。笛を吹き、狩猟採集で暮らしてきた。けれども神聖なる王国の危機に対しては、人一倍に敏感であった。
「リリィ殿下‼️覚悟ぉぉぉぉおおおおお‼️」
「な、君たちは何なの！？」
「俺たちはメロスだ‼️」
レセットはメロスと名乗る得体の知れないラピタ人の集団を、制止しようとした。
しかしながら、メロスはレセットを押しのけ、男性より軽いレセットを数メートルほど投げ飛ばした。
「うううううあぅぅぅあ……」
レセットは幸いにもマウサナ人であったため頑丈であり、かすり傷で済んだという。
「リリィ殿下、我々の要求は一つだけです。」
「あら、襲撃してきたくせに、随分と謙るのね。」
リリィ王女は数人の『メロス』に取り囲まれ、そのうちの一人がリリィ王女の前に跪き、言った。
「我々の要求は、外国人を王国から排除することです」
「つまり鎖国しろ、ということかしら？」
リリィ王女はメロスの集団を見回し、一人一人に目を合わせると、はっきりとこう言った。
「却下するわ」
「何だとぉ！？このまま外国人を受け入れれば、この国は滅亡するんだぞ！？」
「神聖な国土が、外国人によって蹂躙されてしまう！！」
そう言って口々に動揺するメロスの集団。彼らは手荒な手段を使うことで、鎖国出来ると考えていたからだ。
「そもそもなぜマウサナ人なんか呼ぶんだ！あの連中は気持ち悪い！最初から怪しかったのだ！」
「何！？マウサナ人を馬鹿にするか！」
流石のマウサナ人でも、種族そのものを気持ち悪いと否定されると怒る。ケルチットとメロスはたちまち口論になった。
「そうだ！お前らは馬鹿だし気持ち悪い！お前らを去勢して女にしてやる！この短小偽女め！」
「短小ですって！？見たこともないくせに！じゃあ比べてみる！？え？」
「マウサナ人の偽女イチモツなんて誰が見るか！この雌猫！」
「やめなさい！マウサナ人は私の友人よ！そうやって馬鹿にするのは王女であるこの私が許さないわ！」
「リリィ殿下はなぜ分からないのですか！？こんな得体の知れない外国人どもとつるんでると、王家の権威は地に落ちます！はやく追い出すべきです！」
すると、リリィ王女はメロスの方を向いて、ニッコリと余裕の笑みを見せて言った。
「あら？あなた達は、鎖国すれば全てが解決すると思っているのかしら？」
「その通りだ！神聖な島から外国人を追い出せ！」
「なら、あなた達こそ馬鹿ね」
「何だと！？」
「再び鎖国すれば、それこそ祖国の危機よ」
すると、大勢の足音がして、兵士たちが駆け寄ってくる。
「王女殿下をお守りしろ！」
「王女殿下、ここは我々に任せてお下がりください！」
「くっ……」
「早く逃げた方が身のためだと思うわよ？」
「ふん……兵士たちよ！」
おそらくメロスのリーダー格が、声を張り上げて言った。
「外国人の侵入を許していれば、いずれこの王国は滅亡するであろう！外国人は排除し、再び鎖国しなくてはならない！そのことをよく覚えておけ！」
「あいつらを捕まえろ！」
「さらばだ！」
ぼふん、という音がして視界が煙に覆われる。煙が晴れると、メロス達は全員消えていたのだった。
「何だったのかしら」
「あれは……精霊の化身が悪さしてたりするかも？」
「いえ、あれは間違いなく人間よ、精霊なら独特の気配があるはずだわ。」
「……しかし、メロスとかいう連中、一体どこの差し金でしょうな」
「連中は銃を持ってなかった。」
「消えてしまったし、ラピタ語を話していたことしか、証拠がないな……」
「……少なくとも、あのラピタ語はさほど訛ってないわ」
語学に優れるリリィ王女は、ラピタ語の訛り方である程度の国籍を判定できる。
「恐らく彼らの出身地は、この島のどこかね。」
「なるほど……」
「私が思うに、この島には外国人のことを恐れている住民が多く居るの。でもまさか、王家の白髪を脅そうだなんて思う連中まで現れるとは、正直予想外だったわ。」
「…やっぱり私たち、嫌われてるのかなぁ」
先程の件でタイツには所々に穴があき、その部分で生足が露出してしまっているレセットは、下半身に若干の視線を感じつつもそう言った。
先程数メートル投げ飛ばされたのにも関わらず、レセットは平然と立っている。マウサナ人は頑丈なのだ。
「無理もありません。彼らから見れば、我々はエイリアンのようなものですから…」
「悲しいですね……」
「少なくとも私は、あなた達が善意でやっているということを、知っているわ。」
