お世話になっております。けもです。今回は、とあるテレビ局のお話です。
本作は『民族浄化』以前に書き溜めていたものなので、既に結末まで書きあがっていますが、加筆修正等を加えながら連載していこうかと思っております。
Youtube等でよく見るようになったあの“おもしれ―女”を今回、主役に据えています。長い連載になりそうですが、私を許せる方であれば、どうかお付き合いくださいませ。
第1話 「占拠」
「…それでは、本日もどうぞよろしくお願いいたします」
とある地方の小さなテレビ局のスタジオ内。早朝のミーティングは、何やら重苦しい雰囲気だ。それは、職員の眠気のせいだけではない。
「…また、妖精ですか」
「またやられた。これで何件目だ？」
「53件目です。ここ3か月だけで」
妖精の大群が、昨日の夕方ごろ、東北地方M村の民家に襲い掛かり、占拠したようだ。被害にあった民家は老舗の餅屋を営む豪邸であり、妖精たちはおそらく、食糧が豊富に確保出来るとみて優先的に狙ったのだろう。
地元の警察や駆け付けた機動隊の決死の作戦により、居住者のひとりであったダイゾウさん(82)は襲撃からおよそ2時間後に救出されたものの、ダイゾウさんの妻、トキさん(81)が今も人質にとられている状況だ。妖精たちは石や木の棒、ガラス破片やナイフ等を手に持って武装しており、再突入が難しいとの報告が入っている。言葉による説得を試みても、意思疎通困難な妖精たちを下手に刺激してしまえば人質に何をするかわからないので、交渉は難航している。
「…今回も変わらずリポーターはそちらに向かわせるのですね」
看板アナウンサーのNo.7（ナンバーセブン）がつぶやく。ざわざわとしていたスタジオがさっと水を打ったように静かになった。
このテレビ局では、どんなに危険な現場であってもリポーターを送り込んで、地域住民に「本物」の情報を中継によって送り届けることを使命としている。まあ、そのココロザシは評価に値するだろうが、リポーターだって人間だ。自分が死んでしまったら元も子もない、というのが彼女の考えであった。
「またあの時みたいに、リポーターが痛めつけられる様子が全国に拡散されたら…今度こそ、炎上なんかじゃ済まなくなりますよ…！」
No.7は1か月前に北関東地域で起こった妖精による学校の占拠事件を思い出していた。あの時も、現場で捨て身の中継を続けていたリポーターが襲われたのだった。
「…こちら妖精が立てこもっている現場の近くです、危険すぎてここから先は近づけないのですが、おわかりでしょうか、校舎の窓ガラスがすべて割られているのが見えます…妖精たちの姿はまだ見えませんが、おそらく…………っっ！？」
「おいくちょにんげん、なにしてるのだ？このさいきょうのぼくがぶっころしてやるのだああああああ！！」
「まずい。妖精だ！危ない！！」
「きゃああああああああっ！！」
ザクッ！！
「うわああっ！み、みんなにげて！はやく！」
「カメラ止めろ！カメラ！」
「のーだのだのだ！のーだのだのだのだのだ！！くちょにんげんがぶざまににげまどっているのだ！ゆかい、ゆかいなのだあああぁ……」
ぶつっ…………
テレビ局員たちの見えない位置から、包丁を携えた妖精の成体が襲ってきたのである。カメラマンは慌てて中継をやめ、リポーターを逃がそうと動いたが遅かった。
妖精は勝ち誇った表情で包丁をリポーターに振り下ろした。幸い、命に別状はなかったが、その女性リポーターは肩を切り裂かれ、全治3か月の大ケガと、酷い妖精恐怖症を患ったのだった。
そして、その一部始終がカメラに記録され、リアルタイムで放送されてしまっていたのだ。
そのあまりにもショッキングな映像は、瞬く間にインターネットで拡散された。人間を「包丁」という人間の道具を使って傷つけた妖精への憎悪や、負傷したリポーターを心配する声が多くみられたが、何よりもテレビ局員の頭を悩ませたのが、「こうまでして中継をする必要があるのか」という、「ジャーナリズムの在り方」そのものを問う批判の声であった。誰かが発したこの「呟き」には5万以上もの賛同の声が集まり、俗にいう「炎上」の状態となった。
その事件以来、「妖精」関連のニュースを目にするたび、テレビ局には重たい空気が流れた。次はどのリポーターが「犠牲」になるか、皆が震えながら仕事にあたっていた。
もちろん、テレビ局側も黙ってこれを見ていたわけではない。説明責任を果たすとして記者会見を開き、「今後の中継にあたっては、職員個人個人の意思を尊重して、リポーターを希望制で募る形式にする」と宣言したのである。
これでひとまず、ネット上で燃え上がった炎は鎮火された。しかし、当たり前ではあるが、依然としてテレビ局への世間の冷たい評価が覆ることはなかった。
静かに怒りを見せるNo.7を前に、大量の汗を浮かべた中年の上司がおずおずと口を開く。
「セブンくん。君の気持ちはわからんでもないが、またひとり、勇敢なリポーターがこれに志願した。彼女はもう、ヘリコプターで現場に飛んだよ…」
「“またひとり”って…」
「そうだ、WhiteCULくんだ」
「やっぱり同じじゃないですかっ！？」
WhiteCUL（ホワイトカル）。今年入社したばかりの新人リポーターだ。「クールビューティー」を自称する元気溌剌な性格は、皆の笑顔の源となっている。そんな彼女が、どうして…
リポーターたちは、世間からのバッシングや自分の命に降りかかる危険を恐れて、誰も中継放送の希望調査に立候補しなくなっていた。至極当然の話だ。テレビ局側も、記者会見で宣言してしまった以上、強制するわけにはいかない。
そんな中でも、WhiteCULだけは、健気にも、危険な中継に立候補し続けた。あまりにもテレビに映る回数が多いから、世間では「WhiteCULっていうおもしれー女を残して残りのリポーターの殆どは退社したのではないか」というウワサが立ったほどだ。
ただ、今度の相手は地震や火事等ではない。凶悪な妖精だ。どうして、自分から危険なところに飛び込むようなマネを。No.7は歯噛みして、ニュース原稿を強く握りしめた。この胸のザワザワは何だろう。私…………
「連絡が入った。リポーターが現場に到着するまで残り10分。それまでに放送開始出来るように各自、準備を」
ディレクターが呼びかけると、重苦しい雰囲気のままで職員がそれぞれの持ち場へと移動し始める。No.7は居ても立っても居られず、スタジオの外へ飛び出した。普段ならニュース原稿を何度も読み直して、丸暗記するまで読み込むが、今日に限ってはそんな余裕等なかった。
スタジオの屋上まで駆け上がったNo.7。スマートフォンを取り出すと即座に発信ボタンを押す。
相手はすぐに出た。バラバラバラバラ…という凄まじいローターの音がスピーカー越しにも届く。
