おっさん(←)少女

初出スレ:5代目315〜

属性:




 そこそこの日々、そこそこの給料、そこそこのアパート。
なんとなく自炊してなんとなく寝に帰って、でも好きな作家の文庫はすぐ手元にあるような、
そんな住み慣れた部屋の扉の前。
くたびれたスーツのポケットから鍵を探し当てる作業の途中で、支倉は深く、わざとらしい溜息を吐いた。

「…お前なあ」

 じゃり、指に引っ掛けたキーホルダーには雑多に色んな鍵が引っかかっていて、
その中から扉の鍵を選びながら、自分の部屋の前に近づく。
暗い中でも“それ”が扉の前で膝を抱えるように座り込んでいたのに気づいたのには、
もちろん訳がある。
年頃の娘らしく、彼女の携帯は常に開かれたままで、
強い光を放つ液晶が彼女の繊細な鼻筋を浮かび上がらせていたからだ。

 できるだけ音を立てずにと、神経を使いながら安っぽい階段を上がってきたところで、
少女はとうの昔に彼の帰宅に気づいていた。
だがわざわざ視線をやったとして、何を言えばいいのか分からず、
毎回毎回こうして無言の出迎えをしてしまうのだった。

 スーツに似合う質素な革靴が床を叩く無機質な音で、ようやく楓は顔を上げる。
目の中に映りこむ液晶の光がきらきらと瞳を光らせ、潤むような瞳で見上げられる支倉に
視覚的になにかを訴えかけてきたが、そんなことはもう日常茶飯事なのでときめくなんてことはない。
まさかガキでもあるまいし、と老けた考えをめぐらせながら、楓が立ち上がるのを確認した。

「この不良娘め、また家出モドキか」
「うるさいな、黙って泊めてよおっさん」
「…ちっ、口の減らねえ」

 オッサン、と言われたことに、もはや反論できない年まで来ていることを、支倉は自覚していた。
例えば、睡眠時間が短くなってしまった次の日は使い物にならなくなってきてしまっただとか。
前は好んで摂っていたはずの油分をあんまり欲しがらなくなったことだとか。
もはや何も言うまい、別に後悔など微塵もしていないのだから。

鍵を差しこみ、がちりと音を立ててロックが解除された。
立て付けの悪いドアが軋みながら開かれ、そして外に立ったままの少女を見たのち、
「夕飯は」
「支倉さんまだでしょ、私が食べてるわけないじゃん」
するりと、猫のように部屋に上がりこまれる。
だがしかし、しっかりとローファーがかかとを揃えて並べられていることに気づき、
…ちょっとだけだ、ほんのり和んだ気がした。

「たばこくさい」
「棚の上な」
「…、いい、面倒だし」
 部屋に上がりこむなり、他人の部屋に文句を言う女子高生。
そんなやり取りも慣れたもので、楓が転がり込むようになってから常備されるようになった
消臭スプレーを指差すと、決まって楓は断った。
支倉は、楓が断るのを知っていたが、なぜか何度も同じことを繰り返してしまう。
それは彼女が制服を着ているからで、それにこんな危険物の匂いが移ってしまったら
なんというか、教育上よろしくない気がするからだ。

 ポストに突っ込まれていた郵便物を玄関先に乱雑に投げ捨てると、
楓が請求書やらハガキやらの中からひとつを拾い上げた。
「…新聞も読まずに出て行くの?」
「ん? ああ、今日は急いでてな」
 今日の朝は小雨が降っていたから、新聞にビニールがかかっていた。
それが破かれることもなく夜まで放置されていることが最近多くなってきている。
小さい文字を読むのは仕事だけでいい、だなんて、そろそろ眼鏡の買い替え時だろうか。

「そういや、お前」
「…」
「おい」
「……」
「楓」
「なに」
 名前で呼んでやると、わかりやすく態度が変わる。
こちらをちらりとも見ずに野菜を切り続ける楓に、いつの間にかエプロンがつけられていた。
それも、楓が来るようになってから支倉の家に増えたものの一つだ。
渋みのある色で飾り気など全くないそれは、彼自身がつけるために購入されたのではない。
真っ白で薄そうな背中に張り付くシャツ。
その上で結ばれたエプロンの紐が彼女の体が揺れると同じように揺れた。