これ以上議論しても仕方がないので、リリィ王女はさっさと移動することにした。
「いかがでしたか」
「ダメダメ。ここは水捌けが悪すぎるわ。飛行機が滑って爆発する」
「あら」
「だから、これから第二候補地まで行くわよ」
「分かりました」
『メロス』の件があったので、今度は前と後ろを護衛役として同伴する王室親衛隊の兵士達が固め、先導と警戒を兼ねることとした。
「しかしケルチットさん、あなたは精霊や神を信じているのですか？」
ファン・ホー博士がケルチットに質問した。
「精霊や神は居るよ」
「精霊？精霊や神など、そんな非科学的なものは存在しない！」
精霊とか神とかを信じているケルチットに対して、無神論者で科学偏重主義のパルムランがそれを否定した。
「じゃあ貴方は、砂漠に時計が落ちていたらそこに時計が自然発生したと考えるの？時計は誰かが作ったものでしょ？じゃあ時計より複雑な仕組みの人間は自然発生したの？パルムランさん、神は存在するよ。」
ケルチットは数年前にラピタ王国に来る前は、マウサネシアのシャラ語圏の田舎の小都市で育った、ごく普通のマウサナ人、悪く言えば『大衆』であった。
そのため、幼少の頃から優秀で、本ばかり読み、科学に触れてきたレセットとは異なり、親や共同体から教えられてきた精霊や神、神による創造などを信じている。
当然、祖国が文化よりも科学を重視し、無神論的な国民性を持つパルムランとは、意見が合うはずがないのだ。
「それは詭弁だ！進化論を否定するか！」
「進化論は間違いだ！神による創造が正しい！」
「わっはっは、そろそろやめるんだ君たち」
ムルジバの仲裁により、白熱しつつあった不毛な議論は終了することとなった。
いくつかのハプニングはありつつも、結局は当初の予定通り、馬車は第二候補地に向かうのであった……
さて、第二候補地は空振りに終わったが、そろそろ昼の時間である。
第二候補地の近くにある食堂で、主食のポイ（蒸し焼きにしたタロイモを叩いて、パン生地くらいの柔らかさにした料理）とポケ（生魚の切り身に塩や油で味を付けたもの）を食べることになった。
「このポイは、美味しいですね。私の国にはこんなものはありませんから。」
パルムランは、まるで肉を食べるかのように、ナイフでパン生地を切って、フォークで上品に食べている。
「ええ。それにこの魚も、味付けは質素ですが美味ですな」
ホー博士は、箸を器用に使ってポケを食べている。
「本土のものとは、やや食感が違いますね！」
「おいレセット君！行儀が悪いですぞ！」
「え〜」
レセットは周囲を見回して、それからもう一度ムルジバの方を向いて、ハッキリと言った。
「やだ」
「まぁまぁ、本来はそうやって食べるものよ」
「そうなんですか？」
「ええそうよ」
さて、クリスはパルムランのようにポイを食べていたが、リリィはマウサナ人を見て体裁はどうでもよくなり、同じように手づかみで食べた。
「さて、ここは電波飛んでるから、ニュースでも確認しようかな」
レセットは左手に携帯を持ち、ニュースのアプリを起動し、ニュースを確認したが。
「……チッ」
「……さすがに舌打ちするのは失礼では？」
「ああいや、そうゆうことじゃないんです。ラーダニャルメは相変わらず治安悪いなって……」
「ラーダニャルメ？どれどれ……」
隣に座っていたケルチットが画面を覗き込むと、そこには一つの重大なニュースが。
【ラーダニャルメで暴動、犠牲者は十数人にのぼる】
マウサネシア領ラーダニャルメで先日、先住民族が暴動を起こし、マウサナ人の集団と衝突して揉み合いになった。
警察が鎮圧に駆けつけたところ、先住民族が拳銃を奪って発砲。警察官2名が殉職し、マウサナ人数人が死亡した。
その後、現地に駐留している労農太陽旗軍がこの暴動を鎮圧し、1時銃撃戦となり先住民側も数人が死亡した。
これは先月の中旬に発生したマウサナ人集団リンチ事件の判決に対して異議を唱える先住民族側のデモが暴徒化したものと思われる。
「ね？」
「うん……ほんと、あそこ治安悪いよね。何とかならないのかな。」
「現地政府も苦心してるみたい。」
「みんな仲良くすればいいのに。」
「………」
そうやって話している二人を、ムルジバは珍しく、ただ黙々と見つめていた。
そもそも、彼は黒人である。マウサナ人ではない。彼は産まれも育ちもマウサネシアだが、ルーツはアポルエにある。
