昔の夢が覚めるまで
初出スレ:3代目235〜
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昔の夢が覚めるまで
夜の廊下に足跡が響いていた。
男が二人、廊下を照らす室内灯の下を歩いている。
一人は精悍な顔をした痩せぎすの男だった。険の強そうな切れ長の瞳と、鬣(たてがみ)のように波打った頭をしている。
年のころは三十代の後半だろうか、紺色のスーツに身を包んでいた。
もう一人はその男とは対照的に、恰幅の良い男だった。金壷眼に猫のような口をしており、少々軽薄そうな雰囲気を持っていた。
年のころは痩せぎすの男と同じくらいか、薄灰色のスーツを纏っている。
二人の左胸には、真新しい紫色のバッジが、さも誇らしげに付けられていた。
「いいのかなあ、森さん」
ポツリと呟いたのは、痩せぎすの男だった。細い目を更に細め、苦悶の表情をしている。
「何心配してんだよ、鏡ちゃん」
口笛を吹くかのような能天気さで、大柄な男が答えた。
「いくらオヤジの望みとはいえ、俺は……」
「おいおい、今更言ってもしょうがないさ」
悩む男に悩まない男。その体格の対比もあって、傍から見れば滑稽である。
「ほらほら誰だっけ、鏡ちゃんと大岡派の賀東宇八と一緒にYKIを組んだ……、ヤマなんとか君。彼だって若いのにもう囲ってるらしいじゃないか」
「山崎の豊さんのことですか?しかし、彼の場合と違って、オヤジの場合は……」
あたりを見回してから、痩せた男は言葉を続けた。
「七夕会の連中に嗅ぎ付けられたら、非常にまずいことになる」
「鏡ちゃんも心配性だなあ……。あっちはランボォ社事件でそこまで気が回るはずはないよ」
猫のような口を更に横に広げて、大柄な男は呟いた。
「ま、確かに高校生はまずいかなぁ」
ダメだ、この人は。
痩せぎすの男は呆れ果てた。この男は言葉も思考も軽いところがある。
将来上に立つ立場になった時、この性格で苦労をすることがありありと想像できた。
「まぁ、ここまでにしましょう」
右手に木製の扉がある場所に辿り着き、男たちは襟を正した。
痩せぎすの男が一つ深呼吸をして、扉の前に拳を突き出す。見るからに重厚そうな、装飾の施された樫の扉だった。
「あぁ」
ノックの後で、部屋の奥からくぐもった声がした。
その了解の返事を聞き、痩せぎすの男はゆっくりと扉を開けた。
「泉鏡一郎、入ります」
「森敦朗、入ります!」
直立不動の体勢で、名乗る。
二人の目の前には、まるでヴィクトリア王朝時代の貴族のそれを思わせる、茶色の装飾に満ちた部屋があった。
背の高い書架、マントルピース、ビロードのカーテン。
一見した者が、ここが日本なのかという錯覚を覚えるこの部屋は、部屋の主が大蔵官僚だった時に赴任していた、英吉利趣味で彩られていた。
その奥に、男たちがオヤジと呼ぶ男が座っていた。
マホガニー製の机を手前に、やや下膨れした顔に気難しそうな顔をして、焦げ茶色の和服を身に纏っている。
男は安楽椅子にゆったりと身をあずけていた。
例えるならば、国王が座る玉座。
実際、男の全身から発する鷹揚な雰囲気は、支配者であるものが持つカリスマそのものだった。
この男を国王に例えたが、それは誤りではない。
「国王」という者は、西洋において「神」から俗世の支配権を与えられた存在を指す。
その定義によると、この男は真の意味での「国王」であった。
「神」と呼ばれる、正確には「現人神」と呼ばれる存在から、国を統べる権利を与えられていたからである。
国王の名は、谷崎一郎と言った。
「神」から授かったその王権は、俗に内閣総理大臣と呼ばれている。
「久しぶりだなぁ、二人とも」
二人の男たちが目の前に来たのを見計らって、谷崎は口を開いた。
机の上に置かれていた葉巻入れから、半分にカットされたキューバ産の葉巻を取り出し、口に持っていく。
すぐに森と名乗った大男が駆け寄り、懐からライターを取り出して火をつける。
しばらくして濃い煙が宙に浮き、ゆっくりとした溜め息が漏れ出した。
「誰か、来られていたんですか?」
泉と名乗った男が、マントルピースの対面にある、テーブルを見て聞いた。テーブルの上に置かれた陶器の灰皿の上に、葉巻とは違う吸殻が残っている。
「ああ、椎名さんがね」
泉は直ぐに党の副総裁である椎名誠三郎の顔を思い出した。
成程、密談か。
谷崎の前に首相であった五木武之を引っ張り出し、そして五木が独自路線を歩み始めると「五木おろし」で潰した張本人に相応しい行動だ。
「田中の芳さんと、仲良くしろと言われたよ」
党内融和を図れということか、泉は即座に状況を理解した。
現在、谷崎内閣の支持率は芳しくない。政策の全てが裏目に出てしまい、国民からそっぽを向かれ始めている。
斜陽の内閣を知ってか、党内の最大派閥である七夕会、その領袖である田中芳栄の態度も目に見えて横着なものになっていた。
だから、七夕会を当面の味方にしろ。突き詰めれば七夕会の要求を政策に生かせということなのだ。
