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1945年に情勢の悪化を受けて植民地当局が行った食糧の徴発は、記録的な大飢饉を引き起こした。ホーチミン率いる共産主義勢力を含め、多くのベトナム独立を目指す政治勢力がこれを材料にキャンペーンを展開し、パクス・ゲルマニカの終焉までにかけて徐々にベトナム人の独立感情は煽動されていく。1955年、ヴィシーフランスの体制が崩壊すると、緊張が限界に達しつつあった仏領インドシナでは独立の機運が高まり、安南国の元首に据え置かれていたバオ・ダイ帝を担ぎ上げて全ベトナムの統一国家の独立が宣言された。ドイツの圧倒的な国力を後ろ盾としていた植民地当局は本国が政治的混乱の季節を迎えたことで独立を容認せざるを得ない状態に追い込まれ、独立はきわめて短期的に、最低限の流血によって達成される。
このあっけない独立は、穏健な植民地支配のもとで繰り広げられたベトナム国内での政治闘争の図式を解決しないままベトナム国を成立させることとなり、全勢力を団結させる機会を得れずに政府の樹立が行われた。バオ・ダイ帝の支持者であり、独立の表舞台で主導的な立ち位置にあったベトナム民族党は日本やアメリカを見習った近代化を志したが、ホーチミンのベトナム独立同盟と、その外郭団体であるヴォー・グエン・ザップの社会青年党は公の場で君主制と資本家階層を非難する政治活動を繰り返し、時には右派の政治勢力と暴力的な衝突事件を引き起こしもした。独立直後の若いベトナム国家は、1960年代に向かって急速に不安定化していった。

北越有数の港を擁するハイフォン市での市長選挙は、ベトナムの民主主義にとって重要な試金石になるとされ、民主活動家らはこぞって「ハイフォンはベトナムの未来を映す」と喧伝した。しかし、1957年8月2日の開票で社会青年党のレ・ズアン候補が僅差で勝利を収めると、対抗馬を出していた民族党や国民党が選挙の不正を主張し、一気に政治危機へと発展する。6日には社会青年党党首のヴォー・グエン・ザップがハイフォンに祝賀会のために訪れるが、送迎車が抗議者に包囲され、それに対抗する青年党支持者の存在が一層自体を混乱させた。共産主義者との結びつきが強い港の労働組合が危機の仲裁を試みるも、反対者の積極的なプロパガンダが招いた市民運動の拡散はハイフォン全域に及んでいた。到底明るい未来は見えず、1958年の年明けに国軍が共産主義者を「反国家的活動に従事した」として強制的に排除することで、暫定的な秩序が確保された。
皇帝の勅令に基づいて国軍はハイフォンに戒厳令を敷き、民主的な選挙の結果が無視されたことは新政府に期待を寄せる多くの政治勢力を失望させた。フランスからの独立以来続いていた同床異夢の連合国家は、ハイフォン危機をきっかけに綻び始めたのである。1960年の暮れには中国との国境部でホーチミンが革命の開始を宣言し、これは「九月革命」と呼ばれ、全土から義勇兵をかき集めて国軍との闘争が展開される。また、メコンデルタでは仏教徒が相次いで焼身自殺を通じた抗議を行い、北部でもカトリック教会が宗教界の流れに乗ったことは、ますます市民社会の政府への疑念を増長させた。

バオ・ダイ帝は民衆のガス抜きのための選挙には賛意を示していた一方で、宮中では技術官僚と軍による政治がなされるべきだと漏らしていた。ヴー・ヴァン・マウ首相は宮廷と個人的に親密な関係性を築き上げていたが、実際に民主主義を推進していた点では帝と対立しており、憲法制定などの重責を果たしたマウは1962年の時点ですでに用済みだと政府内部でも考えられていた。不和の決定打となったのはハイフォン危機へのマウの宥和的態度である。マウは国軍の鎮圧活動を何度も制止しようとし、宮廷はゴーサインを出し続けていた。ホーチミンとの対話さえ選択肢に入れていたマウを帝はもはや信用せず、1963年の11月1日にレ・ヴァン・キム少将らは宮廷の黙認のもとで軍事クーデターを起こした。キムの政府首班への着任を許す勅令はクーデターの正当性を後援するとともに、マウに引退を決断させた。
63年クーデターと呼ばれる一連の事変はベトナム全土に混乱をもたらした。九月革命の進行する北部では共産主義ゲリラの暗躍によって民衆の抵抗運動が広まり、納税拒否の動きが発生した。ハイフォンでは憲兵の取り締まりで500人のホーチミンのシンパとされる人々が逮捕される。夜間外出禁止令が多くの都市で発せられ、キム首相が「国家が戦争状態に突入した」と宣言すると、