彼の先祖が所属していた部族は本来、アポルエの熱帯雨林で狩猟採集生活を営んでいたはずだ。
彼は現状に満足している。マウサナ人は黒人にも親切であるし、マウサナ人と同じように努力とある程度の能力があれば、高い地位に就ける。
彼は日々、彼の先祖からすれば想像も出来ないような豊かな生活を送り、好きなものを満足に食べ、争いもなく平和に暮らしている。
しかし時々、彼は考える。もし帝国主義の時代が訪れなかったら。もしアクシアによって間接統治を受けていたら。
きっと自分は熱帯雨林の中で動物を狩り、果物を取り、ほかの部族と戦争し、そして呪術を信じていただろう、と。
ある時から、沿岸部をマウサナ人が頻繁に訪れるようになった。次には沿岸部にマウサナ人の砦ができた。やがて内陸にもマウサナ人たちが押し寄せてきた。
マウサナ人によって部族は解体させられ、代わりにマウサネシア国民というアイデンティティを植え付けられた。これまで争っていた部族同士で酒を飲むようになった。
太陽教はどんな呪術よりも説得力があった。いつしか、若者たちは太陽教を信じ、マウサネシア語を話し、読み書き計算ができるようになっていた。
その若者が老人になる頃には、これまでの黒人の文化はほとんど失われ、生活様式もマウサナ人と同じようになった。
そして植民地は独立を果たしたが、経済的にはマウサネシアに依存していた。しかしながら、部族の抗争が絶えないザンジよりも国民の生活水準は何倍も上だった。
祖国に不満があるわけではない。彼は今自分の生活に満足しているし、彼の本来の故郷も、元植民地とはいえ上手くやっている。しかし、どこか引っかかるのだ。
不意に、黄緑のマウサナ人の可憐な手に肩を優しく叩かれた。
「ムルジバさん大丈夫？黙っちゃって。」
「ああいや、それより早く食べないと料理が冷めてしまいますぞ！」
「あっいけない。早く食べないと……」
リリィは食事に夢中であり、マウサナ人二名の話の内容はほぼ聞いていなかったので、ここにきてようやく反応した。
「3人ともどうしたのかしら」
「いえ、こちらの事情ですし、言っても仕方の無いことですし。」
「なるほどね」
こうして昼食休憩を終えた一行は、第三候補地に向かうのだった。
結局第三、第四候補地は空振りに終わったが、第五候補地は良好な立地であり、最終的にはここに決定した。
1992年7月。飛行場建設計画は前途多難であり、ようやく本格的に動き出すこととなったのである。
私はマウサナ人訛りのデニエスタ語で一行に話しかけた。
マウサネシア連邦共和国
ラピタ王国
前作：ある若いマウサネシア人の一日��
主人公：ハルネー・レセット。前作より続投、種族はマウサネシア人(マウサナ人)
※補足：イラストではメタ的な事情でマウサナ人の肌の色は白いのだが、実際はこんな感じの肌の色をしている。
聖暦1992年7月初旬
ラピタ王国 タアロア
午前8時前
空港建設のためにこの国に派遣されてから、各種政務をこなしつつ2週間ほど経ち、この国にもだいぶ慣れてきたころ。
「それで、今日でしたっけ」
「何寝ぼけてるんですか、早く準備して行きますよ」
朝起きて少しぼーっとしてたら、ラピタ王国にはおそらく数個しかないインターホンが鳴ったので出てみると、ンヮツネ・厶ルジバ氏が来ていた。
別に彼とは親しい友人というわけでもなく、単なる同僚なのだが、マウサナではこれが普通でお互いに世話を焼いたりするのだ。
「そうだった、準備しなきゃ」
「ハハハ、やはりこの島にいるとのんびりしてしまいますよね」
やらかしてしまった。待ち合わせ時間があるのに、これでは遅れてしまうだろう。
今日は朝の8時30分に、タアロア港で技術者団と落ち合い、9時30分に乗合馬車で候補地へ向かうことになっている。
「国王陛下に次いで貴きお方がお見えになる」、という説明を受けていたので、正装しなくてはならない。
正装とは言っても、ドレスのようなそこまで豪華なものは持ち合わせていないので、会社の制服とさほど変わらないのだが。
厶ルジバ氏は既に正装なのだが、こんな島で寒いカーリストの正装をしても暑苦しいだけなので、彼は濃い灰色の半ズボンとワイシャツ姿だ。
一方の私は、服装で悩んでいた。
「うーむ、やっぱりニーソはやめた方がいいですかね……」
「藪の中にも入るかもしれませんし、タイツにしておいた方がいいですよ」
