お久しぶりです。けもです。第2話までは子ずんの命の儚さがメインでしたが、今回からは皆さんの大好きな（？）あのイキモノたちと青山の関わりを描いていきます。物語は折り返し地点ですので、どうかもう少しお付き合いくださいませ。
〜第2話までのあらすじ〜
3匹にまで減った子ずんには、血縁関係があったが、それぞれがカブトムシに突き刺され、クワガタに挟み付けられ、スズメバチに肉団子にされ、青山の見守る前で、無惨にもその儚い命を散らした。子ずんの最期を見届けた青山は、自分の持ってきたサンドイッチがなくなっていることに気づいた。森の出口へと向かうその犯人たちは、どうやら人語を操れるようで…………？
第3話「家族」
「妖精か！！」
オレは残っていた捕虫網だけひっつかんで、声のした方向へ進みだした。朝早く起きて手づくりしたサンドイッチだから、誰かに全部食べられてしまうのは納得いかないし、何しろ、今のこの状況がスパイ映画みたいでワクワクするぜ！
「もっとはやくとぶのだままずん！このままじゃくちょにんげんにおいつかれちゃうのだ！」「はあ、はあ、おもいのだ…」
…いた。さっきまでの子ずんとは違う、妖精の成体だ。その証拠に、体長はおよそ20センチと大きく、枝豆のさやのような形をした耳が一対、頭から生えている。
妖精の夫婦だろうか、2匹でオレのサンドイッチが入った容器をつかみ、ふらふらと飛行している。具沢山にしたからな。入っているのは1人分だけだが妖精には重いだろう。
「むのーなのだ！せっかくぼくがみつけたごはんさんをむだにするつもりなのだ！？」「むちゃいうななのだ！わたちはながくとべないのだ！」
「ぱぱずん」…こっちが父親だろう、激しい口調で「ままずん」…母親をなじる。ままずんの方はいかにも飛ぶのが辛そうだ。腹部が大きく膨れている。妊娠中なのかもしれない。
オレは、このまま様子を見守るのもいいかと思ったが、自分のサンドイッチを盗られているんだ。野生動物には極力手出しはしない主義だったが、オレの大切なモノを奪ったなら話は別だ。
がさがさがさっ！！「こらあああっ！！」
オレは隠れていた茂みからオーバーなリアクションで飛び出した。この巨体だ。妖精たちがビビらないわけがない。
「く、くちょにんげんなのだ！！」「うわああああっ！！」
オレの姿を見たぱぱずんは仰天してサンドイッチの容器を離してしまった。ままずんはその重みをひとりで支える形となり、あっという間にバランスを崩して落下した。
オレはまず、地面に落ちた容器の上で震えて動けなくなっているままずんを右手で捕まえた。体が重い状態での飛行で相当疲れてしまっているのか、無抵抗だった。
「に、にげるのだ！！めすずんはまたさがせばいいのだ！！のだのだのだのだ！！」
恐怖で顔を青くしたぱぱずんは、捕まったままずんを助けに向かってくることもなく、こちらに背を向けて飛んで逃げ出した。
「…逃がすものか」 ビュンッ！
「のだのだのだ…うわ！」
オレは左手に持ったままの捕虫網を振りかぶり、鮮やかなフォームで（とオレ自身は思っている）ぱぱずんを捕獲した。昆虫博士（自称）、なめるなよ！！
「おいくちょにんげん！！ここからだすのだ！！ださないとおまえをぶっころしてやるのだ！！」
ぱぱずんが網の中で暴れながらオレを脅迫する。さっきから子ずんが自分以外の生き物を脅したり見下したりしているのを散々見てきているオレだったが、いざ自分がそうされる立場になると少しイラッとくる。
「ころさないで！！ころさないで！！わたちのおなかのなかにはおちびちゃんたちがいましゅ！！どうかおちびちゃんだけはころさないで！おねがい、おねがい！！」
オレの右手に握られたままずんが目をうるませて懇願する。オレはままずんの膨らんだお腹を刺激しないよう右手の力を少し弱めた。
「はなせ！はなすのだくちょにんげん！！ぶ、ぶっころしてや…？！こ、こ、ころしゃないで！ころしゃないで！！」
オレは捕虫網に手を突っ込み、もがいているぱぱずんを左手に握った。威勢よくオレを脅迫していたぱぱずんだったが、オレの大きな体格を認識するや、途端にままずんと同じように目をうるませ始めた。
「安心しろ。オレは君たちを殺すつもりはない。ただ、どうしてサンドイッチを盗ったのか、それを教えてくれないか？」
出来るだけ優しい口調で、オレは妖精に語り掛けた。
「くちょにんげん、ほ、ほんとうに、ぼくたちをころさないのだ…？……ならごはんさんをぼくたちにかえすのだ！！これはぼくがみつけたのだ！！」
自分の身の安全が確保されたからか、妖精の顔が希望で輝く。ぱぱずんは、同時にもともとの偉そうな口調も戻ってきた。
「あのな、これはもともとオレが作った……あ〜……」
オレは当たり前のようにサンドイッチを自分のものと主張するぱぱずんを諭そうとしたが、口ごもった。彼らに人間界の「所有」の概念を教えたとて、この調子では理解出来そうもないだろう。
妖精の間では、「先に見つけた」方に所有権があるようだし。
「じゃあ聞き方を変えよう。どうしてわざわざこんなに重いサンドイッチをもっていこうとしたんだ？食べ物は他にもあるだろう？」
妖精たちはさっきまで自分たちが運んでいた容器をちらっと見て、気まずそうに口ごもった。やがて、ぱぱずんが口を開いた。
「ま、ままずんはおなかにおちびちゃんがいてえいようがひつようなのだ。えいようがないとおちびちゃんがたりないになっちゃうから、ぼくがこのえいようのあるごはんさんをみつけたのだ」
そうは言ってもぱぱずん、さっきままずんを見捨てようとしてたよな…？とツッコミたくなるのをオレは必死に抑えた。
まず、生まれてくる子供を大事に思うなら、妊娠していて普段通りに飛べない状態のままずんを連れてくるんじゃない。しかも、たりないになっちゃうって何だよ。
ツッコミどころは山ほどある…
「お、おねがい…かわいいおちびちゃんのためにも、わたちたちのごはんさんをかえしてくれませんか…？おねがい、おねがい。どろぼーさんはわるいこなのだ！！」
今にも泣きだしそうな目をして、ままずんが再び懇願する。とはいってもなあ…
いや待て、オレが「どろぼーさん」扱いかよ。カナブンとけんかしていた子ずんも「どろぼーさん」と言っていたし、一応妖精の社会にも「窃盗」という概念はあるのか？
いくらお願いされても、大切なサンドイッチを丸ごと渡すつもりはなかったが、とりあえずオレはひとつ提案をしてみることにした。せっかく子ずんだけでなく、妖精の成体に会えたんだ。こいつらがどんな生活をしているのか興味が出てきた。
「わかった、じゃあ君たちのすみかにオレを案内してくれ」「えっ」「えっ」
オレの提案に、妖精たちは即座に涙を引っ込め、顔をひきつらせた。
「くちょにんげん、ぼくたちのおうちをしってどうするつもりなのだ！？」「ひどいこと、しないのだ…？」
「しないよ、約束する。だけど、オレがこのタッパーを持たなかったら君たちは疲れちゃってすみかにたどり着けないかもしれないよ」
「た、たしかにそうなのだ」「ままずん、いそいでおうちにもどるのだ！」
オレの言葉を妖精は信じた。オレは2匹をそっと手から解放してやった。
「い、いちゃいのだ…」「こ、ころされないでよかったのだ…」
妖精は、体を震わせるとふわりと浮かび上がった。
「くちょにんげん！あとで覚えてろなのだ！！はやくぼくたちのごはんさんをもつのだ！！」
「…わかったよ」
ぱぱずんが命令する。オレは、容器を拾い、目の前を飛ぶ妖精を見失わないように注意して歩きだした。
妖精のすみかは、森から出たところにある廃屋の庭、そこに横倒しで転がっている大きな植木鉢の中であった。
中には、申し訳程度に枯れ草が敷かれている。巣のつもりなのだろうが、鳥の作るそれと比べてしまうとあまりにもお粗末だ。
「…森の外なんだな」
オレは地面にサンドイッチの容器を置くと、大きく伸びをした。まだ、衣服にあの共食い子ずんの排泄物の酷いニオイがこびりついているように感じる…
「のだのだのだのだ！！」「ごはんさん、たべるのだ！！」
妖精が早速容器に群がる。だが、腐敗しないようきっちりと密閉してあるので、そう簡単には開かない。
「うううぅん、ううううぅんん…」「あかないのだ、くちょにんげん！！あけるのだ！！」
妖精たちは踏ん張るが、容器のフタはびくともしない。オレはニヤリと笑いながら言った。
「ほらな、やっぱりオレがついてきてよかっただろう！もしオレから完全に盗み出せても、多分開けられずに泣きを見ることになっただろ」
「く、くちょおぉ…」
ぱぱずんは悔しそうに歯ぎしりする。フタは、簡単に開いた。中に入っていたアルミホイルを剥がすと、ベーコンやレタス、トマトにチーズ、たまご等をふんだんに挟んだオレ特性のサンドイッチがうまそうな香りとともにあらわれる。
「ごはんさん！！ごはんさん！！」「よこすのだあああ！！」
