俺ロワ・トキワ荘にて行われている二次創作リレー小説企画の一つ。Perfect World Battle RoyaleのまとめWikiです。

勢い込んだ開戦から十数分が過ぎ、意外にも炎の血族二人と新世界の現人神の戦いは小競り合いが続いていた。
京も庵も大技は使わず、間合いを計りながら闇払いや鬼焼き、爪櫛などでムラクモの出方を探る。
理由としては、自分達の起源を知るような相手は身内を除けば大抵が超常の化身ばかりであったためうかつに攻め込めなかったと言うのが一つだ。
なにせそういう連中は無差別な広範囲攻撃や、とてつもない反応速度、一撃で致命傷になり得る必殺の技を持っていることが非常に多い。
そして大抵は傲慢かつ尊大にその能力で押し込んでくるもの、少なくとも京と庵が今まで対して来た相手はそうだった。
だが今相対している、古い軍服のような出で立ちの男にはそれはなかった。
ただ、強い。
そういうものに頼らない純粋で磨き込まれた強さだけがそこにあった。
彼が手にしているから、というわけではないが、
ルガールの強さをバズーカに例えるなら、
ミズチの強さを天災に例えるなら、
イグニスの強さを未来の兵器に例えるなら
この男は大業物の日本刀である。
切っ先鋭く、折れず曲がらず、触れなば断たんとする刃そのものがそこにあるようだった。
「さて、と……慣らしはこんなもんか、なぁ、八神?」
何度目かの打ち合いを経て、一歩距離をとって京は庵に話しかける。
「ふん、息が上がっているのではないか?」
悪態をつく庵だが、その表情には充実が見て取れる。
ずっと牽制に終始していた理由のもう一つがこれだ。
何度か経験のある共闘ではあったが、二対一を行うには「慣れ」がいる。
その感覚を取り戻すため、無理に攻め込むことなく呼吸を同調させていたのだ。
そしてそれは確実に完了へと向かっていた。
元々三身で一つの敵との戦いを行うための血筋である。
先ほどムラクモが言ったとおり八咫、つまり神楽のいない状態では完全な連携とはならないのだが、
そこは長年の、そして永遠のライバル同士である。
何が得意で、その技がどこまで届いて、どれほどの隙があって、どこが死角になるか。
そういう感覚で言うなら、おそらくは紅丸や大門よりも京と庵の相性はいい。
だからこそ現在に至るまで決着がつかないままの決闘を幾度となく繰り返しているのだが、
まさかそれが幸いする日があの戦いより後に来るとは彼らも思っていなかっただろう。
「なるほどどうして、彼の組織が執拗に追い回すだけのものだということか」
余裕を見せる二人を見ながら、ムラクモが小さく呟く。
彼もまたもとよりの険しい目つきは別として表情に焦燥の気配は微塵もない。
「組織……ふん、ネスツのことか」
その呟きに鋭く反応し、庵が吐き捨てる。
京を捕らえ、己にも刺客を放った忌々しい組織の名を出すと、京が露骨に嫌そうな顔をする。
「過去形じゃねえのがすっげぇヤなんだけど……まだあんのかアレ」
自分の能力を移植された男の手によって壊滅したはずの組織。
確かに回収されなかったクローンがまだ世界各地で目撃されていたりすることに頭を悩ませてはいるが
訳知り顔の男の口調に健在を感じ取って苛立ちと怒りと呆れを露にしていた。
「死に行く者には要らぬ情報だ」
「情報、情報ねぇ……おい、八神」
正式な問いではなかったが一言の下に切って捨てた相手に、京はふと考えるフリをして庵に声をかけた。
「なんだ」
「足止め、3分でいい」
「……何故だ」
唐突な時間稼ぎの申し出に、一瞬怯んだ庵だったがそれを悟られまいと低い声で問い返す。
「コキ使われてくれるんだろ?」
「貴ッ様ァ……」
それに対し京がニヤニヤと笑うので、手のひらに出した小さな炎の弾を投げつけながら地を蹴る。
「うわっち!?」
「2分だ」
もうムラクモの間合いに入った庵が、振り返りもせずに叫ぶ。
2分。
それが庵視点の分析で「足止めに限定した」一対一での彼我の戦力差分析なのだろう。
「悪ィ!」
「オォォォォ!!」
「征くぞッ」
青紫の火の粉が風に舞う。
ムラクモはそれを振り払うように手にした刀を横に薙いだ。
「さってとぉ!」
戦況を庵に任せて京が向かったのは、開戦の直前に後方に投げたデイバッグである。
一時の膠着中だったとはいえ、あの状況の中で気づいたのは脅威と言える。
支給されたタブレット端末が着信を告げるバイブレーションに、である。
