ここは、クトゥルフ神話TRPGのオンラインセッションに関する各種情報がまとめられているWikiです。

1.初めに

 本シナリオは、1980年〜現代日本を舞台にしたものとなる。というよりシナリオの性質上、現代でなければ成り立たないだろう。
 しかしながら、国柄は日本である必要はない。ロシアでもアメリカでもいい。特に英語圏の国を主なものとすれば、後述するように言語に関するアドバンテージを得られるだろう。
 プレイヤーの推奨人数は四人。オフラインでのセッション時間はおよそ七時間程度である。
 ジャンルは半クローズド、探索。クラシックスタイルである。
 推奨技能は目星、聞き耳、ほかの言語(英語)を筆頭に、医学、化学、生物学、地質学、天文学、歴史といった学術系、コンピュータ、電子工学といった機械系だろう。
 普段日の目を見ないこれらの技能が光る可能性も十分にある。
 戦闘はあるにはあるが、さほど重要ではない。戦闘技能は必須ではない。戦闘してはいけない敵も存在する。大いなる神格を前にして、人はあまりに無力だ。
 挑むことすら絶望的な敵がいる。しかし、挑むことを恐れてはいけない。暗黒の濃霧の先に光がある。探索者は光を求めなければならない。探索者は心底から湧き起こる好奇心と探究心に素直にならなければならない。
 その上でかろうじて己の命脈を保つか、来るべき破滅へと突き進むかは探索者の手によって委ねられている……。

2.本シナリオの概要

 このシナリオのコンセプトを一言で要約するなら、「宇宙」だ。
 宇宙はあまねく存在し、今も膨張している。近代文明は宇宙に立ち込める暗雲をことごとく払ったわけではない。
 ニコラウス・コペルニクスは地動説を唱えた。ジョルジュ・ルメートルはビックバンと呼ばれる説を発表した。宇宙に立ち込める暗雲は徐々に晴れているように思える。
 しかし、それは一部分でしかない。上澄み液を採集して、全体を評しているようなものだ。
 宇宙には以前、隠された法則や秘密、力学が存在する。そして膨張している。人類は昔と変わりなく、謎に満ちた宇宙というものと向き合わなければならない。
 そして、探索者もまた宇宙に偏在する恐怖と向き合わなければならない。
 本シナリオは、ヴルトゥームを地球に招くかどうかでエンディングが変わってくる。彼女を連れて地球に帰還すれば、探索者たちは一時の平穏を享受することができる。
 しかしながらその平和は一時的なものに過ぎず、いずれヴルトゥームによる侵略が始まってしまうだろう。
 冒険をクリアした探索者たちはしばしの悦びに浸るも、キーパーによって上述の危機を知らされ、後味の悪いままプレイを終えることになるだろう。
 トゥルーエンドはヴルトゥームの正体を見抜き謀略を看破した上で、地球に帰還することである。
 それ以外のルートも考えられるが、そのどれもが暗澹たるものだろう。
 もちろんその中には恐るべき神話生物や神格に挑み、無残に散っていく結末も含まれている……。

3.シナリオ導入

 初めに近辺で謎の隕石が落下したことをニュースか風の噂などで探索者たちに伝えて欲しい。
 この隕石は一連の事件の序章であり、日常に紛れ込む邪悪を暗示するものであり、アイハイ族の侵入を示すものである。
 とある家でパーティーが行われる、という導入が一番やりやすい。そのためにNPCを用意してもいいし、一人のPCの自宅でパーティーを開催したことにしてもいい。
 パーティーの内容はなんでもいい。誕生日会や懇談会などでもいいだろうし、キャンペーンの一環に当シナリオを組み込むのも面白いだろう。
 前回の探索で心身ともに傷ついた探索者たちは、同胞たちと慰安会を催そうとするかもしれない。
 あるいは夜の校舎に肝試しにきたということでもいい。この場合、探索者は学生となるだろう。
 楽しい時は長くは続かない。いずれ終わりが来る。パーティーや肝試しを楽しんだ探索者たちは、ぼちぼち帰り支度をするだろう。
 探索者たちはこれから訪れる異常事態について知る由もない。ただ自宅や校舎が宇宙船と化しているという事実を受け止めるしかない。