目を輝かせた妖精は、口を大きく開けてサンドイッチに飛びつこうとする。オレは、すかさずフタをして彼らを制止した。
「おっと、待った。君たちには半分あげよう。だが、オレも食べるぞ！」
「ふざけるななのだ！はなしがちがうのだくちょにんげん！！ぜんぶぼくのものなのだああっ！！」
おあずけを食らったカタチとなり、怒り狂ったぱぱずんはよだれを飛ばしながら喚いた。
「ぱぱずんおちつくのだ。はんぶんでもじゅうぶんしあわせなのだ…ここはくしょにんげんのいうことにしたがうのだ」
「ままずん、こんなくちょにんげんにぼくたちのごはんさんをまんまとうばわれるわけにはいかないのだ…ご、ごはんさんごはんさん！！」
ままずんが諭す。ぱぱずんは不服そうであったが、サンドイッチが再び顔を出すと再び目を輝かせた。オレは、自分の出せる最大限の優しいボイスで歌うように語り掛けた。
「さあ〜て、お行儀よく待てるかな〜っ？！待てなかったらサンドイッチあげないぞ〜☆」
「はあ…はあ…のだ、ごはんさん、ごはんさん…！！」「こらえるのだぱぱずん。ごはんさんなくなったらいやなのだ…ごはんさん、ごはんさん…！！」
…同じ寮の仲間からは好評なこのボイスも、妖精には効果なしか。苦笑いしながら、オレはゆっくりとサンドイッチをカットした。
「よし、出来たぞ…」「よこすのだっ」 バシッ！
半分にカットした瞬間、ぱぱずんが飛んできて、半分のサンドイッチをオレの手から奪い取った。そして、さっそく貪り始めた。
「むちゃ、ぐちゃ、ぐちゅ、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、くちゃくちゃ！！」
「はぐ、くちゃ、むちゅ、ぐちゃ、おいち、おいち、おいち、おいち、むちゃむちゃ！！」
ままずんもそれに続いて、かなり汚い咀嚼音を響かせながらサンドイッチにがっついた。
「…いただきます」
オレはなんだか納得のいかない感情を覚えながらも、命に感謝し、半分のサンドイッチを頬張った。
「うん、うまい！！」 テーレッテレー♪
我ながらよく出来ている。噛んだ瞬間、口いっぱいに広がる具材のうまみとそれを支えるパンの安定感。アルミホイルに包んでいたおかげで、鮮度も良好だ。
今更だが、妖精にこれを半分与えてしまったのを非常に後悔してしまっているオレがいた。帰ったらまた作って、寮の仲間にふるまおうかな。
妖精たちはおいちおいちと叫び、猛烈にお尻を振りながらサンドイッチを貪り続ける。
…まったく、丁寧に作ったんだからもっと大事に食べないかね。
「ごちそうさまでした」「のだぁっ！？」
オレが半分のサンドイッチを食べ終わって、アルミホイルをポケットにしまった直後だった。サンドイッチに張り付いていたままずんが急に痙攣して倒れてしまった。
「のだ！？ままずん？！ままずん！！やいくちょにんげん、ぼくのみつけたごはんさんになにかいれたのだ！？」
「なわけないだろ。同じのをオレも食べたんだから…」
慌てて食べるのをやめたぱぱずんがままずんに駆け寄り、オレをにらみつける。もしかして、妖精に有害な野菜が入っていたとかかな？
「…う、うまれりゅ…」
ああ、どうやら陣痛が始まったらしい。未知のイキモノの出産に立ち会うなんてなかなかないと思うので、オレはそばで観察することにした。
「が、がんばるのだままずん！きっとぼくににてゆーしゅーなおちびちゃんがうまれてくるのだ！ぼくのためにもがんばるのだ！！」
「はっはっはぁ…うまれりゅ…」
そばに寄り添って励ますぱぱずん。ままずんは姿勢を整え、腰を大きく振り始めた。
「うま、うまれりゅ、うまれりゅ！！はぁっ…はぁ…はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ…」
ままずんの腰振りがどんどん早くなっていき、ついに…！！
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！！」「おぎゃああああああああ！おぎゃああああああああ！！」「ひゃーん！ひゃーん！！」「おぎゃにょだ！おぎゃにょだ！！」
ままずんのお尻の穴が膨らんだかと思うと、全部で7匹の子ずんがポンポンと産み落とされた。すぐさま子ずんたちは大きな産声をあげる。その音量はさながらタケオオツクツクの大合唱だ。
「はあ、はぁ…はぁ…う、うまれたのだ！とってもかわいいおちびちゃんなのだ！！」
ままずんは振り返ると、今まさに自分が産み落とした子ずんを眺め、喜びで目に涙を溢れさせた。
「うまれたのだ！いっぱいうまれたのだ！！おいくちょにんげん！かわいいおちびちゃんたちがうまれたから、おまえもよろこぶのだ！！」
ぱぱずんも喜びで声を詰まらせると、オレの方を振り返った。
…新たな生命が誕生した感動的なシーンのはずが、オレに感動は一切なかった。さっきまでずっと、子ずんの命がどんどん失われていくのを見ていたこともあって、頭が理解に苦しんでいるのかもしれないが…
ままずんの「お尻の穴」から子ずんたちが産まれてきたのが一番ショックだった。え、メスの妖精の肛門って、総排出腔だったの？
あまりのショックに打ちのめされているオレをよそに、妖精たちは子ずんの世話を始めた。おぎゃーおぎゃーと泣き叫ぶ子ずんを1匹ずつ丁寧に舌で舐め、汚れをとる。
そして、舐め終わった子ずんは、あらかじめ敷いてあった枯れ草の巣の上に置かれた。舐められて落ち着いた子ずんたちは泣き止み、にょだにょだという舌足らずな鳴き声を発しだした。
そして、目をキラキラさせながら巣から出て、あたりを探検するように這いまわる。妖精はかなりの早生性なんだ。天敵が多いということか？
「おちびちゃんはほんとうにかわいいのだ！！これからがんばってそだてていくのだ！！」
「ままずん！ぼくもごはんさんさがしがんばるのだ！かわいいおちびちゃんのために！！」
初めて目にした世界を思い思いに歩き回る子ずん。それらを見守るうっとりとした表情の妖精たちは、オレのことなんか眼中にないみたいだ。それは、「家族」の形態を持つ他の生き物と何ら変わらない姿に見えた。
やがて、にょだにょだひっきりなしに鳴き続ける子ずんたちは、自分を世話してくれる大きな2匹の妖精が、生みの親であるということを知った。
10分くらい前までは、おぎゃーおぎゃーとしか泣けなかったのが、もう「おとーちゃ」「おかーちゃ」としゃべり始めている。驚異的な成長スピードだ。もともとの知能が高いのかな？
「にょだ、にょだ！おとーちゃ、おかーちゃ、ぺこぺこ！ぺこぺこ！！」
1匹の子ずんが空腹を訴えると、他の6匹もそれに合わせてぺこぺこ、ぺこぺこと繰り返した。
「まってるのだおちびちゃんたち！いまからごはんさんをあげるのだ」
ぱぱずんとままずんは、サンドイッチの残りを噛みちぎると、口の中で咀嚼し、そのまま子ずんのところまで歩いて行った。
「ちゅっちゅ！ちゅっちゅ！おいち！おいち！！」
妖精の唾液と混ざって液体状になったサンドイッチを、子ずんは口移しで飲む。ははあ、ハトがヒナに与えるピジョンミルクみたいな感じか。
ただ、ここでぱぱずんとままずんはとても重要なことに気が付いていない。生まれてすぐの子ずんに最初に食べさせたものがオレのサンドイッチ、つまり人間が作った食べ物だ。
人間の作った濃い味付けを最初に覚えてしまったということは、今後、木の実等の自然の恵みのさっぱりとした味じゃ満足出来なくなるぞ。おそらく。
少し実験してみたくなった。
オレは、近くにヤマモモが生えているのを見つけ、いくつか実を採ってきた。サンドイッチの横にヤマモモの実を置き、そばで給餌していたままずんを突っつく。
「のだっ？！くしょにんげん、じゃまするななのだ…あっ、きのみさん！！」
ままずんはオレを威嚇するが、オレが数回、指でヤマモモを示すと、目を輝かせてそれに駆け寄った。
「おちびちゃん、あたらしいごはんさんをみつけてきたのだ」
そう言いながら1匹の子ずんの口へヤマモモをあてがうままずん。だが、子ずんはヤマモモを口に含んだかと思いきやすぐさま吐き出し、癇癪を起こして泣き出した。
「おぎゃあああああ！！まじゅいにょだああああ！！ずんちゃ、しゃっきのがいいにょだあああ！おぎゃああああああああ！！」
「えっ…お、おちびちゃん…？」
酷く狼狽して後ずさりするままずん。そしてまた、ままずんはオレをにらみつける。
「おちびちゃんがないてるのだ！！くしょにんげん、どくのきのみさんをあげたのだ！！」
「待て待て、これはヤマモモだぞ？君たちが食べられないはずはないと思うんだがな」
オレはまだいくつか持っていたヤマモモを、ままずんに見えるように口に入れて噛んだ。甘酸っぱい味が口内に広がる。生食でも十分に美味しい。
訝しげにオレをにらみ続けるままずんは、恐る恐る子ずんの吐き出したヤマモモをかじる。
