2chエロパロ板のけいおん! 作品のまとめサイトです。

著者:別-510氏


前  career third action


きっと、
ずっとは無理だけど。



=career last dance=



「・・・朝か・・・・・・。」

カーテンの隙間から日の光が入ってきていた。まだ朝方だというのに強い光を放っていて、今日も一日暑くなるのだと宣言されている気がして、どうも滅入る。

「・・・・・おい、澪。」

土曜日で学校は休みだが、バイトがある。昨日から爆睡しているこの女をどうにか起こして私はバイトに行かないと。

「・・・・んう。」
「・・・・・・・・このやろ。」

私のすぐ横にはうずくまるようにして寝ている澪がいる。髪は綺麗に横に流れて落ちていて、寝顔は全く隠れていない。

妙に間抜けな寝顔で寝やがって!

窓から入る細い光の線が澪の髪を横切っている。その上にそっと手を乗せてみるとほんのり温かくて、少し安心した。

「・・・・ん、律・・・・。」
「お、起こしたか?・・・って起こすんだった。澪、私今日バイトなんだ。」

ゆっくり瞼が開く。ぼんやりと私の事を見ているようだが、話が通じているかどうかは微妙な感じだ。

「ん・・・・送る・・・・・・」

もそもそと呟いてはいるが、実行されるには少し時間がかかりそうだった。
なんとなく置いたままだった手を滑らせる。このままもう少し寝かしてあげたいと思った。

「・・・・・・・んん・・・。」

澪は目をぎゅっと一度つぶってからまたゆっくりと開いた。だんだんと、今度はさっきと違って、きちんと私を映しているように思える。そろそろ起きてくれるらしい。
瞳にしっかりと映り始める私自身を確認しながら、そっと、撫でていた手をどかした。
同時に、さっきまでは感じなかった淋しさを感じる。澪の目に今の私を映してほしくなかった。

「・・・・・・律ごめん・・・バイトだっけ?・・・。」

澪はようやく目をこすりながら体を起こした。

「・・・・・おう、でも道は覚えてるから。寝てていいぞ?」
「ううん、大丈夫。まだ時間ある?」
「昼からだから大丈夫だよ。」
「わかった。」

もう眠気は拭えたのだろう、澪はしっかりと立ちあがって洗面台へ向かう。
すっと、私を横切る時に風を感じた。座ったまま、私は澪の後姿を眺めていた。





今日もきっと熱帯夜だ。
バイトも終わって、もう夜の7時だというのに、日中の暑さを引きずって蒸し暑く、まだ日も沈み切っていない。

「りっちゃん隊員!お待たせ!」
「唯遅いぞ〜。」
「あはは、ちょっとめかし込んじゃって☆」
「・・・・寝ぐせあるんだけど。」

夏休みということもあり、繁華街には学生があふれていた。
安いチェーン店の居酒屋の前にはサークルと思われる団体が多く見られて、その中にちらほら会社帰りのおじさんたちが混じっている。

「・・・なおった?」
「違う、ここだよ。・・・夏休みだからってまた家でごろごろしてたんだろ。」

外に跳ねている茶色い毛をひょいと摘んで見せる。

「あ、これか・・・・えへへ、ばれちゃったか。」
「まあ、私もバイトがなかったらごろごろしてたな。」

今日の暑さを思い出す。一瞬、朝の情景も浮かんだけれどかき消した。
バイト中は吹き出る汗をどうやって処理するかばかり考えていた。まあ、最終的にはどうでもよくなったけど。

「あれ?そういえば澪ちゃんは?誘うって言ってなかった?」
「・・・今日は用事で来れないってさ。」

今日は唯と元々飲む予定で、金曜日に澪と遊ぶから、私が澪を誘うという話になっていた。
結果から言うと、私の告白して振られたという事実により、とても飲みに誘うなんて芸当は出来なかったのだ。
朝、澪との間に会話はあまりなかったけれど、結局駅まで送ってもらった。
今回の事で救いといえば、それである。澪が私への接し方を変えなかったことだ。全く変わらないといえば嘘だし、会話がないという意味では気まずかったが、あんなことを言った後だ。私を無視したり、避けたりしたっておかしくない。けれど澪はそういう態度は取らなかった。澪は今までの関係を望んでいるんだと思う。それが救い、それを今日何度自分に言い聞かせたのかもう分からなかった。

