皆さんこんにちは。けもです。初投稿の「森と子ずんと…」第1話に、様々なコメントをいただけて嬉しいです。皆さんの暖かいコメントのおかげで創作意欲が沸きあがっている今こそ、良いものが書けそうです。引き続き応援よろしくお願いいたします。
〜第1話までのあらすじ〜
動植物好きの青年、青山は、昆虫観察のために立ち寄った巨大クヌギの木で、子ずんの群れに遭遇し、これを観察することにした。子ずんたちはけんかを繰り返し、どんどん数を減らしていく。お目当ての樹液にたどり着いた個体も奪い合いのけんかを続け、ついに、木の上にいる子ずんは3匹にまで減ってしまったのであった…………
第2話「3匹の子ずん」
「ふうぅ…ふうぅう…！ごはんさん…ごはんさん…はぁ…ふうぅ…のだ…ごはんしゃん…！！」「はあ、はあ…もうすこしなのだ、おとーとたち！」「あぅ、おにーずん、ぺこぺこ！ぺこぺこ！！」
木の上にいる子ずんは残り3匹だ。「おにーずん」や「おとーと」と呼び合っているのを見るとどうやら、今までの個体とは違い、血縁関係があるようだ。3匹とも、木の下の方で登っていた頃から、沢山落下していたのか、既に死んだ他の子ずんよりも堅実によちよちと登っていく。
焦ることによる落下の恐ろしさを学習したようだ。だが、3匹とも押し寄せる欲望の衝動と常に戦っているようで、よだれと涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、荒い息でゆっくりと登っていくサマは滑稽とも思えた。
やがて子ずんの兄弟たちは、樹液酒場にたどり着いた。さすがに、ひしめき合うカナブンたちと戦う余力は残っていないようで、樹液酒場の端っこからそっと首と舌を伸ばし、素早く引っ込めて舐めるということを繰り返していた。
それでも、やっとのことで「ごはんさん」を手に入れた喜びで、子ずんたちの目は輝き始めた。
「じゅえきしゃん、おいち、おいち」「たくさんなめるのだおとーとたち、ずんちゃたちのためにじゅえきさんはでているのだ！」「おにーずん、しあわせ、しあわせ」
カナブンが彼らに訝しげな視線を向け始めたころ、
「あ、カブトムシ！」
オレは、中型のカブトムシが木の上から歩いてくるのを見つけた。本来、カブトムシは昼間、地中に潜って休んでいる個体が多いが、夜間の戦闘で敗北し、まともに食事にありつけなかった個体が昼間にも樹液酒場にやってくるという。
日本のカブトムシは、個体差こそあるものの、気性が荒いものも多い。このカブトムシも、気が立っているようだった。樹液どうこうよりも、誰かをこの自慢のツノで投げ飛ばさなければ気が済まない。そんな雰囲気であった。
カナブンたちは、カブトムシの殺気を感じて、撤収を始めた。もうじゅうぶん樹液は味わった。強いものがあらわれたら次に譲る、それが彼らの処世術であった。
というより、それはカナブンたちに限らず、樹液酒場の暗黙の了解であるかのような部分があった。
だが、子ずんたちは樹液酒場のルールを知らない。カナブンたちが飛び去り始めるのを眺め、堂々と樹液を舐め始めた。
「のだのだのだ！！ずんちゃたちにおそれをなしてにげていくのだ！！」「たちばをわきまえているのだ！ほめてやるのだ！」「よわむしなのだ！ざこなのだ！！」
猛り狂ったカブトムシが急接近する。自分はこの森で最強というわけではないが、今この木についている虫の中で、一番強いのは自分であるという自信があった。
だからこそ、我が物顔で樹液酒場に居座り続ける、謎のイキモノ3匹を許すわけにはいかなかった。
「うわっ、なにかくるのだ！」「のだっ！？ずんちゃたちをじゃましにきたのだ？！」「さがっているのだ、おとーとたち！！」
恐れ知らずというか蛮勇というか…突進してくるカブトムシから逃げようともせず、子ずんたちは向かい合った。「おにーずん」と呼ばれた子ずんが、他の2匹をかばうように前に出る。
「じゃまものはずんちゃがやっつけるのだ！！うわあああああああ！！」
あろうことか、カブトムシめがけて前足を振り回しながら飛び出していく「おにーずん」。見守る子ずん2匹が歓声を上げる。
「おにーずんひっさつのぐるぐるぱんちなのだ！！」「おにーずん、かっこいいのだ！」
だが…………
ドシュッ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
緑色の体液が飛び散った。おにーずんは、突進してきたカブトムシのツノの先端のギザギザに深々と突き刺された。断末魔の叫びをあげると、首がカクっと力を失い、そのままぐったりとなった。
「しょ、しょんな…お、おにーずん…」「おぎゃーおぎゃー！おにーずんが！」
絶対に負けること等ありえないと確信していたおにーずんのあっけない死。2匹の子ずんは現実を受け止めきれずに絶句、泣き出した。
カブトムシは、自分のツノに突き刺さってしまったおにーずんを振りほどこうと、苛立って頭を振り回す。ぐちゃ、ぐちゃ、という音とともに、おにーずんの体は木の幹に打ち付けられ、見るも無残な姿へと変貌していく。
「このくしょむし！！おにーずんをはなすのだああぁぁ！！」「ずんちゃたちのしあわせをじゃまするななのだあああ！！」
大切なおにーずんがぐちゃぐちゃになっていく光景を目の当たりにし、子ずんたちの闘争心が回復した。なおも頭角を幹に打ち付けるカブトムシの横から回り込み、「ぐるぐるぱんち」を浴びせる。
「のだのだのだのだのだのだ！！おにーずんかえせえええええ！！」「うわあああああああっ！おぎゃああああああああっ！！おぎゃああああああああぁぁぁ！！」
相手が子ずんであれば確実にノックアウトされているであろう2匹の猛攻。だが、堅牢な外骨格を持つカブトムシにそんな打撃は一切効かなかった。カブトムシは鋭いトゲのついた足をひと振りし、子ずんを遠ざけた。
「そ、そんな、ぐるぐるぱんちがきかないちゃ！」「おぎゃーおぎゃー！おにーずん！おにーずん！」
慌ててカブトムシから離れた子ずんが安全圏から遠巻きに見守る中、カブトムシは頭を大きく振り、ようやくおにーずんを引きちぎった。みしっという音がし、おにーずんの体は首から2つに分かれ、首から下は地面に落ちていき、頭部はツノによって高々と遠くへ投げ飛ばされた。
「ああああああああああああああああああああ」
子ずんの悲鳴がシンクロする。それは、彼らが森の中で決して「最強」ではないという「現実」を知った悲鳴でもあった…
カブトムシは泣き叫ぶ子ずんには目もくれず、おもむろに樹液酒場まで進むと、樹液をひと舐めしたのち、すぐに飛び去った。子ずんの体液がツノについたままでは、同族に対し、示しがつかないと考えたのかもしれない。
「に、にげるのだ、おとーと！」「おぎゃ、おぎゃ、おにーずん、わかったのだ」
カブトムシが飛び去ってから、はっと我に返ったように、2匹の子ずんは樹液酒場からよちよち歩きで逃走を始めた。2匹を率いていたおにーずんが死んだ今、次に年上の個体が「おにーずん」となるらしい。
子ずんは単独だとすぐに争って死んでいくが、血縁関係がはっきりしている家族とともに生活していると、仲間意識によって生存率が上がるのかもしれないな、とオレは考えた。
「……」
オレは地面に捕虫網とサンドイッチを置くと、もっとクヌギに近づいた。ついに2匹だけになってしまった子ずんの行方を見届けたいと思ったからだ。
子ずんは連れ添って木を登っていた。1メートルほど上のウロを目指しているようだ。子ずんが2匹入ってもまだ余裕のある広さだろう。
「おにーずんのずんちゃがいえをつぐのだ。ゆーしゅーなでぃーえぬえーをのこすのだ…」「なにいってるちゃ、おにーずん…？」
うわごとのように繰り返す「新おにーずん」。「おとーと」の子ずんは半泣きになってそれを見守る。おにーずんの胎動が激しくなった。
「へこへこしたくなってきたのだ、へこへこ！へこへこ！」「お、おにーずん、ずんぽが…」
