こんにちは。けもです。
今作は、当Wikiで、長編小説『FAIRIESの最期』シリーズ等を連載されております、イズミヤクモ様とのコラボ小説になります。いつもありがとうございます。
以前の小説で募集した「妖精の駆除に何を使いたいか（何によって駆除したいか）」という質問にイズミヤクモ様からコメントをいただいたことが、この小説を書き始めるきっかけになりました。
細かい設定等はイズミヤクモ様の傑作『あんこもんの生態』等、あんこもんシリーズからお借りしたうえで、少しばかり私独自の設定等も交えております。登場人物の名前については、イズミヤクモ様からアイデアをいただきました！！
「あんこもん」が拙作に登場するのは初めてでしたので、書いていてとても楽しかったです！イズミヤクモ様の作品群のような、スピーディーかつ爽快なバトル・アクションを目指して書いてみました！！お楽しみください。
山火事とあんこもん
あんこ妖精。近年、その姿が初めて確認された、新種の妖精である。
始めは、妖精の突然変異個体であるとみられていた。この日本中で数を増やし続けている妖精が、何らかの影響で体色を変化させていてもおかしくはない。
その名のとおり、彼らは、日本の伝統的な菓子には欠かせない「小豆餡」のような体色をしていた。次第に、あんこ妖精は「あんこもん」という愛称で呼ばれることとなる。
これは「あんこ・モンスター」の名を縮めたものであるという説、「珍しい/一般的でない」という意味の英単語である“Uncommon”にかかっているという説があるが、誰が呼び始めたのかはわからない。分類学上では、「妖精」の近縁種であると定義して差し支えないものであろう。
だが、「妖精」とは名ばかりで、その生態は、通常の妖精とはまるっきり別物であった。体のサイズは、妖精よりもひとまわり大きく、がっしりしている。しかも、彼らは妖精を好んで捕食するとわかった。
多くの研究者たちが、その存在をひとめ見ようと、山に分け入った。けれども、出て来るのは一般的な害獣としての妖精ばかりで、肝心のあんこ妖精は警戒心が非常に強く、人間の前に姿を現すことは決してないのだった。
あんこ妖精が一般の妖精とは異なり、基本的には群れない生物であるのも、発見を難しくさせる一因であった。
だがある時、大規模な山火事が発生する（場所は伏す）。
何もかもが燃え尽きた山に救助隊がおそるおそる足を踏み入れると、全身に大やけどを負い、瀕死の状態で横たわるひとりの人間……おそらく青年だろう……が発見されたのだった。
最初は、ただの登山家が、不幸にも山火事に巻き込まれたものだと思われていた。何しろ、大やけどの影響で、性別でさえもよくわからなかったからだ。救助隊は、急いで彼を病院へと緊急搬送した。
だが、集中治療室での懸命な治療が進んでいくにつれて、医師たちは違和感を覚え始める。その人間には、耳が無かった。代わりに、まるで妖精のような…………大きな耳のような器官が、頭に生えていたのだった。生えそろった暗赤色の髪の色も、医師たちの違和感を加速させるにはじゅうぶんだった。
さらに驚くべきは、その回復力であった。彼の焼けただれた皮膚は、移植をしなければ生存が厳しいと思われていた。しかし、ある程度治療が進んでいくと、その皮膚はどんどん生気を取り戻し、やけどの痕もみるみるうちに消えていったのである。包帯はすぐに取れた。
「し、信じられん…………」
専属のドクターは、次々に印字される彼の回復データの羅列を見るや目を飛び出させ、泡をふいて気絶した。それだけ、彼の回復ペースは異常だった。
妖精のような耳を持つ謎の青年が保護されてから5日。沢山の人々が見守る中で、ようやく、彼は目を開く。
「…………ぅ……」
「おおお………目を覚ましたぞ…………！」
「…………ぁあ？」
「ひっ！？」
青年が目を覚ますと、周りの人間たちは感激の声を漏らす。青年は、今の状況を把握するように、素早くその綺麗なグリーンの目をギロッ！と動かす。
そして、次の瞬間。
「があああああああああああああああっ！！」 がしゃん！ぶちぶちぃい！！
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！？」
「きゃあああああああああああああ！！」
がしゃんがしゃあん！ぱりぃん！ずどん！ばきっ！どごおん！
ベッドからふいに起き上がり、点滴のチューブを引きちぎった青年は、雄たけびを上げて人間たちに襲い掛かったのだった！！
がしっ！
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ！た、たすけてくれええええっ！」
「がああああああう！」
ひとりの医師が捕まり、床に押し倒された。とどめを刺そうと、吠えながら手を振り上げる青年。
「まずいっ！いったん気絶させる！」 ぶすっ！
すかさず、ベテランの医師が後ろから青年を押さえつけ、注射器を彼に突き立て、強力な複合鎮静剤を注入した。この場合、やむを得ない。
「が……あっ？あ…………ぅう………」 ばたん…………
青年は、自分を押さえている医師を振りほどこうともがくが、すぐに鎮静剤の効果があらわれ、力を失った。
死者はいなかったものの、この騒ぎで、複数の医師が軽いけがを負った。気絶した青年は、猛獣用の拘束具によって、ベッドに縛り付けられた。
とんだ野生児を助けてしまった、ということで、医師たちの間では彼の「処分」をどうするか、検証会議が行われた。
ある医師は言った。 「危険すぎる。すぐにでも殺処分すべきだ」
ある医師は言った。 「山火事で重度のトラウマを負ったんだわ。彼にはカウンセリングが必要よ」
ある医師は言った。 「彼が純粋な人間ではないことは確認済みです。だとしたら、我々に彼を生かす義務はありません」
ある医師は言った。 「彼には妖精らしき耳のような器官が見られた。妖精が人間のような形態になっているということか」
ある医師は言った。 「彼が妖精ならば、ますます生かすのは危険です。逃がせば、仲間を呼んで、報復に来ることだって考えられる」
ある医師は言った。 「でも、彼が何をしたって言うんです？目が覚めたら知らない人間にじろじろ眺められていたら、そりゃあ誰だって自分の身を守るために戦いますよ！」
ある医師は言った。 「そもそも、みんな忘れてませんか？僕たちは患者を殺すためにここにいるんじゃないっ。彼を助けたいと思ったからこそ、ここにいるんじゃないですか？」
そして、院長が言った。 「……我々だけが判断出来る問題ではない。ひとまず妖精の専門家を呼ぼう。彼をどうするかは、それからでもいいじゃないか」
ややあって病院に呼び出された、妖精の専門家である依澄 耶雲（イズミ ヤクモ）博士は、未だ眠り続ける青年の姿を見てひどく驚いたのであった。
「何と、これは……珍しい。“あんこもん”の人型です」
「あ、あんこもん………」
「つまり、あんこ妖精です。植物型妖精は、ごくまれに人型へと変態することがあるのですが……あんこもんも同様のようです」
独断で殺処分しなくて、本当に良かったと院長は胸をなでおろした。学術的にも、この青年は貴重なサンプルらしい。それに、彼が妖精なら、あの驚異的な回復能力にも説明がつく。
「……つまり、山火事という絶体絶命の状況に追い込まれて、急速に人型へと変態を遂げたのでしょう。もともとは、このくらいのサイズだったと思われます」
「なぜ、あんなにも好戦的に……」
「あんこもんというのは、警戒心が強いのと同時に、とても気性が荒い種類なんです。野外では、クマを撃退した事例もあるようです」
「な、何と……！？妖精のサイズでそれなら、この人型サイズでは……」
「当然、危険でしょうね。ただそれは、彼が “命の危機”を感じているからこそ。彼を安心させることが、まずは第一条件です……そこで、彼の拘束を解いて、私と一緒に閉ざされた部屋に案内してくれませんか」