『あれえ、ななさん？！わたし、なにか忘れ物しちゃったっけっ！？』
「違います！私はただ、雪さんが心配で…雪さん…本当に大丈夫なんですか」
『わたしは大丈夫ですよぉ！妖精の中継なんて初めてだし、わたし、ワクワクが止まらないっ』
「…雪さん。妖精は危険生物です。こちらの“常識”を遥かに超えた行動をとるんです」
『あっ、危ないからヘリからは下りるなってさっきカメラマンに釘刺されちゃいましたっ！だからななさんは心配しないで…いつも通り、また本放送の画面越しに会いましょっ』
WhiteCUL………“雪さん”はいつもこうだ。自分がいくら困っていても、他人にはそれを絶対に見せずに、常に明るく振舞う。本当は今、物凄く怖いはずなのに…
「…雪さん。帰ったら話が…」
「セ、セブンさん、読み合わせするので戻ってきてください…」
息を切らした後輩アナウンサーが屋上への入り口に姿を見せる。本番まで時間がない。すぐ戻る、と伝えてからNo.7は最後のメッセージを電話に吹き込む。
「…気を付けて、雪さん」
『ななさんありがとうっ！』
電話が切れる。電話越しのヘリコプターの音が消えると、こちら側の風の音しか聞こえなくなった。No.7は大きくため息をつくと、階段を降り始めた。
田園地帯の上空を飛ぶヘリコプター。軍隊から払い下げられたOH-6「カイユース」ヘリコプターを改造したもので、小さな機体の中に操縦士、副操縦士、カメラマン、WhiteCULの4人がギュッとおさまる。
「いつも思うんですけどね、何でこれ、こんなにオープンなんですかっ！？」
激しいローター音に負けじとWhiteCULが叫ぶ。どこか楽しんでいるようにも聞こえる。
このカイユースの後部座席には何と、扉がついていない。風がダイレクトに吹き込み、バランスを崩したら転落してしまいそうだ。スリルを楽しむ彼女とは別に、高所恐怖症のカメラマンは顔面蒼白で手すりにしがみつく。
「ドアガンナーとかやってたんじゃないですか？！こわい…旋回するときは言ってくださいよ…」
「アイ・コピー」
震えるカメラマンに操縦士がおどけて返す。目的地まではもうすぐだ。
「あっドアガンナーって映画で観たことあるやつっ！ゲッサム！ゲッサム！！………マシンガンないんですかっ」
「あるわけないでしょうがっ！報道ヘリだよこれわぁっ！！」
（※ドアガンナーWhiteCULのイラスト募集中）
スタジオ内。カメラの前に立ったNo.7は大きく深呼吸する。慣れた仕事とはいえ、今日はどうにも落ち着かなかった。
「放送開始2分前。よろしくお願いします」
No.7はもう一度ニュース原稿を眺める。トップニュースは妖精の襲撃事件とその経過。関連ニュースで、国が積極的に推し進める「妖精保護法案」について。あとは、農作物価格のさらなる高騰についてや、土砂災害の被害情報等。いいニュースは特にない。
朝から、これを眺める視聴者も気の毒だ。憂鬱な気分で1日が始まるのだから。
でも、これを伝えないわけにはいかない。それが、アナウンサーとしての彼女の義務だから。
もう一度大きく深呼吸したNo.7は、カウントダウンを聞きながらカメラに真っすぐ向き合った。照明がつく。
「いきます。5………4………3………」
2、1と無言になったディレクターの手がゆっくり動き、放送が始まった。
「始まった！始まったっ！わ〜！ななさ〜んっ！！」
改造カイユースに取り付けられたモニターに、ニュース映像が映し出された。画面上で大きく礼をしてニュース解説を開始したNo.7を見て、WhiteCULが手を大きく振る。
「現場到着。カメラマンさん、少し旋回しますよ」
「えっ、うわああっ！？」
カイユースは中継現場に定刻通り到着した。豪邸の周囲を機動隊が取り囲み、妖精と睨み合いを続けている。今回は、地上に降りて中継するのが危険と判断されたため、テレビ局側はすべての作業をカイユースの中でおこなうことになっていた。
『“フライング・エッグ”、“フライング・エッグ”………聞こえるか、妖精たちがそちらに気づいた。民家から距離をとれ、気をつけろ………オーヴァー』
「了解。ありがとうございます………オーヴァー。カメラマンさん揺れますよ…」
「あ、ああ…うおおっ！」
地上から無線が入る。カイユースは高度を上げた。カメラマンはおびえながらもカメラを構え、WhiteCULの顔を映した。そろそろ中継が始まる。
「いぇ〜い！まだ始まってないから、変な顔しちゃおっ」
『…地元警察によりますと、妖精たちは未だ殺気立っていて突入が難しいとのことです。1回目の突入時、民家内に小型カメラの設置に成功、人質となっているトキさんの生存が現在も確認出来ている模様です』
WhiteCULはカメラに向かって陽気にピースサインを送りながらも、下の景色を眺める。豪邸の屋根にはおびただしい数の妖精が群がり、周りを警戒している。遠くて良く見えないが、こちらに向かって石を投げてきている妖精もいる。
『…ここからは中継で現場の様子をお伝えします。膠着状態が続く現場に、リポーターが1名到着した模様です。WhiteCULさん、そちらの様子はいかがでしょうか？』
来た。カメラマンが手で3、2、1と合図を送る。
「はいっ！あ、あの、おはようございますっ！WhiteCULです！」
『…現場の様子はいかがでしょうか』
「はいっ！あの、わ、わたしたちは今被害のあった民家の上空を飛んでおりますっ。屋根には無数の妖精が張り付き、周囲を警戒している様子です…突入の隙は見当たらないと言って良いでしょうっ！」
カメラマンはカメラを民家が見える位置までパンさせた。豪邸の屋根は妖精の体色で緑色に染まっている。しばらく突入は難しそうだ。
「…先ほど、このヘリコプターに向けて石を投げてきた妖精もいましたっ！これらの妖精は非常に闘争本能が旺盛なので、わたしたちもこれから退避を…っ？！」
「うわあっ！？」
ヘリコプターが大きく揺れる。カメラが大きくぶれ、衝撃音が伝わる。
『WhiteCULさん。大丈夫ですか？そちらの状況は？』
「えっ、えと…今、妖精が何匹か屋根からこちらに飛んできてこのヘリコプターにしがみつきましたっ」
『すぐに退避してください。ヘリコプターの中に対妖精用スプレーがあるはずです』
「わっ、わわっ…」
「のだのだのだのだ、のだのだのだのだ」
「ぐぬうっ…！！危ない…！」
大きくバランスを崩したカイユースを、必死で立て直す操縦士。何とか機体は持ちこたえたが、着陸脚部分にしがみついた妖精が、こちらまで登ってくる！！
「や、やばいっ！！でもこわいぃっ！」
カメラマンはカメラと自分が落ちないようにこらえるのに必死で、スプレーを探す余力はないようだった。
WhiteCULはあたりを見まわす。消火器ラックの横にくくりつけられた小さなスプレー缶。
あった。これだ！
