3ヒロイン キスエロシチュ【花も嵐も…】

108 【花も嵐も…】プロローグ sage 2008/12/16(火) 14:37:16 ID:Btv0fJOu
まあまあ。
カナちゃんは自分も好きだし、正ヒロインだと思ってるんで。

えー、いつの間にやらシリーズ化してた3ヒロイン+@キスエロSS、最終話をお送りしたいと思います。
書き終わってみれば 副題「幸せ家族計画」とでもいうべき作品に仕上がってしまいました。
なぜだ。最初は「3ヒロイン+@ごとに 同じテーマでちょっぴりエロス」で考えたのに。全然エロくない、エロパロに落としていいのかすらわからない。
むしろ「LOVE&PEASE」。砂吐く用の桶用意した方が良い位ですが、これで完結です。


109 【花も嵐も…】つらら sage 2008/12/16(火) 14:38:15 ID:Btv0fJOu


夜半過ぎ。いつものように部屋でいくつかの懸案を片付けていたリクオの耳に、遠慮がちな誰何の声が掛かる。

「…リクオ様、起きておられますか…?」

側近として己に仕えて久しい彼女の声に「起きているよ」と何の気なしに応えた。

「…あの、お部屋に入ってもよろしいでしょうか…?」

? いつになく遠慮がちな声に訝りを覚えたが「いいよ」と応えた。今夜はもう遅いし、そろそろ寝るつもりであったのだ。
こんな時間にわざわざ訪ねるとは、何かあったのだろうか?

扉の外の気配には色濃い逡巡が漂っていたが、ややあって「失礼します」と言って入ってきた。

「どうしたのさ、つらら。こんな時間に」

訪問者である雪女の名を呼び招き入れる。時間にふさわしく夜着一枚の姿だ。
白い単衣にしどけなくかかる黒髪がえもいえぬ色香を漂わせ、覚えず胸が波立った。
その感慨にあえて目をそらしつつ、雪女の言葉を待った。


「……リクオ様、私の一世一代のお願いがあってまいりました。
――――どうか、このつららにお情けをくださいませ」


一度は目をそらした感慨が、抗いがたい衝動となって全身を襲った。


「つらら…それは…」

「――お慕い申し上げております、リクオ様」


気付かなかったといえば嘘になる。
ずっと、己を見つめる彼女の視線が、静かに燃えていたことに。
それを今はっきりと告げられ、眼差し一つで追い詰められていた。

気づいていたからこそ、彼女に迂闊に触れることを戒めていた。
触れてしまえば、手放すことなど出来なくなってしまうから。
脳裏で揺れる逡巡に、一瞬瞑目する。目を見開いた時には覚悟を決めていた。





「私では…だめですか…?若、リクオ様…
私では若の女になれ…(そっと口を塞がれる)」

「それ以上、言わなくていい。
つらら、今夜お前を抱く。ボクの…いや、オレの女になれ」

「……はい…」






口元から頬、首、胸元と、少しずつ唇で辿っていく。
闇に浮かぶ肌の白さはまぶしいほどで、まさに降り積もったばかりの新雪のよう。
雪のように柔らかい肌は、けれど確かな弾力をもってこちらに返ってくる。むしろ甘いマシュマロのような感触だ。
傷つけぬようそっと、しかし熱心に辿り着いた形良い胸をねぶる。

「ひゃ、ぁん …は、あぁっ!」

とたん耳触りのいい嬌声が上がる。

「わ、か…!ああ、若ぁっ!」

思わずといった風に上げられた呼称に、少しばかり苦笑を返す。

「お前な、いくら慣れないからといって、そろそろ『若』はよせ」

からかい交じりにそう言うと。

「あ…。失礼、致しました。三代目」

恥じ入る様で目礼した。

こんな時だというのに、妙に折り目正しい姿にも苦笑が漏れ、唇を塞いだ。
そのまま舌を絡みつかせてやると、びくりと震えたものの、やがてうっとりとした様子でゆるんだ腕を首の後ろに回してやった。