「それに、カーリストの人たちは、フォーマルな場で脚を露出させるのを嫌うらしいからね。正直理解はできませんが。」
マウサナ人は脚が長くてスラッとしているので、ニーソを履くとよく映えるのだが、カーリスト人の価値観では望ましくないのだ。
「色は黒の方がいいと思いますよ。フォーマルな場ですし。」
「うーんでも、黒だと照り返しが暑いですし、白にしましょう。」
ラピタ王国の人々は寛容なのでぶっちゃけ何を着てもいいのだが、カーリスト人が居る場所ではそういう訳にもいかない。
だから厶ルジバ氏と相談しつつある程度は無難な服装をすることにしたのだ。
「どうしてカーリスト系はああも堅苦しいんですかね」
私はもっと自由な服装がしたかったので、頬を不満で満たしつつ言っても仕方の無い文句を言った。
「寒いからでしょうね。向こうにはアリとキリギリスという逸話があるくらいですし。」
「あの、遊んで暮らしてると駄目ですよ的なやつ？マウサナ人としてはキリギリスの方が気楽で人生楽しんでると思いますが」
「冬が来るような地域ではそうもいかないんですよ」
奥の部屋で半袖のワイシャツとタイツ、紺の短いスカートを履いてベルト(マウサナのスカートなのでベルト付き)とネクタイを締めると、正装が完成した。
暑いので日除け布付きの笠もかぶって行くことにした。笠は通気性に優れ、日差しや雨から守ってくれるのだ。
笠はラタニアの木の葉の繊維から作る円錐形の帽子であり、カラフルな刺繍がされている。
そしてその下に市女笠にあるような半透明の薄い日除け布がついており、これは虫除けにもなる。
「結局、随分と浮きそうな格好になってしまいましたね」
「スカートと笠は譲れないわ。…まあ覚悟の上だから大丈夫ですよ」
別に私はカーリスト人ではないし、そもそもここはラピタ王国なのだから、妥協するだけで十分だと思う。
結局、ほとんど笠のせいで、現代国家の代表としてはあまりにも奇妙な格好になってしまったが、気にしないことにしよう。
「結局ほぼ妥協出来てないじゃないですか…」
そして今度はムルジバが文句を言うのであった。
「マウサナでは許されますが、カーリスト人も居るんですよ！急ぎましょう！」
朝食を適当に食べて家を出た頃にはもう30分。間違いなく遅刻なのだがこの心配は杞憂だったことが後に判明する。
「みんな来てる？」
「いや、どうやら主役がまだ居ないようです。」
結局20分近く遅れて到着したのだが、肝心の『国王陛下に次いで貴きお方』はまだ来てないらしい。
「とりあえず挨拶しましょうか」
『こんにちゃわ。わたしょはマァウスァネシアからきたハルネー・レセットれす』
私はマウサナ人訛りのデニエスタ語で一行に話しかけた。
マウサナ人は人間ほど滑舌が良くないので、半端な練習ではデニエスタ語のような突っかかりの多い言語では舌足らずの発音になってしまうのだ。
ムルジバ氏も挨拶するが、彼のほうがデニエスタ語の発音は上手い。
「ハルネー・レセットさんとンヮツネ・厶ルジバさん、宜しくお願いします。まだ例のお方は来てないですよ。」
レヴァン・セイドベコフという、ソビエト出身の痩身の男は流暢なマウサネシア語で回答した。
「マウサネシア語上手ですね。」
「まあ、多少は話せます」
「例の偉い人は来ましたか？」
「例のお方も数分すれば来ると思いますよ。」
皆ズボンにワイシャツ姿であり、中には背広を着ている者も居る中で、スカートに笠という姿なのでやはり浮いてしまう。
しかしながら、30度の気温と照りつける日差しの中ではそのような服装もどこか涼しげに見える。
「その帽子、涼しそうで良いですね」
「この笠は、私が繊維を使って、伝統的な方法で作ったものなんです」
「なるほど、よく出来てますね。」
「まあ最近は専用のパーツがありますし、わりと簡単に作れますよ」
しかしながら、『例のお方』は20分経っても現れない。
「…遅い！！」
その間は色々談笑していたのだが、ついに誰かが我慢出来なくなった。
「それにしたって遅すぎますよ！約束の時間からもう40分も過ぎています！」
レセットは不満だったが、それは礼儀の無さへの怒りというよりは、長いこと待たされて退屈している、と表現したほうが正しい。
そして、たしかにこの国は気楽で良いのだが、こんな調子で期日に帰れるのだろうか、という不安感も感じていた。
そして結局『例のお方』は9時30分頃に現れた。
