けもです。
長編シリーズとなった拙作『森と子ずんと…』の実質的な続編として9月頃に執筆していたものです。
どこまでも傲慢な妖精が、自然界における自分たちの「本当の」立ち位置を知ったらどうなるのかと…………そのためのツアーです。
なぜ今になって投稿したかというと、パソコンがフリーズして、10000文字くらい書きあがっていた今作が全て消えたからです…………
ただ、それから2か月以上経った今、初心にかえって執筆し直せたので…………これはこれで、よかったのでしょうか。
※12/4追記 ゆめたろー様のリクエストにより、挿絵を追加いたしました！ゆめたろー様ありがとうございました！
タヌキやシカ等の野生動物にとって、道路横断は常に死と隣り合わせだ。普段目にすることのない、巨大な鋼鉄のカタマリが地響きとともに襲い掛かり、さらにそれが左右両方向からやってくるのだから、恐怖して足がすくむのも当然である。
よしんば逃げようと走り出したとしても、多くの個体が、車の進行方向へ、つまり車に追われるような形で逃げることになる。大抵が加速する前に追いつかれ、激しい衝撃とともにその命を散らすこととなる。
だからこそ、野生動物は、我が子に「車は危険だ」と教え込む。必要な時以外、「道路」に近づくことはいけない、と固く約束する。そして、もし車に追われたら、車の進行方向と垂直に逃げるよう、教える。
子どもたちは、律儀にその教えを覚える。しかし、いざ、迫りくる車を目の前にパニック状態になった彼らは、その教えを反芻する間もなく、ヘッドライトの強烈な光に身をさらすことになるのだった。
さて、近年、野生動物と車との接触事故よりも件数が増えているのが、妖精と車との接触事故である。妖精は日本古来の野生動物と比較してもサイズが小さいため、暗くなってくると、妖精の姿を運転席から全く視認出来ないまま接触してしまうというケースが多いのである。
妖精が車道に侵入する理由。それはよくわかっていないが、青信号を好物である「ずんだもち」と認識しているという説が最も有力である。
「こい、くるのだ、かとーせいぶつ！ぼくのぐるぐるぱんちをくらうのだ！うわあああああああああああ！」
どぐしゃっ！
「ぶちゅぐぅっ」
妖精は地上性の野生動物と違い、飛行能力があるから車を躱すことは容易いと思われる。
しかし、接触事故で死ぬ妖精の殆どが、自分から車にぶつかっていくのである。おそらく、音を立てて走る車を「生物」と認識しているのだろうと思われる。そこで、無謀にも戦いを挑み、跳ね飛ばされ、あるいは激突した衝撃で命を落とす。中には運よく車に掴まり、フロント・ガラスにつばを吐きかけたり、ボンネットに「ぐるぐるぱんち」を繰り出したりする個体もいるが、やがて振り落とされるのが定石である。
ほぼ無抵抗で死ぬのは、子ずんを連れた妖精の家族、あるいは子ずんだけの群れである。親ずんは子ずんを誘導するために地表すれすれをゆっくり飛行しているため車と接触しやすくなり、子ずんは無論、飛ぶことは出来ないので轢かれる。
これが原因か、車を生物であると思い込んだ妖精たちはいつしか、車を「天敵」とみなすようになった。そして、駐車場に停車している車や低速で走行中の車に上空からフン尿を引っかけたり、石を投げつけて、ボディに傷をつけたりする迷惑行為が増えるようになる。車を愛する人間たちにとっても、妖精は非常に厄介な存在であった。
妖精との接触は自損事故扱いであり、保険金が下りない場合も多いのである。
妖精の大量発生している地域を走るドライバーの間では、妖精の突撃から車を守るために、ボディに簡易的な金網やネットを取り付けたり、妖精の天敵である「あんこもん」をペイントしたりといった現地改修が流行した。これによって、妖精たちは車への直接の攻撃が難しくなった。
妖精のたちが悪いところは、車に取り付く攻撃が効かないと学習すると、車が通りそうな場所に石や木の棒を敷き詰める嫌がらせ行為を始めたことだ。1匹の妖精が飛びながら運べる石は大した量ではないが、妖精の数の暴力で、彼らが目を付けた区画は、あっという間にタイヤに負荷がかかりそうな道へと変貌してしまう。
それを撤去しようと車から降りた人間を、妖精たちが襲うというわけである。人間たちも、ロードローラーを持ち出し、車外に出ることなく、石を持ったままの妖精をぐちゃぐちゃに轢き潰すことで対抗した。
カラスは自分のくちばしでも割れない硬い木の実を割ってもらうために、あえて車にそれを轢かせるという戦術を編み出した。生きるための素晴らしい知恵である。
一方で妖精のこの嫌がらせは、人間にとって迷惑以外の何物でもなかった。普通の車が、わざと妖精のすみかに突っ込むなんてことはしないのに。
それでも、この行動こそが、妖精が他の生物とは決定的に違う部分であった。自分たちの幸せのために、敵視したものを徹底的に憎み、自ら近づいていくのである。
害獣！害獣！ああ、どこまでも害獣……
道路横断ツアー
「のだっ！は、はなせ！はなすのだくちょにんげん！！」
「はなせええ！はなさないとおまえをぶっころしてやるのだ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！」
今日もまた来やがった。果樹園を経営する、とある「おにゐさん」が朝の見回りをしていたところ、妖精の親子……親ずん2匹と子ずん5匹……がリンゴにかじりついているのを発見し、速攻で捕まえて虫カゴに放り込んだのだった。
最近は妖精による食害が増えた。しかも高く売れそうな大きな果実から必ず被害にあう。
嫌がらせとしか思えない。妖精は食べる前に、飛べない子ずんのために茎をかじって果実を地面に落としてから食べ始めるので、仮にかじられずに果実を取り戻せたとしても、売り物にならないのだ。
「お前ら、俺の大事なリンゴを食いやがって………死ぬ覚悟は出来てるんだろうな？」
「だまるのだくちょにんげん！！ぼくたちのりんごさんをかえすのだ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！これはわたちたちがみつけたのだ！だからわたちたちのものなのだ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おかーちゃ、きょわいにょだあああああああ！！」
おにゐさんは、いつも通り、妖精たちをすぐさま殺す気でいた。だが、ここまで威張り散らした妖精が現れるのは久しぶりだった。今まで果樹園に忍び込んで捕まった妖精たちは、ただ泣き喚いて逃げようと暴れるばかりだったので、あまり虐待のし甲斐がなかったのだ。
こんな世間知らずのクズ妖精、すぐに殺すのはもったいない。
どうせ殺すなら、世の中の厳しさをたっぷり味わわせて殺してやろう。
「ほお……“ぼくたちの”とはよく言うぜ……自分で手間暇かけて育てたわけでもないクセによ！コソ泥妖精！！」
「くちょにんげん！よくきくのだ！りんごさんは、じめんからかってにはえてくるのだ！“もりのけんじゃ”である、えらいぼくたちがそれをいちばんにたべてあたりまえなのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！くちょにんげんこそ、りんごさんをひとりじめする、こそどろなのだ！！」
自惚れと思い込みの強いこと強いこと。人間界における「所有」の概念を懇切丁寧に教えたとて、彼らは1ミリも理解しようとはしないだろう。
だったら、「制裁」しかない。
おにゐさんは見回りを再開し、妖精の侵入によってビリビリになった防虫ネットを新調すると、ギャーギャー喚き続ける虫カゴを手に持って、果樹園の外に出た。
「お前ら、逃げたいか？ここから出たいか？」
「あたりまえなのだくちょにんげん！“もりのけんじゃ”であるぼくたちがこんなところにとじこめられていいはずがないのだ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！はやくだせ、くちょにんげん！それがぎむなのだ！」
「だちて、だちて、だちて、だちて、だちて、だちて！！」
子ずんたちもいつの間にか泣き止み、甲高い耳障りな声を発しながら立ち上がり、虫カゴの壁面を引っ掻き続ける。
親ずんも子ずんも、何でここに入れられているのか頑なに理解しようとしないあたり、終わってる……
そんな“もりのけんじゃ”とやらが広い世界でどう生きていくか、じっくりと観察してやろうじゃないか！
自転車にまたがったおにゐさんは、虫カゴに向かって陽気に叫んだ。
「よぉし、これから、“道路横断ツアー”を開催するっ！！」
「いきなりなんなのだ、くちょにんげん！いいからはやくだすのだ！！」