「椎名先生も難しいことを言いますね。あの土建屋こそ『琵琶戦争』の首謀者でしょう」
森が愛想笑いを浮かべながら、谷崎の機嫌を取る。
「ああ、難しいな」
だが、谷崎は笑み一つ浮かべずに言った。
彼の率いる八卦会と、田中芳栄率いる七夕会の対立は、子供ですら知っている。あまりの激しさに、『琵琶戦争』の名が冠せられるほどだった。
田中芳栄の「芳」の字と谷崎一郎の「一」の字、併せれば「芳一」。幽霊にも愛された琵琶法師の名前になる。
そのため、陰惨な権力闘争を、少しでも風流にしたいという一記者が、芳一から連想される琵琶という楽器を戦争の前に付けたのである。
それほどまでに、両派の対立は有名であった。
ケインズ式の公共工事を優先する七夕会と、健全財政を標榜する八卦会。同じ党でありながら、財政に対する考え方が完全に違うのだ。
暴力のない内ゲバ。派閥間抗争というものは、血を見ないからこそおぞましい。
死という明確な敗北の形がないこの戦いは、オセロゲームのように勝者と敗者が入れ替わる終わりのない戦いであった。
だからこそ、妥協というものが必要になる。表面上だけでも。
谷崎も泉も、そして森も党内におけるパワー・バランスの必要性について理解していた。
やらねば、潰れる。椎名はそう警告したのだ。
「で、お前たちこそこんな夜更けにどうしたんだ?」
葉巻を指にした谷崎が、話題を変えた。
「椎名さんとの話を早めに切り上げてまで時間を取ったんだ。つまらん用事ではないのだろう?」
言葉に棘がある。つまらない内容だったら許さないという無言の圧力だ。
泉は戦慄した。この男は怒らせると恐い。
自分たちが持ってきたのは、間違いなくこの男の食指を動かすはずの話だが、それでも不安になる。
しかし、その気配を全く読まずに、森が笑顔で口を開いた。
「例の用意が、出来ました」
ぴくり、と谷崎の眉が動いた。
「例の、用意?」
「ええ、先生の言っていたあれを!」
自慢気に森が胸を張る。
泉は複雑な表情で森を見ていた。あれが、誇れるようなことなのかと。
「本当、だろうな」
「本当に本当、本当ですとも、私は嘘を申しません」
何代か前の首相の台詞そのままに、森が言う。
もう、そろそろ黙ってくれ。泉は一度深く口元を結んだ後、森の言葉に続けて口を開いた。
「つい先日ですが、コンタクトに成功しました。話は私と森さんの手の者が付けてあります」
「おお」
感嘆の溜め息と共に、谷崎の目が見開かれた。
「もうこちらにも、連れて来ています」
「そうか、ははっ、はははははっ」
口を大きく開いて、谷崎が笑った。
ほとんど感情を他人に見せないこの男が、こんなにまで喜びを顕にするとは。
それほどまでに、この男の求めていた欲望は深いのか。泉は谷崎の笑いに、底知れぬ不気味さを感じていた。
響き渡る笑い声の中、燃え尽きた葉巻の灰が、灰皿の中にぽとりと落ちた。
十数分後、男達は屋敷の奥にある、部屋の前に居た。
その部屋は、数ある谷崎の寝室の一つだった。
この部屋のことを、泉や森をはじめとする若手たちは「ハレム」と読んでいた。無論、土耳古(トルコ)の皇帝が作った後宮を意味する言葉である。
「こちらです」
「ハレム」の扉をゆっくりと、泉が開ける。
ギィっという音がするのと同時に、ランプの薄暗い光が視界に入る。同時に、甘い香の匂いが鼻腔を刺激した。
トンキン・ムスク(麝香)を基調とし、性欲を増進させる作用を持つ香である。泉は自分の臍下が、わずかに反応するのを感じた。
茶色を基調とした波斯(ペルシア)絨毯が敷かれている部屋の中には、大きな仏蘭西の寝台が鎮座していた。
ロココ調の装飾が施され、天蓋まで着いた最高級品である。
その、薄紫色のシーツで覆われた寝台の上に、一人の少女が座っていた。
年のころは十代を少し越したばかりだろうか、長い黒髪を腰まで伸ばし、不安げな顔を扉のほうへ向けている。
色の白い、人形のような肌だった。切れ長の瞳にやや高い鼻柱が、薄明かりの下でぼんやりと見える。
身に纏っているのは、白色のブラウスのを下地にした紺色のワンピース。とある学校で、かつて制服として使われていたものだった。
「ば、馬鹿な」
谷崎は瞠目していた。
遠い昔、自分が恋した少女の姿がそこにあったためである。
「いおり、さん」
思い出の中の少女の名前を呼ぶと、谷崎は傍らの二人に目をやった。喜びを隠し切れない、満面の笑みがそこにはある。
「似ているのも当然ですよぉ、だってお孫さんなんですから」
森が誇らしげに胸を張る。
「苦労しましたよ。坂口一家は先生が潰して以来、行方不明でしたからねぇ……」
「ごほん。それよりも先生、ご満足頂けましたか」
余計な軽口を叩かれる前に、泉が森の言葉を遮った。
自分達に潰された一家の孫娘を前に、真相をバラす奴がどこにいる。事実、谷崎の瞳は森を鋭く睨んでいた。
「…ああ、何も言う事はないよ。二人とも良くやってくれた」
瞬時に瞳の色を変えて、谷崎が目を細める。殺気を隠したのだ。
「光栄です。この娘の両親には既に話をつけていますから、ご随意に」
谷崎の豹変に気づかずに、森が胸を張る。能天気もここまでくれば幸せものだと、泉は思った。