「おいくちょにんげん！こののりものさんはずんちゃたちがいただいたのだ！はやくおちるのだ！！」
「妖精が登ってきました！スプレーで対抗してみますっ」
スプレーを開栓し、構えるWhiteCUL。後部座席部分から顔を出した妖精の顔面へ、狙い違わず噴射する。
ばしゅーっ！！
「ぶのだぁあっ！？」
予想以上に強烈な噴流。それをまともに食らった妖精は吹き飛ばされ、下に落ちていく。
「きょーだいがおちたのだ！」「くちょにんげん、ころす、ころす！！」
どんどん上がってくる妖精たち。WhiteCULも必死でスプレーを噴射し続けるが、妖精の物量にスプレーの噴射が間に合わなくなった。
「よこすのだ、これもずんちゃたちのものにするのだ！」
「う、うわあ！？や、やめろ！カメラに触るなっ！！ぎえええっ！」
カメラに張り付いた妖精と半狂乱で格闘を始めるカメラマン。妖精はレンズに張り付いてレンズを舐めまわす。中継モニターには、妖精の顔がバカでかく映し出された。
「急速離脱する！掴まって！！」
「くちょにんげん、そんなことさせないのだあ！」 がぶり
「うわっ！いてえっ！！」
たまらず、操縦士がホバリングをオフにし、カイユースを旋回させる。が、その指にも妖精が張り付き、噛みついた。操縦士を機能不全にすれば、ヘリコプターを奪えると考えたのかもしれない。カイユースは、大きくぐらついた。
「あっ！妖精がパイロットさんの手に噛みつきましたっ！機体が大きく揺れていて非常にまずいですっ！ミサイル発射っ！！」
「ないですよそんなの！スプレーもうないですかっ？！」
ツッコミながらも何とか妖精を振りほどいた操縦士。投げ飛ばされた妖精はそのまま落下していったので、彼は急いでカイユースの姿勢を安定させた。
「くうっ！うわっコイツ脱糞しやがった！やめてくれよ頼むからっ！」
副操縦士はもう1匹入り込んできた妖精と格闘を続けているし、カメラマンは群がる妖精からカメラを守るのに必死だ。なのに、もうWhiteCULのスプレーはもう出なくなってしまった。
『WhiteCULさん、応答してください。大丈夫ですか？』
スタジオのNo.7は気が気ではなかった。視聴者の不安を煽ることのないよう、落ち着いた口調で話してはいるが、誰よりも動揺しているのは彼女だった。この映像はまたも中継されたままだ。向こうのカメラが中継をオフにしない限り、こちらに映像が届き続けるからだ。
それよりも、彼女はヘリコプターの中の4人の安否が気にかかった。
「はいっ、妖精は大部分撃退しましたが、スプレーは空になりました…まだ4匹ほど残ってますっ！あ、今副操縦士さんが1匹やっつけましたっ、妖精がおしっこもらしてますっ」
「カ、カルさ〜ん、たすけてええええええ…うわあああああん…」
「おそらでへこへこ、きもちーのだ！へこへこ、へこへこぉ！！」
残り3匹になった妖精は、カメラマンの顔に張り付き、無我夢中で腰を振っている。WhiteCULは慌ててスプレーをカメラマンへと向けるが、妖精用のスプレーは人間に向けて撃つのは推奨されていないとの表示を見て顔を曇らせる。それに、スプレー、もう出ないんだった。
彼女は一瞬、どうすべきか逡巡したあげく、思い切って妖精を掴んだ。
「へこへこへこへこお………お？は、はなしゅのだくちょにんげん！はなせぇえええ！」
「それっ」 ガスッ！！
WhiteCULはじたばた暴れる妖精を押さえつけると、その頭部めがけてスプレー缶を振り下ろす。
「のだっ！！うっ…ごぼっ………」
血を吐いて、妖精は静かになった。まだお尻は胎動を続けているが。
「き、きょーだい、きょーだい！」「へこへこちゅーだんするのだ、きょーだいをたすけるちゃ！」
妖精の悲鳴を聞いて、残りの2匹がWhiteCULの方へ向かう。カメラマンは慌ててカメラを構えなおし、妖精を掴もうとした…がその手は空を切った。
「しねえええええ！くちょにんげんんんんっ！！」
「えいっ！」
「しねええっ？！のだっ…」
1匹は、WhiteCULの振り下ろしたスプレー缶がクリティカルヒットし、目を白黒させて空中でバランスを失うと、そのままカイユースから落下した。
もう1匹を迎え撃つには間に合わない。WhiteCULは空いている方の手で妖精をガシッと掴み、そのまま渾身の力を込めて握りつぶした。
ぐじゅう！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
カイユースのローター音にも負けないうるさい悲鳴が響き渡る。
飛び散った妖精の血液や臓物が、WhiteCULの顔に容赦なく降りかかった。
「…スタジオ、ご安心くださいっ。わたしたちは全員無事ですっ！これで中継はおしまい。そちらにお返ししますっ！」
妖精の返り血をまともに浴びたWhiteCULがにっこり笑う。片手には握りつぶした妖精の残骸を持ったままだ。最後にカメラは、その光景をしっかりと映して、中継は終わった。
『WhiteCULさん、ありがとうございました。今ご覧いただいたように、妖精は大変危険です。見つけたとしても、絶対に近づいてはいけません。もし見つけた場合は、警察または専門の駆除業者に相談するなど、身の安全を確保してください。繰り返します……』
No.7はさすがの機転で、この放送事故をうまくまとめた。
しかし、どう考えてもこの状況は非常にまずい。
「やっちまった…俺、カメラ切ったと思ったのに………ごめんなさい………」
顔を妖精の精液まみれにしたカメラマンが半ベソでヘロヘロと力なく壁にもたれかかる。
「いや、これは不可抗力ですよ。それよりも、誰も大ケガしなくてよかった」
「機長、指は…？」
「手袋していたから助かった。あとで診てもらうけどな…」
「妖精って、こんなとこまで飛んで上がって来れるんですね！わたし知らなかったっ！あははっ！わたし何キルしちゃったんだろっ」
返り血を浴びた顔のまま無邪気に笑うWhiteCUL。操縦士、副操縦士、カメラマンの全員が、リポーターのWhiteCULがとりあえず無事でよかったと胸をなでおろした。
カイユースは中も外も妖精のフン尿まみれ。このクリーニング代は高くつきそうだ…
ニュース番組が無事に終了してから10分後くらいに、汚れまくったヘリコプターがテレビ局の屋上まで戻ってきた。No.7は真っ先にWhiteCULを迎えに行きたかったが、次の番組のナレーションがあるため、スタジオから離れることが出来なかった。
カイユースに乗っていた4人は、出迎えを受けた後、全員が念のため医務室に運ばれたらしい。どっちにしろ、しばらく会うことは出来ないだろう。
お昼になっても、WhiteCULたちは医務室から出て来なかった。No.7は心細い気持ちを抱えながら、お弁当を食べる。今日のメニューは、ボイボ寮の仲間、青山龍星が作ってくれた特製サンドイッチだ。これで、少しでも不安な気が紛れるだろう。
