チビとせんちゃん 2

初出スレ:5代目54〜

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* * *

 突然「外泊しよう」と言い出した。
 せんちゃんが大学生の頃から住んでるアパートは古いし、壁も薄い。お陰でとんでもなく恥ずかしい思いをした。
 それで、てっきり持て余す下心をどうにかするためにラブホにでも行くんだと思ってた。
 だから大して気張らずにのほほんとその日を待ってたら、2日前になってから
「お洒落してな」
ときた。理由を聞いても『いいからいいから』としか言わないし、待ち合わせの時間的にも向こうが会社帰りの格好で――つまりは
スーツ姿――で来るのが予想できたから、慌ててそれに釣り合う服装を揃えた。

 外での待ち合わせはこれで2度め。普段は出かけようと言ってもせんちゃんのアパートにあたしが出向く事になる。ほら、なんせ
男の独り暮らしだから、溜まった洗濯を済ませてご飯を放り込んでやらねばならない。下手すると穴の開いた靴下とか履いちゃうし。
 ああ、ダメだダメだ。今日くらいは生活臭は消す努力をした方が良いかも。
 だって今いるのは彼の会社の最寄り駅で、この辺りじゃわりと賑やかなオフィス街。あたしみたいな学生はあまり利用する
機会は無いかも。いつもみたいな格好だと立ってるだけでも浮いてしまいそうだ。

「……遅い」
 指定の時間を30分近く過ぎても、肝心の相手はまだやって来なかった。
 帰宅ラッシュが始まったのか、徐々に行き交う人の数が多くなる。そんな中いつまでも来ない彼氏を待ち続けているうちに
少しずつ心細くなってくる。
 電話すればいいだけなんだけど、向こうはまだ仕事中かもしれないと思うと悪くてそれも出来ない。授業じゃあるまいし時間通り
に区切るわけにはいかない。ただの学生バイトの身とはいえそれ位は理解できる。
 メール1つ送れない程多忙なのだろうか、と鳴らない携帯を閉じ開き溜め息をついた所で、俯いた視界に入った目の前の見慣れた
靴に顔を上げた。

「ごめん。ちょっと手間取った仕事があって……」
「ううん、大丈夫」
「悪いけど急いで。飯、予約してるんだ」
 切符を握らされ、少し小走りで改札に向かう。
 ヒールの高い靴を久しぶりに履いた。だから上手く走れない。
「おっと!」
 引っ張られてよろけた体を抱き止められて顔を上げると、合わさった筈の視線をぱっと逸らされた。
 なんでー!?
「ごめん……」
「いや、急がせたからだし。……そういうの履いてきたんだ……?」
「あ、うん」
 服に合わせたから。
「そっか。ああ、足捻ってないか?」
「ん……」
 手をそっと離される。そのまま促されて改札をくぐると、帰りとは逆方向の電車に乗った。
「どこまで行くの?」
「××駅」
 大型デパートやホテル、ビルの建ち並ぶスポット。そんな所に何をしに?
 勿論、お洒落してこいって言うくらいだから、近所の定食屋やファミレスじゃないって事はわかるんだけど、そんな場所で
しかも予約の必要な店なんて……せんちゃん、有り得ない!一体何考えてるんだろう。


* * *

「……どう?」
「うん。すごく美味しかった」
「そうか!」
 嬉しそうにニコニコと上機嫌な顔が朱いのは、さっき飲んでたワインのせいかしら?
 こんなふうにいつものしまりのない顔で安心させてくれるかと思えば、ふっとその目を伏せてもじもじと言葉を呑み込む仕草を
する。なにその挙動不審。

 連れてこられたのは、この辺りではなかなか名の知れた高級ホテル。そこのイタリアンレストランに席をとってあるというから
本当に驚いた。だって何も言ってくれてなかったし!気合い入れて来て良かったと思った。
 デザートまで食べて一息ついた所で、カップを置きながら
「今日、何て言ってきた?」
と話し掛けてきた。
「ん……ご飯食べてそのまま泊まりに行くって」
「……そうか」
 誰と、とは言ってない。そこまで追求されなかったから、自分からもそれ以上話さなかった。
 それは彼も解ってるんだろう。
「嘘――じゃないけど、正直でも無いよなぁ……」

 それは、多分こちら側も同じように知っていて知らない素振りという複雑な――嘘、と呼ぶには厳しすぎる現実。

「この後どうするの?」
 こんな所で食事するのもだったけど、今日は本当に何も聞いていない。食事中もたわいの無い話は沢山して楽しかったけど、
どっか普段とは一線引いた感じのする彼には何となく聞きづらかった。
「ん……あの、な。部屋取ってあるんだ」
 テーブルの上にあったあたしの手を、ぎゅっと握りながら呟く。それこそ真っ赤な顔で。
 周りをこそっと窺うと、あちらこちらでいかにも愛を囁いてます的な2人組は結構いる。それもよく見りゃあたし達より大人な
カップルばかりで、そりゃまあこんな店はそういった層が多くなるのは当たり前だよね。しかも金曜の夜だもん。
「ゆっくり話がしたくてさ」
「えっ……」
 その言葉にどきっとして、それから胸の隅っこに忘れたふりして置いといた塊が疼き始めたのに気付いて何となく唇を噛んだ。
「いい?」
「……うん」