おにーずんが叫ぶ。見ると、おにーずんの陰茎が勃起している。へえ、妖精って子ずんの時期から生殖活動出来るのか。
感心しているオレをよそに、おにーずんは鼻息を荒げ、ウロの方を見やる。
「あ、あれヒラタのメスかな？」
オレは今まさにウロから出てきた虫を見つけた。同定は難しいがおそらく、ヒラタクワガタのメスだ。ということは、オスも近くに…？
「めすなのだ、めすなのだ！へこへこへこへこへこへこおおぉ！！」
おにーずんは興奮で我を忘れたかのように飛び出し、ヒラタクワガタのメスに覆いかぶさる。おいおい、確かにあれはメスの個体だが、メスだったら何でもいいのかよ？
ヒラタのメスは、びっくりしてもがくが、おにーずんが全体重をかけてのしかかっているので、まともに動けない。
おにーずんはそれを了承の合図と思い込んだのか、破裂しそうなくらいにいきり立った陰茎をヒラタのメスに押し当てる。
「おとーと！よくみるちゃ！これがへこへこなのだあぁぁ！！」「おにーずん、かっこいいのだ！！」
おにーずんは腰を振り始める。が、よく見たら陰茎をメスの鞘翅の上で前後させているだけだ。押さえつけられているクワガタ自身も、何をされているかわからず固まっている。
それでもおにーずんは、固い鞘翅と陰茎が擦り合う感覚が快感なのか、激しく腰を震わせながら叫んだ。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ…！へこへこ、きもちーのだ！ずんちゃのゆーしゅーなでぃーえぬえーのこすちゃ！！へこへこへこへこおおおおおおおおぅああおお！！」
と、その時である。
「へこへこへこへこへこへこへこへこおおおおおおおおっ？！」 バチンっ
おにーずんはいざ、絶頂ロケットを飛ばすべく腰振りを速くしていたが、自分の頭部が万力のように締め付けられる感覚を覚え、たまらず「へこへこ」を中断した。
「いちゃいいちゃい！ずんちゃのしあわせをじゃまするななのだあああっ！」
おにーずんは楽しみを中断された怒りで威嚇するが、締め付けている側の怒りはこんなものの比ではなかった。
「でっっか！！何だあのヒラタ！？」
体長7センチは軽く超えているだろうか、巨大な大アゴを持ったヒラタクワガタのオスが、おにーずんの頭部をその大アゴでがっちりと挟んでいる。オレはそのサイズに驚いて思わずカメラでシャッターを切った。
メスのヘルプを聞きつけ、急いでウロから出てきたのだろう。私の伴侶に手を出しているのは、どこの不届きものか！成敗してくれよう！とでも言っているかのように、触角を大きく震わせる。
「どこからでてきたのだくちょむし！はなすのだ！！へこへこのじゃまをしたことただじゃおかないのだ、いちゃいいちゃい！のだっ？！」 ガシッ
おにーずんは喚いて抵抗するが、ヒラタクワガタはいとも簡単におにーずんを木から引き剥がし、持ち上げてしまった。束縛から解放されたメスがウロの中へ避難する。
ヒラタクワガタはメスが無事にウロの中へ入ったのを優しい目で見届けると、今度は激しい憎しみの感情を込めて自分が挟んでいる子ずんをにらみつけた。
「おぎゃーおぎゃー！おにーずん！おにーずん！に、にげるのだ！！」
おとーとの子ずんは恐怖で泣き出すと、おにーずんとヒラタクワガタに背を向けて木を下り始めた。先ほどのカブトムシとの戦闘で得た恐怖心から、このクワガタにも勝てないと察したのだろう。
ああ、家族関係であっても、こういう時は他の子ずんと性質は変わらないか。こいつは今、兄を見捨てた。
「やいくちょむし！！おろすのだ！じぶんがなにをやっているかわかっているのだ？！かわいいずんちゃのあたまさんにこんなことしてゆるさないちゃ！！でもいまならまだゆるしてやるのだ！ずんちゃのどれーになるのだ！」
ヒラタクワガタはこの子ずんをどうすべきか迷っているのか、持ち上げたまましばし動きを止めている。
「きこえてるのだ？！くちょむし！かわいいずんちゃのどれーになれることをほこりにおもうのだ！！どうしてずんちゃのゆーことがきけないちゃ！どれー！こうしてやるのだ！ぷくー！」
先ほど、オレがどこかで聞いたようなことを喚くおにーずんは、精いっぱいの力で頬を膨らませて威嚇する。が、ヒラタクワガタは静止したまま、触角だけを震わせている。
「ずんちゃがどれーにめいれいするのだ、いますぐずんちゃをおろすのだ！おろせ！おろしぇ！おろしぇえええええぇぇえぇぇ！！」
しびれを切らしたおにーずんがじたばたと暴れだした。ついに、
ぐちゃっ
ヒラタクワガタが大アゴを強く閉じる。鋭く並んだ内歯が、おにーずんの表皮に食い込んで、大量の体液と脳漿がドバっと溢れ出した。
「のがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
激しい痛みにおにーずんが絶叫し、同時に、陰茎から大量の白い液体を放精した。
クワガタは、闘争の際、持ち上げた相手が暴れると強く締め付ける性質がある。この子ずんは暴れたので致命傷を受けた、それだけのことである。
人間のオレでもヒラタに噛まれたら相当痛いんだ。子ずんの受けたダメージは計り知れない。
そして、ヒラタの凶悪なところは、水に漬ける等しない限り、一度噛みついたらなかなかその大アゴを離してくれないことだ。
「ふうぅ、うううううううぅ…っ！！い、いちゃいいいいいい！！ころすころす！もうゆるさないのだ！しね！しね！くちょむし！」 ぐちゃちゃっ！ 「あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
おにーずんはまだ生きている。だが、逆上してぐるぐるぱんちを繰り出そうと暴れると、また頭を強く挟まれ、内容物が飛び散る。
「う゛う゛ぅ゛っ、おとーと？そこでみてないでこのくちょむしをころすちゃ！ずんちゃのめいれいなのだ！このままじゃずんちゃのゆーしゅーなでぃーえぬえーのこせないちゃああああ！おとーと！！ずんちゃのめいれいなのだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛！！」
首を回せないおにーずんが、そばにいるはずであろうおとーとに命令する。だが、そのおとーとは既に樹液酒場の方へ戻っていたのだった…
ヒラタクワガタに脳漿を絞り出され、放精までして、身体中の体液をほぼ使い果たしてしまったこの哀れな子ずんに、もはや生存は絶望的だった。おにーずんは、抵抗を諦めたのか、四肢をだらりと垂らしてうなだれた。
「どう…ちて…？ずんちゃは、ただ、おとーちゃ、おかーちゃが、いなくても、おにーずんと、おとーとと、いっしょに、しあわせに、いきていたかっただけなのに…たくさん、おいしいものたべて、たくさん、へこへこして…これから、しあわせな、ひびが、まっている、はずだったのに…」
絞り出すようにつぶやく子ずん。ヒラタクワガタはその辞世の言葉を聞いているかは定かではなかったが、大アゴの位置を調整して、子ずんの首を切断出来る位置へとぴったり合わせた。
「ずんちゃ、なにも、わるいこと、してないのだ…くちょむし…どうして、かわいいずんちゃに、そんな、ひどいこと、できるちゃ…？」
子ずんの目から体液の混じった涙が溢れ出す。体液が殆ど抜けていても、死に際に「自分は悪くないのに、理不尽に殺されてしまうかわいそうなイキモノ」を演じることは出来た。
＜常に森の掟を破り続けているうぬら妖精族を 森の虫たちは皆 よく思っていないぞよ うぬの言う「幸せな生活」を望むなら 自らの利益のことだけではなく 他の種類の価値観をも学ぶことじゃ いや 子供のうぬに言ったとて詮無きこと 私の手で成敗してやる＞
「えっ…」
子ずんは、確かに聞いた。ヒラタクワガタの言葉を。ただ、その言葉を子ずんが理解出来たかどうかは別問題である。悲しいことに……
＜さらばだ＞
ザシュッ！！
……聞こえるはずのない声を聞いた、その驚きで口をぽかんと開けたままの子ずんの首が、落ちた。そしてその首と身体は、他の子ずんと同じく、地面に落ちて転がった。それだけであった……
