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夏。
自然公園と住宅地を区切るための鉄条網に、何かが刺さっています。
気になりますね。少し近づいてみましょう。
………………
おや、これは…………妖精、のようです。
鉄条網のトゲというトゲに、妖精たちが見るも無残な姿で突き刺さっているのです。
子ずんも親ずんも関係なく、あちこちを向いて目を飛び出させ、苦悶の表情を浮かべています。それが、何メートルにもわたって続く、ある意味で神秘的な光景です。
……当たり前ですが、既に死んでいます。キレイな状態の個体は珍しく、どこかしら体のパーツが欠落している個体が大半のようです。
腐敗が進み、ハエが多くたかっています。近くにいると、その腐敗臭に鼻が曲がりそうになるほどです。
いったい誰が、こんなことをしたのでしょう。
地元の小学生は、『こわい』と言って、死んだ妖精たちの方をなるべく見ないように登校しているようです。
地元の主婦は、『洗濯物にニオイがついちゃうわ』と言って、顔をしかめているようです。
地元の妖精愛護派の人は、『よくもかわいい妖精たちを、許せない』と言って、犯人探しに躍起になっているようです。
地元のおにゐさんは、『いいぞもっとやれ』と言って、バンクシーばりのステルス性を誇る犯人を称賛しているようです。
しかし、妖精愛護派の人たちがいくら犯人探しをしても、犯人は見つかりません。
それもそのはず、タイトルにもある通り、この奇怪なオブジェの製作者は、人間ではないのですから………………
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああ！！』
自然公園に、妖精の悲鳴が響き渡ります。何者かに、襲われたようです。
『はなしぇ、はなしぇ！ くちょとり！！ はなさないと、ぶっころしてやるのだ！！』
妖精を捕まえたのは、全長が20センチほどの小鳥です。
そのサイズは、成体の妖精より少し大きい程度。それでも、暴れる妖精を掴んで離しません。
この鳥の名は、モズ。
スズメ目モズ科に分類される留鳥で、過眼線と呼ばれる黒いラインが顔を横切り、凛々しい表情を作り出しています。
この個体は、過眼線が小さめなので、メスでしょう。
ぶちゅっ……
『のぎゃっ……いちゃ………………』
モズは、妖精の首元にクチバシを突き立てます。飛行器官をやられたのか、暴れていた妖精はおとなしくなりました。
数分後。例の、妖精オブジェのところまで飛んで来たモズは、空いているトゲに妖精をブスリと突き刺します。
『ぐびぃいやああああああ！！』
妖精は体を貫く激しい痛みに絶叫して四肢を振り回しますが、鋭いトゲから逃れることは叶いません。
ちゃ……ぴちゃ……
トゲの先端に付着した大量の妖精の体液が、地面に滴り落ちます。
ばささっ……
モズは、まだ妖精が生きているのにもかかわらず、その場から飛び去りました。
どうやら、このオブジェを作ったのは、彼女で確定のようです。
『い………………ちゃ…………くちょ………………とり………………』
やがて、残された妖精の眼球が裏返り、完全に絶命しました。
モズの手慣れた仕事ぶりを見ると、妖精を狩ることに関して、相当な手練れであることがうかがえます。
どうして、せっかく捕まえた獲物を、その場で食べてしまわないのでしょうか？
その謎を解明するためには、モズ科だけに見られる、「早贄（はやにえ）」という習性を知る必要があります。
（テロップ）※モズの早贄：捕らえた獲物を木の枝や有棘鉄線に突き刺しておく習性。その理由としては、獲物が少ない冬に備えるための「保存食説」、あるいは「食べ残し説」、野生生物としての「殺戮本能説」等、様々な説が見られる。 放置される早贄も多いことから転じて、「忘れやすい」ことを指す場合もある。
なるほど確かに、「早贄」であるならば、すぐには食べない、あるいは放置されているのも納得です。
しかし、ここで新たな疑問が浮かんできませんか？
今の季節は、夏です。
保存食とするならば、少し時期が早すぎるような気がしませんか？ 現に、多くの妖精の死骸が夏の暑さで腐敗してしまっているというのは、前述のとおりです。
これでは、いくら消化器官が強靭であったとしても、美味しく食べることが出来ませんね。
実際、モズが早贄を積極的に作り始めるのは、非繁殖期の秋から冬にかけてだと言われています。
しかも、一般的なモズがバッタやコオロギ、ケラ等の昆虫類、カエル、カナヘビ、モグラ等……多種多様な生き物を早贄にするのとは違い、あのモズは妖精だけを早贄にしているのも不思議です。
相当な偏食家なのでしょうか？ いやいや。
このモズには、もはや妖精を食べようという意図はないように思われます。
そこには、妖精たちに対する、相当な「恨み」の感情がこもっていたのです………………
少し時を遡って、5月のある日。
越冬を終えたモズのつがいが、繁殖期を迎えました。
おわん型の巣には、卵が5個。あのメスが、卵を温めていました。
オスは、さえずりに精を出しているのか、そこにはいません。
かっこう……かっこう…………
カッコウのさえずりが聞こえます。
子育てを他の種に代行させる「種間托卵」という特殊な習性をもつカッコウ類が近くにいるとなると、少し安心出来ません。
カッコウの托卵が成功すると、最初からあったモズの卵は…………あるいは、生まれたばかりのヒナであっても、体の大きなカッコウのヒナは、それらを巣から押し出して、巣を独占してしまうのです。
これも自然の厳しさ……と言ってしまえばそれまでですが、メスは勇敢にも、巣を飛び出しました。
カッコウのオスがさえずっているということは、このあたりにカッコウのメスを呼び寄せてしまう結果になりかねません。
