京浜東北線大宮方面行にて

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その日の夕刻。綾奈は京浜東北線大宮方面行に乗車していた。赤羽に住む浅黄さんという年上の友人と会う約束をしていたのだ。

・・・新橋駅、有楽町駅へと進み、東京駅に到着したところで、それまで立っていた綾奈の前に座っていた親子連れが下車したため、ドア横の座席に座ることができた。

神田駅を過ぎ、電車は秋葉原駅に到着した。綾奈の対面のドアが開き、多くの乗降客が乗り降りし、電車が出発した刹那、綾奈はこれまでの人生で見たことがない、異様なモノが対面のドア前に直立しているのを目にした。

「なに・・・これ・・・」

綾奈はあやうく声に出して、叫びかけた。
このモノの身長は160cm前後だろうか。背はさして高くはないが、体形は樽状に太くなにやら巨体に見える。だらしなく突き出た下腹が重々しい。太く短い脚。頭部は異様に大きく、見たこともない分厚いメガネをかけ、膨れ上がった頬はニキビと吹き出物だらけでこれ以上なく肌は汚い。低くつぶれた鼻・・・まるで豚のそれのよう。

「豚だわ。」

また、危うく声に出しかけた。
綾奈の目の前に服を着た豚が直立している。この豚は両手に大型家電店の紙袋を持ち、背には何が入っているのか大きなリュックを背負っていた。着ている「ミサト命」と書かれたシャツは薄汚れ、全く洗濯していないようだ。その豚は息苦しいのか、激しく呼吸を繰り返し、とめどなく汗を流し出していた。そして、何日も風呂に入っていないような、それまで嗅いだ事のない異臭が綾奈を襲った。

綾奈はもちろん頭では分かっていた。自分の目の前に直立している豚のようなモノが人間であることを。だが、こんなに醜い人間を綾奈は見たことがなかった。少なくとも、自分が住んでいた奈良の山村にはいなかった。もちろん、村には太った人はいたし、同級生には肥満児もいた。でも・・・こんなに異様で、こんなに醜くはなかった。目の前の人間の姿は異形のモノとしか形容しがたかった。

「気持ち・・・悪い・・・」

京浜東北線は御徒町駅を経て、上野駅へ向かっていた。

綾奈はようやく分かったような気がしていた。秋葉原駅で乗車した、この異形のモノは「オタク」だと。奈良の山村にもアニメ好き、マンガ好きの同級生はいた。「あいつはオタク」だと揶揄されていた。でも違う、村の同級生は本物のオタクじゃない。本物のオタクは、いま自分の目の前にいるこの異形のモノ・・・

その「オタク」は相変わらず、激しい息遣いをし、その汚く醜い肌から汗をとめどなく流し続けていた。

「この人は、なぜ生きているの?」

綾奈は信じられなかった。こんなに醜い姿で、重そうな荷をいっぱいに背負い、いかにも苦しそうにハー、ハーと呼吸を繰り返し、だらだら汗を流しながら、なぜ生きていられるのか?それでも生きようとしているのか?それにしても、この臭いは耐え難い。

いつしか日暮里駅を過ぎ、田端駅を過ぎ、東十条駅に着いた。

次の赤羽駅で降りねばならない。綾奈は、ふと思い立ち、おもむろに携帯電話を取り出すと適当にボタンを押してメールチェックをするふりをしはじめた。そうして、「オタク」に気づかれないように、素早くレンズを向け、シャッターボタンを押した。

バッシャ!




(※AAではなくカラー写真だと思ってください)

「次は赤羽、赤羽」車内アナウンス。

綾奈は携帯電話をしまい、立ち上がる。「オタク」は感性がにぶいのか隠し撮りされたことには気づいていないようだ。「オタク」は降りようとする様子もない。相変わらずハー、ハーと苦しげに呼吸を繰り返している。

赤羽駅に到着し、ドアが開くと素早く電車から降りた。大宮方面へ向かって去りゆく京浜東北線209系車両を見送る。赤羽駅を過ぎれば次は川口駅。綾奈はそっとつぶやいた。

「やはり、埼玉県民だったのね。」

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2008年03月22日(土) 05:38:32 Modified by battlewatcher

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Uploaded by battlewatcher 2007年10月08日(月) 10:51:54



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