青信号の犬353〜

初出スレ:第3章353〜

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 ふたつの季節を飛び越え、戦争は決着した。
多くの予想と覚悟を裏切って早々に勝利を収めたが、それは逆に数多の労働力を失ったことを示す。
先陣隊は盾となり槍となり、成果を挙げ進駐し、後から進軍する軍団の舗道となった。
しかし本部から禁止されていたにも関わらず、
後々のことを全く考慮しない現地での無理な徴発や略奪をはじめとする暴力行為は近隣から非難の的となり先陣隊の活躍は泡と消えた。そして彼らは処分された。

 だが、捕虜のリーダー格であった男は残された。
カビのにおいのする石牢に隔離され、捕虜は読み書きを牢屋番に習う日々がそれから半年は続いた。
ごくたまに牢屋番とは違う兵士が訪れ、手紙らしきものを捕虜に見せた。
崩され滲んだ文字は兵士には理解できず、兵士は「一応おめえの郷の言葉なんだがなあ、あの方は字が乱雑だから」と口にし、封筒ごと捕虜に渡す。
あの方?捕虜は顔に疑問符を貼り付けて、金釘流の(かろうじて)文字をなぞりはじめた。

〔わたし は えらいです ここで かぞくしんじゃた たいへんでした しかし がんばるよいです すこしで らくになります (解読不能) にはゆっときます よくなります〕

「おい、なんて書いてあるんだ?俺には全く読めん。言えなきゃ別に構わねえんだが」
捕虜は口を動かし、単語の羅列を組み替えて予測した。文法もつづりもなにもかもが拙く、理解しかねる。こどもの言葉?それとも、どせいさんの?捕虜は兵士に尋ねた。
「この手紙には『あと少しの辛抱で身体が楽になる』とあります。俺の処刑が決まったのですか?」
捕虜の言葉に驚いて、兵士は手紙を奪い取った。
よくよく見れば熊のような兵士は、山賊のような形相をして薄桃の便箋を穴が開くほどみつめる。そしてポイッと捕虜にそれを放り出すと自身のあごを撫でた。
「あー俺にはやっぱり読めねえんだがー、よくよーーく見れば大臣殿の名前が書いてある。・・・ような気がする。
それに、あ゛ーーおめえは、おめえがどう思ってるかは知らねえが、国に貢献したことになってる。だから、死なねえ、少なくともあいつらみてえにはならねえ。・・たぶん」
 そしてある日突然、石牢を追い出された。
捕虜は改めて覚悟した。処刑の日が来たのだろうな。
自身の気質ゆえに同胞の行為を―必要だった、なさねばならなかった―許せずに、彼らを見殺しにした罪悪感が捕虜を責めた。
捕虜は信仰を持たなかったが、牢屋番が言う裁きがあるのならば、彼らも自分も地獄に落ちるのだろう。
目隠しをされ、籠に乗せられる。別れを告げると牢屋番は言った。お前ツいてるよ。

 固い床に転がされたかと思うと、次にはごつい婦人が視界を埋め、たくましい婦人たちに洗い場に投げられた。垢の下から出てきた皮膚が赤くなるほど擦られ、髪は泡が白くなるまで洗われる。
口の中には妙な液体を入れられ、手足は拘束されて爪を切られる。すっかり伸びた髭や頭髪も椅子に固定された状態で整えられ、捕虜はこれらを新しい拷問だと思ったほどだった。ぐったりとなすがままの捕虜に衣服を着ける。
そうして強靭な婦人たちは好き好きに―見れるモンになったじゃないかとか、ウチの旦那の方が男前だよゥとか、着やせするねえメアリ羨ましいんじゃないかいとか、そのドテっ腹だものねエとか―口にして姿見を置いた。
どこにでもある平凡な、何らここの国民と変わりない若い男がそこにはいた。
その若い男を自身だと確かめると、捕虜は婦人たちに問う。おれ、なにされるんですか。
きょとん、とした捕虜の肩を豪快に叩き婦人らは声を大きく上げて笑った。涙目になりながら婦人のひとりが言った。マエより悪いようにはならないだろうヨ。
 槍を突きつけられて、捕虜は女王に対面した。
近衛兵らしき二人の男に連れられ、広間に入る。捕虜が女王の目に入るのはこれが二度目だった。
女王の横には、やはり大臣が不服そうに控えていた。捕虜が平伏すると大臣は書状を取り出した。
「貴様はわが国との戦いにて敗戦したる国の民であるが、先での戦いにてその身をわが国の王と民と国家の為に投じ貢献したことを賞し、わが国の民として貴様を迎え入れる」
大臣の冷たい視線を首に感じて捕虜は答える。視線だけでも射殺されそうだ。
「ありがたく存じます」
「・・・では、わが国の王と民と国家に忠節を誓いこれからもわが国の繁栄に励め。・・・女王陛下のお言葉を頂戴するが良い」
息を吐くと同時に大臣の視線が強くなる。捕虜の背中を汗が伝った。頭を更に深く下げることを視線で強要される。
「お前はもう捕虜ではなく、わが国の民である。民は子であり、王は父母である。・・・私は至らない王ではあるが、民には誠実であろうと思う。お前は私たちがお前たちにした―」
大臣の視線が捕虜から女王に向けられる。捕虜は安堵を憶えたが、逆に女王は言葉に詰まり萎縮した。温度を感じさせない瞳が女王を貫く。女王の口はわなわなと震え、まぶたは伏せられた。大臣が静かに下るよう命じる。
「本当にアリガタイのか?不満じゃないのか!私は捕虜のことなんぞ考えたこともない!うれしいのか?わからない!お前は私を殺し報復したいと思わないのか?わからないぞ私には!」
「下りなさい!陛下お止めなさい、陛下!下れ!」
女王の言葉の途中途中大臣が恫喝する。珍しく声を荒げる大臣におびえ、近衛兵は慌てて元捕虜を起こし連れ出そうとする。豪奢な扉が閉まろうとするとき女王の叫び声が届いた。
「その男の三階級特進を許可する!!心して励め!」

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2007年07月02日(月) 21:56:16 Modified by ID:+2qn2ghouQ




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