「おいち…おいちおいち！！」
「な？美味しいだろ？」
「おちびちゃん！どうしてきのみさんたべられないのだ？すききらいするのはわるいこなのだ！」
「いやっ！いやっ！いやあああ！おぎゃああああああああ！！」
「おちびちゃん、おねがいだからきのみさんたべて…」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！」
思った通りだ。子ずんたちは人間の食べ物の味を知ってしまった。ぱぱずんとままずんは今後、子ずんの味覚を満足させるために、人里に下りて行って、人間に手を出すだろう。
オレは、人間にとっても妖精にとっても、良くない選択をしてしまったようだ………
頭を抱えるオレ。
「しかたない、ぼくがみつけたこのごはんさんをわけるのだ」
「のだ…」
残り少ないサンドイッチ。ぱぱずんとままずんはさっきのように、サンドイッチを咀嚼しては吐き出しての給餌を再開した。
「ずーん…ずーん…」
「ごはんしゃん、おいち、おいち…うれち、うれち…」
「ちゅぅーんぐ…まじゅふぅーん…すやぁ…」
「しあわちぇ…」
「おにゃかいっぱいにょだ…ずーん…ずーん…」
満腹になった子ずんたちは、独特の寝息や寝言を響かせながら眠りについた。だがぱぱずんとままずんは、安心出来ずに呆然としている。
「ごはんさん、ぜんぶなくなったのだ…」
半分にしたサンドイッチは、跡形もなくなった。今回の食事はこれでしのげたが、自然由来の食事が難しくなってしまった子ずんを、これからどう育てていけばいいのだろう。彼らには、そんな焦りが見えた。
「よるのごはんさんは、どうするのだ…？」
先の見えない不安で、ぱぱずんとままずんは顔を見合わせる。
「おかーちゃ…おとーちゃ…ずんちゃ、もっとたべたいにょだ…」「ずんちゃ、しあわちぇ…」
子ずんが親に聞こえるように大声で寝言を言う。それを聞いたぱぱずんは、決心がついたようだった。
「ぼくはがんばるのだ！かわいいおちびちゃんのために！！またもりにいくのだ！そうしたらくちょにんげんがまたぼくたちのごはんさんをもっているかもしれないのだ！！」
「ああ、ぱぱずん！たのもしいのだ！！こんなりっぱなおすずんとへこへこできて、またおちびちゃんうめてよかったのだ…」
かなり最低な宣言をするぱぱずんと、それを見て目をうるませるままずん。オレは、なぜ彼らが「害獣」と呼ばれているかが何となくわかった気がした……
「さっそくいくのだ！ままずんは、おちびちゃんをみているのだ！」「わかったのだ、ぱぱずん！」
意気揚々と森の方へ飛ぼうとするぱぱずん。オレは、ぱぱずんの前に移動して、手をかざして制止した。
「待て。森に行くなら、期待しない方がいい。あの森に入る物好きな人間は、なかなかいないぞ」
「のだっ！くちょにんげん、まだいたのだ？！さっさとうせるのだ、じゃまするななのだ！！ぼくのぐるぐるぱんちを食らわせてやるのだああああぁ！」
ぱぱずんは歯をむき出して威嚇し、オレに「ぐるぐるぱんち」を繰り出してきた。
「しね！くちょにんげんんんん！！うわああああああああ！！」
「おっと」
ぱぱずんの短い前足がオレに届くより先に、オレは、ぱぱずんの頭をがっしりと掴んだ。長年の昆虫採集で得たこの反射神経、なめるんじゃない。
「くちょお、くちょお！！はなせえええ！！あがああああ」
ぱぱずんはオレに届かない拳を振りながらも、口を大きく開けてオレの手に噛みつこうとして来た。
「あぶねっ」
オレはぱぱずんの頭から手を離し、胴体を掴みなおした。ぱぱずんはなおも歯をむき出すが、その歯はガチン、ガチンと音を立てて空を切り取った。
「…森に行っても、人間はおそらくいないぞ。いたとしても、また人間の食べ物を安易に奪ってしまったら、今度こそ君は見つかって殺されてしまう」
「くちょにんげんのごはんさんはぼくたちやおちびちゃんたちをしあわせにするためにあるのだ！それにくちょにんげんなんてこわくないのだ！！ぼくはさいきょうなのだ！！」
どこからその自信がわいてくるのかわからないが、豪語したぱぱずんはなおも暴れ続ける。
「くちょにんげん！！はなせ、はなちぇえええ！しね！しぬのだ！くちょにんげん！！」
この妖精たちがさっきから使っている「くちょにんげん」という言葉…「クソ人間」という侮蔑だろうか？何度も浴びせられて、さすがのオレだって良い思いはしない。
「君はさっきからずっとオレのことを“くちょにんげん”と呼んでいるな…なぜ、そう呼ぶんだ？」
怒りでぱぱずんを握りつぶさないよう、力加減に気を付けながら、オレは問うた。
「なぜってなんなのだぁ？くちょにんげんはくちょにんげんなのだ！！わかったらとっととうせるのだ！」
「…質問の答えになっていないぞ…！！」
オレが険しい顔で低い声を出すと、ぱぱずんは顔を青くし、震えだした。
「こ、ころしゃないで、ころしゃないで！！おちびちゃんのために、まだころされるわけにはいかないのだ！！」
「だから殺さないって。質問は、何でオレを“くちょにんげん”と呼ぶか、だ」
「そ、そんなのしらないのだ！ぼくのおかーちゃおとーちゃがくちょにんげんのことをおしえてくれたのだ、だからぼくはしらないのだ！！」
「そうなのか…君は、オレのような人間を見るのは、オレが初めてか？」
「くちょにんげんの“くるまさん”はみたことがあるのだ。で、でもくちょにんげんをみるのははじめてなのだ」
やっぱりか。サンドイッチを取り戻そうと茂みから飛び出した時、最初は威勢が良かったぱぱずんが、オレに掴まれてオレを間近で見た途端、恐怖で萎縮したからな。
「くちょにんげんはしぜんのてきなのだ。じぶんたちのしあわせのためにしぜんをめちゃめちゃにするのだ。だから、“ も り の け ん じ ゃ ” で あ る さ い き ょ う の ぼ く た ち が く ち ょ に ん げ ん か ら し ぜ ん を ま も っ て い る の だ ！」
「なっ…！？」
妖精は、自分たちのことを「森の賢者」と呼んだ。だが、オレには「自然の敵」と言われたことが何よりもショックだった。
確かに、自分たちの利益のためだけに、自然を開拓し、環境を破壊している人類はこの世界中に沢山存在し続けているのは事実だ。
だが、オレは、たとえ世界に味方がオレだけになっても、自然とともに、自然を愛し、感謝しながら生きていこうと考えている人間だ。オレ自身が、自然のために何が出来るかを日々模索しながら暮らしている人間だ。
そんなオレが、妖精から、最低なヤツらとひとくくりされ「くちょにんげん」として扱われたことが、オレはどうしても許せなかった。
「…それも、君のパパやママが教えたのか」
「そうなのだ！！ぼくのおかーちゃおとーちゃはせかいいちえらいのだ！！」
「……」
「どうしたのだくちょにんげん、わかったらぼくをはなすのだ。ほら、はやく」
「…………お前は」
「え？」
「お前はっ！！！」
怒りでオレは思わずぱぱずんに向かって叫んでいた。これだけは、どうしても抑えることが出来なかった……
「お前はっ、誰かから聞いたことをそのまま信じて、疑いもしないのかっ！？」
「のだっ！？きゅうにどうしたのだぁ？」
「自分の目で広い世界を眺めて、自分の中の価値観を見直そうとはしないのかっ！！狭いコミュニティの中で学んだことが全てかっ！？」
オレが叫んだのは、妖精だけではなく、今日までの自分自身を戒めるためでもあった。オレも、ニュースやネットで得た情報だけで、妖精のことを決めつけていた。
妖精が害獣であるという事実には変わりはなさそうだったが、先ほど見た、家族のために懸命に奮闘する姿は、オレが知らない妖精の姿だったからだ…
「はあ…はあ…はあ…」
「むずかしくてよくわからないのだ、くちょにんげん。ぼくたちのなかでは、おかーちゃおとーちゃのいうことはぜったいなのだ」
「……っ！！ゴホッゴホッ…」
「だからなにをいってもくちょにんげんはくちょにんげんだし、しぜんのてきなのだ。もういいのだ？はやくはなすのだ」
オレの拳からするっと抜け出す妖精。勝ち誇った顔でオレを空中から見下ろす。
オレは、酷い敗北感に苛まれていた。結局のところ、オレもオレで、人間の価値観を一方的に妖精にぶつけていただけのように思えたからだ。
久しぶりに叫んだせいで咳き込むオレ。これだけ怒鳴っても、一切自分に手を上げないオレを見て安心したのか、妖精の顔が意地汚くニヤリと歪んだ。
「ぼくはやさしいから、もりにいくなというなら、それにしたがってやるのだ、くちょにんげん。かわりにぼくたちのどれーになるのだ！！」
「ゴホゴホッ…え？」
脈絡もなく、突然提案を持ちかける妖精。どうやら、いい計画を思いついたようだ。
「おちびちゃんは、もうくちょにんげんのごはんさんしかたべられないのだ。だから、どれーのおまえがまいにちごはんさんをよこすのだ」