托卵される前に、カッコウを脅して巣から遠ざけようというのです。
強烈な殺気を感じて、逃げるカッコウ。たとえ体格差があっても、モズのメスは果敢に追いかけます。
何としても、巣の安全を守ろうという使命感に燃えています。
しかし、巣を離れ、卵を長時間置き去りにしてしまうとは、どういうことか………………
すなわち、捕食者に隙を与えてしまうということ！！
『あっ、たまごさんがおちてるのだ！！』
『のだ！ たまごさん、たべるのだ！！』
『『たまごしゃん、たまごしゃん！！』』
何やら、甲高い声が聞こえてきました。
通りかかったのは、妖精の家族のようです。
今までは、生息していなかったイキモノです。個体数が増えすぎた結果、生息地を拡げる必要に迫られ、この自然公園に住み着いたようです。
2匹の親ずんが、それぞれ1匹ずつ子ずんを抱えて飛んでいます。子ずんは飛べないため、早く移動するには、こうするのが最適のようです。
………………間違いなく、卵は巣に「産みつけられている」にも関わらず、「落ちている」と解釈しているあたり、救いようがありませんね。
『ほらおちびちゃんたち、たまごさんのところまで、いくちゃ！！』
妖精たちは、巣の近くの枝に子ずんを下ろします。
『にょだっ！？ おちちゃうにょだ！』 『きょわい、きょわい！！』
子ずんたちは、ぶるぶると震えながら、その短い前足で枝をがっちり掴みます。
『おとーちゃ、おかーちゃ！ たちゅけちぇほちいにょだ！！』 『ずんちゃ、たかいの、きょわいにょだあああ！！』
恐怖で一歩も進めない様子の2匹は、泣きそうな表情になっています。
『がんばるんちゃ、おちびちゃんたち。いまから、こいしさんをひろってくるのだ！』
『がんばるんちゃ、がんばるんちゃ！ ほら、たまごさんが、おちびちゃんたちにたべてもらえるのを、まっているのだ！』
親ずんたちに励まされ、ようやく子ずんの足が動きます。
そのお尻は、欲望を抑えきれないかのように激しく胎動していました。
『にょだ、にょだ………たまごしゃん、たまごしゃん！ んちょ、んちょ……』
『ずんちゃのたまごしゃん、ずんちゃのたまごしゃん……よいちょ、よいちょ！』
子ずんの際限ない欲望を利用した、上手な教育方法だと思います。
………………その価値観は歪みきっており、人間としては、嫌悪感を禁じ得ません。こんな傲慢なイキモノがここから落ちてしまったら、果たしてどうなるのでしょうか……
数十秒後。子ずんたちは落ちることなく巣までたどり着き、目をキラキラと輝かせ始めました。
『やっちゃーにょだ！ ずんちゃのたまごしゃん！ ずんちゃのたまごしゃん！！』
『ちがうにょだ！ ずんちゃのたまごしゃんなにょだ！』
『ちがうの！ ぜんびゅ、ずんちゃのおおおおおおおおおお！！』 ぽこっ、ぽこっ！
『ちがくないのおおおおおおおおおお！！ ぜんびゅずんちゃのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！』 ばしっ、ぽくっ！
卵は5個もあるというのに、2匹の子ずんは取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。
………………人間からすれば、どちらのものでもなく、モズのものだと言いたいところですが……
やがて、ケンカしている子ずんたちのお腹が、ぶうううううううっ！ と、大きな音を立てます。
『『にょだ、にょだ。ぺこぺこ、ぺこぺこ！！』』
空腹を覚えた子ずんたちは、お互いを殴るのをやめ、今度は卵の殻を殴り始めます。
それでも、子ずんの力だけでは、卵を割るのは難しいようです。
『ちね、くちょたまご！ ちね、ちね！』 『にゃんで、あかないちゃ！ にょだ、にょだ！！』
前足をぐるぐると振り回す子ずんが発する不満げな声を聞きつけたか、親ずん2匹が戻ってきました。前足に、小石を抱えています。
『おまたせ、おちびちゃんたち！ いまからたまごさん、たべるのだ！』
『おしょいにょだ！ はやきゅ、はやきゅ！！』 『たまごしゃん、たまごしゃん！ にょだにょだ！』
親ずんは、小石を振り上げ、卵めがけて振り下ろします。
………………どうやら、道具を扱えるだけの知能は備わっているようです。これを応用することで、人家への侵入や略奪を容易にしているというわけですね。
『えい！！』 ぱきっ！ かろっ…………
卵の殻が砕け、まだ細胞分裂も始まっていないくらいの卵黄が流れ出します。
『にょだ、にょだ！ ずぼぼ……おいち、おいち！』 『じゅぼぅぼにょぼ……おいち、おいち！！』
早速、子ずんが群がり、流れる卵液をすすり始めました。
『おちびちゃんたち、たくさんおたべ！』 『ままずん、たまごさんはまだあるのだ！ ぼくたちも、たべるのだ！』
ばきっ！ ばきっ！ ばきっばきっ！！
あっという間に、全ての卵が割られました。巣の上にどっかりと居座る妖精たちはあふれ出した卵液に漬かり、それを貪り続けました。
『『『『おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち！！』』』』
4匹の妖精たちの叫びが、シンクロします。
まったくの偶然ではありますが、カッコウがいたおかげで、妖精たちはエサにありつけたわけです。
………………撮っているだけで、何も出来ない自分が不甲斐ないです。いや勿論、過度に自然へ干渉するのもタブーだとは思いますが……
そして。
カッコウを追い払って戻ってきたモズのメスは、巣が荒らされているその光景にしばし、硬直しました。
少し目を離している隙に、こんなことになっているなんて……
親ずんたちが、巣に繋がる枝にとまるモズに気づきました。
『おいくちょとり！ なにみてるちゃ？ なにか、もんくでも、あるちゃ？』