「えー澪ちゃん用事いつ終わるのかな?」
「どうだろ。誘ったのも急だったし忙しいんじゃない?」

私は頭の後ろに腕を組んで歩き始めた。

「とりあえず店入ろうぜ?」
「あ、うん。どうしよっか?」

繁華街をぶらりと歩いて、適当に店を選んでさっさと入った。肌にまとわりつくようなじめじめとした感覚は薄れ、冷房の利いた部屋と、飲み屋の独特のにおいが体を包む。
席について注文を済ます。今流行っている個室のある飲み屋ではあったが、私達が座ったのは無理やり個室を作った感が残る狭い席だった。

「いやー、大学生も意外といいねえ。」
「休みが長いのがいいよな。」

にこにこと話す唯を見ていると、ふっと力が抜けた。意識はしていなかったが、やっぱりいつもの精神状態という訳にはいかなかったようだ。


「あ、りっちゃんこないだのドラマみた?」
「見た!毎週見る気なかったのに惹きが上手くて結局まだ見ちゃってるんだよね〜・・」
「ふふふ・・・この間も同じこと言ってたよ?はまっていると素直に認めなさい!」
「う・・・悔しいけどもはや認めざるを得ない・・・。」

唯の、毒のない表情というか、性格というか。ほっとする感じ心地よい。片手に持ったグラスを傾ける。アルコールの進みも丁度良かった。
ほんのり顔が熱くなって、気持ちが少しゆるくなって、私は馬鹿な話を途切れさせることなく続けた。
内容がなくたって、話しているだけで楽しい。唯との会話には、そんなエンターテイメント的な楽しみがある。
そんなことを考えながらふと横を見ると、唯がこちらを見ていた。

「・・・どした?」

やけに真剣な顔で、眉間にしわを寄せて私を凝視している。

「・・・・・りっちゃん隊員・・・・・おでこにキレがありません。」

ぽすっと軽く右肩に手を置かれた。やけに作った顔の唯が、自信満々によく分からないことを言っている。

「・・・・はい?」
「だからおでこに・・・」
「いやいや、意味が分からないから!」

盛大につっこんだ。唯と居ると私はツッコミになれるらしい。

「えへへ。なんか元気がないなって思って・・・気のせいだった?」


・・・・・・天然だけど、
こういう時の唯は鋭くて少し困る。


「べ、別にいつも通り元気だぞ!っていうかデコで表現するな!」
「そっか。ごめんごめん。」

頭に手をやって笑う唯も、お酒でほんのり赤い。予想が外れたからか、ちょっと気まずそうにグラスの飲み物をちびりと飲んでいた。
でも、本当はそんなこと思う必要はない。唯の予想は大当たりだから。

「でね、りっちゃん。ごめんついでにもう一つ謝ることが・・・・!」
「へ?」

眉毛をはの字にして、唯がこっちを向いていた。唯が私に謝ることをするなんて、珍しい。



「・・・澪ちゃんにメールしちゃった☆」

持っていたグラスの氷がカランと音をたてた。私は動揺して体が揺れたらしい。
「な!?・・・・・・・何て?」
「用事いつまで?って。まだりっちゃんと飲んでるからおいでって。」

唯が鞄から携帯を出す。

「・・・何のことって言われちゃったけど・・・。」
「う・・・。」
「・・・澪ちゃんは誘ってなかったんだね。」

唯は申し訳なさそうに頬をかきながら言った。

「ケンカしたの?」

言葉に詰まる。唯の問いに素直に答えるならばノーだ。けれどケンカのあとみたいに気まずい状況という意味で、何があったか説明するよりは頷いたほうがいいかもしれない。

沈黙が少し長かったのか、答えに迷った私を助けるように唯が口を開いた。

「りっちゃん・・・ごめんね?」
「何で唯が謝ってんだよ。澪を誘ったって嘘ついた私が悪いんだって。」
「うーん・・・。」
「っていうか、唯は澪と久しぶりに飲める機会だったのに、なんかすまん!」