「イ、イズミ博士っ！？それは、自殺行為ですっ！おやめください……」
「こう繋がれたままでは、いつまでたっても彼は安心出来ない……私を信じてください」
監視カメラが見守る中、何も置いていない殺風景な部屋に、寝たままの青年が寝かされた。ヤクモ博士が部屋に入り、固く扉を閉める。
『イズミ博士。もうすぐ睡眠薬の効果が切れます。ご注意ください……いざとなったら、サスマタ部隊が突入します』
「ふっ、必要ないですよ、でもありがとう」
ヤクモ博士が笑みを漏らした直後、青年の足がピクリと動いた。目を覚ましたらしい。
「あぁん……？」
ギラギラした目を見開いて、あたりを睥睨する青年だったが、自分が拘束されていないことに気づき、不思議そうな表情を浮かべる。
「……気が付いたか……私の声が聞こえるかな」
「がぁっ！？」
「ああ〜っ、と………待て待て、私は怪しいものじゃない……ただ君と、友達になりたいだけなんだ」
自分以外の存在に気づき、すかさず臨戦態勢をとる青年だったが、ヤクモ博士は両手をあげて攻撃の意思がないことを示す。
「とも………だち？」
「そうだ、友達だ……1回落ち着いてみて…………そう、大丈夫。私は、君の味方だ」
その言葉を信用したか、青年はおずおずとその場に座り込み、殺気の消えた目でヤクモ博士をじっと見つめる。
「……………」
「……いや、こちらこそ済まない。怖い思いをさせた」
「……………」
「何と……！君たちにもそのメカニズムは分からないというのか……」
「おい、イズミ博士は何を一方的に喋っているんだ」
監視カメラ越しに部屋の光景を見守る医師たちは、黙りこくったままの青年を前に喋り続けるヤクモ博士を見てひそひそと訝しむ。
無理もない。あんこもんには、他のどの生物にもない特殊能力が備わっているのだ。それは、自分の考えていることを直接、相手の脳内に適切な言語で語り掛けるというテレパシー能力であった。人型のあんこもんである青年は、今まさに、その能力をフル活用しているのだ。
ヤクモ博士と青年は、こんな会話をしていた。
<味方……ということは、あの人間たちもボクを助けようとしてくれていたのか？………襲ってしまって済まなかった>
「……いや、こちらこそ済まない。怖い思いをさせた」
<気がついたら、ベッドの上に寝かされていた。その前の記憶は殆どない。実を言うと、どうしてこんな体になったのか、ボクにもわからないんだ>
「何と……！君たちにもそのメカニズムはわからないというのか……」
<ボクは、お前たち人間の言う“あんこもん”として生を受けた。あの山火事が原因で、ボクの家族は散り散りになってしまった。ボクは父や母、弟たちを逃がした後で、自分も逃げようとしたが、既に周りを火に囲まれていたんだ…………死を覚悟した瞬間、体が急に大きくなって、まるで人間のような姿になった。それでも、脱出は叶わず、激しい熱さ、痛みとともに、ボクは気絶したんだ>
「ま、待て待て。いろいろと聞きたいことはあるが……“家族”だって？あんこもんの巣立ちは早いと思っていたが……」
<基本的にはそうだ。無益な争いを避けるために、ボクたちあんこもんは単独で妖精を狩りながら暮らしている。だが近年、あの山には“賢い”妖精が大量発生していたんだ>
「“賢い”妖精？」
<奴らは道具の扱いに長けている。また、こちらの気配を察すると素早く逃げてしまうから、なかなか仕留められない……妖精は今まで通り無警戒に、そして無様にボクに殺されていれば良いものを……だからボクたちは家族で集まって、協力して妖精を狩ることにしたんだ>
「なるほど。そして、山火事が起きたせいで……」
<ああ。ボクは妖精が何らかの道具を使って山火事を意図的に起こしたと睨んでいる！ボク達の住処を奪うつもりで……奇跡的に生き残った今、ボクはすぐにでもやつらに復讐したいが、もはやそれも叶わない>
「……それはなぜだ？」
<決まっているだろう。ボクがここにいるためだ。お前たち人間にボクへの殺意がないことはわかった。だが、ボクに対する好奇のまなざしを強く感じる……お前たちはボクをここに閉じ込めて、様々な実験をするつもりだろう？>
青年は再び険しい表情を浮かべると、ゆっくり立ち上がってヤクモ博士に近づいていく。博士は、あくまで無言のままに、彼の話を聞いている。
<ボクたちあんこもんは、もはやこの世界中に数少ない民族となってしまった。だから……この命尽きるまで、忌まわしき妖精を1匹でも多く狩りつくすのがボクの使命なんだ……>
「……」
<だからこそ、こんなところで捕まっているわけにはいかないんだ！もし止めようというのならば容赦はしない、実験なんてさせるものか>
「ふしゃああああっ……！」
「イ、イズミ博士が危ない！突入準備だ！！」
威嚇するように唸りながら、ヤクモ博士に迫る青年。外で待機しているサスマタ部隊は、いよいよ博士の命の危機を察し、突入しようとした。
「しゃああっ……あぅ……っ！？」
だが、ヤクモ博士は驚きの行動に出る。何と、今にも自分に襲い掛かろうとしている青年を抱きしめたのである。
<ど、どうしてだ人間……ボクが怖くないのか>
「……………怖くないさ。それどころか、君の苦悩をよく理解出来たよ。約束しよう。私は君を安全にここから出す。そして、その後の生活のこともすべて保障しよう」
<な、なぜそんなことを…………>
「山火事で住処を失って、しかも人型になってしまった以上、君はこれから、人間社会で生きていかなければいけない……人間社会というものは辛く、冷たく、息苦しい。きみをたったひとりでここから出すわけにはいかないんだ……」
<……ボクを実験対象としてではなく、人間として扱ってくれるというのか>
「そうだ。それに、私も妖精の駆除計画を立ち上げようと考えていたんだ……どうだ、私と手を組まないか」
<人間とはどいつもこいつも血も涙もないやつらだと思っていたけど、あなたのような良い人間もいるんだな……わかった、手を組もう>
「ありがとう。そうと決まれば名前がいるな……今日から君の名前は、“リョクトウ”だ」
<リョクトウ……ボクは、リョクトウ>
「リョクトウ。小豆の仲間の植物だ」
人型あんこもんである青年……リョクトウの綺麗な目の色は、八重生（ヤエナリ）の種子を思わせた。名前をもらったあんこもんは、満足そうにうなずいた。
「そして、君たちあんこもんの住処を奪った妖精たちを許すわけにはいかない、そうだろう？不当に自分たちの暮らしを脅かされた君は、奴らに正当な戦いを挑むべきなんだ」
<ああ。ここを出たら、すぐにでも行くつもりだ>
「最大限協力しよう。私たちはもう、対等な仲間だ………終わりました、出してください」
その後は早かった。退院前の最終検査をしなくとも、完全にリョクトウが回復していることは、リョクトウ自身が一番よくわかっていた。あの暴れっぷりが嘘のように、ヤクモ博士の後ろを従順に歩く彼を見て、医師たちは恐怖した。また何かの拍子に暴れ出したら今度は命がないと考えたのか、彼を引き留めるものは誰ひとりとしていなかった。
あんこもんは、その気性の荒さやプライドの高さゆえ、絶対に人には懐かないと言われている。かつて、奇跡的にあんこもんを捕まえた男が飼育を試みたが、あんこもんは隙をついて檻から抜け出し、男を瀕死の状態に痛めつけてから逃げ去ったという。
だが、ヤクモ博士とリョクトウの場合は違う。彼らは飼い主とペット、のような関係ではない。目標を同じくした、仕事仲間であった。だからこそ、リョクトウは博士に従ったのかもしれない。
ヤクモ博士は車にリョクトウを乗せると、病院の裏口から出発した。正門からは、まるで彼らと入れ替わるように、別の研究機関の職員やサーカス団、取引業者たちが続々と到着していた。
「な、何っ……？畜生、遅かったかっ！！」