 伝票を手に席を立つ。
 周りから見れば、あたし達も自分たちと同じ流れを辿る(ろうとする)ふたりに映ることだろう。

 だけど、あたしはそんなふうに自分を眺める余裕を持つ事が出来なかった。


 着いた部屋は、夜景が臨めるダブル。
 大きなベッドが目に入ってどきっとして彼の方を見ると、
「あ、俺トイレ」
とさっさと消えてしまった。
「せ……」
 バタンとドアの閉まる音。
 椅子に掛けてあったコートとジャケットをクローゼットに入れ、自分のも片付けると、大きなベッドに靴を履いたままの足を
外に投げ出すようにして寝転がった。汚れると困るし。
「――なによ」
 お洒落しといでって言ったくせに。
 この頃は何も言わなくても、手、繋いでくれるのに。
 絶対、目合わさないようにしてた。手は繋いでくれても何だか不自然で、それ以上触れないように意識してるようにさえ感じた。

 いつもはストレートのまま肩に流してある髪を、頑張ってくるくるに巻いてみた。枕に沈んでくしゅくしゅになったそれを
視界の端に眺めながら、慣れない靴に少し疲れた脚をぶらぶらとベッドの外に投げ出して揺らす。

 ――がたん。

 不意に、こんなに静かな部屋で有り得ない位の大きな音が立てられて跳ね起きた。
「……なにしてんの?」
 臑を押さえてうずくまる塊が1つ。よっぽど痛いのか声も出ない様子。


 暫しじっと観察。ああ、通り道にほっといた鞄に躓いてこけたわけね。つかどこ見てんの。アパートと違って床に物など
無いでしょうに。器用だこと。
「おま……ちょ、何か言ってくれよ。俺寒いじゃんか」
「だいじょ〜ぶ〜?」
「なんだその棒読みは」
 冷たいなぁとブツブツもらしながら、あたしの横に腰を下ろす。
 冷たいのはどっちだ。
 ヒト1人分空けて、寛ぐどころか膝に乗せた手を開いて閉じてそわそわと。
「トイレ?」
「あほ、今行ったわい」
 じゃあその落ち着かなさはなに?
「知ってます」
 大げさに溜め息をついてまたベッドにひっくり返った。思いっきり大の字に広げた手のグーがわき腹にヒットしたらしい。
 痛ぇ!と微かな呻きが聞こえた気がするが、気のせいにしておこう。
「……お前、何か怒ってる?」
「なにが」
「だっていつもなら、もっとギャーギャー騒ぐだろ?心配するなり、指差して笑うなり。反応薄いっつーより冷たくね?」
「あたしだっていつもそんなじゃないです」
 あたしはリアクション芸人じゃない。
「飯、気に入らなかった?」
「ううん」
「じゃあ部屋」
「全然問題なし」
「じゃあ一体なにが」
 ばっと振り返った体が寝転がるあたしを見下ろし、見上げたあたしの視線と絡まり合う。けどそれは次の瞬間の『しまった』と
いった表情とともに一瞬にして逸らされる。
「……何が不満なの?お前」
 それこそこっちが、と喉まで出掛かった言葉を堪えて呑み込む。やだ、なんか、こわい。さっきから少しずつ積み上がってきた
不安感がバランスを崩して揺らいで、心臓がぎゅっと潰れてしまいそうな苦しさ。
「……お前……俺のこと……もしかして、嫌い?」
「はあ!?」
 何それ!
 これでもかと持ってる限りの腹筋を使って起こした体をぎょっとした顔して眺めてくる。その間の抜けたヒトのネクタイを掴んで
身を乗り出す。
「それはっ……そっちでしょっ!?」
「――えぇっ?」
 勢いで背中からひっくり返った体の上に乗っかるようにして、ポカンと開いた口で見上げてくる顔を見下ろした。