相手は強い。
が、二人で勝てない相手ではない、庵は2分と言ったがあれは嫌がらせのようなもので、
おそらく一人でも5分程度は戦えるはず、というのが京の分析だった。
それも足止めをした場合である。
庵が全力で命を奪いに行った場合はいろいろと状況も変わるだろう。
ただ京は現時点で相手を無条件に殺すという選択肢をまだ選んではいない。
だからこそ、ここでリスクを冒してでもの情報確認なのだ。
そこにどんな情報があるかは不明で、もしかしたら状況が悪化するものかもしれない。
だが、もしそうなら心にしまっておけばいい話だし、全員に共通する話であれば
手に入れておかなければむしろ危険である。
京はそう考えていた。
仲間からはなんだかんだと馬鹿にされているにはいるが、もう彼とてベテランの域に入る格闘家、
幾度か世界の危機と戦ってきた男である。こういう時の判断は素早く、そして的確だった。
そして京は見る。
自分の知るオロチ八傑衆と同じようでまるで違う者の動画と、
そこで説明された禁止エリアの存在と、自分達がその禁止エリア上にいるという事実。
ついでと言ってはなんだが、参加者名簿で今戦っている相手の名前も確認してみる。
顔写真からすぐに判明したその名はムラクモ。ただしそれ以上の情報は通り一遍の操作では出てこなかった。
特殊な操作か何かで閲覧できる可能性がありそうな画面ではあったが、今はそれを模索する時間はない。
「クッ、京ォ!」
上段からの斬撃を炎の熱風でわずかに逸らし、またその炎を放つ反動で転がるように避けながら庵は毒づく。
京が戦線を離れて、すでに4分が経過していた。
「待たせたッ」
低い姿勢になっている庵を飛び越すように、京はムラクモへと向かっていく。
致死の刃をかいくぐり、ショートアッパーから足払いへと繋ぐコンビネーション。
ムラクモはそれを避け、刀を構えなおす。
それまでより少し大きく息を吐いたところを見ると、庵は相当に善戦していたのだろうと京はほくそ笑む。
が、後方で伏せる庵はムラクモよりも明らかに疲弊し、肩で息をし始めていた。
それを確認し、京はじりじりとムラクモとの間合いを計った。
「念仏でも唱えていたか」
「あいにく不信心もんでね、ムラクモさんよ」
ムラクモの挑発を受け流し、さらに得たばかりの情報を投げて反応をうかがう。
「……何故私の名前を」
うろたえこそしなかったが、明らかに意外そうなムラクモの様子を見て京は意地悪げに笑って指を鳴らす。
「さて、どうしてでしょー? まあ、せっかくだからあんたの名前にちなんだコレに焼かれながら考えてくれ」
直後、京の体の周りから一際大きな火柱が立ち上り、ムラクモへと殺到する。
裏百弐拾壱式・天叢雲(アメノムラクモ)。
そのものずばり、神器・草薙の剣の別名であり、もちろんムラクモも起源を同じくするであろうその名の技は
ムラクモの体を火柱で取り囲み、脱出困難な炎熱の牢獄を作り上げていた。
「さて、俺も少し稼ぐか……八神、お前も見とけ」
その様子を満足げに見ながら、今日はタブレット端末を投げる。
深呼吸と共にそれを受け取った庵に、京は無慈悲にも告げた。
「1分で頭に入れろよ」
「お前……俺の時は……クソッ」
反論すら時間の無駄だと諦めて視線を端末に落とした庵を尻目に京は自分が作った火の檻を見つめる。
「笑止ッ!」
コゲひとつなく、火柱の一本をそのまま打ち破り、閃光の如く走り来るその男。
奇しくも自分と同じ剣を名に持つ男と、草薙京は始めて本気で拳を交える構えを取った。
「……フンッ!」
ムラクモの手から放たれる電光弾を炎を纏った手で払いながら、八神庵が割って入ったのは
彼が京からタブレットを渡されてから7分後のことだった。
「遅ェよ!」
「黙れッ!」
普段ならそのまま軽い決闘に入るくらいのいがみ合いをお互いに自重し、またも膠着に入る。
「そろそろ救済を受け入れるのだな」
ムラクモはじゃれあう二人など意にも介さず、じりじりと迫る。
「京、貴様本当に真面目にやっていたのか」
「つーかお前のもあれ全然削れてなかったからな!?」
決め手に欠けているのは互いに確かだが、ムラクモの表情はまだ開戦当初と変わることがない。
本来、実力が均衡した二対一の戦闘における利点の一つに持久戦がある。
当然気は抜けないが、今の京と庵のように交互に戦える程度の技量差であれば体力を削り、
戦力の落ちた相手を数で圧倒することが可能なはずであった。