「今までお前らは、自分たちだけの“狭い世界”をのうのうと生きていたんだろう？だから、世界に対する認識が間違っているんだ」
「そんなのさいしょからわかっているのだくちょにんげん！！このせかいは、ぼくたちようせいをしあわせにするためにあるのだあああああああああ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！くちょにんげんなんかに、わたちたちをつかまえるけんりなんて、あるはずないのだあああああああ！！」
「くちょにんげん、ずんちゃがやっつけりゅにょだああああああ！！」
おおっと、これはかなり拗らせてるな。親がこんなだから、子ずんも軒並み性格が悪い。
山道を降りるおにゐさんの自転車は、たびたび緑色に染まった道路を通る。妖精が道路横断しようとして、轢き潰された箇所だ。こいつらも、きっとこうなる。
『最近、妖精との衝突事故が増えています！』という電柱のポスター。実際、地元の友人の車は、ぶつかってきた妖精の体液で塗装ハゲが出来てしまったらしい。
また、妖精のシルエットが描かれた警告標識に、ピンポイントで妖精がぶつかった痕があるのも皮肉だった。
おにゐさんは、交通の邪魔にならないところに自転車を停めると、虫カゴを持って片側一車線の車通りが多い道路へと歩みを進める。ここに横断歩道や信号の類はない。
本当は片側二車線が良かったが、生憎、この近くにはなかった。妖精たちにとってイージー・ゲームになったとはいえ、こいつらが生き残る確率はゼロに近いだろう。
ビュンビュンという音とともに大型のトラックやバス、乗用車が絶え間なく行きかうその光景に、妖精たちは呆気に取られているようであった。
「な、なんなのだぁ……？」
「おいおい、どんだけ世間知らずなクズ妖精だよ……覚えろ、クズ妖精。あれが、車だ」
「く、くるまさん……」
「……この道路を、車を躱しながら、自力で歩く子ずんを連れて“歩いて”向こう側まで渡ったら、お前たちを逃がしてやる！…………簡単なルールだろう？」
「え？そ、そんなかんたんなことでにがすなんて、くちょにんげんはおばかさんなのだ！！ままずん、ぼくたちのかちなのだ！」
「ほんとうなのだ？ぱぱずん！！おちびちゃんたち、もうたすかるからね！わたちたちがかつからね！！」
「おとーちゃ、おかーちゃ、うれち、うれち、うれち、うれち！！」
おにゐさんを煽るように「ぱぱずん」が体を激しく伸び縮みさせると、それに呼応して喚きだす「ままずん」と子ずんたち。
街路樹のそばに腰を下ろしたおにゐさんがカゴのフタを開け放つと、真っ先に飛んで道路を横断しようと浮かび上がるぱぱずん。
不正を見逃さず、おにゐさんはがっしりとぱぱずんを捕まえる。
「いちゃい！！おいくちょにんげん！！じゃまするなんてゆるさないのだああああ！！」
「……お前ら、ホントに自分に都合の良いことしか見聞き出来ないんだな」
「……え？」
見ろよ、この間抜け面。石膏で固めてこいつのデスマスクにしたいぜ。
「もう一度だけ言うぞ……俺は、自 力 で 歩 く 子 ず ん を 連 れ て 、 歩 い て 向こう側まで渡ったら逃がしてやると言ったんだ……誰が飛んでいいって言ったよ？」
「ず、ずるいのだくちょにんげん！！そんなのきいてないちゃ！！はなしぇ！はなせ！うわああああああああああああああああああああああああっ！！」
「おおおい。にげるなー。」 ぽーい
「えっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ぐちゅ！
顔を真っ赤にして暴れるぱぱずんを、おにゐさんは棒読みの演技とともに、わざと道路に放り投げた。
「く……くちょお、くちょおおおおおおおおおおおおおお！」
路上に落下して激しくお尻を震わせたぱぱずん。トラックが近づいて来るのを見ると、道路に仁王立ちになって叫び出す。
「くるまさん！“もりのけんじゃ”であるぼくのおとおりなのだ！とまるのだああああああ！！」
……これが、妖精のあまりにも醜い本性であった。
自分が“もりのけんじゃ”であるから、誰もが自分の言うことに従い、何でも物事が自分の望み通りにうまくいくと思い込んでいる。その本性は、人間社会に侵出した妖精でも変わることはないため、こんな身の程知らずな行為が出来るのだった。
このぱぱずんの場合、自分が命令すれば、車が止まってくれると思い込んでいる。
だが、当たり前ではあるが、トラックは止まらない。ぱぱずんの自信に満ち溢れた顔が、不安で歪む。
「く、くるましゃん……？ぶれいなのだ！とまらないとぶっころしてや……う、うわ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
とうとう恐怖に顔をひきつらせたぱぱずんは、再びルールを無視して浮かび上がり、よけようとするが……
どんっ！！
「のぎぃいっ……」
べちゃちゃっ！！
間に合わない。ぱぱずんは、トラックに撥ねられて即死した。その体は、虫カゴのそばに肉塊として再び戻ってくる。
「ああああああああああああああああっ！！ぱ、ぱぱずうううううううん！そ、そんな……」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おとーちゃああああああああ！！」
その変わり果てた姿に、ままずんと子ずんが悲痛に叫び出す。ぱぱずんは、車の恐ろしさを伝える、良い教育材料になってくれたようだ。
「……わかったか、お前ら。これが世界だ。人間社会だ。お前らがいくら“もりのけんじゃ”だとか何だとかうぬぼれていても、そんなこと一切通用しない。お前らはただ、気にも留められず轢き潰されるだけの“社会のゴミ”でしかないんだ！クズ妖精！！」
「う、うそなのだ、うそなのだ！！わたちたちようせいは、せかいいちえらくて、さいきょうで、えらばれた“もりのけんじゃ”なのだあああああああああああ！！」
『Amazing. Every word of what you just said…… was wrong.』
（素晴らしい。すべて間違っている。）
目をうるませて喚くままずんに、おにゐさんは諭すように言い放つ。
「言っただろう？お前らは自分たちだけの“狭い世界”でのうのうと生きていたんだ。おおかた、その“もりのけんじゃ”という何の根拠もない言葉だって、お前らのバカ親が教え込んだんだろう？」
「ば、ばかおやじゃないちゃ！おとーちゃおかーちゃのおしえは、ぜったいなのだ！！わたちたちは、えらばれた“もりのけんじゃ”なのだ…………」
「ははははは！！いつまでそんな妄想を信じ続けるんだ！？ほらっ、現実を見ろよ、クズ妖精！！」
頑なに自らを“もりのけんじゃ”と豪語し続けるままずんに、おにゐさんはぱぱずんの死体を示して高笑いする。
「真の“賢者”なら、人の大事に育てたリンゴを、さも自分のものであるかのように奪うなんてことはしないだろうよ！？……あと、賢者なら賢者らしく、ルールを守れよな……ぱぱずんは、俺の言いつけを破って飛ぼうとしたから、死んだんだ、違うか？」
「だ、だまるのだ！！おそらさんもとべないかとーせいぶつめ、わたちたちのちからにしっとしたのだ！？」
「ん〜〜、でも、子ずんだって飛べないよな？このツアーの参加者で、お前だけ飛べるなんて、フェアじゃないよなぁ？」
がしっ！
「おい、はなせくちょにんげん、はなせええ！ころす、ころす！！あああああああああああああああ」
ぐちゅっ！
おにゐさんは偶然持っていた爪楊枝を、ままずんの首元に刺して飛行器官を潰した。
「い、いぢゃいいいいいい……えい、えい………も、もうとべないちゃ……」
「足があんだろうがよ……その大根みたいな足は飾りか、クズ妖精？……這って歩けよ、無様にな」
「く、くちょ、くちょおおおおおお……」
「さあ、お前らも出るんだ」
「うぇーんうぇーん！」 「おぎゃーおぎゃー！」 「にょだにょだ、にょだっ」 「ずんちでりゅ、ずんちでりゅ………」 「ずんちゃも、ずんちゃもずんちでりゅ！」 ぶぴぃいっ！ぶりゅりゅううううっ！
おにゐさんは虫カゴをひっくり返すと、子ずん5匹を外に出す。子ずんたちは安心出来ないショックからか、ブリブリと音を立てて一斉に排泄する。やがて、視界の隅で震えているままずんを認識すると、お尻を震わせながら駆け寄った。
「おぎゃーおぎゃー！おかーちゃ！きょわいにょだあああああああああああ！！」
「くちょにんげん、きょわいにょだあああああああ！！」
「おちびちゃんたち……ぱぱずんのぶんまで、わたちがまもってあげるからね！！」
「のだ、のだ！おかーちゃ、もうちょっとでかちなのだ！」
「そうね、おちびちゃん！！わたちたちがかつのだ！」