ああああ！下手に餌付けしちゃうとこうなるからなあ…あらためてオレは、妖精たちに自分のサンドイッチを与えてしまったことを酷く悔いていた。
子ずんが自然由来の食物を好まなくなったのはオレにも責任があるから、ここでイヤだというわけにもなあ…
「あささん、ひるさん、よるさんのいちにちさんかいでいいのだ。まいにちずんだもちをよういするのだ！どれー！！かわいいおちびちゃんたちのためなのだ！！」
あっという間にオレは「くちょにんげん」から「奴隷」扱いされてしまった。酷いもんだ。どっちもやだね。
「ずんだもち！？」「じゅんだもちにょだ？」「どこ？どこ！？」「じゅんだもち、じゅんだもち！！」「ずんだもち、ちゃべりゅにょだ！」「ずんちゃの！ずんちゃの！！」
ぱぱずんが「ずんだもち」という単語を発した瞬間、眠っていた子ずんが1匹を除いて一斉に起き、のそのそと巣から出てきて、「ずんだもち」を探してあたりを這いまわる。
やがて、起きた6匹の子ずんは、その言葉を発したぱぱずんと、そのそばに立ちつくすオレを見つけると期待に目を輝かせたままよちよち歩きでこちらに向かってきた。ままずんも同じような表情でこっちに飛んでくる。
巨大クヌギを登っていた子ずんも、「ずんだもち」に過剰反応していたな。彼らの際限のない欲望の重要な要素として「ずんだもちを食べること」が生存の目標となって、本能にインプットされているようだ。
「にょだ、にょだ。にんげん…しゃん…ずんちゃ、じゅんだもち、ちゃべたいにょだ…」
一番乗りで歩いてきた子ずんが舌足らずな声で鳴きながらオレの足に甘えるようにすがりつく。すかさず、ままずんが慌てて飛んできて、子ずんを引きはがした。
「だめ！おちびちゃん！！あれはくしょにんげんなのだ！ちかづいちゃだめなのだ！！」
「くちょ…にんげん…？」
「そうなのだおちびちゃん、くしょにんげんはとってもこわいのだ！かわいいおちびちゃんをいじめるてきなのだ！！しぜんのてきなのだ！！」
「お、おぎゃーおぎゃー！おかーちゃ！くちょにんげんきょわいにょだあああああ！！」
ままずんの言葉を信じ、途端に泣き出してままずんに抱きつく子ずん。なるほどね。こうやって「教育」していくわけだな。
あ、どうでもいいけどぱぱずんは「くちょにんげん」でままずんは「くしょにんげん」呼びなんだ。意味は変わらないだろうけど。
「くちょにんげん！くちょにんげん！！」「にょーだにょだ！」「くちょにんげん、くちょくちょにょだ！！」「たのち！！たのち！！」「くちょくちょ、にょだにょだ！くちょくちょ、にょだにょだ！！」
他の子ずんはままずんの言葉を真似して、体を上下に大きく伸び縮みさせながら無邪気に笑っている。意味はまだ理解出来なくても、彼らもいずれ、ぱぱずんとままずんから教育され、人間への敵意を持つようになるのだろう。
「ままずん！このくちょにんげんはもうぼくたちのどれーになったのだ！だからあんしんしていいのだ！！」
子ずんを連れて後ずさりするままずんに、ぱぱずんが振り返って優しく話しかける。
「えっ、このくしょにんげんをどれーにしたのだ？！さすがぱぱずんなのだ！おちびちゃんたち！これでいつでもずんだもちがたべられるのだ！！」
「やったーにょだ！！じゅんだもち！じゅんだもち！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！」
…オレが何も言わない間に、話は急展開で進んでいた。今さら止めたって、彼らは聞かないだろう。
「オレが持ってこないって言ったら、どうする」
「なになまいきいってるのだ！！どれーにきょひけんはないのだ！！おしおきさんがひつようなのだっ」
空中からオレの顔の前に移動してお尻を向けると、ブゥウッ！！と音をたてて勢いよく放屁するぱぱずん。
うっ…臭い。鼻が曲がりそうだ。
「のーだのだのだのだ！！のーだのだのだのだ！！ざまーみろなのだ！どれー！！かとーせいぶつはかとーせいぶつらしく、おとなしくぼくたちにしたがうのだ！！」
「ほらおちびちゃん、あれがわたちたちのどれーなのだ。これからは、どれーにごはんさんさがしをやらせて、わたちたちはしあわせにくらせるのだ！！のだのだのだのだ！！」
「おとーちゃ、かっこいいにょだ！！くちょにんげん、じゃまーみりょなにょだ！どれー、どれー、かとーせーぶちゅ！！くちょくちょ！！にょーだにょだ！！にょーだにょだ！！」
オレが絶対に手を出さないことをわかっているのだろう、オレの顔の目の前で挑発するようにぱぱずんは、体を上下に大きく伸び縮みさせながら嘲笑う。それに同調して、ままずんと子ずんたちが甲高く笑った。
そして6匹の子ずんたちはよちよちとオレの足元まで歩いてくると、ぱぱずんの真似をしているのか、ずんちでりゅ…ずんちでりゅ…と口々に言いながらオレの足元にフンを排泄しては小走りでままずんの元へ帰っていく。
「おかーちゃ、ずんちでちゃのだ！ほめて！ほめて！！」
「おちびちゃんはとってもおりこうさんなのだ！！きっとしょうらいはりっぱな“もりのけんじゃ”になるのだ！！」
「おかーちゃ、おちり、なめて、なめて！！」
「おちびちゃんはとってもかわいいのだ！あにゃるさんなめなめしてあげるのだ！！ぺろぺろ、ぺろぺろ！！」
「にょだ、にょだ！！きもち！！きもち！！」
「おかーちゃ！おかーちゃ！！あにゃるさんたいそうなにょだ！ぷりぷり、にょだにょだ！ぷりぷり、にょだにょだ！！みて！みて！！」
「ああ、おちびちゃん！なんてかわいいうごきなのだ！！」
「おちびちゃんたちはえらいのだ！！おい、どれー、かとーせいぶつどれー！！もういちどずんぺをくらうのだ！！」 ブリュリュリュリュウウゥッ！
「くっ…！！」
こうまでされて、平常心を保っていられるわけがなかった。オレは今すぐ、目の前に浮かんでお尻を振り続けるぱぱずんに蹴りを入れてやりたかった。この体格差だ、害獣とはいえ勝てない相手ではない。
だが、今、オレの足元にフンを何としてでも落とそうと必死にお尻を胎動させて踏ん張っている子ずんや、排泄を終え、一斉に「あにゃるさんたいそう」を踊り始めた子ずんたちには罪はない。生まれたばかりで、善悪の判断はすべてぱぱずんやままずんに依存している。
そんな子ずんたちの前で、親の妖精が痛めつけられたら…？妖精と人間との溝は深まるだけだ。いやもう、先ほどのぱぱずんの言葉から考えるに、既に手遅れかもしれないが…
けれど、やはり暴力に訴える気にはなれず、オレはこみ上げてくる怒りを必死に鎮めた。ままずんと子ずんたちがまた甲高く鳴く。
「おちびちゃんたち、よくやったのだ！これでかんぜんにくしょにんげんはおちびちゃんたちにもどれーとしてふくじゅーしたのだ！」
「ずんちでてゃのだ！！きもち！！きもち！！にょだにょだ！にょーだにょだ！！どれー！！どれー！！くちょくちょにょだ！！くちょどれーにょだ」
「おちびちゃんはほんとうにかわいいのだ！！そうときまればさっそく、かわいいおちびちゃんのためにずんだもちをもってくるのだ、どれー！！いますぐでいいのだ！！」
ぱぱずんが命令する。オレは、背を向けて歩き出した。
…少し、確かめたいことがあった。
〜つづく〜
ヘイトだけたまっちゃいましたよね、ごめんなさい。
次回、最終回予定です。
〜第2話までのあらすじ〜
3匹にまで減った子ずんには、血縁関係があったが、それぞれがカブトムシに突き刺され、クワガタに挟み付けられ、スズメバチに肉団子にされ、青山の見守る前で、無惨にもその儚い命を散らした。子ずんの最期を見届けた青山は、自分の持ってきたサンドイッチがなくなっていることに気づいた。森の出口へと向かうその犯人たちは、どうやら人語を操れるようで…………？
第3話「家族」
「妖精か！！」
オレは残っていた捕虫網だけひっつかんで、声のした方向へ進みだした。朝早く起きて手づくりしたサンドイッチだから、誰かに全部食べられてしまうのは納得いかないし、何しろ、今のこの状況がスパイ映画みたいでワクワクするぜ！
「もっとはやくとぶのだままずん！このままじゃくちょにんげんにおいつかれちゃうのだ！」「はあ、はあ、おもいのだ…」
…いた。さっきまでの子ずんとは違う、妖精の成体だ。その証拠に、体長はおよそ20センチと大きく、枝豆のさやのような形をした耳が一対、頭から生えている。
妖精の夫婦だろうか、2匹でオレのサンドイッチが入った容器をつかみ、ふらふらと飛行している。具沢山にしたからな。入っているのは1人分だけだが妖精には重いだろう。
「むのーなのだ！せっかくぼくがみつけたごはんさんをむだにするつもりなのだ！？」「むちゃいうななのだ！わたちはながくとべないのだ！」
「ぱぱずん」…こっちが父親だろう、激しい口調で「ままずん」…母親をなじる。ままずんの方はいかにも飛ぶのが辛そうだ。腹部が大きく膨れている。妊娠中なのかもしれない。