ぱちんと両手を合わせて見るが、唯は目の前のカシスオレンジのグラスを見つめていた。

「今日は元々りっちゃんと飲む約束だったから。」

気にしないでいいよ〜と私に向いて唯は笑った。

「何でケンカしちゃったの?」

答えに迷う。
度の答えが私にとって、澪、唯にとって良いものなのか分からない。
これが普通の恋愛話だったら、相談するとか愚痴るという点だけはとても簡単なのに。

澪の中で、昨日の事をなかったことにしたいかもしれない。迷惑はかけたくない。けれど唯なら、普通の相談では済まされない内容の話も聞いてくれる気がして、今ここで話をして自分が楽になりたい。

「・・・・ケンカは、してないよ。」

結局中途半端な答えになった。今度は私が申し訳ない顔をする番だった。
視線だけ上げると、こちらを向いた唯と目が合う。じっと、唯の眼には不思議な力が合って、思わず私も見つめ返してしまった。

「・・・・・うん。・・・じゃあ・・・押します!」
「は?」

高らかに唯は何かを宣言して、机の、私と唯の間に置いた携帯のボタンを押した。

「・・・何?」
「ここに澪ちゃんを召喚します。」
「何!?」
「今呼んじゃいました。」

その言葉を聞いて、目の前に転がっている唯の携帯を見ると、‘送信しました’の文字が浮かんでいた。

「大丈夫、今澪ちゃんムギちゃんと居るみたいだから、二人で来るって。」

・・・・来る?来るのか!?
っていうか澪空気よめええええええええ!!!
心の中の叫びはむなしく響くだけだった。目の前の唯はしてやったり顔だし、ムギもいるってどういう状況だよ。何でこんな気まずい日に、5月以来の軽音部全員集合を果たさなきゃならんのだ!今日ぐらいは許してくれてもいいじゃないか!!

・・・・・・唯・・・・本当恐ろしいぜ・・・・。


予想外の展開過ぎて、頭がぐるぐる回る。なんだかもう収集がつかない気がしてならなかった。
私が無言で携帯の画面を見つめていると、唯が口を開いた。

「前にね、和ちゃんとケンカしたとき、二人で口きかないで長引いちゃったんだ。」

えへへ、と頭を掻きながら、照れくさそうに唯は言った。
唯ありがとう。でも、意地を張って、澪と話せない訳じゃないんだ。
ここまで私を思ってくれているやつに、これ以上誤魔化したり嘘はつきたくなかった。

「・・・・唯。ごめん、本当にケンカじゃなくてさ。」

次の言葉を言う前に、軽く息を吸って吐いた。
なんか、ちょっと泣きそうだ。

「・・・・フラれたんだ。」
「へ?」
「・・・・澪に。」

言った瞬間、私の中ではじけるように、気まずいのと、恥ずかしいのと、言ってしまった罪悪感と、色々な感情が全部ごちゃごちゃになった。全部溶けて、絡んで、そんな感情は表情には上手く現れず、結局私は苦笑いをこぼす。

「・・・・・・りっちゃん、それって・・・。」

目の前の唯は、本当に驚いた表情だった。
でもそれだけで、嫌悪だとか、疑いだとか、そんな感情は全く見えなかった。

話せる相手が出来たという結果で心が軽くなった。しかし同時に、重い話を共有させた罪でまた痛んだ。

「ねえ!りっちゃん!それっていつの話!?」

瞳孔がきゅっとなって焦点が合ったと思ったら、がばりと唯が飛びついてきた。

「うえっ?き、昨日だよ?」
「昨日!?なんで!?なんで振られたの!?」

両肩を掴まれ、何故かがくがくと揺すられている。

「な、何でって、言われても。こ、こっちが聞きたいって・・・っ」

がくがく揺すられながら思う。・・・そう言えば、振られた理由とか聞いてない。
私の返事を聞いて、唯はようやく揺するのをやめてくれた。アルコールが入った体をシェイクするなんて・・・唯・・・末恐ろしいぜ・・・。