「ごちそうさまでした」
やはり、青山さんのサンドイッチは格別だ。寮に帰ったら、お礼を言ってお返しのカイワレ大根を届けなくては。
化粧室でセッティングを万全にしたNo.7は、おそるおそるスマートフォンを開く。朝のニュースを受けての世論の確認は怠らない彼女だったが、今日は特に世論の動きが気になった。
…やっぱりだ。WhiteCULが妖精を握りつぶす、という決定的瞬間が、早くもインターネット上で動画として拡散されてしまっている。SNSでは早くも「おもしれー女」がトレンド入りしている。
この時はカメラマンが動転していたため、彼を全面的に責めることは出来ないが、やはりこの拡散現象はテレビ局にとって大きな誤算でもあった。
SNSのみならず、インターネット上のまとめサイト等では専用の記事もオープンしてしまっている。
【朗報】おもしれー女、クソ妖精を握りつぶして満面の笑み
【またやった】新米リポーターWhiteCUL、やはり俺たちの期待を裏切らない
【反撃の狼煙】おもしれー女に続け！政府の妖精保護法案に反対の署名をしよう！
【世界最速】いろんなものを握りつぶしてしまうおもしれー女BB
………
「あああ…」
No.7は頭を抱える。事態は思った以上に大きくなっている。もはやNo.7がひとりでどうにか出来る問題ではない。
世間からの評価は悪ふざけ的な一面もあるが、ヘリコプターを襲って危うく墜落させかけた妖精に対する批判が殆どで、WhiteCULに対する直接の批判はあまり見えてこなかった。それが唯一の救いだろう。
………いや、過激なのがひとつだけあった。
「妖精愛護団体」を名乗るグループが、WhiteCULを名指しで猛烈に批判している。
かわいい妖精を虐待し、挙句の果てにはこんな風に握りつぶして殺したこの“WeightCUL”という女は、立派な犯罪者だ！生かしてはおけない！逮捕しろ！殺せ！テレビ局も潰せ！国は妖精保護法を一刻も早く施行しろ！強行採決だ！
………長々と書かれていたものを必死に要約すれば、内容はだいたいこのようなものだった。
映像を観ていた人ならわかるはずだが、ヘリコプターを襲ってWhiteCULに危害を加えようとしたのは妖精側であることは明白であるため、こんな言い分が通用するわけもない。
…名前間違えてるし。
それでも、テレビ局の職員が名指しで殺害予告をされているというのは、とてもまずい状況だ。一刻も早く、WhiteCULの身の安全を確保しなければならない。
No.7は「妖精愛護団体」の投稿を証拠としてスクリーンショットに撮ると、足早にスタジオへと向かった。
だが、その道中、顔を青くした上司に呼び止められる。
「セ、セブンくん……今しがた、この局にこんなものが届いてだな………」
汗を拭きながら息も絶え絶えに絞り出す中年の上司。彼は持っていた紙をNo.7に手渡す。
「こ、これは…！」
『そ ち ら の 局 に い る 例 の女 の 身柄 を 渡 せ 彼女 は 許さ れ ざ る 罪 を 犯 し たの で ある か ら 我々 が 裁き を 下 す 』
それは新聞や雑誌のスクラップ（切り貼り）だった。大小さまざまな色、文字が貼られていて非常に見辛いが、誰が送ってきたかはもはや言わずもがなであった。
「…妖精愛護団体ですね」
「おそらく、そうだ…ああ〜こんな時にどうしてこんな！」
中年上司はパニック状態になり、ただでさえ薄くなった毛髪を掻きむしる。
妖精愛護団体。それは、「妖精に“人権”を与える」ことを最終目標に、様々な活動を行うグループであるが、もはやテロリストと言ってもよかった。
「妖精のため」という大義名分を掲げ、器物損壊や地域住民の立ち退き要請、スピーカーを使っての演説活動は日常茶飯事。
挙句の果てには美術館で、貴重な美術作品に「ずんち」と呼ばれる妖精のフンをかけて回ったり、害獣である妖精を駆除して回る専門の駆除業者を見つけては、どこかへ拉致したりしているらしい。
犯罪行為に平気で手を染めている恐ろしい団体だが、彼らは暴力団や外国マフィアとの繋がりもあるらしく、警察も迂闊に手が出せないそうだ。
噂では、日本の山奥や海外の広大な土地を使って、大規模な妖精の養殖場を建造しているらしい。日本のとある大企業が、養殖場の建造に大規模な資金援助をしているとも言われている。
そこで「教育」を受けた妖精は、生存に関して絶対的な安心感を覚えるため、妖精愛護団体の重要な「人的資源」として、献身的に「仕事」に従事するようになるとのことだ。妖精愛護団体は、妖精を「人間」のように扱っているため、世間と価値観が大きく異なっている。
国に対して「妖精保護法」を施行するように圧力をかけているのも妖精愛護団体だ。
インターネット上では、今回の襲撃事件は、妖精愛護団体が裏で動いているのではないかとする意見も見られている。
そんな危険なグループにWhiteCULが目をつけられてしまった。場合によっては、テレビ局の閉鎖も検討しなければならなくなる。
でも、それではテレビ局が恐喝に屈して、妖精愛護団体の要求を半分以上、のんでしまうことに他ならない。公平性のある報道を届ける義務のある私たちが、そんな圧力に負けてはならない。
「…次の中継からは、私もリポーターとしてWhiteCULに同行します」
「え、え？！君はアナウンサーだろう…？困るよ、それは…」
役職が違う。もちろんそれは百も承知であった。しかし、ヘリコプターが妖精に襲われているとき、スタジオにアナウンサーとして縛り付けられていたNo.7は、見ているだけで何も出来ない自分があまりにも不甲斐ないと感じていた。だから…
「私が、WhiteCULをそばで守ります」
〜つづく〜
本作は『民族浄化』以前に書き溜めていたものなので、既に結末まで書きあがっていますが、加筆修正等を加えながら連載していこうかと思っております。
Youtube等でよく見るようになったあの“おもしれ―女”を今回、主役に据えています。長い連載になりそうですが、私を許せる方であれば、どうかお付き合いくださいませ。
第1話 「占拠」
「…それでは、本日もどうぞよろしくお願いいたします」
とある地方の小さなテレビ局のスタジオ内。早朝のミーティングは、何やら重苦しい雰囲気だ。それは、職員の眠気のせいだけではない。
「…また、妖精ですか」
「またやられた。これで何件目だ？」
「53件目です。ここ3か月だけで」
妖精の大群が、昨日の夕方ごろ、東北地方M村の民家に襲い掛かり、占拠したようだ。被害にあった民家は老舗の餅屋を営む豪邸であり、妖精たちはおそらく、食糧が豊富に確保出来るとみて優先的に狙ったのだろう。