＜人間族と森との関係も どんどん悪くなっている＞
ヒラタクワガタは、少し離れた場所から自分を見つめている大柄な青年を見やって、寂しそうに笑ってつぶやいた。
＜あのような心優しい青年が この世にあふれてくれたら どんなに良いか 妖精族という脅威がこの森にもあらわれてしまった以上 少しでも人間と森とが 良い方向に進めば良いのだが＞
そして、ヒラタクワガタはウロの中へ帰っていった。
「何だ…？風が止んだ…」
オレは不思議なこともあるもんだと感慨にふけっていた。子ずんを長時間持ち上げたのち、真っ二つにしたヒラタクワガタが、一瞬こちらを見たような気がしたのだ。ヒラタは警戒心が強いからな。194センチもあるオレなんかすぐ見つかっちゃうよな。
それにしても、なにやら長老みたいな雰囲気をまとったヒラタだったな。あんな神秘的なクワガタ、初めて見たよ。
「ゆめ…ゆめ…のだ…のだ…」
木の上の子ずんは、最後の1匹になってしまった。
新たなおにーずんを見捨てて樹液酒場まで戻ってきたおとーとの子ずんは、カブトムシに前のおにーずんを殺されてから、ひとりで逃げてきた今までの出来事がまるで悪い夢であったかのように、震えながら自分を納得させていた。
しかし、時間がたつにつれてその恐怖心はだんだんと食欲へと変化していった。子ずんはここまで登ってから、3口くらいしか樹液を口にしていなかった。
「のだ…おにゃかぺこぺこ！ぺこぺこ！」
思い出したかのように樹液を舐め始める子ずん。子ずんにとって都合の悪い記憶は、すぐに欲望と満足感によって上書きされた。
「おいち、おいち、ずんちゃの！ずんちゃの！！むちゃ、ぴちゃ、じゅるるる、のだ！のだ！」
カナブンたちの群れも、オオムラサキも、カブトムシも去った。今の樹液酒場には、子ずんの脅威にならなさそうなハエ類以外は、何もいない。
子ずんは、堂々と樹液酒場の中央へと体を動かした。
「ぺちゃぺちゃ、ぺちゃぺちゃ、のだのだ！！じゅぼぼぼ、じゅぼるぼぼ、のだ！のだ！しあわせ！しあわせ！」
木の上の「ごはんさん」を自分だけで独占する、という、沢山いた子ずんたちのだれひとりが叶えることが出来なかった欲望を、この子ずんはただひとり実現し、味わっている。
それは、この子ずんが再び増長するのには十分すぎる幸福であった…
「しあわせ！しあわせ！ずんちゃ、もりのあいどるになったのだ！！みんながひざまずいてうやまうのだ！！みんながごはんさんをもってきてくれるのだ！！おおきなおうちさんでしあわせにくらすのだ！！のだのだのだのだ！！」
誰に聞かせるまでもなく、そう宣言した子ずんは満足そうにお尻を振ると、また樹液を飲み始めた。
オレは、最後に残った子ずんが変なことを言い出したので、兄弟を次々に失い、とうとう精神が崩壊したのかと思ったが、どうやら、これが妖精の正常な状態らしい。
「すごいな、このイキモノ…」
感情をぐちゃぐちゃにしながらオレがつぶやいた直後、本能的に危険を感じる音が複数聞こえた。
ヴォン…！！ヴオオン…
「うおっ、スズメバチだ！！」
いくら動植物好きなオレとはいっても、スズメバチに近づくのはかなり抵抗がある。しかし、このタイミングで来るとは……オレは、残された子ずんのことを考えて、そちらに目をやった。
遅れて到着した彼女らは、日本最大級の「オオスズメバチ」の働きバチであった。数は全部で4匹。凶暴な羽音を響かせ、次々に樹液酒場へと降り立つ。
「むちゃむちゃ…もだあ！…のだ？はちさんなのだ！もうずんちゃのためにごはんさんをもってきてくれたのだ？」
その羽音に驚き、樹液を舐めるのを中断した子ずんだったが、到着した色鮮やかなスズメバチを見て、目を輝かせた。
スズメバチは黄色と黒の「警告色」で、周りの生き物に自分は危険であるということを知らせている。だがそんなことを子ずんが知るわけもない。
子ずんには、このスズメバチたちが自分を、豪華な「おうちさん」へ連れていってくれるために、迎えに来た煌びやかな従者のように見えた。
子ずんは、不用意にスズメバチへ近づいた。
「はちさん！！ずんちゃにごはんさんをよこすのだ！おうちさんにいくまえに、ずんちゃ、じゅえきさんいがいのごはんさんもたべたいのだ！！」
途端に、スズメバチたちがアゴをカチカチと鳴らし始める。警告音だ。それ以上近づくと、攻撃するという合図だ。子ずんは不満そうにそれを見て首をかしげる。
「なにいってるかわからないちゃ！！ずんちゃにわかることばでしゃべるのだ！ずんちゃのごはんさん、ないのだ…？ないならいまからよういするのだ！ほら！はやく！！はやくするのだ！」
スズメバチたちは子ずんの言葉には興味を示さず、ただ子ずんがこれ以上攻撃しないと判断して、樹液に口をつけた。
「あっ！！だめちゃ！！これはずんちゃのじゅえきさんなのだ！！かってになめなめするななのだああ！！」
子ずんが慌てて四肢を大きく広げ、樹液酒場の中央に居座る。スズメバチたちは驚かされて気分を害したのか、羽を震わせ、再び警告音を発し始めた。
「ぺちゃ、ぺちゃ…のだ！はちさんたちはずんちゃのごはんさんをもってくればいいのだ！！なめなめしていいなんてきょかしてないちゃ！！」
口の周りを樹液でベトベトにしながら、前足を振り回して子ずんが叫ぶ。
吸蜜の邪魔だと判断したか、2匹の働きバチが子ずんの視界の外へ移動した。両方向から、太くて短い大根のような後足を狙うようだ。振り回している前足とは違い、後足は無防備である。
「のだのだのだのだ！！ほめてやるのだ！！あいどるのずんちゃにふくじゅーすればそれでいいのだ！」
視界から2匹、スズメバチが消えたのを、子ずんは自分の言葉に従って「ごはんさん」を探しに出かけて行ったと判断したらしい。お尻を震わせて満足そうに鳴く。
次の瞬間。
がちっ！！
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
子ずんの右後ろ足側にいた働きバチが仕掛けた。アゴで子ずんの足に噛みつき、素早く下がる。流れるような一撃離脱戦法であった。
硬いアゴで噛まれた子ずんの足からは体液が流れ、木の幹をつたって下に流れ出す。
「いちゃい！いちゃいよお！ずんちゃのあんよしゃんがあああ！！」
スズメバチは、カブトムシやクワガタ等、装甲が堅くて正面攻撃では歯が立たない相手に対しては、足を狙って噛みつく。樹上性の彼らにとって足は生命線であるから、イヤでもその場から動かざるを得ない。
今回も、得体の知れない子ずんに対して、同様の戦法を使ったわけだ。
だが、子ずんの表皮はスズメバチの予想に反して遥かに柔らかかったので、それならば一気に自由を奪ってしまおうと4匹が連携して、一斉に別々の足へと襲い掛かった。
「ああああああああああああああああああああああああああああ！！いちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！！ずんちゃの、ずんちゃのてあししゃんが！！はあ…はあぁ…！！」
ばちっ、ばちっ、という鈍い音を繰り返し響かせ、子ずんの四肢はいとも簡単に切断された。同時に、長い緑色の尻尾も完全に切り落とされた。
「おがっ…があぁ…にょだ…にょだあああぁ…っ！！」
歩行器官と尻尾をすべて失った子ずんは、体液を漏らしながらお尻を大きく振り、ただ呻くだけの醜い姿へと変貌した。少しでも突っつけば、斜めった木の幹から転げ落ちるだろう。
「はあ…！はあ、おにーじゅん…！だれか…はやく、かわいいずんちゃを、あいどるのずんちゃをたしゅけりゅにょだあああぁっ！！」
おにーずんに助けを求めて泣き叫ぶ子ずん。だが、もう、自分を守るために戦ってくれるおにーずんも、身代わりになってくれるおにーずんもいない。
全部、自分でやるしかない。だが、既にこうなってしまった子ずんに、いったいどれほどのことが出来るだろうか？なっちゃったからにはもう...ネ...