4.キーパー向け情報とデータ

ヴルトゥーム

 ヴルトゥームは火星に居を構える旧支配者である。巨大な美しい花の姿をしており、花弁の中央から美しい妖精めいた人の上半身に似た形の器官が突き出している。
 その正体は火星に不時着した宇宙船の乗員――アンナ・スチュアートである。
 彼女は冷戦時代に発足した有人宇宙探査計画「オペレーション・マーズ」の一員だったのだ。
 火星に不時着した彼女は過酷な環境に適応し、忌むべき神格を獲得、ついには原住民のアイハイ族に神として崇拝を受けるようになった。
 ヴルトゥームはラヴォルモスに建造されたピラミットの中にその本体が眠っている。探索者たちの前に現れたのは、その分身であり、尖兵である。
 分身はヴルトゥームの往年の姿(人間)をとっている。妖艶の美少女はアンナ・スチュアートの若かりし頃の姿だったのだ。
 ヴルトゥームは地球から人間を呼び寄せ、分身をその惑星に送り込もうと企図している。今回は、探索者たちを地球から呼び寄せ、彼らの家を宇宙船として利用するつもりのようだ。
 彼らはたまたまパーティーを開いていたため、複数の人々が巻き込まれることになるだろう。
 探索者たちは花の蜜を運ぶ蜂のように、邪悪の根源であるヴルトゥームの分身を地球に招き入れてしまうかもしれない。

アイハイ族

 火星には原住民のアイハイ族が住み着いている。主な居住区はラヴォルモスという地域である。アイハイ族はヴルトゥームを信奉している。ラヴォルモスのピラミットは彼らが建造している。アイハイ族は恒星間航行能力を持つ異質な生物である。
 導入の際に、隕石が落下しているという旨を記述したが、その隕石はアイハイ族が恒星間航行のために使うスペースシャトルのようなものだ。
 アイハイ族は持ち前の宇宙的技術を用いて建造物をスペースシャトルへと変貌させる。建造物は恒星間移動のため、コックピットや燃料タンクが設けられ、宇宙空間の移動に耐えられるよう改造される。
 隕石にはアイハイ族が潜んでいる。アイハイ族は近くにある建造物を恒星間航行に耐えられるよう改造する。その建造物は火星までひとっ飛びに向かう。
 火星に到着したあと、ヴルトゥームがそれに搭乗し、地球を来訪するというプランだ。
 アイハイ族がターゲットにしたのは探索者たちが集う建造物だった。

家(宇宙船)について

 NPCまたはPCの自宅、校舎などが考えられる。これらの建造物が突如、宇宙空間に飛ばされるところから本シナリオは始まる。
 探索者たちはコックピットと化した書斎、燃料タンクとなった風呂場などを見て瞠目するだろう。また宇宙空間を移動しているにも関わらず、なぜか呼吸できることにも気づくだろう。無重力空間のはずなのに、なぜか家内には重力が作用している。電気や水道も通じている。なぜだろうか? 探索者たちは困惑と不安に苛まれるだろう。
 唯一分かることは、目標地に向かって移動しているということだけだ。
 燃料は火星までの片道しか残っていない。地球へ帰還するための燃料は別途、火星で入手しなければならない。燃料は後述するアイハイ族の巣穴にある。
 付言すると地球・火星間の移動はオートパイロットである。

火星について

 当シナリオの主要な舞台は火星である。火星は地球型惑星に分類される、いわゆる硬い岩石の地表を持った惑星である。
 火星が赤く見えるのは、その表面に地球のような水の海が無く、地表に酸化鉄(赤さび)が大量に含まれているためである。
 索漠とした岩石の大地。しかし探索者たちは着陸した付近に、百花繚乱と咲く満開の花畑を目撃するだろう。火星の不毛な大地に根を下ろす花だ。これらの花々はヴルトゥームによって生成されたものである。
 探索者たちは火星の表面であっても、呼吸のしにくさや、平均表面温度-43度という異常な寒さを感じることもない。火星の気圧は宇宙服なしでは到底耐えられない。
 火星は何者かの手によって管理されているのではないか? と勘のいい探索者なら察するかもしれない。
 また探索者たちは一人の少女と出会うことになる。少女は自らをアンナと名乗り、探索者たちに友好的な交流を求めるのだが、その正体は火星を統べる神格――ヴルトゥームである。
 KPはテラフォーミングされているとでも言うべき火星の不可思議さや、少女の不気味さを演出しなければならないだろう。

