「唯一」93〜

初出スレ:第四章93〜

属性:エロなし

「……私に、どうせよと仰せなのですか……?」
「わからぬか?」
「……わかりません」
わかっているだろうに、わからないと言うアルスレートに苦笑しながら、手を引いて寝台に座らせる。
寝台に座らせたアルスレートの足の間に腰を下ろし、背を預けた。
アルスレートの方も心得たもので、ファリナの腰に腕を回す。
ファリナは回された腕に触れ、アルスレートの指に自分の指を絡める。
されるがままのアルスレートの指を玩びながら、ファリナは口を開いた。
「そなたの子が産みたい」
「いけません。それは、望んではならないことです」
アルスレートにとってそれは、叶うなら、と、切に願う自らの望みでもある。
ファリナが嫁す前であったなら、あるいは、全てに片が付いた後であったなら、ではあるが。
無論、ファリナを守り愛し慈しむ、相応しい男が現れるなら、アルスレートはその望みを捨てる。
アルスレートにとって最優先するべきことは、ファリナが心安く幸福であること、なのだから。
故に、ファリナの願いならば全て叶えたいと思っていても、その願いだけは、聞き入れられない。

「いけません」
アルスレートはもう一度言い、さらに言葉を口にする。
「貴女様は王妃です。王妃が産む子は王の子以外、ありえてはいけません」
ファリナの瞳が哀しげに揺れるが、それが一瞬であったためにアルスレートは気付けなかった。
どうあっても聞き入れてもらえないのか、切り札を出さなければならないのか、とファリナは思う。
「…――従わせるにも誘惑するにも、全身全霊を懸けるのです、であったか……」
「我が姫?」
小さな囁きにも似た呟きであったために、聞き取れなかったアルスレートが問いかける。
聞こえていないのならそれでよい、と思い、ファリナは薄く笑んだ。
今度は聞こえるように、しかし、違う言葉を口にする。
「間違うな、アルスレート。そなたの子『なら』産んでもよい、ではない。そなたの子『を』産みたい、のだ」
誰でもいいわけではないのだ、と、ファリナはそう強調する。
「わかるか?……私が産みたいのは、アルスレートの子だけだ」







「愛している、アルスレート。…愛して、いる」
すり、と、アルスレートの手のひらに頬を寄せながら告げる。
そのファリナの艶を帯びた声は、甘くアルスレートを冒した。
それでも答えないアルスレートの掌に、ファリナは唇を寄せる。
ちゅ、と、小さな音。
ファリナは何度も何度も、小さな音を立てて柔らかな口付けをアルスレートの掌に落とす。
乞うように、願うように。


終わりなく続けられるその仕種にアルスレートは愕然とした。
アルスレートにとって、ファリナがこんなふうに希うなどありえない。
ファリナはただ、命じればいい、望めばいい、そうであることが当然だと思っているのだから。
だからこそ、こんなファリナの姿など、信じられなかった。
「我が、姫…」
愕然とした思いのままに零れた呼びかけに、ファリナは身動ぎして体の向きを変えた。
アルスレートの首に腕を回して見つめるファリナの瞳に、狂おしいほどの恋情を見た。
この方は、本当に私の主なのか?
こんな、恋焦がれる眼差しを自分に向けるなど、まるで…――
そこまで考えてアルスレートは、ああ、と思う。
そうだ。
仕えるべき主であり姫で、そしてなにより女性なのだ。
自分が騎士であり男であるのと同じように。
そんなアルスレートの思考を破るように、ファリナが微かに震える甘い声で呼んだ。
「…アルスレート…」
これ以上女性に言葉を重ねさせるなど、男としてあってはならない。
ファリナに対するこれ以上の拒否も拒絶もまた、侮辱に他ならない。
「……後悔、しませんか?」
その問いかけに、こくり、と、ファリナは頷いた。
アルスレートが為そうと思っていることへの障害になるかもしれなくとも、何も言うまい。
現状、これから為すことを考慮に入れた上でなお望まれるなら。
唯一人と定めた相手に切なるほどに求められる…これ以上の喜びがあろうか。
喜びが胸を満たし、溢れてどうにかなってしまいそうだ。
瞳を潤ませ愛しげに見つめてくるファリナに笑みかけると、共に寝台に沈み込んだ。


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2007年08月18日(土) 14:58:41 Modified by ID:+2qn2ghouQ




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