「あの方が？」
「そうですね。しかし白人の方々よりも白いとは驚きましたね。」
結局、白いチュニックと深紅のマントと白い髪と肌を持ったリリィ王女が1番浮くこととなった。
白人、黄人、黒人、亜人。恐らく傍から見ればものすごく奇妙な集団に映るだろう。
リリィ王女は言語に堪能であり、それぞれの母国語で順に挨拶していき、レセットの番になった。
「ハルネー・レセットです。はじめまして。よろしくです。」
「こちらこそはじめまして。よろしくです。」
「変な笠被ってるかもしれないですが、これは日除けなので……」
「別に大丈夫ですよ。それを言ったら私の格好だって変になりますし。」
彼らは、自身のラピタ語能力や第二第三外国語の能力を振り返って多少ばつの悪い感情を抱いた。
レセットはレセットで、リリィ王女の優秀さに、素直に感心していた。
何しろレセットはラピタ語を満足に解せないので通訳が要るし、デニエスタ語がある程度話せる他には、ソビエトの言語が多少話せるくらいである。
例えばデニエスタ語に関しては学校で学んでいるため文章も読めるが、所詮はその程度であり、文法や発音は完全ではなく、言い回しやことわざ、口語表現はほとんど理解できない。
理由として、マウサネシアでは小学校から大学まで全ての授業をマウサネシア語で行う。なのでデニエスタ語はそこまで重要ではない。
比較的優秀な彼女ですらその程度であることからも、マウサナ人はデニエスタ語の能力が全体的に低いことが分かるだろう。
リリィがデニエスタ語で発言している時も、レセットはいちいち記憶の引き出しから「○○はなんて意味だっけ、▲▲はたしかこうゆう意味で」と意味を引っ張り出して来なければならないのだ。
これが外務省の役人ならば、もっと満足に話せるのだが、そもそも彼女の所属は建設省である。通訳は必要なのだ。
「ごめんレセットさん！遅れましたー」
このケルチットと言う名前のマウサナ人通訳は、ラピタ語を満足に解さないレセットとムルジバにとっては必要な存在だ。
「さすがに遅れすぎじゃない？」
「わはは、寝てました」
頭をかきつつ可愛らしく笑ったが、レセットは既婚者なのでそんな感情は抱かないように心掛けている。
「ええ…」
「仕方ないじゃないですか、数年ここで暮らせばみんなこうなりますよ」
「まあまあ、全員揃ったことですし」
こうして一行は馬車に乗りこむと、候補地へと向かった。
道中、小さく古びてはいるが壮麗で趣深い王宮の建物を見ると、この国の格差を実感した。
国民たちは未だに野蛮な生活をさせられて苦しんでいるのに、貴族たちは一体何をしているのか。
そもそも古来より能力主義の官僚国家だったマウサナにとって、貴族の存在自体が理解に苦しむものだった。
王族も王族だ。どうせ酒池肉林の暮らしをして、国民のことをろくに考えてない奴もいるのだろう。
クシャール帝国の大王ですら国民とさほど変わらない質素な暮らしをして、国民と寄り添っていたというのに。
古都に残る木造の王宮と、ラピタの石作りの王宮が脳内で自然と対比された。
ただしクシャール帝国は、太陽神の偉大さを示すために、国民に労役を強いて高さ164mの超巨大な純白のピラミッドを建造させたり、大きな神殿を作り、職人に無数のレリーフを彫らせるなどしているため、一概に擁護できる訳ではないが。
「…可哀想な人々…」
「しっ！ダメです、レセットさん！」
そんなことを考えていると、自然と口からぼそっと漏れてしまうのだ。
ケルチットが制止してくれたので、幸いにも大事には至らなかったようだ。
そのような事件はありつつも、馬車そのものは何事もなく、さほど広くはない都を出たのであった。
まず馬車は都を出ると、外国の時間にして約30分ほどのろのろと歩き、とある街道沿いのキャンプに辿り着いた。
「ここは？」
「ここが候補地�，任后Ｅ圓罰稿擦膨�近く、平野が辺りに広がる良い場所ですよ。但し、異様に水捌けが悪いんですね。ここ」
「地形の影響だろうか…」
「土が悪いのかも」
「その辺りキャンプの人に説明してもらいましょうか」
リリィがキャンプの者に話しかけて、数人連れてきた。
「ここを空港にするには、やはり費用がかかりますね……」
「技術的には、可能なの？」
リリィ王女が技術者に質問する。
「ええ…例えば、そこにいるマウサナ人のお嬢さんの祖国では、水田を潰して空港を作ることも珍しくないんです」