「話をつけた、とは?」
「経営支援を取り付けたら、喜んで差し出しましたよ。中高一貫の六年間を、こちらで面倒を見るという条件で」
「ははっ、流石は坂口の息子だ。親も外道なら子も外道か」
憎しみを込めた笑いを浮かべ、谷崎が言い捨てる。
「俺から庵さんを、石川庵さんを奪った外道が……」
背筋が凍るのを、泉は感じずにいられなかった。その憎しみは狂気に近いものだった。
「先生、あんまり怖い顔しないで下さいよ。ほら、この娘怖がっていますよ」
森の間延びした声が、異様な空気に包まれていた空間を破る。泉もこの時だけは、空気の読めない森の性格に感謝した。
確かに、寝台の上の少女は怯えた顔をしていた。
無理もない。見ず知らずの所に連れて来られて、その上で今まで経験したことがない行為をさせられるのだから……
「ああ、そうだったな」
大きく息を吸い込んで、谷崎は気持ちを落ち着けた。殺気立った雰囲気が次第に薄らいでゆく。
それを察したのか、少女が居住まいを正した。伏目がちな瞳と、上品な仕草が美しい。
沈黙の中、谷崎の荒い呼吸音が聞こえる。獲物を見つけた肉食獣のような音だ。
「わかって、いるね?」
泉が前に進み出て頭を垂れ、少女に耳打ちする。
少女は何も言わずに目を閉じると、首をゆっくりと縦に振った。
無言のまま、泉は背を伸ばすと扉まで戻った。
「我々は、これで」
言葉と共に、扉が閉められる。残っているのは谷崎と少女の二人。
がちゃり、と鍵を閉める音がした。
「ふぅ」
扉を閉めてからしばらく、応接間へと続く廊下の途中で、泉が大きく溜息をついた。
「なぁ、森さん」
口を真一文字に結んで、天を仰ぐ。陰鬱な表情だった。
「俺は、気分が重いよ。あんな、俺の息子と同じくらいの年の娘を、俺は…」
「……仕方がないさ。オヤジの為に働くってのが、俺達の立場だ」
森が遠い目をして呟く。泉と同じ思いなのだろう、所在無げに煙草を指で廻していた。
「わかっているさ、だが、だが……」
拳を握り締め、泉が俯く。派閥の長の関心をかうためとは言え、自分がやってきたことは何だったのだろうか。
泉は己の罪深さを呪った。
「罪のない一家を、滅ぼしてまでやることなのだろうか。俺は、オヤジを止めるべきだった」
「無理だよ」
以外にも、森が沈欝な表情で、煙草の煙を燻らせている。
能天気だが人情には厚い。若手議員一の粗忽者である森が可愛がられているのは、まさにその美点によるものだった。
「俺たちは、所詮コマさ。やれといわれたことをやるしかないのさ」
くしゃり、と煙草が潰れる音がした。
「やるしか、ないのさ」
同じ言葉を繰り返し、森は沈黙した。
薄暗い電灯が、寝台の上に並んで座っている二つの人影を写していた。
薄紫色をした絹のシーツが、橙色をした明かりに淡く映え、現実感を希薄にさせる。
加えて、部屋に焚き込められた麝香の匂いが、更に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
噎せ返るような香りに当てられたのか、先程まで緊張しきりだった少女の瞳が、次第に焦点を失ってゆく。
雄の匂いである「麝香」は、強い銘酒のように、少女を酔わせた。
「怖くないよ」
わずかに上ずった声を、老人が発する。
自分よりもはるかに年下であるはずの少女に、年上の女性にかけるような声で。
恭しく、その手を少女の手に重ねる。
瞬間。少女は嫌悪の表情を浮かべ、さっ、と手を引いた。
「…これは、失礼」
少女の拒否にも動じることなく、老人はにっこりと笑顔を浮かべた。
「驚かせてしまったようだね。いや、慣れていないもので」
嘘だった。谷崎がこれまでに抱いてきた女は、三桁を数える。
政治家という、権力に密接な存在には、自然と人間の欲望が集まってくる。
「ずっと、この日を待っていたんですよ」
顔の皺を思い切り綻ばせて、老人が笑った。
「いおりさん」
その名前を聞いて、少女の肩が震えた。次いで、横に首を振る。
「ちがいます」
まるで理解できないというように、老人が首をかしげた。
「違う?どうしたというんですか?」
「私は、いおりじゃありません、私の名前は…」
少女が老人から離れるべく後ずさる。
しかし、老人は膝を詰めて少女に近寄った。
「何を言っているんですか、いおりさん」
近づいてくる老人を見て、少女は気づいた。
「その顔、その声、その髪…。忘れもしません、あなたはいおりさんです。僕が、誰よりも愛している」
老人が見ているのでは自分ではなかった。自分の後ろにある、祖母の面影だったのだと。
少女は体を翻して寝台から逃れようとした。
しかし、目の前にある部屋の小窓の厳しい視線が、少女の体を押し留めた。
自分を連れてきた男の一人、泉と名乗った男が、こちらを見ていたのである。
厳しく、そして険しい視線だった。口元は何かを耐えるように、真一文字に結ばれている。
その瞬間、少女は自分がこの場所に連れてこられた理由を思い出していた。
(お父さん、お母さんを助けたいと思うんだろう?)