感動の再会にしては何と醜い。妖精が何を根拠に「勝ち」と言っているのか、おにゐさんにはわからなかった。
「おかーちゃにつかまってにげりゅにょだ！うんちょ、うんちょ……」
「おっと、ルール違反だ」 ひょい
「にょだっ！？ひゃーん！ひゃーん！！」
図々しくも、ままずんに登って運んでもらおうとする子ずんがいる。おにゐさんはそれを掴み上げて地上に降ろした。
「おいくちょにんげん！！おちびちゃん、はなせええええええ！！」
「ルール、もう1回確認しないとダメか？子ずんは、自力で歩くことが条件だったぜ」
「ふざけるななのだくちょにんげん！！おちびちゃんたちは、まだじょうずにあるけないのだああああああああああ！」
「知るかよ。俺は最初から、お前らを殺すつもりでこのツアーを開催したんだから」
「……え？」
ぱぱずんに続いて、ままずんの間抜け面を拝めた。クズ妖精が絶望する瞬間って、やっぱり良いよなあ！！
「く、くちょにんげんんんんん！！やくそくがちがうのだ！これだからくちょにんげんはくちょにんげんなのだああああああああ！！やくそくどおり、“もりのけんじゃ”である、わたちとおちびちゃんたちをたすけるのだ！それがぎむなのだああああああああああああ！！」
「何度も言わせるなって。お前らは“もりのけんじゃ”なんかじゃない。社会のゴミなんだよ、クズ妖精！！それに、俺はお前らを“助ける”なんて約束してない。向こう側まで渡ったら“逃がしてやる”って言ったんだ。都合よく解釈したうえに、勝手に絶望してんじゃねえよおおおおぉ〜っ？」
「ぐうう、くちょ、くちょおおおおおおっ！」
「ほらほら落ち着けって(笑)……じゃあ次に投げてほしいのは誰だ？」
「く、くちょにんげんんん！！ぱぱずんはいちずんでもつよいのに、おまえがなげたせいでぱぱずんが…………」
「あ、今、車通りが減ったぞ？自分で行くってんなら、今のうちに行かないとさあ」
「あっ、くるまさんがいないのだ、のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
歯ぎしりしていたままずんは、四足歩行になると、子ずんの方を一切見ずに道路横断を始めた。子ずんは既に眼中にないのか、その短い足を懸命に動かして、先へ先へと進んでいく。
「お、おかーちゃ、まってほちいにょだああああ…」
「おいてかないでぃぇほちいにょだあああ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！！」
ままずんは、一車線ぶんまで渡り終えたが、置いて行かれた形になった子ずんは、片側の道路の真ん中でひっくり返り、四肢をばたつかせて泣き叫ぶ。
こうも無様に喚けば、母親が自分たちを迎えに飛んでくると思っているのか。無駄だ。ままずんは、既にお前らのことを見放しているぞ……
だが、おにゐさんは、あえて何も言わずに観察することにした。絶対にあり得ないだろうが、ままずんがまんまと逃げおおせるならそれも良し。
約束を守るのが、人間の美徳だから。
仮にままずんが逃げ延びたとしても、飛行器官を潰された妖精が、生きながらえることはない。
「のだのだのだのだのだのだのだのだ、のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
よだれを垂らしながら必死に這い続け、反対車線の真ん中あたりまで進んだままずんは、勝利を確認して汚らしい笑みを浮かべる。
「のだ、のだ、のだ、のだ、やった、やったのだ！わたちのかちなのだああああああ！！」
ぶおおおおおおおおおおんっ！ぐちゃああああああっ！
ままずんが慢心して叫んだ次の瞬間。高速で走ってきたスポーツ・カーが、ままずんの下半身を粉砕して走り去った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ままずんの断面から体液や腸がどばっと噴き出す。ままずんの言う「かち」まであと少しと言うところで、ままずんは轢かれたのであった。
「いぢゃいいぢゃい、いぢゃああああああああああああ！う、うーん、ううううぅぅん！！」
その残った外皮も、スポーツ・カーのタイヤによってアスファルトに圧着され、残った前足でいくらもがいても引き剥がすことは叶わない。
我が子を犠牲にし、自分だけが助かろうと行動したクズ妖精には、相応しい末路であった。
ブルルルルルルルルルルッ！ぷちゅっ！ぢゅっ！くちゃっ！
「だっ」 「おぼっ」 「にょでぁ」
おにゐさん側の車線でひっくり返って喚いていた子ずんが、走ってきたタクシーに連続して潰される。3コンボ。残るは2匹になった。
「うぇーんうぇーん！にょ、にょだ、にょだ……うんちょ、よいちょ……」
「の、だ。……の、だ。……」
いくら泣き叫んでも、母親が来ることはない。兄弟の死を目の当たりにした子ずんたちは、恐怖に泣きながらも起き上がって自力で歩き出す。
だが、その移動速度はあまりにも遅い。車はひっきりなしにやってくる。
「の、だ。………の、だ。……の、だ。」
片方の子ずんは、歩くことすら初めてなのだろう。普段から、ままずんの口に咥えられて運ばれていたことがうかがえる。ひと言発するたびに、ゆっくりと一歩、一歩進んでいく。環境が違えば、赤ん坊が初めてハイハイしたような感動があるのだろうが、おにゐさんにとっては嗜虐心を掻き立てられるだけだった。
早く死ね。
早く死ねよ未来のクズ妖精！！
バルバルバルバルバルッ！
「の、だ。……の、だ。…………のだぁ？」
ぷちっ
子ずんのサイズに対してオーバー・キルと言えなくもなかった。轟音とともに襲来したモンスター・トラックの巨大なタイヤが、容赦なく初めて歩いた子ずんを轢き潰す。さて、残り1匹。
「う、うぇーんうぇーん！うぇーんうぇーん！おかーちゃ、おかーちゃあああああ！！きょわいにょだ、たしゅけてほちいにょだあああああああああ！！」
奇跡的に轢かれることなく、ゆっくりと道路横断していた最後の子ずんであったが、視界にままずんの姿を捉えると、その場にへたり込み、助けを求めて泣き叫び出す。
「お、おちびちゃん？すぐにたすけてあげるからね！！えい、えい！！」
その声でままずんは、母親としての役割を思い出したのか、体を反転させると、アスファルトを必死に引っ掻いて、子ずんの方に進もうとする。だが、殆どの体液が流れ出てしまったままずんには、もはやアスファルトに引っ付いた外皮をちぎるだけの力は残っていなかった。
「はぁっ、はぁあああ……お、おちびちゃん！こっちまできて、おててさんをのばすのだ！」
「む、むりなにょだああああああ！きょわい、きょわい、きょわいにょだあああああ！！」
「こ、このよわむしいいぃ！！そ、それでも“もりのけんじゃ”なのだ！？おちびちゃんはつよいのだ！くるまさんにだってかてるのだ！！」
「う、うぇ、うぇ……わ、わかったにょだ……ずんちゃはさいきょうなにょだ！」
「おちびちゃん、そのちょうしなのだ！ほら、の〜だっ、の〜だっ、の〜だっ、の〜だっ！」
「に、にょだ、にょだ、にょだ、にょだ………」
ままずんに変な理屈で励まされた子ずんは、ゆっくりと歩みを進める。先ほど子ずんを見捨てて逃げようとしたクセに、再び「親」を演じるような言葉を発し始めるままずんの態度…………
おにゐさんは、どうしても許せないと感じた。
「にょ、にょだぁ？くぴょ」
ぶぉん……どしゅっ、ばちゃっ！
やがて、子ずんの方が先に死を迎えた。高速で走るスクーターが、そのボディで綺麗に子ずんの首だけを弾き飛ばして走り去っていったのだった。まるで噴水のように、体液が首元から飛び散る。
「の〜だっ、の〜だっ！！……のだぁあ？」
子ずんを歩かせ続けるために掛け声を発していたままずんは、急に子ずんの残骸が力を失って倒れこんだので、首をかしげる。そして、自分の掛け声に子ずんが反応しなくなったことで、完全に死んだことを悟ると、狂ったように叫び出す。
「のーだのだのだのだ！！のーだのだのだのだ！！わたちのおとーちゃおかーちゃは、うそつきだったのだああああああああああ！！ようせいが、さいきょうなんてことはなかったのだああああああ！！くるまさんにころされるような、よわいせいぶつだったのだああああああああああ！！」
それは、ままずんが妄信していた“もりのけんじゃ”論が、あっけなく崩れ去った瞬間であった。体液とよだれと涙とを汚らしく垂れ流しながら、ままずんは笑い続ける。
「“もりのけんじゃ”なんてうそなのだあああああああああああ！！あんよさんも、あにゃるさんも、そらまめさんも、おちびちゃんもなくなったわたちは、ただのくちょむしなのだああああああ！！ざこずんなのだあああああああああああああああああああ！！」