オレは、このまま様子を見守るのもいいかと思ったが、自分のサンドイッチを盗られているんだ。野生動物には極力手出しはしない主義だったが、オレの大切なモノを奪ったなら話は別だ。
がさがさがさっ！！「こらあああっ！！」
オレは隠れていた茂みからオーバーなリアクションで飛び出した。この巨体だ。妖精たちがビビらないわけがない。
「く、くちょにんげんなのだ！！」「うわああああっ！！」
オレの姿を見たぱぱずんは仰天してサンドイッチの容器を離してしまった。ままずんはその重みをひとりで支える形となり、あっという間にバランスを崩して落下した。
オレはまず、地面に落ちた容器の上で震えて動けなくなっているままずんを右手で捕まえた。体が重い状態での飛行で相当疲れてしまっているのか、無抵抗だった。
「に、にげるのだ！！めすずんはまたさがせばいいのだ！！のだのだのだのだ！！」
恐怖で顔を青くしたぱぱずんは、捕まったままずんを助けに向かってくることもなく、こちらに背を向けて飛んで逃げ出した。
「…逃がすものか」 ビュンッ！
「のだのだのだ…うわ！」
オレは左手に持ったままの捕虫網を振りかぶり、鮮やかなフォームで（とオレ自身は思っている）ぱぱずんを捕獲した。昆虫博士（自称）、なめるなよ！！
「おいくちょにんげん！！ここからだすのだ！！ださないとおまえをぶっころしてやるのだ！！」
ぱぱずんが網の中で暴れながらオレを脅迫する。さっきから子ずんが自分以外の生き物を脅したり見下したりしているのを散々見てきているオレだったが、いざ自分がそうされる立場になると少しイラッとくる。
「ころさないで！！ころさないで！！わたちのおなかのなかにはおちびちゃんたちがいましゅ！！どうかおちびちゃんだけはころさないで！おねがい、おねがい！！」
オレの右手に握られたままずんが目をうるませて懇願する。オレはままずんの膨らんだお腹を刺激しないよう右手の力を少し弱めた。
「はなせ！はなすのだくちょにんげん！！ぶ、ぶっころしてや…？！こ、こ、ころしゃないで！ころしゃないで！！」
オレは捕虫網に手を突っ込み、もがいているぱぱずんを左手に握った。威勢よくオレを脅迫していたぱぱずんだったが、オレの大きな体格を認識するや、途端にままずんと同じように目をうるませ始めた。
「安心しろ。オレは君たちを殺すつもりはない。ただ、どうしてサンドイッチを盗ったのか、それを教えてくれないか？」
出来るだけ優しい口調で、オレは妖精に語り掛けた。
「くちょにんげん、ほ、ほんとうに、ぼくたちをころさないのだ…？……ならごはんさんをぼくたちにかえすのだ！！これはぼくがみつけたのだ！！」
自分の身の安全が確保されたからか、妖精の顔が希望で輝く。ぱぱずんは、同時にもともとの偉そうな口調も戻ってきた。
「あのな、これはもともとオレが作った……あ〜……」
オレは当たり前のようにサンドイッチを自分のものと主張するぱぱずんを諭そうとしたが、口ごもった。彼らに人間界の「所有」の概念を教えたとて、この調子では理解出来そうもないだろう。
妖精の間では、「先に見つけた」方に所有権があるようだし。
「じゃあ聞き方を変えよう。どうしてわざわざこんなに重いサンドイッチをもっていこうとしたんだ？食べ物は他にもあるだろう？」
妖精たちはさっきまで自分たちが運んでいた容器をちらっと見て、気まずそうに口ごもった。やがて、ぱぱずんが口を開いた。
「ま、ままずんはおなかにおちびちゃんがいてえいようがひつようなのだ。えいようがないとおちびちゃんがたりないになっちゃうから、ぼくがこのえいようのあるごはんさんをみつけたのだ」
そうは言ってもぱぱずん、さっきままずんを見捨てようとしてたよな…？とツッコミたくなるのをオレは必死に抑えた。
まず、生まれてくる子供を大事に思うなら、妊娠していて普段通りに飛べない状態のままずんを連れてくるんじゃない。しかも、たりないになっちゃうって何だよ。
ツッコミどころは山ほどある…
「お、おねがい…かわいいおちびちゃんのためにも、わたちたちのごはんさんをかえしてくれませんか…？おねがい、おねがい。どろぼーさんはわるいこなのだ！！」
今にも泣きだしそうな目をして、ままずんが再び懇願する。とはいってもなあ…
いや待て、オレが「どろぼーさん」扱いかよ。カナブンとけんかしていた子ずんも「どろぼーさん」と言っていたし、一応妖精の社会にも「窃盗」という概念はあるのか？
いくらお願いされても、大切なサンドイッチを丸ごと渡すつもりはなかったが、とりあえずオレはひとつ提案をしてみることにした。せっかく子ずんだけでなく、妖精の成体に会えたんだ。こいつらがどんな生活をしているのか興味が出てきた。
「わかった、じゃあ君たちのすみかにオレを案内してくれ」「えっ」「えっ」
オレの提案に、妖精たちは即座に涙を引っ込め、顔をひきつらせた。
「くちょにんげん、ぼくたちのおうちをしってどうするつもりなのだ！？」「ひどいこと、しないのだ…？」
「しないよ、約束する。だけど、オレがこのタッパーを持たなかったら君たちは疲れちゃってすみかにたどり着けないかもしれないよ」
「た、たしかにそうなのだ」「ままずん、いそいでおうちにもどるのだ！」
オレの言葉を妖精は信じた。オレは2匹をそっと手から解放してやった。
「い、いちゃいのだ…」「こ、ころされないでよかったのだ…」
妖精は、体を震わせるとふわりと浮かび上がった。
「くちょにんげん！あとで覚えてろなのだ！！はやくぼくたちのごはんさんをもつのだ！！」
「…わかったよ」
ぱぱずんが命令する。オレは、容器を拾い、目の前を飛ぶ妖精を見失わないように注意して歩きだした。
妖精のすみかは、森から出たところにある廃屋の庭、そこに横倒しで転がっている大きな植木鉢の中であった。
中には、申し訳程度に枯れ草が敷かれている。巣のつもりなのだろうが、鳥の作るそれと比べてしまうとあまりにもお粗末だ。
「…森の外なんだな」
オレは地面にサンドイッチの容器を置くと、大きく伸びをした。まだ、衣服にあの共食い子ずんの排泄物の酷いニオイがこびりついているように感じる…
「のだのだのだのだ！！」「ごはんさん、たべるのだ！！」
妖精が早速容器に群がる。だが、腐敗しないようきっちりと密閉してあるので、そう簡単には開かない。
「うううぅん、ううううぅんん…」「あかないのだ、くちょにんげん！！あけるのだ！！」
妖精たちは踏ん張るが、容器のフタはびくともしない。オレはニヤリと笑いながら言った。
「ほらな、やっぱりオレがついてきてよかっただろう！もしオレから完全に盗み出せても、多分開けられずに泣きを見ることになっただろ」
「く、くちょおぉ…」
ぱぱずんは悔しそうに歯ぎしりする。フタは、簡単に開いた。中に入っていたアルミホイルを剥がすと、ベーコンやレタス、トマトにチーズ、たまご等をふんだんに挟んだオレ特性のサンドイッチがうまそうな香りとともにあらわれる。
「ごはんさん！！ごはんさん！！」「よこすのだあああ！！」
目を輝かせた妖精は、口を大きく開けてサンドイッチに飛びつこうとする。オレは、すかさずフタをして彼らを制止した。
「おっと、待った。君たちには半分あげよう。だが、オレも食べるぞ！」
「ふざけるななのだ！はなしがちがうのだくちょにんげん！！ぜんぶぼくのものなのだああっ！！」
おあずけを食らったカタチとなり、怒り狂ったぱぱずんはよだれを飛ばしながら喚いた。
「ぱぱずんおちつくのだ。はんぶんでもじゅうぶんしあわせなのだ…ここはくしょにんげんのいうことにしたがうのだ」
「ままずん、こんなくちょにんげんにぼくたちのごはんさんをまんまとうばわれるわけにはいかないのだ…ご、ごはんさんごはんさん！！」
ままずんが諭す。ぱぱずんは不服そうであったが、サンドイッチが再び顔を出すと再び目を輝かせた。オレは、自分の出せる最大限の優しいボイスで歌うように語り掛けた。
「さあ〜て、お行儀よく待てるかな〜っ？！待てなかったらサンドイッチあげないぞ〜☆」
「はあ…はあ…のだ、ごはんさん、ごはんさん…！！」「こらえるのだぱぱずん。ごはんさんなくなったらいやなのだ…ごはんさん、ごはんさん…！！」
…同じ寮の仲間からは好評なこのボイスも、妖精には効果なしか。苦笑いしながら、オレはゆっくりとサンドイッチをカットした。
「よし、出来たぞ…」「よこすのだっ」 バシッ！
半分にカットした瞬間、ぱぱずんが飛んできて、半分のサンドイッチをオレの手から奪い取った。そして、さっそく貪り始めた。
「むちゃ、ぐちゃ、ぐちゅ、おいち、おいち、おいち、おいち、おいち、くちゃくちゃ！！」
「はぐ、くちゃ、むちゅ、ぐちゃ、おいち、おいち、おいち、おいち、むちゃむちゃ！！」
ままずんもそれに続いて、かなり汚い咀嚼音を響かせながらサンドイッチにがっついた。