 だが、今の問題はそこではない。
「お前、朝よりスカート短くなってんだろうが」

 とん。
 包丁の音が止まり、楓が慌てて振り返った。
元々色が白いせいで動揺などが隠しにくい彼女の耳先が真っ赤になってゆく。
「…ど、どこ見てるわけ!? えろおやじっ!」
「えろおやじだぁ? 俺はお前に健全に学業に励んでほしくてだな。
 あとハイソックスはどうした、ニーソックスは暑いんじゃねえのか」
「…っ、ばか! えっち! …ばかあ!」

「…」
 楓は朝が弱い。
それはたまに自分のベッドを明け渡してやるようになってから知ったことのひとつだ。
今日のネクタイはどれにするかな、なんて考え始めた支倉は、
未だに掛け布団の中で丸まったままの楓を見やる。
時計へスライドし、さすがに起こしてやらにゃ可哀相かと、ベッドの上の膨らみに声を投げかけた。
「お嬢ちゃん、起きてるか」
「……」
「おい、楓。起きろ、トースト冷めんぞ」
「……いま、なんじ」
「八時」
 楓が飛び起きた。
布団を蹴飛ばすようにしてベッドから跳ね出る楓は、花の女子高生らしからぬスウェット姿で、
それもまたベッドと同じく支倉がいつも着ているものの内の一組だ。
色気のないことだ、と内心で思いつつ、
髪を慌てて撫で付けながら制服の掛かったハンガーに手を伸ばす彼女を眺める。
無意識のうちに手が胸ポケットを探っていて、はっとした。
我慢だ我慢、未成年の居る場所で喫煙なんぞ。

「え、あ…う、嘘つき! まだ七時半じゃん!」
「あーすまんすまん、見間違えだ」
「…老眼!」
 なにやら不名誉なことを言われた気がするが、支倉は相手にしようとしない。
起き抜けの楓は機嫌が悪いから、
下手に近づけば重箱の隅に風穴を開けたいんじゃないかと思うぐらいに突っつきまくる。
さすがにポストが赤いことまで支倉のせいにされてはかなわない。

彼女が洗面台に向かうのを確認して、湯を注ぐために電気ポットのボタンを押す。
マグカップの中に入っているのは朝の定番インスタントコーヒーの顆粒――ではなく、
安い紅茶のティーバッグだ。
支倉は紅茶は飲まない、これも楓のために買ったものである。
ティーバッグを手荒く揺すり、シンクに放り投げる。
あらかじめ温めておいた牛乳を注いでやると、
真っ白なそれが透明感のある紅茶の中に濁って一体化していった。

「ほらよ」
「ありがと」
 トーストに紅茶、それに個別包装された小さなチョコレートをひとつを添えてやり、
支倉は自分の口の中にもチョコレートを放り込んだ。
朝に一粒のチョコレート、それはいつごろからの習慣かと聞かれれば、
それもまた楓と会ったときからのことだった。
なんだかんだ言っても楓とは長い付き合いで、まあ、簡単に見捨てられるような関係ではない。
口の中にべったりと溶けていく甘い味を味わいながら、楓と向き合うようにテーブルを挟んで座る。
ジャムは塗らずにバターのみ、紅茶には砂糖無しの牛乳のみ。
楓が支倉好みの味付けができるように、支倉も楓好みのメニューを用意することができるのだ。
「支倉さん」
「どうした」
「ネクタイね、青いストライプのがいいんじゃないかな」
「あーあれな、うん。まあ。そうするか」
 そういえば忘れていたが、襟を立てていたのはネクタイを締めるためだ。
腰を下ろしたばかりで面倒だが、ものすごく面倒だが、立ち上がってネクタイを締めて襟を正さねばならない。
「ところで楓、髪がはねてるのは最近の流行なのか?」
「…!!」

***

「いつまで洗面台にくっついてるつもりだったんだか」
「だ、だって。…か、……髪が、………はねが…」
「ん? なんだって?」
 楓が何事かを口の中でもごもごと言った気がしたが、
支倉のギア操作の音によってかき消される。
聞き返したが答える気はないらしく、楓は黙って助手席に座っていた。
スカート丈は昨日より長い。
信号待ちの間を埋めるように、カーステレオが今朝のニュースを読み上げる。
今年の夏は例年以上に暑いので――政府はこの件について方針を――遊園地のコマーシャル、天気予報。
ぼんやりと聞き流しているだけだが、無言よりもずっといい。