やっと、世界の「真理」に気づいたか。だが、それを死ぬ間際に気づくようでは、遅すぎる。おにゐさんはままずんの絶望する声を聞きながら、その場を去る。
いつもより制裁に手のかかる妖精たちだった。しかし、1匹の妖精だけでも、自分たちが決して“もりのけんじゃ”ではないと理解してから死んでいくのならば、この苦労も報われるというものだ。
ぐちゅちゅっ！
「あぎゃがああああああああああああああああああああああああああああ……」
風に乗って、車に轢き潰されたままずんの断末魔の叫びが聞こえる。見届けるまでもない。散々、人の大事なものを奪ってきた害獣に与えるような慈悲は、おにゐさんにはなかった。
おにゐさんだけではない。
いくら妖精が道路に出てこようと、車がそれを横断させるために停止したり、避けるためにハンドルを切ったりはしない。この世界にとっての妖精とは、そんな程度のものだった。
空になった虫カゴを持って、自転車へと戻る道。1匹の妖精が、ペットボトルを抱えてフラフラと飛んでいるのを、おにゐさんは見た。その中には、1匹の子ずんが弱々しく胎動している。
「おとーちゃ、くるち、くるち、だちて、だちて！！」
「おちびちゃん、かしこいおとーちゃがたすけてあげるからね！！んしょ、よいちょ……」
ははあ。最近都会で流行っている簡易的な駆除の方法だな。子ずんを空のペットボトルに詰めるやつ。エサに釣られて不用心に近づいてきた子ずんをペットボトルに詰めれば、その声を聞きつけた親ずんを呼び寄せて一網打尽に出来るというものだ。最初にこれを考えた人は、ホントにすごい。
親ずんは、何とかしてペットボトルを開けようとしているが、自分の力ではどうにもならず、車に轢かせることにしたようであった。
ぶろろろろろろおおおおおお……
「え、えい！！」
ボコオッ！カポンッ！カポンカポン……
親ずんは走ってくるトラックめがけてペットボトルを落とすが、落としたその後のことまでは考えていないようであった。
タイヤではなく、トラックのボンネットに命中したペットボトルは、大きく弾き飛ばされて路上を転がる。
「お、おちびちゃあああああああああごぶおおおおっ！」 ぐちゃっ！べちょ！
転がっていくペットボトルにのみ目を向けていた親ずんは、へろへろと降下して道路を横切った結果、対向車線から来た乗用車と衝突し、ぐちゃぐちゃになった姿で地面へと転がった。
「ぬあが……ぐうつくつっ……おち、おちびちゃん……のだ……のだ……」
親ずんは間もなく死ぬ。飛び出した眼球をぶら下げ、口から腸を吐き出しながらペットボトルに向かって這っていく姿は、さながら「歩く死骸」のようであった。
しかし、必死に這いずり寄った妖精を待っていたのは、トラックに激突し、地面を何度もバウンドした衝撃で、ペットボトルの中でドロドロの液体と化した子ずんの姿。
「あぅ、おち、おちびちゃん……しょ、しょんな……しょんなあああああああ！！」
絶望した親ずんは、最期に叫ぶと、そのままがくりと動かなくなった。
まともに考えれば、子ずんがあんな衝撃に耐えられるわけがない。「かしこい」だなんて、どの口が。おにゐさんは呆れたようにため息をつくと、自転車を発進させる。
まあ、ペットボトルをタイヤが運よく轢き潰したとしても、結果は変わらなかっただろうが。
「あ、あぢゅいにょだああああ！おかーちゃ、はやくたしゅけりゅにょだあああああ！！」
「ぺろ、ぺろ……あ、あちゅ、あちゅ！！……だ、だめちゃ……おちびちゃん、なめなめしてもとれないのだああああああああ！！」
果樹園まで帰ってくると、道路のアスファルトに足がくっついて泣き叫ぶ子ずんと、子ずんを助けようと、太陽光で熱されたアスファルトを必死に舐める親ずんがいた。
この地域では珍しい光景ではない。雨上がりの晴れ間にコンクリートやアスファルトにミミズがくっついて干からびるのと同じだ。
親に見捨てられ、孤独に泣き喚いている子ずんをよく見る。大抵、生きたままアリが巣に運んでいく。
自転車を停めたおにゐさんに気づき、親ずんが叫ぶ。
「お、おいくちょにんげん！！りんごさんをたべようとおもったのに、おちびちゃんがくっついちゃったのだ！はやくたすけるのだ！」
「……今なんつった、クズ妖精」
がっ！ぐぐぐぐっ……
「あがあああああああああああああああああああああああっ！あぢゅううううううううああああああああ！」
おにゐさんは靴で親ずんの背中を踏みつけると、その腹部を熱されたアスファルトへ密着させる。外皮が焼ける感覚に絶叫する親ずん。
「く、くちょにんげんんん！！おかーちゃをいじめるなあああああああああああ！！」
「自業自得だなっ！俺のリンゴを盗りに来た挙句、果樹園に入れないまま、無様に死んでいくんだからよっ！ほらっ！お前の望み通り、子ずんは助けてやるっ！！」
ぶぢぶぢぶぢいいいいっ！！
「ぢゅびょにぃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
セルフ「足焼き」の刑で苦しみながら子ずんが喚いていたので、おにゐさんは子ずんの体を掴み、思いっきり上に引っ張り上げる。途端に子ずんの四肢が基部からもげ、頭部と腹部だけが体液を噴きながら勢い良く持ち上がった。残った足はアスファルトに溶着されたまま痙攣を続ける。
ああ気持ち悪い。
「お、おちびちゃあああああああああん！！ぐぶがあああああああああああああああああ」
ぽーいと、通行の邪魔にならないところへ子ずんの体を投げ捨てたおにゐさんは、親ずんの始末にかかる。
「ぐううううううううう…くちょにんげん！おちびちゃん、たすけるって、いっただろおおおおおおおおおおおお！」
「……言ってないのだ」
ぐちゅうううっ！！じゅううううううううううっ…………
「あがががががががっがあがががあああああああ……」
靴でさらに強く圧力をかけると、熱に耐えかねて親ずんの体が焼けて来たのか、据えたニオイが辺りに広がる。
クッサ……全く、死ぬ時くらい誰にも迷惑をかけずに死ねないかね。
「お前たち妖精が、昔のように“棲み分け”をしっかりしてくれれば、俺も手出しはしない。だが、平気で物を盗み、奪い、嫌がらせ行為をして、人間の生活を脅かすことが当然であるかのような態度をとり続けているお前みたいなクズ妖精は、頼むから一刻も早く死んでくれ」
「ああぐあぐああがうぐああああああああああああああああいいいいいいいいいいい……」
じゅうううううううううううううううっ！みぢちちぃっ！！
べしょっ！
やがて、白目をむいた妖精が完全に死ぬと、おにゐさんは、その死体を果樹園の入り口に結び付ける。見せしめのためだ。
国の助け等、あてにはならない。だから、自分の生活を守るため、妖精の食害に対しては自衛をするしかない。先ほどの妖精の死体を他の妖精が見つけて、少しでも警戒してくれればいいのだが。
……どこまでも利己的な妖精のことだ。何ら効果はないだろう。
ならば、逐一丁寧に妖精を殺すしかない。それが、彼の仕事の一部となっていた。
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今作を執筆するにあたって、ぼいぼはーどぼいるど様のイラスト作品『最近、妖精との衝突事故が増えています！』及び、せりざわ様の動画作品『ボトルだもん』の設定を一部お借りしています。素晴らしい作品をいつもありがとうございます。
長編シリーズとなった拙作『森と子ずんと…』の実質的な続編として9月頃に執筆していたものです。
どこまでも傲慢な妖精が、自然界における自分たちの「本当の」立ち位置を知ったらどうなるのかと…………そのためのツアーです。
なぜ今になって投稿したかというと、パソコンがフリーズして、10000文字くらい書きあがっていた今作が全て消えたからです…………
ただ、それから2か月以上経った今、初心にかえって執筆し直せたので…………これはこれで、よかったのでしょうか。
※12/4追記 ゆめたろー様のリクエストにより、挿絵を追加いたしました！ゆめたろー様ありがとうございました！
タヌキやシカ等の野生動物にとって、道路横断は常に死と隣り合わせだ。普段目にすることのない、巨大な鋼鉄のカタマリが地響きとともに襲い掛かり、さらにそれが左右両方向からやってくるのだから、恐怖して足がすくむのも当然である。
よしんば逃げようと走り出したとしても、多くの個体が、車の進行方向へ、つまり車に追われるような形で逃げることになる。大抵が加速する前に追いつかれ、激しい衝撃とともにその命を散らすこととなる。
だからこそ、野生動物は、我が子に「車は危険だ」と教え込む。必要な時以外、「道路」に近づくことはいけない、と固く約束する。そして、もし車に追われたら、車の進行方向と垂直に逃げるよう、教える。