京と庵に油断があったかというと、そうではない。
正直なところ二人のムラクモに対する見積りは間違っていないのだ。
万全の状態で戦う限りは、二対一であればまず負けない。一対一でも時間は稼げる。
それは間違っていない。
京に相手を殺す覚悟がなかったかというと、そうではない。
積極的に殺すことは頭にはなかったが、これが死闘である認識は十分あった。
結果的に死んだとしても、相手に殺人の意思があれば仕方ない。
もしかしたら止めきれず、八神が殺す可能性もあると考えていた。
それは間違っていない。
庵に慢心があったかというと、そうではない。
殺そうと考えれば殺せない相手ではないとは考えたが、
殺すには痛手を覚悟すべき相手であるということも認識していた。
そこまで正しく認識し、そのように戦局を進めていたはずなのに、
消耗しているのは明らかに数に勝る京と庵だった。
二人にとっての誤算は、相手のエネルギーの総量だ。
ムラクモが装備しているのはその名も高き電光機関。
命を厭わぬ運用であれば、短期間には無限のエネルギーを得ることが可能である。
死しても転生の法にて次の個体へと転生する心算のムラクモにとって、強敵との戦闘は即ち……
「命は投げ捨てるもの……私にとっては次を拾う事が容易いのでな」
そしてそれは突然発動した。
ムラクモの周囲が軋んだかと思うと、二人の体は大きく吹き飛ばされる。
突然の遠隔攻撃に面食らった京が立ち直って見たものはそれまでとは全く異なる風景だった。
暗闇のクセにやけに明るく、どこまでも続くのに壁に囲まれている、空は見えないのにおかしな幾何学模様が流れては消えるその場所は
明らかに今の今まで戦っていた場所ではない。
「なっ」
「なんだこれは!」
「これが、完全世界だ」
誤算は一つではなかった。
「それがなんだと聞いているのだ!」
地を滑るように庵はムラクモの懐にもぐりこむ。
だがしかし、掲げた手がその首を掴み、弐百拾弐式・琴月の構えに入った時、握り締めたのは空であった。
「なっ」
「八神!上だ!!」
「おのれっ!!」
無理やり身をよじって、落下してくるムラクモと、その刃をかわす。
が、完全には避けきれない。
菊御作が掠めた庵の腕からは、鮮血がにじみ、直ぐにしたたり始めた。
「馬鹿な、捕らえたはずだ!」
「これぞ……電光迷彩」
もう一つの誤算。
現人神・ムラクモ。
彼はついぞ今まで、その戦力の殆どを秘匿したまま戦っていたのだ。
自分の能力が落ちたわけではない。
相手の能力が上がったわけではない。
奇妙ではあるが、この完全世界という空間は、外界から隔離される以外に目立った効果はないようだった。
ただ、その世界に引きずり込まれたことで一瞬遅れた対応が、京と庵が戦闘のイニシアチブを完全に手放す切欠となった。
「千丈の堤も蟻の穴より崩るる……とはいえそこまで大層ではなかったか、さあ、受け入れよ。救済は平等である」
ムラクモは悠然と歩き来る。
「クソッ、喰らいやがれっ!!」
裏百八式・大蛇薙。
振り払った腕から、極大の炎が襲い掛かる。
触れれば肉焦げ、悪くば死に至るであろう威力の技であったが、最早手加減も様子見も必要な段階ではない。
一刻も早く戦況を逆転しなければならなかった。
が、その炎は空を焼き、完全世界に火の粉と散って消えた。
「自重せよ!」
電光迷彩による虚実入り混じるムラクモの連携。
当然ガードすべき正面からの攻撃にも一瞬反応が遅れ、そこにいるはずの相手に殴りかかるのすら躊躇が生まれる。
「けどまあ、こう言うときの対策はこうだって……相場が決まってるんだよ!」
それでも、歴戦の闘士は諦めたりはしなかった。
攻撃がコンパクトな打撃であることを確認したうえで、京はあえてムラクモの攻撃を避けなかった。
それが斬撃であれば不可能だったが、この迷彩による攻撃は大振りの技では意味を成さないため必然的に攻撃はステゴロになる。
そこを突いた、スタンダードな「肉を切らせて骨を絶つ」である。
京は腹への強烈な拳を、精一杯力を込めて耐える。そして、その拳が引かれるまでに、腕を絡めて離さない。
「ゴホッ……や、八神ィ!」
「もらった!」
動きの止まった実体のムラクモに向かい、庵の爪が迫る。
「フ、"それで"よい」
が、ムラクモは先ほどの京のようにしてやったりの笑顔を見せた。
「なっ」
後一歩、数十センチ踏み込めばムラクモの急所を捉えられただろう。
が、それはイコール死を意味していた。
迫りくる庵の足元にはいつの間にか手榴弾が転がされていたのだ。
当然のようにピンは抜かれ、爆発の有効範囲には三人ともが収まっている。
庵はガードの姿勢をとって、後方へと飛び退く。
ムラクモは絡められていない方の手を軽く突き出し、まだ笑っている。
爆発音、続いて、電光機関の回転数が上がる音が完全世界に鳴り響く。
「華と……」
立っているのはムラクモ。
電光被服によりダメージを殆ど消し去ったムラクモの影に、別角度からの余波を食らったか血を流し膝を突く京。
そしてムラクモが跳び行く先には、まだ立ち上がれない庵―――
「八神ィーッ!!」
「散れィッ!!」
完全神殺・菊一文字。
ぞぶっ、ず……がちっ
鋼が肉を切り裂き、骨に当たって止まる音。