声ならぬ声で呟く。
おまえ、おかしい。こんなに、どこもかしこも甘いなんて、あるわけないのに。
息が少しずつ荒くなっていく。心臓が熱い。目が眩む。
このまま熱く重なり合って、二人とも溶けてしまえとばかりに白い体をかき抱いた。









「…リクオ様…」
「なに?」
「もう、どこにも行きませんよね」
「何言って…ボクがどこに行くって言うんだ?」
「そう…ですね。でも、不安で…。
リクオ様はちゃんとここにいらっしゃるのに、お心はいつも遠くて、私にはわからないことばかりで、ずっと…。
私にリクオ様の全てを教えていただくなど出来ないことは、わかっています。
ですが、どうか離れていかないでください。ずっとお側に置いてください。
私にはそれが、一番の望みなんです」

隣に身を横たえて。
涙を湛えた濡れた瞳のまま、そう切ないほど一途に訴えるつららに胸が痛んだ。

「うん。ボクにとってもつららは必要で、大切な人なんだ。失いたくないし、置いて行ったりなんかしないよ」

そう言って抱きしめると、胸のあたりに顔を寄せたつららの涙で胸が濡れた。
ひんやりした水気を確かめながら、自分の心の中もひたひたと水のようなものに浸されていく感覚を感じていた。



111 【花も嵐も…】カナ sage 2008/12/16(火) 14:39:57 ID:Btv0fJOu


月のきれいな夜だった。

「こんばんは。カナちゃん」

窓辺に座ったその人は、ふわりと笑ってそう言った。

月光に照らされたその人を見ながら、この人にはやはり夜が似合うな、と思った。
頭の隅に、今夜だけは少しまずかったかもしれない、という思いをちらつかせながら。



「…こんばんわ」

いつもなら、やれやれと言わんばかりの様子で、それでも迎え入れてくれる彼女の笑顔が少しぎこちなく感じた。
おまけに、こちらが近づこうとするとさりげなさを装って離れ、目を合わせようとしない。
ふと、階下の気配に気づいて問うと。

「今夜は、両親が泊まりがけでいないの」

なんともいえぬ沈黙の中、背を向けた彼女の姿を凝視していた。



「…なんてねっ。あ、今日はうちにもいいお酒があるんだよ。好きなんでしょ?お父さんがこないだ出張先から買ってきたんだ。
未成年だしあんまり良くないんだろうけど、まあちょっとくらいはいいよね?熱燗にする?それともお冷?」

不自然なほど明るく振る舞う彼女にひそりと笑みが零れた。
だがそれは、いつも彼女に向ける微笑みとは違う。

「あの…?」

わかっている。彼女が言わんとしていることは。
このまま彼女の提案に乗れば、いつも通りの朝を迎えられる。変わらない二人でいられる。
それでも伸ばした腕は止まらなかった。


背後から彼女の体をすっぽりと抱き込んだ。そのまま彼女の肩に顔を埋める。

「あ、あの…。ちょっと、これじゃ、動けないんだけど…」

まだ、彼女はこちらに話しかけている。きっと怖いだろうに、いつもの調子で。
でも触れた個所から、彼女の体が震えているのがよくわかった。

するり、と肩をはだけ、肩にゆるく歯を立てた。痛みはないだろうが、ビクンと跳ねた。

「や、…ちょ、まってっ …リクオ君…!」

この姿で彼女に会ってからずいぶんたつような気がするのに、初めてこの姿で彼女に名前を呼ばれた気がした。

「…怖い?」

「え…」

「オレのこと、怖い?」

卑怯だ。自分は。
でもこれが最後のラインだ。彼女に嫌われたら、自分はもう、ここには来れない。





「怖く、ないよ。
そりゃ、妖怪の事はホントは怖いし、よくわかんない。けど、あなたのことは怖くない。最初に会ったときから、ずっと…」

それはたぶん、初めて変化した夜のこと。
思えばその時すでに、彼女は自分にとって失うなど考えられないほど大切だったのだ。
人を捨てても、日の光のもとにいられなくなっても、仲間を巻き込んでも、エゴだと分かっていても失くしたくなかった。