「黙って聞いてりゃ何!?あたしが、いつ、嫌いなんて言った?」
「はっ?いや、だってその……お前今日いつもと違うし」
「違うってなにがっ!!」
「えっと、こう、なんか普段より大人しいし服装だけは女の子らしいから……あ、いや」
「そりゃ精一杯お洒落したんだもん。いつもと違う雰囲気のお店で、いつもと違うデートして、緊張しちゃうし、なのに
 せんちゃんは何も言ってくんないし、よそよそしいしっ……ていうか、そっちがっ」
 赤くなったりおどおどしたりわけわかんない。童貞じゃあるまいし!
 涙がぼたぼた零れた。我慢してた分が一気にどばっと、ってまさにそんな感じ。
 そこまできてやっと、頬に触れてきた指の温もりに側に居るという事実を認めることが叶った。
 シャツの胸元に滲む涙の染みを眺めながら、それを拭ってくれる指の動きに身を任せる。
「やーっと名前で呼んでくれた」
 ホッとしたのか、ようやく緩んだ目元に本物の笑顔を見た気がした。
 だって、呼べなかった。近くにいて、同じ空気を吸ってる筈なのに、すごくすごく遠くに感じて。
「そんな格好してるから、なんつうか普段よりこう……近寄りがたいっていうか。いやまあ、俺が頼んだんだけどさ、思った以上で」
「気に入らないのかと思った。……お姉ちゃんのおさがりだし」
 慌ててクローゼットを掻き回して、前に貰った淡い水色のブラウスとそれに合いそうなスカートを引っ張り出した。買うのは
間に合わなくて、そうするしかなかった。
「そっか。ああ、なるほどね、うん。言われてみれば。知子ちゃんならそういう格好よくしてたもんな」
「――ああそう!」
 ふっと頭の中で何かが切れた。
「待てお前はっ……何でそうなるか!?」
「どうせ……あたしはお姉ちゃんみたいに」
 普段からメイクや服に気を遣って、いつでも抜かりのないひとだった。だけどあたしは違うから、こういう時にボロが出るんだ。
 着慣れないものを身に付けていくら頑張ったところで、所詮誰かさんの二番煎じなのだという事を嫌という程思い知らされた。
 ――そんな事はもう慣れっこの筈だったのに。
 気が付いたら、クローゼットを開けて取り出したコートを手に部屋を出ようとする所だった。

 ドアの手前で体が前に進めなくなった。もの凄い力で引っ張られたと思うと、背中からぎゅっと抱き締められて逃げられない。
「離して……っ」
 またやっちゃった。
 どうしてあたしはいつもこうなんだろう。頑張りすぎて空回りして結果――自分が嫌になる。
 白い膝丈のフレアスカートが揺れる足下に目を落としながら、胸の前できつく組まれたワイシャツの腕を振り解けずに、されるが
ままに身を任せてしまう。――言葉とは裏腹に。

 ただ、綺麗だと思われたかっただけなのに。

「俺、お前を知子ちゃんは勿論、他の誰かと比べた事なんか一度だってないぞ。……まあ、やりようもないけど」
 女の子と付き合った事無かったんだもんね。
「う……」
「嘘じゃない!」
 きっぱりと言い切った声が今までの様子とはガラリと変わってて、その低く強い響きに体がビクッと強張った。
 怒ってる……?
 そろそろと振り向こうとしたあたしに、後ろから被さるように首を伸ばした。耳から頬――それから唇へと彼の唇が重なる。
 今日初めてのキス。こんなかたちで、こんな体勢で。
「……やっぱり無理だったか」
 何を?と問おうとする前にくるりと向きを変えられ、あっさりひっくり返された体は胸の中にすっぽり収まる。
「今日はちゃんと話し合うつもりだったのに……我慢できん」
「話って……やっぱ別れ話?」
 そりゃ重いよね。嫌われたくないからっていくら頑張っても、ぐじぐじ湿っぽい女なんてやっぱり嫌になる。
「ばっ……!何でそ」
「だって変だよ。大体せんちゃんがこんな気の利いたデートプラン用意するあたり、何かあるとしか思えないじゃん。さ、最後だから
 ……とか」
「だあぁっ!人の話をきけっ!!」
 ばっと腕を伸ばしてあたしの顔を覗き込む。その血走った目の迫力に思わず背筋を伸びて、涙が引っ込んだ。
「プ、プロポーズ!本格的にやり直そうと思ったんだよっ!!ずっと緊張してたからあんな態度取っちまったのは悪かった……けど、
 お前が想像より……その……き、綺麗……だった……から。別れ話すんのにこんな手の込んだ真似するか」
「……そうかも」
 耳まで真っ赤なのは酔ってるだけじゃないのかも。
 震えながら抱くその腕に、素直にそう思えたあたしは――単純だ。




 ベッドに並んで腰掛けて、きゅっと手を握り合う。ただそれだけの事がこんなに安心できる。それがあたしの望んだ物なんだ。
 絵に描いたようなロマンティックなデートも憧れなかったわけじゃないけど。
「子供っぽくない?」
 目一杯背伸びしても、あたしはやっぱり色んなものに勝てないと思った。
「全然。逆にこう……自分が思ってるよりも、ちゃんとした大人の女の人なんだと。そうするともっとそれらしく扱わなきゃって
 すげーあがった。緊張した」
 繋いだ指を弄び合いながら、時々重なる視線が照れ臭くてどちらも目を逸らしつつ、また重ねて微笑む。
「……あの日も同じだった。こんなふうにした格好見て、ああお前もう子供じゃないのか、変わるもんだなって思ったよ」
 くるくるに巻いた髪をもう片方の手で撫でながら、何かを思い出す顔をした。
「あの日?」
「うん。結婚式の日」