『これは、ぼくたちのたまごさんちゃ！ さては、よこどりするつもりちゃ？』
口の周りを卵液で汚しながら振り返り、威嚇するように歯をむき出す妖精。
2対1………………子ずんを含めれば4対1という圧倒的不利な状況でも、モズのメスは勇敢に近づきます。
近づけば近づくほど、その惨状が明らかになっていきます。キレイに整えられた巣は、妖精がところかまわず踏んだことで激しく歪み、子ずんは卵を食べながら、巣のあちこちにフンをくっつけて回っています。
卵の殻は、おそらく食べるのに邪魔だから捨てたのでしょう、無造作に巣の下へと落とされていました。
激しい怒りの感情が、モズを襲いました。
相手が未知のイキモノとはいえ、こんな酷い仕打ちをされて、何もせずに引き下がるわけにはいかないと、そう考えたのでしょう。
ぎちぎちぎちぎちぎちっ！！
羽毛を逆立て、大きな鳴き声をあげます。
本来、縄張りの主張や、警戒の声として用いられる鳴き方です。それだけ、妖精を脅威と判断したのでしょう。
『『おいち、おいち……にょだっ！？ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ くちょとり、きょわいにょだあああああああ！！』』
呑気にお尻を向けていた子ずんが、その声を聞くなり、ひっくり返って泣き出します。
『のだぁ？ なまいきな、くちょとりめ！ “もりのけんじゃ”であるぼくたちとたたかおうなんて、みのほどしらずちゃ！』
『くちょとり。じひぶかいぼくが、せつめいしてやるのだ…………たまごさんは、ここにおちてたのだ！ さきにみつけたぼくたちが、おいちくたべてただけちゃ！』
おそらく、妖精の言葉は、モズには通じていないでしょう。それでも、理不尽な言い分を並べ立て、逃げようとすらしないで居直る妖精の態度は、モズをさらに怒らせました。
カッコウやカラス、ヘビ等、同じ生息地に暮らす生き物にやられたのであれば、仕方がないとして、まだ忍耐出来たでしょう。
しかし、モズにとって、この妖精たちは、余所者………………………………外来種。
殺戮本能が、モズを突き動かします。
素早く飛び立ち、まずは1匹目の子ずん。
『ずんち、ずんちでりゅぶっ！？……にょだああああああああああああああああああああ……』 べちょちゅっ！！
力いっぱい蹴り飛ばし、巣から突き落としました。
排泄するために巣から身を乗り出していた子ずんは、あえなくバランスを崩し、地面に落下、その体液を飛び散らせました。
『『お、おちびちゃああああああああああああああああああああああああああああん！！』』
あっという間に子ずんを1匹失った親ずんの悲鳴が、シンクロします。
急旋回して戻ってきたモズは、今度は2匹目の子ずんをクチバシに咥えて、飛び去ります。
『たちゅけ、たちゅけ、にょだあああああ！！』
『お、おちびちゃん！！』
『く、くちょとり！ まてええええええええええええええ！！』
親ずんたちは子ずんを庇うために動きましたが、遅すぎました。
モズの鋭いクチバシは、子ずんの首根っこをしっかり掴んで、あっという間に飛び去っていきます。
『お、おいかけるちゃ！ ぼくたちのおうちさんをてばなすのはくやしいけど、おちびちゃんのためちゃ！』
『の、のだっ！！』
妖精2匹は、慌てて飛び上がり、モズを追いかけ始めます。
………………………あろうことか、この巣でさえも「ぼくたちのおうちさん」と決めつけているあたり、救いようがありませんね。
『おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！』
恐怖で泣き喚く子ずんの首根っこをがっちりと咥えたまま、モズが飛びます。
モズの飛行速度は、鳥類の中ではそこまで速い方ではありませんが、親ずんたちは追いかけるのがやっとでした。
やがて、良いことを考えたのか、モズは空中で急制動をかけます。
見えたのは、自然公園と住宅地を区切るための鉄条網。
『まて、くちょとりいいいいいいいいい！！』 『おちびちゃん、はなせえええええええええええええええ！！』
後ろから迫ってくる親ずん2匹が、口々に叫びます。
その言葉が通じたかはわかりませんが、モズはクチバシを開き、子ずんを放しました。
『にょだっ！？ お、おしょらしゃん、とんでるにょだ！！』
浮遊感に感動しているような声を発する子ずん。とはいえ、飛行能力のない子ずんが、放されたからといって飛んで逃げられるわけもなく……
『……にょぶう』 ぐじゅっ！ ばしゃあ……
上空10メートルくらいの高さから地面に激突。もちろん、命はありません。
体から分離した首は、恍惚の表情を浮かべながら、地面をバウンドしました。
『『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！』』
悲鳴を上げる親ずんに構わず、急降下したモズは、子ずんの体液したたる首を再び掴むと、迷わず鉄条網のトゲへと突き刺します。
これで、今シーズン初の「早贄」が完成しました。
『くちょとりいいいいいいいいいいいいいいっ！ なんて、やばんなことを！！ ぜったい、ぜったいぶっころしてやるのだああああああああああああ！！』
『よくも、かわいいおちびちゃんたちを！ ぼくたち、おまえに、なにも、してないのにいいいいいいいいいいいいいいいいい！！』
目の前で我が子の命を奪われた、妖精たちが叫びます。
ぎちぎちぎちぎちぎちぃっ！！
まだ見ぬ我が子の命を、先に奪ったのは貴様らの方だとばかりに、モズが負けじと威嚇します。
そして、一気に仕掛けます。
どしゅっ！ 『いちゃいっ』
ばしゅっ！ 『のでぁっ』
妖精たちは、モズの姿をよく視認出来ないまま、攻撃を加えられ続けます。
