6代目251小ネタ

初出スレ:6代目251

属性:教師×女子高生




 あまい。
 何がと言えば匂いであり、雰囲気でもある。最近は肉を腹一杯食べると次の日に響くようになり年齢を意識した僕には甘すぎる。
しかし僕とは違って若々しい花の高校生たちは廊下で教室で、今日という日を目いっぱいに楽しんでいるようだ。
どうも話を聞くに、僕らが学生の頃には無かった“トモチョコ”だの“セワチョコ”だの、訳のわからない“ホモチョコ”なんていう
ものまでが現れたらしい。世代が違うと異文化だなあ、と先生方と笑ってみた。


 そんな今日を精一杯楽しんだ高校生が帰っていくのを屋上から眺めながら、僕はコートの襟を掻き合わせた。
吐く息がぼんやりと白くなり、まだまだ冬だということを感じざるを得ない。
友人を突っつきながら、あるいは好きな人と手を繋ぎながら校門から散らばる人影を見ながら、鼻をすする。
「若いなあ……」
 胸やけしそうになり衝動買いした無糖コーヒーの缶を掌で包みながら、思わず呟いた。
「うわあ、年よりくさい」
 その呟きに、背後から返事がくる。この寒い時期の屋外に人が来ることには驚いたが、声には聞き覚えがあった。
「現役高校生と比べるとどうしてもなぁ」
「……否定しないんですか」
「できないからね」
 振り返ると、ぶすくれた表情の女の子が一人立っていた。コートを着込み、ミルク色のマフラーが口元まで覆っている。
肩に鞄を背負っているところから帰宅直前だということが分かる。彼女は今日の僕の授業でもうたた寝をしながら化学式を写していた。
試験前でもないのによく質問に来てくれる勉強熱心な生徒だ。
「質問かな? ここは寒いだろ、職員室で聞こう」
「や、違うので……ここで」
「ここで? 寒くないか、そんなに足出して」
「わっ、若いからいいんです!」
 そう吠えると、彼女はまっ白い脚で僕に近づいてきた。
タイツの生徒もちらほら見るが、この気温の中で素肌を晒す根性はさすが女の子だなあというところだ。
びゅうと吹きつける風が冷たくて身震いする。

 目の前で立ち止まった彼女は、うつむき気味で、目を伏せていた。見下ろすと、まつげが長いのが分かる。
彼女の柔らかそうな髪の間から覗く耳が、鼻先と同じくらい赤くなっていた。僕の鼻もこれくらい赤いんだろうか。
「先生はどうせ今日誰からも貰えなかったんだろうなって、笑いに来たんですよ」
「はは、手厳しいなあ。でも残念でした」
「え」
 弾かれたように顔を上げた彼女の目が丸くなる。
確かにこんなおじさん先生にチョコを贈る女子生徒なんて少ないかもしれないが、可愛くラッピングされたものをいくつか渡されたし、
女性の先生方からも頂けたし、ゼロではないのだ。嬉しいが、消化に時間がかかりそうだ。



 見る見るうちに彼女は不機嫌そうになっていった。先ほどよりずっと険しい表情で睨まれ、苦笑がもれる。
「……」
「そんなに怒らなくても……」
「……。それ、全部義理とか世話とかですから、勘違いしないでくださいね」
「分かってるって」
 僕がぬるくなり始めた缶コーヒーを摩ると、彼女は顔をそむけて、溜息を吐いた。
おおきな白濁がふわりと浮かんで、水泡みたいだなと思う。

「あ、これ少しは温かいけど、触っておく?」
「……、うん……」
 彼女は素直にうなずくと、ポケットに突っ込んでいた手を出して、僕に手を伸ばした。その白くて小さい手に缶コーヒーを持たせてやる。
一瞬だけ触れた指先が冷え切っていて、カイロでも持っていれば渡せたのにと後悔した。
「あの!」
 やっぱり寒いし屋内に引っ込もうか、と提案しようとした矢先の切羽詰まった声に、僕は思わず声を呑みこんだ。
「な、何かな」
 返事には驚きの色が色濃く表れていて、格好がつかない。
しかし彼女は僕の格好悪さには言及せず、視線をうろうろさせて、何度も瞬きをしている。
二度ほど呼吸を挟んで、彼女はようやく意を決したように口を開いた。
「ほ、本当に、勘違いしないでくださいよ!?」
「だから、大丈夫だって……」
 よっぽど僕はガツガツしているように見えるらしい。
手をぶらつかせ、よこしまな気持ちがないことを伝えようとしたが、彼女は目の縁を赤くして、

「先生みたいなおじさんを相手にする枯れ専は、わ……私しか居ないんですからね!」

 そう言い捨てて僕に向けて何かを投げつけると、一目散に駆け出して行った。
ばたばたと走っていく途中にスカートが際どいところまで翻って、生白い脚が目に焼き付く。
本当、最近の女子高生はあんな短いスカートでよく頑張るな、と考えて、現実逃避から思考が引き戻された。


 開け放たれたままの出入り口を眺めたまま、立ち尽くす。
取り残された僕は受け止めた何かを腕に抱えたまま茫然として、それに視線を落とした。
「僕、そんな枯れてるかな……」
 そんなことを考えなければ、かわいらしくラッピングされた箱を直視できなかった。








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2012年03月09日(金) 18:28:33 Modified by ID:2C3t9ldb9A




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