世界が色を取り戻した。


「何故……だ」
問いかけたのはムラクモだ。
「何故……だろうな」
答えたのは京だ。
「何故だァァァァァァァァァ!!!!」
叫んだのは庵だ。
そこには、庵を庇う形で、腹から肩口までざっくりと斬られた草薙京が立っていた。
「自ら救済を受け入れたか」
「そんな殊勝なもんじゃ……ねえよ!!」
肉は切れ、骨は断たれ、臓腑は弾けているであろう。
即死でないのが不思議なその体で、京は力の限り叫んだ。
ぱっくり割れた傷口からは、血の変わりに真っ赤な炎が噴出し、鞘の代わりに京の身に納まっている菊御作と、
それを手にしたムラクモの腕を飲み込んでいく。
「うおっ」
慌てて手を引いたムラクモだが、その目が信じられないものを見るように見開かれた。
手元に戻った刀の、切っ先から半身ほどが、水飴のように融けて地に落ちたのだ。
その熱は当然手にしたムラクモにも通じる。
「痛ゥッ!おのれ……!?そのような威力の炎もあるのか」
ジュッという音がして、ムラクモが飴細工と化した菊御作を取り落とすと、その手は纏った手袋ごと見事に焼け焦げていた。
「俺たちが、身の内に宿してる炎が、こんな外に出してるだけの…火より熱くないわけが……ない、だろ」
格闘大会で京がよくやる、指先に火をともす仕草をして、ガクリと崩れ落ちる。
「然り……されど、貴様の死は最早必定だ」
電光被服を貫くダメージに戸惑いつつも、ムラクモは先ほどの技に確かな、命へと届いた手ごたえを感じていた。
抱きとめることも叶わず、地に伏した京を数瞬遅れて抱き起こした庵は、腕の中で急速に熱を失っていく宿敵を
怨嗟と狼狽に満ちた瞳で睨みつけていた。
「ま、そうだな。悪ィ、八神。そういうことだ、決着は……預けた」
「京ッ!貴様ァ!!……逃げるつもりか!この、この俺の……俺のこの……俺の……ウオオオオォォ!!!」
「ったく、うるせえなあもう……でもまあ、それでこそ……俺の……」
京が言えたのはそこまでだ。
最期は笑って、自分を殺したくて仕方のない男の腕の中で、死んだ。