「…でも、怖い。
あなたじゃなくて、私が怖い。怖いよ…」

見上げる目には涙が滲んでいる。
怖い、というのはどういう意味だろう。

未知の行いにか、変わってしまう関係にか、訪れる未来にか。



ずっと昔。幼い頃は、互いの毛色が違うことにも気づかずにころころころころ
小犬みたいに転げまわって、そんな日が続いていくと当たり前のように信じていた。

あの日、互いの住む世界が違ったのだと知るまでは。

夢の終わりは とてもあっけなかった。







目覚めてすぐはいつもの夢だと思った。…そうだと思いたかった。
もう見慣れてしまった部屋のレイアウト。彼女の部屋の中で目覚めたのは初めてだった。


夜(アレ)は自分だ。間違いなく自分なのだ。
日頃自分を律する理性というものに縛られない、故に心のあるがままに望むところをなす自分だ。
だからこそ。


不意に部屋が明るくなる。夜が明けたのだ。
窓辺から差し込む光が、彼女の裸の肩に届き、赤い痕の散る肌を照らした。
その様が寒そうに見えて、肩に触れようとして、やめた。

日の光の中で安らかに眠る彼女。
日影の中で独りうずくまる自分。

それは丁度、今の自分たちそのものではないか。


彼女に触れようと手を伸ばすことは、彼女をも影さしてしまうことだと思い知った。


そっと掛布を掛けてやり、部屋を後にした。
日の光の中では、闇の中のようには動けない。
家に着くまでに、頭を冷やす時間だけはたっぷりあるはずだった。



113 【花も嵐も…】ゆら sage 2008/12/16(火) 14:41:31 ID:Btv0fJOu


「…で、結局両方に手を出してしまい、どうしたものか悩んでいる、と?」

目の前で深く項垂れる男の額で、白いお札がひらりとひるがえる。
場面にそぐわぬシュールな光景だ。


相手の正体を知り、勝負を挑んで、そして敗れて。
生涯秘めておくつもりでいた想いまでも見抜かれて、若気のなんとやらで肌を交わすまでとなった。

戯れに生かしておく気かと、事あるごとに仕掛けてもことごとくかわされ、もはや意地となっていたところに、昨夜不意にありえない隙を見せた。
初白星に喜ぶよりも怪訝に思い、理由を尋ねたところ、返ってきたのが件の話。


「とりあえず、一言言わせてもらってええか?」
「一言ですむの?」
「言おうと思ったら一晩中でも言えるんやけどな、今一番言いたいんはこれだけや。
―――この、ど阿呆」
まんまとドツボに嵌りよってからに。

この内なる声まで聞こえたのか、更にへこんだ顔でがっくり首を垂れる。
だから…いいかげん額の札は取れや。素手で触っても平気なくせに。


その身に流れる4分の3の人の血ゆえか、この男には退魔の術が効きづらい。物理攻撃ならば話は別なのだろうが。
とはいえ、まったく効果のないわけでもないようで、札を貼ったとたん、ポンと変化が解けてしまっていた。
まあ、自分ではがせばすむことだろうが、そんなことには頭が回らないほど、今はいっぱいいっぱいらしい。

そういえば、この男は普段は明るく前向きなくせ、一度落ち込むとかなりひきずる性質らしい。
それも傍から見てもわかるほどどんより落ち込むので見ていられないのだとか。
10年来の付き合いの幼馴染の台詞だ、本人以上によくわかっている。
もっとも、この男をここまで落ち込ませるほどふりまわせる者こそ、その幼馴染の少女に他ならないのだが。