「たしかに、陸上の空港はだいたい水田地帯にあるね」
「しかし、コストも技術も、いかんせんこの国で行う事業としては、いささか過剰かと……」
「…下手に作ると、飛行機が滑って爆発してしまいますな」
「なるほど……」
ふと労働の風景に目をやると、特殊な刺青とみすぼらしい服装をした労働者が、ラピタ語の厳しい口調であれこれ命令されている。
その風景の異質さに真っ先に気付いたのは、経験豊富で根っからの共産主義官僚である、セイドベコフであった。
「あれは、何でしょうか」
「あれは、奴隷よ……」
「奴隷……そうか」
この国には、奴隷が居るのだ。レセットは奴隷というものを生まれて初めて目撃したのである。
「ああ…なんと……」
「可哀想に❗」
『やっぱり、奴隷せいはよぐねはんで廃止するべぎだど思うんだ。あいだば奴隷かわいそうだよ。(以下シャラ語)』
『奴隷制はてえよーの下でもっどもひさんな悪のひどづだはんでね。心もってへば、だぃでもそったひさんな奴隷制さだいすてはんだいするはずなのに。』
『きっと、王族どもには心がねじゃよ。リリィ王女がどうかんがえでらがはおべねばって、ほんにしんよーできるのがな。』
『そもそも、あらゆるけんりはびょーどーであるべぎだす、うまぃだどきがら将来けっでーするのはやっぱりおがすいじゃ。』
2人のマウサナ人は、マウサネシア語ではなく、シャラ語によって奴隷制を批判した。
メロスは激怒した。
必ず、かの外国人とつるむ売国奴の王女を除かなければならぬと決意した。
メロスには政治がわからぬ。メロスは、山岳の住民である。笛を吹き、狩猟採集で暮らしてきた。けれども神聖なる王国の危機に対しては、人一倍に敏感であった。
「リリィ殿下‼️覚悟ぉぉぉぉおおおおお‼️」
「な、君たちは何なの！？」
「俺たちはメロスだ‼️」
レセットはメロスと名乗る得体の知れないラピタ人の集団を、制止しようとした。
しかしながら、メロスはレセットを押しのけ、男性より軽いレセットを数メートルほど投げ飛ばした。
「うううううあぅぅぅあ……」
レセットは幸いにもマウサナ人であったため頑丈であり、かすり傷で済んだという。
「リリィ殿下、我々の要求は一つだけです。」
「あら、襲撃してきたくせに、随分と謙るのね。」
リリィ王女は数人の『メロス』に取り囲まれ、そのうちの一人がリリィ王女の前に跪き、言った。
「我々の要求は、外国人を王国から排除することです」
「つまり鎖国しろ、ということかしら？」
リリィ王女はメロスの集団を見回し、一人一人に目を合わせると、はっきりとこう言った。
「却下するわ」
「何だとぉ！？このまま外国人を受け入れれば、この国は滅亡するんだぞ！？」
「神聖な国土が、外国人によって蹂躙されてしまう！！」
そう言って口々に動揺するメロスの集団。彼らは手荒な手段を使うことで、鎖国出来ると考えていたからだ。
「そもそもなぜマウサナ人なんか呼ぶんだ！あの連中は気持ち悪い！最初から怪しかったのだ！」
「何！？マウサナ人を馬鹿にするか！」
流石のマウサナ人でも、種族そのものを気持ち悪いと否定されると怒る。ケルチットとメロスはたちまち口論になった。
「そうだ！お前らは馬鹿だし気持ち悪い！お前らを去勢して女にしてやる！この短小偽女め！」
「短小ですって！？見たこともないくせに！じゃあ比べてみる！？え？」
「マウサナ人の偽女イチモツなんて誰が見るか！この雌猫！」
「やめなさい！マウサナ人は私の友人よ！そうやって馬鹿にするのは王女であるこの私が許さないわ！」
「リリィ殿下はなぜ分からないのですか！？こんな得体の知れない外国人どもとつるんでると、王家の権威は地に落ちます！はやく追い出すべきです！」
すると、リリィ王女はメロスの方を向いて、ニッコリと余裕の笑みを見せて言った。
「あら？あなた達は、鎖国すれば全てが解決すると思っているのかしら？」
「その通りだ！神聖な島から外国人を追い出せ！」
「なら、あなた達こそ馬鹿ね」
「何だと！？」
「再び鎖国すれば、それこそ祖国の危機よ」
すると、大勢の足音がして、兵士たちが駆け寄ってくる。
「王女殿下をお守りしろ！」
「王女殿下、ここは我々に任せてお下がりください！」
「くっ……」
「早く逃げた方が身のためだと思うわよ？」
「ふん……兵士たちよ！」
おそらくメロスのリーダー格が、声を張り上げて言った。