足早に病院へ駆け込んだ彼らは、“実験対象”が既にいなくなっていたことに酷く落胆した。世にも珍しい「人型のあんこもん」を手に入れるのは、他でもない自分たちであると固く信じていたからこその落胆であった。
彼らは、すぐにでもヤクモ博士とリョクトウの居場所を突き止めようと奔走したが、無駄足に終わった。なぜなら、ヤクモ博士の研究所は、人里離れた山奥にあったからである。
リョクトウを保護したことによって、「あんこもんによる妖精の駆除部隊」を結成するというヤクモ博士の計画は、ようやく動き出す。
「随分長く走ったな、博士」
「ああ。この山が君の活動の拠点だ、リョクトウ」
「いいところだ……ボクがかつて縄張りにしていたあの山に似ている」
車の中で、いつの間にかリョクトウは直接、人間の言語で話すようになっていた。人型に変態する中で、声帯も人間のもののように変化し、圧倒的な速度で学習したのだろうが、詳しいことはよくわからない。
「……それで、依頼のあった場所はどこだろうか」
「まさに、リョクトウが発見されたあの山のふもとにある里山だ。昔ながらの生活を守り続けているそこの住人から、妖精の駆除依頼が入っている」
「またあそこに戻れるんだな……あの忌々しい妖精どもを……この手で！切り刻める！」
にいっ、と凶暴な笑みを浮かべたリョクトウは、ジャキッ！ジャキッ！という音とともに、手の爪を出し入れする。
あんこもんの武器は、その鋭い牙と、四肢についている出し入れ可能な爪である。これに刺し貫かれたら、妖精はひとたまりもない。それもそのはず、この武器は、妖精を殺すために進化したものだから。
人型になった今のリョクトウでも、問題なく使えるようだった。すべての爪を展開したその姿は、どこぞのミュータントを彷彿とさせる。
「行こうか、リョクトウ。初仕事だ」
「了解した」
里山の近くにある食糧貯蔵庫。入り口には、野生動物の侵入を防ぐためのしかけが取り付けられていたが、“賢い”妖精は、そこを潜り抜けたようだった。
「のーだのだのだ！あんなしかけさんなんか、このかしこいぼくたちには、きかないのだ！」
「こんなにたくさんごはんさんをよういしてくれるなんて、くちょにんげんにしては、きがきくのだ！」
「ほらおちびちゃんたち、ごはんさんをあげるのだ！」 ぐさっ！ぐさっ！ぶしゅっ！
「ああごはんさん！おいち、おいち、おいち、おいち……」
中には、10匹ほどの妖精の成体と、沢山の子ずんが入り込んでいた。我が物顔で飛び回っている成体は、手に持ったナイフで米俵をめった刺しにする。ザラザラと俵からこぼれ出た米を、床にいる子ずんが食べている。
のだのだという妖精の鳴き声は、外からでもじゅうぶんに聞こえた。里山の住人たちは、自分たちの力で頑張って育てた農作物を食い荒らされるのは悔しいが、相手は凶器を持っていて近づけないと話す。
「お願いします……どうか、妖精をあの食糧庫から駆除してくださいまし」
「お願いします、お願いします」
言われなくても、彼らは妖精を駆逐するために来た。貯蔵庫のみならず、この山からすべて駆逐する勢いだ。
「皆さん、安心してください……私たちが来たからには、もう大丈夫です……さあ行こう、リョクトウ」
対妖精用の武器を、ハリネズミがごとく身体中に装備したヤクモ博士が意気込むが、リョクトウが制止した。
「声を聞くに、奴らは、ボクの山を燃やした“賢い”妖精のようだ……博士、悪いが今回はボクにすべて任せてくれ」
「……ああ。わかった」
「入ったところで見ていればいい。すぐに終わらせる」
博士には、妖精の声はみんな同じに聞こえるが、リョクトウにはその違いがわかるようだった。
ぎいいいいいいいいいいいいいいっ……！ばたんっ！
貯蔵庫の扉を開け放って、すぐに閉めるリョクトウ。妖精を逃がさないためだ。
「のだっ！？まぶち、まぶち！！」
「なんなのだあぁ？」
妖精たちは、突然差し込んだ外の光に面食らっているようであった。すぐに襲い掛からず、リョクトウはペロリと舌をきらめかせると、おもむろに靴を脱ぎだす。
「すべての爪を使う。靴は要らない……預かっておいてくれ、博士」
「ああ。思う存分、暴れていいぞ」
リョクトウが放った靴をキャッチして微笑むヤクモ博士。裸足になったリョクトウの後ろ姿は、とてもたくましい。
「く、くちょにんげんがきたのだ！みんな、せんとうじゅ……んぶびいいいいいいいいいいいいいっ！！」 ざくっ！！ぶしゃあああああっ！
危機を察した妖精の目の前に、まるで瞬間移動したかのようにふいにあらわれるリョクトウ。その爪が、妖精の体を引き裂いた。
「おちつくのだ！おちびちゃんをまもるのだ！おちびちゃんこっちにくるのだ！」
「おいち、おいち……のだっ？はーいのだ、はーいのだ！！のだのだのだのだ、のだのだのだのだ……」
確かに、この妖精たちは“賢い”妖精だけあって、パニック状態になって一方的に殺されるということはない。1匹の妖精が、床でまだ卑しくも米を貪っていた子ずんを一か所に集めようと動く。
だが、妖精駆除の専門家、あんこもんにとっては、あまりにも遅すぎる対応であった……
びゅっ！！どぱぱぱん！
「にょだっ！？おぎゃああああああああああああああああああああああっ！」
スライディングで子ずんの群れに突っ込んだリョクトウは、回し蹴りのモーションで子ずんたちを一斉に宙へ吹き飛ばす。
「おぎゃいやあ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ” あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”！！」 ズバズバズバズバズバズバズバズバズバッ！！
そして、自身も脚力で飛び上がると、空中で手足を広げて大回転。すべての子ずんをミンチに変える。
「んん〜っ♪ん〜んん〜ん〜♪」
すたんっ、と着地した彼は、遅れて降り出した子ずんの体液シャワーを浴びながら、鼻歌を歌う。それは、妖精の殺戮を誰よりも楽しむ、あんこもんの「本能」そのものであった。
「お、おちびちゃああああああああああああああああああああん！うわっ！」 ぐちゅっ！
「子ずんを気遣う余裕があるのか？貴様も死ね」 ぎりぎりぎり……
「く、くちょにんげんんんん！！いちゃいいちゃい！よくも、よくもおちびちゃんを！」
「ひとつ違うな……ボクは、純然たる“人間”じゃない……お前たちクズ妖精が最も怖がる“あんこもん”だ！！」
「ぐばああああああああああああああああああああああっ！」 ぐぢゅうううう！
目を爛々と輝かせたリョクトウが妖精を完全に握り潰すと、生き残った妖精たちが途端に恐怖し始める。
「あ、あんこもんなのだ……」 「う、うそちゃ、うそちゃ！！こいつはうそをついているのだ！」 「そうちゃ！あんこもんが、こんなくちょにんげんみたいなすがたなわけ、ないちゃ！」
強がるように豪語する妖精たちも、ナイフを構えながら、がたがたと震えている。妖精は、あんこもんを本能的に恐れる。妖精のその気持ち悪いまでの繁殖能力も、数を増やすことであんこもんの脅威に対抗するためであるという説もあるほどだ。
ばっ！
ざしゅうっ！ 「あぎゃあがあああああああああああああああああああっ！！」
どしゅっ！ 「いぢゃああああああああああああああああああああああああああああああ！」
ずばあん！ 「のぼうろろおおおおおおおおおむおおおおおおおおおおおおっ！」
妖精のナイフはもはや、意味をなさない。野性を解放したあんこもんの速度に、反応すら出来ないまま無様に切り刻まれていく妖精たち。これが、圧倒的なまでのあんこもんの「狩り」であった。
「くちょあんこもん！ちねええええええええええええええええ！！」
1匹、背後からナイフをきらめかせて襲い掛かった妖精がいた。だが、あんこもんの研ぎ澄まされた反射神経は、最初からその妖精の存在を感知していた。頭部にある耳のような器官で空気の流れの変化を読み取り、目標の位置を瞬時に把握することが出来る。