実のところ、この男の立場と責任を考えれば、どちらを選ぶべきかなどわかりきっている。
一度はそう結論を出したからこそ、自分の側近たる彼女に手を出したのだろう。
それでも結局、その幼馴染の少女とも関係を持ったのは、自分でもどうにもならない情ゆえか。


まあ、気持ちはわからないでもない。
家長カナ、という少女は、なぜかさりげなくそこにいる。
けっして派手な存在感で周囲に知らしめるということはない。けれど、ふと目を引かれて見入ってしまうやさしい風情を持っている。

例えるなら、野辺に咲いた一輪の白い花。
花屋の花のようにそれ単体で個性を放つということはない、どちらかといえば地味な花だ。
それでも、ぽかぽかとした日の光のもと、心地よいそよ風の中で見つけた野の花には、何年たっても忘れられない感慨をもたらされるものだ。
自分が知るだけでも結構な数の男たちに告白されているようだが、彼らが惹かれたのも容姿だけではないだろう。

そして目の前のこの男もまた、そんな彼女に魅せられた一人だったわけだ。
まるで掌(たなごころ)に日の光を受けて慈しむように、彼女を大切にしていたのはよく知っている。
立場は違えど、同じ闇の世界に生きるものとして、その気持ちはよくわかるのだ。
この世界は暗くて、とても寒いところだから。





さて、どちらも手放せないとなればどうすればいいものか。
妖怪である雪女を正妻とし、家長カナをいわゆる愛人という立場として扱うか。
これならば、普通の人間である彼女は矢面には立たなくてすむ。妖怪の正妻を娶れば、組のものもさほど反発はしないだろう。
だがこれには致命的な問題がある。
雪女こと及川つららと家長カナはなぜか昔から異様に仲が悪いのだ。
そのようなことをすれば、正妻の立場を得た雪女が黙っていまい。


では逆に、反発を覚悟で家長カナを正妻とするか。
無謀である。3代続けて人間を娶るなど、組のものとて黙っていないだろう。
まして何の力もない人間となれば、くみし易しと見て群がる有象無象とて多かろう。
その重圧に耐えられるとは限らない。むしろ潰される可能性大である。
そも今の奴良組には弱体化の兆しありとして、色気を出す輩が引きも切らぬのだ。
組内部とて造反の危険を常に抱えている。内も外も非常に危うい状態だ。
そんな中に愛しいものを置いておくなどできるわけがない。己の明日も保障できぬというのに。


いっそものわかりよく、どこからも文句のでない正妻を迎え、二人共を愛人にでもした方がよさそうな気もするが…
そんな女をどこから調達するかである。
傘下の者から迎えても、外部からでも、今の均衡を崩すことになりかねない。


なぜこんな内部事情を知っているかといえば、枕語りに聞いていたからである。
無論機密に関わることなど言わないが、これまで近くにいて何かと関わることも多く、結果的に助勢したこともある。その返礼らしい。


肌を合わせる仲とは言っても、狎れ合っているわけではない。いざという時は躊躇わず必殺の術を繰り出す覚悟だ。
恐らくそれは向こうも同じだろう。
どんなに人間に好意を抱いても、この男は妖怪の主である。いずれ退魔の者との衝突は避けられまい。
その時に相対するのは己でありたいのだ。他の者の手で斃されるなど考えたくもない。この手で息の根を止め、そうして後を追いたい。
これだけは他の女子には譲れない、己の女としての矜持だ。
もっともいまだ未熟者の身である、目下修行中だ。



つらつらとそんなことを考えていた内に、ふとある案が浮かんだ。
それはどの案よりも猛反発を食らいそうな代物だが、うまくいけば問題解決につながるかも知れない。


いいかげん目に余る札を取ってやるついでに、そっと頭を引き寄せ、口付けてやった。
ようやく顔を上げた彼の口を割り舌を差し込む、ねっとりと互いの舌を絡ませ、唾液をすすり、淫靡な音を立てて飲み込んでやった。
互いの間で糸を引くほど近くに顔を寄せたまま、耳元でささやいた。