「・・・・。」
「・・・・・あの・・・・あれ?」

揺するのをやめたのはいいが、やたらこちらを見つめてくる唯。穴があくほど、とはこのことだと思えるくらいに。

結局その視線と、行き詰って参っている自身の心に負けて、私は唯に全部話すことにした。
唯は真剣に話を聞いてくれて、それが逆にちょっと恥ずかしくもあって、私はアルコールに逃げながら話した。

「・・・・・・って感じで、結局今朝まで一緒に居たんだよ。」

話終えると、唯は何か考えているようで少し眉間にしわを寄せていた。
何でだろう・・・唯はそう呟いた気がしたけど、私も疑問が浮かんできた。
「・・・・澪は、何を思ってたんだろ。」

思わず気持ちがこぼれてしまった。唯に聞いても分からない。でも、隠せなくて、あぶれてしまった。あの時、なんで私を朝まで引きとめたんだろう。

「ねえ、・・・・りっちゃん。」
「・・・・ん?」

今まで黙っていた唯が唐突に話し始めた。

「りっちゃんは、泣いたりしないの?」
「え?・・・・いや、泣くよ普通に。なんで?」
「なんか、今とかさ、苦しいなら泣いちゃっていいんだよ?」

そう言った唯は笑った。その笑顔が胸にじんわりと沁みる。そんなにかっこ悪い顔してたかな、なんて思いながらも、言葉が暖かかくて、嬉しかった。

「・・・・ガラじゃないだろ。」

苦笑いをする。
結局、泣く暇さえなかった。澪とずっと一緒にいたし、すぐにバイトで。そんな時にフラれたから泣きました!何て見せられない。
今は唯に話を聞いてもらって、実は幸せな状況かもしれないなんて思う。

「泣いてもいいんだよ、女の子だもん。」

唯は、本当にそっと、私の頭に手を置いた。
その手で、わしゃわしゃと頭を撫でられて、私はまた、じわりと温かさを感じる。
今まで、今日一日強がっていた緊張の糸が緩むのを感じる。どっと疲れが沸いて、気付いたら唯にしがみついていた。

「よ〜しよしよし。」

唯のせいで私の頭がぐしゃぐしゃだ。今まで我慢していた何かが溶けだす。その手が本当に温かい。

「・・・・犬扱いかよ。」

素直に甘えるのも恥ずかしくなって、私は少し悪態をつく。こんなことを言いながら、唯を抱いた腕の力は緩めなかった。

「えへへ、なんかりっちゃんって犬っぽいんだもん。」
「・・・それ、さっきの話のせいだろ。・・・・なんか、梓の気持ちが分かった気がする。」
「あはは。」

笑いながらも、唯は私の頭を撫でてくれた。


「・・・・でね、りっちゃん、さっきの話の続きなんだけど・・・・・澪ちゃんはさ・・・」

そう言ったところで、ガラリと個室の襖が開く。
店員にこんな恥ずかしい姿を見られた!?そう思い、ばっと体を剥がす。
注文なんてしたっけ?そう思って顔を上げると、

ムギと・・・・澪がそこに立っていた。

「あ、あれ・・・・?唯ちゃん、りっちゃん?」

声を発したのはムギで、次の瞬間には、澪は視界から消えていた。

「あ!澪ちゃん!」

唯が澪を呼ぶが、本人に聞こえたかどうかは分からない。そして、私は状況についていけず、混乱を起こしていた。そう言えば、ムギと澪が来ることになっていたような・・・

「りっちゃん!いますぐに澪ちゃんを追って!」

ムギの声にはっと我に返る。

「え?何で?」
「いいから!駅に着く前に早く!」

ぐいぐいと個室を追い出されて、でもムギの必死の訴えに逆らうわけにもいかない。
立ち尽くしていると、唯も必死に私の手を握って言った。

「り、りっちゃん、タイミング悪くてごめん!でも、お願い!澪ちゃんを捕まえて!!」
「お・・・・おう!」

なんだか分からないけど、二人の必死の訴えに気圧されて、私は走りだした。
狭い居酒屋なのに、個室を出た時点で加速する。吐きに行くのと勘違いされて、トイレに案内されそうになったり、酔っ払いに絡まれそうになったりしながらも、店の外へ出て、ネオンが輝く街を無視して私は駅の方向へ空気も読まずに全力疾走。
信号が赤になって急ブレーキ。同時にぶわっと汗が流れ、のどが焼けるように痛くなる。

「っは・・・はっ・・・・っ」

早くも息切れがして、呼吸は乱れ放題だった。

何で私は澪を追っているんだ。
・・・・何で澪は逃げたんだ?