人間には真似出来ない芸当であった。
がきんっ！ぱりぃん……
「のだっ！？そ、そんな……ぼくのないふしゃん…………」
腕の爪を展開し、ノールックでナイフを受け止めるリョクトウ。妖精の手にしたナイフは、いとも簡単に砕け散った。
「死ね」 ずばしゅっ！！
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 くちゃ…………
最後までその姿を見ることなく、腕のひと振りで妖精を殺したあんこもんは、残り2匹になった妖精の元まで歩く。
「く、くちょにんげんあんこもんなら、きっととべないはずなのだ！のだのだのだのだ！！おい、くちょにんげんあんこもん！ここまできてみるのだ！ふーりふーり！ふーりふーり！」
怖気づいた1匹の妖精が、貯蔵庫の天井まで高く舞い上がって、煽るようにお尻を振り始める。
ぴょいっ がしいっ！
「え…………ぐぶううううううっ！」
妖精は、あんこもんの身体能力を完全に舐めていた。確かに、人型になった以上、飛行能力ばかりは望めない。だがリョクトウは、それにとって代わって有り余るくらいの跳躍力を手に入れていた。軽々とジャンプして妖精のさらに上方につくと、振り上げた拳を妖精めがけて勢い良く振り下ろす。
ぐちゃああああああっ！！ 「くぴゅう…………」
高速で叩き落とされた妖精はあっけなく地面で潰れて絶命する。
残りの妖精は、リーダー格の1匹だけになった。殺気立ったあんこもんは、最後の妖精を追い詰めるように、ゆっくりと歩みを進める。
「とま、とまれ！とまるのだあああ！」 しゅぼ……
何を血迷ったか、妖精はライターを取り出すと、火を灯した。魔除けのつもりなのだろうか。気にせずになおも近づいて来るあんこもんを見て、妖精は青ざめる。
「く、くちょあんこもん……ひが、ひがこわくないのだ……？」
「……やはり貴様か、ボクの縄張りの山に火を放って、山火事を引き起こしたのは！」
「ず、ずんちゃはただ、“しせつ”のにんげんさんにもらった、らいたーさんと、がそりんさんであそんでいただけなのだ！ずんちゃ、わるくないのだ！！」
「貴様のその、あまりにも身勝手な“あそび”とやらで、どれほどの生物が住処を追われ、苦しんだかを理解しろ！どこまでも自然の癌だ、貴様らは…………」
「“がん”ってなんなのだあ？ずんちゃ、そんなごはんさんしらないのだ………のだっ！？くるな、くるなあああああ！！」 しゅぼっ
妖精のバカげた返答に苛立ち、距離を詰めるあんこもん。妖精は苦し紛れにまたライターをかざす。リョクトウの目の前に浮かんだ小さな炎が、あんこもん特有の暗赤色の髪を照らす。
妖精は、火を前にしても動じないリョクトウを見て戦慄する。
「あ、ありえないのだ！くちょあんこもん！どうしてひがこわくないちゃ！」
「……本当に火を怖がってるのは貴様の方だろうが」 ばっ！しゅぼっ！！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！あぢゅいあぢゅいいいいい！あぢゅいよおおおおおっ！あああああああががあがががががあがががああああ！！」
目にもとまらぬ動きで妖精の前足からライターを奪い取ったリョクトウは、慣れた手つきで妖精に火をつける。一瞬で燃え上がり、もがき苦しむ妖精。
「バカのひとつ覚えで、生物は火を怖がると“施設”の人間に教えられたこと、ただそれだけを信じ込んでいたんだろう。…………どんな気持ちだ？その“賢さ”とやらを活かせず、無様に狩られる気分は？……死ね」
「あああああぢゅう”う”っ……」
ぐじゅうっ！ぐりぐりぐりっ……
冷たく言い放つリョクトウは、妖精の答えを待つ間もなく、素足でそれを踏み潰す。彼が足をあげると、妖精は黒い染みとなり、火も消えていた。
「…………終わった。博士、ありがとう。気が済んだ」
「お疲れ様、リョクトウ。さあ、行こうか」
ぎいいいいいいいいっ……
苦も無く妖精を殲滅し、晴れやかな顔で出て来たあんこもんは、ふいに思い出したように、貯蔵庫の屋根へと跳躍すると、大きく息を吸った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん！！」
それは、あんこもんの遠吠えであった。空気をビリビリと震わせながら尾根にこだまするその声は、まるで山中に潜んでいるすべての妖精たちに宣戦布告するかのような………………………気高いあんこもんのプライドを強くあらわしていた。
風に吹かれながら待つこと数分。山を越えて、複数の何かが吠えながらこちらに飛んで来た。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん！」
それは、間違いなく、あんこ妖精であった。山火事で散り散りになったリョクトウの家族が、彼の遠吠えに応えて集結したのだ。
あんこもんは、通常の妖精とは違い、積極的な交配を望まないという。それは、無節操に交尾行動を続ける妖精の「生態」そのものを本能的に嫌悪しているからという説もある。
交配せずにひっそりと姿を消すあんこもんが増え、日本中でさらに個体数を減らしている中で、リョクトウの家族は、まさしく希望であった。
ぐんぐん近づいて来るあんこ妖精たちを見ながら、ヤクモ博士はさらなる展望を思い描く。
ひとまずこの山の妖精を始末したら、植林活動をしよう。一刻も早く、リョクトウたち、あんこもんの住処を取り戻さなくては。
「博士、何度も言うが…………ありがとう」
屋根の上から向き直ったリョクトウが、ふっと笑って礼を言う。リラックスした、人間らしい笑いだった。
「ボクは、会いたい戦士がいるんだ。伝説の戦士、“セイト”…………彼と会うまで、頑張って生き抜こうと思う」
「“セイト”…………セイト？」
「ああ。ボクにとっての永遠の憧れだ…………博士、ちょっと失礼して、家族と話してくるよ」
リョクトウが、屋根を降りて丘を登っていく。頂上付近で家族と合流するつもりのようだ。
彼が教えてくれた、「セイト」という名前…………その名前には聞き覚えがあった。
ひょっとしたら…………餡武 正斗のことか。
餡武 正斗（アンノ セイト）とは…………歴史上、初めてその姿が確認された人型あんこもんの名前だったはずだ。今は「あんこもん隊長」と呼ばれて、人間社会で暮らしている。
私があんこもんの研究を始めたのも、彼と出会ったのがきっかけだった。
もしかしたら、すぐにでもリョクトウと会わせられるかもしれない。
これを伝えたら、リョクトウは喜ぶだろうな！！
〜終〜
イズミヤクモ様、この度は二次創作の執筆を快諾してくださりありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。
今作は、当Wikiで、長編小説『FAIRIESの最期』シリーズ等を連載されております、イズミヤクモ様とのコラボ小説になります。いつもありがとうございます。
以前の小説で募集した「妖精の駆除に何を使いたいか（何によって駆除したいか）」という質問にイズミヤクモ様からコメントをいただいたことが、この小説を書き始めるきっかけになりました。
細かい設定等はイズミヤクモ様の傑作『あんこもんの生態』等、あんこもんシリーズからお借りしたうえで、少しばかり私独自の設定等も交えております。登場人物の名前については、イズミヤクモ様からアイデアをいただきました！！
「あんこもん」が拙作に登場するのは初めてでしたので、書いていてとても楽しかったです！イズミヤクモ様の作品群のような、スピーディーかつ爽快なバトル・アクションを目指して書いてみました！！お楽しみください。
山火事とあんこもん
あんこ妖精。近年、その姿が初めて確認された、新種の妖精である。
