「青信号の犬」35〜

初出スレ:第四章35〜

属性:原作沿いルート 鬱的展開 自慰

 女は北へ行くという。なら俺は南に行こう、と捕虜は自分の故郷とは正反対の方向である南へ発った。
なれない土地や気候や風景は面白いもので、暇にまかせてぽつりぽつりと南下した。
いままでそうしていたように乗合馬車に乗る。出稼ぎのもの、故郷へ帰るもの、旅行のもの、様々な人間が狭い荷台に納まっている。
ある村で新しく乗ってきた男からパンを買った。元捕虜と同郷だと男は言った。
無くなったと思っていた懐かしい味に表情筋を盛大に緩めながら頬張る。
まずい。だが、懐かしい。どうして自分の田舎は料理が不味いんだろう。
いかにも調子の良さそうな男は訊いてもいないのにペラペラとよく喋った。
「ねえ、知ってます?」
「、なにを?」
呆けた様子の元捕虜に男はしたり顔でにやーっと笑った。
「いやね、ウワサではあるんですけどークーデターが起こるらしいんですよ。
今オウサマがごびょーきってハナシききました?なんの病気だかは知んねーで
すけど倒れたらしいんですよね。毒盛られたりしてーあはは」
「へえ、困ったな」
話に乗り出した元捕虜に男は「これサービス!!」とりんごを押し付けた。立て板に水、と言うようにそのりんごについても並べ立てる。元捕虜は我慢なら無い、というように男を即した。
「あ、興味しんしーん?んで、おれ本当にクーデター起こるのか確かめに行っ
ちゃおうかなって!うっひょい!オウサマ世継が無いから大臣が王になるのか
な」
「そうだな、そうなるな。…俺も行こうかな」
軽い物言いの男とは正反対に元捕虜は眉間に皺を刻み呟く。
大臣ならば例え一番気に入ったものでも何の執着もなしに切り捨てられそうだ。
散々女王を弄くるために利用した元捕虜の解放とて二つ返事だった。まあ、代わりがたくさんあるのかもしれないが。
自分と同じ様に捨てられる女王のさまが簡単に浮かびあがる。
「本当!?大丈夫なんです?金はあるんですかい?」
「あぁ、こうみえても旅費はたっぷりある」
おどけた様子の男にわずかに微笑んで答える。
自分はからかいの言葉を受けるほどの形相だったのか。元捕虜は頬を摩りながら男を見た。
どちらかといえば男のほうが貧相なナリをしている。指摘すれば男は大笑いした。
「へえ!シッケーシッケー。次の町から首都行きが出てますから」
「そう、ありがとう」
それからずっと話しかけてくる男の声を右から左に受け流しながら、これからのプランを元捕虜は練り始めた。
どうしても、あの男気に食わない。