 八時になっても洗面台から離れない楓を見てられず、甘やかしていると自覚もしていたが、
学校まで送ってやろうかと言ったのは支倉だった。
「…」
 ちらりと腕時計を見る。
楓の学校の始業には間に合いそうだ、
支倉だって別に急がねばならないほど余裕がないわけではない。
ゆっくり安全運転で彼女を送り届けてやろう。
信号が青になり、ギアを入れ替えてアクセルを踏んだ。
少しエンジンを温めたのちにギアを進め、加速してゆく。
「遠藤さん、元気か」
「お母さんもお父さんも元気。よろしくねって言われてる」
「はは」
 なおさら安全運転をしなければならないに違いない。
尊敬する先輩の娘さんなのだ、怪我のひとつでもさせるわけには。

 “遠藤さん”は、楓の父であり、支倉の先輩であった。
彼女が生まれる前からの付き合いで、大喧嘩だって経験したことのある、気の置けない人物。
尊敬しているし、大事な友人としてこれからも付き合っていきたい。
だがいかんせん多忙な人だ、妻兼助手を務める奥さんと一緒に仕事に追われる毎日と聞いている。

「じゃあちゃんと面倒見てやらねえとな」
 そう、“尊敬する先輩の娘さん”と“面倒を見てやる近所のおにいさん”。
そういえば最初はそうだった。
自分がお兄さんと呼ばれるのに違和感を感じるようになったことに時間の流れを感じる。
楓だって、今こそすまして「支倉さん」、なんて呼んではいるが、
十年前は支倉のおにいちゃん、だったはずだ。
楓ちゃん。支倉のおにいちゃん――そんな時期があったことも、もはや思い出の一ページ。

 ふと気が向いた。
「楓ちゃん」
 本当に気まぐれだった。
何の気なしに、昔の呼び方を思い出したからただ口にしてみた。
思ったより響きが懐かしくて、時間の流れというものは早いんだなあ、と思ってみたりもする。
楓、と呼び捨てるようになったのも、楓が中学に上がる頃にせがまれてだったような気がする。
たぶんあの頃の楓は思春期真っ盛りで、小学校からの呼び方なんて子どもっぽくて嫌になったんだろう。
二週間ほど呼んでやれば満足するだろうと思ったが、ずるずると今まで引きずってきて、
――いまさら“楓ちゃん”だなんて。

 返答がない。
ちらりと助手席を見やると、ばちっと楓と目が合った。
なんだ聞いてるんじゃないか、と言いかけたところで、急に支倉の携帯が震えだした。
マナーモードにし忘れたのか、初期設定の電子音が狭い車内に響く。
「やべ、会社か…? はい、支倉です」
 運転中に電話に出るのは本当は悪いことだが、信号待ちだから許して欲しい。
ここの信号待ちは長いことで悪名高いのだ。
電話の向こうは幸いにもただの友人で、連絡事項を数点早口で伝えられてすぐに切れた。
随分と簡単な同窓会のお誘いだ、ハガキとか来なくていいんだろうか…などと考えつつも、
まあ幹事がやることに口を挟むものでもないと携帯を畳む。

 軽い溜息を吐くと、助手席のシートベルトが外される音がした。
「わ、私、行くね」
「は? 校門まで乗ってきたいっつってたろ」
「いいの」
 あまりに長い信号待ちに焦れたのかと思ったが、
楓はむしろ外に出たそうにしているように見えた。
まあ無理やりに引き止めるのもどうかと思ったし、歩きたいなら歩かせるべきだ。
ドアを開けて、楓の華奢な体が朝日に晒された。真っ白いシャツの首元に揺れるリボンが赤く、目に痛い。

 ドアを閉める直前。
 楓は意を決したように顔を上げ、自分の選んだネクタイを締めた支倉をまっすぐに見て、早口で言った。
「ありがとう、支倉の…おにいちゃん」
 言い終えるか微妙のラインでドアは手荒く閉められ、楓は歩道へ駆けていった。
その後姿を眺め、それから、ああ今のはさっきの“楓ちゃん”を受けての返答だったのかとようやく合点がいく。