子どもたちは、律儀にその教えを覚える。しかし、いざ、迫りくる車を目の前にパニック状態になった彼らは、その教えを反芻する間もなく、ヘッドライトの強烈な光に身をさらすことになるのだった。
さて、近年、野生動物と車との接触事故よりも件数が増えているのが、妖精と車との接触事故である。妖精は日本古来の野生動物と比較してもサイズが小さいため、暗くなってくると、妖精の姿を運転席から全く視認出来ないまま接触してしまうというケースが多いのである。
妖精が車道に侵入する理由。それはよくわかっていないが、青信号を好物である「ずんだもち」と認識しているという説が最も有力である。
「こい、くるのだ、かとーせいぶつ！ぼくのぐるぐるぱんちをくらうのだ！うわあああああああああああ！」
どぐしゃっ！
「ぶちゅぐぅっ」
妖精は地上性の野生動物と違い、飛行能力があるから車を躱すことは容易いと思われる。
しかし、接触事故で死ぬ妖精の殆どが、自分から車にぶつかっていくのである。おそらく、音を立てて走る車を「生物」と認識しているのだろうと思われる。そこで、無謀にも戦いを挑み、跳ね飛ばされ、あるいは激突した衝撃で命を落とす。中には運よく車に掴まり、フロント・ガラスにつばを吐きかけたり、ボンネットに「ぐるぐるぱんち」を繰り出したりする個体もいるが、やがて振り落とされるのが定石である。
ほぼ無抵抗で死ぬのは、子ずんを連れた妖精の家族、あるいは子ずんだけの群れである。親ずんは子ずんを誘導するために地表すれすれをゆっくり飛行しているため車と接触しやすくなり、子ずんは無論、飛ぶことは出来ないので轢かれる。
これが原因か、車を生物であると思い込んだ妖精たちはいつしか、車を「天敵」とみなすようになった。そして、駐車場に停車している車や低速で走行中の車に上空からフン尿を引っかけたり、石を投げつけて、ボディに傷をつけたりする迷惑行為が増えるようになる。車を愛する人間たちにとっても、妖精は非常に厄介な存在であった。
妖精との接触は自損事故扱いであり、保険金が下りない場合も多いのである。
妖精の大量発生している地域を走るドライバーの間では、妖精の突撃から車を守るために、ボディに簡易的な金網やネットを取り付けたり、妖精の天敵である「あんこもん」をペイントしたりといった現地改修が流行した。これによって、妖精たちは車への直接の攻撃が難しくなった。
妖精のたちが悪いところは、車に取り付く攻撃が効かないと学習すると、車が通りそうな場所に石や木の棒を敷き詰める嫌がらせ行為を始めたことだ。1匹の妖精が飛びながら運べる石は大した量ではないが、妖精の数の暴力で、彼らが目を付けた区画は、あっという間にタイヤに負荷がかかりそうな道へと変貌してしまう。
それを撤去しようと車から降りた人間を、妖精たちが襲うというわけである。人間たちも、ロードローラーを持ち出し、車外に出ることなく、石を持ったままの妖精をぐちゃぐちゃに轢き潰すことで対抗した。
カラスは自分のくちばしでも割れない硬い木の実を割ってもらうために、あえて車にそれを轢かせるという戦術を編み出した。生きるための素晴らしい知恵である。
一方で妖精のこの嫌がらせは、人間にとって迷惑以外の何物でもなかった。普通の車が、わざと妖精のすみかに突っ込むなんてことはしないのに。
それでも、この行動こそが、妖精が他の生物とは決定的に違う部分であった。自分たちの幸せのために、敵視したものを徹底的に憎み、自ら近づいていくのである。
害獣！害獣！ああ、どこまでも害獣……
道路横断ツアー
「のだっ！は、はなせ！はなすのだくちょにんげん！！」
「はなせええ！はなさないとおまえをぶっころしてやるのだ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！」
今日もまた来やがった。果樹園を経営する、とある「おにゐさん」が朝の見回りをしていたところ、妖精の親子……親ずん2匹と子ずん5匹……がリンゴにかじりついているのを発見し、速攻で捕まえて虫カゴに放り込んだのだった。
最近は妖精による食害が増えた。しかも高く売れそうな大きな果実から必ず被害にあう。
嫌がらせとしか思えない。妖精は食べる前に、飛べない子ずんのために茎をかじって果実を地面に落としてから食べ始めるので、仮にかじられずに果実を取り戻せたとしても、売り物にならないのだ。
「お前ら、俺の大事なリンゴを食いやがって………死ぬ覚悟は出来てるんだろうな？」
「だまるのだくちょにんげん！！ぼくたちのりんごさんをかえすのだ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！これはわたちたちがみつけたのだ！だからわたちたちのものなのだ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おかーちゃ、きょわいにょだあああああああ！！」
おにゐさんは、いつも通り、妖精たちをすぐさま殺す気でいた。だが、ここまで威張り散らした妖精が現れるのは久しぶりだった。今まで果樹園に忍び込んで捕まった妖精たちは、ただ泣き喚いて逃げようと暴れるばかりだったので、あまり虐待のし甲斐がなかったのだ。
こんな世間知らずのクズ妖精、すぐに殺すのはもったいない。
どうせ殺すなら、世の中の厳しさをたっぷり味わわせて殺してやろう。
「ほお……“ぼくたちの”とはよく言うぜ……自分で手間暇かけて育てたわけでもないクセによ！コソ泥妖精！！」
「くちょにんげん！よくきくのだ！りんごさんは、じめんからかってにはえてくるのだ！“もりのけんじゃ”である、えらいぼくたちがそれをいちばんにたべてあたりまえなのだ！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！くちょにんげんこそ、りんごさんをひとりじめする、こそどろなのだ！！」
自惚れと思い込みの強いこと強いこと。人間界における「所有」の概念を懇切丁寧に教えたとて、彼らは1ミリも理解しようとはしないだろう。
だったら、「制裁」しかない。
おにゐさんは見回りを再開し、妖精の侵入によってビリビリになった防虫ネットを新調すると、ギャーギャー喚き続ける虫カゴを手に持って、果樹園の外に出た。
「お前ら、逃げたいか？ここから出たいか？」
「あたりまえなのだくちょにんげん！“もりのけんじゃ”であるぼくたちがこんなところにとじこめられていいはずがないのだ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！はやくだせ、くちょにんげん！それがぎむなのだ！」
「だちて、だちて、だちて、だちて、だちて、だちて！！」
子ずんたちもいつの間にか泣き止み、甲高い耳障りな声を発しながら立ち上がり、虫カゴの壁面を引っ掻き続ける。
親ずんも子ずんも、何でここに入れられているのか頑なに理解しようとしないあたり、終わってる……
そんな“もりのけんじゃ”とやらが広い世界でどう生きていくか、じっくりと観察してやろうじゃないか！
自転車にまたがったおにゐさんは、虫カゴに向かって陽気に叫んだ。
「よぉし、これから、“道路横断ツアー”を開催するっ！！」
「いきなりなんなのだ、くちょにんげん！いいからはやくだすのだ！！」
「今までお前らは、自分たちだけの“狭い世界”をのうのうと生きていたんだろう？だから、世界に対する認識が間違っているんだ」
「そんなのさいしょからわかっているのだくちょにんげん！！このせかいは、ぼくたちようせいをしあわせにするためにあるのだあああああああああ！！」
「ぱぱずんのいうとおりなのだ！くちょにんげんなんかに、わたちたちをつかまえるけんりなんて、あるはずないのだあああああああ！！」
「くちょにんげん、ずんちゃがやっつけりゅにょだああああああ！！」
おおっと、これはかなり拗らせてるな。親がこんなだから、子ずんも軒並み性格が悪い。
山道を降りるおにゐさんの自転車は、たびたび緑色に染まった道路を通る。妖精が道路横断しようとして、轢き潰された箇所だ。こいつらも、きっとこうなる。
『最近、妖精との衝突事故が増えています！』という電柱のポスター。実際、地元の友人の車は、ぶつかってきた妖精の体液で塗装ハゲが出来てしまったらしい。
また、妖精のシルエットが描かれた警告標識に、ピンポイントで妖精がぶつかった痕があるのも皮肉だった。
おにゐさんは、交通の邪魔にならないところに自転車を停めると、虫カゴを持って片側一車線の車通りが多い道路へと歩みを進める。ここに横断歩道や信号の類はない。
本当は片側二車線が良かったが、生憎、この近くにはなかった。妖精たちにとってイージー・ゲームになったとはいえ、こいつらが生き残る確率はゼロに近いだろう。