墜落した宇宙船について

 探索者たちは着陸した場所の近くに墜落した宇宙船を発見することができる。
 機内では船員らしき宇宙服を着た男たちが物言わぬ屍となって朽ちている。これらの人々はアメリカ航空宇宙局所属の宇宙飛行士である
 1980年代、アメリカはアポロ計画に次ぐ有人宇宙探査計画「オペレーション・マーズ」を発足。「オペレーション・マーズ」は地球に最も近い惑星である火星に有人着陸することを目的とするプランだ。
 宇宙船の中には、幸か不幸か生存者がいる。男の名前はカール・マルテル。この宇宙船の船長だ。
 カールたちは不慮の機体の故障で宇宙船が火星に墜落してしまう。地球との交信が途絶した彼らは、自らの生存のためにも火星の探索に乗り出したのだが、原住民のアイハイ族に襲われたり、餓死したりして死んでいった。
 その中カールだけが火星原産の花を食べることで飢え死にを免れたのだ。
 長年にわたる火星生活のためか、筋肉は衰え、心身ともに衰弱している。またその時のショックからか、記憶喪失になっている。
 彼の記憶を呼び覚ませば、火星の実態や、「オペレーション・マーズ」、クルーの集合写真などについて聞けるだろう。そして集合写真の中に、火星で出会った少女の面影を残す女性の姿を認めることができるかもしれない。
 カールの記憶復元はシナリオの一つの山となるだろう。

アイハイ族の巣穴

 カールから話を聞くことができれば、しばらく行った先に不気味な洞窟があると教えてくれるだろう。カールは洞窟内部で火星の原住民や火星には不釣り合いな機械を発見したと説明する。洞窟はアイハイ族の巣穴であり、火星のテラフォーミングのための装置が置かれている。
 なぜ彼らは火星を地球化するのだろうか? それはヴルトゥームが安全に地球から人間を呼び寄せるためだ。
 人間では火星の環境下で生存することはできない。また、探索者たちの乗っていた宇宙船にも、小型のテラフォーミング装置が密かに設置されている。
 探索者たちの宇宙旅行はヴルトゥームによってお膳立てされていた。
 しかし洞窟内においてもっとも異様なのが、規則正しく整列した人間たちである。彼女らはまるで出荷を待つ二足歩行ロボットのように、ただただ並んでいる。
 表情に生気はなく、魂の宿っていない大量生産物である。そして彼女らの姿かたちはアンナに酷似している。彼女たちはヴルトゥームの遺伝子情報をコピーして作られた模造品である。
 惑星の征服のために用意された人形であり、探索者たちの前に現れたアンナも、このうちの一つだ。ピラミットでアイハイ族を労使しているのもそのうちの一体である。

5.導入以降のシナリオの流れ

 主に火星での探索に費やされるだろう。探索者たちは宇宙船と化した家を拠点として周囲を散策する。アンナやカールを家に招き入れてもいい。カールが記憶を呼び戻したなら、淡い意識の中で眼前の少女がアンナ・スチュアートであると気づくかもしれないし、気づかないかもしれない。
 カールに【アイデア】をふらせてもいいし、探索者たちの巧みなロールプレイングや、カールを診断したさいの【医学・精神分析】でのクリティカルをこの場面で反映させてもいい。
 一方でアンナのほうはカールや墜落した宇宙船について何も知らないと弁明するだろう。探索者たちの前に現れたアンナは、いわば抜け殻のようなものだ。記憶は全てピラミット内の本体が持っている。アンナは探索者たちの宇宙船に搭乗し、惑星征服のためのプログラムに忠実に従う人形にすぎない。
 フィールドは宇宙船と化した家、アンナの教会、墜落した宇宙船、アイハイ族の巣穴、ピラミットの五つに分けられる。出来ることなら、地図の用意をしておくべきだろう。円滑なプレイのために、地図は不可欠なものである(筆者はホワイトボードを使用)。
 探索者はカールとの会話、アンナとアイハイ族との接触、ピラミットなどを通じて情報を集めることができる。そしてアイハイ族が自分たちの敵であり、その奥にある存在――アンナ――こそが真の敵であると推察できるかもしれない。
 アンナの甘言にまかせて彼女を地球まで連れて行くかもしれない。もしカールが完全に記憶を取り戻していたなら、アンナを宇宙船に乗せることを反対するだろう。カールは、アンナがアイハイ族を統率している姿を目撃している。また、探索者たちもピラミットに侵入できれば、アイハイ族を統率するもうひとりのアンナを発見できるだろう。
 タイムリミットはKPが自由に決めていいが、二日か三日過ぎれば、ヴルトゥームは我慢ならなくなって探索者たちを襲うことになる。
 究極的に言えば、アンナを地球に連れて帰るか帰らないで分岐する。連れて帰ったら地球はじわじわと侵略されていく。連れて行かず、燃料を補給して脱出できればハッピーエンドだ。しかしそのさい、本性を現したアンナやアイハイ族に襲われる危険もあるだろう。


