「Il mio augurio」20〜

初出スレ:第四章20〜

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「氷雨さん!」
もういい加減にして欲しいと思い、暁良は氷雨に呼びかける。
「どうしました?」
「どうしたもこうしたもありません!いつまであんなことするんですか!?」
「あんなこと?……あぁ。あれはもう終わりです。実際は多少のことを教えればよかったんですから」
メイドたちが驚いていますよ、中で話を伺いましょう、と、氷雨は暁良に部屋の中に入るように促す。
室内に入り、椅子に腰掛けると暁良は俯いて床を見たまま問いかけた。
「どうしてあんなことをしたんですか…」
「教えるついでに、テストをしましたから」
「テスト?…暁香お嬢様にですか?」
「いいえ、違います。暁良、貴方にですよ」
「は?」
暁香ならばともかく自分が対象となるテストだなど、見当も付かない暁良は目を丸くする。
椅子に座り、足を組み替えながら氷雨は静かに告げる。
「貴方は、暁香お嬢様を好いている…いえ、愛している、と言ったほうがいいでしょうか」
「っ!?」
隠していたつもりだったのに!
知られていることにぞっとして暁良は氷雨を窺った。
「そうと知ってしまいましたから…試しました」
「私が誰を好きだろうと愛していようと、いいではありませんか!」
試される謂れなどない、と暁良は声を荒げる。
それを軽く受け流し、涼しい顔を崩さぬままに氷雨は言った。
「そうですね、本来、そういったことに口出しするものではないでしょう」
「なら!」
「ですが、その相手が暁香お嬢様だと、また違ってくるんです」
「想うだけがどれほどの罪になりますか!?」
想う心すらも咎められたくない、と暁良は強く言う。
その暁良の剣幕に苦笑を零し、遠くを見ながら氷雨は静かに告げた。

「……暁良、私はね、ある人を殺そうとしたことがあります」
「え、でもそれは…」
仕事ではないのか、と問おうとする暁良を遮るように氷雨は言う。
「仕事として、ではなくて、私個人の感情で、です」
「え!?」
「その人は、私が唯一愛した……恋人でした」
「恋人…」
「でも、彼女は生まれ落ちたその時から、夫となる人が決まっていました。泊瀬家には及ばないまでも、名家のお嬢様でしたからね」
「それじゃ…」
「ええ。秘密の恋、というヤツでした。まぁ、瑶葵様はご存知でしたが。というより、瑶葵様に色々と便宜を図って頂きました。
もともと泊瀬家と交流がある家のお嬢様でしたから、その跡継ぎである瑶葵様と会うことも、贈り物のやり取りをすることも、不自然ではありませんでしたし。
瑶葵様と彼女には共通の趣味もありましたからね」






「初めて会ったその時に、恋に落ちました。…一目惚れ、ですね。彼女もそうだった、と言っていましたけど。
唇が触れることも身体を重ねることもない、ただ会って寄り添うだけの関係で…そりゃ欲求はありましたけど、話をして見つめ合うだけで満たされてしまう程度のものでした。
会えるだけで、幸せだったんですよ」
――それが儚く尊いものだとわかっていたから…
「……」
「でも、ついに彼女が結婚してしまう時が来て…最後に会ったとき、彼女は私への愛を抱いて生きる、と言いました。私は愛を貫いて結婚しない、と告げました。
彼女には、わたくしより好きな人ができたらいいのよ、と言われましたけど…今まで、そんな人に出会えていませんね」
「それはわかりましたけど…」
それが、と、問いかけようとする暁良を遮り、氷雨は続ける。
「…彼女が身籠ったことも、子供を産んだことも、瑶葵様から聞きました。会いには行きませんでしたし、会うつもりもありませんでした。
会わないようにしていたんです。会ってしまったら自分が何をするか、わかったものではありませんでしたから」
でも、会ってしまった。一番会いたくて、一番会いたくない人に…
会いたくて会いたくてたまらない人に会えた、という一瞬の狂喜。
その次に訪れた狂気と呼ぶに相応しい、衝動。
「瑶葵様が彼女を探しにおいでにならなければ、間違いなく彼女を殺していましたよ」
「その人は…」
「彼女は抗いませんでした。むしろ望むようにその身を私に委ねていました」
「どうして…ですか?」
「疲れていたのかもしれません。…後で知ったことですが…彼女はただ、子を生すための道具、と見なされていたようですから」
「そんな…」
あんまりだ、とでも言いたげに暁良は呟く。
「名のある家の方同士の結婚ではよくあることです。そう珍しいことではありません。
……そのことに疲れて、死ぬことも」
「亡くなった、んですか?」
ずっと過去形で話されることに、もう亡くなっているのだと感じながらも暁良は問いかける。
「自殺か他殺か、はっきりしないままだということですが…私にとってはどちらでも大差ありません。
わかっているのは、死んでも会えない、ということだけ」
「死んでも?」
「そうでしょう?私の手は、血に塗れていますから―彼女と同じ所に逝けるとは思えません」







「暁良、貴方はどうですか?」
「どう、とは?」
「暁香お嬢様は貴方を手放さない。どこへでも連れて行くでしょう。…たとえ嫁ぎ先であったとしても。
そうなれば、夫である男に抱かれているときの声を聞くかもしれない。絡み合っているところを、見る気がなくても目撃してしまうかもしれない。
その経験は私にはありませんが、想像したことはあります。……耐え難い、そう思いました」
そうではありませんか?、と見つめてくる氷雨から逃れるように視線を外すと、苦しげに吐き出した。
「そんなこと…想像したくもありません。………あれは警告でもあったのですか?」
暁香の、勉強と言えるか甚だ怪しい、あの時間は。
あえて同席させて、問い詰めるさせか、考えさせるために仕向けたのか。
氷雨はそれを否定も肯定もしない。
「…酷なことを言っているとはわかっていますが、覚悟をしておいたほうが貴方のためです。
暁香お嬢様は、もういつ嫁ぎ先が決まってもおかしくありませんから」

それはずっと考えないようにして、目を逸らしていた問題。
いつか、を先延ばしにしたくてそうしていた。
どんなに目を逸らしても、いずれ訪れるというのに。
どんなに好きでも愛していても、それが成就する可能性は低かったというのに。

あらためて、突きつけられた気がした。

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2007年07月02日(月) 21:50:38 Modified by ID:+2qn2ghouQ




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