ビュンビュンという音とともに大型のトラックやバス、乗用車が絶え間なく行きかうその光景に、妖精たちは呆気に取られているようであった。
「な、なんなのだぁ……？」
「おいおい、どんだけ世間知らずなクズ妖精だよ……覚えろ、クズ妖精。あれが、車だ」
「く、くるまさん……」
「……この道路を、車を躱しながら、自力で歩く子ずんを連れて“歩いて”向こう側まで渡ったら、お前たちを逃がしてやる！…………簡単なルールだろう？」
「え？そ、そんなかんたんなことでにがすなんて、くちょにんげんはおばかさんなのだ！！ままずん、ぼくたちのかちなのだ！」
「ほんとうなのだ？ぱぱずん！！おちびちゃんたち、もうたすかるからね！わたちたちがかつからね！！」
「おとーちゃ、おかーちゃ、うれち、うれち、うれち、うれち！！」
おにゐさんを煽るように「ぱぱずん」が体を激しく伸び縮みさせると、それに呼応して喚きだす「ままずん」と子ずんたち。
街路樹のそばに腰を下ろしたおにゐさんがカゴのフタを開け放つと、真っ先に飛んで道路を横断しようと浮かび上がるぱぱずん。
不正を見逃さず、おにゐさんはがっしりとぱぱずんを捕まえる。
「いちゃい！！おいくちょにんげん！！じゃまするなんてゆるさないのだああああ！！」
「……お前ら、ホントに自分に都合の良いことしか見聞き出来ないんだな」
「……え？」
見ろよ、この間抜け面。石膏で固めてこいつのデスマスクにしたいぜ。
「もう一度だけ言うぞ……俺は、自 力 で 歩 く 子 ず ん を 連 れ て 、 歩 い て 向こう側まで渡ったら逃がしてやると言ったんだ……誰が飛んでいいって言ったよ？」
「ず、ずるいのだくちょにんげん！！そんなのきいてないちゃ！！はなしぇ！はなせ！うわああああああああああああああああああああああああっ！！」
「おおおい。にげるなー。」 ぽーい
「えっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ぐちゅ！
顔を真っ赤にして暴れるぱぱずんを、おにゐさんは棒読みの演技とともに、わざと道路に放り投げた。
「く……くちょお、くちょおおおおおおおおおおおおおお！」
路上に落下して激しくお尻を震わせたぱぱずん。トラックが近づいて来るのを見ると、道路に仁王立ちになって叫び出す。
「くるまさん！“もりのけんじゃ”であるぼくのおとおりなのだ！とまるのだああああああ！！」
……これが、妖精のあまりにも醜い本性であった。
自分が“もりのけんじゃ”であるから、誰もが自分の言うことに従い、何でも物事が自分の望み通りにうまくいくと思い込んでいる。その本性は、人間社会に侵出した妖精でも変わることはないため、こんな身の程知らずな行為が出来るのだった。
このぱぱずんの場合、自分が命令すれば、車が止まってくれると思い込んでいる。
だが、当たり前ではあるが、トラックは止まらない。ぱぱずんの自信に満ち溢れた顔が、不安で歪む。
「く、くるましゃん……？ぶれいなのだ！とまらないとぶっころしてや……う、うわ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
とうとう恐怖に顔をひきつらせたぱぱずんは、再びルールを無視して浮かび上がり、よけようとするが……
どんっ！！
「のぎぃいっ……」
べちゃちゃっ！！
間に合わない。ぱぱずんは、トラックに撥ねられて即死した。その体は、虫カゴのそばに肉塊として再び戻ってくる。
「ああああああああああああああああっ！！ぱ、ぱぱずうううううううん！そ、そんな……」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おとーちゃああああああああ！！」
その変わり果てた姿に、ままずんと子ずんが悲痛に叫び出す。ぱぱずんは、車の恐ろしさを伝える、良い教育材料になってくれたようだ。
「……わかったか、お前ら。これが世界だ。人間社会だ。お前らがいくら“もりのけんじゃ”だとか何だとかうぬぼれていても、そんなこと一切通用しない。お前らはただ、気にも留められず轢き潰されるだけの“社会のゴミ”でしかないんだ！クズ妖精！！」
「う、うそなのだ、うそなのだ！！わたちたちようせいは、せかいいちえらくて、さいきょうで、えらばれた“もりのけんじゃ”なのだあああああああああああ！！」
『Amazing. Every word of what you just said…… was wrong.』
（素晴らしい。すべて間違っている。）
目をうるませて喚くままずんに、おにゐさんは諭すように言い放つ。
「言っただろう？お前らは自分たちだけの“狭い世界”でのうのうと生きていたんだ。おおかた、その“もりのけんじゃ”という何の根拠もない言葉だって、お前らのバカ親が教え込んだんだろう？」
「ば、ばかおやじゃないちゃ！おとーちゃおかーちゃのおしえは、ぜったいなのだ！！わたちたちは、えらばれた“もりのけんじゃ”なのだ…………」
「ははははは！！いつまでそんな妄想を信じ続けるんだ！？ほらっ、現実を見ろよ、クズ妖精！！」
頑なに自らを“もりのけんじゃ”と豪語し続けるままずんに、おにゐさんはぱぱずんの死体を示して高笑いする。
「真の“賢者”なら、人の大事に育てたリンゴを、さも自分のものであるかのように奪うなんてことはしないだろうよ！？……あと、賢者なら賢者らしく、ルールを守れよな……ぱぱずんは、俺の言いつけを破って飛ぼうとしたから、死んだんだ、違うか？」
「だ、だまるのだ！！おそらさんもとべないかとーせいぶつめ、わたちたちのちからにしっとしたのだ！？」
「ん〜〜、でも、子ずんだって飛べないよな？このツアーの参加者で、お前だけ飛べるなんて、フェアじゃないよなぁ？」
がしっ！
「おい、はなせくちょにんげん、はなせええ！ころす、ころす！！あああああああああああああああ」
ぐちゅっ！
おにゐさんは偶然持っていた爪楊枝を、ままずんの首元に刺して飛行器官を潰した。
「い、いぢゃいいいいいい……えい、えい………も、もうとべないちゃ……」
「足があんだろうがよ……その大根みたいな足は飾りか、クズ妖精？……這って歩けよ、無様にな」
「く、くちょ、くちょおおおおおお……」
「さあ、お前らも出るんだ」
「うぇーんうぇーん！」 「おぎゃーおぎゃー！」 「にょだにょだ、にょだっ」 「ずんちでりゅ、ずんちでりゅ………」 「ずんちゃも、ずんちゃもずんちでりゅ！」 ぶぴぃいっ！ぶりゅりゅううううっ！
おにゐさんは虫カゴをひっくり返すと、子ずん5匹を外に出す。子ずんたちは安心出来ないショックからか、ブリブリと音を立てて一斉に排泄する。やがて、視界の隅で震えているままずんを認識すると、お尻を震わせながら駆け寄った。
「おぎゃーおぎゃー！おかーちゃ！きょわいにょだあああああああああああ！！」
「くちょにんげん、きょわいにょだあああああああ！！」
「おちびちゃんたち……ぱぱずんのぶんまで、わたちがまもってあげるからね！！」
「のだ、のだ！おかーちゃ、もうちょっとでかちなのだ！」
「そうね、おちびちゃん！！わたちたちがかつのだ！」
感動の再会にしては何と醜い。妖精が何を根拠に「勝ち」と言っているのか、おにゐさんにはわからなかった。
「おかーちゃにつかまってにげりゅにょだ！うんちょ、うんちょ……」
「おっと、ルール違反だ」 ひょい
「にょだっ！？ひゃーん！ひゃーん！！」
図々しくも、ままずんに登って運んでもらおうとする子ずんがいる。おにゐさんはそれを掴み上げて地上に降ろした。
「おいくちょにんげん！！おちびちゃん、はなせええええええ！！」
「ルール、もう1回確認しないとダメか？子ずんは、自力で歩くことが条件だったぜ」
「ふざけるななのだくちょにんげん！！おちびちゃんたちは、まだじょうずにあるけないのだああああああああああ！」
「知るかよ。俺は最初から、お前らを殺すつもりでこのツアーを開催したんだから」
「……え？」
ぱぱずんに続いて、ままずんの間抜け面を拝めた。クズ妖精が絶望する瞬間って、やっぱり良いよなあ！！
「く、くちょにんげんんんんん！！やくそくがちがうのだ！これだからくちょにんげんはくちょにんげんなのだああああああああ！！やくそくどおり、“もりのけんじゃ”である、わたちとおちびちゃんたちをたすけるのだ！それがぎむなのだああああああああああああ！！」
「何度も言わせるなって。お前らは“もりのけんじゃ”なんかじゃない。社会のゴミなんだよ、クズ妖精！！それに、俺はお前らを“助ける”なんて約束してない。向こう側まで渡ったら“逃がしてやる”って言ったんだ。都合よく解釈したうえに、勝手に絶望してんじゃねえよおおおおぉ〜っ？」