車の信号が黄色になる。もうすぐ歩行者が青になる。
思考は中途半端なまま途切れてしまったが、私は再び走り出す。


(・・・・・いない。)

澪が出て行ってから殆どタイムロスは殆どなしで走ったのに、JRの改札が見えても、未だ後ろ姿すら見えなかった。ぐるぐると辺りを見回すがサラリーマンやOLばかり。そんなことをしている中、ふと駅の案内板が目に入る。

(・・・・もしかして地下鉄!?)

辺りを見回すと地下への入り口が3か所ほど目に入る。

(多いよ!!)

心の中で悪態をつきながら注意深く見ると、30Mほど先に見える地下鉄の入口に、一瞬だが、黒髪が階段を降りる影を捕えた。
澪かどうかの判別は出来なかったが賭けるしかない。
走った。
帰宅ラッシュの人ごみの中、人と人の隙間を狙って、小さな体を滑り込ませる。
鞄に引っ掛かりそうになりながらも斜めに腰をよじって進む。だいぶ迷惑なマナーのなっていない若者になりつつも腿を前へ押し出す。

階段を一段飛ばしで降りて、掴んだ。

「・・・・っ・・・っ・・・・」

腕を掴まれた澪は、私を見るなり驚いた表情をして、そして、顔を歪ませた。


・・・・・そんなの知ったこっちゃない。

「っ・・・・み・・・お・・・・・・っ・・・・・・・・・」

絞り出した声は、酸素を求める体によって阻害される。額で、背中で、すっと汗が流れるのを感じる。

「・・・・・・。」
「・・・・・・っ・・・・っ・・・。」
「・・・・・律、ちょっと来て!」
「!?」

ガクンと体が引かれて転びそうになる。
喉が焼けているし、もう動きたくないっていうのに澪は私が来た道を早足で引き返し始めた。

「ちょっ・・・・まっ・・・・っ」

私が澪を掴んでいたはずなのに、いつの間にか逆に私が掴まれて、ぐいぐいと引きずられるように階段を上る。
こんなに本気で走ったのなんて、高校の体育祭以来だって言うのに、澪は全く容赦がないスピードで階段を一段飛ばしで進む。





「っぜっ・・・・はあっ・・・・・」

結局駅近くの小さな公園まで引っ張られてきた。
ここに着くまで、運動不足気味だった私は文字通りに足ががくがくで、息が切れて、まともに話も出来やしないありさまだった。

「・・・・・き、鬼畜だ・・・・・。」

公園の蛇口からひねった生ぬるい水をがばがば飲んだ後に、ようやく捻り出せた文句がこれだった。

「あんな改札前のど真ん中でいつまでも止まれる訳ないだろう!?」
「・・・・・・。」

・・・・・・・言われてみれば・・・・・。
夢中で追いかけた側ですっかり考えていなかったが、多分はたから見たら何事!?と思えることをしでかしたと思う。

「・・・・・お酒ってこわいね!」
「誤魔化すな!」

反射的に腕を頭上に上げる。
でも、来ると思っていた衝撃はこなかった。

「・・・・・澪?」

澪はこぶしを握ってはいたが、私へ振りおろそうとはしていなかった。
私と視線が絡むと、ふっと逸らされて、どうしていいか分からなくなる。

「・・・・・・・何で、律は追っかけてきたんだ。」

俯いたままの澪から、絞り出したような、か細い声が私の耳に届いた。
きゅっと蛇口をひねって、だばだばと出しっぱなしだった水を止めた。
・・・皆に言われたから夢中で!なんて、軽く言える雰囲気ではなかった。きっかけはそうだけど、ここまで追いかけたのは聞きたいことがあったから。・・・・唯とムギは、私にチャンスをくれたんだと思う。