「…いただきます」
オレはなんだか納得のいかない感情を覚えながらも、命に感謝し、半分のサンドイッチを頬張った。
「うん、うまい！！」 テーレッテレー♪
我ながらよく出来ている。噛んだ瞬間、口いっぱいに広がる具材のうまみとそれを支えるパンの安定感。アルミホイルに包んでいたおかげで、鮮度も良好だ。
今更だが、妖精にこれを半分与えてしまったのを非常に後悔してしまっているオレがいた。帰ったらまた作って、寮の仲間にふるまおうかな。
妖精たちはおいちおいちと叫び、猛烈にお尻を振りながらサンドイッチを貪り続ける。
…まったく、丁寧に作ったんだからもっと大事に食べないかね。
「ごちそうさまでした」「のだぁっ！？」
オレが半分のサンドイッチを食べ終わって、アルミホイルをポケットにしまった直後だった。サンドイッチに張り付いていたままずんが急に痙攣して倒れてしまった。
「のだ！？ままずん？！ままずん！！やいくちょにんげん、ぼくのみつけたごはんさんになにかいれたのだ！？」
「なわけないだろ。同じのをオレも食べたんだから…」
慌てて食べるのをやめたぱぱずんがままずんに駆け寄り、オレをにらみつける。もしかして、妖精に有害な野菜が入っていたとかかな？
「…う、うまれりゅ…」
ああ、どうやら陣痛が始まったらしい。未知のイキモノの出産に立ち会うなんてなかなかないと思うので、オレはそばで観察することにした。
「が、がんばるのだままずん！きっとぼくににてゆーしゅーなおちびちゃんがうまれてくるのだ！ぼくのためにもがんばるのだ！！」
「はっはっはぁ…うまれりゅ…」
そばに寄り添って励ますぱぱずん。ままずんは姿勢を整え、腰を大きく振り始めた。
「うま、うまれりゅ、うまれりゅ！！はぁっ…はぁ…はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ…」
ままずんの腰振りがどんどん早くなっていき、ついに…！！
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！！」「おぎゃああああああああ！おぎゃああああああああ！！」「ひゃーん！ひゃーん！！」「おぎゃにょだ！おぎゃにょだ！！」
ままずんのお尻の穴が膨らんだかと思うと、全部で7匹の子ずんがポンポンと産み落とされた。すぐさま子ずんたちは大きな産声をあげる。その音量はさながらタケオオツクツクの大合唱だ。
「はあ、はぁ…はぁ…う、うまれたのだ！とってもかわいいおちびちゃんなのだ！！」
ままずんは振り返ると、今まさに自分が産み落とした子ずんを眺め、喜びで目に涙を溢れさせた。
「うまれたのだ！いっぱいうまれたのだ！！おいくちょにんげん！かわいいおちびちゃんたちがうまれたから、おまえもよろこぶのだ！！」
ぱぱずんも喜びで声を詰まらせると、オレの方を振り返った。
…新たな生命が誕生した感動的なシーンのはずが、オレに感動は一切なかった。さっきまでずっと、子ずんの命がどんどん失われていくのを見ていたこともあって、頭が理解に苦しんでいるのかもしれないが…
ままずんの「お尻の穴」から子ずんたちが産まれてきたのが一番ショックだった。え、メスの妖精の肛門って、総排出腔だったの？
あまりのショックに打ちのめされているオレをよそに、妖精たちは子ずんの世話を始めた。おぎゃーおぎゃーと泣き叫ぶ子ずんを1匹ずつ丁寧に舌で舐め、汚れをとる。
そして、舐め終わった子ずんは、あらかじめ敷いてあった枯れ草の巣の上に置かれた。舐められて落ち着いた子ずんたちは泣き止み、にょだにょだという舌足らずな鳴き声を発しだした。
そして、目をキラキラさせながら巣から出て、あたりを探検するように這いまわる。妖精はかなりの早生性なんだ。天敵が多いということか？
「おちびちゃんはほんとうにかわいいのだ！！これからがんばってそだてていくのだ！！」
「ままずん！ぼくもごはんさんさがしがんばるのだ！かわいいおちびちゃんのために！！」
初めて目にした世界を思い思いに歩き回る子ずん。それらを見守るうっとりとした表情の妖精たちは、オレのことなんか眼中にないみたいだ。それは、「家族」の形態を持つ他の生き物と何ら変わらない姿に見えた。
やがて、にょだにょだひっきりなしに鳴き続ける子ずんたちは、自分を世話してくれる大きな2匹の妖精が、生みの親であるということを知った。
10分くらい前までは、おぎゃーおぎゃーとしか泣けなかったのが、もう「おとーちゃ」「おかーちゃ」としゃべり始めている。驚異的な成長スピードだ。もともとの知能が高いのかな？
「にょだ、にょだ！おとーちゃ、おかーちゃ、ぺこぺこ！ぺこぺこ！！」
1匹の子ずんが空腹を訴えると、他の6匹もそれに合わせてぺこぺこ、ぺこぺこと繰り返した。
「まってるのだおちびちゃんたち！いまからごはんさんをあげるのだ」
ぱぱずんとままずんは、サンドイッチの残りを噛みちぎると、口の中で咀嚼し、そのまま子ずんのところまで歩いて行った。
「ちゅっちゅ！ちゅっちゅ！おいち！おいち！！」
妖精の唾液と混ざって液体状になったサンドイッチを、子ずんは口移しで飲む。ははあ、ハトがヒナに与えるピジョンミルクみたいな感じか。
ただ、ここでぱぱずんとままずんはとても重要なことに気が付いていない。生まれてすぐの子ずんに最初に食べさせたものがオレのサンドイッチ、つまり人間が作った食べ物だ。
人間の作った濃い味付けを最初に覚えてしまったということは、今後、木の実等の自然の恵みのさっぱりとした味じゃ満足出来なくなるぞ。おそらく。
少し実験してみたくなった。
オレは、近くにヤマモモが生えているのを見つけ、いくつか実を採ってきた。サンドイッチの横にヤマモモの実を置き、そばで給餌していたままずんを突っつく。
「のだっ？！くしょにんげん、じゃまするななのだ…あっ、きのみさん！！」
ままずんはオレを威嚇するが、オレが数回、指でヤマモモを示すと、目を輝かせてそれに駆け寄った。
「おちびちゃん、あたらしいごはんさんをみつけてきたのだ」
そう言いながら1匹の子ずんの口へヤマモモをあてがうままずん。だが、子ずんはヤマモモを口に含んだかと思いきやすぐさま吐き出し、癇癪を起こして泣き出した。
「おぎゃあああああ！！まじゅいにょだああああ！！ずんちゃ、しゃっきのがいいにょだあああ！おぎゃああああああああ！！」
「えっ…お、おちびちゃん…？」
酷く狼狽して後ずさりするままずん。そしてまた、ままずんはオレをにらみつける。
「おちびちゃんがないてるのだ！！くしょにんげん、どくのきのみさんをあげたのだ！！」
「待て待て、これはヤマモモだぞ？君たちが食べられないはずはないと思うんだがな」
オレはまだいくつか持っていたヤマモモを、ままずんに見えるように口に入れて噛んだ。甘酸っぱい味が口内に広がる。生食でも十分に美味しい。
訝しげにオレをにらみ続けるままずんは、恐る恐る子ずんの吐き出したヤマモモをかじる。
「おいち…おいちおいち！！」
「な？美味しいだろ？」
「おちびちゃん！どうしてきのみさんたべられないのだ？すききらいするのはわるいこなのだ！」
「いやっ！いやっ！いやあああ！おぎゃああああああああ！！」
「おちびちゃん、おねがいだからきのみさんたべて…」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！」
思った通りだ。子ずんたちは人間の食べ物の味を知ってしまった。ぱぱずんとままずんは今後、子ずんの味覚を満足させるために、人里に下りて行って、人間に手を出すだろう。
オレは、人間にとっても妖精にとっても、良くない選択をしてしまったようだ………
頭を抱えるオレ。
「しかたない、ぼくがみつけたこのごはんさんをわけるのだ」
「のだ…」
残り少ないサンドイッチ。ぱぱずんとままずんはさっきのように、サンドイッチを咀嚼しては吐き出しての給餌を再開した。
「ずーん…ずーん…」
「ごはんしゃん、おいち、おいち…うれち、うれち…」
「ちゅぅーんぐ…まじゅふぅーん…すやぁ…」
「しあわちぇ…」
「おにゃかいっぱいにょだ…ずーん…ずーん…」
満腹になった子ずんたちは、独特の寝息や寝言を響かせながら眠りについた。だがぱぱずんとままずんは、安心出来ずに呆然としている。
「ごはんさん、ぜんぶなくなったのだ…」
半分にしたサンドイッチは、跡形もなくなった。今回の食事はこれでしのげたが、自然由来の食事が難しくなってしまった子ずんを、これからどう育てていけばいいのだろう。彼らには、そんな焦りが見えた。
「よるのごはんさんは、どうするのだ…？」
先の見えない不安で、ぱぱずんとままずんは顔を見合わせる。
「おかーちゃ…おとーちゃ…ずんちゃ、もっとたべたいにょだ…」「ずんちゃ、しあわちぇ…」