「ぐぅぅう……く、くちょはち！くちょはちぇ！よくもかわいいずんちゃをきじゅちゅけたにょだ！！あいどるのずんちゃにしっとちたのだ？！」
子ずんに出来るのは、その言語能力で罵詈雑言をただただ浴びせかけることだけだった。そして、子ずんは、体液が抜けていく中でも、力を振り絞って、蠕動運動でスズメバチに肉薄した。
「ころしゅ！ころしゅ！！ころちてやるにょだ！！しね！しにぇ！！くちょはち！！はあ、があ、がおぅおおお！！」
目を血走らせ、よだれをまき散らしながら絶叫する子ずん。もはや「あいどる」の発する言葉ではない。しかし残念ながら、その呪いはスズメバチには届かない。
彼女らは必死で前進してくる子ずんを取り囲むと、4匹でがっちりと押さえつけた。必殺武器である毒針を使うまでもない。泣き喚く以外の抵抗が出来なくなったこのイキモノを、巣で帰りを待つ幼虫たちのエサに出来るかもしれないと考えたようだ。
「あお゛っ！はぁ…は、はなしぇ！！はなしゅにょだ！しね！！しにぃえええええぇ！！がうぅ！にょぼのおお゛お゛お゛！ごあぁぁおお゛お゛ぉ！……う、ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……い゛ぢゃい゛い゛ぢゃい゛…！！」
お尻を振りながらなおも叫び続ける子ずんだったが、四方から噛みつかれ、だんだんと声が弱ってきた。
スズメバチは、子ずんを噛み砕いて、肉団子にしようとしているのだ。そして、肉団子にするにあたって、あまりにもうるさい頭部を首から切り取った。
「があ゛っ」
それが子ずんの最期の言葉となった。
オレは子ずんの眼球が裏返り、生気を失う瞬間を目の当たりにした。今まさに、ひとつの命が消え、他の生物の命を養うための糧となったんだ。
どの動物につけても、狩りのシーンはグロテスクだ、と多くの人が言う。確かにそれはこの場でも否定は出来ないが、オレは同時に、自然が放つ神秘的なものをそこに感じていた。
スズメバチたちは、首が落ちた断面から体液を噴射し続けながら静かになった子ずんの体を4つに切り分け、それぞれが運びやすい大きさの肉団子に加工し終えた。そして、巣の方向を目指して飛び去った。
子ずんは、確かに、望み通り「おおきなおうちさん」へ行けるだろう。その形を変え、エサとして、オオスズメバチの巨大な巣へと…
これで、この巨大クヌギに集まってきた子ずんは全滅した…
「…お゛おぉ……っ、あおぉ…っ！」
…いや、1匹だけ残っていた。木の下で肥大化していた、あの共食い子ずんだ。木の上の出来事の観察に夢中になって、こいつの存在をすっかり忘れていた。
「え、でかっ？！」
思わず叫んでしまうオレ。共食い子ずんは、次々と落ちてくる子ずんたちの死骸を食べ続け、ついに15センチ強の大きさまで肥大化していた。しかも、そのうちの8割くらいが腹部だ。
他の子ずんと大きさが変わらないはずの頭部は相対的に縮んだように見え、四肢はお腹の肉にほぼ埋まってしまい、地面から浮いている。
「あお、あおぉ…ぐぅえええええええぅっぷ！のだぁ、のだ…」
食べ過ぎで代謝がうまくいっていないのか苦しそうに呻く子ずんは、大きなゲップをすると、地面に届かなくなってしまった短い四肢をばたつかせた。
それでも、子ずんの欲望は尽きないようで、ある一点を目指してゆっくりと蠕動運動で進みだした。
…見つけたのは、スズメバチによって切り落とされた最後の子ずんの頭部である。
「おぉっ、ぷ…のだ…のだ…じゅんだもち、じゅんだもち…」
もはや別のイキモノのようになってしまった共食い子ずんは、よだれや仲間の体液、食べかす等で顔をぐちゃぐちゃにしながら、新たな「じゅんだもち」を目指す。
オレは欲張って血を吸いすぎて破裂してしまった蚊の動画を観たことがあったが、この子ずんはどれほどまで耐えられるのか…
やがて、子ずんはお目当ての頭部まで体を引きずってきた。こんな規格外の図体で移動が出来るんだから、大した生命力だ。
待てよ。オレはあることに気が付いた。こいつ、共食いを始めてから一度も排泄してないよな？
こんな肥大化した体では、排泄量は凄まじいものになるだろうが、フンの山のようなものは近くには見当たらない。
その答えはすぐに出た。共食い子ずんが頭部にかじりついた瞬間のことだった。
「ぐちゃ、くちゃ、じゅんだもち、おいち、おいち……っ、おっ…おぼお…ぷうぅぅぅっ！！」
幸せそうな顔をして仲間の肉を咀嚼していた子ずんの顔が歪む。そして、
ブチュウウウウウッ！ブリュリュリュリュリュウウゥッ！！
汚い音とともに、子ずんの腹部が破れ、内臓と排泄物と体液とが一緒くたになって溢れ出した。内容物がキャパオーバーし、消化の際に出たガスの圧力でついに破裂してしまったのだろう。
「のげええっ！うぇえええろえろえろ…ぷぇ、ぷ、ああああああああああああああああああああ」
食道を逆流した排泄物を必死に吐き出すも、既に腹が破れてしまったこの子ずんは、なんて事だ、もう助からないゾ。底知れぬ苦しみに絶叫したのち、彼は今まで自分が食べていた子ずんの頭部のすぐ横に倒れこんで静かになった。水たまりのように「子ずん溶液」が広がっていく。
しかし、あまりにも酷いニオイだ…
オレは、さっきから観察していた子ずんの群れが全滅した、というこの無常感をひとりでかみしめたかったが、最後に死んだ子ずんが溜め込んでいた排泄物は、体内でありえないほど濃縮され、シュールストレミングばりの悪臭を放っていた。
「…いったん帰ってシャワーでも浴びようかな」
オレは巨大クヌギに再度深々と頭を下げると、地面に置いていた捕虫網とサンドイッチを拾って足早に来た道を戻って…
「あれ？」
…サンドイッチがない。裸のままで持ってきていたわけではないから、正確にはサンドイッチを入れていたプラ製の容器がない。
盗られたか。でも、誰に？
「……やったのだ！ぼくたちのごはんさんをてにいれたのだ！」「さすがぱぱずんなのだ！」
セミの声に混ざって、こんな会話が聞こえてきた。キリギリスやコオロギ等、鳴く虫を探すために鍛えられたオレの耳は、小さな声さえも聞き逃さなかった。
ふたつの声は森の出口へ向けてゆっくりと移動している。まだそんなに遠くには行っていない。
「…いそぐのだままずん、くちょにんげんにみつかっちゃうのだ！」「まって、ぱぱずん、わたち、もう…」
〜つづく〜
ここまで見てくださりありがとうございます。すぐにでも次の話を読んでいただきたいところなのですが、実は「森と子ずんと…」と並行して、第1回地下牢投稿祭のための小説（今度は短編にしたい）も執筆中です！
ですので、まず投稿祭に小説部門として投稿してから、「森と子ずんと…」の第3話更新となります！もうしばらくお待ちくださいませ。
けも
〜第1話までのあらすじ〜
動植物好きの青年、青山は、昆虫観察のために立ち寄った巨大クヌギの木で、子ずんの群れに遭遇し、これを観察することにした。子ずんたちはけんかを繰り返し、どんどん数を減らしていく。お目当ての樹液にたどり着いた個体も奪い合いのけんかを続け、ついに、木の上にいる子ずんは3匹にまで減ってしまったのであった…………
第2話「3匹の子ずん」
「ふうぅ…ふうぅう…！ごはんさん…ごはんさん…はぁ…ふうぅ…のだ…ごはんしゃん…！！」「はあ、はあ…もうすこしなのだ、おとーとたち！」「あぅ、おにーずん、ぺこぺこ！ぺこぺこ！！」
木の上にいる子ずんは残り3匹だ。「おにーずん」や「おとーと」と呼び合っているのを見るとどうやら、今までの個体とは違い、血縁関係があるようだ。3匹とも、木の下の方で登っていた頃から、沢山落下していたのか、既に死んだ他の子ずんよりも堅実によちよちと登っていく。
