「青信号の犬」451〜

初出スレ:第3章451〜

属性:原作沿いルート 鬱的展開

 ベットの上には裸の女がいた。絹のような光沢のある上等な布で目隠しされており、ときおりその柳眉が寄せられる。
女はこれから何が起こるか理解していないのだろう。元捕虜はため息を飲み込む。おぼつかない足取りでようやくその傍にたどり着くと大臣が肩を揺らして笑う。
大方、薬でふらふらと―衣服どころか下着までとられ―無様ななりの自分を嘲り笑ったのだろう、元捕虜は霞がかった意識で思う。
いいように操られ、それでも命が惜しくて抵抗できない自身が憎かった。
否、そんなものは建前だ。
元捕虜は――女と交じりたかったのだ。
あらかじめ指示された通りにベットに乗り上げると固めのマットレスが大きく揺らぐ。
自身の体幹の安定すらまともに取れない状態だったが、どうにかそれの上に胡坐をかいて落ち着いた。
「たまには貴女にしてもらおうと思うのですけれど、どうでしょう?」
大臣が女の耳に―触れるか触れないかの位置で―ささやいた。その言葉や声音こそはやわらかいものだったが、たしかに有無を言わせぬ剣呑さを含んでいた。
熱っぽい女の吐息が漏れると同時に元捕虜は背中にヒタリと鋭いものを突きつけられたように感じた。
実際、背には何も触れてはいない。
それはおそらく大臣の―――


 既に立ち上がった雄に手を添えて、小さな赤い舌が丹念に先端を舐め上げる。
ぱくりとそのまま咥えた。思っているよりも深く咥えてしまったのだろう、女は咳き込む。
すべて口に含めはしないが、それでも懸命に口淫を再開する。咥えなおし、ちゅぱちゅぱと幼子のように吸った。
「ん、ふぅ………ぁふ……」
自身の唾液や、元捕虜の先走りの濡れた感覚を追いかけて舐め続ける。こそばゆい刺激に元捕虜は声を堪える。
大臣の手が後ろから伸びてき、女の頭をゆっくり撫でた。
「そう、初めてにしては上出来です。…さあ、手を動かして…」
「ふっ、……ぁ…ん、ふ…」
激しくなった手での愛撫に、つるりと女の口から元捕虜が抜け落ちた。女は驚き、寂しさの混じった声を上げる。
「あ、ん…どこぉ、どっかいっちゃった……あ、やだぁあ」
つい離してしまった男根を捜し、ぺちりと近くにある男の脚に触れた。
瞬間女の声があがる。
「やだ!***じゃない!」
目隠しをべとついた手でずらし女は―女王は元捕虜を見上げた。
自分の後方で大臣が呆れたような声を上げたのを元捕虜は聞いた。
女王は元捕虜の顔をじぃいっと見、恥じ入ったように後ずさりシーツをかぶった。その顔には興奮とは違う朱に塗れていた。
「やだああ***!大臣はぁ?!どうして?どうしているのぅ?あ、あ、あ、どうしようやだよぅやだよぅ」
どうしてよいのか固まっている元捕虜に大臣はガウンを投げ、そのままでいるようにと言う。大臣はシーツに包まって元捕虜から裸身を隠そうとする女王の背中を優しく撫でた。
「どうしたのですか陛下?何か恐ろしいことでもありましたか」
「だ、大臣?本物だな!……どうしよう、ぼくちがっ、私は……ああ!」
着衣の乱れがみられない大臣に女王は青ざめた表情を見せ、むせび泣いた。
混乱していて、何度も何度も同じ言葉を繰り返す。
「ああ!やだぁあ…やだよぉぅ…やだ、みら、れっ…ちゃった」
トンっと後ろ首に手刀をいれると、スイッチが切れたように女王は静かになった。擦れて赤くなった唇の端から一筋唾液が伝う。
「今晩はもういいです。動けますか?部屋と女を用意します。そこで薬を抜くと良いでしょう」

平坦な声に自身が萎えていくのを感じた。この男は自分の国の統治者に―自分を慕っている人間にどうしてこのような真似ができるのだろうか。
「いえ、結構です。……服を返していただけませんでしょうか」
返事は無く、大臣は元捕虜を見た。時折、このような酷く乾いた目を大臣は他人に―例外なく女王にも―向ける。許容もなく慈悲もなく、かといって拒絶もなく凪いでいる。
「……やめませんか、おれ、これ以上あのひとのこと、あのひとが自分のこと
 かわいそうだ、って思うようになることにこれ以上加担したくありません。
 あのひと言っていました。やさしいひとばかりで、不安になる、と。捨てら
 れるとき怖くなる、と言っていました。どうして!…どうして、そんな目で
 陛下を見るんです!あんな風になるほど依存させておいて、どうして…!!」
切迫した声で散らしても、大臣の目は変わらない。大臣は投げ出していた脚を組むと言った。
「…最後のだけ答えましょうか。今さっき彼女が取り乱したのは、私の所為ではないでしょう。
彼女は、君が彼女を好いているように彼女も君を好いているから、ですよ。」
後は勝手にしろとばかりに大臣は立ち上がった。元捕虜はシーツに包まれた女王を見て、大臣を見上げる。出て行こうとする大臣を呼び止め告げた。