子ずんが親に聞こえるように大声で寝言を言う。それを聞いたぱぱずんは、決心がついたようだった。
「ぼくはがんばるのだ！かわいいおちびちゃんのために！！またもりにいくのだ！そうしたらくちょにんげんがまたぼくたちのごはんさんをもっているかもしれないのだ！！」
「ああ、ぱぱずん！たのもしいのだ！！こんなりっぱなおすずんとへこへこできて、またおちびちゃんうめてよかったのだ…」
かなり最低な宣言をするぱぱずんと、それを見て目をうるませるままずん。オレは、なぜ彼らが「害獣」と呼ばれているかが何となくわかった気がした……
「さっそくいくのだ！ままずんは、おちびちゃんをみているのだ！」「わかったのだ、ぱぱずん！」
意気揚々と森の方へ飛ぼうとするぱぱずん。オレは、ぱぱずんの前に移動して、手をかざして制止した。
「待て。森に行くなら、期待しない方がいい。あの森に入る物好きな人間は、なかなかいないぞ」
「のだっ！くちょにんげん、まだいたのだ？！さっさとうせるのだ、じゃまするななのだ！！ぼくのぐるぐるぱんちを食らわせてやるのだああああぁ！」
ぱぱずんは歯をむき出して威嚇し、オレに「ぐるぐるぱんち」を繰り出してきた。
「しね！くちょにんげんんんん！！うわああああああああ！！」
「おっと」
ぱぱずんの短い前足がオレに届くより先に、オレは、ぱぱずんの頭をがっしりと掴んだ。長年の昆虫採集で得たこの反射神経、なめるんじゃない。
「くちょお、くちょお！！はなせえええ！！あがああああ」
ぱぱずんはオレに届かない拳を振りながらも、口を大きく開けてオレの手に噛みつこうとして来た。
「あぶねっ」
オレはぱぱずんの頭から手を離し、胴体を掴みなおした。ぱぱずんはなおも歯をむき出すが、その歯はガチン、ガチンと音を立てて空を切り取った。
「…森に行っても、人間はおそらくいないぞ。いたとしても、また人間の食べ物を安易に奪ってしまったら、今度こそ君は見つかって殺されてしまう」
「くちょにんげんのごはんさんはぼくたちやおちびちゃんたちをしあわせにするためにあるのだ！それにくちょにんげんなんてこわくないのだ！！ぼくはさいきょうなのだ！！」
どこからその自信がわいてくるのかわからないが、豪語したぱぱずんはなおも暴れ続ける。
「くちょにんげん！！はなせ、はなちぇえええ！しね！しぬのだ！くちょにんげん！！」
この妖精たちがさっきから使っている「くちょにんげん」という言葉…「クソ人間」という侮蔑だろうか？何度も浴びせられて、さすがのオレだって良い思いはしない。
「君はさっきからずっとオレのことを“くちょにんげん”と呼んでいるな…なぜ、そう呼ぶんだ？」
怒りでぱぱずんを握りつぶさないよう、力加減に気を付けながら、オレは問うた。
「なぜってなんなのだぁ？くちょにんげんはくちょにんげんなのだ！！わかったらとっととうせるのだ！」
「…質問の答えになっていないぞ…！！」
オレが険しい顔で低い声を出すと、ぱぱずんは顔を青くし、震えだした。
「こ、ころしゃないで、ころしゃないで！！おちびちゃんのために、まだころされるわけにはいかないのだ！！」
「だから殺さないって。質問は、何でオレを“くちょにんげん”と呼ぶか、だ」
「そ、そんなのしらないのだ！ぼくのおかーちゃおとーちゃがくちょにんげんのことをおしえてくれたのだ、だからぼくはしらないのだ！！」
「そうなのか…君は、オレのような人間を見るのは、オレが初めてか？」
「くちょにんげんの“くるまさん”はみたことがあるのだ。で、でもくちょにんげんをみるのははじめてなのだ」
やっぱりか。サンドイッチを取り戻そうと茂みから飛び出した時、最初は威勢が良かったぱぱずんが、オレに掴まれてオレを間近で見た途端、恐怖で萎縮したからな。
「くちょにんげんはしぜんのてきなのだ。じぶんたちのしあわせのためにしぜんをめちゃめちゃにするのだ。だから、“ も り の け ん じ ゃ ” で あ る さ い き ょ う の ぼ く た ち が く ち ょ に ん げ ん か ら し ぜ ん を ま も っ て い る の だ ！」
「なっ…！？」
妖精は、自分たちのことを「森の賢者」と呼んだ。だが、オレには「自然の敵」と言われたことが何よりもショックだった。
確かに、自分たちの利益のためだけに、自然を開拓し、環境を破壊している人類はこの世界中に沢山存在し続けているのは事実だ。
だが、オレは、たとえ世界に味方がオレだけになっても、自然とともに、自然を愛し、感謝しながら生きていこうと考えている人間だ。オレ自身が、自然のために何が出来るかを日々模索しながら暮らしている人間だ。
そんなオレが、妖精から、最低なヤツらとひとくくりされ「くちょにんげん」として扱われたことが、オレはどうしても許せなかった。
「…それも、君のパパやママが教えたのか」
「そうなのだ！！ぼくのおかーちゃおとーちゃはせかいいちえらいのだ！！」
「……」
「どうしたのだくちょにんげん、わかったらぼくをはなすのだ。ほら、はやく」
「…………お前は」
「え？」
「お前はっ！！！」
怒りでオレは思わずぱぱずんに向かって叫んでいた。これだけは、どうしても抑えることが出来なかった……
「お前はっ、誰かから聞いたことをそのまま信じて、疑いもしないのかっ！？」
「のだっ！？きゅうにどうしたのだぁ？」
「自分の目で広い世界を眺めて、自分の中の価値観を見直そうとはしないのかっ！！狭いコミュニティの中で学んだことが全てかっ！？」
オレが叫んだのは、妖精だけではなく、今日までの自分自身を戒めるためでもあった。オレも、ニュースやネットで得た情報だけで、妖精のことを決めつけていた。
妖精が害獣であるという事実には変わりはなさそうだったが、先ほど見た、家族のために懸命に奮闘する姿は、オレが知らない妖精の姿だったからだ…
「はあ…はあ…はあ…」
「むずかしくてよくわからないのだ、くちょにんげん。ぼくたちのなかでは、おかーちゃおとーちゃのいうことはぜったいなのだ」
「……っ！！ゴホッゴホッ…」
「だからなにをいってもくちょにんげんはくちょにんげんだし、しぜんのてきなのだ。もういいのだ？はやくはなすのだ」
オレの拳からするっと抜け出す妖精。勝ち誇った顔でオレを空中から見下ろす。
オレは、酷い敗北感に苛まれていた。結局のところ、オレもオレで、人間の価値観を一方的に妖精にぶつけていただけのように思えたからだ。
久しぶりに叫んだせいで咳き込むオレ。これだけ怒鳴っても、一切自分に手を上げないオレを見て安心したのか、妖精の顔が意地汚くニヤリと歪んだ。
「ぼくはやさしいから、もりにいくなというなら、それにしたがってやるのだ、くちょにんげん。かわりにぼくたちのどれーになるのだ！！」
「ゴホゴホッ…え？」
脈絡もなく、突然提案を持ちかける妖精。どうやら、いい計画を思いついたようだ。
「おちびちゃんは、もうくちょにんげんのごはんさんしかたべられないのだ。だから、どれーのおまえがまいにちごはんさんをよこすのだ」
ああああ！下手に餌付けしちゃうとこうなるからなあ…あらためてオレは、妖精たちに自分のサンドイッチを与えてしまったことを酷く悔いていた。
子ずんが自然由来の食物を好まなくなったのはオレにも責任があるから、ここでイヤだというわけにもなあ…
「あささん、ひるさん、よるさんのいちにちさんかいでいいのだ。まいにちずんだもちをよういするのだ！どれー！！かわいいおちびちゃんたちのためなのだ！！」
あっという間にオレは「くちょにんげん」から「奴隷」扱いされてしまった。酷いもんだ。どっちもやだね。
「ずんだもち！？」「じゅんだもちにょだ？」「どこ？どこ！？」「じゅんだもち、じゅんだもち！！」「ずんだもち、ちゃべりゅにょだ！」「ずんちゃの！ずんちゃの！！」
ぱぱずんが「ずんだもち」という単語を発した瞬間、眠っていた子ずんが1匹を除いて一斉に起き、のそのそと巣から出てきて、「ずんだもち」を探してあたりを這いまわる。
やがて、起きた6匹の子ずんは、その言葉を発したぱぱずんと、そのそばに立ちつくすオレを見つけると期待に目を輝かせたままよちよち歩きでこちらに向かってきた。ままずんも同じような表情でこっちに飛んでくる。
巨大クヌギを登っていた子ずんも、「ずんだもち」に過剰反応していたな。彼らの際限のない欲望の重要な要素として「ずんだもちを食べること」が生存の目標となって、本能にインプットされているようだ。
「にょだ、にょだ。にんげん…しゃん…ずんちゃ、じゅんだもち、ちゃべたいにょだ…」
一番乗りで歩いてきた子ずんが舌足らずな声で鳴きながらオレの足に甘えるようにすがりつく。すかさず、ままずんが慌てて飛んできて、子ずんを引きはがした。
「だめ！おちびちゃん！！あれはくしょにんげんなのだ！ちかづいちゃだめなのだ！！」
「くちょ…にんげん…？」