 数ヶ月前になる、あの再会の日。あたしにとっては懸けに等しかった運命の日。
 忘れて諦めるも、頑張って押し通すも、あの時のせんちゃんがあたしをどういう風に受け入れてくれるかに懸かっていた。
「こんなふうにくるくるの髪してたなー。後で何度も思い出して、勝手にドキドキして……その……多分、俺あの時にはもう」
「……うそ。だって」
 幸せそうなお姉ちゃんの姿を、眩しそうに――。
「……これまでに好きになったり、憧れて見てるだけしか出来なかった女の子達は、みんな幸せになって欲しいと思ってた。
 でも、お前は違うんだ。見てるだけじゃ我慢出来ない。けど幸せにはなってほしいから、俺が自分で――幸せにしたいんだよ」
 髪から指先が離れ、繋いだ手を解くと両手を大きく広げてじっと見る。
「だから、どっちかってーと俺の方が頑張んなきゃなんないと思うぞ。俺モテないんだから」
「何よぉ……モテたいの?」
「……お前にはな」
「あたし?」
「俺、お前が思ってるよりも惚れてっから。だから棄てられると困るの!」
 まじまじと身を乗り出してその真っ赤に茹で上がった顔を覗き込むと、あっという間に腕の中に捕まってしまった。
「俺だって必死なんだぞ?」
 バクバクする心臓の音が耳に流れ込んでくる。
 本当に必死なんだと思うと何だか笑えてきて、それから嬉しくて――泣いた。

* * *

「こんな風にさ、向かい合ってきちんと話し合おうと思ったわけだよ。でも、アパートだとこう……日常の雑事ってのが色々と
 目に入るし、気が散るじゃん」
「だからちょうど良かったわけね?」
 会社のお友達が不要になった宿泊チケットを譲ってくれたのらしい。結婚式の二次会のビンゴかなんかの景品だそうで――ただ、
不要に『なった』ってのが――フクザツ。
「まあ、いいんじゃないか?せっかくだから使わせて貰おうぜ」
 いや、気にしてもしょうが無いんだけどさ。っていうかせんちゃんにしてはえらく根回しがいいと思ったのよ。そういう事ですか。
 食事の予約は一応計画してたっぽいし、まあ良しとしよう。頑張ってくれたんだもんね、あたしのために。
 もう悪い事はあまり考えないようにしよう。そういうのって想像が本当になるっていうし、あたしすぐドツボにハマるし、反省。
「ちゃんと思い出に残してやりたかったんだよ」
 そんなのどっちでも良かったのにね。ちゃんと伝えてくれる事が大切なんだから。
「だから……そういうコトは無しの方向で行こうと思ってたのに」
「どのクチがそういうコト言うの?ん?」
「れすよね〜」
 へらへらとしまりのない口元をさらに弛ませて笑ってる。むにむにと両頬を左右から引っ張ってやってみるけど、なんだか
大差無いような。

「らってさ〜」
 それでも喋り続けようとするので手を離してやると、渋い顔で頬をさすりながら睨む。
「痛ぇよお前は!……だってアパートじゃ狭いし無理なんだもん」
 もんって何だ。拗ねるな大人のくせに。
 先程の話し合い?の結果一気に気分を盛り上げさせたようで、あの後ナシの方向と言いつつも押し倒されて何やかや。
 せめて先にシャワー、と宥めたところ――もじもじと歯切れの悪い様子を見せつつ『長年の夢』をあたしで叶えたいと要求された。
 まあ、確かに今のせんちゃん家では無理があるかなー。

「お願い聞いてあげたんだからいいでしょ。はいお帰りご案内」
「いや、そんな、もっと……毎日指名するから!つうわけでもう少し先を……」
「……我が儘な常連さんね」

『嫁』に背中を流して貰うのが夢だったんだそうだ。
 で、今ソープごっこの真っ最中。

 洗い場は無いけれどバスタブは結構広くて、まあ何とか2人で入れなくもない。けれど洗うとなると体を動かさなければ
ならないのでやっぱり狭い。
 泡だらけの裸をくっつけ合ってお客様にご奉仕しているあたし。ああ忙しい。
 ぬるぬると滑る手で、さっきから湯気の中でただ1人(?)ガチガチに固くなってる御方を慰めてあげてる真っ最中でして。
「……っ、ちょ、それ、いいっ」
 ほわ〜んと気持ち良さげに縁にもたれつつ、握って上下する指の動きに合わせて呼吸を荒くする。
 開いた脚の間に跪いて、ご希望通りの場所を綺麗に……って。
「なんでここばっか洗わせるの?」
「えっと……なんででしょう」
「じゃあかゆいところはございませんか?」
「そこがかゆいです」
「病院行け」
「う……すまん。でももうちょっと」
 泡にまみれた何かのせいで動かす手が益々濡れてねばねばする。
 頭のほうを包んで擦ってあげると、グンと大きさが増したような気がして、ぴょんと跳ねた感じが何だか可愛い。
 初めて見た時には言葉にならない感想を持ったものだけど、こうしてよしよししてあげると本当に素直に反応してくれるのが
面白かわゆい生き物だと思う。ある意味ご主人様より扱い易いし。
 綺麗にするつもりが何だか余計に凄いコトになったような?と色んなものにまみれた手のひらを眺めてみて、シャワーを手にする。
「えっ?チビ姫もうサービス終わり?」
「一旦流して……って、なにその呼び方」
 そんな源氏名やだ。
「チューしてあげるから良い子にしてて」
 不満気なご主人様の頭をヨシヨシしてからちっちゃな方の頭を撫でる。ぴょこんと跳ねて、あらまあ。
「下のお客さんは素直なのに……」
「やめい!」
 しょうがないなぁ。全身の泡を流してやってシャワーを止めた。
「……約束のチューね」
「?……うぉわっ!!」
 バスタブにもたれて広げていた両腕がばたばたと跳ねる音がした。
「お前ってやつはっ……」
 はあ、と息をついて、それから頭の上にそっと手のひらが乗せられた感触。
「……最っ高な嫁だな」
 わしわしとゆっくり撫でつつ、嬉しそう。