「なあ、ひとつ思いついたんやけど…」









数日後、奴良組と花開院家に激震が走った。

奴良リクオと花開院ゆらが、突然婚約を発表したからだ。






「やっと終わったか…まったく長かったわ…」

婚約の事実を知った周囲の反発は凄まじかった。
奴良組内では連日の緊急総会。無論満場一致で猛反対である。
中には「リクオを殺して俺も死ぬーー!!!!」とダンビラ引き抜いた者もいたらしいが、興奮しすぎて吐血し、担ぎ出されたそうだ。
特に自分が姿を見せた時は、一斉に射殺しそうな形相で睨みつけてきた。
…やれやれ、予想の範疇とはいえ、例え10分の1程度の反発であっても、こんな中に彼女など連れてこなくて正解である。

もっとも、先の総大将であり、奴良組の創始者であるぬらりひょんの発言によって事態は収束した。
こちらを見るなり「なんじゃ、あんときのおじょうさんかい。いやいや、あんたがリクオの嫁になってくれるとはありがたい。リクオともども今度ともよろしくな」
という鶴の一声で一応その場は治まった。

ちなみに花開院家からは事態を知った後、即日勘当された。なので今は身一つである。
今にして思えば、自分がこの町に寄越されたのも、自分を常に煙たがっていた兄弟子たちの思惑があったためかも知れないが、
今となってはどうでもいいことだ。


どうせどこからも反発を食らわないですむ方法などないのだから、いっそどんなことが起きても対処できるようにしておいた方が良い。
その観点から考えた上での結論である。
火事場泥棒のようなやり方と言われても反論できないし、自分の中の女心とやらが疼かなかったかと言われれば嘘になる。
いずれ彼が滅ぼされる時が来たならばせめてこの手で、とまで思っていたが、その時には諸共に滅びるも悪くない。

リクオは人間社会へも長らく在籍しており、縁のある人間も多い。
彼らの存在はリクオにとって弱点となりかねないが、そも妖怪の組である以上、リクオ個人による人間への肩入れは難しい。
だからこそ、自分が代わりに守るのだ。
幸いといってはなんだが、リクオと自分が友と思う人間は同じ者たちだ。自分が転校してきて以来、ずっと仲間として付き合ってきた相手である。
守るに何の疑問があろう。

甘いと言われようが、自分だって大切な者を失いたくなどないのだ。
先の総大将たるぬらりひょんも言っていたことである。「生きることを楽しめ」と。
自分たちにとっての「楽しい」生き方とは、大切な者とともに生きる平和な暮らしそのものだ。
守るために、失わないために、今はこうしたいのだ。皆にもいずれわかってほしいものだ。



ひとまず組の中は落ち着いたが、他にも色々と話を通しておかなければならない相手が何人かいた。

まず、今回の話の発端となった家長カナである。
聡い割に、妙に思い込みやすく先走るところのある彼女は、案の定。
「ええ!?そうだったの二人とも!?私…ごめんなさいぃぃっ!!!」と言うなり脱兎の勢いで逃げを打ち、
二人がかりでなだめて事情を納得してもらうのは骨が折れた。ここで肝心要の彼女に逃げられてはとんだ茶番である。

さらに、今は今とて別の問題もある。
とりあえず、昼食の時間だということで目の前にはお膳が置かれているが、明らかに湯気ではなく冷気によって白い煙が上がっている。
これは冷えるどころか、口に入れたら舌ごと凍りつきそうである。