地上での戦いとは違い、上空での戦いは、攻撃がどの方向から来てもおかしくないのです。
それを活かして、モズは数的不利をものともせず、まるで戦闘機が飛行船を襲うように、一方的に攻撃を浴びせました。
『『はあ、はあ、はあ、はぁ……のだ、のだ…………』』
やがて、妖精たちは体中に深手を負い、体液を垂れ流していました。
ここまでやられっぱなしで、一発もモズに有効打を与えられていません。
モズの武器は、その短いながらも、太く頑丈なクチバシです。
これを器用に使い、あの芸術的ともいえる「早贄」を完成させるのです。
その戦闘力は、小さな猛禽類と呼んでも差し支えないレベルです。
こんな相手とまともに戦って、妖精が勝てるはずないのです。
『い、いたのだ！ おおおおおおおおおおおおおおおお！！ しね！ くちょとりいいいいいいいいいいいいい！！』
それでも、蛮勇というか何というか…………ひとたびモズを視認するなり、ぐるぐると前足を振り回し、真っすぐ突撃していく1匹の妖精。
モズは、ギリギリまで妖精を引き付け、空中衝突するかどうかといったタイミングで、サッと横に躱します。
『え……ああああああああああああああああああああああああああ！！』
モズの後ろには、びっしりと並ぶ、鉄条網のトゲ。
勢いあまって妖精は、そのトゲに自分から突っ込んでいったのです。
どすっ！！
『がばあ"あ"あ"あ"………………』
顔から串刺しになった妖精は、あっという間に息絶えました。
これで、1対1。
さすがの妖精でも、これは勝てないと判断したのでしょう。
『に、にげるのだ、にげるのだ！！ くちょとり、こんどあったら、ぶっころしてやるのだ！！』
お尻を向けて、一目散に逃げだします。
逃がさないとばかりに、モズが追跡します。
………………そのあとは、もう皆さんおわかりでしょう。
『いぎゃああああああああああああああああああああああ！！ いぢゃいいぢゃいいぢゃいいいいいい！！』
卵の恨みとばかりに、妖精は地面に組み伏せられ、体のあちこちを、クチバシでむしり取られました。
耳も、四肢も、尻尾も、性器も、目も、舌も、心臓も、肝臓も、胃も、腸も、何もかも………………
最後にバラバラにされて死んだ妖精は、早贄にされることもなく、地面に捨て置かれました。仕事を終えたモズのメスは、どこへともなく飛び去って行ったのでした。
すべてが終わった後、巣に戻ってきたモズのオスは、卵も、そして愛するメスさえもいなくなった、汚れきった巣を見て………………
ただ、呆然とするしかありませんでした………………
こうして、あのモズのメスは、季節関係なく、妖精を見つけては「早贄」とするようになったのでした。
え、つがいのオスと協力してやれば、もっと効率いいのにって？
確かに、そう思いますよね。
でも、モズは……基本的には群れないんです。
孤独な戦いを、死ぬまで続けるほかないんです。
………………………………………………………………
＞Stop
「めっちゃいいじゃないっすか〜！！ これ、何でダメなんすか？」
「ああ。何でも、冒頭のオブジェだとか、妖精が狩られるシーンがグロすぎるんだと」
「モザイクかければいいじゃないっすか」
「いやホント、その通りなんだが………………どうやら、もうひとつ理由があるらしくてな」
「なんすか」
「時々挟まる、妖精を卑下するようなナレーターの文言が、番組としての中立性を欠いてると指摘があったらしい」
「ばっかばかしいっすね………せっかく、モズが早贄をたてる貴重な映像が撮れたってのに」
「しょうがないさ……今、あいつらを不用意に刺激するのはまずい」
「じゃあ、破棄っすか……容量もヤバいですし」
「ああ。頼む」
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。久しぶりに、自然と妖精との関わりを描いた短編です！！
私事にはなりますが、4月から始まった新生活が、想像の何倍も大変すぎて、かなり辛い状況です。
しばらくは、過去に書き溜めておりました短編でお楽しみいただければ幸いです！
けも
夏。
自然公園と住宅地を区切るための鉄条網に、何かが刺さっています。
気になりますね。少し近づいてみましょう。
………………
おや、これは…………妖精、のようです。
鉄条網のトゲというトゲに、妖精たちが見るも無残な姿で突き刺さっているのです。
子ずんも親ずんも関係なく、あちこちを向いて目を飛び出させ、苦悶の表情を浮かべています。それが、何メートルにもわたって続く、ある意味で神秘的な光景です。
……当たり前ですが、既に死んでいます。キレイな状態の個体は珍しく、どこかしら体のパーツが欠落している個体が大半のようです。
腐敗が進み、ハエが多くたかっています。近くにいると、その腐敗臭に鼻が曲がりそうになるほどです。
いったい誰が、こんなことをしたのでしょう。
地元の小学生は、『こわい』と言って、死んだ妖精たちの方をなるべく見ないように登校しているようです。
地元の主婦は、『洗濯物にニオイがついちゃうわ』と言って、顔をしかめているようです。
地元の妖精愛護派の人は、『よくもかわいい妖精たちを、許せない』と言って、犯人探しに躍起になっているようです。
地元のおにゐさんは、『いいぞもっとやれ』と言って、バンクシーばりのステルス性を誇る犯人を称賛しているようです。
しかし、妖精愛護派の人たちがいくら犯人探しをしても、犯人は見つかりません。
それもそのはず、タイトルにもある通り、この奇怪なオブジェの製作者は、人間ではないのですから………………
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああ！！』
自然公園に、妖精の悲鳴が響き渡ります。何者かに、襲われたようです。