地元の警察や駆け付けた機動隊の決死の作戦により、居住者のひとりであったダイゾウさん(82)は襲撃からおよそ2時間後に救出されたものの、ダイゾウさんの妻、トキさん(81)が今も人質にとられている状況だ。妖精たちは石や木の棒、ガラス破片やナイフ等を手に持って武装しており、再突入が難しいとの報告が入っている。言葉による説得を試みても、意思疎通困難な妖精たちを下手に刺激してしまえば人質に何をするかわからないので、交渉は難航している。
「…今回も変わらずリポーターはそちらに向かわせるのですね」
看板アナウンサーのNo.7（ナンバーセブン）がつぶやく。ざわざわとしていたスタジオがさっと水を打ったように静かになった。
このテレビ局では、どんなに危険な現場であってもリポーターを送り込んで、地域住民に「本物」の情報を中継によって送り届けることを使命としている。まあ、そのココロザシは評価に値するだろうが、リポーターだって人間だ。自分が死んでしまったら元も子もない、というのが彼女の考えであった。
「またあの時みたいに、リポーターが痛めつけられる様子が全国に拡散されたら…今度こそ、炎上なんかじゃ済まなくなりますよ…！」
No.7は1か月前に北関東地域で起こった妖精による学校の占拠事件を思い出していた。あの時も、現場で捨て身の中継を続けていたリポーターが襲われたのだった。
「…こちら妖精が立てこもっている現場の近くです、危険すぎてここから先は近づけないのですが、おわかりでしょうか、校舎の窓ガラスがすべて割られているのが見えます…妖精たちの姿はまだ見えませんが、おそらく…………っっ！？」
「おいくちょにんげん、なにしてるのだ？このさいきょうのぼくがぶっころしてやるのだああああああ！！」
「まずい。妖精だ！危ない！！」
「きゃああああああああっ！！」
ザクッ！！
「うわああっ！み、みんなにげて！はやく！」
「カメラ止めろ！カメラ！」
「のーだのだのだ！のーだのだのだのだのだ！！くちょにんげんがぶざまににげまどっているのだ！ゆかい、ゆかいなのだあああぁ……」
ぶつっ…………
テレビ局員たちの見えない位置から、包丁を携えた妖精の成体が襲ってきたのである。カメラマンは慌てて中継をやめ、リポーターを逃がそうと動いたが遅かった。
妖精は勝ち誇った表情で包丁をリポーターに振り下ろした。幸い、命に別状はなかったが、その女性リポーターは肩を切り裂かれ、全治3か月の大ケガと、酷い妖精恐怖症を患ったのだった。
そして、その一部始終がカメラに記録され、リアルタイムで放送されてしまっていたのだ。
そのあまりにもショッキングな映像は、瞬く間にインターネットで拡散された。人間を「包丁」という人間の道具を使って傷つけた妖精への憎悪や、負傷したリポーターを心配する声が多くみられたが、何よりもテレビ局員の頭を悩ませたのが、「こうまでして中継をする必要があるのか」という、「ジャーナリズムの在り方」そのものを問う批判の声であった。誰かが発したこの「呟き」には5万以上もの賛同の声が集まり、俗にいう「炎上」の状態となった。
その事件以来、「妖精」関連のニュースを目にするたび、テレビ局には重たい空気が流れた。次はどのリポーターが「犠牲」になるか、皆が震えながら仕事にあたっていた。
もちろん、テレビ局側も黙ってこれを見ていたわけではない。説明責任を果たすとして記者会見を開き、「今後の中継にあたっては、職員個人個人の意思を尊重して、リポーターを希望制で募る形式にする」と宣言したのである。
これでひとまず、ネット上で燃え上がった炎は鎮火された。しかし、当たり前ではあるが、依然としてテレビ局への世間の冷たい評価が覆ることはなかった。
静かに怒りを見せるNo.7を前に、大量の汗を浮かべた中年の上司がおずおずと口を開く。
「セブンくん。君の気持ちはわからんでもないが、またひとり、勇敢なリポーターがこれに志願した。彼女はもう、ヘリコプターで現場に飛んだよ…」
「“またひとり”って…」
「そうだ、WhiteCULくんだ」
「やっぱり同じじゃないですかっ！？」
WhiteCUL（ホワイトカル）。今年入社したばかりの新人リポーターだ。「クールビューティー」を自称する元気溌剌な性格は、皆の笑顔の源となっている。そんな彼女が、どうして…
リポーターたちは、世間からのバッシングや自分の命に降りかかる危険を恐れて、誰も中継放送の希望調査に立候補しなくなっていた。至極当然の話だ。テレビ局側も、記者会見で宣言してしまった以上、強制するわけにはいかない。
そんな中でも、WhiteCULだけは、健気にも、危険な中継に立候補し続けた。あまりにもテレビに映る回数が多いから、世間では「WhiteCULっていうおもしれー女を残して残りのリポーターの殆どは退社したのではないか」というウワサが立ったほどだ。
ただ、今度の相手は地震や火事等ではない。凶悪な妖精だ。どうして、自分から危険なところに飛び込むようなマネを。No.7は歯噛みして、ニュース原稿を強く握りしめた。この胸のザワザワは何だろう。私…………
「連絡が入った。リポーターが現場に到着するまで残り10分。それまでに放送開始出来るように各自、準備を」
ディレクターが呼びかけると、重苦しい雰囲気のままで職員がそれぞれの持ち場へと移動し始める。No.7は居ても立っても居られず、スタジオの外へ飛び出した。普段ならニュース原稿を何度も読み直して、丸暗記するまで読み込むが、今日に限ってはそんな余裕等なかった。
スタジオの屋上まで駆け上がったNo.7。スマートフォンを取り出すと即座に発信ボタンを押す。
相手はすぐに出た。バラバラバラバラ…という凄まじいローターの音がスピーカー越しにも届く。
『あれえ、ななさん？！わたし、なにか忘れ物しちゃったっけっ！？』
「違います！私はただ、雪さんが心配で…雪さん…本当に大丈夫なんですか」
『わたしは大丈夫ですよぉ！妖精の中継なんて初めてだし、わたし、ワクワクが止まらないっ』
「…雪さん。妖精は危険生物です。こちらの“常識”を遥かに超えた行動をとるんです」
『あっ、危ないからヘリからは下りるなってさっきカメラマンに釘刺されちゃいましたっ！だからななさんは心配しないで…いつも通り、また本放送の画面越しに会いましょっ』
WhiteCUL………“雪さん”はいつもこうだ。自分がいくら困っていても、他人にはそれを絶対に見せずに、常に明るく振舞う。本当は今、物凄く怖いはずなのに…
「…雪さん。帰ったら話が…」
「セ、セブンさん、読み合わせするので戻ってきてください…」
息を切らした後輩アナウンサーが屋上への入り口に姿を見せる。本番まで時間がない。すぐ戻る、と伝えてからNo.7は最後のメッセージを電話に吹き込む。
「…気を付けて、雪さん」
『ななさんありがとうっ！』
電話が切れる。電話越しのヘリコプターの音が消えると、こちら側の風の音しか聞こえなくなった。No.7は大きくため息をつくと、階段を降り始めた。