「…俺も年取るわけだ」
 あんなに小さかった“楓ちゃん”は本当に楓なのだと突きつけられた気がして、支倉は溜息を吐いた。
まだ信号は変わらない。



 少女の手の中にある、銀色の鍵。
頭にボールチェーンで鈴がつながれているそれは、あのアパートの部屋の鍵だ。
溜息を吐くと、きゅっと唇をかみ締めた。決心して、電気のついていないあの人の部屋の窓を見る。
「べ、別に、居るだけだし……」
 誰に言うわけでもない言い訳を考えながら、楓は甲高い音を立てながら階段を上る。
ローファーにニーソックス、腰で一回巻かれたスカート。
最近ちょっと肌寒いからと羽織るようになったカーディガンのポケットの携帯、そして掌の中の鍵。ずっと握り締めていた

から、冷たい空気に似つかわしくないほど生ぬるい鍵だ。
「……」
 部屋の前に立って鍵を刺そうとすると、鈴が鳴った。控えめな音に逆にどきりとさせられる。


「落とすなよ」
 なんてことない顔をして、支倉は楓の手にそれを握らせた。
やらんでいい、と言う支倉の言葉を無視して、楓が洗い物を済ませてしまったときのことだった。
水の冷たさをちょっと不快に感じる気温の移り変わりの中、ちょっと考えたのちに支倉が出した結論である。
 食器の水分を取ったあと、こたつに潜り込んでくる楓の冷たくなった指先を、
支倉の首元に当てるのも日常だ。温かい人肌と、嫌がるけれど拒絶しない支倉の優しさが嬉しくて、
何回叱られてもやめられない。なのに、今日はそれさえ実行できなかった。
目を丸く開き、微かに開いた唇から零れたのは、疑問とも溜息とも取れる情けない声だけ。
最近に支倉の家に登場したコタツに足を入れたまま、立っている楓を見上げる支倉。
「お前、俺が居なくても部屋の前に座り込んでるだろ」
「……」
「風邪でも引かれちゃ敵わん」
 たぶん、それが支倉の言い分の全てだろう。
楓がこっそり期待するようなあれやそれやらの意味合いなど皆無だ。
自分は支倉に相手にされてもいない、だが例えそうだとしても、この掌の重みは本物である。
“合鍵”――その言葉の響きに、楓の胸の奥が締め付けられる気がした。
慌てて鍵を握りしめ、ぶんぶんと首を縦に振った。
 勢いが良すぎて、くらりと眩暈を起こす。目の前がふうっと白くなり、膝の力が一瞬だけ抜けおちる。
慌てて目の前の支倉の肩に掴まり、膝をついた。
「おい、楓!」
「……大丈夫、ちょっと立ちくらみ」
「急に頭揺らすからだ。……ああ、手ぇ冷たくなっちまって」
 冷たい指先に触れる、温かいぬくもり。
「……っ!」
 はっとして瞳を開けると、楓の冷たかった両手は大きな掌に包み込まれていた。
少し荒れた、でも楓のそれよりもずっと大きい手だ。
どちらの手にも、赤いインクやマジックが付いていて、寒いからと落とすのを面倒がったのが窺えた。
思わず笑みが浮かぶ。それほど寒いのに、芯まで冷えた楓の掌に、体温を分け与えようとしてくれている。
他の人の前では絶対にできない顔をしているのだろうな、と自覚して、楓は目を閉じた。
「……、寒いね。支倉さん」
「ああ、寒いな」
 がちり。音を立てて、鍵が回った。
「……あ」
 そういえば、ここの鍵を自分で開けたのは初めてだ。
いつもは鍵も扉も支倉が開けて、自分を待っていてくれる。それが、今は一人だ。
自分の意思で扉を開いてしまった。扉から鍵を抜いて、ドアノブに手をかける。
背後にも横にも誰もいない、静かなアパートの廊下。意を決して、楓はそれを回した。

