おっさん探偵と住み込み少女
初出スレ:初代370〜
属性:おっさん探偵と住み込み少女
「高江洲さん、お客さまはお帰りになりましたか?」
革張りのソファに行儀悪く背を預けながら、おーと気の抜けた返事をする。
洋風にしつらえた木製のドアが控えめに開いて、盆を抱えた少女がおずおずと部屋に足を踏み入れた。
桜色の着物の上から、生成りの前掛けをきちんと身につけて、ゆっくりとした所作で机のすぐそばに両膝をつく。
「お客さま、なんておっしゃっていました?」
「お前の珈琲を褒めてたよ。流行りのカッフェより美味い、だとよ」
「もう、そうじゃなくて。お仕事のご依頼だったんでしょう?」
「あー、まー、断った」
「え?」
「断った。俺にはできん仕事だよ」
お天道様に顔向けできない仕事は受けない、と決めている。
馬鹿馬鹿しい自尊心だと自覚はあるが、この探偵事務所を開く際に、金を出してくれた祖父に誓ったのだ。もうその祖父もずいぶん前に亡くなってしまったけれど。
――お天道様に顔向けできないってどんなこと?
玻璃のようなきらきらした目で、そんなことを聞かれても困るから、今日もいつものようにのらりくらりと会話をはぐらかす。
卓上の木箱から煙管を取り出して、そういえば煙草はずいぶん前に切らしていたと思い出し、またぽいとそれを投げ出した。
茶碗を片付けていた娘が、困ったように顔をしかめた。
「高江洲さん、どうしていつもお仕事断っちゃうんですか?」
「俺ァ、怠けモンだからなぁ」
「お金、ないんですよ。みのやさんへのツケも溜まってます。今日も女将さんがいらしてました」
「おー、そうだなァ」
「高江洲さん、わたし、心配なの。まじめに聞いて」
「お前、いくつだっけ?」
「13です……どうして?」
「いやァ? 大人になっちまったなァと、思ってさ。こーんなちびだったのによォ。俺もじじぃになるはずだよな」
「ほ、奉公へいけとおっしゃるなら、まいります。でも、し、娼館は嫌です……」
うつむいた顔を泣きそうに歪めて、語尾をかすれさせて小さく震えた少女の、黒い頭にぽんと手を置いた。
ぐりぐり、と乱れるのも構わず撫で回す。
「んなこた言ってないだろ。俺とお前が食ってくぐらいは蓄えてあるさ」
綺麗に上げた前髪をぐちゃぐちゃに崩されても、少女はほっとしたような息をついて柔らかく微笑んだ。
それにそこに無造作に飾られているつぼを売れば、お前の花嫁衣裳代ぐらいにはなるぜ。じーさんの道楽に感謝だな。
言いかけて、胸が詰まった。
湧き上がる痛みの正体を、高江洲は知らないふりをする。
娘を嫁にやるってのはァ、寂しいモンだねェ。まぁそういうことだろ。
「今度、写真撮りにいくか?」
「え?」
「髪も乙女に結ってよォ。似合うぜ、きっと」
ぱっと少女が嬉しそうに頬を緩めて、しかしすぐにはっと気がついて綺麗な眉根を寄せる。
「でも、お金……」
「心配すんなって。明日は真面目に働くさ」
「ほんとう?」
「ああ」
「きっとよ?」
「うん」
「約束ね。一緒に写真、撮ってくださいね」
あれ、いつの間にか一緒に写ることになってらァ。
にこにこと嬉しそうに顔を輝かせる少女を見て、まぁそれもいいかと息を吐く。
こんなむさいジジイが隣にいたんじゃ、お見合い写真なんてなりゃしねェな、と薄く笑った。
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2007年11月07日(水) 00:04:59 Modified by toshinosa_moe