焦ることによる落下の恐ろしさを学習したようだ。だが、3匹とも押し寄せる欲望の衝動と常に戦っているようで、よだれと涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにし、荒い息でゆっくりと登っていくサマは滑稽とも思えた。
やがて子ずんの兄弟たちは、樹液酒場にたどり着いた。さすがに、ひしめき合うカナブンたちと戦う余力は残っていないようで、樹液酒場の端っこからそっと首と舌を伸ばし、素早く引っ込めて舐めるということを繰り返していた。
それでも、やっとのことで「ごはんさん」を手に入れた喜びで、子ずんたちの目は輝き始めた。
「じゅえきしゃん、おいち、おいち」「たくさんなめるのだおとーとたち、ずんちゃたちのためにじゅえきさんはでているのだ！」「おにーずん、しあわせ、しあわせ」
カナブンが彼らに訝しげな視線を向け始めたころ、
「あ、カブトムシ！」
オレは、中型のカブトムシが木の上から歩いてくるのを見つけた。本来、カブトムシは昼間、地中に潜って休んでいる個体が多いが、夜間の戦闘で敗北し、まともに食事にありつけなかった個体が昼間にも樹液酒場にやってくるという。
日本のカブトムシは、個体差こそあるものの、気性が荒いものも多い。このカブトムシも、気が立っているようだった。樹液どうこうよりも、誰かをこの自慢のツノで投げ飛ばさなければ気が済まない。そんな雰囲気であった。
カナブンたちは、カブトムシの殺気を感じて、撤収を始めた。もうじゅうぶん樹液は味わった。強いものがあらわれたら次に譲る、それが彼らの処世術であった。
というより、それはカナブンたちに限らず、樹液酒場の暗黙の了解であるかのような部分があった。
だが、子ずんたちは樹液酒場のルールを知らない。カナブンたちが飛び去り始めるのを眺め、堂々と樹液を舐め始めた。
「のだのだのだ！！ずんちゃたちにおそれをなしてにげていくのだ！！」「たちばをわきまえているのだ！ほめてやるのだ！」「よわむしなのだ！ざこなのだ！！」
猛り狂ったカブトムシが急接近する。自分はこの森で最強というわけではないが、今この木についている虫の中で、一番強いのは自分であるという自信があった。
だからこそ、我が物顔で樹液酒場に居座り続ける、謎のイキモノ3匹を許すわけにはいかなかった。
「うわっ、なにかくるのだ！」「のだっ！？ずんちゃたちをじゃましにきたのだ？！」「さがっているのだ、おとーとたち！！」
恐れ知らずというか蛮勇というか…突進してくるカブトムシから逃げようともせず、子ずんたちは向かい合った。「おにーずん」と呼ばれた子ずんが、他の2匹をかばうように前に出る。
「じゃまものはずんちゃがやっつけるのだ！！うわあああああああ！！」
あろうことか、カブトムシめがけて前足を振り回しながら飛び出していく「おにーずん」。見守る子ずん2匹が歓声を上げる。
「おにーずんひっさつのぐるぐるぱんちなのだ！！」「おにーずん、かっこいいのだ！」
だが…………
ドシュッ
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
緑色の体液が飛び散った。おにーずんは、突進してきたカブトムシのツノの先端のギザギザに深々と突き刺された。断末魔の叫びをあげると、首がカクっと力を失い、そのままぐったりとなった。
「しょ、しょんな…お、おにーずん…」「おぎゃーおぎゃー！おにーずんが！」
絶対に負けること等ありえないと確信していたおにーずんのあっけない死。2匹の子ずんは現実を受け止めきれずに絶句、泣き出した。
カブトムシは、自分のツノに突き刺さってしまったおにーずんを振りほどこうと、苛立って頭を振り回す。ぐちゃ、ぐちゃ、という音とともに、おにーずんの体は木の幹に打ち付けられ、見るも無残な姿へと変貌していく。
「このくしょむし！！おにーずんをはなすのだああぁぁ！！」「ずんちゃたちのしあわせをじゃまするななのだあああ！！」
大切なおにーずんがぐちゃぐちゃになっていく光景を目の当たりにし、子ずんたちの闘争心が回復した。なおも頭角を幹に打ち付けるカブトムシの横から回り込み、「ぐるぐるぱんち」を浴びせる。
「のだのだのだのだのだのだ！！おにーずんかえせえええええ！！」「うわあああああああっ！おぎゃああああああああっ！！おぎゃああああああああぁぁぁ！！」
相手が子ずんであれば確実にノックアウトされているであろう2匹の猛攻。だが、堅牢な外骨格を持つカブトムシにそんな打撃は一切効かなかった。カブトムシは鋭いトゲのついた足をひと振りし、子ずんを遠ざけた。
「そ、そんな、ぐるぐるぱんちがきかないちゃ！」「おぎゃーおぎゃー！おにーずん！おにーずん！」
慌ててカブトムシから離れた子ずんが安全圏から遠巻きに見守る中、カブトムシは頭を大きく振り、ようやくおにーずんを引きちぎった。みしっという音がし、おにーずんの体は首から2つに分かれ、首から下は地面に落ちていき、頭部はツノによって高々と遠くへ投げ飛ばされた。
「ああああああああああああああああああああ」
子ずんの悲鳴がシンクロする。それは、彼らが森の中で決して「最強」ではないという「現実」を知った悲鳴でもあった…
カブトムシは泣き叫ぶ子ずんには目もくれず、おもむろに樹液酒場まで進むと、樹液をひと舐めしたのち、すぐに飛び去った。子ずんの体液がツノについたままでは、同族に対し、示しがつかないと考えたのかもしれない。
「に、にげるのだ、おとーと！」「おぎゃ、おぎゃ、おにーずん、わかったのだ」
カブトムシが飛び去ってから、はっと我に返ったように、2匹の子ずんは樹液酒場からよちよち歩きで逃走を始めた。2匹を率いていたおにーずんが死んだ今、次に年上の個体が「おにーずん」となるらしい。
子ずんは単独だとすぐに争って死んでいくが、血縁関係がはっきりしている家族とともに生活していると、仲間意識によって生存率が上がるのかもしれないな、とオレは考えた。
「……」
オレは地面に捕虫網とサンドイッチを置くと、もっとクヌギに近づいた。ついに2匹だけになってしまった子ずんの行方を見届けたいと思ったからだ。
子ずんは連れ添って木を登っていた。1メートルほど上のウロを目指しているようだ。子ずんが2匹入ってもまだ余裕のある広さだろう。
「おにーずんのずんちゃがいえをつぐのだ。ゆーしゅーなでぃーえぬえーをのこすのだ…」「なにいってるちゃ、おにーずん…？」
うわごとのように繰り返す「新おにーずん」。「おとーと」の子ずんは半泣きになってそれを見守る。おにーずんの胎動が激しくなった。
「へこへこしたくなってきたのだ、へこへこ！へこへこ！」「お、おにーずん、ずんぽが…」
おにーずんが叫ぶ。見ると、おにーずんの陰茎が勃起している。へえ、妖精って子ずんの時期から生殖活動出来るのか。
感心しているオレをよそに、おにーずんは鼻息を荒げ、ウロの方を見やる。
「あ、あれヒラタのメスかな？」
オレは今まさにウロから出てきた虫を見つけた。同定は難しいがおそらく、ヒラタクワガタのメスだ。ということは、オスも近くに…？
「めすなのだ、めすなのだ！へこへこへこへこへこへこおおぉ！！」
おにーずんは興奮で我を忘れたかのように飛び出し、ヒラタクワガタのメスに覆いかぶさる。おいおい、確かにあれはメスの個体だが、メスだったら何でもいいのかよ？
ヒラタのメスは、びっくりしてもがくが、おにーずんが全体重をかけてのしかかっているので、まともに動けない。