「うれひい?」
「そりゃもぉ……ってこら、モノくわえながら喋るなっ!」
 行儀悪い、だって。それはこの際違うくない?
「じゃ、しゃべる」
「あ、できればしゃぶる方向で……」
 なんだとぅ?上目遣いに睨んでやると、びびるどころか喜ばせてしまったらしい。ははぁ、この角度に弱いのね?
 ……単純なのはこっちのヒトかも。可愛いっちゃ可愛い。
 主様をイジるのはやめてこっちのほうをイジメてあげる事にした。
 先っぽに見えるちっちゃな口からは、もうとろとろにナニかが流れてる。さっき綺麗にしたのに、もう指までぬるぬるしてる。
 これも濡れてる、っていうんだよね?この前は夢中だったから必死でよくわからなかったりしたんだけど、石鹸の香りの中に
男の人の匂いがする。
 これがあたしの中に入ってきて色々オイタするわけね。
 ――あ、やだ、なんだかじゅんとする。まだ何かされたわけでもないのに。
 舌で流れるものを掬うように舐め取ると、頭の手がしゅっと動いた。
 こんな事出来るわけないじゃんって思ってた。いくら好きな人でも、自分のあんな所に突っ込んだり、なんかわけの分かんない
もん出したりするんでしょ?やだよねー、キモイよねー?って友達と話したりしてた。AVなんか男の妄想じゃんとか。
 でも、変なの。今は全然嫌じゃない。唇どうしでキスするように、チュッチュしてあげる事が出来る。ほんと、変。
 あたしの頭が上下する度に、乗っかった手が髪をくしゃくしゃする。口の端から溢れてくるものを舌を這わせて必死に掬うと、
曲げた膝がピクリと震えたのを横目に見て根元を握る指の動きを速めた。
「……っ!!」
 くぁっ、と歯を食いしばるような呻き声が聞こえてきて、
「ごめんっ……」
と共に放り出された苦い昂ぶりを全部中に受け止める。

 美味しい、もっと頂戴――とはさすがに言えやしないんだけど。

 シャワーを手に、慌ててあたしを抱き起こすせんちゃん見てたら、
『ま……いいか』
って気になるんだよね。
 排水溝に流れていく濁る渦を見ながら
「……ありがと」
と言われるのは、ちょっと恥ずかしいんだけど。

 両手を泡あわにしながらニコニコ(ニヤニヤ?)と揉み手で見てくる。
「なに?お客さんもう店じまいですよ。あたしも体――」
 まだだから洗いたいんだけど。
 髪は最初に洗った。ワックスとか、あとメイクも落としたかったし。
「へいらっしゃい!」
「寿司屋か!何よ、何するのよーっ!?」
 狭い浴槽で捕まって、暴れるのも危ないとは思うんだけど、膝の間に後ろから抱っこされていきなり胸を揉まれた。
「逆ソープ」
「はあっ!?ちょ……や……」
 首筋から肩にかけて滑らせた手が再び脇に入り、また揉んではお腹、背中と自由につるつる動く。
「痒い所は御座いませんか♪」
「あっ……もう、どスケベッ!」
 ぎゅっと脇を締め、身を縮めて出来る限りの抵抗をしてみる。
「むっ!くそう……ならばこうじゃ!!」
 挟み込んで動けなくしてやったつもりでいた手に脇腹をくすぐられて、それは無駄に終わってしまった。
「いやぁ〜!?ちょ、やめ、ばか、きゃはははっ!!」
「はい暴れると危ないですよ〜。大人しく揉ませ……洗わせろっ!!」
 なにこれ、ストレート過ぎて怒る気もしないわ。つか目的ハッキリし過ぎ。
「もちょっと言い方ないの?オブラートに包むというか、柔らかい言葉で……」
「オ、オブ……?何かわからんが手ブラで我慢して」
 胸はしっかと包んでも指の間からしっかり出てますから、乳首っ!!
「要求してないから、別にっ!!」
 そっちが触りたいからでしょーが!てか、そういう言葉ばっかり知ってるんじゃ……。
「いや、俺粉薬普通に飲めるから」
 知ってんじゃん!何その無駄に下手な焦らし。
 両手で左右それぞれの胸を包んで揺する。っていっても、あんま大きくないから揉みがい無いんじゃないかな。せんちゃん、
おっぱい好きみたいだし。
「大丈夫。そのうち挟めるように育てて見せる!『揺れぬなら揺らせてみせようちびい乳』というわけで揉ませ」
「……殺すよ?」
 ちびい乳……ますますひんぬー扱いされてる気がしてくるんだけど。一応人並みだと自負してたつもりなのに。
 ごつい手が泡で滑る肌の上を好き勝手に這い回る。その指が固くなってきた胸の先をつついた。