「・・・・澪は何で逃げたんだ?」
「・・・・・・。」

しばらく沈黙が降りた。少し奥まったこの公園には、駅の喧騒は遠くの世界の音になる。公園を囲むように植えられた木々が、私達を遮断しているようだった。
澪は何も答えない。言わないでいるというより、迷っていて言えないでいるという様子だった。

私は水道近くの花壇のブロック塀に腰を下ろす。分からないことだらけだ。

「・・・・ついでだから聞きたいんだけど。」

私とは違って、立ったままの澪を見上げる。

「澪はどうしたい?・・・・私との関係。」

一応笑って見せたけど、上手く出来ているか分からない。いや、絶対に口の端が引き攣っている。私の表情を見て、澪はぎゅっと眉を寄せていた。



「澪に決めてほしいんだ。今聞かないと、私がうやむやにしちゃいそうだし。・・・なんとなく、昨日からの態度でさ。今まで通りの友達で居られるっぽい雰囲気は感じてるんだけど・・・・いいのかなって。」

もう一度笑って見せたつもりだが、これも失敗だと思う。澪の顔は、曇るばかりだった。

「っ・・・・私こそ・・・・・っ!」

澪の言葉を遮る。何かを聞いたら、自分が保てなくなる気がして、私はしゃべり続けた。

「っていうかさ、今日はごめん。飲み、誘わなくて。」
「・・・・・。」
「ちょっと・・・昨日の今日で誘い辛かったんだ。」

また、澪の顔がゆがむ。駄目だ、どうしよう。
・・・・・止まらなくなった。

今日連絡を避けたのは澪を嫌いになったわけじゃない、とか、明日からは普通に接するから、とか。何に対してか分からない言い訳をし始めた。本当はそんなことを話したくはなかったのに、澪に嫌われたくないっていう思いが空回りを始めて、意思とは無関係に、私の口は動き続ける。
こんなの、逆に嫌がられるだけなのに。頭ではわかっているのに。
今度は私が澪から顔を逸らす番だった。口を動かし続けて、訳が分からなくなって。

ごめん、ごめん、ごめん。

心で何度も謝った。何に対してのごめんなのか、そんなことは分からない。許してほしかった。

「・・・・ごめん、澪・・・。」

格好悪い自分をさらして、本当に、何でこいつを追ってきたのか分からなくなる。
これじゃ、澪の罪悪感を煽るだけだ。


「・・・・・なんで律が謝る必要があるの?・・・・・・・・謝るのは、私だよ。」

私はずっと自分の影を見つめていた。俯いた、情けない私の頭が真っ黒のシミになって、地面に縫い付けられている。
けれど、街灯の光が遮断されて、私自身に影がもっと大きな黒で見えなくなった。澪が目の前に立ったからだった。

「私・・・・さっき律と唯が抱き合ってるのを見て・・・・・嫉妬したんだ。」

ゆっくりと顔を上げる。逆光になって見え辛いけれど、澪はやっぱり顔を歪めていた。

「・・・・・・律を取られて。悔しくて。だから、逃げたんだ。」


澪は、笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

「本当は昨日嬉しかったんだ。律が好きって言ってくれて。・・・・・・・だけど、私はそんなこと言えなかった。そんな関係ずっと続く訳ないから。一時上手くいっても、壊れたら今の位置まで戻せないかもしれない。・・・・・・恋愛ってそうだろ?」

・・・・・私は何も答えてやれない。

「だから、律の気持ちを利用して。私の側にずっと居てもらおうって・・・しばらくは、きっと律もほかの人と付き合うなんて考えないだろうし・・・・昨日みたいに、側にいてくれるかもしれないって。・・・・・・・・。」

――ごめんなさい。

澪は自分の腰のあたりある両手をぎゅっと握って、精一杯、私に謝った。
自分のことをずるいって責めていて、私よりぼろぼろに見えた。

・・・・・・澪は自分をずるいって、いうけど。
私から見たらそう見えるかもしれない。

でも、私と親友の関係を壊したくない澪にとっては、私がしたことは、やっぱり迷惑だと思う。そこまで、自分を責めてほしくない。そんなことを思って告白し訳じゃない。

「・・・・・友達がいいなら、そうするって。・・・・・・任せろよ!今まで通りじゃん。」

勤めて明るく言った。あまりにも澪の声が震えていて、泣いちゃうんじゃないかって心配になった。私自身の事は、今は我慢したい。できれば、澪の事を考えたかった。それが、私がここまで澪を追いかけた意味にも思えた。