田園地帯の上空を飛ぶヘリコプター。軍隊から払い下げられたOH-6「カイユース」ヘリコプターを改造したもので、小さな機体の中に操縦士、副操縦士、カメラマン、WhiteCULの4人がギュッとおさまる。
「いつも思うんですけどね、何でこれ、こんなにオープンなんですかっ！？」
激しいローター音に負けじとWhiteCULが叫ぶ。どこか楽しんでいるようにも聞こえる。
このカイユースの後部座席には何と、扉がついていない。風がダイレクトに吹き込み、バランスを崩したら転落してしまいそうだ。スリルを楽しむ彼女とは別に、高所恐怖症のカメラマンは顔面蒼白で手すりにしがみつく。
「ドアガンナーとかやってたんじゃないですか？！こわい…旋回するときは言ってくださいよ…」
「アイ・コピー」
震えるカメラマンに操縦士がおどけて返す。目的地まではもうすぐだ。
「あっドアガンナーって映画で観たことあるやつっ！ゲッサム！ゲッサム！！………マシンガンないんですかっ」
「あるわけないでしょうがっ！報道ヘリだよこれわぁっ！！」
（※ドアガンナーWhiteCULのイラスト募集中）
スタジオ内。カメラの前に立ったNo.7は大きく深呼吸する。慣れた仕事とはいえ、今日はどうにも落ち着かなかった。
「放送開始2分前。よろしくお願いします」
No.7はもう一度ニュース原稿を眺める。トップニュースは妖精の襲撃事件とその経過。関連ニュースで、国が積極的に推し進める「妖精保護法案」について。あとは、農作物価格のさらなる高騰についてや、土砂災害の被害情報等。いいニュースは特にない。
朝から、これを眺める視聴者も気の毒だ。憂鬱な気分で1日が始まるのだから。
でも、これを伝えないわけにはいかない。それが、アナウンサーとしての彼女の義務だから。
もう一度大きく深呼吸したNo.7は、カウントダウンを聞きながらカメラに真っすぐ向き合った。照明がつく。
「いきます。5………4………3………」
2、1と無言になったディレクターの手がゆっくり動き、放送が始まった。
「始まった！始まったっ！わ〜！ななさ〜んっ！！」
改造カイユースに取り付けられたモニターに、ニュース映像が映し出された。画面上で大きく礼をしてニュース解説を開始したNo.7を見て、WhiteCULが手を大きく振る。
「現場到着。カメラマンさん、少し旋回しますよ」
「えっ、うわああっ！？」
カイユースは中継現場に定刻通り到着した。豪邸の周囲を機動隊が取り囲み、妖精と睨み合いを続けている。今回は、地上に降りて中継するのが危険と判断されたため、テレビ局側はすべての作業をカイユースの中でおこなうことになっていた。
『“フライング・エッグ”、“フライング・エッグ”………聞こえるか、妖精たちがそちらに気づいた。民家から距離をとれ、気をつけろ………オーヴァー』
「了解。ありがとうございます………オーヴァー。カメラマンさん揺れますよ…」
「あ、ああ…うおおっ！」
地上から無線が入る。カイユースは高度を上げた。カメラマンはおびえながらもカメラを構え、WhiteCULの顔を映した。そろそろ中継が始まる。
「いぇ〜い！まだ始まってないから、変な顔しちゃおっ」
『…地元警察によりますと、妖精たちは未だ殺気立っていて突入が難しいとのことです。1回目の突入時、民家内に小型カメラの設置に成功、人質となっているトキさんの生存が現在も確認出来ている模様です』
WhiteCULはカメラに向かって陽気にピースサインを送りながらも、下の景色を眺める。豪邸の屋根にはおびただしい数の妖精が群がり、周りを警戒している。遠くて良く見えないが、こちらに向かって石を投げてきている妖精もいる。
『…ここからは中継で現場の様子をお伝えします。膠着状態が続く現場に、リポーターが1名到着した模様です。WhiteCULさん、そちらの様子はいかがでしょうか？』
来た。カメラマンが手で3、2、1と合図を送る。
「はいっ！あ、あの、おはようございますっ！WhiteCULです！」
『…現場の様子はいかがでしょうか』
「はいっ！あの、わ、わたしたちは今被害のあった民家の上空を飛んでおりますっ。屋根には無数の妖精が張り付き、周囲を警戒している様子です…突入の隙は見当たらないと言って良いでしょうっ！」
カメラマンはカメラを民家が見える位置までパンさせた。豪邸の屋根は妖精の体色で緑色に染まっている。しばらく突入は難しそうだ。
「…先ほど、このヘリコプターに向けて石を投げてきた妖精もいましたっ！これらの妖精は非常に闘争本能が旺盛なので、わたしたちもこれから退避を…っ？！」
「うわあっ！？」
ヘリコプターが大きく揺れる。カメラが大きくぶれ、衝撃音が伝わる。
『WhiteCULさん。大丈夫ですか？そちらの状況は？』
「えっ、えと…今、妖精が何匹か屋根からこちらに飛んできてこのヘリコプターにしがみつきましたっ」
『すぐに退避してください。ヘリコプターの中に対妖精用スプレーがあるはずです』
「わっ、わわっ…」
「のだのだのだのだ、のだのだのだのだ」
「ぐぬうっ…！！危ない…！」
大きくバランスを崩したカイユースを、必死で立て直す操縦士。何とか機体は持ちこたえたが、着陸脚部分にしがみついた妖精が、こちらまで登ってくる！！
「や、やばいっ！！でもこわいぃっ！」
カメラマンはカメラと自分が落ちないようにこらえるのに必死で、スプレーを探す余力はないようだった。
WhiteCULはあたりを見まわす。消火器ラックの横にくくりつけられた小さなスプレー缶。
あった。これだ！
「おいくちょにんげん！こののりものさんはずんちゃたちがいただいたのだ！はやくおちるのだ！！」
「妖精が登ってきました！スプレーで対抗してみますっ」
スプレーを開栓し、構えるWhiteCUL。後部座席部分から顔を出した妖精の顔面へ、狙い違わず噴射する。
ばしゅーっ！！
「ぶのだぁあっ！？」
予想以上に強烈な噴流。それをまともに食らった妖精は吹き飛ばされ、下に落ちていく。
「きょーだいがおちたのだ！」「くちょにんげん、ころす、ころす！！」
どんどん上がってくる妖精たち。WhiteCULも必死でスプレーを噴射し続けるが、妖精の物量にスプレーの噴射が間に合わなくなった。
「よこすのだ、これもずんちゃたちのものにするのだ！」
「う、うわあ！？や、やめろ！カメラに触るなっ！！ぎえええっ！」
カメラに張り付いた妖精と半狂乱で格闘を始めるカメラマン。妖精はレンズに張り付いてレンズを舐めまわす。中継モニターには、妖精の顔がバカでかく映し出された。
「急速離脱する！掴まって！！」
「くちょにんげん、そんなことさせないのだあ！」 がぶり
「うわっ！いてえっ！！」