『はなしぇ、はなしぇ！ くちょとり！！ はなさないと、ぶっころしてやるのだ！！』
妖精を捕まえたのは、全長が20センチほどの小鳥です。
そのサイズは、成体の妖精より少し大きい程度。それでも、暴れる妖精を掴んで離しません。
この鳥の名は、モズ。
スズメ目モズ科に分類される留鳥で、過眼線と呼ばれる黒いラインが顔を横切り、凛々しい表情を作り出しています。
この個体は、過眼線が小さめなので、メスでしょう。
ぶちゅっ……
『のぎゃっ……いちゃ………………』
モズは、妖精の首元にクチバシを突き立てます。飛行器官をやられたのか、暴れていた妖精はおとなしくなりました。
数分後。例の、妖精オブジェのところまで飛んで来たモズは、空いているトゲに妖精をブスリと突き刺します。
『ぐびぃいやああああああ！！』
妖精は体を貫く激しい痛みに絶叫して四肢を振り回しますが、鋭いトゲから逃れることは叶いません。
ちゃ……ぴちゃ……
トゲの先端に付着した大量の妖精の体液が、地面に滴り落ちます。
ばささっ……
モズは、まだ妖精が生きているのにもかかわらず、その場から飛び去りました。
どうやら、このオブジェを作ったのは、彼女で確定のようです。
『い………………ちゃ…………くちょ………………とり………………』
やがて、残された妖精の眼球が裏返り、完全に絶命しました。
モズの手慣れた仕事ぶりを見ると、妖精を狩ることに関して、相当な手練れであることがうかがえます。
どうして、せっかく捕まえた獲物を、その場で食べてしまわないのでしょうか？
その謎を解明するためには、モズ科だけに見られる、「早贄（はやにえ）」という習性を知る必要があります。
（テロップ）※モズの早贄：捕らえた獲物を木の枝や有棘鉄線に突き刺しておく習性。その理由としては、獲物が少ない冬に備えるための「保存食説」、あるいは「食べ残し説」、野生生物としての「殺戮本能説」等、様々な説が見られる。 放置される早贄も多いことから転じて、「忘れやすい」ことを指す場合もある。
なるほど確かに、「早贄」であるならば、すぐには食べない、あるいは放置されているのも納得です。
しかし、ここで新たな疑問が浮かんできませんか？
今の季節は、夏です。
保存食とするならば、少し時期が早すぎるような気がしませんか？ 現に、多くの妖精の死骸が夏の暑さで腐敗してしまっているというのは、前述のとおりです。
これでは、いくら消化器官が強靭であったとしても、美味しく食べることが出来ませんね。
実際、モズが早贄を積極的に作り始めるのは、非繁殖期の秋から冬にかけてだと言われています。
しかも、一般的なモズがバッタやコオロギ、ケラ等の昆虫類、カエル、カナヘビ、モグラ等……多種多様な生き物を早贄にするのとは違い、あのモズは妖精だけを早贄にしているのも不思議です。
相当な偏食家なのでしょうか？ いやいや。
このモズには、もはや妖精を食べようという意図はないように思われます。
そこには、妖精たちに対する、相当な「恨み」の感情がこもっていたのです………………
少し時を遡って、5月のある日。
越冬を終えたモズのつがいが、繁殖期を迎えました。
おわん型の巣には、卵が5個。あのメスが、卵を温めていました。
オスは、さえずりに精を出しているのか、そこにはいません。
かっこう……かっこう…………
カッコウのさえずりが聞こえます。
子育てを他の種に代行させる「種間托卵」という特殊な習性をもつカッコウ類が近くにいるとなると、少し安心出来ません。
カッコウの托卵が成功すると、最初からあったモズの卵は…………あるいは、生まれたばかりのヒナであっても、体の大きなカッコウのヒナは、それらを巣から押し出して、巣を独占してしまうのです。
これも自然の厳しさ……と言ってしまえばそれまでですが、メスは勇敢にも、巣を飛び出しました。
カッコウのオスがさえずっているということは、このあたりにカッコウのメスを呼び寄せてしまう結果になりかねません。
托卵される前に、カッコウを脅して巣から遠ざけようというのです。
強烈な殺気を感じて、逃げるカッコウ。たとえ体格差があっても、モズのメスは果敢に追いかけます。
何としても、巣の安全を守ろうという使命感に燃えています。
しかし、巣を離れ、卵を長時間置き去りにしてしまうとは、どういうことか………………
すなわち、捕食者に隙を与えてしまうということ！！
『あっ、たまごさんがおちてるのだ！！』
『のだ！ たまごさん、たべるのだ！！』
『『たまごしゃん、たまごしゃん！！』』
何やら、甲高い声が聞こえてきました。
通りかかったのは、妖精の家族のようです。
今までは、生息していなかったイキモノです。個体数が増えすぎた結果、生息地を拡げる必要に迫られ、この自然公園に住み着いたようです。
2匹の親ずんが、それぞれ1匹ずつ子ずんを抱えて飛んでいます。子ずんは飛べないため、早く移動するには、こうするのが最適のようです。
………………間違いなく、卵は巣に「産みつけられている」にも関わらず、「落ちている」と解釈しているあたり、救いようがありませんね。
『ほらおちびちゃんたち、たまごさんのところまで、いくちゃ！！』
妖精たちは、巣の近くの枝に子ずんを下ろします。
『にょだっ！？ おちちゃうにょだ！』 『きょわい、きょわい！！』
子ずんたちは、ぶるぶると震えながら、その短い前足で枝をがっちり掴みます。
『おとーちゃ、おかーちゃ！ たちゅけちぇほちいにょだ！！』 『ずんちゃ、たかいの、きょわいにょだあああ！！』
恐怖で一歩も進めない様子の2匹は、泣きそうな表情になっています。
『がんばるんちゃ、おちびちゃんたち。いまから、こいしさんをひろってくるのだ！』
『がんばるんちゃ、がんばるんちゃ！ ほら、たまごさんが、おちびちゃんたちにたべてもらえるのを、まっているのだ！』