誘いの手を伸ばしたのは、彼ら。しかしその手を取ったのは自分。
もう一度。今度は自分から手を伸ばしたくなるのをこらえて、少女は運命を受け入れるべく、頭を垂れた。
「いおりさんっ」
背中に衝撃を感じるのと同時に、少女はうつ伏せに倒れこんだ。
老人がその体を、後ろから抱きすくめたのである。
「いおりさん、ああ、いおりさん、いおりさんっ!」
胸を、腰を、古めかしい制服の上から撫で回す。荒々しい吐息が、少女の首筋に力強く触れた。
「俺の、もの。俺のものだっ。あなたの、全ては、俺のっ・・・」
老人は、少女の体を腕の中で回し、自分の正面に向けた。
「んっ、はあっ・・・」
最初は首筋に、次いで頤(おとがい)に、柔らかなゴムが吸い付いた感触。老人が少女の柔肌に、口付けているのだ。
気持ち悪い、気持ち悪い。気持ち悪いっ!
手とは違う、粘着質の器官が身を這うことに、少女は嫌悪感を覚えた。自分が蹂躙されてゆく、そんな気分だ。
「んあっ!?ひっ・・・・・・」
胸を掴まれる感触。制服と下着に守られた敏感な箇所に、老人の指が食い込む。
食い込んだ後に、指が蠢く。リズミカルなそれはまるで生き物のように、予測不可能な動きをした。
(な、にっ、これ・・・)
不思議なことに、少女の体に指が動く度、今までに経験したことのない感覚が走った。
本能的な、何かが。
知ってしまえば知らなかったころには戻れなくなるような何かが、少女の体に生まれ始めていた。
不思議なことに、少女の体に指が動く度、今までに経験したことのない感覚が走った。
本能的な、何かが。
知ってしまえば知らなかったころには戻れなくなるような何かが、少女の体に生まれ始めていた。
「・・・やっぱりだ」
切なげな声を漏らしながら、老人が上気した顔で語りかけてくる。
半分眠気の中にいるように、重くなった瞼で少女を見つめている。
いや、老人は本当に眠っているのかもしれない。初恋の少女を抱くという、何度も何度も見た夢の中で。
「いおりさんは、こういうのが、好きなんだ」
夢心地のまま、老人の手が制服のスカートの中に伸びる。
「あっ!」
敏感な内股を触られて、少女が高い声を上げる。
掌(たなごころ)と指を使い、肌を波打たせるような動きが、少女を刺激した。
「あっ、はっ、ああ」
何だろう、この気分は。
不思議な気分だった。触れられている胸を、太腿を中心に、熱が広がっている。
その熱の塊が、全身を駆け巡り、敏感な部分を駆け巡ってゆく。
「いい、匂い…」
今度は、首筋を吸われる感覚。
少女の黒髪を、頭で掻き分けるようにして、老人が首に口付けたのだ。
幼さの残る芳香に酔う老人の顔は、恍惚の域にあった。
「おんなじだ、あの頃とおんなじだ…」
息を荒げて、老人が懐古の喜びに身を震わせる。
半分閉じていた瞼は完全に閉じられ、老人が見ている光景は、彼自身にしか窺い知れない。
唯一つ言えることは、彼が抱いているのは目の前の少女では無く、記憶の中の少女だということである。
「あの頃は、出来なかったけど…」
唇を喉元に寄せ、両手で 少女の胸を包みながら、老人が思いを告げる。
「今の僕なら、あなたを…」
紺色のワンピースの脇から、白いブラウス越しに胸を揉む。
布越しにも、弱いと感じられる刺激。幼子を撫でるような動きだ。
「あなたを悦ばせることが出来るはずです」
喉元から唇を離した老人はそう呟くと、桜のような少女の唇を塞いだ。
最初の口付けとは違って、唇を舌で割る。
敏感な歯茎を転がすように舌が動き、少女の神経を刺激する。
「んぁ…、ふぁ……っ」
門のように閉じられていた少女の歯が、ゆっくりと力を失ってゆく。
次の瞬間には、少女の舌と老人の舌が絡み合っていた。
「んむ、あぁっ…、ふぅんっ!」
敏感な器官同士が触れあう。それは最初の侵食だった。
これほどまでに染み込むのかという、ざらりとした刺激。しかも、老人の舌は少女の口腔を余すところなく浸食した。
自分の身体の何処に、こんなに敏感な箇所があったのだろうか?