 気にいらない。暇なわけでは決して無いが、たいくつだった。目新しいものはない。気に入りの果実は旬でない。世話係が風邪を引いた。何もないところでつまづいた。
面白くない。
ささいな要素がいくつか重なっただけだというのに女王の気分はひどく落ち込んでいた。
普段は、どうしていただろう。それすら思い浮かばない。
朝起きて、大臣の作ったスケジュールをメイドに告げられて、それから…
さみしい。
指でゆっくりと唇を撫でた。かさついている。最近はだれもかまってくれない。
だから女王は自分で自分を慰めるのだ。
寒さに冷えた手で鎖骨をそっとなぞる。その冷たい感覚は女王に大臣を思い起こさせた。
はふぅ、と喉の奥から息が漏れる。
人差し指でへそをぐるりと撫でるとゾクゾクと何かが這い上がってくる。目を瞑ると自身の秘所にうるおいを感じて、頬が熱くなった。愛撫もろくにしないまま、女王は強引に指を刺し込んだ。柔らかな痛みに眉根が寄せられる。肉壁は指をこれ以上進ませぬよう、動きを拒んだ。
指を入れたままクリトリスを刺激する。するとじんわりと秘所から湿った感触がし、肉も柔らかく女王の指を囲んだ。ひく、と女王は喉を鳴らした。
これが、元捕虜の指であったなら…無骨なあの指だったなら、私は喜んで受け入れるのだろう。
円い瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
くちゅりくちゅりと音を立てて指を、身体を動かしたが虚しいだけだった。
ああ、あの時。大臣のときに、似ている。私だけだ。ひとりぼっちだ。
女王は点滅し始めた視界に声を上げて抗おうとした。
「や!あ、ぁ…いやぁ…ぁぁぁぁ」
ただ女王から離れた音は嬌声でしかなく。擦り上げる速さは増し、女王は喉を震わせてのけぞった。
熱っぽい自身の呼吸音が女王を刺激した。今度はうつ伏せになり腰を高く上げた。両手で乳房を強く掴む。まるで後ろから襲われているような格好だ。
「やだ…ぃぃ…いいよぉ……」
乳輪をなで上げると腰が揺れた。もし誰か部屋に入ってきたら、丁度女王の尻が、てらてらと光るほどに濡れた秘部が丸見えだ。
自然とまた指がそこへたどり着く。切ないまでに膨れ上がったクリクトスに爪をそっと立てる。
「ぅ……だれも…い、ないの…にぃ……やだよぉ…ほしっ……ひと、りは」
元捕虜はあんなに親しくしてくれたのに、置いて出て行ってしまった。大臣はあの夜以来、今までのように触れてはこない。きっと私はいらないのだ。悲しみの涙は出てこなかった。代わりに、胸の奥が締め付けられるような、こみあげる熱いものを感じた。
「…ぅ、やだぁ!ずっ、と…………が…い…」
意識と共に、はちみつのような髪が散っていった。




 大臣は従者の言葉に片眉を上げた。不愉快、と言うよりは驚きの色が強いと従者は思った。
「叛乱?私が?」
主の言葉に従者は心中で口角を上げた。この方も人の子だったんだなあ。
無理も無い。ただただ凪いでいる状況の今、国王が伏せていてその上腹心である大臣がクーデターなど事実無根である。
大臣はこのところずっと地方の穴だらけの収支報告と格闘していたし、王が籠もっているのだって風邪だとメイドから従者は聞いている。
トントンと机を叩いて大臣は首を捻った。目線は書類に向いているが、意識は違うのだろう。
従者は少しばかり、不謹慎ではあるがわくわくとした。ああ、なんでもできますというこの人が困っている。
高々噂話、されど噂話。
確実にこの話は、問題を起こすだろう。そう考えるだけで従者は卒倒しそうだった。
それは当たっているが、外れていた。
とうに問題は出ているのだ。だれもそれに取り組もうとしていなかっただけで。
「厄介ですね。この話はどこまで伝わっているんです?」
「はい、一番遠いところでは**です。既に宗主国全土には伝わっている模様です」
大臣は額に左手をあてると、書類を後方に放り投げた。いくら写しであるとはいえ普段の大臣からは考えられない所作だった。
「はぁー…面倒ですね。早馬でもなんでもいいですから首都以外の全ての自治区に事実を。それと、兵も出しなさい。特に国境近くの郡には警戒しなさい」
「はい!…ですが、兵も出すとなるとここが手薄になりますがよろしいのですか」
「――よろしいのですよ」
今までの面倒そうな不機嫌な表情が一転して、大臣は口元に笑みを浮かべた。
頬をうっすらと染めて、従者はメモを取った。これから忙しくなる、楽しみだ。
「……それと、おまえ」
「はい!」
昂揚とした表情を隠そうともせず従者は顔を上げた。飛び上がるような仕草に豊満な乳房が上着の下で踊った。呆れたように大臣が告げる。
「その変態のような性癖は嫁ぐときまで隠しなさい。少なくとも仕事場では」
「無理です!」