「ぐうう、くちょ、くちょおおおおおおっ！」
「ほらほら落ち着けって(笑)……じゃあ次に投げてほしいのは誰だ？」
「く、くちょにんげんんん！！ぱぱずんはいちずんでもつよいのに、おまえがなげたせいでぱぱずんが…………」
「あ、今、車通りが減ったぞ？自分で行くってんなら、今のうちに行かないとさあ」
「あっ、くるまさんがいないのだ、のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
歯ぎしりしていたままずんは、四足歩行になると、子ずんの方を一切見ずに道路横断を始めた。子ずんは既に眼中にないのか、その短い足を懸命に動かして、先へ先へと進んでいく。
「お、おかーちゃ、まってほちいにょだああああ…」
「おいてかないでぃぇほちいにょだあああ！！」
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！！」
ままずんは、一車線ぶんまで渡り終えたが、置いて行かれた形になった子ずんは、片側の道路の真ん中でひっくり返り、四肢をばたつかせて泣き叫ぶ。
こうも無様に喚けば、母親が自分たちを迎えに飛んでくると思っているのか。無駄だ。ままずんは、既にお前らのことを見放しているぞ……
だが、おにゐさんは、あえて何も言わずに観察することにした。絶対にあり得ないだろうが、ままずんがまんまと逃げおおせるならそれも良し。
約束を守るのが、人間の美徳だから。
仮にままずんが逃げ延びたとしても、飛行器官を潰された妖精が、生きながらえることはない。
「のだのだのだのだのだのだのだのだ、のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
よだれを垂らしながら必死に這い続け、反対車線の真ん中あたりまで進んだままずんは、勝利を確認して汚らしい笑みを浮かべる。
「のだ、のだ、のだ、のだ、やった、やったのだ！わたちのかちなのだああああああ！！」
ぶおおおおおおおおおおんっ！ぐちゃああああああっ！
ままずんが慢心して叫んだ次の瞬間。高速で走ってきたスポーツ・カーが、ままずんの下半身を粉砕して走り去った。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ままずんの断面から体液や腸がどばっと噴き出す。ままずんの言う「かち」まであと少しと言うところで、ままずんは轢かれたのであった。
「いぢゃいいぢゃい、いぢゃああああああああああああ！う、うーん、ううううぅぅん！！」
その残った外皮も、スポーツ・カーのタイヤによってアスファルトに圧着され、残った前足でいくらもがいても引き剥がすことは叶わない。
我が子を犠牲にし、自分だけが助かろうと行動したクズ妖精には、相応しい末路であった。
ブルルルルルルルルルルッ！ぷちゅっ！ぢゅっ！くちゃっ！
「だっ」 「おぼっ」 「にょでぁ」
おにゐさん側の車線でひっくり返って喚いていた子ずんが、走ってきたタクシーに連続して潰される。3コンボ。残るは2匹になった。
「うぇーんうぇーん！にょ、にょだ、にょだ……うんちょ、よいちょ……」
「の、だ。……の、だ。……」
いくら泣き叫んでも、母親が来ることはない。兄弟の死を目の当たりにした子ずんたちは、恐怖に泣きながらも起き上がって自力で歩き出す。
だが、その移動速度はあまりにも遅い。車はひっきりなしにやってくる。
「の、だ。………の、だ。……の、だ。」
片方の子ずんは、歩くことすら初めてなのだろう。普段から、ままずんの口に咥えられて運ばれていたことがうかがえる。ひと言発するたびに、ゆっくりと一歩、一歩進んでいく。環境が違えば、赤ん坊が初めてハイハイしたような感動があるのだろうが、おにゐさんにとっては嗜虐心を掻き立てられるだけだった。
早く死ね。
早く死ねよ未来のクズ妖精！！
バルバルバルバルバルッ！
「の、だ。……の、だ。…………のだぁ？」
ぷちっ
子ずんのサイズに対してオーバー・キルと言えなくもなかった。轟音とともに襲来したモンスター・トラックの巨大なタイヤが、容赦なく初めて歩いた子ずんを轢き潰す。さて、残り1匹。
「う、うぇーんうぇーん！うぇーんうぇーん！おかーちゃ、おかーちゃあああああ！！きょわいにょだ、たしゅけてほちいにょだあああああああああ！！」
奇跡的に轢かれることなく、ゆっくりと道路横断していた最後の子ずんであったが、視界にままずんの姿を捉えると、その場にへたり込み、助けを求めて泣き叫び出す。
「お、おちびちゃん？すぐにたすけてあげるからね！！えい、えい！！」
その声でままずんは、母親としての役割を思い出したのか、体を反転させると、アスファルトを必死に引っ掻いて、子ずんの方に進もうとする。だが、殆どの体液が流れ出てしまったままずんには、もはやアスファルトに引っ付いた外皮をちぎるだけの力は残っていなかった。
「はぁっ、はぁあああ……お、おちびちゃん！こっちまできて、おててさんをのばすのだ！」
「む、むりなにょだああああああ！きょわい、きょわい、きょわいにょだあああああ！！」
「こ、このよわむしいいぃ！！そ、それでも“もりのけんじゃ”なのだ！？おちびちゃんはつよいのだ！くるまさんにだってかてるのだ！！」
「う、うぇ、うぇ……わ、わかったにょだ……ずんちゃはさいきょうなにょだ！」
「おちびちゃん、そのちょうしなのだ！ほら、の〜だっ、の〜だっ、の〜だっ、の〜だっ！」
「に、にょだ、にょだ、にょだ、にょだ………」
ままずんに変な理屈で励まされた子ずんは、ゆっくりと歩みを進める。先ほど子ずんを見捨てて逃げようとしたクセに、再び「親」を演じるような言葉を発し始めるままずんの態度…………
おにゐさんは、どうしても許せないと感じた。
「にょ、にょだぁ？くぴょ」
ぶぉん……どしゅっ、ばちゃっ！
やがて、子ずんの方が先に死を迎えた。高速で走るスクーターが、そのボディで綺麗に子ずんの首だけを弾き飛ばして走り去っていったのだった。まるで噴水のように、体液が首元から飛び散る。
「の〜だっ、の〜だっ！！……のだぁあ？」
子ずんを歩かせ続けるために掛け声を発していたままずんは、急に子ずんの残骸が力を失って倒れこんだので、首をかしげる。そして、自分の掛け声に子ずんが反応しなくなったことで、完全に死んだことを悟ると、狂ったように叫び出す。
「のーだのだのだのだ！！のーだのだのだのだ！！わたちのおとーちゃおかーちゃは、うそつきだったのだああああああああああ！！ようせいが、さいきょうなんてことはなかったのだああああああ！！くるまさんにころされるような、よわいせいぶつだったのだああああああああああ！！」
それは、ままずんが妄信していた“もりのけんじゃ”論が、あっけなく崩れ去った瞬間であった。体液とよだれと涙とを汚らしく垂れ流しながら、ままずんは笑い続ける。
「“もりのけんじゃ”なんてうそなのだあああああああああああ！！あんよさんも、あにゃるさんも、そらまめさんも、おちびちゃんもなくなったわたちは、ただのくちょむしなのだああああああ！！ざこずんなのだあああああああああああああああああああ！！」
やっと、世界の「真理」に気づいたか。だが、それを死ぬ間際に気づくようでは、遅すぎる。おにゐさんはままずんの絶望する声を聞きながら、その場を去る。
いつもより制裁に手のかかる妖精たちだった。しかし、1匹の妖精だけでも、自分たちが決して“もりのけんじゃ”ではないと理解してから死んでいくのならば、この苦労も報われるというものだ。
ぐちゅちゅっ！
「あぎゃがああああああああああああああああああああああああああああ……」
風に乗って、車に轢き潰されたままずんの断末魔の叫びが聞こえる。見届けるまでもない。散々、人の大事なものを奪ってきた害獣に与えるような慈悲は、おにゐさんにはなかった。
おにゐさんだけではない。
いくら妖精が道路に出てこようと、車がそれを横断させるために停止したり、避けるためにハンドルを切ったりはしない。この世界にとっての妖精とは、そんな程度のものだった。
空になった虫カゴを持って、自転車へと戻る道。1匹の妖精が、ペットボトルを抱えてフラフラと飛んでいるのを、おにゐさんは見た。その中には、1匹の子ずんが弱々しく胎動している。
「おとーちゃ、くるち、くるち、だちて、だちて！！」
「おちびちゃん、かしこいおとーちゃがたすけてあげるからね！！んしょ、よいちょ……」
ははあ。最近都会で流行っている簡易的な駆除の方法だな。子ずんを空のペットボトルに詰めるやつ。エサに釣られて不用心に近づいてきた子ずんをペットボトルに詰めれば、その声を聞きつけた親ずんを呼び寄せて一網打尽に出来るというものだ。最初にこれを考えた人は、ホントにすごい。