「外国人の侵入を許していれば、いずれこの王国は滅亡するであろう！外国人は排除し、再び鎖国しなくてはならない！そのことをよく覚えておけ！」
「あいつらを捕まえろ！」
「さらばだ！」
ぼふん、という音がして視界が煙に覆われる。煙が晴れると、メロス達は全員消えていたのだった。
「何だったのかしら」
「あれは……精霊の化身が悪さしてたりするかも？」
「いえ、あれは間違いなく人間よ、精霊なら独特の気配があるはずだわ。」
「……しかし、メロスとかいう連中、一体どこの差し金でしょうな」
「連中は銃を持ってなかった。」
「消えてしまったし、ラピタ語を話していたことしか、証拠がないな……」
「……少なくとも、あのラピタ語はさほど訛ってないわ」
語学に優れるリリィ王女は、ラピタ語の訛り方である程度の国籍を判定できる。
「恐らく彼らの出身地は、この島のどこかね。」
「なるほど……」
「私が思うに、この島には外国人のことを恐れている住民が多く居るの。でもまさか、王家の白髪を脅そうだなんて思う連中まで現れるとは、正直予想外だったわ。」
「…やっぱり私たち、嫌われてるのかなぁ」
先程の件でタイツには所々に穴があき、その部分で生足が露出してしまっているレセットは、下半身に若干の視線を感じつつもそう言った。
先程数メートル投げ飛ばされたのにも関わらず、レセットは平然と立っている。マウサナ人は頑丈なのだ。
「無理もありません。彼らから見れば、我々はエイリアンのようなものですから…」
「悲しいですね……」
「少なくとも私は、あなた達が善意でやっているということを、知っているわ。」
これ以上議論しても仕方がないので、リリィ王女はさっさと移動することにした。
「いかがでしたか」
「ダメダメ。ここは水捌けが悪すぎるわ。飛行機が滑って爆発する」
「あら」
「だから、これから第二候補地まで行くわよ」
「分かりました」
『メロス』の件があったので、今度は前と後ろを護衛役として同伴する王室親衛隊の兵士達が固め、先導と警戒を兼ねることとした。
「しかしケルチットさん、あなたは精霊や神を信じているのですか？」
ファン・ホー博士がケルチットに質問した。
「精霊や神は居るよ」
「精霊？精霊や神など、そんな非科学的なものは存在しない！」
精霊とか神とかを信じているケルチットに対して、無神論者で科学偏重主義のパルムランがそれを否定した。
「じゃあ貴方は、砂漠に時計が落ちていたらそこに時計が自然発生したと考えるの？時計は誰かが作ったものでしょ？じゃあ時計より複雑な仕組みの人間は自然発生したの？パルムランさん、神は存在するよ。」
ケルチットは数年前にラピタ王国に来る前は、マウサネシアのシャラ語圏の田舎の小都市で育った、ごく普通のマウサナ人、悪く言えば『大衆』であった。
そのため、幼少の頃から優秀で、本ばかり読み、科学に触れてきたレセットとは異なり、親や共同体から教えられてきた精霊や神、神による創造などを信じている。
当然、祖国が文化よりも科学を重視し、無神論的な国民性を持つパルムランとは、意見が合うはずがないのだ。
「それは詭弁だ！進化論を否定するか！」
「進化論は間違いだ！神による創造が正しい！」
「わっはっは、そろそろやめるんだ君たち」
ムルジバの仲裁により、白熱しつつあった不毛な議論は終了することとなった。
いくつかのハプニングはありつつも、結局は当初の予定通り、馬車は第二候補地に向かうのであった……
さて、第二候補地は空振りに終わったが、そろそろ昼の時間である。
第二候補地の近くにある食堂で、主食のポイ（蒸し焼きにしたタロイモを叩いて、パン生地くらいの柔らかさにした料理）とポケ（生魚の切り身に塩や油で味を付けたもの）を食べることになった。
「このポイは、美味しいですね。私の国にはこんなものはありませんから。」
パルムランは、まるで肉を食べるかのように、ナイフでパン生地を切って、フォークで上品に食べている。
「ええ。それにこの魚も、味付けは質素ですが美味ですな」
ホー博士は、箸を器用に使ってポケを食べている。
「本土のものとは、やや食感が違いますね！」
しかしレセットはポイを手づかみで口に放り込み、グー持ちとまではいかないものの子供のような独特な持ち方で匙を持ち、ポケを食べていた。
「おいレセット君！行儀が悪いですぞ！」
「え〜」