 雨がたたきつける城は壮観であったが、おどろどろしい雰囲気はなかった。
目の前にそびえるこの大きな城の中に勤めていたことなど、夢のようだ。まるで事実に思えない。
あの中での出来事はすべてぼんやりとしている。元捕虜はブーツの中に水が入らぬよう足元に気を配りながら、裏門へ廻った。
いつになく静かだ。雨の音しか聞えず、通用口をくぐっても門番は元捕虜に目を向けただけで黙認した。
顔見知りだったように思うが、元捕虜は門番の名を覚えていなかった。
うつろな記憶をたどって、城内へと侵入りこんだ。これほど容易く入れるとはおもっていなかったため拍子抜けの思いだ。
「物騒だな」
小声で呟いて、口を手で塞いだ。いくら雨音が強いとはいえ誰が通るかわからない。特に使用人口が近いこの通路に留まることは愚かなことに思えた。
だが、どうすればいい?元捕虜は城に戻ってきた事を後悔しつつあった。なりゆき、というよりは勢いで戻ってきてしまった。女王を連れ出すことも、受け入れることも出来ないというのに。
状況によってのプランは立てた。だがそれを実行するのか?
何故そのような決断すらままならないというのにここまで来てしまったのか。
元捕虜の足は意識とは別に、確実に女王の私室へと向かっていた。何度も訪れた場所だ。忘れるわけが無い。
会いたい。会いたくない。
誰かに会えば帰れるというのに。そうため息を吐いて捕虜は足を止めた。
かえれる?どこに「かえる」というのだ。故郷もなにもかも略取されたというのに。


愕然として元捕虜は足を速めた。行き先は、もちろん、女王の部屋だ。
畜生畜生畜生畜生!あの男。
ここで初めて元捕虜に復讐心が芽生えた。否やっと気付いたのだ。自身の心に。いままで見えないフリをしていた暗い部分に。
一番大臣が大切にしていたであろう、女王を奪ってやる。大臣を――。
女王には悪いが、自分への好意を利用させてもらおう。あれを殺されたら女王は悲しむのだろうか。それとも解放されたと喜ぶのだろうか。
―――その場で叶わず、始末される自分に涙を流してくれるだろうか。
元捕虜の手が、女王の私室の扉へと届いた。触れた瞬間、乱暴にその扉を開く。
室内に女王は、彼女は――いた。
――女王は雨にも関わらず、開け放された窓の外を眺めていた。

「待ってたよ。元捕虜くん」

濡れた髪が、風によってゆらゆらとなびいた。
横目で元捕虜を見て女王は微笑んだ。感情のよくわからぬ表情だと元捕虜は顔をしかめる。
「待ってたよ。待ってたけど元捕虜くんは私をさらってはくれないんだろ?私も少しは賢くなったんだ。やっと、やっと現実が見えてきたのかもしれないな」
うねった髪を片耳にかけて女王は元捕虜に向き直った。
確かに会わなかった半年近くの分、いやそれ以上女王は大人びたように見えた。
元捕虜は女王の儚い微笑みに、言葉を探すがみつからない。
「風邪を、陛下。そのようにしていては、風邪を召されます」
「うん。そうだね。風邪をひいちゃうね。でも君となら大丈夫だと思うんだ。だからさ、今度は一緒に連れて行ってよ。途中まででいい。そこからはひとりで行くよ」
女王の言葉にハッとして元捕虜は女王を見据えた。
服装は簡素なもので、庶民風であったし。震える声はともかく、その瞳は意志を持って元捕虜を映していた。
「…行きましょう。俺と一緒に来てくれますか」
「もちろんだよ」
元捕虜の差し出した手を取る女王の、足元はヒールから歩きやすそうな物にいつのまにか変わっている。
もう女王は、元捕虜の知っている女王ではないのだ。
添えられた手をしっかりと握って元捕虜は頷いた。


「大臣のところへ行きます。何も訊かないで下さい」
「わかったよ」
女性の手を取って走るという作業は見た目の通り、大変だ。普段使わぬ部位が酷く緊張しているようだった。
途中からは抱え上げて移動したが、これも物ではなく人であることから緊張を伴った。だが女王と密着した体勢と言うのは次の行動へ移る際に有用だ。
それに不思議とだるさや辛さは感じなかった。
早鐘のように響く鼓動が女王に伝わっているのではないか。元捕虜は大臣のもとへ近づくたびに女王を抱きなおした。握り返す女王の手のひらにあまやかな死を願う。