「京オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!」



天を貫くような慟哭と、天を焦がすような火柱。
八神庵の体から、かつてないほど強大で、悲しき紫炎が一直線に立ち上る。
「くっ、これは……」
ムラクモの目にもその炎の威力は想定外のものであった。
触れれば死、その予感が撤退の二文字を脳裏に映し出す。
しかしムラクモはそれに応じない。
理由は二つ。
余りに異常なその炎は、ともすれば数瞬で八神庵の戦闘力を奪い去ってしまうかもしれないという推測。
もう一つは、この男に救済を与えると言う、己に課した絶対の責務。
ゆえに退かず、ただ上り続ける炎を見つめていた。
一分か、一時間か。
揺らめく景色に時間の感覚すら狂わされた頃、八神庵からその炎は消えた。
風に吹き消える蝋燭の炎のように、一瞬だけ揺らめいて消え失せた。
ずっとムラクモに背中を向けていた庵がゆらりと立ち上がり、振り向いた時に
その手にはもう京の死体はありはしなかった。
今までの炎が、その全てを天へと送ったのだろう。
「己の命まで燃やした弔いの炎というわけか……安心しろ、すぐに貴様も救済……む?」
「……」
庵は、じっとムラクモを見据えていた。
そして、その両の目から音もなく二筋の液体をこぼれ落とした。
「(男泣き――!?)」
「おい……貴様」
その涙を拭おうともせず、庵はムラクモに声をかける。
「なんだ?友人を殺された怨嗟でも」
「俺はどうしたらいい」
「何?」
この問いにはさしものムラクモも面食らう。
余りに漠然とし、突拍子もない、この戦場に相応しくもない問いかけだった。
「俺は、どう、生きればいいんだ」
そう呟きながら、庵は幽鬼のようにふらふらと、その腕を持ち上げた。
「悲しみの余り狂ったか……いや、それも全て、生きるが故。貴様にも救済を与えよう」
「要らん。そんなものは、俺には必要ではない。俺に必要なのは、唯一……あの男の命だけだった」
「心配することはない。すぐに同じく」
「同じく、なんだ」
「お、同じく」
禅問答のようなやり取りの中、答えに窮したのはムラクモだった。
同じく救済を、つまりは死を。
先ほどまで当然のように紡いでいた台詞が、喉を焼かれたかのように吐き出せずに留まった。
「貴様は、軍人だな」
「それが、なんだ」
問いはまたも変わる。
ムラクモはやっとのことで返答を返した。
ジリジリと炙られるような緊張感の中で、ふと気づくとマントの裾が焦げている事に気づく。
先ほどの庵の炎が飛んだのだろうか、と、念のため被服の状態を確認する。
「恐怖を噛み殺し、任務に徹する人種……俺が最も嫌いな輩だ」
庵は一歩、また一歩とムラクモに近づく。
ジリッ。
ジジッ。
ジュッ。
炙られるような緊張感、まとわりつく熱気。
ムラクモの感じていたそれは、比喩ではなかった。
「なっ!?」
見えてはいない。
先ほどのような炎は、八神庵からは放たれていなかった。
だというのに、軍服の焦げはその箇所を増し、ついにその内の電光被服までが異音を放ち始めた。
「なんだこれは!そ、そうか、これがかのオロチの力……いやしかし、こんなことは……」
庵は恐ろしいまでに冷静だった。
オロチの血による暴走がとっくに起こってもおかしくない状況で
これほどまでに力を放ちながら冷静でいたのは、
暴走しては失ってしまう何かを、今決して失ってはいけないそれを
本能がつなぎとめていたからに違いない。
「恐怖を、思い出させてやる」
「ひっ!?」
後ずさろうとして、尻餅をつくムラクモ。
足が動かないのだ。
見ればその軍靴には薄い色をした炎がまとわりついて、彼を地に繋ぎ止めている。
裏百八式・八酒杯。
先ほどゆったりと上げた手から、殆ど所作もなく放たれた神をも留める八尺瓊の奥義は、
ようやく採用された撤退の決議をムラクモに実行させることはなかった。
「ここで」
庵は先ほどはつかめなかったムラクモの首を、しっかりと掴む。
そのままねじるように地面に押し付けて、遺言のように吐き出す。
「俺と死ね」