おにーずんはそれを了承の合図と思い込んだのか、破裂しそうなくらいにいきり立った陰茎をヒラタのメスに押し当てる。
「おとーと！よくみるちゃ！これがへこへこなのだあぁぁ！！」「おにーずん、かっこいいのだ！！」
おにーずんは腰を振り始める。が、よく見たら陰茎をメスの鞘翅の上で前後させているだけだ。押さえつけられているクワガタ自身も、何をされているかわからず固まっている。
それでもおにーずんは、固い鞘翅と陰茎が擦り合う感覚が快感なのか、激しく腰を震わせながら叫んだ。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ…！へこへこ、きもちーのだ！ずんちゃのゆーしゅーなでぃーえぬえーのこすちゃ！！へこへこへこへこおおおおおおおおぅああおお！！」
と、その時である。
「へこへこへこへこへこへこへこへこおおおおおおおおっ？！」 バチンっ
おにーずんはいざ、絶頂ロケットを飛ばすべく腰振りを速くしていたが、自分の頭部が万力のように締め付けられる感覚を覚え、たまらず「へこへこ」を中断した。
「いちゃいいちゃい！ずんちゃのしあわせをじゃまするななのだあああっ！」
おにーずんは楽しみを中断された怒りで威嚇するが、締め付けている側の怒りはこんなものの比ではなかった。
「でっっか！！何だあのヒラタ！？」
体長7センチは軽く超えているだろうか、巨大な大アゴを持ったヒラタクワガタのオスが、おにーずんの頭部をその大アゴでがっちりと挟んでいる。オレはそのサイズに驚いて思わずカメラでシャッターを切った。
メスのヘルプを聞きつけ、急いでウロから出てきたのだろう。私の伴侶に手を出しているのは、どこの不届きものか！成敗してくれよう！とでも言っているかのように、触角を大きく震わせる。
「どこからでてきたのだくちょむし！はなすのだ！！へこへこのじゃまをしたことただじゃおかないのだ、いちゃいいちゃい！のだっ？！」 ガシッ
おにーずんは喚いて抵抗するが、ヒラタクワガタはいとも簡単におにーずんを木から引き剥がし、持ち上げてしまった。束縛から解放されたメスがウロの中へ避難する。
ヒラタクワガタはメスが無事にウロの中へ入ったのを優しい目で見届けると、今度は激しい憎しみの感情を込めて自分が挟んでいる子ずんをにらみつけた。
「おぎゃーおぎゃー！おにーずん！おにーずん！に、にげるのだ！！」
おとーとの子ずんは恐怖で泣き出すと、おにーずんとヒラタクワガタに背を向けて木を下り始めた。先ほどのカブトムシとの戦闘で得た恐怖心から、このクワガタにも勝てないと察したのだろう。
ああ、家族関係であっても、こういう時は他の子ずんと性質は変わらないか。こいつは今、兄を見捨てた。
「やいくちょむし！！おろすのだ！じぶんがなにをやっているかわかっているのだ？！かわいいずんちゃのあたまさんにこんなことしてゆるさないちゃ！！でもいまならまだゆるしてやるのだ！ずんちゃのどれーになるのだ！」
ヒラタクワガタはこの子ずんをどうすべきか迷っているのか、持ち上げたまましばし動きを止めている。
「きこえてるのだ？！くちょむし！かわいいずんちゃのどれーになれることをほこりにおもうのだ！！どうしてずんちゃのゆーことがきけないちゃ！どれー！こうしてやるのだ！ぷくー！」
先ほど、オレがどこかで聞いたようなことを喚くおにーずんは、精いっぱいの力で頬を膨らませて威嚇する。が、ヒラタクワガタは静止したまま、触角だけを震わせている。
「ずんちゃがどれーにめいれいするのだ、いますぐずんちゃをおろすのだ！おろせ！おろしぇ！おろしぇえええええぇぇえぇぇ！！」
しびれを切らしたおにーずんがじたばたと暴れだした。ついに、
ぐちゃっ
ヒラタクワガタが大アゴを強く閉じる。鋭く並んだ内歯が、おにーずんの表皮に食い込んで、大量の体液と脳漿がドバっと溢れ出した。
「のがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
激しい痛みにおにーずんが絶叫し、同時に、陰茎から大量の白い液体を放精した。
クワガタは、闘争の際、持ち上げた相手が暴れると強く締め付ける性質がある。この子ずんは暴れたので致命傷を受けた、それだけのことである。
人間のオレでもヒラタに噛まれたら相当痛いんだ。子ずんの受けたダメージは計り知れない。
そして、ヒラタの凶悪なところは、水に漬ける等しない限り、一度噛みついたらなかなかその大アゴを離してくれないことだ。
「ふうぅ、うううううううぅ…っ！！い、いちゃいいいいいい！！ころすころす！もうゆるさないのだ！しね！しね！くちょむし！」 ぐちゃちゃっ！ 「あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
おにーずんはまだ生きている。だが、逆上してぐるぐるぱんちを繰り出そうと暴れると、また頭を強く挟まれ、内容物が飛び散る。
「う゛う゛ぅ゛っ、おとーと？そこでみてないでこのくちょむしをころすちゃ！ずんちゃのめいれいなのだ！このままじゃずんちゃのゆーしゅーなでぃーえぬえーのこせないちゃああああ！おとーと！！ずんちゃのめいれいなのだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛！！」
首を回せないおにーずんが、そばにいるはずであろうおとーとに命令する。だが、そのおとーとは既に樹液酒場の方へ戻っていたのだった…
ヒラタクワガタに脳漿を絞り出され、放精までして、身体中の体液をほぼ使い果たしてしまったこの哀れな子ずんに、もはや生存は絶望的だった。おにーずんは、抵抗を諦めたのか、四肢をだらりと垂らしてうなだれた。
「どう…ちて…？ずんちゃは、ただ、おとーちゃ、おかーちゃが、いなくても、おにーずんと、おとーとと、いっしょに、しあわせに、いきていたかっただけなのに…たくさん、おいしいものたべて、たくさん、へこへこして…これから、しあわせな、ひびが、まっている、はずだったのに…」
絞り出すようにつぶやく子ずん。ヒラタクワガタはその辞世の言葉を聞いているかは定かではなかったが、大アゴの位置を調整して、子ずんの首を切断出来る位置へとぴったり合わせた。
「ずんちゃ、なにも、わるいこと、してないのだ…くちょむし…どうして、かわいいずんちゃに、そんな、ひどいこと、できるちゃ…？」
子ずんの目から体液の混じった涙が溢れ出す。体液が殆ど抜けていても、死に際に「自分は悪くないのに、理不尽に殺されてしまうかわいそうなイキモノ」を演じることは出来た。
＜常に森の掟を破り続けているうぬら妖精族を 森の虫たちは皆 よく思っていないぞよ うぬの言う「幸せな生活」を望むなら 自らの利益のことだけではなく 他の種類の価値観をも学ぶことじゃ いや 子供のうぬに言ったとて詮無きこと 私の手で成敗してやる＞
「えっ…」
子ずんは、確かに聞いた。ヒラタクワガタの言葉を。ただ、その言葉を子ずんが理解出来たかどうかは別問題である。悲しいことに……
＜さらばだ＞
ザシュッ！！
……聞こえるはずのない声を聞いた、その驚きで口をぽかんと開けたままの子ずんの首が、落ちた。そしてその首と身体は、他の子ずんと同じく、地面に落ちて転がった。それだけであった……
＜人間族と森との関係も どんどん悪くなっている＞
ヒラタクワガタは、少し離れた場所から自分を見つめている大柄な青年を見やって、寂しそうに笑ってつぶやいた。
＜あのような心優しい青年が この世にあふれてくれたら どんなに良いか 妖精族という脅威がこの森にもあらわれてしまった以上 少しでも人間と森とが 良い方向に進めば良いのだが＞