始めは、妖精の突然変異個体であるとみられていた。この日本中で数を増やし続けている妖精が、何らかの影響で体色を変化させていてもおかしくはない。
その名のとおり、彼らは、日本の伝統的な菓子には欠かせない「小豆餡」のような体色をしていた。次第に、あんこ妖精は「あんこもん」という愛称で呼ばれることとなる。
これは「あんこ・モンスター」の名を縮めたものであるという説、「珍しい/一般的でない」という意味の英単語である“Uncommon”にかかっているという説があるが、誰が呼び始めたのかはわからない。分類学上では、「妖精」の近縁種であると定義して差し支えないものであろう。
だが、「妖精」とは名ばかりで、その生態は、通常の妖精とはまるっきり別物であった。体のサイズは、妖精よりもひとまわり大きく、がっしりしている。しかも、彼らは妖精を好んで捕食するとわかった。
多くの研究者たちが、その存在をひとめ見ようと、山に分け入った。けれども、出て来るのは一般的な害獣としての妖精ばかりで、肝心のあんこ妖精は警戒心が非常に強く、人間の前に姿を現すことは決してないのだった。
あんこ妖精が一般の妖精とは異なり、基本的には群れない生物であるのも、発見を難しくさせる一因であった。
だがある時、大規模な山火事が発生する（場所は伏す）。
何もかもが燃え尽きた山に救助隊がおそるおそる足を踏み入れると、全身に大やけどを負い、瀕死の状態で横たわるひとりの人間……おそらく青年だろう……が発見されたのだった。
最初は、ただの登山家が、不幸にも山火事に巻き込まれたものだと思われていた。何しろ、大やけどの影響で、性別でさえもよくわからなかったからだ。救助隊は、急いで彼を病院へと緊急搬送した。
だが、集中治療室での懸命な治療が進んでいくにつれて、医師たちは違和感を覚え始める。その人間には、耳が無かった。代わりに、まるで妖精のような…………大きな耳のような器官が、頭に生えていたのだった。生えそろった暗赤色の髪の色も、医師たちの違和感を加速させるにはじゅうぶんだった。
さらに驚くべきは、その回復力であった。彼の焼けただれた皮膚は、移植をしなければ生存が厳しいと思われていた。しかし、ある程度治療が進んでいくと、その皮膚はどんどん生気を取り戻し、やけどの痕もみるみるうちに消えていったのである。包帯はすぐに取れた。
「し、信じられん…………」
専属のドクターは、次々に印字される彼の回復データの羅列を見るや目を飛び出させ、泡をふいて気絶した。それだけ、彼の回復ペースは異常だった。
妖精のような耳を持つ謎の青年が保護されてから5日。沢山の人々が見守る中で、ようやく、彼は目を開く。
「…………ぅ……」
「おおお………目を覚ましたぞ…………！」
「…………ぁあ？」
「ひっ！？」
青年が目を覚ますと、周りの人間たちは感激の声を漏らす。青年は、今の状況を把握するように、素早くその綺麗なグリーンの目をギロッ！と動かす。
そして、次の瞬間。
「があああああああああああああああっ！！」 がしゃん！ぶちぶちぃい！！
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！？」
「きゃあああああああああああああ！！」
がしゃんがしゃあん！ぱりぃん！ずどん！ばきっ！どごおん！
ベッドからふいに起き上がり、点滴のチューブを引きちぎった青年は、雄たけびを上げて人間たちに襲い掛かったのだった！！
がしっ！
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ！た、たすけてくれええええっ！」
「がああああああう！」
ひとりの医師が捕まり、床に押し倒された。とどめを刺そうと、吠えながら手を振り上げる青年。
「まずいっ！いったん気絶させる！」 ぶすっ！
すかさず、ベテランの医師が後ろから青年を押さえつけ、注射器を彼に突き立て、強力な複合鎮静剤を注入した。この場合、やむを得ない。
「が……あっ？あ…………ぅう………」 ばたん…………
青年は、自分を押さえている医師を振りほどこうともがくが、すぐに鎮静剤の効果があらわれ、力を失った。
死者はいなかったものの、この騒ぎで、複数の医師が軽いけがを負った。気絶した青年は、猛獣用の拘束具によって、ベッドに縛り付けられた。
とんだ野生児を助けてしまった、ということで、医師たちの間では彼の「処分」をどうするか、検証会議が行われた。
ある医師は言った。 「危険すぎる。すぐにでも殺処分すべきだ」
ある医師は言った。 「山火事で重度のトラウマを負ったんだわ。彼にはカウンセリングが必要よ」
ある医師は言った。 「彼が純粋な人間ではないことは確認済みです。だとしたら、我々に彼を生かす義務はありません」
ある医師は言った。 「彼には妖精らしき耳のような器官が見られた。妖精が人間のような形態になっているということか」
ある医師は言った。 「彼が妖精ならば、ますます生かすのは危険です。逃がせば、仲間を呼んで、報復に来ることだって考えられる」
ある医師は言った。 「でも、彼が何をしたって言うんです？目が覚めたら知らない人間にじろじろ眺められていたら、そりゃあ誰だって自分の身を守るために戦いますよ！」
ある医師は言った。 「そもそも、みんな忘れてませんか？僕たちは患者を殺すためにここにいるんじゃないっ。彼を助けたいと思ったからこそ、ここにいるんじゃないですか？」
そして、院長が言った。 「……我々だけが判断出来る問題ではない。ひとまず妖精の専門家を呼ぼう。彼をどうするかは、それからでもいいじゃないか」
ややあって病院に呼び出された、妖精の専門家である依澄 耶雲（イズミ ヤクモ）博士は、未だ眠り続ける青年の姿を見てひどく驚いたのであった。
「何と、これは……珍しい。“あんこもん”の人型です」
「あ、あんこもん………」
「つまり、あんこ妖精です。植物型妖精は、ごくまれに人型へと変態することがあるのですが……あんこもんも同様のようです」
独断で殺処分しなくて、本当に良かったと院長は胸をなでおろした。学術的にも、この青年は貴重なサンプルらしい。それに、彼が妖精なら、あの驚異的な回復能力にも説明がつく。
「……つまり、山火事という絶体絶命の状況に追い込まれて、急速に人型へと変態を遂げたのでしょう。もともとは、このくらいのサイズだったと思われます」
「なぜ、あんなにも好戦的に……」
「あんこもんというのは、警戒心が強いのと同時に、とても気性が荒い種類なんです。野外では、クマを撃退した事例もあるようです」
「な、何と……！？妖精のサイズでそれなら、この人型サイズでは……」
「当然、危険でしょうね。ただそれは、彼が “命の危機”を感じているからこそ。彼を安心させることが、まずは第一条件です……そこで、彼の拘束を解いて、私と一緒に閉ざされた部屋に案内してくれませんか」
「イ、イズミ博士っ！？それは、自殺行為ですっ！おやめください……」
「こう繋がれたままでは、いつまでたっても彼は安心出来ない……私を信じてください」
監視カメラが見守る中、何も置いていない殺風景な部屋に、寝たままの青年が寝かされた。ヤクモ博士が部屋に入り、固く扉を閉める。
『イズミ博士。もうすぐ睡眠薬の効果が切れます。ご注意ください……いざとなったら、サスマタ部隊が突入します』
「ふっ、必要ないですよ、でもありがとう」
ヤクモ博士が笑みを漏らした直後、青年の足がピクリと動いた。目を覚ましたらしい。
「あぁん……？」
ギラギラした目を見開いて、あたりを睥睨する青年だったが、自分が拘束されていないことに気づき、不思議そうな表情を浮かべる。
「……気が付いたか……私の声が聞こえるかな」
「がぁっ！？」
「ああ〜っ、と………待て待て、私は怪しいものじゃない……ただ君と、友達になりたいだけなんだ」
自分以外の存在に気づき、すかさず臨戦態勢をとる青年だったが、ヤクモ博士は両手をあげて攻撃の意思がないことを示す。