老人に目覚めさせられてゆく、秘められた自分の扉。
麝香の香りと、老人の手解きに酔いながら、少女は眼を閉じた。
充分に少女の唇を凌辱した老人は、ややあって上体を起こすと、和服の襟元を肌蹴た。
「練習、したんですよ。あなたに釣り合う男になるように」
「あなたが、好きです。僕とお付き合いしてもらえませんか」
呼び出した場所は、校舎の裏手にある、人気の殆ど無い神社の境内だった。
手紙に書かれていた時刻丁度にやってきた彼女に対し、彼は真っ赤に染めた顔で思いの打ち明けた。
冬の、この県にしては寒い日の夕方だった。境内に掲げられた『武運長久』の旗も、震えるように揺れていた。
少年の隣に居る少女は、鳶色の和服に木綿の襟巻という姿であった。
人形のように長くて美しい黒髪と、釣り目がちな瞳が特徴な、佳人だった。その美しさは『振り返らない者はなし』と町の噂になるほどだった。
少女は少年の告白に、一瞬目を見開く。
しばしの間、沈黙が続いた。
太鼓を乱打するように、少年の胸は高鳴った。期待と不安の入り混じったような瞳が、少女をしっかりと見据えている。
対照的に、少女は悪戯っぽい視線を、少年に向けた。明らかに侮蔑を含んだ視線。
しかし少年の純粋さは、その視線すら新鮮なものに映っていた。
「お気持ちは嬉しいのですが」
「そ、それじゃあ!」
早とちりした少年が、少女の手を握ろうと手を伸ばす。
だが、その手は空しく宙を掴んだ。少女がその手を隠すようにして、後ろに回したのだった。
「私、付き合っている方がおりますの」
「え…?」
ずぶり。と、胸元を刃で貫かれるような感触。
少年にとっては、文字通り衝撃の告白であった。
「あ、相手は…?」
失恋を受け入れる余裕を持つのに、少年は若過ぎた。
自分よりも先に少女を射止めた者を知りたい。好奇心が先に生まれた。
「…坂口の若旦那」
その名前には聞き覚えがあった。上海との貿易で羽振りの良い、商家の長男坊の名である。
「坂口の?あんな奴が…!?」
聞き覚えがあるというのは、悪名のことだった。
金に飽かせて女を買う、女給を囲うということで、少年の通う学校でも道楽息子の代名詞だった。
「あんな奴…?」
少女が不快な顔をした。どんな人間でも、好意を持っている人物の悪口を言われれば腹が立つということを、少年が知るのはまだ先のことである。
「『あんな奴』でも、あなたよりは良い人ですわよ」
「なっ…!」
見下していた男よりも卑下されて、少年の自尊心に傷が付く。しかも好きな女性からの一言は、その傷を深いものにした。
「あの人はあなたよりも良い顔をしていますし、商才もありますわ。そして何より、上手いんですもの」
妖艶な頬笑みだった。同じ年頃の娘たちのそれとは決定的に違う、色香に満ちた笑顔。
『女』の微笑。
少年が最後に見た少女の頬笑みは、何とも怪しく、そして美しかった。
「さようなら、一郎さん」
踵を返して、少女が神社の石段へと向かう。
「ッっ!ま、待って、待ってください、いおりさん!!」
少年は追いすがろうと、駆け出した。
だが、急な動きに下駄の鼻緒がぷつりと切れた。無様に、地面に膝が付き、仙台平の袴を汚した。
自然と、少年は少女を仰ぎ見る形になった。
物音に振り向いた彼女が、自分を見ている。その視線はひどく無機質で、まるで人形のようだと、少年は思った。
「…あなたはもう少し、女というものを知るべきね、御機嫌よう」
再び背を向けた少女は、それきり振り向くことなく、石段を下りて行った。
「ま、待って、待って!いおりさんっ、いおりさぁぁぁん!!」
少年の慟哭が、夕闇の迫る境内に響いた。
(何でっ!?どうしてッ!?)
信じられなかった。
会う度に自分に満面の笑みを見せていた彼女が、大雨の日に一緒に傘を使ったこともある彼女が、ずっと憧れていた彼女が。
自分以外のものになるなんて―――。
少年の絶望は深かった。日が落ちて、寒さが身を切る夜中になるまで、少年はずっとその場に泣き付していた。
しかし深い絶望の中でも、人は生きるため、最善の解決法をどこかに求める。
そして少年は、それを少女の最後の言葉に求めた。
(もう少し、女というものを知るべきね)
そうか、女を、女を知れば…
この時、少年は一度死んだ。
いや、正確に言えば狂ってしまったのかもしれない。
翌日から少年は人が変わったかのように、勉学、運動、そして嫌がっていた女郎屋通いに精を出すことになる。
女を知れば、女を悦ばせれることが出来れば、きっと…
政治家に、総理大臣にまで上り詰めた男の原動力はそれに尽きる。
女を抱くことに不自由の無い、そして自分の思い通りの世界を築くのに最も適した職業が政治家だった。
いわば、この少女を取り戻すためにだけ、谷崎一郎は政治を志したのである。
あの人は、僕の元に戻ってくる――――。
「綺麗だ…」
老人は、少女の肢体の美しさに声を上げた。
白色の下着姿になった少女が、自分の真下で、仰向けに寝転がっている。
自分の和服と、少女が身に纏っていた制服は、絨毯の上に散らかされていた。
白磁のような肌よりも白い、純白の下着が、背後の黒髪と見事な対比になっている。
芽生え始めた小さな胸も、肉付きの充分でない細い太腿も、老人が理想としていた光景に、驚くほど合致していた。
「本当に、綺麗ですよ、いおりさん」
あの、寒い日からどれだけの時間が経ったのだろうか。
初心(うぶ)な少年だった自分は、驚くほど変わってしまった。
でっぷりと肥えた身体には深い皺が刻まれ、髪の毛のほとんどは白く染まっている。