シナリオ展開

建造物

 まず初めに近辺で隕石落下の報を探索者たちに伝えて欲しい。ニュースでたまたま知った、パーティー中にテレビで流れていた、探索者の一人が隕石落下の折に結成された調査団の一員だった、などである。
 パーティーをしばし楽しんだあと、探索者たちは一休みするだろう。すると家の固定電話が鳴り響く。
 受話器を取ると、電子音のようなノイズに混じって人の声が聞こえてくる。
「……助けて……私を、おうちに連れて行って……」
 どうやらそれは年端のいかない少女の声のようだ。声帯が発達していない、未熟で管楽器のように甲高い音である。
 ふいに通信は途切れる。通話に対応した探索者は困惑と一抹の不安を覚えるだろう。

 そして夜。十分宴を楽しんだ探索者たちは自分たちの家へと帰るだろう。玄関の扉を開ける、または窓に目を向けると、そこは広大な宇宙空間がどこまでも続いていた。息の詰まるような宇宙の漆黒が広がっている。どうやらパーティーの主催者の自宅は索漠たる宇宙空間に浮遊しているようだ。
 また、【目星】で窓の外に注意を向けさせても良い。
 よくよく見てみれば、我らの青い地球も後方に見えるだろう。地球は驚異的な速度で遠ざかっている。どうも家は地球から離れてものすごいスピード――時速8000万キロで移動していることが分かるだろう。参考までに、地球の一周は約4万6000km、月の平均軌道速度は時速3600km。
 このような家ごと宇宙空間に飛ばされるという、おおよそ常識では考えられないような事態に遭遇した探索者は正気度喪失。
【SAN値チェック 0/1D3】
 また宇宙空間は本来ならば真空であるにもかかわらず、不思議と酸欠になったりはしない。なぜか地上にいるのと同じように呼吸することができるだろう。
 宇宙空間に飛ばされた家。しかしながら電気や水道は不思議とつながっており、不便はないようだ。
【アイデア】で酸欠にならない、電気水道がつながっていることを知らせてもいい。
 
 また風呂場に行くと、浴槽に固体ロケットモーターのようなものが設置されていることが分かる。それは轟々と唸りを上げて稼働している。
 このモーターに対して、【天文学・科学・物理学】ロールに成功すれば、その液体がどうやらロケットエンジンの推進剤であり、液体酸素や液体水素が含まれていることが分かる。また、【知識】ロールに成功すれば、液体酸素や液体水素が宇宙船の燃料として使用されることを思い出すだろう。
 建造物を宇宙船に改造したアイハイ族は隕石とともに地球に飛来したのである。そのさい火星で製造した固定燃料を持ち出し、建造物に設置したのである。
 固定燃料の設置されている場所は風呂場である必要はない。このような異常事態に置かれた探索者は家内に何か起こっていないか見回りするかもしれない。その折に家探しした場所――トイレや書斎、応接室などに固定燃料を設置してもいい。その場合、状況にあった描写をしなければならないだろう。トイレなら便座に、書斎なら本棚で本の置かれていたスペースなどである。

火星

 一時間かけて、家はレッド・プレネットの異称をもつ惑星、火星に到着するだろう。宇宙船と化した建造物は不毛な岩石の大地に着陸する。この時固定燃料は完全に消費されてしまう。探索者の何人かは、固定燃料が片道しか用意されていないと気づくかもしれない。
 しかし探索者は着陸した付近に、百花繚乱と花開く満開の花畑を目撃する。それらは色とりどりの花々であり、ここ火星の不毛な大地に根を下ろす花であることがわかる。
【生物学】ロールに成功すれば、これらの花々が地球上には存在しない、火星起源の植物であることがわかるでしょう。
 これらの花が光合成をして酸素を生成しているため、火星の酸素濃度は地球のそれとほぼ同じくらいに保たれている。
 ちなみに、大気の組成は二酸化炭素が95%、窒素が3%、アルゴンが1.6%である。
 そして火星に降り立った探索者は、一人の幼げな少女に出迎えられる。コーカソイド系の見目麗しい白人の少女――アンナである。
 ここでパーティーの最中に電話を受けた探索者に【アイデア】ロールをふらせる。成功すれば、声の調子や語調から、電話の相手が眼前のアンナであることがわかるだろう。
 また【人類学】ロールに成功すれば、振る舞いや挙措からアンナが生粋のアメリカ人であることが分かる。