「とも………だち？」
「そうだ、友達だ……1回落ち着いてみて…………そう、大丈夫。私は、君の味方だ」
その言葉を信用したか、青年はおずおずとその場に座り込み、殺気の消えた目でヤクモ博士をじっと見つめる。
「……………」
「……いや、こちらこそ済まない。怖い思いをさせた」
「……………」
「何と……！君たちにもそのメカニズムは分からないというのか……」
「おい、イズミ博士は何を一方的に喋っているんだ」
監視カメラ越しに部屋の光景を見守る医師たちは、黙りこくったままの青年を前に喋り続けるヤクモ博士を見てひそひそと訝しむ。
無理もない。あんこもんには、他のどの生物にもない特殊能力が備わっているのだ。それは、自分の考えていることを直接、相手の脳内に適切な言語で語り掛けるというテレパシー能力であった。人型のあんこもんである青年は、今まさに、その能力をフル活用しているのだ。
ヤクモ博士と青年は、こんな会話をしていた。
<味方……ということは、あの人間たちもボクを助けようとしてくれていたのか？………襲ってしまって済まなかった>
「……いや、こちらこそ済まない。怖い思いをさせた」
<気がついたら、ベッドの上に寝かされていた。その前の記憶は殆どない。実を言うと、どうしてこんな体になったのか、ボクにもわからないんだ>
「何と……！君たちにもそのメカニズムはわからないというのか……」
<ボクは、お前たち人間の言う“あんこもん”として生を受けた。あの山火事が原因で、ボクの家族は散り散りになってしまった。ボクは父や母、弟たちを逃がした後で、自分も逃げようとしたが、既に周りを火に囲まれていたんだ…………死を覚悟した瞬間、体が急に大きくなって、まるで人間のような姿になった。それでも、脱出は叶わず、激しい熱さ、痛みとともに、ボクは気絶したんだ>
「ま、待て待て。いろいろと聞きたいことはあるが……“家族”だって？あんこもんの巣立ちは早いと思っていたが……」
<基本的にはそうだ。無益な争いを避けるために、ボクたちあんこもんは単独で妖精を狩りながら暮らしている。だが近年、あの山には“賢い”妖精が大量発生していたんだ>
「“賢い”妖精？」
<奴らは道具の扱いに長けている。また、こちらの気配を察すると素早く逃げてしまうから、なかなか仕留められない……妖精は今まで通り無警戒に、そして無様にボクに殺されていれば良いものを……だからボクたちは家族で集まって、協力して妖精を狩ることにしたんだ>
「なるほど。そして、山火事が起きたせいで……」
<ああ。ボクは妖精が何らかの道具を使って山火事を意図的に起こしたと睨んでいる！ボク達の住処を奪うつもりで……奇跡的に生き残った今、ボクはすぐにでもやつらに復讐したいが、もはやそれも叶わない>
「……それはなぜだ？」
<決まっているだろう。ボクがここにいるためだ。お前たち人間にボクへの殺意がないことはわかった。だが、ボクに対する好奇のまなざしを強く感じる……お前たちはボクをここに閉じ込めて、様々な実験をするつもりだろう？>
青年は再び険しい表情を浮かべると、ゆっくり立ち上がってヤクモ博士に近づいていく。博士は、あくまで無言のままに、彼の話を聞いている。
<ボクたちあんこもんは、もはやこの世界中に数少ない民族となってしまった。だから……この命尽きるまで、忌まわしき妖精を1匹でも多く狩りつくすのがボクの使命なんだ……>
「……」
<だからこそ、こんなところで捕まっているわけにはいかないんだ！もし止めようというのならば容赦はしない、実験なんてさせるものか>
「ふしゃああああっ……！」
「イ、イズミ博士が危ない！突入準備だ！！」
威嚇するように唸りながら、ヤクモ博士に迫る青年。外で待機しているサスマタ部隊は、いよいよ博士の命の危機を察し、突入しようとした。
「しゃああっ……あぅ……っ！？」
だが、ヤクモ博士は驚きの行動に出る。何と、今にも自分に襲い掛かろうとしている青年を抱きしめたのである。
<ど、どうしてだ人間……ボクが怖くないのか>
「……………怖くないさ。それどころか、君の苦悩をよく理解出来たよ。約束しよう。私は君を安全にここから出す。そして、その後の生活のこともすべて保障しよう」
<な、なぜそんなことを…………>
「山火事で住処を失って、しかも人型になってしまった以上、君はこれから、人間社会で生きていかなければいけない……人間社会というものは辛く、冷たく、息苦しい。きみをたったひとりでここから出すわけにはいかないんだ……」
<……ボクを実験対象としてではなく、人間として扱ってくれるというのか>
「そうだ。それに、私も妖精の駆除計画を立ち上げようと考えていたんだ……どうだ、私と手を組まないか」
<人間とはどいつもこいつも血も涙もないやつらだと思っていたけど、あなたのような良い人間もいるんだな……わかった、手を組もう>
「ありがとう。そうと決まれば名前がいるな……今日から君の名前は、“リョクトウ”だ」
<リョクトウ……ボクは、リョクトウ>
「リョクトウ。小豆の仲間の植物だ」
人型あんこもんである青年……リョクトウの綺麗な目の色は、八重生（ヤエナリ）の種子を思わせた。名前をもらったあんこもんは、満足そうにうなずいた。
「そして、君たちあんこもんの住処を奪った妖精たちを許すわけにはいかない、そうだろう？不当に自分たちの暮らしを脅かされた君は、奴らに正当な戦いを挑むべきなんだ」
<ああ。ここを出たら、すぐにでも行くつもりだ>
「最大限協力しよう。私たちはもう、対等な仲間だ………終わりました、出してください」
その後は早かった。退院前の最終検査をしなくとも、完全にリョクトウが回復していることは、リョクトウ自身が一番よくわかっていた。あの暴れっぷりが嘘のように、ヤクモ博士の後ろを従順に歩く彼を見て、医師たちは恐怖した。また何かの拍子に暴れ出したら今度は命がないと考えたのか、彼を引き留めるものは誰ひとりとしていなかった。
あんこもんは、その気性の荒さやプライドの高さゆえ、絶対に人には懐かないと言われている。かつて、奇跡的にあんこもんを捕まえた男が飼育を試みたが、あんこもんは隙をついて檻から抜け出し、男を瀕死の状態に痛めつけてから逃げ去ったという。
だが、ヤクモ博士とリョクトウの場合は違う。彼らは飼い主とペット、のような関係ではない。目標を同じくした、仕事仲間であった。だからこそ、リョクトウは博士に従ったのかもしれない。
ヤクモ博士は車にリョクトウを乗せると、病院の裏口から出発した。正門からは、まるで彼らと入れ替わるように、別の研究機関の職員やサーカス団、取引業者たちが続々と到着していた。
「な、何っ……？畜生、遅かったかっ！！」
足早に病院へ駆け込んだ彼らは、“実験対象”が既にいなくなっていたことに酷く落胆した。世にも珍しい「人型のあんこもん」を手に入れるのは、他でもない自分たちであると固く信じていたからこその落胆であった。
彼らは、すぐにでもヤクモ博士とリョクトウの居場所を突き止めようと奔走したが、無駄足に終わった。なぜなら、ヤクモ博士の研究所は、人里離れた山奥にあったからである。
リョクトウを保護したことによって、「あんこもんによる妖精の駆除部隊」を結成するというヤクモ博士の計画は、ようやく動き出す。
「随分長く走ったな、博士」
「ああ。この山が君の活動の拠点だ、リョクトウ」
「いいところだ……ボクがかつて縄張りにしていたあの山に似ている」
車の中で、いつの間にかリョクトウは直接、人間の言語で話すようになっていた。人型に変態する中で、声帯も人間のもののように変化し、圧倒的な速度で学習したのだろうが、詳しいことはよくわからない。
「……それで、依頼のあった場所はどこだろうか」
「まさに、リョクトウが発見されたあの山のふもとにある里山だ。昔ながらの生活を守り続けているそこの住人から、妖精の駆除依頼が入っている」