とはいえ、見くびってもらっても困る。
さっと空中に「温」の字を書き印を結べば、たちまちお膳からはほかほかとした湯気が立つ。

式神は勘当された際、実家にすべて置いてきており、
婚約に際し「今後一切、奴良組の者に対して退魔の法を使わぬこと」という念書を書くことで奴良組本家での寝起きを許された。
破れば即死の誓言である。

だが、生来の霊力そのものには変わりはないし、物心つく前から鍛えた術にも衰えはない。
ちなみに、「温(オン)」は「怨(オン)」にも通じる。
他者を呪うものは、畢竟(ひっきょう)自身も呪われるのだ。
遠くでガシャーンという何かを取り落として壊す音が聞こえた。ま、せいぜい人肌程度だ。ささやかな意趣返しである。





「ごめんね。遅くなって」

会議からようやく解放されたリクオが顔を出した。

「謝らんでええけどな。疲れたろ?はよ座りや」

けれどリクオは座布団には座らず、なぜかウチの後ろに座り、ぽすんと肩に頭をつけた。
寄りかかったままの体勢でつぶやく。

「今さらだけど…ここで「ごめん」とかいったら、やっぱり怒るんだよね」
「あたりまえや」
「ここで言うのもなんだし、こうなるまで実は言わないでおこうと思ってたんだけどね」
「なんや」

「ボクは好きだと思った人でなかったら手なんて出さないからね」


それは…




振り向いた先にある、いずれ夫となる男(ひと)の手をにぎりしめながら思った。

たとえ、人の身で終生悪鬼羅刹の道を歩くことになろうとも、
この手を取ったことは決して後悔しないだろうと。



117 【花も嵐も…】最終話 sage 2008/12/16(火) 14:44:57 ID:Btv0fJOu

「…とまあ、このような経緯があってな」
「へえー、そうだったんだ。あの二人がねえ…」

うららかな小春日和の昼下がり。
いつものように人間に変化したまま、ゆったりしたワンピース姿の彼女との逢瀬を楽しんでいた。


先だって持ち上がった婚約話によって、奴良組に起こった上を下への大騒ぎもようやく治まった。
皆ぎこちないながらも徐々に普段通りの生活に戻りつつあるが、いくつかの波紋を残したのは致し方ない。
まず雪女が最近非常に不機嫌である。迂闊に近寄ると氷漬けにされそうなので皆距離を置いている。
悶着の結果リクオ様の婚約者として本家内に納まった元陰陽少女は、
しかし前総大将と、台所及び奴良組の影の権力者である若菜様には大変受けがいい。なので誰も文句など言えない。

本来このような内部事情を外部の者に明かすなど以ての外だが、彼女もまた、近く関係者となるのだ。
また彼女からも、リクオ様に関わる少女たちの学校での人間模様などを教えてもらっている。
これまで興味もなかったが、子供の集まりとばかり思っていた学校でも様々な思惑が交わされているものだ。

そういえばリクオ様の婚約話が持ち上がった日、酒には大変弱い筈の首無がなぜか一晩飲み明かしたらしい。
どうやら本家内にも己の知らぬ間に様々な思惑事情があったようだ。
心配した毛倡妓が明け方まで付き合ってやったということである。あ奴もいい女だ。


「ところで上着も着ないで寒くはないか?体の調子はどうなのだ?」
「大丈夫、最近前より体調いいくらいなんだから。
あ!そうだ。最近お腹の中で蹴るのがわかるようになったんだよ!」
「そうなのか!?」
驚きに目を見張り、そっと彼女のいまだなだらかな腹に手を当てる。

まあ、つまりはそういうことである。

リクオ様のお側にいるうちに彼女とも関わりを重ね、いつしか二人で逢うようになった。
初めて己の正体を明かした時は、あまり驚かれなかった。薄々勘づいていたのかもしれない。
やがて彼女に子ができた事を打ち明けられた時、自分でも不思議なほど「守らねば」と強く思ったのだ。
たとえこれが不始末とされて本家を追い出されても、指を詰めて特攻隊長の地位を追われても、彼女と子を手放すことなどできないと。