そして、ヒラタクワガタはウロの中へ帰っていった。
「何だ…？風が止んだ…」
オレは不思議なこともあるもんだと感慨にふけっていた。子ずんを長時間持ち上げたのち、真っ二つにしたヒラタクワガタが、一瞬こちらを見たような気がしたのだ。ヒラタは警戒心が強いからな。194センチもあるオレなんかすぐ見つかっちゃうよな。
それにしても、なにやら長老みたいな雰囲気をまとったヒラタだったな。あんな神秘的なクワガタ、初めて見たよ。
「ゆめ…ゆめ…のだ…のだ…」
木の上の子ずんは、最後の1匹になってしまった。
新たなおにーずんを見捨てて樹液酒場まで戻ってきたおとーとの子ずんは、カブトムシに前のおにーずんを殺されてから、ひとりで逃げてきた今までの出来事がまるで悪い夢であったかのように、震えながら自分を納得させていた。
しかし、時間がたつにつれてその恐怖心はだんだんと食欲へと変化していった。子ずんはここまで登ってから、3口くらいしか樹液を口にしていなかった。
「のだ…おにゃかぺこぺこ！ぺこぺこ！」
思い出したかのように樹液を舐め始める子ずん。子ずんにとって都合の悪い記憶は、すぐに欲望と満足感によって上書きされた。
「おいち、おいち、ずんちゃの！ずんちゃの！！むちゃ、ぴちゃ、じゅるるる、のだ！のだ！」
カナブンたちの群れも、オオムラサキも、カブトムシも去った。今の樹液酒場には、子ずんの脅威にならなさそうなハエ類以外は、何もいない。
子ずんは、堂々と樹液酒場の中央へと体を動かした。
「ぺちゃぺちゃ、ぺちゃぺちゃ、のだのだ！！じゅぼぼぼ、じゅぼるぼぼ、のだ！のだ！しあわせ！しあわせ！」
木の上の「ごはんさん」を自分だけで独占する、という、沢山いた子ずんたちのだれひとりが叶えることが出来なかった欲望を、この子ずんはただひとり実現し、味わっている。
それは、この子ずんが再び増長するのには十分すぎる幸福であった…
「しあわせ！しあわせ！ずんちゃ、もりのあいどるになったのだ！！みんながひざまずいてうやまうのだ！！みんながごはんさんをもってきてくれるのだ！！おおきなおうちさんでしあわせにくらすのだ！！のだのだのだのだ！！」
誰に聞かせるまでもなく、そう宣言した子ずんは満足そうにお尻を振ると、また樹液を飲み始めた。
オレは、最後に残った子ずんが変なことを言い出したので、兄弟を次々に失い、とうとう精神が崩壊したのかと思ったが、どうやら、これが妖精の正常な状態らしい。
「すごいな、このイキモノ…」
感情をぐちゃぐちゃにしながらオレがつぶやいた直後、本能的に危険を感じる音が複数聞こえた。
ヴォン…！！ヴオオン…
「うおっ、スズメバチだ！！」
いくら動植物好きなオレとはいっても、スズメバチに近づくのはかなり抵抗がある。しかし、このタイミングで来るとは……オレは、残された子ずんのことを考えて、そちらに目をやった。
遅れて到着した彼女らは、日本最大級の「オオスズメバチ」の働きバチであった。数は全部で4匹。凶暴な羽音を響かせ、次々に樹液酒場へと降り立つ。
「むちゃむちゃ…もだあ！…のだ？はちさんなのだ！もうずんちゃのためにごはんさんをもってきてくれたのだ？」
その羽音に驚き、樹液を舐めるのを中断した子ずんだったが、到着した色鮮やかなスズメバチを見て、目を輝かせた。
スズメバチは黄色と黒の「警告色」で、周りの生き物に自分は危険であるということを知らせている。だがそんなことを子ずんが知るわけもない。
子ずんには、このスズメバチたちが自分を、豪華な「おうちさん」へ連れていってくれるために、迎えに来た煌びやかな従者のように見えた。
子ずんは、不用意にスズメバチへ近づいた。
「はちさん！！ずんちゃにごはんさんをよこすのだ！おうちさんにいくまえに、ずんちゃ、じゅえきさんいがいのごはんさんもたべたいのだ！！」
途端に、スズメバチたちがアゴをカチカチと鳴らし始める。警告音だ。それ以上近づくと、攻撃するという合図だ。子ずんは不満そうにそれを見て首をかしげる。
「なにいってるかわからないちゃ！！ずんちゃにわかることばでしゃべるのだ！ずんちゃのごはんさん、ないのだ…？ないならいまからよういするのだ！ほら！はやく！！はやくするのだ！」
スズメバチたちは子ずんの言葉には興味を示さず、ただ子ずんがこれ以上攻撃しないと判断して、樹液に口をつけた。
「あっ！！だめちゃ！！これはずんちゃのじゅえきさんなのだ！！かってになめなめするななのだああ！！」
子ずんが慌てて四肢を大きく広げ、樹液酒場の中央に居座る。スズメバチたちは驚かされて気分を害したのか、羽を震わせ、再び警告音を発し始めた。
「ぺちゃ、ぺちゃ…のだ！はちさんたちはずんちゃのごはんさんをもってくればいいのだ！！なめなめしていいなんてきょかしてないちゃ！！」
口の周りを樹液でベトベトにしながら、前足を振り回して子ずんが叫ぶ。
吸蜜の邪魔だと判断したか、2匹の働きバチが子ずんの視界の外へ移動した。両方向から、太くて短い大根のような後足を狙うようだ。振り回している前足とは違い、後足は無防備である。
「のだのだのだのだ！！ほめてやるのだ！！あいどるのずんちゃにふくじゅーすればそれでいいのだ！」
視界から2匹、スズメバチが消えたのを、子ずんは自分の言葉に従って「ごはんさん」を探しに出かけて行ったと判断したらしい。お尻を震わせて満足そうに鳴く。
次の瞬間。
がちっ！！
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
子ずんの右後ろ足側にいた働きバチが仕掛けた。アゴで子ずんの足に噛みつき、素早く下がる。流れるような一撃離脱戦法であった。
硬いアゴで噛まれた子ずんの足からは体液が流れ、木の幹をつたって下に流れ出す。
「いちゃい！いちゃいよお！ずんちゃのあんよしゃんがあああ！！」
スズメバチは、カブトムシやクワガタ等、装甲が堅くて正面攻撃では歯が立たない相手に対しては、足を狙って噛みつく。樹上性の彼らにとって足は生命線であるから、イヤでもその場から動かざるを得ない。
今回も、得体の知れない子ずんに対して、同様の戦法を使ったわけだ。
だが、子ずんの表皮はスズメバチの予想に反して遥かに柔らかかったので、それならば一気に自由を奪ってしまおうと4匹が連携して、一斉に別々の足へと襲い掛かった。
「ああああああああああああああああああああああああああああ！！いちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！！ずんちゃの、ずんちゃのてあししゃんが！！はあ…はあぁ…！！」
ばちっ、ばちっ、という鈍い音を繰り返し響かせ、子ずんの四肢はいとも簡単に切断された。同時に、長い緑色の尻尾も完全に切り落とされた。
「おがっ…があぁ…にょだ…にょだあああぁ…っ！！」
歩行器官と尻尾をすべて失った子ずんは、体液を漏らしながらお尻を大きく振り、ただ呻くだけの醜い姿へと変貌した。少しでも突っつけば、斜めった木の幹から転げ落ちるだろう。
「はあ…！はあ、おにーじゅん…！だれか…はやく、かわいいずんちゃを、あいどるのずんちゃをたしゅけりゅにょだあああぁっ！！」
おにーずんに助けを求めて泣き叫ぶ子ずん。だが、もう、自分を守るために戦ってくれるおにーずんも、身代わりになってくれるおにーずんもいない。
全部、自分でやるしかない。だが、既にこうなってしまった子ずんに、いったいどれほどのことが出来るだろうか？なっちゃったからにはもう...ネ...