レセットは周囲を見回して、それからもう一度ムルジバの方を向いて、ハッキリと言った。
「やだ」
「まぁまぁ、本来はそうやって食べるものよ」
「そうなんですか？」
「ええそうよ」
さて、クリスはパルムランのようにポイを食べていたが、リリィはマウサナ人を見て体裁はどうでもよくなり、同じように手づかみで食べた。
「さて、ここは電波飛んでるから、ニュースでも確認しようかな」
レセットは左手に携帯を持ち、ニュースのアプリを起動し、ニュースを確認したが。
「……チッ」
「……さすがに舌打ちするのは失礼では？」
「ああいや、そうゆうことじゃないんです。ラーダニャルメは相変わらず治安悪いなって……」
「ラーダニャルメ？どれどれ……」
隣に座っていたケルチットが画面を覗き込むと、そこには一つの重大なニュースが。
【ラーダニャルメで暴動、犠牲者は十数人にのぼる】
マウサネシア領ラーダニャルメで先日、先住民族が暴動を起こし、マウサナ人の集団と衝突して揉み合いになった。
警察が鎮圧に駆けつけたところ、先住民族が拳銃を奪って発砲。警察官2名が殉職し、マウサナ人数人が死亡した。
その後、現地に駐留している労農太陽旗軍がこの暴動を鎮圧し、1時銃撃戦となり先住民側も数人が死亡した。
これは先月の中旬に発生したマウサナ人集団リンチ事件の判決に対して異議を唱える先住民族側のデモが暴徒化したものと思われる。
「ね？」
「うん……ほんと、あそこ治安悪いよね。何とかならないのかな。」
「現地政府も苦心してるみたい。」
「みんな仲良くすればいいのに。」
「………」
そうやって話している二人を、ムルジバは珍しく、ただ黙々と見つめていた。
そもそも、彼は黒人である。マウサナ人ではない。彼は産まれも育ちもマウサネシアだが、ルーツはアポルエにある。
彼の先祖が所属していた部族は本来、アポルエの熱帯雨林で狩猟採集生活を営んでいたはずだ。
彼は現状に満足している。マウサナ人は黒人にも親切であるし、マウサナ人と同じように努力とある程度の能力があれば、高い地位に就ける。
彼は日々、彼の先祖からすれば想像も出来ないような豊かな生活を送り、好きなものを満足に食べ、争いもなく平和に暮らしている。
しかし時々、彼は考える。もし帝国主義の時代が訪れなかったら。もしアクシアによって間接統治を受けていたら。
きっと自分は熱帯雨林の中で動物を狩り、果物を取り、ほかの部族と戦争し、そして呪術を信じていただろう、と。
ある時から、沿岸部をマウサナ人が頻繁に訪れるようになった。次には沿岸部にマウサナ人の砦ができた。やがて内陸にもマウサナ人たちが押し寄せてきた。
マウサナ人によって部族は解体させられ、代わりにマウサネシア国民というアイデンティティを植え付けられた。これまで争っていた部族同士で酒を飲むようになった。
太陽教はどんな呪術よりも説得力があった。いつしか、若者たちは太陽教を信じ、マウサネシア語を話し、読み書き計算ができるようになっていた。
その若者が老人になる頃には、これまでの黒人の文化はほとんど失われ、生活様式もマウサナ人と同じようになった。
そして植民地は独立を果たしたが、経済的にはマウサネシアに依存していた。しかしながら、部族の抗争が絶えないザンジよりも国民の生活水準は何倍も上だった。
祖国に不満があるわけではない。彼は今自分の生活に満足しているし、彼の本来の故郷も、元植民地とはいえ上手くやっている。しかし、どこか引っかかるのだ。
不意に、黄緑のマウサナ人の可憐な手に肩を優しく叩かれた。
「ムルジバさん大丈夫？黙っちゃって。」
「ああいや、それより早く食べないと料理が冷めてしまいますぞ！」
「あっいけない。早く食べないと……」
リリィは食事に夢中であり、マウサナ人二名の話の内容はほぼ聞いていなかったので、ここにきてようやく反応した。
「3人ともどうしたのかしら」
「いえ、こちらの事情ですし、言っても仕方の無いことですし。」
「なるほどね」
こうして昼食休憩を終えた一行は、第三候補地に向かうのだった。
結局第三、第四候補地は空振りに終わったが、第五候補地は良好な立地であり、最終的にはここに決定した。
1992年7月。飛行場建設計画は前途多難であり、ようやく本格的に動き出すこととなったのである。
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