親ずんたちに励まされ、ようやく子ずんの足が動きます。
そのお尻は、欲望を抑えきれないかのように激しく胎動していました。
『にょだ、にょだ………たまごしゃん、たまごしゃん！ んちょ、んちょ……』
『ずんちゃのたまごしゃん、ずんちゃのたまごしゃん……よいちょ、よいちょ！』
子ずんの際限ない欲望を利用した、上手な教育方法だと思います。
………………その価値観は歪みきっており、人間としては、嫌悪感を禁じ得ません。こんな傲慢なイキモノがここから落ちてしまったら、果たしてどうなるのでしょうか……
数十秒後。子ずんたちは落ちることなく巣までたどり着き、目をキラキラと輝かせ始めました。
『やっちゃーにょだ！ ずんちゃのたまごしゃん！ ずんちゃのたまごしゃん！！』
『ちがうにょだ！ ずんちゃのたまごしゃんなにょだ！』
『ちがうの！ ぜんびゅ、ずんちゃのおおおおおおおおおお！！』 ぽこっ、ぽこっ！
『ちがくないのおおおおおおおおおお！！ ぜんびゅずんちゃのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！』 ばしっ、ぽくっ！
卵は5個もあるというのに、2匹の子ずんは取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。
………………人間からすれば、どちらのものでもなく、モズのものだと言いたいところですが……
やがて、ケンカしている子ずんたちのお腹が、ぶうううううううっ！ と、大きな音を立てます。
『『にょだ、にょだ。ぺこぺこ、ぺこぺこ！！』』
空腹を覚えた子ずんたちは、お互いを殴るのをやめ、今度は卵の殻を殴り始めます。
それでも、子ずんの力だけでは、卵を割るのは難しいようです。
『ちね、くちょたまご！ ちね、ちね！』 『にゃんで、あかないちゃ！ にょだ、にょだ！！』
前足をぐるぐると振り回す子ずんが発する不満げな声を聞きつけたか、親ずん2匹が戻ってきました。前足に、小石を抱えています。
『おまたせ、おちびちゃんたち！ いまからたまごさん、たべるのだ！』
『おしょいにょだ！ はやきゅ、はやきゅ！！』 『たまごしゃん、たまごしゃん！ にょだにょだ！』
親ずんは、小石を振り上げ、卵めがけて振り下ろします。
………………どうやら、道具を扱えるだけの知能は備わっているようです。これを応用することで、人家への侵入や略奪を容易にしているというわけですね。
『えい！！』 ぱきっ！ かろっ…………
卵の殻が砕け、まだ細胞分裂も始まっていないくらいの卵黄が流れ出します。
『にょだ、にょだ！ ずぼぼ……おいち、おいち！』 『じゅぼぅぼにょぼ……おいち、おいち！！』
早速、子ずんが群がり、流れる卵液をすすり始めました。
『おちびちゃんたち、たくさんおたべ！』 『ままずん、たまごさんはまだあるのだ！ ぼくたちも、たべるのだ！』
ばきっ！ ばきっ！ ばきっばきっ！！
あっという間に、全ての卵が割られました。巣の上にどっかりと居座る妖精たちはあふれ出した卵液に漬かり、それを貪り続けました。
『『『『おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち！！』』』』
4匹の妖精たちの叫びが、シンクロします。
まったくの偶然ではありますが、カッコウがいたおかげで、妖精たちはエサにありつけたわけです。
………………撮っているだけで、何も出来ない自分が不甲斐ないです。いや勿論、過度に自然へ干渉するのもタブーだとは思いますが……
そして。
カッコウを追い払って戻ってきたモズのメスは、巣が荒らされているその光景にしばし、硬直しました。
少し目を離している隙に、こんなことになっているなんて……
親ずんたちが、巣に繋がる枝にとまるモズに気づきました。
『おいくちょとり！ なにみてるちゃ？ なにか、もんくでも、あるちゃ？』
『これは、ぼくたちのたまごさんちゃ！ さては、よこどりするつもりちゃ？』
口の周りを卵液で汚しながら振り返り、威嚇するように歯をむき出す妖精。
2対1………………子ずんを含めれば4対1という圧倒的不利な状況でも、モズのメスは勇敢に近づきます。
近づけば近づくほど、その惨状が明らかになっていきます。キレイに整えられた巣は、妖精がところかまわず踏んだことで激しく歪み、子ずんは卵を食べながら、巣のあちこちにフンをくっつけて回っています。
卵の殻は、おそらく食べるのに邪魔だから捨てたのでしょう、無造作に巣の下へと落とされていました。
激しい怒りの感情が、モズを襲いました。
相手が未知のイキモノとはいえ、こんな酷い仕打ちをされて、何もせずに引き下がるわけにはいかないと、そう考えたのでしょう。
ぎちぎちぎちぎちぎちっ！！
羽毛を逆立て、大きな鳴き声をあげます。
本来、縄張りの主張や、警戒の声として用いられる鳴き方です。それだけ、妖精を脅威と判断したのでしょう。
『『おいち、おいち……にょだっ！？ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ くちょとり、きょわいにょだあああああああ！！』』
呑気にお尻を向けていた子ずんが、その声を聞くなり、ひっくり返って泣き出します。
『のだぁ？ なまいきな、くちょとりめ！ “もりのけんじゃ”であるぼくたちとたたかおうなんて、みのほどしらずちゃ！』
『くちょとり。じひぶかいぼくが、せつめいしてやるのだ…………たまごさんは、ここにおちてたのだ！ さきにみつけたぼくたちが、おいちくたべてただけちゃ！』
おそらく、妖精の言葉は、モズには通じていないでしょう。それでも、理不尽な言い分を並べ立て、逃げようとすらしないで居直る妖精の態度は、モズをさらに怒らせました。