権力のために多くの者を蹴落とした。望まぬ結婚もした。女も、数多く抱いた。悦ばせる技も覚えた。
邪魔者も、消した。そして一つの家族を破滅に追いやった。
全てはこの日のため、本来ならば、あの寒い日から始まるはずだった幸せな日々を取り戻すためだった。
老人は少女に覆い被さると、背中に手を回し、下着の留め具を外した。
上体を拘束していた戒めが解かれ、少女が軽く声を漏らす。
(回っているか…)
トンキン・ムスクを基調とした香が、効いているようだ。
麝香には性欲を増進させる効果がある。少女の虚ろな目が、その効果を物語っていた。
「ひゃっ!……あっ」
左手でブラジャーを脱がせるのと同時に、老人は左手で少女の深い部分を触った。
下着越しでなく、直に触れられた拍子に少女が声を上げるが、否定の響きはない。指先に薄い恥毛の感触を味わいながら、徐所にその手を深い所へ忍ばせてゆく。
「だ、だめ、そこ、はっ、あぁ…」
自分でも触れた事のない部分に、指が入ってくる。少女は襲い来る快楽に耐えるように、羞恥の声を上げた。
ちゅくっ。
「ふあっ!?あああぁぁっ?」
指先が、肉芽に触れた。
瞬間、少女の身体が激しく震え、嬌声が漏れる。その部分から背骨を伝い、快感が脳天まで駆け抜けた。
「ひゃっ、う、嘘っ、あ、あっ、ああっ…!」
少女の反応に満足したのか、老人が、徐々に指先を動かす。その都度に快感が、少女の身体を貫いた。
「あっ、やっ、やめ、んっ、んんんんっ!」
段々と激しさを増す指の動きに、少女は腰を引いて逃れようとした。
しかし、老人はブラジャーを脱がせ終わった左手で腰を抱き、逃げることを許さない。
「あうっ、ああああっ!!」
今度は、別の指が肉芽の下、最も深い部分の入口を刺激した。
ぴったりと閉じられたその部分は、僅かな刺激にも敏感に反応する。
「やめっ、やめてぇぇっ!」
少女は老人を押しのけようと、両手で老人の頭を押さえた。
しかし、老人はそれを押しのけるべく、もっと強い刺激を肉芽と蜜壺、両方に与えた。
「ひゃっ、やあっ、ああああああッ!!」
一瞬意識が飛んで、全身の力が抜ける。
少女が軽く、絶頂に達したのである。
「はあ、はあっ……」
肩で息をする少女を見て、老人は満足げな表情を浮かべた。
泉の発案だろうか、性欲の増進効果を持つ香を焚き込めていたのが正解だったようだ。
性的に未発達な少女だから、痛みしか感じない場合はどうしようかと思っていたが、これなら安心である。
既に自分の欲望は、力強く滾(たぎ)っていた。
「…んっ?ふあっ!?」
快感の余韻に浸っていた少女は、自分の下半身がいきなり天に向けられ、驚きの声を上げた。
老人が自分の喉元に少女の尻を置き、下着に手を掛けたのである。
(あ…)
意味を理解して、少女が下着に手を伸ばす。だが、力の抜けた身体の動きは遅かった。
下着はするりと脱がされた。
全裸になった少女の、秘部が老人の眼前に晒される。
「おお…」
真っ白な肌の真ん中に、わずかな黒色の茂みと、紅色の肉襞。
少女の匂いを十分に残したその部分に、老人は感嘆の声を上げながら、顔を埋めた。
「ああっ、ああああぁ……」
老人の舌が、肉襞に触れるのと同時に、少女が声を上げた。
快楽のためか、それとも羞恥のためか、少女は両手で顔を覆い、首を振っている。
肉芽が鼻に触れ、少女の匂いを老人に深く染み込ませる。
恥毛が擦れる間隔を顔面で味わうのと同時に、老人は舌の強度を段々と強めていった。
「いやぁ、ああっ、だ、だめ、汚な、あぁ……」
少女は腰を引くように力を入れるが、しっかりと老人の両手に押さえられ、動かす事が出来ない。
「ふぅっ!んっ、はあぁっ…」
その内、舌が肉芽をも刺激する。まるで自分がその部分から食べられているような幻想を、少女は感じていた。
「まだ、固い…」
しばらく恥部を味わった後、老人は少女の身体を横たえ、寝台の側にあるテーブルに手を伸ばした。
テーブルの上にある硝子の瓶を手に取ると、老人はその口を開けて、中のどろりとした液体を手の平に溢(こぼ)した。
「そ、れ…?」
息も絶え絶えに、少女が得体の知れない物への恐怖を口にする。
「じきに、分かりますよ」
言いながら、老人が自分の欲望に、その液体を塗り付けた。
「っ!」
その光景に、少女は眼を反らす。
そそり立った男性の生殖器。老人が服を脱ぐ時は目を閉じていたから、始めてみる光景だった。
凶暴な獣のように、赤黒く牙を向き、自己主張をしている。
塗りつけられた液体によって益々そそり立つそれは、凶器以外の何物でもなかった。
「いおりさんにも…」
欲望を握っていたその手が、少女の秘部に伸びた。
「うううっ、や、ああ…」
冷たい。
熱気の中に居たためか、その液体は最初氷のように冷たく感じられた。
しかし、老人の手が離れた直後から、その液体は熱を持ち、秘部に十分な粘り気を与えた。
…老人が特別に造らせた媚薬入りの潤滑剤だった。
「さあ、いおりさん」
老人が瓶をテーブルに戻して、少女に向き直る。本能的な恐怖を感じて、少女は両足を閉じた。
しかし、抵抗むなしく老人は簡単にその足を開くと、強引に身体を少女の中心に移動させた。
「いきますよ…」
上体を少女に預けて、老人は腰を少女の腰に押し当てた。
「〜〜〜〜っ!!」
恐怖に、少女が両手でその身体を押しとどめようとする。だが、老人は両手首を取り、ばんざいをさせるような形で抵抗を封じた。
瞬間。
「あああああああぁぁぁぁっ!!」
刃で貫かれるような痛みが、少女を襲った。
熱い、熱い熱い熱い!!
