最終更新:ID:kko3RXeNlA 2009年06月07日(日) 20:21:47履歴
前 無題(律×澪III)
淡雪のように優しくとろける、そんなキスを夢見ていた。
けれどファーストキスの後、私に残されたのは焼け付くような欲望と鉄のように頑なな唇の記憶だけだった。
律があんないたずらを思いつく所まではうまくいきすぎて怖いくらいだったのに、結局現実は小説のようにはいかなかった。
律は逃げた。倒れた椅子が私のしたことの意味をはっきりと突き付けてくる。欲望のままに唇を奪うなんてまるで痴漢のようだ。
「澪ちゃん……」
律が開け放しっていったドアの脇に呆然とした顔のムギが立っていた。
ムギに名前を呼ばれた途端本能に押し込められていた感情が一気に逆流して、私はたまらなくなって泣き出してしまった。
ムギは私の所に駆け寄ってくると黙ってハンカチで私の目元を拭ってくれた。
けれど涙はいつまでたっても止まる気配がなくて、ムギは私の手にハンカチを握らせると一人でお茶の準備を始めた。
しばらくして湯気を立たせた紅茶がなみなみ注がれたティーカップと、マドレーヌの乗った小皿が私の前に置かれた。
ティーカップの端に口をつけて紅茶を啜ると、鼻をぬける湯気が泣き疲れてひりつく喉を潤してくれた。
「どうしよう…ムギ、私、律にひどいことしちゃった」
「律ちゃんと、何かあったの?」
「……キスした、私のほうから、無理矢理」
「澪ちゃんって意外と情熱的なのね」
「そんなんじゃない。私はずるいんだ、ムギのことも利用したし」
「どんな風に?」
「ムギが私達のことも付き合ってるみたいに見てるんじゃないかって言った……そう言えば律も少しは私のこと意識してくれるんじゃないかって」
ムギの眉がぴくっと動いた。律を傷つけてその上ムギにまで八つ当たりして、今日の私はダメすぎる。
「澪ちゃんは昔から律ちゃんの事が好きだったの?」
「意識し始めたのは軽音部に入ってからかな……でも律が行くからこの学校に決めたって所もあるし、昔から好きだったのかもしれない」
普通に成績とか通学時間とかそういうことも考えたけど、最後に私を動かしたのは律だった。
だって当然のように「また三年間よろしくな、澪」なんて言われたら、しかたがないじゃないか。
「女の子を好きでいるのはつらい?」
「好きな人に好きになってもらえないのはつらいよ」
キスしたって聞いても表情一つ変えなかったムギが悲しげに目を伏せた。
「……律ちゃんが澪ちゃんの事を好きになるのってありえないことかな」
「ないよ、律は普通の女の子だもん。中学の時は男子の友達も一杯いたし、それに、男子と一緒に遊んでる時の律はすごく楽しそうだった」
一緒になって馬鹿をやれる友達、そんな建前に隠れて男子が何を期待しているか律だって分かっていたはずなんだ。
幸い中学時代に律が男子と付き合うことはなかったけど、もしもうちょっと気の利く男子がいたら、律は付き合うことに躊躇しなかったと思う。
そういう時の男子と女子は、まるでそれが運命だったかのようにすんなりくっついてしまうのだ。
「今まではそうだったかもしれないけど、律ちゃんは澪ちゃんの気持ちを知ったわ」
「知って、それで律は逃げたんだ、どうしようもないじゃない」
「律ちゃんにも受け入れるだけの時間が必要なのよ、だから今は待ちましょう、ね」
「待ったって何にも変わらない!もう友達に戻ることだってできない!」
律のいない未来なんて考えられない。けれどその未来は確実にやって来る。それが心細くて、怖くて、私はムギにすがりついた。
ベストを着たムギの身体はふわふわと柔らかくて、それがますます記憶の中の律の身体を引き立てた。
「そんなことない、律ちゃんは絶対澪ちゃんから離れたりしないわ。律ちゃんのことが好きなら、自分がどれだけ律ちゃんにとって大切な存在なのか分かるでしょう?」
「私だってそう思ってた、けどもう何もわからないよ。律は私の事怖がってた、もう私は律の知ってる私じゃない」
「一人で納得しないで、澪ちゃん」
「ムギにはわかんないよ!現実はムギが頭の中で考えてるみたいにうまくいったりしないんだ……!」
私は怒鳴ったつもりだったけれど、喉から出た声は拗ねた子供のように情けなく裏返っていた。
「わかるわ、澪ちゃんと律ちゃんはお似合いだもの……うまくいかないなんて、そんなことあるはずないんだから」
ムギの声も震えていた。ぽつぽつと私の頬に水滴が落ちた。混ざり合った私とムギの涙が集まって流れる。
「ごめん、ごめんね。ムギは慰めてくれようとしてるのに、こんなことしか言えなくて」
「私は二人が好きだし、この部が好きなの、だからあんまり寂しいこと言わないで」
この涙のように、心を一つにすることができたらいいのに。こんな身体なんてものがあるから、私はただ好きなだけではいられないんだ。
律、律は今どこにいるの?帰ってきて、いつもの笑顔を見せてよ。ねえ、律……
続き Recycling3
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