カッコウやカラス、ヘビ等、同じ生息地に暮らす生き物にやられたのであれば、仕方がないとして、まだ忍耐出来たでしょう。
しかし、モズにとって、この妖精たちは、余所者………………………………外来種。
殺戮本能が、モズを突き動かします。
素早く飛び立ち、まずは1匹目の子ずん。
『ずんち、ずんちでりゅぶっ！？……にょだああああああああああああああああああああ……』 べちょちゅっ！！
力いっぱい蹴り飛ばし、巣から突き落としました。
排泄するために巣から身を乗り出していた子ずんは、あえなくバランスを崩し、地面に落下、その体液を飛び散らせました。
『『お、おちびちゃああああああああああああああああああああああああああああん！！』』
あっという間に子ずんを1匹失った親ずんの悲鳴が、シンクロします。
急旋回して戻ってきたモズは、今度は2匹目の子ずんをクチバシに咥えて、飛び去ります。
『たちゅけ、たちゅけ、にょだあああああ！！』
『お、おちびちゃん！！』
『く、くちょとり！ まてええええええええええええええ！！』
親ずんたちは子ずんを庇うために動きましたが、遅すぎました。
モズの鋭いクチバシは、子ずんの首根っこをしっかり掴んで、あっという間に飛び去っていきます。
『お、おいかけるちゃ！ ぼくたちのおうちさんをてばなすのはくやしいけど、おちびちゃんのためちゃ！』
『の、のだっ！！』
妖精2匹は、慌てて飛び上がり、モズを追いかけ始めます。
………………………あろうことか、この巣でさえも「ぼくたちのおうちさん」と決めつけているあたり、救いようがありませんね。
『おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！ おぎゃーおぎゃー！』
恐怖で泣き喚く子ずんの首根っこをがっちりと咥えたまま、モズが飛びます。
モズの飛行速度は、鳥類の中ではそこまで速い方ではありませんが、親ずんたちは追いかけるのがやっとでした。
やがて、良いことを考えたのか、モズは空中で急制動をかけます。
見えたのは、自然公園と住宅地を区切るための鉄条網。
『まて、くちょとりいいいいいいいいい！！』 『おちびちゃん、はなせえええええええええええええええ！！』
後ろから迫ってくる親ずん2匹が、口々に叫びます。
その言葉が通じたかはわかりませんが、モズはクチバシを開き、子ずんを放しました。
『にょだっ！？ お、おしょらしゃん、とんでるにょだ！！』
浮遊感に感動しているような声を発する子ずん。とはいえ、飛行能力のない子ずんが、放されたからといって飛んで逃げられるわけもなく……
『……にょぶう』 ぐじゅっ！ ばしゃあ……
上空10メートルくらいの高さから地面に激突。もちろん、命はありません。
体から分離した首は、恍惚の表情を浮かべながら、地面をバウンドしました。
『『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！』』
悲鳴を上げる親ずんに構わず、急降下したモズは、子ずんの体液したたる首を再び掴むと、迷わず鉄条網のトゲへと突き刺します。
これで、今シーズン初の「早贄」が完成しました。
『くちょとりいいいいいいいいいいいいいいっ！ なんて、やばんなことを！！ ぜったい、ぜったいぶっころしてやるのだああああああああああああ！！』
『よくも、かわいいおちびちゃんたちを！ ぼくたち、おまえに、なにも、してないのにいいいいいいいいいいいいいいいいい！！』
目の前で我が子の命を奪われた、妖精たちが叫びます。
ぎちぎちぎちぎちぎちぃっ！！
まだ見ぬ我が子の命を、先に奪ったのは貴様らの方だとばかりに、モズが負けじと威嚇します。
そして、一気に仕掛けます。
どしゅっ！ 『いちゃいっ』
ばしゅっ！ 『のでぁっ』
妖精たちは、モズの姿をよく視認出来ないまま、攻撃を加えられ続けます。
地上での戦いとは違い、上空での戦いは、攻撃がどの方向から来てもおかしくないのです。
それを活かして、モズは数的不利をものともせず、まるで戦闘機が飛行船を襲うように、一方的に攻撃を浴びせました。
『『はあ、はあ、はあ、はぁ……のだ、のだ…………』』
やがて、妖精たちは体中に深手を負い、体液を垂れ流していました。
ここまでやられっぱなしで、一発もモズに有効打を与えられていません。
モズの武器は、その短いながらも、太く頑丈なクチバシです。
これを器用に使い、あの芸術的ともいえる「早贄」を完成させるのです。
その戦闘力は、小さな猛禽類と呼んでも差し支えないレベルです。
こんな相手とまともに戦って、妖精が勝てるはずないのです。
『い、いたのだ！ おおおおおおおおおおおおおおおお！！ しね！ くちょとりいいいいいいいいいいいいい！！』
それでも、蛮勇というか何というか…………ひとたびモズを視認するなり、ぐるぐると前足を振り回し、真っすぐ突撃していく1匹の妖精。
モズは、ギリギリまで妖精を引き付け、空中衝突するかどうかといったタイミングで、サッと横に躱します。
『え……ああああああああああああああああああああああああああ！！』
モズの後ろには、びっしりと並ぶ、鉄条網のトゲ。
勢いあまって妖精は、そのトゲに自分から突っ込んでいったのです。
どすっ！！
『がばあ"あ"あ"あ"………………』
顔から串刺しになった妖精は、あっという間に息絶えました。
これで、1対1。
さすがの妖精でも、これは勝てないと判断したのでしょう。
『に、にげるのだ、にげるのだ！！ くちょとり、こんどあったら、ぶっころしてやるのだ！！』
お尻を向けて、一目散に逃げだします。
逃がさないとばかりに、モズが追跡します。
………………そのあとは、もう皆さんおわかりでしょう。