「そうなのだおちびちゃん、くしょにんげんはとってもこわいのだ！かわいいおちびちゃんをいじめるてきなのだ！！しぜんのてきなのだ！！」
「お、おぎゃーおぎゃー！おかーちゃ！くちょにんげんきょわいにょだあああああ！！」
ままずんの言葉を信じ、途端に泣き出してままずんに抱きつく子ずん。なるほどね。こうやって「教育」していくわけだな。
あ、どうでもいいけどぱぱずんは「くちょにんげん」でままずんは「くしょにんげん」呼びなんだ。意味は変わらないだろうけど。
「くちょにんげん！くちょにんげん！！」「にょーだにょだ！」「くちょにんげん、くちょくちょにょだ！！」「たのち！！たのち！！」「くちょくちょ、にょだにょだ！くちょくちょ、にょだにょだ！！」
他の子ずんはままずんの言葉を真似して、体を上下に大きく伸び縮みさせながら無邪気に笑っている。意味はまだ理解出来なくても、彼らもいずれ、ぱぱずんとままずんから教育され、人間への敵意を持つようになるのだろう。
「ままずん！このくちょにんげんはもうぼくたちのどれーになったのだ！だからあんしんしていいのだ！！」
子ずんを連れて後ずさりするままずんに、ぱぱずんが振り返って優しく話しかける。
「えっ、このくしょにんげんをどれーにしたのだ？！さすがぱぱずんなのだ！おちびちゃんたち！これでいつでもずんだもちがたべられるのだ！！」
「やったーにょだ！！じゅんだもち！じゅんだもち！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！ほちい！！」
…オレが何も言わない間に、話は急展開で進んでいた。今さら止めたって、彼らは聞かないだろう。
「オレが持ってこないって言ったら、どうする」
「なになまいきいってるのだ！！どれーにきょひけんはないのだ！！おしおきさんがひつようなのだっ」
空中からオレの顔の前に移動してお尻を向けると、ブゥウッ！！と音をたてて勢いよく放屁するぱぱずん。
うっ…臭い。鼻が曲がりそうだ。
「のーだのだのだのだ！！のーだのだのだのだ！！ざまーみろなのだ！どれー！！かとーせいぶつはかとーせいぶつらしく、おとなしくぼくたちにしたがうのだ！！」
「ほらおちびちゃん、あれがわたちたちのどれーなのだ。これからは、どれーにごはんさんさがしをやらせて、わたちたちはしあわせにくらせるのだ！！のだのだのだのだ！！」
「おとーちゃ、かっこいいにょだ！！くちょにんげん、じゃまーみりょなにょだ！どれー、どれー、かとーせーぶちゅ！！くちょくちょ！！にょーだにょだ！！にょーだにょだ！！」
オレが絶対に手を出さないことをわかっているのだろう、オレの顔の目の前で挑発するようにぱぱずんは、体を上下に大きく伸び縮みさせながら嘲笑う。それに同調して、ままずんと子ずんたちが甲高く笑った。
そして6匹の子ずんたちはよちよちとオレの足元まで歩いてくると、ぱぱずんの真似をしているのか、ずんちでりゅ…ずんちでりゅ…と口々に言いながらオレの足元にフンを排泄しては小走りでままずんの元へ帰っていく。
「おかーちゃ、ずんちでちゃのだ！ほめて！ほめて！！」
「おちびちゃんはとってもおりこうさんなのだ！！きっとしょうらいはりっぱな“もりのけんじゃ”になるのだ！！」
「おかーちゃ、おちり、なめて、なめて！！」
「おちびちゃんはとってもかわいいのだ！あにゃるさんなめなめしてあげるのだ！！ぺろぺろ、ぺろぺろ！！」
「にょだ、にょだ！！きもち！！きもち！！」
「おかーちゃ！おかーちゃ！！あにゃるさんたいそうなにょだ！ぷりぷり、にょだにょだ！ぷりぷり、にょだにょだ！！みて！みて！！」
「ああ、おちびちゃん！なんてかわいいうごきなのだ！！」
「おちびちゃんたちはえらいのだ！！おい、どれー、かとーせいぶつどれー！！もういちどずんぺをくらうのだ！！」 ブリュリュリュリュウウゥッ！
「くっ…！！」
こうまでされて、平常心を保っていられるわけがなかった。オレは今すぐ、目の前に浮かんでお尻を振り続けるぱぱずんに蹴りを入れてやりたかった。この体格差だ、害獣とはいえ勝てない相手ではない。
だが、今、オレの足元にフンを何としてでも落とそうと必死にお尻を胎動させて踏ん張っている子ずんや、排泄を終え、一斉に「あにゃるさんたいそう」を踊り始めた子ずんたちには罪はない。生まれたばかりで、善悪の判断はすべてぱぱずんやままずんに依存している。
そんな子ずんたちの前で、親の妖精が痛めつけられたら…？妖精と人間との溝は深まるだけだ。いやもう、先ほどのぱぱずんの言葉から考えるに、既に手遅れかもしれないが…
けれど、やはり暴力に訴える気にはなれず、オレはこみ上げてくる怒りを必死に鎮めた。ままずんと子ずんたちがまた甲高く鳴く。
「おちびちゃんたち、よくやったのだ！これでかんぜんにくしょにんげんはおちびちゃんたちにもどれーとしてふくじゅーしたのだ！」
「ずんちでてゃのだ！！きもち！！きもち！！にょだにょだ！にょーだにょだ！！どれー！！どれー！！くちょくちょにょだ！！くちょどれーにょだ」
「おちびちゃんはほんとうにかわいいのだ！！そうときまればさっそく、かわいいおちびちゃんのためにずんだもちをもってくるのだ、どれー！！いますぐでいいのだ！！」
ぱぱずんが命令する。オレは、背を向けて歩き出した。
…少し、確かめたいことがあった。
〜つづく〜
ヘイトだけたまっちゃいましたよね、ごめんなさい。
次回、最終回予定です。
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青山さんの優しさに漬け込んで奴隷扱いする親子は見ていてムカツキますがこの怒りの矛先は次回で炸裂するんですね？あと人間の食べ物のせいで濃い味に慣れた赤ずんが野生の食べ物を食べられなくなった話を聞くと街に降りて人間の食べ物泥棒をする害獣が多いのも頷けるので無闇に野生動物には餌付けをしない方がお互いの為ですよね。
コメントありがとうございます。青山からの反撃が一切ないぶん、第3話はフラストレーションのみが溜まっていく展開となりました……
妖精の「人間社会への依存」に関しては、今後の小説等でも描写していければと思います！
この人は我慢強すぎる。俺ならアホな提案をしてきた段階で生まれてきたことを後悔させるほど拷問してから家族全員殺す
コメントありがとうございます。言葉は通じるけれど心や価値観までは決して通じることのない、という表現でした！（自分たちより「下」だと判断した存在を「どれー」と認定する価値観はどのコミュニティでも受け入れられないと思います）
本作の青山は良くも悪くも慈愛のカタマリとして描いております。何でも受け入れすぎて潰れてしまう優しい人のような……
>妖精と人間との溝は深まるだけだ。いやもう、先ほどのぱぱずんの言葉から考えるに、既に手遅れかもしれないが…
→手遅れだしそのまま溝を掘り進めたら良いんじゃないかな？
森にも人間にも害を為すなら一度『力』で判らせてやれば良いんだし。
>だが、今、オレの〜子ずんたちには罪はない。
→ずんだ虫は存在そのものが罪です。
青山氏、対応が紳士。上の上ですね。
(対応相手がクソ虫だと言う事を除けば･･･)
『もりのけんじゃ』とほざきやがるずんだ虫。
何度も言うが、お前らは『自然界の卑怯者』
であることに変わりはない。
人間と森、双方の怒りを受けるが良い。
(次回も楽しみにしてます。)
コメントありがとうございます。そう、何もかも手遅れで、妖精の存在そのものが罪になっているのに、青山は健気にも妖精たちを信じ続けるんですよね…頭の中ではどこか手遅れだってわかってるのかもしれません。
「あにゃるさんたいそう」のくだりは自己満足でもいいので、自分が文字だけでも一番ムカつく表現を追求しましたw 先人の素晴らしい発想に感謝です！
根本的に自然に委ねるのが主題だから、人間が手を貸す必要はない。人間の食料を奪い、厚かましくも人間を奴隷と言っている時点で、最早、自然から逸脱している。
責任を感じる必要もないし、無視して自然の成り行きに任せるのが一番。もし、人間に手を出す気なら、それこそ人間社会にまで連れていけばいい。
そこで自然に逆らったことを存分に後悔させれば良い。
コメントありがとうございます。青山は優しすぎて…こんな妖精でさえも「救いのない害獣である」とはなかなか認められないんですね；；
アイデアありがとうございます！人間社会の厳しさを知らない妖精たちを連れて、1匹ずつ道路横断をさせるツアーみたいな小説、今度書こうかな…
お疲れ様です
………今回の青山さんは紳士的で運が良かったですね。次回どのようにして制裁するか楽しみです。
コメントありがとうございます。青山さんって、この界隈ではベテランのおにゐさんなことが多い気がしますw
最終話は本日投稿予定ですので、ご期待ください。