秘部を中心にして、身体が焼け焦げそうだ。
「いやああああっ!!抜いてっ、抜いてえええっ!!」
首を何度も横に振り、痛みを訴える。
しかし老人はなおも挿入を続けた。
「あああっ、いおりさん…」
切な気な声を出して、奥へ、奥へと侵入していく。
「〜〜〜っ!んんんんっ!!」
段々と、少女の声が弱まっていった。
あまりの痛みに声も出せないのか、ぱくぱくと口を金魚のように動かしている。
「大丈夫ですよ……。段々と気持ちよくなっていきますからね」
最奥まで侵入して、少女の状態を気に掛ける余裕の出来た老人が、優しく声を掛けた。
「んっ、いおりさん……」
流れ出た涙を唇で拭き取るように、老人が少女の頬に口付けた。
老人の言った言葉は本当だった。
痛くない、そして、気持ち良い。
「あんっ、あっ、あっ、あああんっ!!」
しばらくの後、少女は快楽の声を上げていた。
体が、熱い。そして狂おしいほどに、刺激が欲しい。
身体の全てが性感帯になったかのように、感覚が鋭敏になっていた。
媚薬の効果は凄まじく、破瓜の痛みを始めとする全ての痛みを快楽にするかのようだった。
自分の上で懸命に腰を振る老人の動き一つ一つが、刺激を与えていた。
「いおりさん、いおりさん、いおりさんっ!」
少女の腰を抱えながら、谷崎が動く。
「はっ、はあっ、んんあっ!」
ぬちゃっ、ぬちゃっ、ぬちゃっ……。
薄紅色をした少女の秘部に、赤黒く染まった老人の欲望が出入りを繰り返す。
白い少女の内腿には、処女であった証が赤く散らされていた。
老人は少女の足を両脇で抱え込むようにして、その身体を支配していた。
「んっ、ん……、あっ……」
繋がりながら、老人が少女の唇を吸う。虚ろな目で、少女は自らも唇を求めた。
絡み合うお互いの唇。少女は自ら老人を求めて、その首に手を回した。
「くおおぉぉっ…、なんて、きついんだ……」
少女の膣内が生み出す刺激に欲望を締め付けられ、老人が言葉を漏らした。
「こんな刺激、初めてだ…」
初めての異物を押し出すためか、少女の膣内は侵入者に対し、全力での抵抗を試みていた。
しかし、それが老人には激しい刺激となって、更なる欲望を生み出していた。
「もっと、もっと、奥に……」
貪欲に、老人は侵入を試みた。
だが、成長の途中である少女の膣内は、未だ老人の全てを受け入れることが出来なかった。
欲望の根元を僅かに残し、少女が老人に満たされる。
「ああっ、やっ、やあっ…」
少女が首を何度も横に振った。
「変っ、変なの……」
「何が、変なんです……?くっ」
少女の様子に気づいた老人が、何かを察したかのように、少女に尋ねる。
「変、なんです…私、痛いのに、痛いのにっ…!」
自分の体に起こっている変化に脅え、少女が両手で顔を隠すようにして首を振る。
「ほぉ…、痛いのに…?」
老人はその顔の傍に自らの顔を横たえ、囁くような声を掛ける。その甘い響きに、少女は尚も首を振った。
「気持ち、いいんですか」
「い、やあ………」
女としての悦びに目覚め始めている。老人には少女の様子が手に取るように分かっていた。
営みに慣れていない女性が、女に変わってゆく様。
何人もの女を抱いてきたが、この瞬間を見るのが、老人にとっての最大の喜びだった。
「いや、私、違うのに、違うのにぃ…」
自分に生じている変化をあくまで否定しようとする少女。
「何が、違うんですか…?」
「私、そんなのじゃ、そんなのじゃ……」
今まで少女が育ってきた環境上、それを認めることはありえないことなのだろう。
自分の介入があるまで、お嬢様育ちだったというからそれは尚更だ。
しかし。
「そんなのって…?」
そのお嬢様が、乱れていく。
何とも言えない背徳感を感じながら、谷崎は少女の柔らかな耳の感触を味わっていた。
「い、やぁ……」
質問に答える気力もない少女は、ただ、いやいやをするばかり。
老人は少女の耳を口で弄びながら、残酷な事実を告げた。
「感じているんでしょう?僕に抱かれて」
「あああっ………」
事実を目の当たりに告げられ、少女が陥落の溜息を洩らす。
切な気で、どこか扇情的な少女の溜息を耳にして、老人は少女の胸の先端を摘まみながら、囁いた。
「本当に、淫乱なんですね、あなたは」
ぞくぞくっ、と、少女の背中を何かが駆け抜けた。
淫乱
背徳的な響きを持つその言葉に、少女の奥底が反応したのである。
(いんらん、私はいんらん……)
女というものは、「不自堕落(ふしだら)」ではいけません。
両親に教えられてきた、女性としての心得。「不自堕落な女」とは、自分には縁の遠い存在だと思っていた。
しかし、こうして初めて会う男に抱かれ、自分はこれまでに無かった快楽を感じている。
その快楽が、我慢できない位に気持ち良い……。
少女が、自分が女であることを自覚した瞬間だった。
「何て、淫乱なんだ。あなたは…」
「ああっ、ふっ、ふあっ!ああああんっ!何で、何で?こんなにぃ……」
「思っていた、通りだ。やっぱりあなたは好きなんだ。こういうのが好きなんだっ!」