たまらず、操縦士がホバリングをオフにし、カイユースを旋回させる。が、その指にも妖精が張り付き、噛みついた。操縦士を機能不全にすれば、ヘリコプターを奪えると考えたのかもしれない。カイユースは、大きくぐらついた。
「あっ！妖精がパイロットさんの手に噛みつきましたっ！機体が大きく揺れていて非常にまずいですっ！ミサイル発射っ！！」
「ないですよそんなの！スプレーもうないですかっ？！」
ツッコミながらも何とか妖精を振りほどいた操縦士。投げ飛ばされた妖精はそのまま落下していったので、彼は急いでカイユースの姿勢を安定させた。
「くうっ！うわっコイツ脱糞しやがった！やめてくれよ頼むからっ！」
副操縦士はもう1匹入り込んできた妖精と格闘を続けているし、カメラマンは群がる妖精からカメラを守るのに必死だ。なのに、もうWhiteCULのスプレーはもう出なくなってしまった。
『WhiteCULさん、応答してください。大丈夫ですか？』
スタジオのNo.7は気が気ではなかった。視聴者の不安を煽ることのないよう、落ち着いた口調で話してはいるが、誰よりも動揺しているのは彼女だった。この映像はまたも中継されたままだ。向こうのカメラが中継をオフにしない限り、こちらに映像が届き続けるからだ。
それよりも、彼女はヘリコプターの中の4人の安否が気にかかった。
「はいっ、妖精は大部分撃退しましたが、スプレーは空になりました…まだ4匹ほど残ってますっ！あ、今副操縦士さんが1匹やっつけましたっ、妖精がおしっこもらしてますっ」
「カ、カルさ〜ん、たすけてええええええ…うわあああああん…」
「おそらでへこへこ、きもちーのだ！へこへこ、へこへこぉ！！」
残り3匹になった妖精は、カメラマンの顔に張り付き、無我夢中で腰を振っている。WhiteCULは慌ててスプレーをカメラマンへと向けるが、妖精用のスプレーは人間に向けて撃つのは推奨されていないとの表示を見て顔を曇らせる。それに、スプレー、もう出ないんだった。
彼女は一瞬、どうすべきか逡巡したあげく、思い切って妖精を掴んだ。
「へこへこへこへこお………お？は、はなしゅのだくちょにんげん！はなせぇえええ！」
「それっ」 ガスッ！！
WhiteCULはじたばた暴れる妖精を押さえつけると、その頭部めがけてスプレー缶を振り下ろす。
「のだっ！！うっ…ごぼっ………」
血を吐いて、妖精は静かになった。まだお尻は胎動を続けているが。
「き、きょーだい、きょーだい！」「へこへこちゅーだんするのだ、きょーだいをたすけるちゃ！」
妖精の悲鳴を聞いて、残りの2匹がWhiteCULの方へ向かう。カメラマンは慌ててカメラを構えなおし、妖精を掴もうとした…がその手は空を切った。
「しねえええええ！くちょにんげんんんんっ！！」
「えいっ！」
「しねええっ？！のだっ…」
1匹は、WhiteCULの振り下ろしたスプレー缶がクリティカルヒットし、目を白黒させて空中でバランスを失うと、そのままカイユースから落下した。
もう1匹を迎え撃つには間に合わない。WhiteCULは空いている方の手で妖精をガシッと掴み、そのまま渾身の力を込めて握りつぶした。
ぐじゅう！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
カイユースのローター音にも負けないうるさい悲鳴が響き渡る。
飛び散った妖精の血液や臓物が、WhiteCULの顔に容赦なく降りかかった。
「…スタジオ、ご安心くださいっ。わたしたちは全員無事ですっ！これで中継はおしまい。そちらにお返ししますっ！」
妖精の返り血をまともに浴びたWhiteCULがにっこり笑う。片手には握りつぶした妖精の残骸を持ったままだ。最後にカメラは、その光景をしっかりと映して、中継は終わった。
『WhiteCULさん、ありがとうございました。今ご覧いただいたように、妖精は大変危険です。見つけたとしても、絶対に近づいてはいけません。もし見つけた場合は、警察または専門の駆除業者に相談するなど、身の安全を確保してください。繰り返します……』
No.7はさすがの機転で、この放送事故をうまくまとめた。
しかし、どう考えてもこの状況は非常にまずい。
「やっちまった…俺、カメラ切ったと思ったのに………ごめんなさい………」
顔を妖精の精液まみれにしたカメラマンが半ベソでヘロヘロと力なく壁にもたれかかる。
「いや、これは不可抗力ですよ。それよりも、誰も大ケガしなくてよかった」
「機長、指は…？」
「手袋していたから助かった。あとで診てもらうけどな…」
「妖精って、こんなとこまで飛んで上がって来れるんですね！わたし知らなかったっ！あははっ！わたし何キルしちゃったんだろっ」
返り血を浴びた顔のまま無邪気に笑うWhiteCUL。操縦士、副操縦士、カメラマンの全員が、リポーターのWhiteCULがとりあえず無事でよかったと胸をなでおろした。
カイユースは中も外も妖精のフン尿まみれ。このクリーニング代は高くつきそうだ…
ニュース番組が無事に終了してから10分後くらいに、汚れまくったヘリコプターがテレビ局の屋上まで戻ってきた。No.7は真っ先にWhiteCULを迎えに行きたかったが、次の番組のナレーションがあるため、スタジオから離れることが出来なかった。
カイユースに乗っていた4人は、出迎えを受けた後、全員が念のため医務室に運ばれたらしい。どっちにしろ、しばらく会うことは出来ないだろう。
お昼になっても、WhiteCULたちは医務室から出て来なかった。No.7は心細い気持ちを抱えながら、お弁当を食べる。今日のメニューは、ボイボ寮の仲間、青山龍星が作ってくれた特製サンドイッチだ。これで、少しでも不安な気が紛れるだろう。
「ごちそうさまでした」
やはり、青山さんのサンドイッチは格別だ。寮に帰ったら、お礼を言ってお返しのカイワレ大根を届けなくては。
化粧室でセッティングを万全にしたNo.7は、おそるおそるスマートフォンを開く。朝のニュースを受けての世論の確認は怠らない彼女だったが、今日は特に世論の動きが気になった。
…やっぱりだ。WhiteCULが妖精を握りつぶす、という決定的瞬間が、早くもインターネット上で動画として拡散されてしまっている。SNSでは早くも「おもしれー女」がトレンド入りしている。
この時はカメラマンが動転していたため、彼を全面的に責めることは出来ないが、やはりこの拡散現象はテレビ局にとって大きな誤算でもあった。
SNSのみならず、インターネット上のまとめサイト等では専用の記事もオープンしてしまっている。
【朗報】おもしれー女、クソ妖精を握りつぶして満面の笑み
【またやった】新米リポーターWhiteCUL、やはり俺たちの期待を裏切らない
【反撃の狼煙】おもしれー女に続け！政府の妖精保護法案に反対の署名をしよう！
【世界最速】いろんなものを握りつぶしてしまうおもしれー女BB