 晴れの日に出立は出来なかった。元捕虜は曇天を窓から仰ぎ、調理場に向う。
使用人らが中心に使う途はあまり広いとはいえない。それの奥から少女が駆けてくる。
いつかのメイドだった。随分と走り回ったのだろう、所々髪がほつれていて指摘するとうるさいですの!と返ってきた。
「陛下がお呼びですのよ、きっとアンタの話はおもしろくないこともなかった
 から出先から手紙を送れ、とかでしょうけど。とにかく呼んでるんですの!
 食料は私が貰っておきますから、スグむかいなさいな!ホラ、さっさと!」
尻を蹴とばされ、しぶしぶメイドが来た方へ歩き出す。後方から聞えた走りなさい!という言葉に手を振るとメイドが今度はタックルしてきたので走った。
硬い廊下はそうでもないが、女王の部屋へと近くなる程廊下は走りづらいものになってゆく。足の裏がひっくり返るような気がした。
ノックをして名と所属を言った。それから扉を開ける前に、それは内側から開かれた。
女王が自ら元捕虜を自室へと招いた。元捕虜は固辞した。女王が少しだけ眼を伏せた。
「…どうしても去るの?国を、去るの?ねぇ、旅に出るの!?」
「ええ、遠くまでいきます」
女王の声は少し震えていたようにも聞えたが、あえて元捕虜は追及せず、平静に答える。
扉に触れていた女王の手が元捕虜の上着へと伸びた。しっかりと布を掴む。
「本当?どうしてなの?突然じゃないか…」
「ええ、ちょっと他をみたいと」
長い睫毛を震わせて元捕虜を見上げた。泣いたのだろうか、したまぶたがほんのりと腫れていた。
気がつけば憂いの表情ばかり見ている。
「やだよ!もうちょっとここにいたっていいじゃないか!大臣に言われて出てくわけじゃないんだろ?!」
涙が眼にたまっていき、決壊寸前の赤い眼でキッっと元捕虜を睨みつける。
そう、これだ。元捕虜が初めて見た女王はこのように感情の起伏がはっきりとしていた。
今までが、異常だったのだ。夜な夜な国王の痴態を目にするなどあるわけなかったのだ。
「すみません、いかなくちゃ」
「やだぁぁみんな置いていっちゃうんだ!連れてっててよ」
ぶわあっと決壊した。幾筋もの涙が女王の頬を伝うが、それに意も止めず元捕虜に食って掛かる。
「だめです」
「だめええ、やだぁあ…君が好きなの!なんで好きな人は私を置いてっちゃうの!?いっちゃやだ……」
強く元捕虜の上着を引いた。だが力のない女王には精々生地を伸ばす程度にしかならない。ぐいぐと諦めず引く。
元捕虜はその手をゆっくりとほぐし、遠ざける。
「…忘れてください、これからまだまだあるんですから」
「ねぇ、連れて行ってよ…お願いだから…」
反動で床にへたりこんだ女王は俯いたまま何度も何度もおねがいと繰り返す。
今度は足にすがり付いて、言う。
おねがいいっしょにつれてって。
元捕虜は長く息を吐いた。そしてスルリと足を抜く。
「城(ここ)から連れ出してくれるならだれでもいいんですか?」
「ちが…!ちがうの!そんなこと…」
「お世話様でした陛下。遠くにありましても国と陛下を案じております。…では」
最後ににこりと笑みを女王に向けて捕虜は来た道を戻っていく。
元捕虜が角を曲がって、その先の扉を開けて、調理場へ着いて、裏門をくぐっても女王は床に座り込んだままだった。
「やだ……いっちゃ、やだ」
いくら呟いても、元捕虜はおそらく戻ってこない。女王は額を床にこすりつけた。ひんやりとしていて、いつか触れた元捕虜の手とは違う温度。
だけれど、冷えた頬より温かかった。

「おいてかないで」


つづく

関連作品:

シリーズ物:「青信号の犬」335〜 青信号の犬353〜 「青信号の犬」369〜 「青信号の犬」415〜 「青信号の犬」451〜 「青信号の犬」35〜 「青信号の犬 大臣編」(前半) 「青信号の犬 大臣編」(中)
2007年07月02日(月) 21:58:05 Modified by ID:+2qn2ghouQ




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