 楓は、慣れた手つきで、薄暗い中から電気のスイッチを探り当てる。
もう日が落ちかけている時間帯で、朝に支倉が出てから人のいなかった部屋は冷え冷えとしていた。
身震いをして、コタツのヒーターの電源を入れる。暖かくなるまでの時間で、楓は冷蔵庫を覗く。
牛乳、卵、栄養ドリンクにお酒――チョコレート。
隙間の目立つ中身に驚き呆れつつ、楓は冷気を遮断する。

 そして何気なく振り向いて、どきりとした。
「……」
 支倉の、布団だ。
慌てて出て行ったのか、敷きっぱなしの布団が、少し乱れた状態で放置してあった。
掛け布団と毛布、シーツ、枕。たぶん、きっと、絶対、支倉が寝ているそれだ。
もともとこの部屋には簡易式ベッドがあったが、
楓が転がり込むようになってからはもっぱら楓専用になっている。
「……。誰も見てないんだから、いいじゃん……」
 そう、誰も見ていないなら、ちょっとの“わるいこと”も許される。
そっと楓はスリッパを脱いで、布団に膝をついた。指先をそろりと伸ばして、枕に触れてみる。

 ちょん。
「…………、……っ!」
 途端、えもいわれぬ恥ずかしさが込み上げてきて、楓は両手で顔を覆った。
だが、それだけだ。恥ずかしさの波が引いた後、薄目でこっそりと布団を眺めたあと。

ぼすん。

さきほどまでとは打って変わって大胆に、楓は支倉の布団に飛び込んだ。
スカートがめくれるだとか、見えちゃうだとか、そんなことも気にしない。
最近干されたばかりなのかふかふかした羽根布団に顔を埋めて、ぎゅうっと目を瞑る。
 シャンプーの匂い、ボディーソープの匂い、整髪料とたばこの混ざった匂い。
全部がごちゃごちゃになって、楓に一人の人間を感じさせた。
「……はせくらさん」
 囁いて、そっと頬をすり寄せる。枕を抱きしめ、布団に潜り込んだ。
枕を抱え込むように体を丸めて、掛け布団の中に隠れてしまう。
自分の呼吸と、心臓の音と、支倉の香りしかしない薄暗い空間。
ほう、と溜息をついて、楓は――自分の変化に、気付いていた。
無意識に内腿を擦り合わせてしまう。徐々に熱を持ってきているのだ。
だめだと思うし、はしたないとも思う。
 だけれど今は、あんまりに居心地がよすぎた。
「う、……んっ……」
 くぐもった声は、音量はそんなに大きくないはずなのに、やけに大きく聞こえる。
支倉の布団に押さえつけられた中は、狭いながらも楓だけの場所と時間を保障してくれていたのだ。
楓自身の体温で布団が温まり、少しずつ着衣が乱れていく。
首に揺れるリボンタイを解き、布団の外に放り出した。待ちきれず、シャツのボタンを外しにかかった。
焦りすぎていつもの倍ほど時間がかかってしまう。
 やだ、こんな。恥ずかしいのに。
考えながらも、服を脱いでいく手を止めることができない。
ようやく前を開くと、そろそろと胸の真ん中に手を伸ばした。
今日の下着は白いレースで、ふわふわ柔らかく生クリームを思わせるデザインに、
いやらしくない大きさに整えてくれるパッドが入っている。
人並みより小さいのがコンプレックスで、底上げもどきの下着なんて恥ずかしくて仕方が無い。
なのに、支倉の前では、ちょっとでも……おっきく見せたい。
生足が好きだと言うから、わざわざここに来る前にタイツからニーソックスに履き替えてくるのに、
反応もない。この前ようやくニーソについて触れたと思ったら、「寒くないのか?」