 このとき、【医学・生物学】ロールに成功すれば、一見して健康そのものに見える少女がその実、異常であることに気づくことができる。
 火星の重力は地球の三分の一である。当然、重い体重を支える必要のない骨からカルシウムが溶け出したり、負荷がかからないため筋力が弱まって地上に降りると立つことも困難になるなどの現象が生じるはずである。にもかかわらず、少女の肉体は健康的である。また、【アイデア】ロールをふらせてもいい。
 アンナは来訪者を歓迎する。というのも、アンナが探索者たちを火星に招いたからだ。
 アンナはあなたたちの家を使って、故郷である地球に帰還したい旨を伝える。アンナは理由あって火星に漂流してしまったのだ。
 この折にアンナに【心理学】を試みる探索者もいるだろう。しかしアンナはプログラムにのっとって行動する機械なため、アンナに【心理学】をロールしても、めぼしい成果は得られないだろう。ロボットに意思なんてものがあるのだろうか?
 探索者たちは少女に案内されて、彼女の居住地である教会に赴く。その道中、墜落して打ち捨てられた宇宙船を見つけることができる(後述)。

プロテスタントの教会

 教会はキリスト教のそれだ。ここで【知識・博物学】に成功すれば、教会の内装などからプロテスタント系であることが分かるだろう。アメリカはプロテスタントが打ち立てた国家である。
 探索者たちは少女の饗応を受けることができる。献立はバッファローウィングやチリコンカーンなどのアメリカ料理である。
 探索者たちは不毛な火星の地で何故、豚や牛ひき肉がこうして料理に出されるのか疑問に思うでだろう。少女ははぐらかすばかりだ。
 また【目星】に成功すれば、教会に木製の扉があることに気づくことができる。このことをアンナに聞けば、「あそこは私の寝室です」と言われる。探索者たちは、その扉の隙間からは抑えきれない瘴気が漏れ出ているように感じられるだろう。

アイハイ族の横穴

 探索者は道中で発見した墜落した宇宙船に向かうことができる。
 宇宙船へと向かうと、その道中に洞穴らしきものを発見する。その中はアイハイ族の巣穴である。ここで【地質学】に成功したら、この巣穴が人工的に掘削されたものだと気づくことができる。ここが火星であることを考慮して、【天文学】の二分の一で技能をふらせることを許可してもよい。裁定はあくまでKPの手によって委ねられているものだ。
 中の鍾乳洞を行くと、探索者たちは洞穴の奥に確かな光源を見出すことができる。ここで危険を察した勘の良い探索者が【聞き耳】ロールを求めるかもしれない。成功した場合、様々な機械が作動する工場のような騒音を奥から感じ取ることができる。
 最奥には明らかに近未来的であり、明らかに非地球的な機械工場らしきものが広がっている。探索者はやけにメタリックでありながら、やけに生々しいこれらの機械を目にするだろう。

 その部屋には無機的でありながら、どこか有機的な人間大の機械が設置されていた。その機会は紫色の噴煙を上げ、ドクドクと脈動するように稼働している。
【電子工学・コンピューター】などの機械系のロールに成功すれば、以下のことが分かる。
 1.火星の気圧は、人間が与圧服無しで生存するには低過ぎる。従って、人間が生存しうる環境にするためには、宇宙船のように与圧式にする必要がある。この機械は火星をひとつの宇宙船と見立て、火星の気圧を地球とほぼ同じになるよう調節する装置である。
 2.火星の大気は希薄であり、かつ地球と比べて非常に寒いため、オゾンや二酸化炭素などの温室効果ガスを噴射し大気を改良し、温度を上昇させるための装置である。
 3.人類の科学技術では到底実現不可能な装置であるということ。
 また発生する噴煙に【化学】ロールを試みる挑戦的な探索者がいるかもしれない。成功した場合、この噴煙が生物の生存可能なハビタブルゾーンを形成する重要な因子であることだけを伝えてもいい。
 
 最後に機械のそばに固定燃料の推進剤を見つけることができる。宇宙船と化した建造物内の固定燃料を見たものには、それが全く同一のものであると察することができる。この推進剤を用いることで、地球に帰還するための燃料を補給することができる。
 もしカールが同行していれば、彼は発見した推進剤が宇宙船専用のものであると瞬時に推察する。