親ずんは、何とかしてペットボトルを開けようとしているが、自分の力ではどうにもならず、車に轢かせることにしたようであった。
ぶろろろろろろおおおおおお……
「え、えい！！」
ボコオッ！カポンッ！カポンカポン……
親ずんは走ってくるトラックめがけてペットボトルを落とすが、落としたその後のことまでは考えていないようであった。
タイヤではなく、トラックのボンネットに命中したペットボトルは、大きく弾き飛ばされて路上を転がる。
「お、おちびちゃあああああああああごぶおおおおっ！」 ぐちゃっ！べちょ！
転がっていくペットボトルにのみ目を向けていた親ずんは、へろへろと降下して道路を横切った結果、対向車線から来た乗用車と衝突し、ぐちゃぐちゃになった姿で地面へと転がった。
「ぬあが……ぐうつくつっ……おち、おちびちゃん……のだ……のだ……」
親ずんは間もなく死ぬ。飛び出した眼球をぶら下げ、口から腸を吐き出しながらペットボトルに向かって這っていく姿は、さながら「歩く死骸」のようであった。
しかし、必死に這いずり寄った妖精を待っていたのは、トラックに激突し、地面を何度もバウンドした衝撃で、ペットボトルの中でドロドロの液体と化した子ずんの姿。
「あぅ、おち、おちびちゃん……しょ、しょんな……しょんなあああああああ！！」
絶望した親ずんは、最期に叫ぶと、そのままがくりと動かなくなった。
まともに考えれば、子ずんがあんな衝撃に耐えられるわけがない。「かしこい」だなんて、どの口が。おにゐさんは呆れたようにため息をつくと、自転車を発進させる。
まあ、ペットボトルをタイヤが運よく轢き潰したとしても、結果は変わらなかっただろうが。
「あ、あぢゅいにょだああああ！おかーちゃ、はやくたしゅけりゅにょだあああああ！！」
「ぺろ、ぺろ……あ、あちゅ、あちゅ！！……だ、だめちゃ……おちびちゃん、なめなめしてもとれないのだああああああああ！！」
果樹園まで帰ってくると、道路のアスファルトに足がくっついて泣き叫ぶ子ずんと、子ずんを助けようと、太陽光で熱されたアスファルトを必死に舐める親ずんがいた。
この地域では珍しい光景ではない。雨上がりの晴れ間にコンクリートやアスファルトにミミズがくっついて干からびるのと同じだ。
親に見捨てられ、孤独に泣き喚いている子ずんをよく見る。大抵、生きたままアリが巣に運んでいく。
自転車を停めたおにゐさんに気づき、親ずんが叫ぶ。
「お、おいくちょにんげん！！りんごさんをたべようとおもったのに、おちびちゃんがくっついちゃったのだ！はやくたすけるのだ！」
「……今なんつった、クズ妖精」
がっ！ぐぐぐぐっ……
「あがあああああああああああああああああああああああっ！あぢゅううううううううああああああああ！」
おにゐさんは靴で親ずんの背中を踏みつけると、その腹部を熱されたアスファルトへ密着させる。外皮が焼ける感覚に絶叫する親ずん。
「く、くちょにんげんんん！！おかーちゃをいじめるなあああああああああああ！！」
「自業自得だなっ！俺のリンゴを盗りに来た挙句、果樹園に入れないまま、無様に死んでいくんだからよっ！ほらっ！お前の望み通り、子ずんは助けてやるっ！！」
ぶぢぶぢぶぢいいいいっ！！
「ぢゅびょにぃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
セルフ「足焼き」の刑で苦しみながら子ずんが喚いていたので、おにゐさんは子ずんの体を掴み、思いっきり上に引っ張り上げる。途端に子ずんの四肢が基部からもげ、頭部と腹部だけが体液を噴きながら勢い良く持ち上がった。残った足はアスファルトに溶着されたまま痙攣を続ける。
ああ気持ち悪い。
「お、おちびちゃあああああああああん！！ぐぶがあああああああああああああああああ」
ぽーいと、通行の邪魔にならないところへ子ずんの体を投げ捨てたおにゐさんは、親ずんの始末にかかる。
「ぐううううううううう…くちょにんげん！おちびちゃん、たすけるって、いっただろおおおおおおおおおおおお！」
「……言ってないのだ」
ぐちゅうううっ！！じゅううううううううううっ…………
「あがががががががっがあがががあああああああ……」
靴でさらに強く圧力をかけると、熱に耐えかねて親ずんの体が焼けて来たのか、据えたニオイが辺りに広がる。
クッサ……全く、死ぬ時くらい誰にも迷惑をかけずに死ねないかね。
「お前たち妖精が、昔のように“棲み分け”をしっかりしてくれれば、俺も手出しはしない。だが、平気で物を盗み、奪い、嫌がらせ行為をして、人間の生活を脅かすことが当然であるかのような態度をとり続けているお前みたいなクズ妖精は、頼むから一刻も早く死んでくれ」
「ああぐあぐああがうぐああああああああああああああああいいいいいいいいいいい……」
じゅうううううううううううううううっ！みぢちちぃっ！！
べしょっ！
やがて、白目をむいた妖精が完全に死ぬと、おにゐさんは、その死体を果樹園の入り口に結び付ける。見せしめのためだ。
国の助け等、あてにはならない。だから、自分の生活を守るため、妖精の食害に対しては自衛をするしかない。先ほどの妖精の死体を他の妖精が見つけて、少しでも警戒してくれればいいのだが。
……どこまでも利己的な妖精のことだ。何ら効果はないだろう。
ならば、逐一丁寧に妖精を殺すしかない。それが、彼の仕事の一部となっていた。
〜終〜
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今作を執筆するにあたって、ぼいぼはーどぼいるど様のイラスト作品『最近、妖精との衝突事故が増えています！』及び、せりざわ様の動画作品『ボトルだもん』の設定を一部お借りしています。素晴らしい作品をいつもありがとうございます。
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このページへのコメント
勝手にリンゴを食べて所有権を主張して持ち主を悪者扱いする時点でコイツラ酷い目に遭えば良いと思わせるのはお約束ですよね。鬼威惨は無闇に駆除せず所有の概念を語ったり泥棒一家全員にチャンスを与えたりと害獣に対して優しいと思いましたが帰り際アスファルトにへばり付いている親子に対しては暑さのせいか不快度指数ＭＡＸでの駆除はスッキリしました！
コメントありがとうございます。対話が望めないとすぐにわかるような「傲慢な妖精」の表現に行き詰まったとき、私もここに帰ってくるようにしております()
最後の駆除シーンには、クズ妖精には何を言っても無駄だから駆除あるのみ、というおにゐさんの諦観のようなものも感じられますね！ 暑さというのは新たな視点でした！ありがとうございます。
おにゐさんは、マーク・ハミルで再生しました。
ずんだ虫たちが、森の弱者として謙虚に生きるなら共存できるかもだけど、そんな知性ないから駆除一択。
コメントありがとうございます。それはまるで、カイロ・レンを諭すルークのような……
妖精が妖精らしい価値観を捨てない限り、「共存」とは呼べない何かがもたらされることは確実ですね………… 今後も、妖精と人間とのかかわりに重きを置いた小説を書いてまいります！
森の賢者ではないことを理解したというが、ママずんの基準は空を飛べなかったり、手足を失ったことからきている。
痛めつけても手足や空が飛べるのならば、賢者だと言い張っており、自覚など全くしていない。
真の制裁は飛べても、手足があっても、石を投げられても何をしても賢者ではないことを分からせること。もちろん、現実逃避やコロチテ症候群発症は許さない。
コメントありがとうございます。今回のおにゐさんは多少「甘ちゃん」な部分があったかと思います……
妖精がおにゐさんに『おそらさんもとべないかとーせいぶつめ』と発言したとおり、彼らにとっては「飛行」出来れば賢者という認識なのですが、そしたら現に飛行能力のある昆虫や鳥類も賢者なのか？といった矛盾が生まれるので、妖精の論理は破綻していると言えます()
おかーちゃの内臓が見えてる挿絵、文章と一緒に見ると爽快感がありますねえ！
コメントありがとうございます。リクエストどおりの情景になっていましたでしょうか……
イラストの力って大きいんだなあと感じた次第です！今後も挑戦していきたいと思いますので、ご期待ください！！
あんまり関係ないけど…最近の鹿、夜の山で車がヘッドライトつけながら通っても全く気にしてないぞ…
コメントありがとうございます。なんと！！貴重な情報提供ありがとうございます！！
生息域が狭まり、道路に出る機会が多くなった結果、車にも慣れてきたということでしょうか……そのぶん、不慮の事故も増えそうですね；；