「それがいいって思ってた。・・・・・・・でも、嫌だったんだ。」
「・・・え?」
「さっきみたいに、他の人と一緒にいる律なんて、やっぱり見たくない。」




「律・・・私、律の事が好きだ。」



ゆっくりと、音が響いたように感じた。
脳にそれが伝わってから、打たれたような衝撃が走る。
心臓がどくどく脈打っているのを感じて、頭がかっとなる。・・・・熱い。
壊れるんじゃないかってぐらいに胸が上下しているのを感じて、押さえつけるみたいに全身に力を入れた。

「・・・・・今・・・・なんて?」

ごくりと、一回唾を呑んだ。

「・・・・・も、もう一回言うけど、私の言ってる好きの意味は・・・」
「し、知ってるよ!だ、だから律の事本気で好きなんだって!」
「ま、待って!待って!澪、澪が?私の事を?・・・・」
「さっきからそう言ってるだろ!?」

き・・・・・キレられた・・・・・!!
自分も肩で息をしているが、澪も息が切れていた。

「・・・・律!聞け!」
「は、はいっ。」

澪に制されて、反射的に背筋が伸びる。

「私はお前と関係が壊れるのが嫌だったけど、他のやつと居るほうが嫌だったんだ!だから、お前と付き合いたい!!」






「・・・・・・おう。」


間抜けな返事だった。
一気にまくし立てられて呆然としている自分。それでも、じわりじわりと、こみ上げてきた。
澪との視線が絡む。辺りは暗くて、街灯の光も弱いのにもかかわらず、澪の顔が赤くなっていくのをしっかりと見ていた。その顔が私から逸らされたのも見ていた。今も、その横顔をこの目で見ている。
見ているけれど、私の脳は信じることができない。

「律を傷つけたくせに、今更かもしれないけど・・・・・。」

ぽつりと、さっきまでの勢いが消えた澪がつぶやいた。



「・・・・私は気持ち、変わってないぞ。」

私の前に立ち尽くす澪の左手を握った。私の手は小さくて、澪の手を包むことはできないけど、精一杯、優しく握った。


「・・・私、澪に告白したときには何にも思ってなかった。」
「え?」
「いやさ・・・・言っちゃいけない気持ちだったってことは自覚してて、でも、このまま何もしないでずっと澪と今まで通り一緒に居るなんて我慢できなくて。んで、振られてもいいから気持ちだけは言うぞ!ってなって。」

繋いだ手をぶんぶんと振りながら解説をした。

「でも、澪に断られて、澪の態度見てて、自分の気持ちの整理だけ付けたってしょうがないって・・・・・。」

揺らしていた手を止めて、澪を見上げる。

「やっぱ、やってみなくちゃ何も分からなかった。」
「やってみる・・・?」

相手とぶつかってみないと分からない。
自分が必死で予想したって、相手の気持ちなんて分からない。
今だって。一時間前は、いや、十分前だって想像すらできていない。

「あ、・・・・やってみるって、ヘンな意味じゃないよ。」

真面目な話が恥ずかしくなって、結局おどけて誤魔化す私。

「・・・・今の場面でそんなこと考えるか!」

ごつん、と。案の定頭に拳骨が落ちた。
さっきは殴らなかったくせに・・・・・でも、これがいいんじゃないかって思う。
頭をさすりながら、もう一度、しっかりと澪を見上げた。


「・・・・まあ、私はヘンな気持ちが沸き上がるほど澪ちゅわんに惚れてるからな。」
「っ!?」

にやにやしながら話を続ける。多分、私はエロ親父か何かで例えられる表情だ。

「・・・・だから、こんなんでいいんじゃないかな。あんまり変わらないかもしれないけど、今までより二人でいる時間を増やそうよ。付き合ってるっぽいことしてみて、澪が不安になる様なことがあれば辞めればいいんだ。今みたいに私を殴ってくれりゃいいんだよ。」