 泡が絡むせいか、普段より引っ掛かりがなくするすると柔らかに転がされる。持ち上げるように手のひらに乗せた丸みの先を
包むように伸ばした指がくいくいと撫でるにあわせて、背中を反らせて喉を鳴らした。
「……んっ……く……ぁっ……」
 優しく、やさしく。ほんの微かな力だけで細かく擦りあげられて、そこからじわりと背中から爪先まで感覚が広がってく気がする。
 耳の後ろに唇が触れる。
「――吸いたい」
 ふっと掛けられた息が熱くて、小さな悲鳴をあげた。ダメなんだってば、それ。
「なにを……あ、あっ」
 濡れた舌が首筋を舐める。肩にかけてゆっくりと下りて、軽く歯の当たるのがわかる。
「これ」
 中指でつつつっと圧され泡が剥がれて、朱く尖った乳首が白い中に映えて目立って見える。
「やぁ……だ」
「なんで?じゃ舐めるから」
「同じじゃん。ば……か、あぁんっ……」
 両手の指の腹がばらばらに動いて、胸をふにふにと揉みしだく。
 向かい合わせになるとシャワーで泡を流し、彼の脚の上に跨って膝を立てた。
「もちょっと……そう、それ」
 言われる通りに膝を曲げ伸ばしして合わせてやる。ちょうど良いと思えた所で突き出した胸に唇をあてて吸い付かれる。
 目を瞑ってあたしの胸を味わう。その頭を、腕で抱きかかえるようにして撫でた。なんか嬉しそう。で、ちょっと――可愛い。
 ちろちろと動く舌が熱く柔らかで、それに習って転がる胸の一部がじんとして気持ちいい。背中を撫でる指も、そこからお尻に
まわって丸みを摘んで押し上げる手の力強さも、みんな、みんな。
 あたしのカラダなのに、あたしより自由に色んな場所を触って、いろんなことを見つけて、探って、憶えて。
「――ひぁっ!?」
「やっぱりここが一番……いい……?」
 いつの間にか胸から離した唇からふふんと小さな笑いがもれて、躰の中心を弄る指に悶えるあたしを見上げながらまた笑う。
 どちらなのだろう、泡ともあたしのモノとも判らないぬめりがシャワーの滴に交じれて太ももを流れ落ちる。

「や――やあぁっ」
 膝が震える。
 甲高くあがる自分の声がバスルームの壁に反響して届き、耳を覆いたくなった。
 だが、そうあるべき筈のあたしの手は、両脚の間を弄る指と再開された胸の愛撫に忙しいヒトの頭をかき抱いてその髪を
くしゃくしゃと乱すのみになる。
 背中から胸の先から、じくじくとした苛立たしい程の痺れが喉を伝って這い上がってきて、何とも言いようのない声に変わって
口から吐き出され響く。
 体中全部の血が集まってしまったかのように、その一点が熱くなる。噤もうと噛んだ唇は虚しく解かれて、ただ苦しさを紛らわす
ための呼吸を繰り返す。
「大丈夫、大丈夫。もっと……」
 我慢せず声を出せ――と言いたいんだろうけど、そう言われると余計に……ねえ?
 だって嫌だよ、自分の声って。思ってるのと全然違うんだもん。
 セックスだって想像してたのと全然違う。あんな真似死んでもできないって思ってた。
 初めては絶対好きな人。それは譲れない。だけど、一番恥ずかしい格好を一番見られたくない人に見せるなんて、って、これ以上
矛盾した事があるんだろうか、とも。そう思って悩んだ。
 だけどそれは相手も同じ、お互い様。そう考えて勇気を出した。
 自分で触るのも怖くて抵抗のあった場所を、よりによって好きな人に触られる。
 さっきまで食卓の上でグラスを傾けた手を、あたしの手に重ねて絡めた指を、ただあたしを泣かせるために駆使して器用に動かす。
「……ぁ……あぁ……あああっ!」
 小刻みに強弱を変えながら、じーんと広がって熱くなる小さな粒を擦る。その衝撃が腰から背中へと走るにつれて、どろりと
奥から何かが溢れてまた更にそこが熱くなる。
 するっとその中に何かが入り込む。さっきまで外をいたぶったそれは今度はきゅうきゅうと迫る壁を擦りあげて、抜き差しされる
度に浴槽のものとは違う水滴の跳ねる音をさせる。
「……っちゃ……ん」
 「だめ……?」
 うんうんと頷くしかできないあたしの中から抜いた指を翳して見せる。
「これ拭かなきゃな」
「ばかっ……!」