先ほどよりもさらに強大な火柱が、景色を赤紫に染めていく。

三神技之弐、八神流古武術の深奥に眠る決戦奥義。
草薙流の三神技之壱・決戦奥義無式が神を薙ぎ払う技ならば、
神楽流の三神技之参が神の力を封じる技ならば、
この技は「神を縫い留める技」である。
先ほどの八酒杯は外部からの封縛を行うこの技の簡略版であり、本来はこのように相手の体に直接触れ
内部にその炎を流し込んで焼きながら、一切の行動をさせない技である。
電光被服を焼き、皮を焼き、肉を焼き、骨に届き、命に達するギリギリで炙り続けられる獄炎の檻。
現人神を名乗る男を焼くのに、これほど相応しい技もない。


……ただ、実を言うならば、ムラクモに本当の意味での神性など「ほぼ」存在しない。
技術の結晶である電光機関も、鍛え抜かれた肉体も技も、それは人のものである。
その中に神性があるとすれば、それは「転生の法」の一点のみ。
ムラクモが京と庵に出会って直ぐに言った「八咫の力が欠けているならば」という言葉は、つまりはそういうことだ。
それは神性に達する「転生の法」を、封じられる可能性についての懸念。
封じられて死ねば、その後は何者にも転生はされず、



死ぬのみ

そしてこの技が、八尺瓊の技に捕らえている間だけとはいえ、その神性を無力化する技があることを知らなかった。
「ぎゃ、ごぼっ、ヴぇあ……」
気管まで焼かれ、声なき声を洩らすことしか出来ないムラクモ。
庵はその身の全てを燃やし尽くして、地面に押し付けたムラクモになおも封縛の炎を注ぎ込み続ける。

ビーッ!ビーッ!ビーッ!

けたたましい電子音が二つ、その炎の中に鳴り響く。
発生源は庵とムラクモ、二人の首に装着された首輪型の電光機関。

それは戦闘開始から、京が死に、庵が慟哭し、ムラクモが絶望に焼かれるこの瞬間までで
放送からちょうど二時間が経過したことを知らせる、タイムリミットの音。

そう、この場所は現時点をもって、そこにいる参加者全てを殺す禁止エリアへと変貌したのだ。

「ククク……ハッハッハ……ハァーッハッハッハ!待っていろ!今、殺しに逝ってやるぞ、京ォォォォォ!!!!」
八神庵は天に向かって高笑いする。
半分焦げた瞳で、その満足げな表情を見てムラクモは悟る。
(やはり、死は救済であった。
 ただ、それは己が決めた場合のみであること。
 他者から強制される死は……恐怖だ)











二つの破裂音と静寂

後に残されたのは首から血を流し倒れる八神庵の死体と、ほとんどが炭化したムラクモだった何か。

一陣の風が吹きすさび、辺りに残っていた炎の残滓すら、奪い去って彼方へと消えた。

【草薙京@THE KING OF FIGHTERS 死亡】
【八神庵@THE KING OF FIGHTERS 死亡】
【ムラクモ@エヌアイン完全世界 死亡】

【支給品、装備品など、全て焼失】
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074:帰ろう 当たり前の『日常』へ
時系列順
069:ズルはどこまで許されるのか?
063:私と誰か、貴方と私。
投下順
065:見えない目覚めの刻
048:開戦
草薙京
救済
八神庵
ムラクモ

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