 護身用のナイフでは心許ない、が仕方が無い。元捕虜にも予想外の行動だった。ナイフの有無を確かめて扉を開く。無意識につばを飲み込んだ。
「おかえり。よく来たね、ふたりとも」
広い執務室の正面。机に寄りかかった大臣しかおらず、元捕虜は一歩引いて部屋を見渡した。
「そう警戒しなくともいいだろう。入りなさい。ほら、****も降りなさい。自分で立つんだろう?」
くすくすと笑い声をもらして大臣は二人を招いた。女王にいたっては名前を呼ばれたことに酷く動揺して、元捕虜に回す手を強めた。
警戒しつつ、女王を降ろし入室する。おそるおそるという二人に大臣は温度のない目を向け微笑んだ。侮蔑の笑みではない。
元捕虜は大臣を見据えて柄を握る。このナイフでは殺せないだろう。それでも深く呼吸して、鞘から引き抜いた。
鈍く光るそれを見て驚いた表情を見せたのは女王だけだった。
「、こっ殺すのはだめだ!人を、殺すのはよくない!おまえも傷つくんだぞ!」
元捕虜は女王を見なかった。震える拳を握って女王は俯いた。
「わたしも、きずつくんだぞ!」
「……傷付かない。少なくとも私は傷付かないよ****。私は大臣じゃないからね」



怯える女王を薄い色の瞳に映して大臣は言った。
「だまれ!」
「君は私を殺したいのか?でも残念だね、私は生きたいんだ。だから私は死なないよ。死ぬことを念頭に置いてここに来た君に殺せるわけが無い」
緊張を帯びた元捕虜とは対照的に、大臣は誰の目にも余裕に見えているだろう。
ゆったりとした動作で窓に近づく。充分な高さがあるが飛び降りるつもりだろうか。元捕虜は一歩詰めた。逃がしたくない。
大きくガラスと木枠が軋んで窓は開かれた。外からは相変わらずの雨と風が吹き込む。
「ひどい雨だね」
「な!!おまえも死ぬ気か?!」
「バカだな****。逃げるだけさ」
大臣はモノクルに触れ、そっとそれを机に置いた。雨粒で濡れている。
元捕虜はもう一歩詰める。飛び込みはしない。そんなことをするのは馬鹿だけだ。
元捕虜と大臣には十分な体格差がある。たとえナイフが頼りなくとも、急所に刺さらずとも、それだけで勝因になりうる。
だが大臣が一方的に不利ではない。
手の内が読めない。その上激しい雨の中脱出しようとする体力は最低でもある。
「****。さよならの前にに本当のことをひとつだけ教えてあげよう。私は――」
シュワシュワと発泡するような音がし、激しく煙が焚かれ始めた。先ほどのモノクルの位置からもうもうと煙が舞い上がる。
よく仕込んだものだと、驚きを通り越して感心するが元捕虜は踏み切る。捉えた大臣を、ナイフはすべるようにして掻き切った。
手ごたえは、ない。





 煙にちくちくとする目をこすって女王は元捕虜を呼んだ。
「置いてかないで。ねえ!どこなの?ねえ!」
喉もいがらっぽいし、酷く乾いていた。また置いていかれたのだろうか。落胆しつつも手を伸ばせば何かに触れた。
「陛下。目は、こすらないで。ここにいます。あいつは…」
「いいんだ!キミがここにいれば充分じゃないか!」
腕に触れる元捕虜の手をたどって腰に強くしがみついた。
充分だ。ここに、一緒にいるなら。
「でも、あいつは…」
「あれは死んだ!いない人間なんだ!忘れる!キミがいれば充分だって言ってるじゃないか!バカ」
薄汚れた元捕虜の服をぎゅっと掴み、顔を寄せた。女王の頬に涙が伝う。雨はまだ降っているから、声を出したってだれにも聞えないだろう。
元捕虜からは汗の香りがする。生きているここにいる。どうしてそれだけじゃいけないのだろう。
「キミはバカだ!…でも好きだ。どこにもいかないで、傍にいてよ!」
元捕虜は諦め切れないだろう。だがそれでも良い。女王は握った手を緩め、また手をまわした。
「……雨、止むといいですね」
何かを惜しむような、緊張したような声音だったが元捕虜は女王をしっかりと抱きなおした。

おわり

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2007年07月02日(月) 21:58:34 Modified by ID:+2qn2ghouQ




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