出来るだけ軽くなるように。頬を掻きながら言ってみた。

「・・・・・そんなこと・・・・できるのか?」

不安そうに澪が言う。私は自信満々に答えてやる。

「いや、わからん。」
「・・・・おい。」
「だから、やってみなきゃわからん。だってさ、私。告白してOKもらえるなんて思ってなかったしな。今の状況が未だに信じられない位だ。」

にやり、と笑うと、澪は恥ずかしくなったのか顔を逸らした。首のところまで、少し赤い。
でも、私も結構恥ずかしい。
澪と繋いでいる右手がやけに熱くて、掌に汗を感じる。これは私のものなのか、澪のものなのかは分からない。
しばらくしても、澪は黙って視線を逸らせたままだった。きっと、恥ずかしくて動けないでいるんだろう。

「・・・澪はじらしの天才だしな・・・・私が上手くやっていけるか心配だぜ。」
「なっ・・・!?」

溜息混じりに言うと、びくりと澪が反応する。してやったりだった。

「まさかの一日お預けだぜ?Mに見えて実はドSっ・・・・・いってええ!」
「馬鹿律!馬鹿律!!」

何かのスイッチが入ったかのように暴れ始める澪に袋叩きになり、これ以上のダメージは回避したいと、ガードの為に両腕を上げた。
けれど、防御態勢を整えた途端に澪の攻撃が嘘のようにやんだ。
防衛の為にぎゅっと瞑っていた両目を、ゆっくりと開いてみる。
瞬間。脇から背中に、がばっと腕が回された。


「・・・律・・・。」

澪に私は抱きつかれていた。
右頬に当たる少し冷たい感触は澪の右の耳だった。



「・・・・・・ごめん。・・・・好き。」

かっと顔が熱くなる。
頭から、足の先まで、全部熱い。走った汗が引いて物理的に体温は下がるはずなのに。

「・・・・・うん。」

私はそれしか返事が出来なくて、腕を澪の背中に回すことでしか答えられなかった。




多分・・。
・・・・・・きっと、この幸せな時間が続くなんて無理だけど。
気持ちを誤魔化したままなんて、そんなことしないで。ちゃんと向きあえて、私は良かったと思ってる。
成功しても、失敗しても、自分で進まないと後悔しか残らないと思うから。



両腕から、澪の重みを感じる。
ゆっくり、背中に回していた右手を頭に添えて、唯がしてくれたみたいに撫でた。
ここの公園は奥まっていて、駅の喧騒はまるで別世界の音に聞こえる。
澪は大人しく頭を撫でられている。さっきの私がそうだったように。

そして、ふと疑問が浮かぶ。そう言えば、唯と私が抱き合ったとかなんとか。澪が誤解したような発言をしていた気がする。

・・・・・あれ?待て。それがきっかけっぽいこと言ってなかったか!?

背筋がぞわりと逆立つ。

・・・・・・・私また殴られるかもしれない。

ゆっくりと、右手を滑らせて、それでもいいか、なんて。私はそんなことを思っていた。

こうやって、進んだり戻ったりして、またぶつかって、
私達はこれからも一緒に時間を過ごしていくのかもしれない。



END

このページへのコメント


この切なさでハッピーエンドまでもっていった貴方は素晴らしい。

0
Posted by 律澪主義 2010年07月04日(日) 22:09:11 返信

二人の今後が読みたいです。
あと、居酒屋に残っている唯とムギの話も読みたい!

0
Posted by 直太朗 2010年02月05日(金) 19:56:32 返信

ハッピーエンドなのに切ない・・・。
でも、面白かった。乙です

0
Posted by かかす 2010年01月25日(月) 23:36:37 返信

切なかったけど、よかった!
続編希望!後日談でもいいので^^

0
Posted by 鏡ちゃん 2010年01月24日(日) 21:32:45 返信

切なかったけど、よかった!
続編希望!後日談でもいいので^^

0
Posted by 鏡ちゃん 2010年01月24日(日) 21:32:45 返信

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