「またあそこに戻れるんだな……あの忌々しい妖精どもを……この手で！切り刻める！」
にいっ、と凶暴な笑みを浮かべたリョクトウは、ジャキッ！ジャキッ！という音とともに、手の爪を出し入れする。
あんこもんの武器は、その鋭い牙と、四肢についている出し入れ可能な爪である。これに刺し貫かれたら、妖精はひとたまりもない。それもそのはず、この武器は、妖精を殺すために進化したものだから。
人型になった今のリョクトウでも、問題なく使えるようだった。すべての爪を展開したその姿は、どこぞのミュータントを彷彿とさせる。
「行こうか、リョクトウ。初仕事だ」
「了解した」
里山の近くにある食糧貯蔵庫。入り口には、野生動物の侵入を防ぐためのしかけが取り付けられていたが、“賢い”妖精は、そこを潜り抜けたようだった。
「のーだのだのだ！あんなしかけさんなんか、このかしこいぼくたちには、きかないのだ！」
「こんなにたくさんごはんさんをよういしてくれるなんて、くちょにんげんにしては、きがきくのだ！」
「ほらおちびちゃんたち、ごはんさんをあげるのだ！」 ぐさっ！ぐさっ！ぶしゅっ！
「ああごはんさん！おいち、おいち、おいち、おいち……」
中には、10匹ほどの妖精の成体と、沢山の子ずんが入り込んでいた。我が物顔で飛び回っている成体は、手に持ったナイフで米俵をめった刺しにする。ザラザラと俵からこぼれ出た米を、床にいる子ずんが食べている。
のだのだという妖精の鳴き声は、外からでもじゅうぶんに聞こえた。里山の住人たちは、自分たちの力で頑張って育てた農作物を食い荒らされるのは悔しいが、相手は凶器を持っていて近づけないと話す。
「お願いします……どうか、妖精をあの食糧庫から駆除してくださいまし」
「お願いします、お願いします」
言われなくても、彼らは妖精を駆逐するために来た。貯蔵庫のみならず、この山からすべて駆逐する勢いだ。
「皆さん、安心してください……私たちが来たからには、もう大丈夫です……さあ行こう、リョクトウ」
対妖精用の武器を、ハリネズミがごとく身体中に装備したヤクモ博士が意気込むが、リョクトウが制止した。
「声を聞くに、奴らは、ボクの山を燃やした“賢い”妖精のようだ……博士、悪いが今回はボクにすべて任せてくれ」
「……ああ。わかった」
「入ったところで見ていればいい。すぐに終わらせる」
博士には、妖精の声はみんな同じに聞こえるが、リョクトウにはその違いがわかるようだった。
ぎいいいいいいいいいいいいいいっ……！ばたんっ！
貯蔵庫の扉を開け放って、すぐに閉めるリョクトウ。妖精を逃がさないためだ。
「のだっ！？まぶち、まぶち！！」
「なんなのだあぁ？」
妖精たちは、突然差し込んだ外の光に面食らっているようであった。すぐに襲い掛からず、リョクトウはペロリと舌をきらめかせると、おもむろに靴を脱ぎだす。
「すべての爪を使う。靴は要らない……預かっておいてくれ、博士」
「ああ。思う存分、暴れていいぞ」
リョクトウが放った靴をキャッチして微笑むヤクモ博士。裸足になったリョクトウの後ろ姿は、とてもたくましい。
「く、くちょにんげんがきたのだ！みんな、せんとうじゅ……んぶびいいいいいいいいいいいいいっ！！」 ざくっ！！ぶしゃあああああっ！
危機を察した妖精の目の前に、まるで瞬間移動したかのようにふいにあらわれるリョクトウ。その爪が、妖精の体を引き裂いた。
「おちつくのだ！おちびちゃんをまもるのだ！おちびちゃんこっちにくるのだ！」
「おいち、おいち……のだっ？はーいのだ、はーいのだ！！のだのだのだのだ、のだのだのだのだ……」
確かに、この妖精たちは“賢い”妖精だけあって、パニック状態になって一方的に殺されるということはない。1匹の妖精が、床でまだ卑しくも米を貪っていた子ずんを一か所に集めようと動く。
だが、妖精駆除の専門家、あんこもんにとっては、あまりにも遅すぎる対応であった……
びゅっ！！どぱぱぱん！
「にょだっ！？おぎゃああああああああああああああああああああああっ！」
スライディングで子ずんの群れに突っ込んだリョクトウは、回し蹴りのモーションで子ずんたちを一斉に宙へ吹き飛ばす。
「おぎゃいやあ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ” あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ”あ”あ”！！」 ズバズバズバズバズバズバズバズバズバッ！！
そして、自身も脚力で飛び上がると、空中で手足を広げて大回転。すべての子ずんをミンチに変える。
「んん〜っ♪ん〜んん〜ん〜♪」
すたんっ、と着地した彼は、遅れて降り出した子ずんの体液シャワーを浴びながら、鼻歌を歌う。それは、妖精の殺戮を誰よりも楽しむ、あんこもんの「本能」そのものであった。
「お、おちびちゃああああああああああああああああああああん！うわっ！」 ぐちゅっ！
「子ずんを気遣う余裕があるのか？貴様も死ね」 ぎりぎりぎり……
「く、くちょにんげんんんん！！いちゃいいちゃい！よくも、よくもおちびちゃんを！」
「ひとつ違うな……ボクは、純然たる“人間”じゃない……お前たちクズ妖精が最も怖がる“あんこもん”だ！！」
「ぐばああああああああああああああああああああああっ！」 ぐぢゅうううう！
目を爛々と輝かせたリョクトウが妖精を完全に握り潰すと、生き残った妖精たちが途端に恐怖し始める。
「あ、あんこもんなのだ……」 「う、うそちゃ、うそちゃ！！こいつはうそをついているのだ！」 「そうちゃ！あんこもんが、こんなくちょにんげんみたいなすがたなわけ、ないちゃ！」
強がるように豪語する妖精たちも、ナイフを構えながら、がたがたと震えている。妖精は、あんこもんを本能的に恐れる。妖精のその気持ち悪いまでの繁殖能力も、数を増やすことであんこもんの脅威に対抗するためであるという説もあるほどだ。
ばっ！
ざしゅうっ！ 「あぎゃあがあああああああああああああああああああっ！！」
どしゅっ！ 「いぢゃああああああああああああああああああああああああああああああ！」
ずばあん！ 「のぼうろろおおおおおおおおおむおおおおおおおおおおおおっ！」
妖精のナイフはもはや、意味をなさない。野性を解放したあんこもんの速度に、反応すら出来ないまま無様に切り刻まれていく妖精たち。これが、圧倒的なまでのあんこもんの「狩り」であった。
「くちょあんこもん！ちねええええええええええええええええ！！」
1匹、背後からナイフをきらめかせて襲い掛かった妖精がいた。だが、あんこもんの研ぎ澄まされた反射神経は、最初からその妖精の存在を感知していた。頭部にある耳のような器官で空気の流れの変化を読み取り、目標の位置を瞬時に把握することが出来る。
人間には真似出来ない芸当であった。
がきんっ！ぱりぃん……
「のだっ！？そ、そんな……ぼくのないふしゃん…………」
腕の爪を展開し、ノールックでナイフを受け止めるリョクトウ。妖精の手にしたナイフは、いとも簡単に砕け散った。
「死ね」 ずばしゅっ！！
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」 くちゃ…………
最後までその姿を見ることなく、腕のひと振りで妖精を殺したあんこもんは、残り2匹になった妖精の元まで歩く。
「く、くちょにんげんあんこもんなら、きっととべないはずなのだ！のだのだのだのだ！！おい、くちょにんげんあんこもん！ここまできてみるのだ！ふーりふーり！ふーりふーり！」
怖気づいた1匹の妖精が、貯蔵庫の天井まで高く舞い上がって、煽るようにお尻を振り始める。
ぴょいっ がしいっ！
「え…………ぐぶううううううっ！」