 また、ここまでの流れでKPが戦闘やSAN値チェックの不足を不満に思うかもしれない。適度な緊張感はセッションに必要不可欠なものだ。地球とは異なる惑星における未知との遭遇は探索者たちに不安や恐怖を与えることが出来るかもしれない。
 KPは望むなら巣穴でアイハイ族との戦闘を発生させてもいい。
 アイハイ族のデータを下記に用意しておく。

アイハイ族  

打ち捨てられた宇宙船

 宇宙船と化した建造物と教会の間には、アイハイ族の巣穴と墜落した宇宙船がある。
 宇宙船のタラップから進入すると、内部はすっかり荒れ放題だった。壁の塗料ははげ落ち、精密機材は破損し、すっかり風化している。
 そして司令室らしき場所には、船員らしき宇宙服を着た男たちが物言わぬ屍となって朽ちていた。肉は完全にそげ落ち、骨は干からび、完全に骸骨になっている。ブカブカの宇宙服がかつての面影を残すだけである。
【SAN値チェック 0/1D6】
 これらの白骨死体に【医学・生物学】ロールを試みれば、彼らの死因が餓死であることや、死亡した年代、頭蓋骨の形状や眼窩の幅などから人種などを把握することができる。
 この宇宙服を調べれば、アメリカの国章が縫い付けてあることに気づくだろう。また設置された時計が1981年6月4日で停止していることが分かる(グリニッジ子午線準拠)。
 ここで【歴史】ロールに成功すれば、1980年代、アメリカのアポロ計画に次ぐ有人宇宙探査計画「オペレーション・マーズ」が発足されたことを思い出す。「オペレーション・マーズ」は地球に最も近い惑星である火星に有人着陸することを目的とするプランである。
 ここで【目星】に成功すれば、床に宇宙飛行士たちの集合写真が落ちていることに気づくだろう。【アイデア】に成功すれば、そのうちの一人の女性宇宙飛行士の顔形がどことなく、アンナの面影をしのんでいることがわかるだろう。【目星】でも可。

 物陰からうめくような声がすることが分かる。そこには年老いた男が操縦席でぐったりしていた。例の宇宙服を着衣しており、見た感じアメリカ人である。
 衰弱した彼を正気に戻すためには、【医学・精神分析】などのロールが必要になるだろう。
 男の名前はカール・マルテル。アメリカ航空宇宙局の宇宙飛行士である。彼と対話するには、少なくとも【英語】が30%必要になる。

カール・マルテル ♂ 宇宙飛行士 69歳


 彼に対して「医学・精神分析】ロールに成功すれば、彼が記憶喪失であることが分かる。またしばらくロールプレイングを行わせれば、記憶の不一致や欠如などが散見されることが分かる。【アイデア】で記憶喪失だと分からせてもよい。【心理学】を何度か行えば、彼が記憶を失っていると気づいたことにしても面白いだろう。
 彼に対して、なにか思い出深いものを見せれば、その都度記憶も回復していく。
 初めに宇宙船内を見渡した彼は、前に宇宙船が火星に墜落したことを徐々に思い出すだろう。彼は顔面を蒼白にして、墜落するシーンをフラッシュバックさせているようである。
 クルーの死体を見せれば、、クルーとともに火星の地で糊口を凌いだことを思い出す。カールを除くクルーは餓死してしまったのだろう。
 火星の植物を見せれば、それで飢えをしのいでいたことを思い出す。火星にあって命脈を保っていられるのは、火星原産の植物を食していたからである。
 床に落ちている集合写真を見せれば、それが船団のクルーの集合写真だと思い出す。彼はクルーの名前を一人ずつ悲しげにあげていくかもしれない。その中にアンナ・スチュアートの名前が含まれていることを、探索者は知ることが出来る。
 カールを連れて行き、アイハイ族の巣穴の方に近づけると、彼は極度に恐れおののくだろう。彼はこの横穴は危険かもしれないとつぶやく。カールはかつて、食料や役に立ちそうなものを探索しに行ったとき、火星の原住民であるアイハイ族に襲われた記憶を持っている。
 アンナの教会に着くと、彼は平穏な表情をして十字架を切り、神にお祈りを捧げるだろう。彼は敬虔なクリスチャンなのだ。
 アンナに会うと、カールは目をぱちくりとさせる。記憶の復元具合によっては、「おまえはおれにあったことはないか?」などと問いかけるかもしれない。アンナは死を免れ神格を得たカールのクルーなのだ。
 またカールに宇宙船と化した建造物、内部のコクピットや固定燃料を見せれば、それがなんであるか、どういう代物なのか示唆してくれるだろう。
 しかし残念なことに、固定燃料がない。固定燃料はアイハイ族の巣穴に備蓄されており、再度燃料を装填するためにはアイハイ族の巣穴に向かわねばならないだろう。