 何にのぼせたのかわからないあたしの頬にキスをした。

 それから「今度こそちゃんと」洗うためにソープを泡立て始めた。




「無理しなくていいよ?」
「いや、なんのこれし……きっ」
 一度はやってみたかった『お姫さまだっこ』をというので、やらせて「あげた」。
 いや、人並みに憧れなかったわけじゃないんだけどさ。
「うりゃっ!!……は、はあはあ、どうだっ!ちゃんとできただろうがっ」
 血管ひきつらせて言われても。背ばっか高くてひょろいんだから見栄張んなくていいから。ていうか投げんな!もうちょい
優しく出来んのか。
 ぽわんぽわんと弾みで跳ねた体に纏ったバスローブが勢いよく捲れて、慌てて裾を押さえる。
「あっ!隠すなよ今更」
「今更って……こーゆーのは違うんだよ!」
 お風呂の裸と改めて脱ぐのはまた違う。しかもノ……ノーパンだし!
 でもやっぱりひょろくても男の力には勝てないわけで、あっという間に紐を解かれて仰向けに晒された肌の上をまた舌と指が走る。
 大きく開かされた脚の間に自分はまだバスローブを羽織ったままで体をねじ込んで、胸を舐めながら内腿をさすった。
 強く吸われた乳首がじんじんと疼く。それに引っ張られて、躰のあちこちがぞわぞわと騒いで少し触れられただけでも声が出る。
「――やぁっ!ああんっ……あ……んぁぁっ……やんっ!」
 胸から離れた舌がお腹、腰へと下りていって――そこに近づいていく。やだ、って言ってるのに。
「だめだってば……あ……ふぅっ……」
 秘裂にそってぬるりと柔らかいものがあたる。想像するにこれは多分――ああ、言えない!てか、考えないほうが。
「――んぁっ!!」
 思惑とは裏腹に、そこからはどくっと雫が流れ出す。
「さっき拭いてあげたのに“もう”濡れてるし……それとも“まだ”いや、“また”かな」
「いやぁぁぁっ!?」
 何よ、何言わせたいのっ!?そりゃさっき体拭くの手伝ってくれたけど――というかどさくさに紛れて揉んだり撫でたり――って。
 膝を折り曲げて押し上げる。その中心に顔を埋めると、さっき指で散々擦った場所を熱い息が襲った。
 押し広げられる感じがしたかと思うと、自分の中に何かを呑み込むような、入り込まれるような温もりがした。

「トロトロしてる……」
 じゅっと音がして、それを舐めとる動きにお尻が反応して浮いてきて恥ずかしい。
 一番イイ所を指でする時のように押して、包んで舐められて、もう――。
「……したい。いい……?」
「うん」
 きて、早く。
 そう思ったのと同じくして求める言葉が掛けられて、嬉しいのと同時に自分から恥ずかしいことを言わずに済んで少しホッとした。
「使わないって決めてたのに〜」
 財布からアレを出して着けながら言い訳してる。
「嘘つけっ」
「大人のたしなみっすよ」
 バスローブを脱いで被さってくる。
「……いつも持ってるの?」
 何のためよ。
「今日だけ。つうかお前が一番わかってるじゃんかよ」
 同じ場所で、同じ相手としか成されない行為だからこそ、それに準じて必要とされない物もある。
「だろ?」
「う……ん」
 ゴムを纏ったそれの先があたしの入口を押し開こうとつつく。
「自分で……入れてみる?」
「えっ?自分で!?」
「うん」
 よっこいせの掛け声に手を引かれて起こされると、一瞬のうちに見上げていた筈の体を今度は見下ろし跨っていた。
「きゃーおそわれるー」
 なにその棒読み。ていうか誰のせいだ。
「あほっ」
「いかんなぁ。そこはノリツッコミだろお前」
 肩からするんとバスローブを落とされ、腰を撫でられる。こんな最中にこんな会話……か、軽すぎる。
「萎えないの?」
「うん。ほれ」
「……ふぁっ!?」
 広がった両脚の中心の線に沿って彼のモノがつるつるとなぞるように滑る。
「……慣れただけ。すげ、早くいれ……て欲しいんだけど」
 慣れすぎ。って、
「あたしが?」
自分で挿れなきゃなんないんだよね?で、でも、そう上手く……っ、ちょ、そんなに動いたら……。
「無理だよ、ちょっとじっとし……難しいんだか……らっ」
「ん……悪い。けど、だってお前エロすぎ」
「どこがっ!?……あっ!や、やんっ」
「ほら、そういうの」
 少しだけ先が入り口に滑り込みかけて、拓かれていく感覚に背中が痺れた。
 思わず瞑った目をそっと細く開けてみれば、ちょっと意地悪に笑いながら
「その顔がな……」
やらしいと言い胸の先を擦る。