「ぐぅぅう……く、くちょはち！くちょはちぇ！よくもかわいいずんちゃをきじゅちゅけたにょだ！！あいどるのずんちゃにしっとちたのだ？！」
子ずんに出来るのは、その言語能力で罵詈雑言をただただ浴びせかけることだけだった。そして、子ずんは、体液が抜けていく中でも、力を振り絞って、蠕動運動でスズメバチに肉薄した。
「ころしゅ！ころしゅ！！ころちてやるにょだ！！しね！しにぇ！！くちょはち！！はあ、があ、がおぅおおお！！」
目を血走らせ、よだれをまき散らしながら絶叫する子ずん。もはや「あいどる」の発する言葉ではない。しかし残念ながら、その呪いはスズメバチには届かない。
彼女らは必死で前進してくる子ずんを取り囲むと、4匹でがっちりと押さえつけた。必殺武器である毒針を使うまでもない。泣き喚く以外の抵抗が出来なくなったこのイキモノを、巣で帰りを待つ幼虫たちのエサに出来るかもしれないと考えたようだ。
「あお゛っ！はぁ…は、はなしぇ！！はなしゅにょだ！しね！！しにぃえええええぇ！！がうぅ！にょぼのおお゛お゛お゛！ごあぁぁおお゛お゛ぉ！……う、ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……い゛ぢゃい゛い゛ぢゃい゛…！！」
お尻を振りながらなおも叫び続ける子ずんだったが、四方から噛みつかれ、だんだんと声が弱ってきた。
スズメバチは、子ずんを噛み砕いて、肉団子にしようとしているのだ。そして、肉団子にするにあたって、あまりにもうるさい頭部を首から切り取った。
「があ゛っ」
それが子ずんの最期の言葉となった。
オレは子ずんの眼球が裏返り、生気を失う瞬間を目の当たりにした。今まさに、ひとつの命が消え、他の生物の命を養うための糧となったんだ。
どの動物につけても、狩りのシーンはグロテスクだ、と多くの人が言う。確かにそれはこの場でも否定は出来ないが、オレは同時に、自然が放つ神秘的なものをそこに感じていた。
スズメバチたちは、首が落ちた断面から体液を噴射し続けながら静かになった子ずんの体を4つに切り分け、それぞれが運びやすい大きさの肉団子に加工し終えた。そして、巣の方向を目指して飛び去った。
子ずんは、確かに、望み通り「おおきなおうちさん」へ行けるだろう。その形を変え、エサとして、オオスズメバチの巨大な巣へと…
これで、この巨大クヌギに集まってきた子ずんは全滅した…
「…お゛おぉ……っ、あおぉ…っ！」
…いや、1匹だけ残っていた。木の下で肥大化していた、あの共食い子ずんだ。木の上の出来事の観察に夢中になって、こいつの存在をすっかり忘れていた。
「え、でかっ？！」
思わず叫んでしまうオレ。共食い子ずんは、次々と落ちてくる子ずんたちの死骸を食べ続け、ついに15センチ強の大きさまで肥大化していた。しかも、そのうちの8割くらいが腹部だ。
他の子ずんと大きさが変わらないはずの頭部は相対的に縮んだように見え、四肢はお腹の肉にほぼ埋まってしまい、地面から浮いている。
「あお、あおぉ…ぐぅえええええええぅっぷ！のだぁ、のだ…」
食べ過ぎで代謝がうまくいっていないのか苦しそうに呻く子ずんは、大きなゲップをすると、地面に届かなくなってしまった短い四肢をばたつかせた。
それでも、子ずんの欲望は尽きないようで、ある一点を目指してゆっくりと蠕動運動で進みだした。
…見つけたのは、スズメバチによって切り落とされた最後の子ずんの頭部である。
「おぉっ、ぷ…のだ…のだ…じゅんだもち、じゅんだもち…」
もはや別のイキモノのようになってしまった共食い子ずんは、よだれや仲間の体液、食べかす等で顔をぐちゃぐちゃにしながら、新たな「じゅんだもち」を目指す。
オレは欲張って血を吸いすぎて破裂してしまった蚊の動画を観たことがあったが、この子ずんはどれほどまで耐えられるのか…
やがて、子ずんはお目当ての頭部まで体を引きずってきた。こんな規格外の図体で移動が出来るんだから、大した生命力だ。
待てよ。オレはあることに気が付いた。こいつ、共食いを始めてから一度も排泄してないよな？
こんな肥大化した体では、排泄量は凄まじいものになるだろうが、フンの山のようなものは近くには見当たらない。
その答えはすぐに出た。共食い子ずんが頭部にかじりついた瞬間のことだった。
「ぐちゃ、くちゃ、じゅんだもち、おいち、おいち……っ、おっ…おぼお…ぷうぅぅぅっ！！」
幸せそうな顔をして仲間の肉を咀嚼していた子ずんの顔が歪む。そして、
ブチュウウウウウッ！ブリュリュリュリュリュウウゥッ！！
汚い音とともに、子ずんの腹部が破れ、内臓と排泄物と体液とが一緒くたになって溢れ出した。内容物がキャパオーバーし、消化の際に出たガスの圧力でついに破裂してしまったのだろう。
「のげええっ！うぇえええろえろえろ…ぷぇ、ぷ、ああああああああああああああああああああ」
食道を逆流した排泄物を必死に吐き出すも、既に腹が破れてしまったこの子ずんは、なんて事だ、もう助からないゾ。底知れぬ苦しみに絶叫したのち、彼は今まで自分が食べていた子ずんの頭部のすぐ横に倒れこんで静かになった。水たまりのように「子ずん溶液」が広がっていく。
しかし、あまりにも酷いニオイだ…
オレは、さっきから観察していた子ずんの群れが全滅した、というこの無常感をひとりでかみしめたかったが、最後に死んだ子ずんが溜め込んでいた排泄物は、体内でありえないほど濃縮され、シュールストレミングばりの悪臭を放っていた。
「…いったん帰ってシャワーでも浴びようかな」
オレは巨大クヌギに再度深々と頭を下げると、地面に置いていた捕虫網とサンドイッチを拾って足早に来た道を戻って…
「あれ？」
…サンドイッチがない。裸のままで持ってきていたわけではないから、正確にはサンドイッチを入れていたプラ製の容器がない。
盗られたか。でも、誰に？
「……やったのだ！ぼくたちのごはんさんをてにいれたのだ！」「さすがぱぱずんなのだ！」
セミの声に混ざって、こんな会話が聞こえてきた。キリギリスやコオロギ等、鳴く虫を探すために鍛えられたオレの耳は、小さな声さえも聞き逃さなかった。
ふたつの声は森の出口へ向けてゆっくりと移動している。まだそんなに遠くには行っていない。
「…いそぐのだままずん、くちょにんげんにみつかっちゃうのだ！」「まって、ぱぱずん、わたち、もう…」
〜つづく〜
ここまで見てくださりありがとうございます。すぐにでも次の話を読んでいただきたいところなのですが、実は「森と子ずんと…」と並行して、第1回地下牢投稿祭のための小説（今度は短編にしたい）も執筆中です！
ですので、まず投稿祭に小説部門として投稿してから、「森と子ずんと…」の第3話更新となります！もうしばらくお待ちくださいませ。
けも
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このページへのコメント
沢山いた子ずんは最後の子ずんも汚い花火を破裂させ全滅しましたが鼠算式に増えるから問題ないかも知れませんが親ずんは何処にいるのか気になりますね？(孤児で群れを作っている？)
コメントありがとうございます。これだけ1匹1匹の命が軽くても、その死を補うほどの妖精の多産さであると想像出来ます。
これだけ子ずんが集まっているにもかかわらず、親ずんのいない理由に関しましては、ぜひ第3話、第4話を確認していただきたく存じます！
メスだったら昆虫でも良いのかこの糞虫共は･･･（醜い。）
>人間族と森との関係も どんどん悪くなっている
ここって
『カブトムシとかクワガタ捕まえに行きたいけど、ずんだ虫が居るからなぁ･･･』
と思う人達か森から遠ざかる
→森に来る人が年々少なくなる
→『関係が悪くなっている』
って個人解釈しちゃってますけど、
実際単純だったりするかな？
スズメバチ然り、カブト・クワガタ等の昆虫達の解説や特徴を細かく書かれてますけど、
主さんもしかして虫好きですか？
コメント・考察ありがとうございます。長老ヒラタのセリフにはあえて含みを持たせたので、どのような解釈でも大丈夫です！
個人的には、
ゲーム機等の娯楽が発達して外で虫取りをしない人が増える→生き物や自然に興味を持てない人が増える→自然をないがしろにする人が増える→人間の入らない環境で妖精が増える
という一連の流れを「どんどん悪くなっている」と解釈しています！
バレちゃった！私は生き物が大好きなので、今後も生態系の中の妖精、というテーマで他の生き物との関わりを描いていけたらな、と思う所存でございます！
クワガタの声は森の意思そのもののような気がします
当方ヒラタに挟まれて出血した経験もあるし毎年スズメバチには悩まされてるので身に詰まる思いだったりしますが
ずんだ虫相手だと遠慮なく昆虫側を応援できますw
コメントありがとうございます。ヒラタのアゴはマジで容赦ないですよね…スズメバチにもどうかお気を付けください。
どなたかがおっしゃっていましたが、「妖精は存在しているだけで森に仇なす存在」なので、スズメバチよりも危険度が高いということでしょうね、おそらく！
お疲れ様です。
1話2話とても最高ですね。
…最後の害妖精は森の出口に向かっているので、森の外から来た害妖精ですかね？だとしますと森のためにも駆除しないとですね。
コメントありがとうございます。続けて読んでくださりありがとうございます！！
森を定住地としていないということは、森が危険であることを熟知しているのかもしれないですね！狡猾なあたり、さすが妖精。
次回もご期待くださいませ。
人間ですらビビるスズメバチを相手に戦意旺盛なのは認めるけど肝心の力がゴミカスなんだよなぁ……。食いすぎて破裂して死んだ子ずんはある意味幸せな死に方だったと思う
コメントありがとうございます！異種間のコミュニケーションエラーのお話のように見えて、実は子ずんは一歩も相手を理解しようと歩み寄ろうとしていないのがポイントなんです！！
美味しいとこだけ食べていても、落ちて死んだ30匹以上もの子ずんを食べ続ければおなかも頭も幸せに包まれて死ねるからさぞ幸福でしょうね！！