 また墜落した宇宙船は電子工学や機械修理などによって治すことはできない。システム系統が完全に破綻しているため、高度な専門機器を必要とするためである。アイハイ族の巣穴の中でジェットエンジンの推進剤らしきものを見つけたカールではあったが、自前の宇宙船が完全に破綻していたため、直すに直せず、燃料があるものの機体がないため地球に戻ることができなかった。探索者たちの立場と真逆である。

 宇宙船から教会に帰る途中、アンナが奇怪きわまる容姿をした人間らしきものになにか指示を出している様子を挿入しても良い。人間もどきは恭しくアンナの指示を拝すると、腰を低くして去っていく。もしアイハイ族との戦闘を行っていた場合、この人間もどきがアイハイ族の巣穴にいたアイハイ族であるとわかる。

教会の地下通路

 うまくアンナを連れ出したり、欺いたりできれば、教会の扉に侵入することができる。扉の向こうはかすかに淡い光が点っているだけである。【聞き耳】を行った場合、汽笛のような

車輪の回る音が聞こえる。
 扉の奥の地下通路には広大な空間が広がっていた。中央にはプラットホームのようなものがあり、一台の列車が止まっていた。
 探索者たちは列車に乗ることができる。乗車すると自動的に列車は動き出す。車内は人っ子一人いない。
 三十分ほどすると、教会とは違う駅に停車する。
 駅の奥には地上につながっているような扉がある。
 扉の奥には広大な砂漠と岩石。そしてアイハイ族が体に鞭打ってピラミットの建設作業に従事していているシーンを目撃することができる。彼らを指示しているのはアンナそっくりの少女である。

 もしここにカールがいれば、全てを思い出すだろう。すなわち、火星に不時着した彼らは食料を求めて火星を探索していった。そのとき、彼らは教会の地下通路を通じてピラミッドを見出した。するとそこにいたアイハイ族、そして一人の少女――アンナに捕まってピラミッド建設の強制労働に従事させられた。カールはそこから命からがら逃げ出したものの、あまりのショックに記憶喪失に陥ってしまったのだ。
 そしてアイハイ族を統べる長がアンナと呼ばれる少女であることを説明する。アンナはカールの元クルーだが、今となっては人間の精神を持ち合わせてはいない。かつての同胞を虐げる悪魔と化してしまったのだ。
 最後にカールは、ひとつ頼みごとをする。それはどうか故郷のアメリカに連れ帰って欲しいというものだ。

 列車で教会に戻ることができる。アンナはそのことに気づいていないのか、いつもどおりのニコニコした表情をしているかもしれない。あるいは気づいているかもしれない。

ラヴォルモスのピラミッド

 あまりおすすめできないが、なかにはピラミッドの内部に侵入して事の真相をあばこうと勇む豪胆な探索者がいるかもしれない。そういう場合はアイハイ族やアンナの目をかいくぐるため、【忍び歩き・隠れる】といった隠密系ロールが必要になるだろう。あるいは強行突破を志向するかもしれない。アイハイ族を何人か打倒し、ピラミッド内部に入り込むかもしれない。内部はほぼ一本道であり、あまり複雑な構造ではない。
 なんにせよピラミッドの侵入に成功した場合、最奥に祭壇に横たわる球根植物のようなものを目視できる。その物体は青白くて膨らんでおり、幹から枝状に分かれた無数の根を持っている。その上には天井につくかつかないくらいの大きな朱色の花弁がついており、花弁から真珠色で素晴らしく美しい体つきをした、小妖精のような姿をしたものが生え出ていることが分かる。ヴルトゥームの本体である。
 この神秘的でありながら身の毛のよだつような光景を見た探索者は正気度喪失。
【SAN値チェック 1/1D10】