「はあぁっ……」
 上下に与えられるそれぞれの刺激に身震いがして、我慢できずに思い切ると腰を捩って位置を探る。
 見つけたそれをあたしの中に呑み込もうと腰を沈めれば、いつもとは違う圧迫感がお腹いっぱい膨れて満たす。
「好きに動いてみて」
 言われるまでもなく、疼いて仕方のない繋がった躰の中心を鎮めるために揺らしては呻く。
 それなのに、軽く前後した腰を突き上げてくる容赦ない攻めに呆気なく舵を取られてしまった。
「好きに……って……」
「ん……そうなんだけど、悪い。やっぱ気持ち良すぎ……てっ」
「うそっ……あっ!……んぁああっ!?」
 擦れ合う肉の熱に合わせて雫が滑り落ち、ぐちゅぐちゅと湿った音がやたらと響く。
 狭いいつもの部屋とは違って、全く無駄な物など無い広々とした空間にあって、ただ声をあげて悶えるだけの自分の存在が
滑稽な――と考えが飛んでしまえるのも一時のことで。
 お尻に食い込んでくる指の強さに我を忘れて仰け反らされてしまう。
「ふっ……あ、や、いや、や……ぁっ!!」
 めちゃくちゃにかき混ぜられじんじんと増す痺れに、堪らず頭を振って応えた。
「気持ち、いい……?」
「うん。いい。すごく……きゃぁあ!?」
 ずんと突かれる動きに合わせて胸の先を下から伸びた指が掠めた。縦に躰が揺れる度に微弱な痺れが背中を伝って降りてきて、
暴れる中のモノをきゅんきゅんと締め付けるのがわかる。
 ぬめぬめと広がる愛液と呼ばれる物であろうそれを掬い、その指で一番感じる芽を探って撫でられ膝が震えた。
「いやぁぁぁっ――!?」
 狂ったように弓形に背をくねらせる自分を思い浮かべ、勝手に溢れ出てくる涙に何かが壊れてしまった気がした。
「いや、怖い――なんか、や、いやっ――やあぁっ」

 ――中で震えるものに併せて息が出来なくなった。

 ぼんやりと滲む視界を探る。力の抜けた躰をふっと投げ出せば、それを受け止めてくれる温もりがそこにはあった。

「やっぱりお前……エロすぎる」

 胸の上にぐったりとしたあたしを抱いて髪をくしゃくしゃとする。その手が首筋に掛かるとまだ残る快感の波が体中を巡った。



* * *

「隣を気にしないと反応いいねぇ……ふがっ!?」
 座ってバスローブを羽織るあたしを寝転がってニヤニヤと眺めるエロ男の鼻を、思いっ切り摘んでやる。
「うっさい!バカ!!早くパンツ穿け!!」
「赤い顔して怒んなよ」
 ぽんぽんと宥めるように頭を叩いて鞄を開けに立つ。全裸で。って、ビジネスバッグに入れてんのか!
 気怠い体をベッドに投げ出し横になりながら眺めていると、ちっさな袋を出して戻ってきて側に腰掛け
「ん」
とそっけなく手渡されたそれを開けてみる。
 ファンシーな可愛いリボンの付いた袋から出てきたのは、シルバーの小さな三つ葉のクローバーの形のネックレスだった。
「四つ葉のもあったんだけど、それの方が合ってる気がして」
「これ……?」
「遅くなったけど、ホワイトデーのお返し。本当はいっそ給料の何ヶ月ぶんってやつにしたかったんだろうけど、まだなにぶん……。
 だから今はごめんな。安もんだけど……いつか必ず」
「ううん!」
 それを握りしめたまま飛び起き、抱き付いた。
「嬉しい」
 こういうのは値段じゃない。あたしの事を考えて、あたしのために選んでくれた。そこに意味がある。
「気に入った?」
「うん。大事にするね。ありがと」
 だから大事にしてね。これからの二人の未来も。
「幸せにしてね」
「お、おお」
 しがみついていた腕を離してキスしようと顔を近づけた。

 ぐうぅ〜……。

「「……」」

 同時に吹き出して、仲良くベッドに倒れ込んだ。
「……運動したしな」
「運……やだその表現」
「すまん。あ、昼間貰ったメロンパンあるんだ、食う?出先からの土産で評判のやつらしい」
「……なんかドラ○○んのポケットみたいな鞄だよね」
 つうかいい加減何か着てよ。
「穿くから待て!……よし、テレレレッテレ〜♪……うわぁ潰れてる!?」
 パンツ一丁で何を。
「せんべいみたい……」

 豪華なディナーもいいけど、仲良く半分こして食べた潰れたメロンパンは、甘くて幸せな味がした。

「明日の朝はブッフェ式だと」
「本当?楽しみ」
「つうわけで……腹……減らしとかない?」

 ――まだ物足りない狼さんを満たすために、仔羊はこの身を捧げるのであった。


「終わり」






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2010年06月29日(火) 16:44:57 Modified by ID:Bo5P9jtb2Q




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