「……ばぁか、……っ」
 寒いに決まってる。なのに、それをさせないのはあんたのせいなのに。
 ぷつん、フロントホックが弾けた。熱く火照った体に冷たい空気が触れる。
急いたように胸をまさぐり、楓は、そろりと小さいそれを包み込んだ。
ふにふにと遊んでみるが、自分に普段から付いているものなので目新しい発見はない。
だけれど、つんと立っているソレに爪が掠ったとき。
「ひうっ!」
 上がった声に、楓は飛び跳ねた。
な、なにこれ……? 背筋から腰までを電撃のように駆け抜けていく、きゅうっとした痺れ。
そして後を引いて下腹部に訴えかける、もう一度と痺れを望む感覚。
感覚に抗えず、羞恥に勝った好奇心によって恐る恐る、桃色のそれを摘んでみる。
「きゃふ、あっあ……!」
 腰が浮き上がって、思考が濁っていく。
くにくにとこねくり回すと、自分の体にこんな敏感な場所があったのかと思うぐらい、
夢中になってしまう。指に唾液をたっぷりとつけ、桃の突起に塗りこむ。
濡れたせいで滑りがよくなり、触れるとびくりと下半身が疼く。
ぷっくりと浮き上がったそれと呼応するように、楓の手は下半身へと伸ばされた。
「ん、……んんっ……あ」
 こんなの、私じゃない。これは支倉さんのせいだ。
 こじ付け以外の何でもない言葉を呪文に、楓は自分に魔法を掛ける。
自分の気持ちに気付かない――或いは気付いていない振りをする支倉が悪いのだ。
だからこの行為はおかしくなんかない、恥ずかしくない。
混濁した考えでスカートをたくし上げると、ブラジャーとお揃いの白いショーツが露出した。
躊躇いもなく、下着の上から、切なく疼くそこをなぞり上げた。
触れただけで痛いほどの快感が走る。
「ひああぁんっ! ……あっ、は、せくら、さ……」
 彼の布団の中で、敏感な場所を一心不乱に擦る。
たまに指先がぐちゃぐちゃにとろけた蜜壷の芽に引っかかり、電流によって声が上がった。
下着の上から触っているのに、ぐちゅぐちゅ音を立てているそこに……“欲しく”なる。
考えただけで羞恥に耳を真っ赤にさせ、瞳を潤ませるほど刺激的な考えだったが、楓は本気だった。
 クロッチをずらし、白い指を自分のナカに入れる。
ずちゅ、つぷ。くちゃり。
狭い布団の中いっぱいの雌の香り、卑猥な音、元々の持ち主の匂い。
楓はもういっぱいいっぱいで、背中を反らしながら右手で大事な場所を、左手は胸の突起を掻き鳴らした。
「ひうう! やっ、ああ……ふ、はせ…くら、支倉、さぁんっ!」
 目を閉じて、相手を想像する。この手を彼だと錯覚しようと、必死にあの手を思い浮かべた。
赤いボールペンのインクがついたままの大きな手が、自分の胸をまさぐり、この足の付け根を撫でる。

 楓の肉芽を、「ひあぁッ!」
あの手で、「あっ、ンッ!」
押しつぶして、「あ、あ! いいよっ、支倉さんぁっ!」
摘んで、「んふう、あッ、やあ」熱くとろとろとした自分のそこへ、彼のものが入る。
 そして――優しい声で、「……き、私も、……好きぃっ!」

 夢中で指を動かす楓。
一生懸命に恋しい人を夢想しながら、ぐち、指が最奥のどこかを捕らえた瞬間に、内から激しく震えた。
「あっ、あ!? ん、あ、あああッ……んぁ!」
 悶えが腰から上へと駆け上がっていく。
ぶるぶるっと体が震え、ぎゅうっと体が引き絞られた気分だ。
その痺れはつま先から頭へと雷のように一瞬で完走し、頭の芯と足先とを何度も往復して、
徐々に落ち着いていった。身もだえが落ち着くと引き換えに心臓の鼓動が激しくなって、息が整わない。
「んん、ふっ……は、はあっ……あ」
 身もだえが落ち着き、呼吸も整えようとしている。そうすると自然と、思考も凪いでくるもの。
「ふ、はぁ…………、…………、ばっ、な、何やって、私……」
 どろどろになった愛液だらけの下着を足に引っ掛け、しっとりと汗ばんだ体と、
ひたすら大きな羞恥心が、支倉の布団の中の楓に渦巻いていた。
それを無視できるほど楓は馬鹿になりきれない。
だから早くこの状況を処理せねば、と焦った楓が布団から跳ね起きると――

 ギギ、玄関で、立て付けの悪いドアの軋む音が聞こえた。

















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続き→長道歩き

2011年03月24日(木) 18:40:28 Modified by ID:Bo5P9jtb2Q




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