妖精は、あんこもんの身体能力を完全に舐めていた。確かに、人型になった以上、飛行能力ばかりは望めない。だがリョクトウは、それにとって代わって有り余るくらいの跳躍力を手に入れていた。軽々とジャンプして妖精のさらに上方につくと、振り上げた拳を妖精めがけて勢い良く振り下ろす。
ぐちゃああああああっ！！ 「くぴゅう…………」
高速で叩き落とされた妖精はあっけなく地面で潰れて絶命する。
残りの妖精は、リーダー格の1匹だけになった。殺気立ったあんこもんは、最後の妖精を追い詰めるように、ゆっくりと歩みを進める。
「とま、とまれ！とまるのだあああ！」 しゅぼ……
何を血迷ったか、妖精はライターを取り出すと、火を灯した。魔除けのつもりなのだろうか。気にせずになおも近づいて来るあんこもんを見て、妖精は青ざめる。
「く、くちょあんこもん……ひが、ひがこわくないのだ……？」
「……やはり貴様か、ボクの縄張りの山に火を放って、山火事を引き起こしたのは！」
「ず、ずんちゃはただ、“しせつ”のにんげんさんにもらった、らいたーさんと、がそりんさんであそんでいただけなのだ！ずんちゃ、わるくないのだ！！」
「貴様のその、あまりにも身勝手な“あそび”とやらで、どれほどの生物が住処を追われ、苦しんだかを理解しろ！どこまでも自然の癌だ、貴様らは…………」
「“がん”ってなんなのだあ？ずんちゃ、そんなごはんさんしらないのだ………のだっ！？くるな、くるなあああああ！！」 しゅぼっ
妖精のバカげた返答に苛立ち、距離を詰めるあんこもん。妖精は苦し紛れにまたライターをかざす。リョクトウの目の前に浮かんだ小さな炎が、あんこもん特有の暗赤色の髪を照らす。
妖精は、火を前にしても動じないリョクトウを見て戦慄する。
「あ、ありえないのだ！くちょあんこもん！どうしてひがこわくないちゃ！」
「……本当に火を怖がってるのは貴様の方だろうが」 ばっ！しゅぼっ！！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！あぢゅいあぢゅいいいいい！あぢゅいよおおおおおっ！あああああああががあがががががあがががああああ！！」
目にもとまらぬ動きで妖精の前足からライターを奪い取ったリョクトウは、慣れた手つきで妖精に火をつける。一瞬で燃え上がり、もがき苦しむ妖精。
「バカのひとつ覚えで、生物は火を怖がると“施設”の人間に教えられたこと、ただそれだけを信じ込んでいたんだろう。…………どんな気持ちだ？その“賢さ”とやらを活かせず、無様に狩られる気分は？……死ね」
「あああああぢゅう”う”っ……」
ぐじゅうっ！ぐりぐりぐりっ……
冷たく言い放つリョクトウは、妖精の答えを待つ間もなく、素足でそれを踏み潰す。彼が足をあげると、妖精は黒い染みとなり、火も消えていた。
「…………終わった。博士、ありがとう。気が済んだ」
「お疲れ様、リョクトウ。さあ、行こうか」
ぎいいいいいいいいっ……
苦も無く妖精を殲滅し、晴れやかな顔で出て来たあんこもんは、ふいに思い出したように、貯蔵庫の屋根へと跳躍すると、大きく息を吸った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん！！」
それは、あんこもんの遠吠えであった。空気をビリビリと震わせながら尾根にこだまするその声は、まるで山中に潜んでいるすべての妖精たちに宣戦布告するかのような………………………気高いあんこもんのプライドを強くあらわしていた。
風に吹かれながら待つこと数分。山を越えて、複数の何かが吠えながらこちらに飛んで来た。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん！」
それは、間違いなく、あんこ妖精であった。山火事で散り散りになったリョクトウの家族が、彼の遠吠えに応えて集結したのだ。
あんこもんは、通常の妖精とは違い、積極的な交配を望まないという。それは、無節操に交尾行動を続ける妖精の「生態」そのものを本能的に嫌悪しているからという説もある。
交配せずにひっそりと姿を消すあんこもんが増え、日本中でさらに個体数を減らしている中で、リョクトウの家族は、まさしく希望であった。
ぐんぐん近づいて来るあんこ妖精たちを見ながら、ヤクモ博士はさらなる展望を思い描く。
ひとまずこの山の妖精を始末したら、植林活動をしよう。一刻も早く、リョクトウたち、あんこもんの住処を取り戻さなくては。
「博士、何度も言うが…………ありがとう」
屋根の上から向き直ったリョクトウが、ふっと笑って礼を言う。リラックスした、人間らしい笑いだった。
「ボクは、会いたい戦士がいるんだ。伝説の戦士、“セイト”…………彼と会うまで、頑張って生き抜こうと思う」
「“セイト”…………セイト？」
「ああ。ボクにとっての永遠の憧れだ…………博士、ちょっと失礼して、家族と話してくるよ」
リョクトウが、屋根を降りて丘を登っていく。頂上付近で家族と合流するつもりのようだ。
彼が教えてくれた、「セイト」という名前…………その名前には聞き覚えがあった。
ひょっとしたら…………餡武 正斗のことか。
餡武 正斗（アンノ セイト）とは…………歴史上、初めてその姿が確認された人型あんこもんの名前だったはずだ。今は「あんこもん隊長」と呼ばれて、人間社会で暮らしている。
私があんこもんの研究を始めたのも、彼と出会ったのがきっかけだった。
もしかしたら、すぐにでもリョクトウと会わせられるかもしれない。
これを伝えたら、リョクトウは喜ぶだろうな！！
〜終〜
イズミヤクモ様、この度は二次創作の執筆を快諾してくださりありがとうございます。重ねてお礼申し上げます。
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このページへのコメント
ずんだ虫に悪知恵を吹き込んで騒ぎを起こそうとするなんて到底許されることではありません。FAIRIESの茜社長ような義士に成敗してもらいたいですね。リョクトウでこの強さなら隊長はどんだけなんだ……。
コメントありがとうございます。ひえっ……茜社長……成敗されちゃう……；；
先日イズミヤクモ様から伺ったのですが、「隊長」は隕石を落とせるくらい強いとのことでしたね…………
面白かったです！博士の名前がそのまんまなの少し笑えました！このあんこもんの虐殺シーン、ヤクモイズミさん感があっていいですね！！
FAIRIESの最期もまた続きが読みたくなり
コメントありがとうございます。敬愛する原作者様にはやはりカッコよく登場していただきませんと！！
嬉しいです！イズミヤクモ様の作品を周回・研究した甲斐がありました！私はなかなか読んでいてスカッとするスタイリッシュな文章書けないもので……
こちらこそ書いてくださり、ありがとうございます…！本当に感謝しかございません…！
リョクトウ君がどうやって隊長の事を知っていたのか…リョクトウ君の能力は何なのか…とても気になる素晴らしい作品でした…！！
コメントありがとうございます。じっくり読んでいただきありがとうございます！！コラボ楽しかったです！
いろいろ不透明なまま終わらせちゃいました………それだけ「隊長」が世に与えた影響は大きいということで……！！
あんこもんの圧倒的な狩り・・・！まさに圧巻！
あの隊長の名前が出るとは・・・
「施設」の奴らはホント・・・
わざと山火事が起きるようにライターとガソリン渡して野に放すって（ｒｙ
この施設、一刻も早く根絶しなければ
所属者やその親類縁者一族郎党、わずかでも取りこぼしがあればドコからまた同じことが起きるか（ｒｙ
コメントありがとうございます。ここまで対妖精に特化した生物もいないと思います！！
あの「隊長」の存在は、皆の憧れです！！
ラストの妖精、ホントは自分も火が怖いのに、武器としての「火」を持ったせいで、自分が強くなったと思い込んだ悲しい存在です…