「す、き…?私、が…?」
「ええ、あなたは間違いなく……」
老人の唇が、こりっ、と少女の乳首を齧る。
「いんらん、ですよ」
ぷつんっ。
飛んだ。
全身の力が抜けて、身体の重みが一瞬だけ消える。
「淫乱」という言葉は毒のように少女の身体を侵し、初めての絶頂を与えた。
「はあっ、は、あっ……」
徐々に、身体の芯から熱気が生み出る。
少女は肩で息をしながら、絶頂が生み出す脱力感の中にいた。
震えが止まらない。意識はあるのに身体が動かない、まるで金縛りだった。
しかし、その動かない状態が、途轍もなく気持ち良い。
「んっ…!」
そこに口付け。
満足げな顔で、老人が少女の唇を奪ったのだ。
「駄目ですよ。あなただけ……」
同時に、突かれる。腰に老人の手が宛がわれ、一気に。
「はっ!あああああんんっ!!」
達した直後の敏感な身体に、子宮の奥まで衝撃を受け、少女が叫ぶ。
ずんっ、ずんっ、ずんっ。
既に潤滑の良くなった膣内を、老人の欲望が走った。
「やっ、やっ、くぁ、あはっ…」
声が声にならない。思考が言葉になることを、本能が拒否しているかのようだ。
「ふっ、ははっ、ははははっ!!」
老人は腰を振りながら笑った。満足気に、自分の望みを叶えた喜びに笑っていた。
「綺麗だ・・・!ああっ、乱れるあなたはなんて綺麗なんだっ!!」
限界が近いのか、腰の動きがさらに激しくなる。
老人が見ているのは、目の前の少女か、それとも、過去の幻影なのか。
「愛しています。あなたをっ!こんなに淫乱なあなたをッ!!」
「・・・あいし、て・・・?」
愛。
その言葉に、少女がわずかな反応を見せる。
異性への愛というものを知る前に、女になってしまった少女が、名残惜しげに呟く。
「お願い…っ、はあっ…!言って…、んあっ…!私の、なま…え…」
せめて、せめて自分の名前だけを。
他人の替わりという形で失う「少女」でも、せめて失うのは自分でありたい。
しかし、その望みは簡単に打ち砕かれた。
「ええ、行きますよ…。もちろん、あなたの中へ・・・・・・」
老人は聞き違えた。少女が自分の中で果てることを要求したと、半ば狂った頭が判断したのだ。
「うっ、おおおおおおぉぉぉっ!!」
「や、あ、あああああぁぁぁっ!!」
白濁の液体が、欲望から発射される。
勢い良く吐き出されたそれは、瞬時に少女の膣内を満たした。
破瓜の血と交わった桃色の残滓が、寝台の布を染める。
「いおり、さん……」
放出を終えた老人が、愛おしい人の名前を呼びながら、力尽きた。
ぐったりと少女の上に覆いかぶさり、その身体を抱く。
老人が伏す間。少女はずっと天蓋の裏を見つめていた。欲望の熱気から目覚め、表情には何の感情もないように見える。
だが、少女の目には、一筋の涙の後があった。
(ちがう、私は、いおりじゃない。私の、名前は………)
「私の、名前はっ…!」
目覚めると、見慣れた天蓋が自分を見下ろしていた。
久しぶりに見る夢だった。
自分の破瓜。この屋敷に来た最初の日の出来事だった。
「……」
薄い黒絹のネグリジェが寝汗で濡れている。
あの夢は、悪夢だったということなのだろうか。庵は首を振って額を拭った。
「違う、私は、恨んでなんか、いない……」
寝台の横のテーブルに、手を伸ばす。
そこには、わずかに色褪せた写真立てがあった。
屋敷の庭の一角で、海山手高校の服に身を包んだ自分と車椅子に乗った谷崎が、微笑んで写っている。
あの後、自分に対する谷崎の庇護は、実の孫に対する以上のものだった。
表向きは後見人として、庵の中学、高校への進学の面倒を見、最高の教育と生活を与えたのである。
彼女に注ぐ愛情も、裏表の無い純粋なものだった。
無論、夜の営みについても、これまでに自分が蓄えた技を、存分に振るった。
庵が老人の囲い者になることに、何の躊躇いを見せなくなる−。
正確には全てを諦めるのには時間はかからなかった。
自らの戸籍上の名前を、老人の望むように変えたのもその為である。
それでも。
「呼んで、欲しかった……」
自分の名前を、本当の名前である庵子という自分の名前を。
息絶えるその時まで、谷崎にとって自分は「いおり」の代役だった。
最初に、破瓜の痛みとともに、自分は、坂口庵子は殺されたのだ。
「だから、いいよね……」
写真立てを置いて、庵が不意に笑う。
「殺されたんだから、私も殺して、いいよね……」
あの時に、自分は幽霊になった。坂口庵という過去の亡霊に。
亡霊は自分の恨みを晴らすべく、現世の者を取り殺そうとする。
その獲物を、彼女は見つけたのだ。
純粋そのもので、若さに満ち溢れた、少年。
幽霊屋敷に迷い込み、幽霊に見初められた哀れな少年。
「……楽しみだな」
あの性に戸惑いを覚える少年の顔が、どれだけ乱れ、汚れていくのか。
幽霊屋敷の女主人は、歪んだ妄想に思いを巡らせ終わると、寝汗を流すべく、風呂場へと向かった。
関連ページ彼女が僕を堕とすまで
2011年07月25日(月) 17:15:34 Modified by ID:2C3t9ldb9A