 ヴルトゥームは半径1.6メートル以内の人間と精神的な会話をすることができる。よってヴルトゥームの言葉は直接脳内に響く波長である。
 ヴルトゥームは邪悪な本心を隠してあくまで女神のように探索者に接する。かわいそうな少女アンナを地球に連れて帰ってあげてと甘言を弄するだろう。地球の征服という真の意図を覆い隠して、探索者たちの良心に訴え出るかもしれない。
 ヴルトゥームは目的のためには地球人が生きていたほうが都合がいいため、攻撃されない限り手出しはしない。駆けつけたアイハイ族にも丁重にピラミッドの外に出すよう命令するだろう。
 探索者たちは無事ピラミッドから脱出できる。しかしその安全は、一時の身の保全でしかないのだ。

ヴルトゥーム

脱出

 タイムリミットは二日、あるいは三日だ。それ以上過ぎるとヴルトゥームは我慢ができなくなって、無理矢理にでも探索者たちを襲撃する。
 火星の一日は地球の一日に非常に近い。火星の太陽日は24時間39分35.244秒である。そのため、当然夜は来る。
 夜、寝静まった教会で、物音がする。【聞き耳】をロールさせても良いし、誰か一人(1D3や1D6などで判断)偶然起きていたことにしても良い。
 我慢ならなくなったヴルトゥームは、アイハイ族に探索者たちを襲撃するよう命令する。できれば地球人が一緒であることが好ましいとは言え、あまり待たされるとヴルトゥームは容赦なく探索者を攻撃するだろう。グレート・オールド・ワンにとって人間など塵芥のような存在なのだ。

 家から逃げるとき、アイハイ族とのDEX対抗ロールとなるだろう。幸いアイハイ族のDEXは11である。また襲撃してくるアイハイ族は少数でいい。
 となれば、アンナは必死になって探索者たちに追いすがるだろう。アンナは私も連れて行ってと懇願する。受け入れてしまえば一応の決着を得ることはできるが、母なる故郷地球は外来種によって征服されてしまうだろう。
 アンナの懇願を突っぱねれば、アンナは悲劇のヒロインのように泣き崩れるかもしれない。

 タイムリミットが過ぎようが過ぎまいが、固定燃料を補強すると、宇宙船と化した建造物は自動的に起動する。このさいアンナが乗せてと懇願するのは共通である。
 この宇宙船はただ、燃料さえ追加すれば火星・地球間を往復するただの乗り物である。
 家を起動させて離陸のためのホバリングをさせているとき、アンナはその真の姿をさらけ出す。
 それは妖艶でありながらも邪悪であり、火星という環境が生んだ忌むべき神格である。
 ヴルトゥームを見ていない探索者は正気度喪失。
【SAN値チェック 1/1D10】

 花の化物は悲しげな咆哮を上げ、みるみるうちに上昇する家をどこか悲哀のこもった目で見ている。獲物の取り逃がした狼の眼である。
 宇宙船と化した家は美しい花畑を尻目に、火星の大気圏に突入するだろう。
  そうしてあなたたちは故郷の土を踏むことができる。
 結末によってはアンナも故郷の土を踏むかもしれない。

跋文

「8000万kmの宇宙の旅」を執筆するきっかけとなったものは、クトゥルフ神話TRPGにおいて天文学や地質学、生物学などがあまりに不遇であったからだ。これら学術系技能は多くの分野で成功を挙げているにもかかわらず、クトゥルフ神話TRPGにおいてさほど重要な位置を占めることはない。
 天文学にしても、星辰の整列を観測できたところでなんになるのだろうか? それはすなわち、人類滅亡のカウントダウンという知ったところでどうしようもない知識を獲得するに過ぎないのだから。
 KPはできる限りこうした学術系技能を優遇して欲しい。普段ロールすることの少ないこれらの技能が成功する喜びは、目星や聞き耳の技能成功よりも大きな意味を持つだろう。  
 当シナリオはKPが望むとおり、いかようにも添削、改変することができる。KPが不適切、あるいは矛盾していると思った箇所を削除したり、加筆しても良い。
 神話生物の引用はマレウス・モンストロルムからのものだが、一部筆者独自の解釈があることを付記しておく。
 クトゥルフ神話TRPGにとって重要なのは、探索者たちに宇宙的恐怖を味あわせ、その恐怖や興奮をみなで共有することにある。KPはPLたちに、「楽しい時間をありがとう」というたった一言の言葉を得るために多くの時間を捧げ、PLはKPの提供する舞台で太古の化物に挑戦したり、みなと一致団結したり、なすすべもなく破滅したりすることで目一杯セッションを楽しむ。
 KPとPLは一つの作品を作り出すチームであり、かけがえのない同胞である。
 その気持ちを忘れず、クトゥルフ神話TRPGをプレイして欲しい。

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