『いぎゃああああああああああああああああああああああ！！ いぢゃいいぢゃいいぢゃいいいいいい！！』
卵の恨みとばかりに、妖精は地面に組み伏せられ、体のあちこちを、クチバシでむしり取られました。
耳も、四肢も、尻尾も、性器も、目も、舌も、心臓も、肝臓も、胃も、腸も、何もかも………………
最後にバラバラにされて死んだ妖精は、早贄にされることもなく、地面に捨て置かれました。仕事を終えたモズのメスは、どこへともなく飛び去って行ったのでした。
すべてが終わった後、巣に戻ってきたモズのオスは、卵も、そして愛するメスさえもいなくなった、汚れきった巣を見て………………
ただ、呆然とするしかありませんでした………………
こうして、あのモズのメスは、季節関係なく、妖精を見つけては「早贄」とするようになったのでした。
え、つがいのオスと協力してやれば、もっと効率いいのにって？
確かに、そう思いますよね。
でも、モズは……基本的には群れないんです。
孤独な戦いを、死ぬまで続けるほかないんです。
………………………………………………………………
＞Stop
「めっちゃいいじゃないっすか〜！！ これ、何でダメなんすか？」
「ああ。何でも、冒頭のオブジェだとか、妖精が狩られるシーンがグロすぎるんだと」
「モザイクかければいいじゃないっすか」
「いやホント、その通りなんだが………………どうやら、もうひとつ理由があるらしくてな」
「なんすか」
「時々挟まる、妖精を卑下するようなナレーターの文言が、番組としての中立性を欠いてると指摘があったらしい」
「ばっかばかしいっすね………せっかく、モズが早贄をたてる貴重な映像が撮れたってのに」
「しょうがないさ……今、あいつらを不用意に刺激するのはまずい」
「じゃあ、破棄っすか……容量もヤバいですし」
「ああ。頼む」
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。久しぶりに、自然と妖精との関わりを描いた短編です！！
私事にはなりますが、4月から始まった新生活が、想像の何倍も大変すぎて、かなり辛い状況です。
しばらくは、過去に書き溜めておりました短編でお楽しみいただければ幸いです！
けも
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鉄条網に早贄にされる妖精を想像するとゾクゾクします。誰か動画化してほしい。
そう言えば、「にょだ」調って誰が発明したんでしょう？
勝手にkemoさんの作風だと思っていますが、絶妙にムカつくいいひびき！ですね。
コメントありがとうございます。確かに！ ズラッと並んだ早贄は動画映えしそうですよね（他力本願）
『にょだ』は私の発明ではなく、ヨリミツ様の動画作品『親と子とずんだもん』シリーズや『【ずん暗】選択、囁き』に登場する子ずんの喋り方をオマージュしております（2作品とも、Youtubeにて拝見しました）
やりすぎなくらい「にょだ」を使っているうちに、だんだんと独自の子ずん像がイメージとして表出した感じでしょうか……先人クリエイター様方には頭が上がりません！！
タイトルで検閲にでも引っかかったのかな？と思いましたがオチで納得。
虫相手に公平性云々なんて考えたこともなかったので新鮮です。
しかし自然界では日常茶飯事当たり前な食って食われての営みなはず(相変わらず生物の描写に詳しくてすごい)なのに、虫が囀るとイライラしてつい公平性を欠きたくなるのは何故でしょうね？
コメントありがとうございます。人間が作るものに、完璧な公平性を求めてもしょうがない部分もあるんですよね……夢物語だろう、という指摘もある通り！
それら食物連鎖という「当たり前」に介入してきた異物（ある意味で「人間的」な存在？）が妖精なのかもしれません……イライラするような文章表現を目指しているので、お使いの端末は正常です！
何でコイツらこんなに偉そうなんだ
コメントありがとうございます。その生態に反してプライドが高すぎなことを咎める相手は、自然界には存在しないのかもしれません（天敵が多すぎて、学ぶ前に死んでしまう、みたいな……）
独自設定のお話をしますと、妖精独特の価値観（「もりのけんじゃ」の自認等）は遺伝子レベルで、次世代、また次世代へと強固に引き継がれております！
鬼威惨や鬼寧惨以外の存在に、殺すことを目的として殺されるずんだ虫は斬新ですね。
（←過去作の事をすぐに忘れるので、毎回新鮮な気持ちで楽しめる頭しゃんハッピー人間）
ドキュメンタリーずん虐は、妖精の悲鳴と人間さんのツッコミで２回ﾆｯｺﾘできるので、謎のお得感があって面白かったです。
コメントありがとうございます。傲慢な妖精が、自然の厳しさに翻弄されてしまうストーリーは王道なぶん、自身の生き物好きをどこまで生かせるか、勝負どころだと勝手に思っております()
ツッコミとはなるほど、ここにドキュメンタリーならではの良さが……新たな視点でした、ありがとうございます！！
妖精と聞くと真っ先に浮かぶのは回復や補助をしてくれるNeutral−Neutralの頼もしい仲魔なんですよね
多分コイツChaos−Darkで合体素材にも出来ない自分を妖精だと思ってる邪悪の塊なんじゃないかと
狂信者もいるし特殊作戦群あたりに消してもらいたい
もしくはイギリス人に塩渡して枝豆食い放題だと言ったら絶滅するまで食いまくるんじゃないかなぁ
イギリス人枝豆大好きですし
コメントありがとうございます。妖精という呼称はよく考えたら不思議なものですね！「食用ゴブリン」だなんて以前書きましたが、彼らのずるがしこさは、妖精よりむしろ悪マ寄りなのかもしれません……
妖精食に新しい風が……？ずんちでる様の『CHIMERAシリーズ』では、Fワードを連発する妖精とかいましたね……