………
「あああ…」
No.7は頭を抱える。事態は思った以上に大きくなっている。もはやNo.7がひとりでどうにか出来る問題ではない。
世間からの評価は悪ふざけ的な一面もあるが、ヘリコプターを襲って危うく墜落させかけた妖精に対する批判が殆どで、WhiteCULに対する直接の批判はあまり見えてこなかった。それが唯一の救いだろう。
………いや、過激なのがひとつだけあった。
「妖精愛護団体」を名乗るグループが、WhiteCULを名指しで猛烈に批判している。
かわいい妖精を虐待し、挙句の果てにはこんな風に握りつぶして殺したこの“WeightCUL”という女は、立派な犯罪者だ！生かしてはおけない！逮捕しろ！殺せ！テレビ局も潰せ！国は妖精保護法を一刻も早く施行しろ！強行採決だ！
………長々と書かれていたものを必死に要約すれば、内容はだいたいこのようなものだった。
映像を観ていた人ならわかるはずだが、ヘリコプターを襲ってWhiteCULに危害を加えようとしたのは妖精側であることは明白であるため、こんな言い分が通用するわけもない。
…名前間違えてるし。
それでも、テレビ局の職員が名指しで殺害予告をされているというのは、とてもまずい状況だ。一刻も早く、WhiteCULの身の安全を確保しなければならない。
No.7は「妖精愛護団体」の投稿を証拠としてスクリーンショットに撮ると、足早にスタジオへと向かった。
だが、その道中、顔を青くした上司に呼び止められる。
「セ、セブンくん……今しがた、この局にこんなものが届いてだな………」
汗を拭きながら息も絶え絶えに絞り出す中年の上司。彼は持っていた紙をNo.7に手渡す。
「こ、これは…！」
『そ ち ら の 局 に い る 例 の女 の 身柄 を 渡 せ 彼女 は 許さ れ ざ る 罪 を 犯 し たの で ある か ら 我々 が 裁き を 下 す 』
それは新聞や雑誌のスクラップ（切り貼り）だった。大小さまざまな色、文字が貼られていて非常に見辛いが、誰が送ってきたかはもはや言わずもがなであった。
「…妖精愛護団体ですね」
「おそらく、そうだ…ああ〜こんな時にどうしてこんな！」
中年上司はパニック状態になり、ただでさえ薄くなった毛髪を掻きむしる。
妖精愛護団体。それは、「妖精に“人権”を与える」ことを最終目標に、様々な活動を行うグループであるが、もはやテロリストと言ってもよかった。
「妖精のため」という大義名分を掲げ、器物損壊や地域住民の立ち退き要請、スピーカーを使っての演説活動は日常茶飯事。
挙句の果てには美術館で、貴重な美術作品に「ずんち」と呼ばれる妖精のフンをかけて回ったり、害獣である妖精を駆除して回る専門の駆除業者を見つけては、どこかへ拉致したりしているらしい。
犯罪行為に平気で手を染めている恐ろしい団体だが、彼らは暴力団や外国マフィアとの繋がりもあるらしく、警察も迂闊に手が出せないそうだ。
噂では、日本の山奥や海外の広大な土地を使って、大規模な妖精の養殖場を建造しているらしい。日本のとある大企業が、養殖場の建造に大規模な資金援助をしているとも言われている。
そこで「教育」を受けた妖精は、生存に関して絶対的な安心感を覚えるため、妖精愛護団体の重要な「人的資源」として、献身的に「仕事」に従事するようになるとのことだ。妖精愛護団体は、妖精を「人間」のように扱っているため、世間と価値観が大きく異なっている。
国に対して「妖精保護法」を施行するように圧力をかけているのも妖精愛護団体だ。
インターネット上では、今回の襲撃事件は、妖精愛護団体が裏で動いているのではないかとする意見も見られている。
そんな危険なグループにWhiteCULが目をつけられてしまった。場合によっては、テレビ局の閉鎖も検討しなければならなくなる。
でも、それではテレビ局が恐喝に屈して、妖精愛護団体の要求を半分以上、のんでしまうことに他ならない。公平性のある報道を届ける義務のある私たちが、そんな圧力に負けてはならない。
「…次の中継からは、私もリポーターとしてWhiteCULに同行します」
「え、え？！君はアナウンサーだろう…？困るよ、それは…」
役職が違う。もちろんそれは百も承知であった。しかし、ヘリコプターが妖精に襲われているとき、スタジオにアナウンサーとして縛り付けられていたNo.7は、見ているだけで何も出来ない自分があまりにも不甲斐ないと感じていた。だから…
「私が、WhiteCULをそばで守ります」
〜つづく〜
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このページへのコメント
ずんだ虫は相も変わらず屑の極みだけど、もはやテロ組織の愛護団体も屑の極みですね…こちらのあんこもん隊長に全員焼き殺してもらいましょう！
コメントありがとうございます。妖精に「人権」を与えるなんて、普通の精神性を持った人なら考え付きませんよね！彼らはクズ妖精に似たと言いますか……
イズミヤクモ様の「あんこもん」シリーズ読ませていただきました！とても頼りになりそうですね！！
なんかこの世界線はこの世界線でFAIRIES解体に向かいそうな流れ
ｱｶﾈﾁｬﾝ総統の世界線でもそうなんだけど、結局この手のメディア押さえてやりたい放題の旧式な巨大企業って、SNSとかの新手の情報拡散に対応できずにボロ出しちゃうんだよねえ
それはそれとして、適当に知能低くて適当に繁殖力高くて使い捨てにしても誰も文句言わない兵隊ってテロリストの一番使いやすい道具なんだよねー
こっちの世界線では戦争になりませんように
コメントありがとうございます。FAIRIESが最後まで存続する世界線は想像したくないですね……
おっしゃるとおり、妖精は、使い捨ての兵器としてうってつけなんですよ！すぐ増えるので命が軽い()
マス・メディアが煽り立てることで戦争を引き起こす事例も多いので、この世界ではどうでしょうか？
こんな最低最悪の企業に資金援助しているイカれた会社、一体何IRIESなんだ……？
コメントありがとうございます。イカれた会社……もうあの企業しかないでしょうね()
「とある大企業」は、明確な目的があって、テロ組織に資金援助をしているのですが、その詳しい理由については、今後の作品にご期待くださいませ！！
カイユーズ組が無事なようで何より
妖精愛護団体は完全にテロ組織ですね
そして、それを援助してる「日本のとある大企業」・・・あっ
これもうティターンズやマンハンター、アロウズとかが要るんじゃ（ｒｙ
コメントありがとうございます。妖精愛護団体の「どこかズレている」と思われる行動理念は、近年話題の環境保護団体と絡めてみました！
人型のずんだもんが「なんだ、男か」って言われてしまうお話書いてみたいですね……！！