幸い、といってはリクオ様に対して失礼なのだが、このことを本家で報告しようとした矢先の婚約話であり、
それが受け入れられた結果、こちらの事など今更とばかりに誰も取り合わなかった。
せいぜい青田坊が「お主いつの間に!若い娘とよろしくやりおって!!」と僻んだくらいだ。お主なんぞ人間の小僧にもてまくっとるくせに。


すでに身重となった彼女に余計な負担を掛けずにすんだのは良かったが、問題はまだあった。
まず、この身が妖怪である以上、人間の戸籍などない。
しかし人間の親にとっては、娘の相手がそのようないかがわしい者であることは殊の外問題との事。
その為に人間社会でも通用する身分と戸籍をわざわざ用意しなければ、彼女との婚姻は許されないらしい。
正直面倒だが、彼女につらい思いをさせる訳にもいかない。

奴良組は通貨を得る必要性から、人間相手に商売等をして収入を得ているため、社会的には法人扱いとなっている。
とりあえず自分はそのような所に勤めるサラリーマンという設定になるらしい。


また大きな問題として、彼女の友人がいる。
彼女との交際、更には妊娠の事実を知った時は怒涛の勢いで詰め寄られた。
彼女からなだめられてどうにか落ち着いたが「もしも夏実を泣かせやがったら、貴様、殺す!!!」と燃え滾る眼で睨まれた時は、
不覚ながら冷や汗を覚えた。ただの人間の娘のはずだというのに。
しかしながら、それだけ彼女を大切にしているということだ。
だからこちらも精一杯の誠意として応えた。「自分にできることであれば、どんなことがあっても守る」と。







そっと彼女の負担にならぬよう抱きよせ、口付けを求めた。
それは彼女への愛しさの表れでもあるが、同時に己の子を宿した彼女の負担を少しでも除くよう、生気を彼女に分けるためでもある。
…だが、さらに口には出さぬ思惑もある。

こうして己の妖気をも少しずつ与えることで、彼女をも妖怪にしてしまえないだろうか、と。
牛鬼様の例もある、人間が妖怪へと化生することはありうるのだ。
彼女が人間である以上、いずれ100年もしないうちに別れることとなってしまう。
無論、人間同士であっても妖怪同士であっても、いつまでも共にいられる保障などないものだが、少しでも愛しい者と長く共にありたいという強い願いは、
妄執に近く、この胸を焦がす。
この密かな思惑を知ってか知らずか、彼女は口付けに嬉しげに応えてくれた。


ふいに
ぽこん、という震動が手の平から伝わってきた。
「もしや…今のか?」
ふるえる声で問えば、はたして誇らしげに輝く笑み。


「ね、この子の名前。考えてくれた?」
「ああ、もちろん。そなたと同じく夏に生まれるのだから、“夏緒”と」
「わあ、いい名前ね」



男でも、女でも、

初めて出会ったあの夏の日に結んだ絆をはぐくんで生まれる玉の緒だ。



Fin


大変長い駄文を投下して申し訳ありませんでした。
読んでくださった皆さん。砂吐く準備はOKですか?

リクつら派の人すいません。このCPは鉄壁すぎて余人を絡ませられないです。
首ゆら派の人もすいません。毛倡妓姐さんが慰めてくれます。

ゆらが男前です。むしろ漢です。そしてリクオはへたれです。
特にカナちゃんに対してはダンナが二人いるかのような溺愛っぷりです。

ちなみに時系列は2年後、リクオたちは中学3年生の設定です。夏実ちゃんは16歳になると同時に出産する予定。
超長駄文ですが、ここまで読んでくださってありがとうございました。お疲れ様です。
…次はもっとエロエロなものが書きたい…



2009年01月10日(土) 20:52:18 Modified by ID:1qcLIZH20g




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